26号菊芳3(5)
![]() STEP5 あの鳥はまだうまく鳴けない ![]() 10号,16号ともにそうだったんですが。 芳之助の月琴は理想のわりに,現実がついてきてません。 ----ええ,当「修理報告」をずっとお読みになっている方々にはなンのことだかお判りでしょうが。フレットの高さ(理想)と,絃高の高さ(現実)が合っていないのです。 清楽の通常の演奏では,月琴の高音域,胴体上のフレットの音はほとんど使われないため,たとえ最終フレットの頭から弦までが,デフォルトで5ミリ以上開いていようとも,使用上大した不便はナイのですが,清楽の廃れた現在,このぜんぶで13コしか音の出ない楽器が弾かれ続けるためには,せめてその13コの音すべてがくっきりはっきりと出るくらいでないとなりません。 芳之助のオリジナルフレットは,高井柏葉堂のソレほどゲンジツ(絃高)に対して無茶に低いようなわけではありませんが,その理想の低い(つまりは背の高い…メンドくせえなあこの言い回し)フレットをしてなお,ゲンジツとの乖離が大きすぎます。 ![]() その最大の原因が棹基部の工作----芳之助のオリジナルでは,棹の基部・胴体との接合面は,棹の指板面に対しかなり正確に垂直で,胴体に挿したとき,棹の指板面は胴体表面板とほぼ面一になるよう加工されています。 何度も書いているとおり,月琴としては,棹が山口(トップナット)のところで3~5ミリ背面側に傾いているのが,実のところもっとも良い工作なのです。 棹がその角度だと,低音部ではフレットが高く,弦を強く押えることによって出されるビブラート,いわゆるbebung 効果などを自在に使うことができ,高音域では一気にフレットが低くなるため,弦のテンションがキツくても正確な音がおさえられるわけです。 最近修理した古い唐物月琴,清音斎や茜丸などは意外ともとからそういう工作になってましたし,石田不識,山形屋雄蔵など硬派な作者の楽器も,はじめから棹がそういう工作になってますから,この「指板面と胴が面一」というのは勉強不足の唐物倣製月琴あるいは国産月琴の製作者が,ややもすればよく陥る「間違い」「勘違い」の一つなのだと思います。 まあ,キモチは分かります---- 「指板面が胴体表面板と面一」というのは,弦楽器ではよくある理想的な設定の一つですし,しかもちゃんとそうなっている,という工作精度はそれなりに賞賛されるべきレベルであります,が。 ![]() 同じ作者の10号では,半月にゲタ(スペーサー)を噛ませることで格段に絃高が下がり,弾きやすく発音しやすい楽器となりました。 16号はメインの材料がやたらと良いものだっただけに,あまりオリジナルを改変するような補修が出来ず,最初の修理ではかなり高い絃高とフレットの楽器となってしまったのですが,先ごろオーナーがオリジナルの棹をブチ割ってくれやがったので,これサイワイと,ちゃんと傾かせた新しい棹を作り,修理後は絃高が下がってずいぶんに弾きやすい楽器となってくれました。 今回の26号。 まずはじめはいつもと同様,半月にゲタを噛ませてみたんですが…… てンで効果がありませぬ。 ![]() ![]() 最初作ったものは1ミリ,次では思い切って3ミリもの厚さの竹板を付けてみたんですが,それでもオリジナルの最終フレットの頭から弦までの間がほとんど変わりません。 もちろんフレットが高くとも,弦とフレットの頭がどんなに離れていようとも,部品さえ揃っていれば少なくとも演奏可能な楽器には仕上がりますが----庵主はこれまでの修理からして,芳之助のところの楽器は「のびしろのある楽器」だと知っています。ある程度,少しの手を入れれば,1ランク2ランク上の楽器とも存分に渡り合える,そういう楽器になることを知っています。 16号,この26号,10号と3本の修理を通じて,彼の月琴作者としての進化が見えてきました。 だんだん理想に近づいていることも知っています。そしておそらくそれが,頓挫したろうことも…… 庵主としてはできるなら。芳之助の理想をもう一つ,実現させてあげたいのですね。 ![]() 棹基部を調整します。 面板面に対しほぼ垂直になっている胴体との接合面を,ほんの1ミリ,斜めになるように削ります。 削ったのはほんの1ミリですが----これで棹全体は大きく動きます。 山口のところで,背側に3.5ミリ。理想的な角度ですね。 ![]() ![]() ![]() 削ったのはほんの1ミリですが----この作業によって,棹茎は内桁の孔に挿さらなくなります。 延長材との接合部を濡らした脱脂綿で湿らせること3日。 延長材をいったんはずし,接合部の刻みの角度を調整してから継ぎなおします。 これにて半月にゲタを噛ませることなく,逆にオリジナルフレットを少々削らなきゃならないほどまで絃高が下がりました。 たった1ミリの工作なんですけどね。 (つづく)
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