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27号初代不識(7)

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斗酒庵 夢にて出逢う の巻月琴27号 初代不識(7)

STEP7 そして佳菜との日々


  リアルでも夢の中でもいろいろあった今回の楽器の修理でしたが……

  いやいや,庵主,妙なココロの病にかかったわけでも変な宗教をはじめたわけでもありませんよ。

  たかだか夢の中のことですからね。


  まあ今回のことは,27号という楽器との出会いによって,いまは気がつかなかったり分からないでいるけど,その観察によって得られた多くの情報を,脳がとりあえずそういう夢のカタチにしてとりこんでいるのかもしれません。


  さて,修理も最終局面。
  棹基部の微調整も終わり組上げは順調……なんですが。

  一箇所だけ,どうしてもオリジナルの工作にガマンならないところがありますので,ここだけは替えさせてもらいます。うん,これは「修理者」としてではなく,月琴の「プレーヤー」としての行為,ですね。


  それはこの高音部のフレット。

  これがオリジナルの部品であることは,その工作からも,また同じ作者の楽器に同様のものがついている例があることからもほぼ間違いないのですが----さすがにこれでは弾きにくい。
  何度も書いているように,月琴が本来使われていた清楽という音楽では,この胴上,高音部の音が使われることが少ないため,この部分のフレットの調整や加工がけっこうぞんざいだったりすることが多いのですが,もともと13コしか音の出ないこの楽器で,現在の曲や音楽を弾くためには,最低でも,最高音まで全部の音がキレイに出てくれないと困ります。

  もちろん,このぶッ太いフレットそのままでもちゃんと音は出せるでしょうし,材質も黒檀,文句はありませんが。
  運指へのレスポンスや操作感を考えると……そしてなにより,なんだかカッコ悪いンですわ。(汗)

  月琴のフレットなんかはほぼ消耗品。次に持つ人が取り替えれば済むことですので,庵主の代ではここだけ,オリジナルと違うものを付けさせてもらうことといたしましょう。


  材料はローズウッド。
  長さはオリジナルに合わせ,厚みは棹上のフレットとほぼ同じくらいにしました。

  庵主の好みとしては,これでもかなり太目ちゃんなんですが……まあこれくらいなら,ふつうに演奏できるかな?



  フレッティング----今回はほぼ,石田義雄が付けたオリジナルの位置につけなおしただけです。

  新しく作った胴上のフレットのほかは,高さの調整もほとんどありません。棹の傾きもちゃんとついてるので,もともとフレットは理想的に低い----いつものような「理想とゲンジツの乖離」なんて問題はありません,さすがですね。

  チューナーで測ってみたところ,第6フレットがわずかに低すぎるほかは,ほとんど問題がないくらい,西洋音階に近い配列になっていました。
  このへんからも彼の楽器の先進性が見てとれます。


  フレットがついたところで,左右の目摂とコウモリ飾り,糸倉の上の蓮頭をもどします。
  2012年7月12日,名工・石田義雄の月琴27号,修理完了いたしました!




  まだ面板も乾ききってませんし,そのほかの修理の影響もあって,本気の音ではありませんが,大きな音量,空気砲のように前に出る音,派手なくらいの響き線の効きかた,間違いなく1号と同じです。
  1号は主材がサクラ,こちらはホオですので,そのぶん少しだけ音が柔らかい気もしますが,とりたてて「違う」というほどの差異はありませんね。

  「石田義雄は名工」「不識の楽器は名器」とずっと言ってきましたが,一般的な見方,またもし月琴初心者がたまたま手にしてしまったことを考えますと。彼の楽器はたとえ中級の普及品であっても,非常にピーキーで,かなりシビアに弾く人を選びます。


  何度も言っている通り,彼の楽器は「ギリギリ楽器」なのです。日本における「月琴」という楽器を極限まで削ぎ落とし,窮めた一つのカタチではあったかもしれないけれど,楽器としてはただただ,余裕がなく,扱いにくい。
  庵主は不幸にも,最初に手にした月琴が彼の作だったため,これで慣れてしまったところもあるのですが,その後色んな作家の月琴を手にするたび,「この楽器はホントはもっと気楽に弾けるもンなんじゃないか?」 と常々思いしらされ続けてきました。
  「ギリギリの楽器」は弾き手にも「ギリギリの能力」を求めます。そこで生み出されるパフォーマンスは,素晴らしいものかもしれませんが,こういう「ギリギリの楽器」をカンペキに操れるほどの技量をもつまでには「ギリギリの努力」が必要となるでしょう。

  庵主,正直,そんなのヤです。
  音楽はもっと楽しくなくっちゃね。(^_^;)


  とりあえず。

  面板の接合,また胴体の組立て手順を考えるあたりで二転三転したものの,名工・石田義雄の工作を出来る限り残すことのできた修理だったと思います----まあ,あちらにいるご本人が何点つけてくれるかはわかりませんが。
  工房到着時は例によって演奏可能な状態ではなかったですし,前修理者が手をつける以前のオリジナルの音がどんなだったかはもちろん分かりませんが,少なくとも修理のデキから言えば,かなりオリジナルに近いものになっているかとは考えます----まあ,これだけオリジナルの部品が完備していれば,どんなヘボだって…とは思いますが,自信はありますね,そこそこに。

  さて今は1号とほぼ同じ音色,同じスペックではありますが。
  この楽器,一年後,二年後にどのような変化を見せてくれるか。
  楽しみでなりませんね。



  修理が終わり。おそらくこの月琴と関係があるだろう佳菜ちゃんを,夢で見る頻度はぐッと下がりました。
  もっとも,もう余りに見慣れてしまったものですから,実際には毎夜,夢の片隅に存在しているのかも。
  単に庵主がオボエてないだけなのかもしれませんね。


  修理が終わったころ。世は夏休みとなっておりました。
  夢に見る佳菜ちゃんは見たところ,まだ学校にあがるような年齢でないようなのですが,毎朝,近所の公園に,ラジオ体操をしに通っているようです。
  ですが,その時の服装が----


  裸の大○的白のランニングに,カーキ色のハーパンという,
  女の子としては,あまりといえばあまりな格好だったため,
  「も少しどうにかならんか?」 的なことを,つい言ってしまったと思うのですが----


  そしたら次の日の朝,板塀の向こうを巨大なフランス人形,というか小林幸○的物体が地響きをさせながら通って行ったのを,おとおさんは見てしまったので,もう二度と,彼女の服装には何かケチをつけないこととしとうございます。


  その後どうなったかは知らないけれど,いっしょに行ったはずのお姉ちゃんが,どんな目に会ったかは,容易に想像できますね。

(いちおう,おわり)


