清音斎の月琴(1)
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2011.10~ 清音斎の月琴 (1)
STEP1 竹光楽器やら名器やら
こういうことをやってますと,ときおり「ウチの月琴を直しちゃくらまいか?」というハナシが飛び込んでまいります。
庵主にとって楽器の修理は,商売じゃなく研究のためにやってることですが,作業自体はまあキラいじゃないし,自出し月琴と違って,乏しいフトコロをあまり傷めないでも,貴重な楽器のデータを得られるという利点もありますので,大体はお引き受けしとるのですが。最近はたまーにその,「修理して欲しい」てのが中国現代月琴だったりすることもあります。
作ったヒトがまだ生きてる類の楽器は,買った楽器屋さんで直してもらってくださいぃ。
ウチは現在「とおに死んじゃってる」ヒトの楽器しか扱っておりませんので……
(こう書くと,何だかホラー小説みたいですなあ)
夏前にお話がありまして。
いっちょうやってくれんかとのことで,ためしに画像を送ってもらったら清楽月琴。それも2面あるごようす。
夏は実家に帰省しておりまして修理はできんので,秋まで待っていただき,帰京してさっそくに送ってもらいました。
難波から来た刺客,その名は「清音斎」。
たぶんこの楽器がきっかけになったのでしょう。じつはこの後…ほんとに怪奇なる連鎖が!(COMING SOON!)
えー,ともあれまずは写真を。
右のが「清音斎」。
間違いなく清楽月琴。庵主が言うところの「古式月琴」というタイプですね。
唐渡り・古渡りの,つまり本物の古い中国製である場合もありますが,模倣されて日本で作られたものも少なくありませんからね---この楽器がどちらかは,ちゃんと調べてみないと分かりません。
さて,もう一本なんですが………
あれ? なんだコレ。
目摂やお飾りはついてないものの,カタチはたしかに古式月琴なんですがねえ。
妙に軽い----わぁ!なんだこのボディわっ!
これ…曲げわっぱですね。ここにつなぎ目が…
棹も杉かヒノキか,針葉樹で出来てますヨ。
そしてナニヨリあなた,この半月をご覧ください!!
ううううううむ…(汗)
板二枚を合わせて半月にする,というあたりは庵主もウサ琴でやってる工作ですが,表面の板の分厚いこと…こりゃカマボコ板か何かだなー。そのうえに,糸穴が…糸穴が……こりゃ,いくらなんでもな半月ですね~(~_~;)
内部構造は一本桁,響き線は入っていません。表裏の板もちゃんと桐板ですし,半月のとこをのぞくと各部の加工は意外と丁寧。棹茎なんかもキレイに削ってあります。茎と胴体の棹穴のところに「進」と書いてありますね,作者でしょうか?
糸巻きは三味線の,おそらく細棹のものだと思われますが,糸倉の軸孔ともちゃんと噛みあってますね。
また,この原作者・進ちゃんのシワザかどうかは不明ですが,けっこう凝った蓮頭が付いてるほか,フレットが無駄に唐木で出来ています。
この素材と各部の工作強度,また半月のずさんな工作,さらには表面板に演奏痕が見られないなどのことからして,これが楽器として使用されていたものである可能性はかなり低い…というか,まずムリ(たぶん弦張ったらコワれます)なのですが。じゃ単なる子供用の「おもちゃ」とかかというと,それにしてはうわべ上,ヘンにキッチリと作られています----言い訳じゃないすが,なんせ庵主も送ってもらった画像見て「間違いなく清楽月琴」って,即断しちゃったくらいですから。
おそらく,なんですが,これは芝居に使う小道具か,お店のディスプレイ用カンバンとして作られたモノなんじゃないかなと思います。
とはいえ,木部の状態からみて,最近のここ10年,20年どころのシロモノでないことは間違いありません。
日本で「月琴」というものが現に流行していたか,まだその記憶が多くの人のなかにちゃんと残っていたころに作られたものであることも,間違いないところでしょう。
楽器ではありませんでしたが,逆にこういうものが作られるくらい,かつては月琴という楽器が人々の間に浸透していたという,ごくごく珍しい一資料なのではないかと----
ふむ。ひさしぶりにおツムが焼けるくらい推理して,知的好奇心が満たされたぞ。
ではこちらが本命。「清音斎」のデータ,ご覧ください。
1.採寸・各部簡見
・全長:593mm
・胴径:349mm(縦方向)345mm(横方向) 胴厚:38mm 表裏面板厚:5~6mm(一部不定)
・有効弦長:393mm
A)棹部分
■ 蓮頭:欠損。
■ 糸倉部:損傷なし。
長:117 幅:30 側面厚:7
天のところに同材の間木をはさむ。古式月琴としてはアールもさほどにキツくなく,奥行きも広くはない。
デザインとしてはコンパクトにまとまっている。右側面いちばん上の軸穴の周縁に,軸孔を穿つときの失敗痕と見られるカケがあるのと,左側面の基部あたりに小さなエグレ痕があるが,ヒビ割れ等はなく,健全である。
