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26号菊芳3(2)

G026_02.txt
斗酒庵 芳之助とみたび再会す の巻月琴26号 菊芳3(2)
STEP2 鳴かぬ鳴かぬぞホトトギス


  月琴26号,外がわからの観察から見つかった損傷箇所は以下の通り----

  1)蓮頭半分欠損。
  2)糸巻き全損(他の楽器の糸巻きを移植3本+自作1本)。
  3)糸倉に鼠害少。   4)山口(トップナット)欠損。
  5)フレット3本欠損(第1・2・8フレット)。
  6)表面板左肩にヒビ。
  7)裏面板中央下に加工痕。
  8)半月高音弦がわの糸孔加工損傷。
  9)絃停ボロボロ。

  細かな打圧痕などを加えればまだ多少ありますが,比較的,欠損部品も少なく損傷も軽微,と,いったところですね。
  しかしながら,この楽器のいちばんの損傷箇所は,外がわでなく----内部。

  「響き線」 が,おかしい。

  楽器を振れば,確かに金属の音はするのですが,演奏位置に立ててみても響き線の動いている感触がありません。
  通常,月琴の響き線は,楽器を演奏姿勢に立てたとき,胴体内部で完全な片持ちフローティング状態になって,ぷらぷらしてるものなんですが,棹孔からのぞくと,線らしきものは見えるものの,なんか,ピクリとも動いてないんですね。

  この修理報告で何度も書いているとおり,この「響き線」という部品は「月琴の音のイノチ」。
  楽器の音色を左右する重要な部品でありながら,外部からは操作も調整も出来ないというフシギな構造ですが,これがちゃんと機能していない限り,その楽器は「月琴」とはいえない,というくらい大事なモノです。

  つまりこれは楽器としてのアイデンティティ存亡の危機……ある意味,外がわのどっかがコワれているより重症なんですねえ。

  響き線がどうにかなっていることは確かなのですが,棹孔からの観察では,内桁に阻まれて正直よく分かりません。
  今までの経験等から推測して,考えられる状況は次の三つ----

  1)線の先端がどっかにひっかかっている。(20号山形屋の記事等参照)
  2)サビて根元からモゲた。(13号三耗の記事等参照)
  3)留め釘などがはずれて胴体内に落ちている。

  1)の場合だと,響き線自体はぷーよぷーよと動くはずなので,2)か3)でしょうなあ。
  どちらにせい,これを直さなければこいつは月琴という楽器として成立しないので。


  少々手荒に逝きますよ----ほああああっっ!!

  裏板を,剥がします。
  ただし,ぜんぶではなく片側の矧ぎ板の小板一枚分のみ。
  棹孔からの観察では,胴体のどちらがわに基部があるのか,はっきりとは分からなかったのですが,10号・16号と同じ作家の楽器をすでに2面直した経験と,いままで修理した楽器の構造からも考えて「こっちがわだろう」という方をバリリと。

  ああ…キズのない胴体を…キズもんにしちゃったぜい。

  あ,やっぱりこっちがわだった(ほ…)。出てきました,これが響き線の基部ですね。


  響き線は----胴体を振ったら出てきましただ。
  サビ朽ちて落ちたのではなく,根元からすっぽぬけてたみたいですね。
  少しサビは浮いていますが,比較的健全な状態です。

  以前修理した芳之助の10号は,かなり手慣れた工作で,「余裕のある手抜き」はあっても「余計なこと」は一切してない,そういう作りをしていました。つぎに来た16号は,芳之助,若気の至りの一本だったらしく,硬いトチを胴材に使うわ,指板にウルシは塗るわ,「余計な工作」がやたらと目に付く楽器でした。
  26号は,外見的な工作や材質の点では10号のほうに近く,イヤミのない,実用本位な作りとなっております…が,しかし----これはイケません。