27号初代不識(6)

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斗酒庵 夢にて出逢う の巻月琴27号 初代不識(6)

STEP6 雨の日に「くろかみ」が聞こえる



  面板がつきました。
  ウサ琴外枠を改造した即製クランプ,バッチリでした。
  薄めのニカワでかなりしっかりムラなく,さらに正確に接着しなおせたと思います。

  これで胴体は箱の状態に戻りましたが,先の回でも述べたとおりこの胴体は,各部材の経年の歪みや収縮によって,上下左右,面板との間に段差ができてしまっておりました。上下に沈み込み,左右に出っ張っていたので,面板を半分に割って,真ん中に細い板を挟みこみ,左右の幅を足したわけですから,現在は面板がぐるりと出っ張っている状態。




  ではこの面板の出っ張りを均してまいりましょう。
  まずはこンくらいゴツめのヤスリで,ゴリゴリっ,とやっていきます。
  もちろん,胴体をキズつけないよう注意しながらの作業ですが,まあ多少はしょうがありません。



  段差が平均1ミリくらいにまでなったところで新兵器登場!
  ----ま,そこらに転がってた端材に,面板の厚みぶんの幅の紙ヤスリを貼っただけのシロモノですが。



  平らな台の上に胴体を乗せて,面板の周縁をコレで削って,側板とほぼ面一にまで落としていきます。
  右画像の上が処理前,下が処理後ですね。
  けっこう時間がかかり,タイヘンな作業でした。




  これでようやく,棹を挿してもスキマが出来たりしなくなりました。

  さあて----最初のほうでも言ったように,今回の楽器は欠損部品がないので,最大かつ最凶の難関であったこの胴体の修理さえ終わってしまえば,あとはホント単純に「組み立てるだけ」であります!



  組み立てる前に,まずは半月や棹の一部を染め直したり,糸巻きを油拭きしたりと,小物の手入れをしときます。




  小物の準備を待つ間に,面板の清掃をしてしまいましょう。
  これが思ったよりタイヘンでしたね……
  ごらんください。これ第一回目の清掃なんですが,ウェスも重曹液も,たちまち真っ黒クロスケでございます!



  オリジナルの染め液は,ヤシャ液自体がかなり濃いめ,しかも砥粉も多めのじつに濃ゆいものだったらしく,拭いても拭いてもキリがありません。さらに,石田義雄自身が矧いだと思われる(前々回参照)この面板,一見ふつうの柾目板っぽく見えるのですが,あちこちに細かな節目があったり逆目になった箇所があり,Shinexがそういうところにひっかかって,なかなかヨゴレがうまく落せません。
  器体への影響も考え,けっきょ変色したく表面を二回ほど落としただけで(いつもの楽器にくらべると,まだかなり地黒だったのですが),あとはヤシャブシと砥粉で表面を新たに染め直して誤魔化すことにしました。



  面板の清掃が終わったところで,まずは半月を再接着します。
  スオウで染め直し,重曹液で発色,亜麻仁油を拭いてワックスで仕上げました。

  こうなっちゃうともう,とてもこれが白太の多い「ギリギリ紫檀」だなんて思えませんね。(第3回記事参照)

  棹を挿し,あらためて楽器の中心線を出してから位置を決めます。
  面板は真ん中にスペーサーを噛ませてるし周縁も削ったので,オリジナルの接着痕は当てになりませんが,実際はそんなに違いが出ませんでしたね。右に1ミリズレたかどうかといった程度です。



  つぎは面板の木口をマスキングして,胴体の補彩。面板の整形作業でキズのついたあたりや,色の薄くなったところは,スオウに砥粉を混ぜたものを塗りつけます。
  染め液は「染料」ですので,そのままだと木地に染みこんじゃって表面に残りませんが,砥粉を混ぜることで「顔料」っぽく,ある程度表面に残って下地を隠してくれるようになります。



  ----庵主,これまではこの補彩を,ずっと染め液だけでやってきたんですが,今回の27号,オリジナルの塗装が良く残っているので,仔細に観察したところ,下地の木目が少し隠れていることに気がつきました。また表面も,胴体の材料であるホオの木の,もともとの質感からすると,やや平坦になっているようです。
  媒染液に反応することから,使われているのはスオウやカテキューといった「染料」なのは間違いないのですが,通常染め液をただ塗って磨いただけではこうはなりません。

  表から見えないようなところを少しこそいでみますと,染料はちゃんと下地に滲みてますが,表面に色だけが顔料のような粉になっている層が,わずかにあることに気がつきました。
  それで砥粉でテストしてみますと,これがバッチリ----さらに砥粉の成分によるものか,スオウ液は砥粉を混ぜると,アルカリ媒染をした時と同じような赤紫色に変色します。それを試験的に板に塗ってみますと,乾くといくぶん白っぽくなるものの,二度ほど重ねてから磨くと,画像にある棹の基部で隠れていた部分,オリジナルの塗装とほぼ同等の色合いが得られることが分かりました。
  染めただけより表面が平坦になっているのも,これで説明がつきますしね。


  スオウ+砥粉の補彩塗料が乾いたところで,ウェスに少量の亜麻仁油をつけて擦りこんだら,胴体色の復活!
  仕上げは半月と同じく,蜜蝋のワックスで磨き上げます。





  このころ,夢の佳菜ちゃんに少し変化が。
  ----月琴を弾き始めました。



  月琴を抱えたまま,廊下で居眠りしてたのも見ましたし,離れの濡れ縁で風呂上りのまッパのまま弾いてた時にはさすがに叱ろうかと思いました。

  使ってる月琴は,庵主のリアルで持っているものではないようですが,しっかり確かめたわけではないので分かりません。少なくとも江戸時代のとか唐渡りのではなく,明治時代の楽器のようですが……

  佳菜ちゃんに月琴の弾き方を教えているのは庵主でなく,庵主の奥さん(夢のヨメだが…)のようです。



  じつはあまりちゃんと会ったことがナイ(……)のですが,この「奥さん」,どうやら元粋筋の人らしく,教えてる曲は清楽より端唄小唄が多い。
  裏の離れの奥さんの部屋から,「くろかみ」が聞こえてきます。
  佳菜ちゃんはふだん無口で,ちゃんとした声も聞いたことがないんですが,その歌声はハスキーながら思ったより子どもらしかったですね。



  ただこの「奥さん」,悪戯好きというか,服装の趣味が多少アレなところがあって(前々回の黒ゴスなんかはこのヒトの仕業らしい),



  雨の日に駅までカサをとどけに来た佳菜ちゃんの雨合羽が「アマゾンヤドクガエル」の模様になっておりました。

  「まさか,傘の先にクラーレとか塗ってないだろうな!?」
  と,言ったところ----



  ……子どもたちへの悪影響を考えると,早いところ,お母さんから引き離したほうが良いのかもしれません。

(つづく)