■ 軸:全損。
太棹のものと思われる,かなり大ぶりな糸巻きが3本ささっている。
■ 山口
山口(トップナット)存。やや左に傾いて取付けられている。古式月琴に多い背の高い台形。幅は底辺で30,天頂で20,厚み10,高さは12。
棹表面に指板はない。棹上に残っているフレットは1本。竹製。オリジナルかどうかは不明。ほか2本ぶんの接着痕が見られる。14号玉華斎などと比べると,棹部はやや短く,第3フレットの位置も少しだけ低い。棹上の装飾は3つ残。
材はかなり上質な鉄刀木(タガヤサン)と思われる。棹背面にアールなどはついておらず,糸倉の基部から左右を丸く削いだほかはほぼ直線。素材がきわめて堅いためか,完全には表面が滑らかになっていない箇所は見られるが,工作は比較的丁寧。糸倉内側の工作痕は細かく,日本でよく使われる唐木切りの小鋸よりは,糸鋸式の中国風推し切り鋸の痕のように見受けられる。
B)胴体部分
■ 側板。
凸凹を噛ませた4枚継ぎ。材はおそらく棹と同じ鉄刀木。数箇所に小さな節目や欠けた穴があり,それを中心に細い亀裂の入っている箇所がある。接合部はだいたい健全で,目立った隙間も見られないが,地の側板,正面から見て左側の接合部に少々の歪みが見られ,凸の先がほんの少し出っ張っている。
■ 表面板。
確証はできないが,おそらく一枚板。右側に大きな木目が「谷」になって見える。今まで見てきた例では,楽器正面から見たとき「山」に見えるように貼付けたもののほうが多い。木目が逆になっているわけで,これは少し珍しい。左下,歪みの見られる地の側板の接合部付近からヒビ一本。そのほか周縁部に多少の打痕があるほか,目だった損傷はない。バチ痕等の演奏痕もまったく見られず,楽器として使用された形跡は見当たらない。
■ 裏面板。
表面板に比べるとかなり質の劣る桐板。これもおそらく一枚板だが,木目もはっきりとせず,気胞も荒め,表面にやや波打っているかのような凹凸があり,厚みが不規則で一定していない。おそらくはかなり木の表皮側に近い部分から取られた板だと思われる。
上端中央やや右寄りにラベル(後述)。ラベル左,斜め上に墨書。おそらく作者のサインだが,板の変色によりはっきりとは読み取れない。
下端中央から,ラベルの右がわを貫いて上端まで大きなヒビ割レ。下端で最大幅2ミリほど開く。上端中央左より下へ,胴の2/3強まで,同じくヒビ割レ。最大1.5mmほど。いづれも矧ぎ板で見られる単純な「割れ」ではなく,木部の弱いところから「裂けた」ものなので,やや不規則で断続的。左端下端より細いヒビ割れ,表面からは一見分からないほど細いが,木口の木目に沿って斜めに板を貫通。長さは上端近くまで10センチほど。
打痕多少,下端,地の側板との周縁に接着のハガレ。同じ周辺にやや水濡れしたような染み痕と黒っぽい変色ヨゴレ。
■ 絃停/半月。
絃停は錦裂。後補であろう。名称は不明だがそこそこに良い裂のようである。和紙で裏打ちしてあるらしい。
半月は半円曲面。透かし彫りでこそないが,表面の彫りは緻密。おそらく胴などと同材であろう。横幅94,縦最大40。丈は最大で8ミリとかなり低い。糸孔の間隔は外弦間30,内弦間22,内外の弦間は約5ミリ。多少の糸擦れは見られるものの,目立った損傷はない。
■ 装飾:左右目摂・扇飾り・柱間飾り/胴上フレット。
左右目摂は鸞。かなり厚めの板で出来ている。唐木か雑木を染めたものかは不明。
扇飾りは日本でもよく見られる万帯型の意匠。中央に円形飾りのあったような痕跡は,今のところ見当たらない。
柱間飾りは棹上のものも合わせて,すべて同じ色合いの凍石製。柱間飾りの意匠は通常それぞれ異なっているものだが,この楽器ににはザクロ(5)と仏手柑(2)の二種類しかない。
フレットは5本のうち,第4フレットをのぞく4本が残る。第4フレットの跡の面板上に,少し深めの圧着痕が残る。フレットはいづれも竹製。横から見て台形の中国型。ただし斗酒庵式と同じく,楽器天頂に皮部を向けて両面を削ってある。かなり汚れてはいるが,工作は丁寧で,古式月琴にしては丈がかなり低い(最終フレットで高さ4ミリほど)。後補かオリジナルかは不明。
C)内部構造
面板は剥がしていないので,棹穴からの観察である。側板内壁はおおよそ平滑で,鋸目は細かく,やや斜めに見える。内部は比較的清浄で,逆さにして振ったところ,製造時のものと思われるオガクズが少々出てきた。
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内部構造の概観をふくめた調査図は左。
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(つづく)
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