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1号再修理

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斗酒庵 過去の亡霊と対峙す の巻2012.3月~ 月琴1号再修理 

  それはある初夏の4のつく日。バイト帰りの庵主がいつものとおり,旧中山道---巣鴨の地蔵通り商店街にさしかかりますと。その日はお地蔵さんのお縁日。庚申塚がわのほうに,露店の古物屋さんが数件出ておりました。
  時間はすでに夕刻6時に近く,古物屋さんたちも荷物をまとめて帰り支度もはじめたころ。
  ある古物屋さんの店先に----ホッケさんの団扇太鼓のボロいのが一つ,出ていたと思いねえ。
  ああ,あれ持ってドンツクしながら踊念仏でもやったら面白そうだ,と手に取れば,なにやら違和感。
  太鼓じゃない…木で出来てる。それになんだ,この握りの左右についた穴は?
  と,裏返して見れば,左右に菊の飾り,半月形のテールピース。
  蓮頭も軸もなく,フレットも山口もとんでおりましたが,振ればカラカラ響き線----これは,紛うことなく日本の,清楽の月琴!

  庵主,もとより中国民俗学屋,いちおう音楽に関わるあたりが専門分野なため,知識の一端として日本でむかし月琴という楽器が流行ったことがあった----と,いうようなことは,とおに存じてはおりましたが,実物の「清楽月琴」を見たのも手にしたのも,実にこれがハジメテ。

  露店のおばちゃんに値段を聞いたところ,特価¥1,000。
  うーん,マケてよ,と言ったら\700にマカさりました。

  爾来10余年。

  庵主にとってこの1号,まさに始原の月琴であり,その後の5年以上,さまざまな音楽の場で苦楽をともにしてきた戦友でもあるわけでありますが,数年前糸倉を損傷して一線を退き,それからはなかば記念品のように,「壁の花」 となっておりました。

  しかしながらこの楽器----名工・石田義雄(初代不識)の作なんですよね。

  もっともそれを証明するようなラベルや墨書もないし,棹と胴はサクラ,総唐木の8号ほどの高級品でもなく,普及品クラスの一本ですが,長い糸倉,長くてまっすぐな棹背,薄くて広い胴体,西洋楽器なみのくっきりとした音色など,唐物の影響を脱した国産月琴が,やがてなろうとしていた未来の姿の一つを,先取りしたような独創的な楽器です。

  去年暮より21号,16号と2本続けて3ピースでの複製棹を製作し,実際に使用してもらって,その加工や実用性に自信がついたことですし,ちょうど24号の修理で,また棹を作ることになったついでに,1号の棹も複製し,これをまたバリバリの実用楽器,庵主のベターハーフとして復活させようということになりました。

  この楽器を最初に修理したのは,なんせ10年ほどもまえのことで。知識も経験もまったくと言っていいほどなかったわけですから,まあよくやったものだと自分に言ってやりたいですが,10年経ちますともう別人みたいなもので,この「修理」を今評するなら----

  よくもまあ,こんだけテキトウやらかしやがったな!!
  ケツから皮ひん剥いて苛性ソーダのプールに沈めちゃる!!!!

  とまあ(汗)いうようなものですね。
  中学生のころのポエムを書き綴ったノートか,あのころ好きな子に送ったラブレターなみに,キモチは分かるけど心情的にユルせない……オレ自身を!
  という甘酸っぱい,いやすでに加齢臭のする酸っぱいニオイ的に見ていられないので。まずはその「修理」の痕跡をすべてひっぺがします。


  まず,棹が基部の部分を接着剤---たぶん木工ボンド---でガッチリ固めてありました。(汗)

  どうにもならなくて,けっきょく鋸で切り落さなきゃなりませんでしたが----もうなんでこんなことをしたのか!今となっては知るヨシもありません。たぶんネックの固定がユルユルなことがガマンできなかったのでしょう。
  茎を胴体の棹孔の表裏から切断,中に残ったぶんをほじくってようやく貫通です。




  表板裏面のブレーシングもどき,意味不明です。これもみんなひっ剥してしまいましょう。

  棹基部の除去とこの作業のため,裏板の中央を切り取ったんですが,良く考えたらこの裏板自体,自分で貼っつけたモノ。
  替えの板もあるしで,エイッと剥がしてしまいました。


  久しぶりに見た1号の内部構造ですが,あのころは気がつかなかった石田不識の独自性が,こんなところからも発見されて,いまさらながら驚きますね。

  まず,内桁が胴体と同じ材質で出来ています。
  通常,この部分は唐物では面板と同じ桐,国産の月琴ではマツやスギやヒノキなど,比較的入手しやすく,安価で加工の容易な針葉樹の板が用いられます。
  材質はかわってると言ってもやっぱり粗板で,表面加工もあまりされていないし,音孔の加工もお世辞にも丁寧とは言えませんが,内桁がこうなっている例は,この10年間ほかにありませんでした。

  つぎ,響き線の基部。
  この厚みが1センチない側板に切込みを入れて木片を精密に嵌め込んでいる技術もさりながら,最大の特徴は,この木片が表裏面板と密着していることです。
  ----なんてことはない当然の加工と,思われる方もいるかもしれませんが。これもまたほかの月琴ではなかったことで。
  胴内側に直挿ししている場合は別ですが,たいていの作者はこの部分,面板面を斜めに削ぐなどして,面板からわずかに離していることが多いのですね。

  面板と密着させた(石田義雄)のは,面板の振動を響き線に伝導しようと考えたのでしょうし,面板から離す(他作者)のは,楽器に触れている身体の余計な振動を拾わず,空気中の振動だけに共鳴することを意図したのじゃないかと思います。

  しかしながら,ウサ琴による実験結果などからいたしますと,じつのところ,どちらの加工にしても,音色上,顕著な違いはまったく生じませんでした。
  よーく考えてみますと,もともと唐物の月琴などでは胴に直挿しで,それで構わなかったわけで。こういうふうに木片を噛ませたのはどちらかというと,音の伝導うんぬんより「落ちたらどうする!!」的な,余計な心配からきた加工だったと思われます。つまり薄い胴体側部だけより,線の基部をより深く差し込めて安心,ということだったのでしょう。

  日本人,こういうところは律儀というか…心配性なのですね,余計に。

(つづく)


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