27号初代不識(5)

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斗酒庵 夢にて出逢う の巻月琴27号 初代不識(5)

STEP5 ウロボロスの輪

  オリジナルの面板はオリジナルの音色を再現するために重要な部分ではありますが,この楽器で石田義雄の工作の妙がもっとも残されているのは,やはり面板ではなく胴体構造です。

  面板よりは胴体のほうを優先させて,修理の工程を考え直すことといたしましょう。


  月琴の胴体は,表裏の面板でサンドイッチされることによってようやく構造を保っていると言って好いくらい,単体では単純かつ不安定なものです。これをもっとも接合部に無理のない,安定した配置で組み立てようと思うのですが,面板のない状態で精密に組み立てるとなると,まず何はともあれ,作業中にちッとでも位置がズレないよう,側板を何か作業台のようなものに固定しなければなりません。


  今回その作業台としたのは,だいぶん以前に作ったウサ琴の胴体の外枠。

  たまたまではありますがサイズもちょうどよろしく,中心線など組み立ての目安になる目印も付いていて,おまけに真ん中が開いてるので,胴材の内外から側板に,自由にアクセスができます。
  この上にまず天の側板を両面テープで固定し,それに合わせて,左右,地の側板,と,各部材の接合具合と位置を微妙にはかりながら,仮組みをしてゆきます。


  各接合部がもっとも密着する位置に側板を並べて内桁を入れてみますと,上桁はほぼ問題がないのですが,下桁がわずかに短く,これに合わせると左右側板が尻すぼみになって,接合が飛んでしまいます。

  寸法的に,これは部材の収縮のせいだけではなく,オリジナルの工作にも原因があったようですね。
  もともとちょっと短く,側板のミゾにギリギリかかるかどうかだったみたいです。前にも書きましたが,ほかの作家さんの楽器でも下桁の加工や接着は結構ぞんざいなことが多いですが,石田義雄もとは,ねえ……なんか安心しました。



  下桁と側板との間には,最大で約2ミリほどものスキマができてしまっております。
  前修理者は,側板のミゾにこれでもかと木工ボンドを流し込み,そのスキマをなんとか埋めようとしたようですが,もちろんうまくは行くはずもなく。
  この下桁,胴体構造上は力のかかる重要なところの一つなので,先っちょに板を貼り付けた程度の補修では心配です。

  ここは「スキマを埋める」のではなく「下桁を延ばす」という方向でまいりましょう----桁の片方の端に切込みを入れ,大き目の延長材をハメ込みで接着します。くっついたところで,胴体のミゾにスルピタでうまくハマるように整形しました。

  まだ仮組み状態ですが,ここで一度棹を挿して,楽器の中心線が狂っていないかどうか確かめてみました。
  うん---いまのところ問題はないようですね。

  それではいよいよ,胴体構造の接着に入りましょう。


  側板を作業板に仮止めしたままのカタチで,各接合部に裏からニカワを流し込みます。

  どうしてもできてしまう接合部のスキマには,ツキ板を削いだのを詰め込んでふさぎ,ツキ板の余分を整形したのち,各接合部の裏にニカワで和紙を重貼り,さらに上から柿渋を刷いて補強しておきます。



  これで胴体はいちおう円の構造になったわけですが,先にも述べたとおり,面板にくっついていない胴体はたいへんに不安定な状態です。ここまで内桁は左右の形が崩れないようただハメこんであるだけだったんですが,この後の面板接着に向けて,胴体構造をより安定させるため,これを接着してしまいましょう。


  上下桁の両端にニカワを塗って,慎重に胴体にハメこんだら,作業台のボルトに太輪ゴムをかけまわし,パッチン,っと絞めます。
  作業台にこういうの(ボルト)がついてたのは偶然だったんですが,なんとも都合が良かったですねえ。

  これで内桁と側板をより密着させて,接着を確実強固にしようというハラなわけですが……この楽器,縦方向には支えがないので,輪ゴムをかける前,上下の形が崩れないよう,各桁と胴体の間にはあらかじめ補強材を入れておきました----まあワリバシとそこらに転がってた端材を刻んで,両面テープで固定しているだけですが。

  そしてもう一つ,表面板接着に向けての布石。
  内桁の左右端を斜めにそぎ落としておきましょう。


  過去の修理で何度となく,内桁の表面板に接するがわの左右端が,こういうふうに削ぎ落とされているのを目にしてきました。
  しかしこれまでのところ,その加工の意味するところ,また意図がまったく読めず,参考になる文献資料も見つからないため,分からないでいたんですが,今回の修理でそのナゾがようやっと解けたような気がします----これ,面板の接着のための加工ですね。

  分業で作られる大量生産品の楽器など,面板や側板,各部材にどうしても加工誤差が出るような場合,ここが直角のままだと,内桁との間に段差が出来ます。
  場所的にここに段差があると,たとえほんのわずかなものであっても,内桁が凸ってた場合は面板が浮いてしまいますし,凹ってた場合は内桁が密着しません。

  しかし,この両端を削っておくと,内桁と側板の間に,面板がわずかに沈み込むだけの空間,「余裕」ができます。

  月琴の面板に使われる桐板は柔らかいので,この状態で上から圧をかければ,この沈み込みの余裕のぶん,内桁・側板どちらかが凸っていれば凸ってるなりに,凹っていれば凹ってるなりに板がわずかに変形して,側板の周縁にも,内桁にもより密着するわけですね。

  板の両端をちょっと削ぎ落とす程度の単純な工作ですが,これは胴体の加工誤差の辻褄合わせ,面板の接着をより容易にして,製品の歩留まりを少なくするための工夫だったわけです。

  もちろん,各部材が精密に加工されており,寸分の狂いもなく組み合わされていれば必要のない加工。現に石田義雄のオリジナルの工作では,内桁はどちらもただの四角い板----つまりそれはこの楽器製作時の彼の工作技術がどれだけ精密なものだったのかという証拠の一つではあります。

  部材に生じた歪みや収縮による狂いを均し,矯正して,オリジナルと同じく部材同士を寸分違いない寸法にそろえ,組直すことも出来ましょうが,かなり大規模な改変作業になるうえ,庵主,そんな精密工作をやれる自信がございません。また,すべてを無視してこのままムリクリ接着することも出来なくはありませんが,それはそれで修理の道からハズれる気もしますし,各部材とくに面板への悪影響が大きそうです。

