« 2012年1月 | トップページ | 2012年3月 »

胡琴を作らう!(2)

K01_02.txt
斗酒庵 胡琴を作る の巻2012.2~ 胡琴を作らう!(2)

STEP2 んでわまンずまず,作ってみやう

  さてまずは材料----

  ----竹,ですね。(^_^;)

  このほかに入用なものはといえば,糸巻きになる棒が2本,琴筒(胴体)に張る皮が少々と,周りに巻く布きれくらいでしょうか。

  今回の素材は,胴体がマダケ(φ5センチ,\200),棹はシロダケ(φ2センチ,\260)。庵主はたまたま東急ハンズの端材コーナーでゲットしましたが,棹材の竹なんかは,ご近所の日曜大工屋さんとか園芸用品屋さんなんかだと,一本 \200 しないくらいで買えるかと思います。

  大陸の京胡の胴体にはもう少し太い竹が使われてますが,日本で作られた胡琴はなぜか細身で,このくらい寸法のものが多いのですね。直径6~7センチほどの太さの竹なら,べつだん,日中かわらずふつうに手に入ると思うのですが。何の差なんでしょうねえ?

  第一回の冒頭に,北京の古い風俗を描いた絵を載せましたよね。二胡の安いのとか京胡の類は,よくあんなふうに玩具的な楽器として街頭で売られてたりしてたんですが,清楽で使われた胡琴は,そういう玩具の京胡と比べてもさらに玩具みたいにどこもかしこも華奢で細くて小さいことが多く,楽器として実際に使われったかどうかは不明ですが,庵主が見た中では,棹の高さが30センチくらいのものもありましたよ。


  まずは胴体を切り出します。長さは14~15センチほど。
  「竹切り鋸」なんて専用の工具もありますが,この竹の肉はモウソウチクなんかに比べるとさなだき薄いので,べつにふつうの糸鋸でかまいません。
  切り口をなるべくまっすぐにするため,ぐるりにテープを巻いて目印にします。


  切り出した竹の表面の皮を削りとります。

  明笛でも同じようなことをしていますが,これもまたなんでなんでしょうねえ?
  国産の明笛で皮付き竹を使ったものはいくつかありましたが,胡琴の胴で皮付き竹が使われてるのは今のところ見たことがありません。でも台湾などで使われている竹製の二胡の類には,皮付き竹を使ったものもあるそうですよ。

  皮つきそのままのものと,皮をむいたもので音の違いがあるのかどうか,いづれ製作テストでもしてみましょう。


  つぎに棹を通す穴をあけましょう。

  皮の張られる前面の切り口から棹穴の中心まで,だいたい4~4.5センチといったところですね。
  位置を決めたら,マスキングテープなどを貼って目印を書き込み,ドリルで下孔をあけ,リーマーやヤスリで広げていきます。


  棹を切ります。

  上にも書いたように,清楽の胡琴にはもっと短いものもあるのですが,今回は前回修理した天津の胡琴に合わせて,長さ48センチとします。


  軸穴をほじくりましょう。

  胴体の上面から下の軸孔の中心までが25~27センチ,上下の糸巻きの間隔は8センチくらいです。
  軸孔の位置が,節のところにかからないように注意しましょう。

  竹に穴をあけるときは,画像のように,テープでがっちり巻いた上からやると,ヒビ割れとかしにくいのですよ。
  ほんとはこれの製作に関して,尺八みたいに「何番目の節目の何分のところに○○が…」みたいなキマリが書いてある古い資料もないではなかったのですが,実際の京胡とか胡琴の古いのとか見てますと,そういうのをあまり気にして作ってる様子はありませんねえ。


  軸穴の上下には補強に籐を巻きます。

  籐は\100均屋で素材として売られてるようなやつでじゅうぶんにいいのですが,いい感じの細さに裂くのとかに,けっこう手間がかかります。
  釣具店の大きなところへ行くと,和竿の工作なんかに使う細挽きの籐が売られてますよね。
  ほかの素材にくらべるとちょっと高いのですが,そんな大量に使うものでもないし,なによりキレイで使いやすいので,今回はそれを使いました。


  あともう一箇所,胴体との接合部のところにも一巻き。
  胴体の位置を固定するためですね。

  棹の先は軽く削っていくぶん先細りにし,胴体の中に入る部分には細い切り込み窓をあけます。
  これの役割はちょっと不明ですね。
  たぶん共鳴胴がせまいので,音をより響かせるための工夫だとは思いますが,この程度のことでそう変わるとも思えません。
  じっさい,清楽の胡琴にはこれがなくて,ホント「ただタケにタケを挿しただけ」みたいになってるのもありましたよ。
  


  糸巻きを削りましょう。

  材料は例によって,\100屋さんで買ったスダジイの丸棒(直径3センチ),長さは16センチです。

  これだけがちょとタイヘンかなあ。

  ----今回は間違いず,ちゃんと八角形に削り出しましたよ!(汗)

  軸先が棹から4センチほど突き出るように,軸穴に挿し,軸先を調整しながら削ってゆきます。
  出来たら握りの部分の各面に溝を彫りこんでナイフで切り広げ,角を丸めて「ミカン」にします。


  琴筒に皮を貼ります。

  庵主のところにはたまたま,絃停に使ったヘビ皮の切れ端(沖縄三線の皮のハギレ)があったのでこれを使ってますが,手に入らないとかヘビがニガテだとか言う方は,ブタ・ウシの生皮をお試しください----え,そんなもんドコにあるって?
  ペットショップの大きなところ行きますと「ワンちゃんのガム」とか言って,そうした生皮をまるめたり,結んだりしたものが売られています。
  それを水に漬け,もどして丁寧にほどくと,けっこう大きな皮になるんですねえ。
  民族楽器のタイコの皮を,そうしたものを使って張替えしたという方がいまして,そこから教わったんですが,じゅうぶんに丈夫な皮なので二胡,胡琴なんかでも余裕で使えますよ。


