21号柏遊堂(4)
![]() STEP5 理想と妄想のカプリッチオ ![]() さて,21号ケロちゃん(いまつけた),修理もラスト・スパート。 今回同時作業で修理している2面は,どちらも棹の取付が,楽器の中心線からズレてたり傾いてたりしてるという不思議な暗合がありまして,この21号でも,補作の棹の基部の調整に,多少手間取りました。 いやナニ,まっすぐになるように,あちこちコリコリ削ったり,スペーサーを貼りつけたり程度ですが。 ![]() ![]() 上,右の画像で胴体の棹のささってるとこの横が白くなってますよね。けっきょく,元の位置からこれだけズラしました。けっこうなものです。この日焼け痕からも分かるように,このズレは後の修理とか部材の歪みとかによるものではなく,原作者の組上げ時の加工ミスだと思われます(コラっ! to 向うの世界)。 調整の結果,棹はほぼオリジナルとほぼ同じく,山口(トップナット)のところで,胴体の水平面から約2ミリ背面側に傾いているという,この楽器としては理想的な位置に落ち着きました(もちろん楽器の中心線にも合ってます)。 ![]() 欠損していた山口も,ツゲで作りました。 高さ約9ミリは,この類の楽器でのほぼ平均値。明治後期になるほど西洋の弦楽器とかの影響でしょうか,やや低めになってゆきますので,こんなところでしょう。 さて,あとは糸を張ってフレッティングするだけ。 オリジナルのフレットは,第3フレットを1枚欠いただけで,あとはほとんどキズもなく残ってますからコレを使いましょう。新しいのを削らなくて済むからラクだなあ………と,思ってたんですが。 ![]() 低い………低すぎる! いや,絃高が,じゃないです…フレットのほうが。(汗) 第1フレットでフレットの頭から糸までの間が3ミリ,第6フレットでは5ミリ以上も開いております。 半月はオリジナルのままですし,山口も過去の例から見て,これ以上高くても低いことはまずない,というくらいの背丈。ですので絃高はオリジナルと大した違いにならないハズなのですが…… ![]() ![]() しょうがない,ということで。まずはいつもの手,半月にゲタ(竹製のスペーサー)を噛ませてみました。 フレットと糸とのスキマがけっこうあったので,このゲタもふだんよりやや厚めにして,半月での糸の出る位置を1.5ミリほど下げるのに成功したんですが。 ……なんと,これでもまだぜんぜんです! 今年のはじめごろ,17~18号の修理のときにも書きましたが。 この月琴という楽器では,けっこうな数を量産するため,あらかじめ同じ寸法で同じ部品を多量に作っておいて,それを後で組み合わせる,という,流れ作業的な工法が使われていたようです。東京でも京阪でも,零細な楽器屋さんならば,そうした数打ちの部品を一人で組上げていったと思いますが,唐木屋・清琴斎山田・高井柏葉堂といった「大手」といえる店の楽器では,あきらかに複数人の手が入っているものも珍しくはありません。 いまもそうですが,邦楽器の職人さんはあまり「図面」を引きませんので,こうした場合はまず指標となる試作品なり「お手本」となる作品を一本作って,ほかはそれに合わせて組上げてゆくという方法が一般的だと考えられます。 試作品はとうぜん時間をかけて丁寧に作られますから,その寸法やフォルムや演奏感には作者のある意味「理想」が反映されてるはずですが,楽器は「木」という生き物を材料としていますので,たとえ名人級の職工をそろえたとしても,もともと「寸分違わぬ」ものを作り続けるということは基本的に不可能。 人の手で同じものをくりかえし作ってゆけば,精度の劣化は避けられず,組上げられた楽器は,まずもってお手本どおりには仕上がりません。そのためこうして,定寸で作られたフレットが,実際の絃高よりかなり低くなっちゃうようなことがしばしばあるんですね。 ----ああ。いまもむかしも「理想」というものは,しょせん高みにあってとどかぬもの,手をかけれど,地上に留められぬものなのでせうか!(詩人) ![]() ま,それはともかく。 21号「柏遊堂」,作者はいまだ不明ですが,この絃高とフレットとの距離は,もはや「理想」というよりは「妄想」の領域ですね。 とくに高音部----ゲタを噛ませてこんなだということは,オリジナル状態では音が不安定になるくらい押し込まないとならなかったことでしょう。 あくまでもこのオリジナルのフレット高に合わせるとするなら,あとは半月を半分ぐらいの高さに削っちゃうとかでもしないとなりません。ここまできてそれも大事ですので,オリジナルのフレットを使うのはあきらめ,この楽器に合わせたのを,新たに削ることといたしましょう。 上が絃高に合わせた竹フレット,下がオリジナルです。 ほれぃ!理想とゲンジツの落差,思い知りませっ! ![]() フレットはヤシャブシで黄色く染めてから油拭き。お飾りはスオウで染め直して,こちらも亜麻仁油でさっと拭きなおし----清掃した面板の白さに,黄色と黒のコントラストが映えますねえ。 2011年,12月12日。自出し月琴21号,修理完了いたしました! 修理後感想 ![]() ![]() 試奏の折,低音絃の1~2フレットあたりで多少ビビりが出たのでちょっと削り直しました。庵主はいつもギリギリの高さでフレットを削るので,よくあるんですよ。 糸巻きはオリジナルですが,高音域の内絃と低音の外絃のがちょっと調整しにくい気がしますが,松脂でもつければ直るでしょう。 元来が普及品クラスの楽器なので,素材が軽くてやや安定が悪いのと,音がくっきりと出るぶん余韻の深みとやらに多少欠けるところはありますが,もとの所有者が,かなり使い込んでることからも分かる通り,いかにも使いやすそうな楽器です。 洪水もあったし大震災もあったし原子炉もコワれたし,今年はホントにタイヘンな一年でありましたが,この楽器の修理中もなぜか雨の多い,関東の冬にしてはヘンな気候でありました。こいつが呼んだのかな?とも思いましたので,正式な銘は「雨師」,愛称は「ケロちゃん」(守矢神社へ行くがよい!)。 オリジナルでは,ヘビ皮の絃停がついていたのですが,これを付けてしまったので錦裂のに取換えました。 いや,いくらなんでもカエルの下にヘビってのは可哀そうでしょう。 この蓮頭のケロちゃん。気に入っているのでなくさないでくださいね。 (おわり)
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