  名人の加工に凡人のワザを加えることには,何となく退け目がありますが,できる限りオリジナルに近く,精密に組上げるため,不識先生にはちょっと「見なかったこと」にしといてもらいましょう。


  面板をのせて,誤差の具合を見ます。
  やはり上下は余ってますが,左右が少し足りません。

  ですので今回は板のほうを----



  ----こうと。

  せっかく矧ぎ直した面板ですが,真ん中のあたりの矧ぎ目から真っ二つにします。
  そこに細く切った桐材をはさめて矧ぎ直し,板の左右幅を広げるわけですね。


  円形胴のど真ん中,いちばん長い部分なので,さすがにいつものような古い楽器の桐板には,寸法の合うものがなくって使えません。
  こないだ24号の面板を張り直した時の余り材がありました,新品の板ですので多少悪目立ちしちゃうかもしれませんがしょうがない----これを使います。
  段差は左右合わせて2ミリほどですが,補修材をあまり小さくすると作業もしにくいし,強度的にも好ましくありませんので,少し大きめ,6ミリほどの幅で切り出しました。

  矧ぎ直した面板を接着します。

  いつもなら周囲にCクランプをかけ並べて「赤いワラジ虫」にするところですが,今回は別の方法で----より胴体構造に負担が少なく,精密な接着法…できれば一度で広範囲に均等な圧力がかけられる方法がいいのですが----

  というわけで,またまたこれを使います。


  今回の作業台に使っているウサ琴の外枠は,真ん中を半円に抜いた4枚の合板を組み合わせて出来ています。
  4枚の板を2枚づつ,互い違いになるよう重ねてボルトで締めてるんですが,まずはこのボルトの穴を,8個から12個に増やし,つぎにボルトを10センチの長いものに換えます。

  つまりは作業台を二つに割って,その間にブツをはさみこみ,これをそのままデッカいクランプにしてしまおうという算段です。


  まずは面板にキズがつかないよう,緩衝材を切って台に貼り付けておきます。
  つぎにそこに面板・胴体を置いて板をのせ,蝶ナットでしめあげるっと----横から胴体と面板のグアイも良く見えて,やりやすいですね。圧が足りなくてちょっと浮いちゃうようなところは,クランプで補いました。

  ちょっと用心してそのまま〆ること二日……
  この即席クランプ,思いのほかうまくいったようですヨ。




  真ん中に入れたスペーサーが,ちょうど琵琶で言うところの「陰月」,というか,半月裏の「空気穴」にかかってしまっていたので,リーマーで削ってあけ直しておきますね。

  裏板も同様に,中央から二つに割って矧ぎ直し,これを接着します。
  表面板のときと違って,内部が見れないので,中心線を合わせるのとかがちょっと厄介でしたが……まあ表板ほど精密でなくてもいい箇所なので,そこそこ気軽にやりました。



  今日の佳菜ちゃん。

  ----噛まれました。

  例によって,書き物をしているおとおさんの背中に寄りかかり,ドイツ語の辞書を「読んでるフリ」をしていたのですが,ふと立ち上がってどこかに行ったかと思うと,下着姿で帰ってきました。
  髪が濡れてたのでたぶん風呂にでも入れられたのかと,んで----



  「アマガミ」とかいうレベルでなく,かなりガッツリと。
  起きてなお,噛まれた肩がリアルで痛かったのですが,なぜか痛いのは右肩でした。
  転瞬,たったかたーっ!と階下に逃げていきました。
  追っかけるとちょうどお姉ちゃんが帰ってきたところだったので噛まれたムネ言うと---



  ----と,事も無げに…うーむさすが姉妹。
  紗菜姉ちゃんは躾として,噛まれたら噛み返してやってるそうですが,どうやらそれが「愛情表現」と誤解されているようです。

  「アレ(佳菜)のアタマの中は七丁目のちゃっぴー(秋田犬5歳9ヶ月)と同じなんだから,そういうことやっちゃダメ!」
  ----みたいなことを言ってるとき,障子の陰から佳菜がのぞいてたのをなんとなく覚えてますが,その後---



  どうやら勝負してきたようです。



  ----勝った,ようであります。

(つづく)


27号初代不識(4)

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斗酒庵 夢にて出逢う の巻月琴27号 初代不識(4)

STEP4 足摺岬に灯がともる,あれは紀の国みかん船

  さて,27号,剥離・分解の作業で濡らした部材も乾燥したところで,いよいよ組み立てに入ります。
  まずは面板の矧ぎ直しから。


  当初目立っていた,半月の下を貫通する中央付近のヒビ割れは,剥離の作業中にほとんど見えなくなり,反り直しのため板を濡らして重石かけたら,ほぼ見えなくなりました----自然にまた,くっついちゃったんだね。

  完全に分離しているのは一箇所のみですが,いちばん右端の小板もかなりヤバい。
  さらに板の左右を持ってちょっと反らせると,いくつもスキマが出てくるので,そこにいちいち筆でニカワを流し込み, 作業版に固定して左右からかるく圧をかけ,継ぎなおします。


  裏から見ると,加工のアラ…というか,板のアラが目立ちますね。

  表からはあまり分からないんですが,木端口がところどころエグれてたり,欠けたりしてるような小板がけっこう使われてます。
  そういうエグレた箇所や,木端口がきちんと合ってなくて溝になってしまっているような箇所も,ひとつひとつ木粉粘土で充填しておきましょう。

  以前,月琴のこの面板の製作工程について触れたことがありますよね。
  おそらくある程度の数を作っていた工房は,桐屋さんからあるていどまとまった量,同じくらいの質の板を買っていたと思われます。
  そうした既製品の板の多くは,桐の角材に竹の両頭クギを打ち,間にニカワを塗って重ね,その固定に使った竹釘のちょうど真ん中をノコが挽き通るようにして切り割る,という工程で作られています。
  クギ痕のあるほうを裏面,ないほうを表面として使うわけですね。
  そのため古い楽器を修理していますと,時折面板の裏面にその竹釘の痕跡や,先端の一部が残っていることがあります。

  この工法は一度にほぼ同質の板を何枚も,安価に作り出すことが出来ますが,ある程度の大きさの角材を山と積み上げられ,しかもそれを縦挽きできるような広い作業場が必要ですから,べつに専門の板屋じゃない町なかの小さな楽器工房などで,そうおいそれとやらかせるものではありません(それもあって「桐屋から買っていた」という推測になっているわけですが)