  工程は修理のときと同じです。

  ふやかした皮に短く切った竹棒を縫いつけ,琴筒を台に固定し,乗っけた皮をタコ糸をかけてしめあげます。
  皮の竹棒にひっかけたタコ糸に,ワリバシとかを噛ませてねじると,糸が縮んで皮が引っ張られるというじつに原始的な算段で。なんとなく指先で皮を触って様子をみながら,なるべく均等になるように調整して----ウソです,かなりテキトウに張ってます。
  モノが小さいのもあって,こんなもんでも相当にキツく皮張りができますが,皮というものは乾くとかなり縮むので,あんまりシメすぎると裂けちゃったりしますからね。そこも考えてホドホドのところでヤメましょう。


  あるていど皮がピンとなったら,トドメに口のところに太輪ゴムを巻いて皮を胴体に圧着します。
  琴筒に塗る接着剤にはニカワを使ってますが,国産のものではフノリ,ソクイ(米粉糊)の類が使われていることも多いようです。三味線屋さんが作るとそうなりましょうなあ。(三味線の皮の接着剤はソクイの類です)

  一晩たって余分を落す。
  ----もお「余ってる」なんて言わせない!的な?


  あとは琴筒に布巻いたり,糸巻きを染めたり,色を塗ったりする作業が残ってますが。
  まあ,この時点で糸を張ってコマ置いて千斤かけたら,もう演奏可能なわけで。
  楽器としてはほぼ完成しちゃってるんですよね。

  竹を切断するとこからはじめて,ここまでの作業期間わずかに二日………

  忙しいみなさんも,ぜひ一度お作りあれ。

(つづく)


胡琴を作らう!(1)

K01_01.txt
斗酒庵 胡琴を作る の巻2012.2~ 胡琴を作らう!(1)

STEP1 まずわ修理をしてみやう

  さて。
  じつのところこの時点で23号月琴の修理も終わってますし,書かなきゃならないことは,ほかにもイロイロあるのでございますが----

  とりあえずまた横道にそれますです,ハイ。

  清楽の楽器で有名なのはなんといっても「月琴」ですが,最盛期には弦楽器だけでも唐琵琶に阮咸,瑶琴,三弦子など,さまざまな楽器が使われておりました。当時はまあ,全国に女子十二楽坊があったみたいな状況だったわけですねえ。


  何度か書いているように,短い棹で丸い胴体の「月琴」という楽器は本来,中国の楽器ヒエラルキーの中では最下層に属す「俗っぽい」楽器で。主としてお女郎さんとか乞食とか門付けの芸人なんかが弾くものでありました。
  清楽ではまず使われない七絃琴(古琴)を最上位に,琵琶,阮咸などは,宮廷音楽でも使われる比較的「雅な」楽器だったわけですが,月琴,三弦子などはどちらかというと「俗っぽい」「淫声」な楽器で,士大夫の触れるようなモノではないと,本来はされていたようです。

  清楽で使われる弦楽器のうち,そうした月琴,三弦子と並んで,同じように「俗っぽい」系の楽器だったものの一つに「胡琴」というものがあります。

  現在中国の楽器用語的に「胡琴」といえば,通常の二胡や中胡,板胡など,あの類の二弦(もしくは四弦)弓奏の擦弦楽器(さつげんがっき)をひっくるめた総称でありますが,清楽で「胡琴」といえば,主に竹で出来た小さな二胡。現在の中国楽器で言うと「京胡(チンフー)」というものになります。


  これもまた何度も書いてますが,庵主,弦をハジく系の楽器,すなわち「撥弦楽器(はつげんがっき)」の類ですと,なんにゃら弾けるのですが,コスる楽器と,ぷーぷー吹く楽器はいまいちニガテなので,なるべく触れないようにはしてるんですが,胡琴(もしくは提琴)と月琴という組み合わせは,清楽の合奏でよく見られたということもあり,譜本によっては「胡琴の部」「胡琴曲」など,この楽器のパートを特に分けたりしているものもあるので,曲の再現や復元するうえで,それらについての知識・考証は,やはり避けてばかりもいられない楽器なのであります。

  庵主,じつは大昔,中国旅行の土産のひとつとして京胡を買ってずっと持っておりましたが,けっきょく弾けずに他人に譲っちゃいました----そのころはまだ,清楽にも,その,月琴にもさしてかかわっていませんでしたからねえ。
  その折の楽器の記録は残ってないんですが,

  も一つじつは,数年前,古い胡琴の修理をしたことがございまして。
  まずはその記録から見てもらいましょうかな?



  これが胡琴。
  基本的には長さ48センチ,太さ2センチほどの竹製の棹を,直径6センチくらいの竹筒に挿しただけの楽器……いと単純ですな~(^_^;)。



  胴体の筒前面に張られていた皮が破れてるのと,糸巻きが一本なくなっちゃってましたが,竹で出来た本体部分にはさしたる損傷もなく,保存状態は良いほうと言えます。




  琴筒の内側にラベルが貼ってありました。
  赤い楕円形の紙に木版で,上に「京都」,中段右から「天津営業大」「雅韻斎」「街昇平〓傍」,下段には「魏記」とあります。
  読みやすいように組みなおしますと 「京都魏記/天津営業大街昇平〓傍/雅韻斎」。
  「営業大街」は天津の地名,「昇平」なんちゃら(一字解読不能)はたぶん官営の劇場じゃないかと思うんですが,そのそばにある「魏」姓の楽器屋さん「雅韻斎」の作,ということですね。天津の「魏家」は名物の凧作りで有名ですから,同じく竹を使うこんな楽器を作ってた人がいたとしてもフシギはありません。



