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清音斎の月琴(5)

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斗酒庵 清音斎と邂逅 の巻2011.10~ 清音斎の月琴 (5)

STEP5 絶望からキボウへと


  棹位置の調整は簡単な話,棹のほうを削るか穴のほうを削るかの二択しかないわけですね。
  誤差が1~2ミリ程度なら,棹基部を削ったほうがラクだし,外からは見えないので都合も良いのですが,本器のズレは5ミリ以上もあります。

  多少,見栄えに問題が出ますが,穴のほうを広げることにしましょう。

  楽器正面から見て,左方向に穴を広げ,そのぶん右側を埋めます。
  こういう部分ですから,ただ板を接着しただけでは,棹の抜き差しなどで取れちゃう可能性が高いので,左右を少し斜めに切り,埋め木にニカワを塗ってガッチリとハメ込みます。



  今回埋め込んだのはマグロ黒檀の端材。庵主,象牙とか唐木の欠片が捨てられない病気なので,道具箱引っ掻き回してたらちょうどいいサイズのが出てきました----こうしてたまさか,役に立っちゃうと,病はさらに硬膏に入ってしまうのですね。(w)

  一日たってから整形します。
  まあ,こんなものでしょうか。

  ちょっと分かりにくいかもしれませんが。
  画像右が調整前,左が調整後です。


  さて前回も書いたとおり,この棹は左右にズレてるだけじゃなく,前後にもねじれております。
  この棹穴はサイズ的にはもともと大きめユルユルなので,こちらの調整は簡単。
  正位置でぴったり収まるよう,基部にツキ板を貼るだけですね。

  ふう…これでようやく,左右にも前後にも,ブレはなくなったわけで。


  楽器側面は,高級唐木材のタガヤサン。しかしこの楽器のは品質的に少し問題のある材で,何箇所も節目などの不安定な箇所があり,そこから薄いヒビが入ったり,欠けたり,割れて少し歪んだりもしています。タガヤサンは唐木の中でも硬く,丈夫なことで知られていますが,乾燥がむずかしく「暴れる」ことでも有名。この側面の材質からくる割れや歪みは楽器のあちこちに微妙な影響を与えていて,面板の裂け割レの原因もこの側面が「暴れた」結果だと思われます。
  作られてからかなり経つので,さすがに材自体は現在ある程度安定しており,これ以上ヒドいことにはならないとは思いますが,素材が硬くて丈夫すぎるのと,接着が悪いこと,そしてこの「暴れる」という性質を考慮すると,いつものような木粉粘土や埋め木とニカワによる補修では,強度が足りません。



  ヒビがこれ以上広がらないようにするには,充填材自体に強力な接着力と,ある程度の粘りがあることが必要ですので,今回はローズやら黒檀の端材を削って木粉を作り,それをエポキシで練って充填します。アナクロな庵主としましては,古楽器の修理にこういうものをなるべく使いたくないのですが,箇所は小さいので,楽器全体へもそう悪影響はないでしょう。

  糸倉には基本,使用の支障となるようなキズはないのですが,一番上の軸穴のところに,穴をあけるときに失敗してついたと思われるキズがありましたので,これもついでに同じ方法で埋めちゃいます。


  さてお次。表面板に1箇所,裏面板に3箇所ほどヒビ割れがありますので,これを桐の埋め木で埋めます。
  もちろん使うのは,過去の修理で出た古い面板の端材です。

  上に書いたとおりこの面板の損傷の原因の一つは,側板の歪みや収縮ですが,前にも書いたように唐物の月琴の面板は国産のもので一般的な矧ぎ板ではなく,桐の一枚板
  こうした場合,矧ぎ板ならば板と板の合わせ目「矧ぎ目」からまっすぐ割れますが,一枚板だと板の「弱い部分」が,「割れる」というよりは「裂けて」しまいます。こうして出来たヒビ割れは,木理に沿っていて不定形・不連続なため埋め木が入れにくいですし,板としてはこの「裂けた」状態がある意味自然当然の安定した状態なので,補修してもまた元の状態に戻ってしまおうとすることが多く,厄介ですね。

  といってもまあ,埋め木で埋める,割れたらまた埋める,というほか方法はありやせん。


  表裏面板を掃除して,フレッティング。

  オリジナルと同じく,竹製です。唐物月琴のフレットは,国産の月琴のと違って,上から下まで,ほとんど同じ幅なんですね。
  この楽器の山口(トップナット)の高さは12ミリ,国産の清楽月琴の平均が9~10ミリくらいですから,かなり高めなんですね。
  古式月琴はだいたい山口が高く,フレットも全体に高めになっていることが多いんですが,さすが清音斎といいましょうか,棹をちゃんと背面に傾けてあり,半月もかなり低いので,第1~4フレットまでは高めですが,高音域の第5フレット以降はかなり低めにおさえられています。


  お飾りを戻しましょう。

  はずして裏っ返すまでは「唐木かな~カリンあたりを染めたやつかな~。」とか思ってたんですが……

  コレ,桐板ですね。くうぅ,またダマされた~っ!!

  桐板をただ刻んだにしては,彫りがずいぶんシャープですので,表面を何らかの手段で,ある程度固めてから彫ったみたいですね----でんぷん糊かな?柿渋かな?----その上から,スオウで染めてあるようなので,表面を固くしても染め汁は通すものじゃなくちゃいけません。さて,なんだったんでしょうね。こんど類例がないかどうか,古い技術書でも読み返してみましょう。

  絃停はもともとついてたのが,洗ったらこんなにキレイになりました。唐物ではとくにヘビ皮の絃停がふつうで,これは後補のものだと思いますが,趣味のいい図柄の裂なので,これをそのまま戻すことにします。

  あとは柱間飾りですね。はがすときにいくつか割れてしまいましたが,エポキで継いどきました。タガヤサンは接着の良くない素材なので,棹の部分のものは紐でしばって,圧着しています。


  師走も半ばの12月13日。
  明治清楽界で有名だった唐物のブランド「清音斎」の月琴---
  修理完了いたしました!



修理後感想

  ……弾きやすいです,とても。

  もとが「弾けるようなシロモノじゃなかったモノ」とは,まったく思えません。
  国産月琴に比べると一回り小さめですが,楽器自体のバランスもよく,演奏姿勢での安定も抜群。上でも書きましたが,低音域のフレットが高く,高音域が低い。その高さがけっこう絶妙で,運指も滑らか,快適に演奏できる楽器ですね。

  音は低音域から高音域最終フレットまで,伸びのあるキレイな音がちゃんと出ています。
  通常,弾かれたことのない楽器の音ってのは,固くて良くないものですが,この楽器のはなぜか,割とこなれた柔らかいイイ音になってますね。
  音色は華やか,温かみのある,ゆったりとしたうねりのかかった余韻,深みのある音です。
  胴体が重い木なので低音がよく伸びるし,響き線の効きも良好。

  なるほど,たしかに「清音斎」。
  「失敗作か?」 という今回のこの楽器にしてこのスペック。
  ちゃんとした完品は,如何なる妙音だったことか!

  ----珍しいんですよ。
  唐物ギライの庵主が,唐物の楽器,ここまで褒めるのは。

  いい楽器です。どうか末永く,とにかく「弾いてあげて」ください。

   1) 開放弦
   2) 音階(1)
   3) 音階(2)
   4) 九連環
   5) 茉莉花

(つづく)


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