  石田義雄の面板には,そういう既製品の板に見られるような加工痕がありません。

  この楽器の板は,庵主のウサ琴同様,もともと薄い小板を横に並べて,矧い継いで作られています。
  もっとも単純で誰でも考えつくやりかたですが,既製品の板にくらべると手間もかかるし,板同士をせまい木端口だけでくっつけるわけですから,あまり強固な接着もできません。
  事実この面板も,保存状態の悪さをべつとしてもひどすぎるほど,あちこち接着が飛んでしまっていますね。


  面板をイチから自分で作るメリットは,たとえば板目をいつでもどんなふうにでも自分の好きなように組めるとか,やりようによっては桐屋から買うより安く上げられる(品質をべつにすれば),といったことが考えられなくもありませんが。往時,桐という素材はいまのプラスチックやビニールの梱包材なみの代物で,安価だったし,好みの質や大きさの板を注文したところで,さしてアシが出る,というほどのこともなかったように思えますが----まあ,ムクの棹,胴と同じ材の内桁などと同じく,これも彼のこだわりの一つなのかもしれません。

  とはいえ,この板の矧ぎ目,あまりにも危なっかしいので,和紙で縦横に補強しておきましょう。


  さて,今回の修理,ここまでは順調だったんですが,問題はこの後。


  けっきょく約半月の間に,面板を3度も貼りなおしました。(^_^;)

  いつもどおりのやり方で,面板の縁に合わせて側板を組むと内桁が入らなくなり,側板を先に組み立てて面板を当てると,側板をどう矯正し,あるいは面板の位置をどんなに微調整しても,上下左右に±2ミリ近い段差が出来てしまうのです。


  面板自体の収縮,あるいは胴部材の歪みによって,面板と側板の間に段差が出来てしまうのはいつものこと。
  いつもなら庵主,側板の飛び出し誤差が1ミリ以下なら,もーヤスリでゴリゴリ削り落としてしまうところですが,今回の楽器ではそういうワケにいきません。

  なんせ石田義雄の楽器は,構造的にも工作的にも,ギリギリの技術で作られた「ギリギリ楽器」です。
  「ギリギリの楽器」がこういう状況に陥った場合,原作者の「ギリギリの工作」に対して,修理者は「ギリギリの選択」をしなければなりません。それはオリジナルのどこを捨て,どこを取るかという選択。

  ----今回の場合,それは「胴体」をとるか「面板」をとるか。

  迷いに迷い,逡巡四日。
  庵主の出した結論は 「胴体」 でした。



  今日の佳菜ちゃん。



  すみません佳菜さん……その手の格好は描くのがタイヘンなので………(^_^;)



  この数日前,裏庭の板塀の下で,何かをずっと「ぐっちゃぐちゃ」やってる姿を見かけました。



  この日もこの格好のまま,スコップとゾウさんジョウロを持って,裏庭のほうへ歩いていったので,このご装束がその後,どうなったのかは知りません。

  お姉ちゃんは 「佳菜が裏庭でオオミミズの栽培をしているから,やめさせて!」 と言っていましたが----オオミミズ?栽培?----「飼育」でも「養殖」でもなくて?



  はてさて,夢の中はやはりナゾに満ちておりますなァ。

(つづく)


27号初代不識(3)

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斗酒庵 夢にて出逢う の巻月琴27号 初代不識(3)

STEP3 死者の船がゆく

  27号の到着で,1号の再修理はかなりうまくいきました。

  なんせほぼ同時代,ほとんど同じレベルの楽器です。各部の構造や加工工作など参考にならないところがないくらい----こういう時は実物に勝るデータはないもの,ありがたいことです。
  1号が「十一」27号が「二十七」番目の作として,その間は一年あったでしょうか。月琴音楽隆盛期,このクラスの楽器はある程度の数を作らないとペイしなかったはずなので,もしかすると同じ年のうちに作られた二面なのかもしれません。

  さて,1号の修理は油虫・24号とほぼ同時期で,お次には菊芳作の26号の修理が入りました。
  そしていよいよこの楽器----修理前から何やらインネンめいたことの重なる,初代不識,27号の修理へとまいります。

  前回書きましたように,27号は欠損部品がほとんどなく,糸巻きもお飾りもオリジナル,という,その意味ではこの楽器としてキセキ的な保存状態でありました。しかし,部品はそろっているものの,近年にどうやら一度,ほぼ完全バラバラ状態になったらしく,前修理者によって,胴体のかなりの部分が再接着されています。
  工作誤差が最大でも2ミリくらい,というのはまあ,シロウトさんとしては褒めてあげたいレベルなれど。
  面板の割れ,側板のウキ,沈み込み,各接合部の接着不良,部材自体の歪みによる変形……と,あげたらキリのない小さな不具合が満載で,「楽器のカタチのお飾り」としてならともかく,実際に使用できるというレベルの「修理」にはとても遠い状態であります。

  欠損部分のある修理なら,その欠けたりなくなったりした部分を補ってやればいい,逆に言うたらそれだけで済むんですが,今回の楽器にはそういう足りない部分はなくって,前修理者の組み立てそれ自体が不具合の原因,問題なのですから,これを直すためには部分部分だけの場当たり的な修理ではどうにもなりません,つまり----

  も一度,バラバラにして,今度はちゃんと組みなおす。
  完全に,オーバーホール修理,その一本道しかないわけで……(^_^;)

  1号の修理では,たかがお飾り一つの再現にさえあれだけ苦労した初代不識の楽器。
  それをこんどはマルっと修理でござんす………ほんニあたしに,出来るんでしょか?



  まずはお飾り類をハガします。胴体中央の構造物はほぼ全部ボンドで再接着されています。
  コウモリ飾りはこう…絃停の下なんて,こんなです!



  棹上は山口と第4フレットのみおそらくオリジナルと思われるニカワづけで,ほかは見ての通り。
  濡らすと,白いアクマが浮き出てきます。
  指板相当部分がちょっと白っぽくなっているのも,その再接着の作業の時,はみ出たボンドを拭ったため,表面に薄くボンドがついてしまったもののようです。
  真下をヒビ割れが貫通しているので,半月もハズしてしまいます。
  ここはオリジナルの接着。さすが名工,接着面のニカワが活きているほど,丁寧な工作でしたね。


  この半月,紫檀は紫檀なんですが……裏っかえすとご覧のように,白太という紫檀っぽくない部分がずいぶん混じってます。
  言うなら「ギリギリ紫檀」って程度の材料なんですが……

  昔の人はエラいですねえ,こんなのまで染めてムダなく使っちゃう。こういうのも一つの努力,一つの技術ですよね。
  いまの邦楽器職人さんなんかのほうが,妙に材質にばかりこだわっていて,そのせいで楽器の値段がトンでもなくなってる気もしますね。



  さてハガせるものをハガしたところで,器体への影響を少なくするため,二三日おいて濡らした箇所を乾かし,いよいよ胴体の分解に入ります!