  琴筒に巻きつけてある布をハガしたところ,オリジナルの皮の端っこが出てきました。現在の「京胡」には,黒いヘビの皮が張られていることが多いんですが,この楽器には通常の二胡などと同じようなニシキヘビの皮が張られていたようです。

  これがかなり薄いんですねー。
  ハガしたら,紙みたいにペラペラでした。
  現在の二胡は金属弦を張ることもあって,もっと厚手の皮を張ってますが,戦前には絹弦などが主流でしたので,こんな薄々の皮でも良かったんでしょうねえ。




  琴筒の周縁をキレイにして,軸を削ります。
  左手前が月琴の軸。くらべるとやっぱ長いですよねえ。

  あっ!いけねえ……
  ついいつもの月琴修理のクセで,糸巻きを六角形にしてしまったんですが----よく見たらこの糸巻き,八角形ですわい。
  ……まあいいか,よーく見ないと分からないし,使用上さして支障もあるまい。

  胡琴の修理,最大のヤマ場は皮の張替えですな。

  ふつうは材料もないし,楽器屋さんに頼むところですが……

  手許にちょいと,月琴の絃停に使ったヘビ皮がありまして。

  Web覗いたら二胡の皮の替え方とか書いてあるサイトもありましたので,一丁やったれ!と----けっきょく自分でやっちゃいました。
  手順は----

  1)ヘビ皮を水に漬けて柔らかくする。
  2)皮の端8方に短く切った竹棒を縫い付ける。
  3)琴筒の口と周縁にニカワを塗る。

  あとは琴筒を台に固定して竹棒に糸をかけ,しめあげてピンと張り,乾かす---といったとこでしょうか。
  皮さえ入手できちゃえばそんなにムズかしいことではありません。あとは作業台ですかね。庵主の使ってるこの台は,¥100屋で売ってたナベシキ。真ん中に板を置いて両面テープを貼り,作業中に琴筒が動かないようにしてあります。こんなもんですが,プロの職人さんの方法や道具も,実はこれとあんまり変わらなかったり(w)。


  一晩置いて,皮が乾いたら余分を切り落とし,布を巻いて完成です!
  オリジナルの布はかなり色あせてましたが,同じ藍染めの古い布を日暮里で見つけてきました。


  この楽器,胡琴族のなかでも古株ではあるのですがちょいと特殊で,大陸のほうでも上手に弾くのが難しいことで有名なモノらしいです。第一に琴筒がきわめて小さいため,いい音の出るスィート・スポットがやたらとせまい---つまり演奏姿勢や弓の扱いがシビアなわけ。第二に棹も短いので音階の間隔がせまい----わずかな運指の違いでズレちゃうわけです。
  古い清楽の演奏でも,ガラスを引っ掻いたというか,ノコギリ挽きというか,黒板を爪でキーッ!みたいなけっこうスサまじい音で鳴らしてますね。

  上にも書いたよう,庵主,自分では弾けない楽器なので,修理したこの胡琴は現在,SOS団のメンバーで二胡やってるお銀さんに押し付け,弾いてもらっております。


  弦は月琴と同じ,三味線の絹弦の二の糸と三の糸を張り,最初のころは京胡のコマ(左画像,大きさは背景の新聞の活字と比較してご想像ください)を使って弾いてもらったのですが,その,オリジナルに合わせて薄くした皮が,やっぱり薄すぎたらしく----絹弦を使っててもなんかブチ抜けそうなのと,お銀さんのウデをもってしても弾きにくく,やはり出てくる音があまりにもあまりだったため,お銀さんの要望により,庵主,特製の「デカ駒」を作ってみました(同じく大きさは背景の定規をご覧ください)。

  コマの接地部分を大きくして弦の圧力を分散させ,スィート・スポットをちょいと広げたわけですね。


  ----この工夫が結構ヨロシかったようで。

  本来エラい音の楽器のハズのこいつが,現在はなんにゃら「京胡」とは思えぬほど,上品な音で鳴らしてもらっております。
  ほんにありがたいことで。

  まずは楽器の説明がてら,修理報告。

  次回はいよいよ,これの自作に取り掛かることといたします。

(つづく)


22号鶴寿堂(4)

G022_04.txt
斗酒庵 鶴寿堂と再会す の巻2011.10~ 月琴22号・鶴寿堂 (4)

STEP3 天までとどけ


  さて,22号・鶴寿堂2,胴体が箱に戻りました。

  あちこち接着し直しましたので,一日二日,接着箇所の養生をして,様子を見。ふたたび割れたり剥がれてきたりしないのを確認したら,まずは面板の清掃。

  一回目で書いたようこの楽器の表裏面板は,左右に幅の足りないぶんをわずかに継いだだけの,ほぼ一枚の板で出来ています。
  表板の上半分はやや目も詰んで堅めですが,中央下半分,大きく盛り上がった木目の「山」のあたりは,ややボソボソと柔らかめになっています。
  5号月琴でもそうでしたが,林治兵衛さんはこのように楽器のど真ン中に大きな木目の「山」をもってくるのが好きなようで,これもまたネックの加工の美しさとともに,彼の楽器の特徴のひとつ----たぶん美観的な好みでやってるだけ,とは思いますが,ちょうど弦を弾くあたりが柔らかく周りが堅くなってるので,他の作者の楽器に比べると,いくぶん音が「前に」出てる気がしますね。


  ヨゴレ自体は薄く,例によって重曹水を使い Shinex で全体を二回ほどこそいだら,だいたいキレイになりました。

  さあここまでくれば,あとは部品を戻すだけ。
  今回は軸削りもありませんので,気が楽ですねー。
  22号の修理は接着のし直し,というかここまでの再組み立てがほとんどで,欠損部品は山口とフレットに,あとは扇飾りだけです。