  見たとたん分かっちゃいましたもんね。
  響き線がこうなった理由……
  この基部----「タガヤサン」で出来ています。

  清楽月琴の響き線は,唐物ではほぼ胴材に直挿しとなっています。
  国産月琴ではこの楽器と同じように,胴内に木片を接着して,そこに基部を埋め込むという形式のもののほうが多くなっています。
  今までの修理経験とウサ琴での実験からして。実際のところ,直挿しであろうが木片を噛まそうが,線自体の材質や形状によるものほど,音色上さほど顕著な影響や違いはありません。唐物や初期の国産月琴で直挿しだったのが,この木片を噛ませる形式になっていったのは,「抜けたらどうする!」的な(ある意味余計な)心配から来た工作で,内桁が2枚になっていたのと同様,中・日職人間での嗜好の違いみたいなところに起因しているのではないか,と庵主は考えています。
  たしかに,厚みが1センチないような胴材に穴を開けてじかに埋め込むより,こうした木片を噛ませた方が,より深く,確実に響き線の根元を固定できる----ような気がします。あくまでも「気がする」だけで,たとえば基部の木片ごとポロリするような場合,また根元からサビて落ちるような場合を考えると,大して違いはありませんね。

  響き線の基部は一般的には胴や棹の端材で作られていることが多く,この楽器のように,本体にまったく使われていないような材料をわざわざ用いることは,あまりありません。
  また実験と経験によれば,この木片が何で作られていようと,これもまた音色上顕著な違いはないのですが。

  ----キモチは分かります,なんとなく。(^_^;)

  響き線は金属です。金属を受け止める木の部品は,硬い方がイイだろう,と,音も良くなるだろう,とかも。

  前にも書きましたがタガヤサンは漢字で書くと「鉄刀木」。
  唐木の中でも最高級,かつ最強の硬さを誇る素材です。
  ただ----これもなんども書きましたが----この木,工作上,接着がとても難しい。
  同材同士の場合など,かなり時間をかけて接着面を湿らせるなどの処置をしとかないと,上手くくっつかないのですが,濡らしたら濡らしたで今度は「割れる」か「歪む」か……どのように暴れるか分からないムズかしい素材なのであります。
  ふつうの木なら,穴あけて,線の基部にニカワを塗ってつっこめばそれで済んだかもしれませんが,タガヤサンの場合は----


  こうなるわけですね。(笑)

  ----さらに言うなら,上にも書いたとおり,この部品はカタかろうがヤワかろうが,実のところ音色上の影響はほとんどナイのですね。

  この工作から考えて,この楽器の製作年代は16号より後,10号より前……てとこでしょうかね。
  芳之助,全体にだいぶん手慣れてはきましたが,まだ余計なことを考えつく余地が残っておったようです。


  修理のためあけた部分から内部をのぞきましたところ。表板の中央あたりに,何か書いてあるのが見つかりました。
  角度的に……撮影はムリですねえ。

  内視鏡等を使って,何とか書き写したのが右画像。いちばん向こうがわの二文字(?)はほとんど分かりませんが,おそらくは----

  菊芳
  明治廿〓年
  一月二日〓上
  重吉作

  ----と,書いてあるのではないかと。

  明治20何年なのかがちょっと分かりませんが……棹茎の基部裏板側にも,二文字目が「○」になった署名らしいものがうっすら書き込まれているんですが,それもたぶんこの「重吉」(?)なんじゃないかと。メインで作ったお弟子さんの名前でしょう。
  福島芳之助が内国勧業博覧会で賞をとったのが23年,27年の『東京諸営業員録』ではまだ店主ですが,31年の『日本商工営業録』では奥さんと見られる「福島すて」さんが店主となっています。


  そして明治40年代にはお弟子さんと思われる「岡戸竹次郎」さんがこの馬喰町の「菊芳本店」の店主となり,血縁と思われる「福島直矢」という方が牛込区津久土町一番地に「菊芳支店」を開いています。この津久土町(筑土町)の店は大正10年からは「福島真吉」さんの名義になってますね。
  このあたりの資料から推測して,芳之助さんが馬喰町の店で月琴を作っていたのは,おそらく明治10年代後半から20年代の末くらいまで,10年ちょっとの間のこと,と考えられます。
  16号は明治19年ごろの作らしいので,それで10号より前,と考えますと,20年代の比較的初頭くらいの作と考えるのが妥当ではないかと----あくまで推測ですが。

(つづく)


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