  前修理者さんの組上げは,楽器のカタチになってりゃいいという程度のものなので,再接着箇所のあちこちにスキマがあります。
  そうしたスキマに筆で水をたらし,刃物を入れて,少しずつ少しずつ…



  まずは表面板がハガれました。
  剥離のさい,当初あった真ん中の大きなヒビ割れではない箇所から分離してしまいましたが,まずまず無事。
  楽器の内部が白日の下に晒され----あ,まあ1号とほぼ同じですね。

  内桁は二本。通常はヒノキやスギといった針葉樹の板で作られますが,石田不識の月琴ではこうして,胴体や棹と同じ素材で作られています。棹を糸倉の先から茎までムクで削りだすのとコレが,不識の月琴の特徴というかコダワリの一つみたいですね。
  荒板に近い状態ではありますが,全体に加工は丁寧なほう。上下ともに胴材にミゾを切ったハメこみ固定になっています。



  響き線は直線が一本。線はやや太めで,基部は胴体と同じ材の木片に埋め込まれ釘で固定されています。基部の木片も端材を適当に使ったようなものではなく,きちんと加工されたもの。胴材にミゾを切ってハメこまれています。
  ただし,1号ではこの基部の木片は,側板の高さと面一,表裏面板に触れていたのですが,この楽器では,ほかの作者の多くの月琴同様,面板から1ミリほど離されていました。

  1号から27号に到るまでの進歩……ってとこでしょうかね?

  上桁の真ん中,棹茎の受け孔に,ホオの薄板でスペーサーが噛まされていました。
  ほっ…やっぱり名工・不識もヒトの子,こんな工作の辻褄合わせもしてるんですねー。



  表面板がなくなったので,今度は側板の横からではなく,裏側から濡らして裏板をハギとりましょう。
  濡らすと出てくる白いヤツ……こりゃあ後の始末がタイヘンですよぉ(泣)。
  接着面にボンドが残っていると,再接着のとき,ニカワがちゃんと滲みこまなくて,ちゃんと接着できないんですね。
  ですから,はがした部材の接着面から,ボンドの残りをていねいにていねいにこそげ落としておかなきゃならない----これがけっこうタイヘンな作業なのですわ。

  裏板から側板をへっぱがしてゆきます。
  側板の接合部は4箇所とも,内桁をハメこんだミゾにもこってりとボンドが盛られておりました。



  さて,これで完全にバラバラですね。
  あっちにもこっちにもついたボンドをとにかくこそぎまくり,組み合わせの向きや左右が分かるよう印をつけて,またしばらく乾かしておきます。


  いつも思うことですが----こうして見ると,部品数も少なく,本当に単純な構造の楽器なんですね,月琴って。
  これに糸巻きや蓮頭などのお飾り足したとしても,全部で30ないくらいの部品で構成されてるわけですわ。

  バラした部品を積み重ねて遊んでいたら,ちょうど船みたいなカタチになりました。
  魂を運ぶエジプトの「太陽の船」ならぬ,「月の船」ってとこですね----

  内部構造も含めた修理のためのフィールドノート。
  今回はこんなのです----



  クリックで拡大してご覧ください。



  今日の佳菜ちゃん。


  縁側に腰掛けて,アイス食ってました。
  「おまえ昨日バラバラにされただろう?」的な質問をしたと思うんですが,ちらっとこっちを見ただけで,またアイス舐めはじめました。 

(つづく)


27号初代不識(2)

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斗酒庵 夢にて出逢う の巻月琴27号 初代不識(2)

STEP2 リアルで逢いましょう



  三日ほどして,楽器がとどきました。

  思ったとおり,間違いなく1号と同じ時期に製作された,石田義雄の中級普及品月琴です。

  明治27年の『東京諸営業員録』によれば,当時石田義雄の工房の住所は南神保町五,「五十稲荷前ヲ北ヘ一半南ヘ〓〓」とあります(近デジの画像だと「〓〓」のところが汚れで見えない)。神田の「五十稲荷(ごとおいなり)」といえば,いまは小川町3-9,社殿の位置は震災で多少ズレてますが,位置的にはだいたい変わりません。そこから北へ靖国通り沿いに一丁半,白山通りとの交差点の,ちょっと手前で小路を南へ切れるあたりかと。現在の神保町交差点,スーツ屋の小川町がわ向いの一角にあったのでしょう。
  明治30年代には「神田区錦町一丁目二番地」に移動,南神保町時代には「大日本東京神田/石田不識作/南神保町五番地」と書かれたラベルが,錦町時代には「不識作/日本神田/錦街在住/石田義雄」と書かれたやや縦長のラベルが貼られています。


  28年の第4回および36年の第5回内国博覧会で受賞していますね。
  ここにあげたラベルの上のほうにある丸いシールは,博覧会の受賞メダルを写したものですね。

  楽器の類例とラベル痕の比較などから考えまして,1号やこの27号のように目摂の菊が正面を向いている楽器は,南神保町時代の比較的初期に製作されていたものではないかと。

  南神保町時代の後期,また錦町時代には,8号と同様の,彫りが精緻で横向きの典型的な菊の意匠に戻っているようです。


  さて,楽器が届くまでの間にも,庵主の夢では,ふと気がつくと真っ暗な廊下にぼーっとたたずんでいたり,家の裏庭で不思議な踊りを踊っていたり,書き物をしてるといつのまにか背中に寄りかかっていたり,と……佳菜ちゃんが,すっかり定住してしまっておりました。




  さて,まずは修理前の全景と採寸をどうぞ。


  全長:660mm(蓮頭を除く)
  胴径:縦 356/横 358 厚さ 36(うち表裏面板とも4mm)
  棹長:304
  有効弦長:427


  蓮頭,糸巻き,左右目摂にフレット,と,見た感じほぼオリジナルの部品と言って間違いなさそうです。
  工房到着時,蓮頭はすでにはずれていましたが,ニカワに染汁の混じった接着痕などからして,オリジナルの部品であることは間違いありません。
  壊れて部品のなくなっていることの多い清楽月琴としては,ちょっと奇跡的な保存状態ですね。

  では続いて各部の観察に移りましょう。



■蓮頭:胴や棹と同じ素材をスオウ等で唐木風に染めたもの。82×58,最大厚 10mm。オリジナルで損傷ほぼなく,保存状態は良好。

  この意匠は明治期の国産月琴によく見られるもので,おそらくは荷花に波唐草をあしらった紋様(前26号の記事等参照)から発展したものと思われる。「宝珠」(柏葉堂の楽器など)よりやや上の中級楽器に多く,石田義雄のほか,田島勝,山田縫三郎の楽器にも,同様のデザインの蓮頭をつけた例が見られる。