  まずは大好きな小物作りからまいりましょう~。


  5号月琴では,蓮頭は彫りのないカヤの板,半月も同様に素材の柾目を活かしただけのもので,装飾は左右の目摂と扇飾りだけでした。



  22号には唐木で出来た精緻な彫りの葡萄紋の蓮頭と,荷花を浮かせ彫りにした半月がついていました。左右の目摂は仏手柑で,これも唐木で出来ています----5号も22号も,主材はカヤで同じですが,こうして見ると22号のほうがいくぶん豪勢なわけですね。



  オリジナルでは扇飾りのところに,綿入りのちりめんで作られた扇形のお飾りが,糊でへっつけられていました。これはもちろん後補----たぶん正月飾りの一部だったんじゃないかと思いますねえ。日焼け痕もはっきりしていないので,オリジナルの意匠は不明です。また,このサイズの月琴ですと,よく面板中央に円形の飾りがついているのですが,こちらはそもそもついていたかどうかも不明。


  これだけの楽器ですから,一通りのお飾りはそろえてあげたいですね。ブドウ,ブシュカン,ハスの花,と植物尽くしですからね。基本,この路線でまいります。


  左右目摂が仏手柑で,あと二つがないわけですから。
  ここはまた「三多(サンタ)」といきましょうか。ちなみにこの修理をしてるのは12月も終わりごろ,ちょうどクリスマスの時期でありますが,ここでいう「サンタ」はもちろんサンタクロースのことではなく,中国の伝統的な吉祥図の一つで,ザクロ・ブシュカン・モモの三つの果実をいっしょに描いたお目出た図柄のことです。左右の目摂でブシュカンは出揃ってますから----

  のこるはザクロとモモ。

  まずは「ザクロ」で扇飾りを作りましょう。

  オリジナルの飾りは堅い唐木の薄板を刻んだ本格的なものですが,庵主,唐木の彫刻はニガテなので,いつものとおりホオの薄板を刻んで,あとは染めで誤魔化そうと思います。




  おつぎ,中央の円飾りは「モモ」といたします。

  そういえば以前修理した12号照葉にも,オリジナルでこんなお飾りがついてましたが,こんなふうにただモモの実を刻んでも,あんまり面白くありませんねえ。

  そこで,こんな絵柄はどうでしょうか?

  「もももぎざる」--三回噛まずに言ってみい!--ですね。

  庚申様のお祠や石塔なんかでたまに見られる図柄で,都内では市ヶ谷の筑土八幡神社のなんかが有名です。
  『西遊記』で,孫悟空が天上界の桃園で長寿のモモの実を盗み食っちゃう場面なんかが思い浮かびますね。

  ちなみに同じものが2コもあるのは,サイズ間違いて1コちょと大きく作っちゃったからです,ぎゃふん。 \(^_^;)

  できたお飾りを,スオウで染め,オハグロで黒紫色に発色,ラックニスを色止め程度にしませ,磨いてツヤを出します。
  まわりが本物の唐木ですからね。誤魔化しにはいつも以上に気を遣いました(汗)。


  山口もオリジナルがないので元のカタチは不明ですが,当時の国産月琴で同じようなタイプのものを参考に,単純な縦割りカマボコ型にしておきます。最初ツゲとコクタンで二種類作ってみたんですがどうも似合わず,赤っぽいカリンで作ったのがいちばん馴染んだのでこれにしました。

  フレットもまあ見事に一本も残ってないので(治兵衛さん,接着ヘタだから…)もとの材質や高さは不明なのですが,これだけの材質と加工のもので,竹ということもなかろうと思い,象牙で製作。



  前回書いたように,この楽器は棹の傾きが若干足りないため,そのままだとフレットの高低差が少なく,やや弾きづらい楽器になってしまいますので,まずは半月にゲタを噛ませて絃高を下げます----かなり厚めのゲタになりましたが,これでようやく最終フレットの高さが平均値(5ミリ程度)といったところ。

  このへんは後に作られた5号の工作のほうが,はるかに勝ってますね。詳しくは5号の「再修理記」などご覧頂きたいのですが,5号の絃高はかなり低く,より実用的に弾きやすさを追求した工作になっていました。

  開放での調弦が4C/4Gの時,オリジナルのフレット位置(接着痕)での音階はこうなりました。
  第1・2フレットと7・8フレットの位置には,複数の接着痕やケガキによる目印がついています。各弦音下段がそうした別位置での測定値となります。

開放弦
4D+344E-224F+154G+204A+75C#-475Eb-405F+40
(*)4D+224E-485Eb+125G-43
4A+244B+325C+15D+95E05G+125A+106C+20
(*)4A+204Bb+495Bb-216C#+37

  測定が済んだらフレットをオリジナル位置(左)からSOS団仕様の西洋音階に近い位置(右)に直し,お飾りと絃停をへっつけて----



  クリスマス直前の12月23日,月琴22号鶴寿堂2,修理完了いたしました!


  接着の問題をのぞけば,鶴寿堂・林治兵衛さんの加工・工作にはほとんどカンペキなので,弾き具合と音色には文句のつけようもありません。


  面板の清掃で分かったんですが,この楽器にはもともとほとんど弾かれた形跡がありません。表面板に斜めに走った擦痕が数箇所ありましたが,いずれも「演奏痕」とは言えない程度のものです。
  裏板には子どもの手によると思われる悪戯書きが数箇所,もしこの楽器を子どもに与えたのなら,ずいぶん勿体無いことしたもんですねー。(汗)

  半月の下,中央縁周にある大きなカケ傷は,あえて埋めずにそのまま残しました。
  ここまで見事だと,ちょっとした景色ですもんね。



  ふだん中級・普及品の月琴を使っていると,かなり膝に重みかかり,胴体の厚みにやや違和感を感じますが,バランスは悪くありません。5号月琴と違って内部構造は一本桁,響き線も真鍮の一本線ですが,深みのある温かな音と余韻は,ほんとにサスガという気がします。

  こういう楽器は弾ける人に弾いてもらいたいので,22号,庵主の独断によりSOS団の「師範代」かわむさんにおっつけることといたしました。

  末永く弾いてやってください。(w)




  深川の「そら庵」さんで月一ペース開催されている清楽月琴のワークショップ----正式名称は 「誰でも弾けるようになるけど何の役にもたたない清楽月琴ワークショップ@そら庵」 ですが----最近はメンバーも増え,庵主,いつのまにかなんの資格もないのに「お師匠サマ」に祭りあげられてしまいますた。
  祭られた以上,ご利益が疫病だろうが貧乏だろうが霊威を施さないというのも八百万神道の徒として申し訳ないので,拝命し,それなりに頑張って,月琴音楽の普及にいささか尽力しておりますが,庵主の「お師匠サマ像 (イメージ)といたしましては,ふだんは会場のいちばん隅っこの方でただ飲んだくれていて,「お師匠サマ~この曲,ここどうやって弾くン?」とか言われた時,半泥酔眼 ヨロヨロと立ち上がり,ちょちょッと教えてまた酒席に戻る----というのが理想なので,最近,基本練習の指導は彼ら師範代クラスのお二人にまかせっきりであります。

  月琴を持ったり弾いたりするのもハジメテという方々。
  清楽月琴WS@そら庵は自由乱入・退席自在。
  お店の方になにか飲み物でも食べ物でもご注文いただければ,WSの参加費はとくにございません。
  弾き方は,各師範代が(たまにはお師匠も)やさしく,丁寧に指導いたします。
  月に一度,隅田川河畔のカフェでお昼頃からゆるゆると。
  お気軽にご参加くださーい。(宣伝)
  (月琴WS開催の日時等は こちら の "information" もしくは "calender" にてご確認を。)

(つづく)


22号鶴寿堂2(3)/13号・柚多田の作者について

G022_03.txt
22号ちょっと休憩 の巻月琴22号・鶴寿堂(3)/13号・柚多田の作者について

月琴22号・鶴寿堂 墨書再考

  えー,番組の途中ですが臨時ニュースを二つばかり。
  まずは現在修理中,22号の墨書について




  なるほど「花裏六」は「訶梨勒」か……あ,いや面板の墨書にあったナゾのコトバなんですけどね。
  表裏面板の墨書に共通してあるこの「花裏六」というコトバの意味が不明で,全体がどういう文章なのかよく分かりませんでした。

  「"花の裏に六" って何じゃい!」

  ---と叫んでたら,むかしお世話になった坊さん(いっしょにマムシグサのイモ団子食ったことのある本草仲間) 「かりろく,って読むんじゃね?」 と一言。


  ----調べたら,まあ出てきましたわ出てきましたわ。
  「訶梨勒」もしくは「呵梨勒」はインド原産のシクンシ科の植物ミロバランの果実で,薬・香料として使われたものらしいです。

  匂袋に飾り紐をつけて柱にぶらさげるお飾り(お守りみたいなものです)にも「訶梨勒」というがあるんですが,それもそのカタチがこの実に似てるところから来た名前のようですね。(右図,早大古典籍ライブラリー『懸物図鏡』より)

  薬種にしろ柱飾りにしろ「カリロク」に「花裏六」という字を当てた例はとうとう見つかりませんでしたが,茎や内桁に書かれていたように,この楽器は林治兵衛さんの 「第六号」 月琴。そこから考えて,「花裏六(かりろく)」 という銘はまず間違いなく,それ(数字)をこれ(訶梨勒)にひっかけた銘でありましょう。


  前回の記事では板裏の墨書をそれぞれ,「玄襄/花裏六」「物外逍遥/大観花裏六/鶴寿堂製/明治三十二年四月」と,とりあえず読んでみましたが,「花裏六」の部分が楽器の銘と分かりましたので,あらためて読み直して見ましょう。
  まず表板の墨書----これよく見たら「玄襄」じゃないですね。一文字目の書き順がちょっと違いますわ。この楽器の製作された明治32年の干支は「己亥」ですから,一文字目は「亥」だと思うんですが,二文字目が分かりません。やっぱり「襄」に見えるんですが,「六・裏」の2文字を書いた上から,二本線で消してるようにも見えます。
  裏板の墨書はそのままでいいみたいですね。「物外逍遥/大観」までが文章。「物外ニ逍遥シテ大観ス」,モノに捉われることのない自由自在な境地から,世界を大きく見渡しましょう,てなところでしょうか?

  「花裏六(かりろく)」という銘にはまだほかに,いささか心当たる点が幾つかございます。
  たとえば琵琶は「琵琶立て」に立てて置かれますが,三味線や月琴は鴨居からぶるさげられることが多いのですね(ちなみに庵主もそうしています)。匂袋の「訶梨勒」を柱にぶるさげる習慣は,関東ではあんまり見ません。関西方面の風習じゃないかと思うんですが,使われないときの月琴のぶるさがってる態を,その「訶梨勒」に見立てた銘なんじゃないか,というのが一つ。

  あとひとつはこの楽器の側板の化粧板には「カリン(花櫚・花梨)」が使われてます。「カリン」「カリロク」っていうのは語感が似てるので,もしかすると,そのへんからの発想もあったかもしれません。

  以上,邪推ながら。





月琴13号・柚多田 製作者再考

  「手がかり」とゆーものはどこからもたらされるか,分かったもんじゃないですね~。(^_^;)

  このブログの左隅のほうに 「アクセスワードランキング」 つのがありますわな。
  ある日,何気なく自分のブログを眺めてたら,これの一位に 「藤原義治 石村近江掾」 というフレーズが輝いてまして………

  「藤原義治 石村近江掾」?