■棹:糸倉から棹茎まで一木造。かなり褪せてしまっているが,指板部分の地の色などからして,もとは全体がスオウで染められていたようだ。



  1)糸倉:損傷なし。基部からの長さ 146mm,幅 34mm。アールがやや浅くきわめて長い糸倉は,石田月琴の特徴の一つ。中級普及品の月琴では,糸倉は真ん中を切り抜いて二股フォーク状にし,開いた天の部分に別材で間木をはさみこむ加工が多いが,石田義雄の楽器では,弦池も彫りぬきになっていることが多い。弦池の寸法は14×116。1号と比べると若干左右に厚みがある。

  2)軸:4本残。ホオかカツラをおそらくカテキューで染めたもの。六角一本溝。4本とも加工に違和感はなく,オリジナルと思われる。8号の黒檀製の軸と比べるとやや長く細身。




  3)山口/フレット:残存。骨か象牙。再接着の痕もなく糸溝も切られており,おそらくオリジナル。高 11.5mm。棹上のフレットは4本,材質は山口と同じ。うち第1~3フレットはボンドによって再接着されている模様。

  4)指板部分/棹背:1号と違って,指板はついていない。指板相当部分は長 156mm,幅は胴体との接合部で30,山口手前のくびれのところで最小幅 24mm。棹背のうなじにつながる「ふくら」の部分が左右に張り,くびれがやや深いのも石田義雄の楽器の特徴の一つである。棹背はほぼ直線。

  5)棹茎:長 124,最大幅 23。最大厚 10。表面板側に「二十七」の書き込み。

■胴体:表裏面板にヒビ割数箇所。ボンドによる再接着,補修痕あり。


  1)表面板:ほぼ柾目の矧ぎ板。中央にヒビ,上下貫通。右端に小ヒビ。



  2)左右目摂/扇飾り:意匠は菊。1号と同じく花が正面を向いている,石田義雄の月琴の比較的初期の楽器に見られるものらしい。扇飾りの代わりにコウモリの飾り板。どちらもカツラかホオの薄板を彫ったもの。スオウで染められていたはずだが,色はかなり褪せている。木目に沿った割レが数箇所見られるが欠損はほとんどない。1号の修理の時にも書いたが,石田義雄の彫り物は見た目よりも真似るのが難しい。その彫りから見ておそらくどちらもオリジナル。

  3)フレット:胴体上のフレットも4本完備。黒檀製で,厚みが7ミリほどもある。いづれもボンドによる再接着痕があるため,今のところ,オリジナルの部品かどうかは定かではなく,フレットの順番もこれで正しいものか分からないが,これと同じように,棹上のフレットを象牙,胴上に太い唐木のフレットをつけた楽器は,ほかにも数例見たことがある。


  4)半月/絃停:絃停はヘビ皮,100×74。かなり傷んでおり,左上に再接着痕と思われるボンドのハミ出しが見える。半月の下縁を,ノミで切り落としたように角ばらせているのは,石田月琴最大の特徴の一つ。105×48×h.11。糸孔には象牙の薄板が埋め込まれている。外弦間 31.5,内弦間 24。材はおそらく紫檀。多少汚れ,色も褪せているがほぼ健全。

  5)側板:4枚組み。材はホオかカツラ。全面をスオウで染められ,色がかなり残っている。いちばん単純な木口同士の接着による接合。各接合部および面板との接着部に剥離数箇所,歪みや段差も見られる。



  6)裏面板:あまり木目の鮮明ではない板で構成されている。かなり大きめな節も数箇所見え,お世辞にも質の良い板とは言えない。ヒビ割れ多く,左端の小板の矧ぎ目に割レ,上下貫通。左肩より小ヒビ,90mm。右肩に小ヒビ,45mm。右端小板2枚分は一度完全に剥離したらしい,再接着の痕と小ズレ。


■そのほか

  フレットは再接着されており,その順序などには一部疑問があるが,その接着位置は,だいたいオリジナルどおりと思われる。
  山口の下端を起点とした場合,それぞれのフレットまでの距離は以下の通り。

46.584108143173213238268




  ううむ……全体としては欠損部品もほとんどなく,
  オリジナルの状態をよく保存しているように見えるのですが…。

  この胴体の状態は,ちょっと酷いですね。



  側板があるところでは沈み込み,あるところでは面板の縁からハミ出ています。
  おそらくこの楽器は,一度バラバラに近い状態にまでなったのを,前修理者が組み立て直したものと思われます---ボンドで(怒)。
  とはいえその工作はかなり手慣れていて。全体としてはちょいと見,ぜんぜんマトモに思えるくらいですが,側板はほとんど噛合ってないし,新しく出来た剥離箇所も多く,楽器として弾ける状態でないのは確かですね。
  この前修理者の工作が,オリジナルの部材にどの程度の影響を与えているのか,そしてこの百年の間に生じた部材の歪みがどのくらいで,どうなっているのか,そのあたりが今回の修理では最大の難問だと思います。



  さあて,この楽器最大の怪談は,じつは夢に出てくる佳菜ちゃん,ではありません。

  石田義雄はあまり楽器の内部に署名したり,年期を記したりする人ではないのですが,唯一,棹の茎のところにおそらく製造番号と思われる数字を書き込んでいます。
  1号月琴のオリジナルの棹の茎には 「十一」 と書かれていました。
  この楽器では,棹茎と胴体の棹穴の縁のところに 「二十七」 と書かれています。


  このシリアルは,もしかすると通し番号ではなく,年毎や等級などによってそれぞれに付けられていたものかも知れませんので定かには言えませんが,工作の違いなども考え合わせますと,やはり1号のほうが若干前と考えたほうが良いような気がします…ふぅん二十七かぁ,二十七ね………えっ?