  うちの最長老楽器,文久三年作の13号・柚多田の作者さんですわな。
  ほりゃ,なんでかいの~と逆にたどってみたところ,ある楽器屋さんのHPにたどりつきまして。
  そりゃもう素晴らしい出来の和胡弓が売られてたんですが,その作者がなんと,かの「藤原義治」

  楽器屋さんの説明に「月琴も作っているらしいです」とあるとこを見ると,たぶんうちの記事,見てくださったんでしょうね~。
  有難いのはその後。そこでかなり詳細に楽器各部の写真をうpしてらっしゃったんですが,その一枚に楽器内部の墨書の銘があり,そこに「西久保 石村近江掾 藤原義治」とっ!

  なにが有難いって?----「西久保」ですよ!「西久保」!

  「石村近江」は三味線作りのビックネーム。
  三味線という楽器とその音楽を完成させたとされる「石村検校」の流れを汲んだ店で,本家は八丁堀にあり,11世,幕末まで続いていましたが,13号の作者「義治」という名前の人は当時,そこにはおりません。 老舗だけに,暖簾分けもあったでしょうし,名を借りたような店もあったようで,八丁堀の本家のほかにも「石村近江」を名乗っていた製作者は複数いたのですが,そのどれが「義治さん」なのか----決め手がなく,分からないでおりました。

  しかぁし!---これで判ります!


  明治12年の『商業取組評』は「商売人何でもランキング」といった感じで,各職各業を相撲番付風に並べたものですが,そこの「三味線番付」で「西大関」----すなわち最高位に輝いているのが「西クボ八マン」の「石村」。
  「西クボ八マン」は港区虎ノ門にある「西久保八幡神社(飯倉八幡)」さんですね。上にも書いたように「石村」を名乗るお店は数ありましたが,「西久保八幡」一帯では少なくとも一軒しかありませんでした。(もちろん今はありませんが)

  つまり13号の作者の「石村さん」は,そこのヒトだったわけですね。

  もひとつ---13号の墨書には「石村近江大掾 藤原義治」のほかに,小さく「常吉」という銘が入っています。つまりこの楽器は,二人の共同製作だったようなのですが----文字の大きさから察するに「常吉」さん,てのは,義治さんのお弟子さんかお子さんでしょうね。


  最近ネオクで見た二絃琴に 「東京西久保/琴作元祖/石村平琴」 という銘のあるものを見つけました。またそれとは違う二絃琴で 「東京〓〓/西久保住人/石村近江直正」 という銘のあるものも見つけてあります。
  「東京」となってますから,これらの楽器は明治以降の作だと考えられますが,この「石村直正」「石村平琴」もしくはそのどちらかが,もしかすると師匠の後を継いだ「常吉」さん,なのかもしれませんねえ。


(つづく)


22号鶴寿堂2(2)

G022_02.txt
斗酒庵 鶴寿堂と再会す の巻2011.10~ 月琴22号・鶴寿堂 (2)

STEP2 懐かしい光景にふたたびめぐりあえた


  ええ,もーバラバラなわけですよ。

  22号,修理----この有様であります。

  月琴5号の時にも書いたとは思いますが鶴寿堂・林治兵衛さん,その楽器は美しく,工作の腕も確かなのですが唯一の欠点が----接着がヘタ。
  今回の楽器を見ましても,山口にオリジナルのフレットは全部剥離,面板も前所有者のもとにあったころ,すでにあちこちハガれ浮いていたものと思われます。

  鶴寿堂の月琴の部材は主として「そくい」---お米を練って作った糊---で接着されています。「お米を練った」などと書くと,何か子どもの遊びに使うものみたいですが,「そくい」というものは,例えば刀剣の「鞘」,三味線の皮貼りなど,楽器や木工芸の世界では古くから使われている一般的な接着剤の一つです。
  その接着力は強固で,ニカワと比べると虫がつきにくいという利点もありますが,作るのに多少手間がかかり(本格的には…米粒を練って練って寝かせて晒して数年間)一度剥離すると二度とくっつきません。
  上手に使えばニカワ同様,千年保つような強固強健な接着が可能なのですが……


  何度も書いているように,接着の上手な人は「接着剤の層」を作りません。接着面をよく湿らせて,木の表面に「接着剤の染みこんだ層」を作り,その面同士をぴったりと合わせて固定するのが,もっとも強固な接着法です。そうして巧みに接着された場合,接着された部分には空気も入らないので,部材自体が劣化しない限りハガれることはまずありません。
  そくいによる接着も,ニカワと同じく「薄く塗り,軽い圧」が最上かつ基本なのですが,この楽器の場合,面板の周縁にも胴体の接合部にも,まあこってりどっさりと,ハミ出すほどに塗ったくってあります。これだと木と木の間にそくいの層が出来ており,部材はその層の両面にくっついてるわけで,そくいの層が外気に触れてるところから劣化して,ハガれるわけですね。


  はじめは面板のハガれている部分だけ再接着しようと思ってたんですが,アチラがつけばコチラがハガれ,コチラがつけばその先がハガれる----とまあ何時までもキリがないので,まさにオーバーホール,胴体はバラせるだけてってー的にバラし,ほとんど接着をイチからやり直すことにいたしました。
  こういう場合,本来なら接着剤もオリジナルと同じく「そくい」を使用するのがスジというものですが,庵主の不得手と経験不足につき,手慣れたニカワでの接着に替えさせていただきます。

  では,あべりべりばらばら,っと。内部観察というか,分解記録をどうぞ。


  こちらは表面板の裏側。
  すみません,墨書はたぶん「玄襄/花裏六」だと思いますが正直自信ナシ。


  裏面板もちょうどヒビの入ってたところを残して,カンタンにハガれました。
  ちょっと見えにくいとは思いますが,真ん中のあたり,内桁との接着部の端に,前の所有者が打った竹釘が突き出ています。


  こちら裏面板墨書。

  「物外逍遥/大観花裏六/鶴寿堂製/明治三十二年四月」

  二行目の読み解きが多少自信ありませんが(「花裏六」ってナニ?),まあ要するに,禅坊主っぽいことを書いてみたかったのでしょうね。月琴5号が「明治37年」でしたから,この楽器はその5年前の作ということになりますが,5号のに比べるとこちらの墨書はかなり下手っぽい……5年の間に一気に成長したわけですね。何があったのでしょう。


  表裏の板をへっぺがしちゃうと,この楽器の胴体って,ほんとタダの輪っかですよねえ。

  面板の周縁はもちろん,胴材裏表と内桁表裏の接着面は筆でお湯を含ませながら刃物でこそぎ,四隅の接合部も濡らした脱脂綿を当ててふやかし,劣化した「そくい」をできる限り除去します。

  表面板から再接着。もともと中心線が書いてありましたのでこれを目印に,さらに四隅の接合部を動かして板の周縁にうまく入れこみましょう。そしてクランプとゴムで固定。



  表面板がくっついたところで,つぎは接合部を始末します。
  部材間にはさまっていた「そくい」の層をかなり落としてしまったので,あちこちにスキマができてしまいました。そのスキマには突き板を削いで埋め込んでいきます。接合部の充填接着と,化粧板の浮いているところも再接着しちゃいますね。
  一晩置いて,埋め込んだツキ板を整形。
  さらに補強のため接合部内側に和紙を重ね貼りし,柿渋を塗っておきます。



  裏板を貼る前に,棹の調整もしておきましょう。
  5号月琴では,茎と桿本体との接合部が割れていたのに数年気づかず,小春師匠に音合せでずいぶん苦労させちゃった(「8号再修理」参照)わけですが---さすが同じ作者,まったく同じところが同じような状態になってますねえ。棹基部V字の背面側のほうの接着がハガれて(もしかすると最初からちゃんとついてなかったかもしれない)しまっています。



  このままだと音合せのとき,糸の張力で棹が前にお辞儀するので,なかなか合わないわけですね。
  この接合部ももとの工作が多少粗くて,かなりヒドいスキマができてます。ここにもツキ板を埋め込み,ニカワを垂らしこんでいっしょにぎゅぎゅーっと締め上げましょう。

  この棹基部の不具合が原因だと思いますが,棹がお辞儀していたせいで,胴体と棹背の接合部にスキマができてしまっています。何度も書いているよう,この楽器の理想として棹は背面側に少し傾いている状態が望ましいのもありますし,ここは調整しておく必要があります。
  茎の先端を削り,スペーサーを接着します----かなり削っちゃいましたねえ。茎取り替えたほうが良かったかもせん。(汗)



  さて次に裏面板を貼れば,胴体は箱に戻るわけですが,こっちは内部から見ながらの位置の調整はできないし,板の表面には目印もないので,位置合わせは表面板よりずっと難しいのですが----さいわい前の所有者がハガれた面板を止めようと打ち付けた竹釘の痕があります。




  これを使いましょう----

  竹の端材を細く削って釘孔に差込み,接着の際のガイドにするわけです。

  接着面にじっくりお湯を含ませニカワを塗って,面板の穴を竹釘に合わせたら,クランピングだほいさッさ----オープン修理恒例,3倍早そうな「赤いワラジ虫」の登場です!

(つづく)


22号鶴寿堂2(1)

G022_01.txt
斗酒庵 鶴寿堂と再会す の巻2011.10~ 月琴22号・鶴寿堂 (1)

STEP1 出会いは何時でも

  さてさて,笛吹きの試練やら弾き方教室やらもようやく一段落----ひさしぶりに,月琴修理報告へともどりましょう。

  自出し購入月琴,22面目。
  到着しての,まず感想は…………重い。
  唐木製の8号ほどではないのですが,普及品の楽器の2倍くらいの重さはありますね。

  こりゃきっと,よか材料が使われとぉたい。

  ではまず,いつものように採寸と観察から。



1.採寸・各部簡見

 ・全長:646mm
 ・胴径:356mm(縦方向)358mm(横方向)
 ・胴厚:40mm(表面板5,裏面板4mm)
 ・有効弦長:425mm

  同時に修理していた21号と並べると,胴の厚いのもあってやや大ぶりに見えました。

A)棹部分



  主材はカヤと思われる。
  表面には厚さ0.5mmほどごく薄い唐木の指板が,山口取付部の手前まで貼られている。指板部分の寸法は長146,最大幅31,最小幅25。フレットは全損してケガキの目安線と接着痕のみが3つ残る。
  胴体との接合部付近で最大太さ34,糸倉の基部付近で最小20mm。
  棹背は浅く美しい曲線を描く。