  ……お気づきでしょうか?
  じつは庵主,馬鹿なことに,二三日気がつかないでいたんですが。

  庵主は研究のため自費で購入した楽器には,通し番号に「号」を付けて呼んでいます。
  この楽器は庵主が買い入れた27本目の月琴ですので,落札した時から 「27号」 と呼ばれることが決まっておりました。

  で,楽器が到着して,棹を引っこ抜いてみたら。
  そこに, 「二十七」 と書いてあったわけで,考えてみますと………

  ヾ(;゚曲゚)ノ ぎゃああああっ!!!なんかコワいっ!ヽ(゚曲゚;)゛ノ


  むかしの中国の怪談集なんか読んでると,よく 「予言された未来」 みたいな話が出てきます。

  ----ある人がたまたま地面を掘っていたら,大昔の墓の入口に当たる。
  そこには 「何年の何月に,これこれこういう奴がこの墓を掘り当てるだろう」 みたいなことの書かれた石があった,という類の説話ですね。

  コレ,「怪談」としては,べつだんどこがコワいとも分からない,ただのお話……というくらいに思ってたんですが。(^_^;)

  このくらいのこと,たんに「偶然のなせるワザ」---と片付けるのもカンタンなれど,届く前から続く妙な夢見とも併せ。ふと気づいた時,庵主の顔から血の気が薄れ,背筋に思いっきりぞンぞが走った(出雲方言)のは,まがいもなく事実,でありましたとさ。

(つづく)


27号初代不識(1)

G027_01.txt
斗酒庵 夢にて出逢う の巻月琴27号 初代不識(1)

STEP1 夢で逢いましょう


  その筋の方によりますと,庵主は「見えない」ヒトなのだそうです。

  じっさいかなりのビビりなんで,ユーさんとかレンさんみたいのが,見えたり感じられたりしたらとおに心臓停まっちゃってると思います。しかしながら----

  日本古来の伝承によれば,百年以上の歳月を経たモノには生命が宿って「ツクモガミ」となることになっております。

  うちに転がってる連中は新しいものでも明治の30年代生まれ。楽器も「ウツワ」である以上,その理屈でいえばとおに 「ツクモン化」 している----要するにユーさんレンさんの仲間みたいなもンなわけですな。

  まあもっとも,今までいちばんオソロしかったのは,半月のポッケの中から,女のヒトのながーい髪の毛が,紙に包まさって出てきたことくらいで。夜中に鳴る,なんちゅうのは日常ちゃ飯によくあること,すでに怪奇現象とも思いませんが。

  考えてみればあまり「怪奇」というほどのことではないのですが……
  今回の楽器でわ,まあいろいろあッたんですヨ。
  とりあえず,ハナシとしてで良いですから,聞いてくださいな。



  そう,その楽器を買おうと思ったのは,1号の再修理をやっている時でした。

  1号は庵主が手にした最初の清楽月琴,巣鴨の縁日で\1,000で買った楽器ですが,作者は月琴流祖の一人・鏑木溪菴の弟子でもある石田義雄(初代・石田不識)。数ある月琴製作者の中でも「名工」と言って良いヒトの楽器だったのですが,それが分かったのはもちろん,ずっと後になってからのこと。

  蓮頭も糸巻きも,フレットも残っていなかったこの楽器を,楽器の修理なんてしたこともなかった庵主が,色んな人に教えてもらったり,Web上にある古い楽器の修理記事を見たりしながら,何とか弾ける状態にして使っておりました。

  それから10年あまりの歳月が流れ----


  いつしかコワれて,なかば放置されていたこの始原の楽器を,経験値もなンぼかUpった今の技術で,よりオリジナルに近い状態に戻し,再び弾こう!----と思い立ったものの。
  この楽器,もともと欠損部品が多くかったうえに,その後の庵主自身による未熟な「修理」も相俟って,その「オリジナルの状態」が,アチコチ分からなくなっちゃってたんですね。

  うーむ,正直困った。(^_^;)



  我が家にはもう1本,同じ作者の楽器「8号生葉」があるのですが,こちらは棹も胴体も唐木で出来た重量級の高級月琴。
  普及品クラスの1号とは造りがかなり異なっているうえ,おそらく製作時期も違っているため(ph:明治末ごろか?),あまり参考になりません。

  できるなら,1号と同じ時期に作られた同じくらいの安月琴。しかも1号よりオリジナルに近い形が残っている楽器があったなら……とかまあ,夢のようなことを考え,たまたまネオクをながめていましたなら。


  ----あったんですね。(゚○゚)!

  各部の特徴から石田義雄の楽器,それも修理中の1号とほぼ同じ時期に製作されたものだと思われましたが,出品者さんの画像がかなり不鮮明でかつ少なく,状態は不明。古物の相場から考えれば,価格もけして安くはありませんでしたが,えいやと落としたその日の夢で,こんなことが…………(怪談はココから)


  庵主,気がつくと,大勢の人といっしょに,
  どこかの学校の体育館か,教会の広間みたいなところにおりました。


  みな,黒っぽい服装をしてましたが,べつだんお葬式とかいうわけではなく。
  何かの行事か,講演のようなものを聞きに来ているようです。


  昔の小学校にあったような木の椅子に座っておりますと,人々の足の間を縫うようにして,小さな女の子が一人,ちょっとよちよち,ふらふらと,あたりを見回しながら歩いてまいりました。



  おや,こんな小さな子が一人で。
  親とはぐれたのかな?と思って見てますと,その子は庵主の膝のところで立ち止まり----




  ムリクリ,膝の上によじのぼって来ました。

  見たこともない子でしたが,庵主は何故か,この子の名前が「石田佳菜」ちゃん「紗菜」ちゃんという小学生のお姉ちゃんがいると知っています----さすが夢の中ですね。

  ちょっとふんぞりかえったような格好で膝の上に座り込んだその子を,落ちないようにお腹に手を回し,赤ちゃんにやるみたいにお腹をポン,ポンと軽く叩いていてやっていたら,しだいに身体が熱くなってきて,何だかちょっとグンニャリとしてきました。


  ああ,これはこのまま寝ちゃうかな?----と思ったとき,どこか近くで----

  「佳菜?佳菜ぁー?」 と,お姉ちゃんが妹を探して呼んでる声。

  佳菜ちゃんはぱっちり目を覚ますと膝の上から飛び降り,たちまち人々の間に消えていったのでした。


  庵主はむかしから,連続夢をよく見ます。

  同じストーリー,というよりは,同じような場所,同じような設定のなかでくりかえされる夢ですね。RPGのダンジョンのように,時折ある場所から,ありえない場所へと移動してしまうポイントがあるものの,地図がかけるくらいきまった同じ街のなかで,さして「夢らしい」ことのない日常を送っているのです。
  この日の夢に出てきた会場も,過去に何度か見たことのあるお馴染みの場所,ここで何かの行事に参加しているというのもお馴染みのシュチュエーションだったんですが,いままでそこに,こういう女の子が出てきたことはありませんでした。

  しかも今回の場合,夢から覚めたあともしばらく,膝の上の「佳菜ちゃん」の感触や体温が,妙に生々しく残っておりました。
  これもまた,今まではなかったこと。まあ,それだけならまだ良かったんですが……

  そしてこの日から,この「佳菜ちゃん」が,庵主の夢の中に,毎日のように出てくるようになったのでありました。

(つづく)


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