 ■ 蓮頭:剥落。76×48
  紫檀製と思われる。意匠は葡萄。やや小さく薄手で,彫りは緻密。

 ■ 糸倉部:損傷なし。
  長:159 幅:32 側面厚:8 最大深:75
  天のところに同材の間木をはさむ。アールはふつう。うなじの部分がやや深く,長い。

 ■ 軸:健全。4本存。
  長:116 径:25 やや細身の六角握りで3本溝。おそらく棹と同じくカヤ製。加工は丁寧。

 ■ 山口:欠損。


B)胴体部分


 ■ 側板。
  棹と同じくカヤと思われる材に,カリンの化粧板を貼り回してある。化粧板の厚みは0.8mmほど,棹穴の中心で両端が合わさる。

  向かって右肩および対角線上の左下は接合部が割れているらしく,面板の縁から内がわの胴材の木端面が少しのぞいている。


 ■ 表面板。
  左端に幅3センチほどの小板を足しているが,そのほかに矧ぎ目は見られず,ほぼ一枚板。中央に険しい山が盛り上がっているかのような木目がある。この木目のため中央付近はやや柔らかいが,周縁はかなり目が詰んで堅い。

  中央下端,半月の真下辺りの縁にやや大きく,深いカケがあるほか,全体にヨゴレはあるが,ヒビなどの損傷はほとんど見られない。
  胴下周縁で胴材からの接着ハガレ,ほぼ地の側板に相当する,全周縁の1/4程度におよぶ。
  右肩から最終フレット付近にかけて,悪戯した程度の三味線のバチ痕らしいものが数本,また月琴のバチ先か釘のようなもので木理をなぞった痕が,絃停の右に一本見られるが,演奏による使用痕と確認できるようなものはない。


 ■ 裏面板。
  表面板とほぼ同じ板が貼られている。

  向かって右端,小板との矧ぎ目にヒビ,上下貫通。上部に数箇所薄い打痕。
  数箇所,上下に名前か何かを書き込んだものと,子供の手によると思われる悪戯書きなどが見える。いづれもそれほど大きなものではない。
  胴材からの剥離がひどく,上部は向かって左肩の接合部付近から天の側板のほぼ周縁ぜんぶ,下部は左右の接合部を越えて全周縁の1/3におよぶ部分が剥離している。
  面板のハガレを前所有者が修理しようとしたものか,周縁各所および小板との矧ぎ目中央あたりに合わせて5~6箇所ほど,竹釘が打たれている。もちろんあまり効果はなく,何箇所かは竹釘自体が抜け落ち,小さな穴のみがあいている。


 ■ 絃停/半月。
  絃停はヘビ皮。102×64。小さめである・

  半月は半円曲面。102×43,高10。おそらく唐木製。紫檀か。
  表面に蓮の花が薄く浮き彫りにされている。透かし彫りなどに比べると一見地味だが,かえって手の込んだ細工である。

  糸孔は外弦間:26.5,内弦間:20,内外の弦間は約3ミリ。このサイズの清楽月琴としてはややせまい。


 ■ 装飾/フレット。
  左右目摂は仏手柑。唐木と思われる。かなり丁寧な彫り。

  オリジナルの扇飾りは欠落したらしく,黒いちりめんで作った扇状のものが貼り付けられている。
  そのほかの中央円飾り,および柱間飾りの痕跡はない。

  フレットは棹上・胴上,ともに全損,目安のケガキ線および接着痕のみ残る。


C)内部構造

  面板の剥離が激しいこと,そして側板に化粧板を回してあるため,現状のままだと接合部の修理が出来ないので,今回はひさしぶりのオープン修理になると思われます。内部構造の詳細については,その時にふたたび書くこととして,とりあえず棹穴から観察したものを。

  ただし,この楽器の棹穴は18×22mmと小さめなので,大した観察は出来ませんでした。


 ■ 棹基部/棹茎。
  長:186 最大幅:20 最小幅:17 厚:16-5
  棹基部は45×20×16,V字に切り松かツガと思われる延長材を挿す。延長材の根元に「第六号」と墨書。

  加工と工作は比較的丁寧だが,墨書の横,表面板側の左がわにかなり長いカケがあるなど,材質はあまり良くない。

 ■ 内桁。
  おそらく1枚。棹穴の端から175mm,胴体のほぼ中央に位置する。真ん中に茎のウケ孔,その左に「六号」,右に花押のようなものが見える。
  音孔は左右にありいずれもきっちりと四角く切られている。材質はスギかヒノキ。

 ■ 響き線。
  おそらく1本。材質形状不明だが,振った音や棹穴から棒を入れて触れた感じでは直線,楽器に向かって右側に基部があり,棹穴から 230mmのあたりを通る。




  上にも書いたように,この楽器は棹穴が小さくて,内部構造の撮影はもちろん,目視での計測や観察もきちんとはできなかったのですが,表裏板の裏側にある墨書をなんとか確認することができました。内桁で阻まれて上半分しか見えないのですが,裏板に「物外…大観…」そして「鶴寿」の文字が見えました---庵主にとってはこの楽器の作者を知るに,とりあえずまあ,これだけでじゅうぶんですね。

  楽器の外見,カヤが主材であること。
  指板が山口の前までしかないのも大きな特徴。
  そしてとくに懐かしい,この棹背の美しい曲線。

  名古屋上薗町,「鶴寿堂・林治兵衛」さんの作品ですね。

  現在,柳家小春さんが使ってる5号月琴と同じ作者なわけです。
  製作年代は分かりませんが,墨書であちこちに「六号」とあるので,かなり初期の楽器なのではないかと思われます。
  月琴5号は明治の36~37年にかけて製作されたもの(表板と裏板の墨書で年記が違う)でした,二つの楽器を比べると,棹のフォルムなんかはほとんど同じなのですが,こちらの楽器のほうが,やや各部の工作にまだ手慣れていない感が見え隠れしています。

  作者の同じ楽器の修理は,その技術の変遷や,楽器の時代的な変化とか,最高のデータが取れますからねえ,じつに楽しみです。

  まずは鶴寿堂さん。
  おかえりなさい(w)。

(つづく)


« 2012年1月 | トップページ | 2012年3月 »