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月琴の起源について その3
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月琴の起源について その3
もうちょっとだけ阮咸編
*イラストはクリックで別窓拡大します*
阮咸さんがなぜに,丸い胴体で長い棹の楽器を弾くことになったのか。
中国におけるリュート型楽器の代表は「琵琶」ですよね。
わたしたちの知っているナシ型の胴体をした「琵琶」は,蜀のお墓から例の銅器の見つかった唐の時代になって,西域から入ってきて流行したものです。それ以前に琵琶と同じようなポジションにあった楽器に「絃鼗(げんとう)」とか「秦漢子(しんかんつ)」と呼ばれた楽器があったといいます。
これはのちの「阮咸」と同じに,丸い胴体で長い棹を持つ4弦12柱の楽器でした。
阮咸さんは音律を知り尽くした楽器の名手として知られた人。
「竹林の七賢図」の常連です。
この絵は後漢~晋のころの風流名士を集めて描いたもので,文化華やかなりし唐の時代にも盛んに描かれていました。
こういう音楽人を絵に書くとき,記号としての持ち物の定番は「琴」,弦がいっぱいある日本のおことではなく,七弦琴ですが。「竹林の七賢」にはもう一人,琴の名手,「広陵散」で知られる嵇康(こうけい)という人がおります。
七人しかいないなかでキャラがかぶってはタイヘンですよね?
そこで阮咸さんに与えられたのが,琵琶より古い弦楽器「秦漢子」です。
史書には阮咸さんがそういう楽器を造った,とか,弾いていたという記録は特にありませんが,
絵の力は偉大です。
「七賢図のなかで阮咸さんが弾いている」から「阮咸は琵琶(弦楽器)の名手だった」とか「阮咸が作った楽器である」といった俗説や概念がいつのまにか定着してしまったようです。
蜀のお墓から出てきた名もない楽器の模型。
これをもとに作った新しい楽器が「阮咸」なのか,それ以前から弾かれていた「秦漢子」が名前を変えてリバイバルしただけのものか,正確には分かりませんが。「古い弦楽器」が出てきたとき,それが阮咸さんにひっつけられるような下地は,すでにあったということですね。
前回「阮咸」を「月琴」に結びつけたのは宋・陳晹(1064-1128)『楽書』だと書きましたが,正確に書きますと,この本で「月琴」とされているのは,5弦13柱のこんな楽器です。
『唐書』などに見られる楽器の阮咸創生説話は,ここでは「銅琵琶(巻134)」という項目にあり,「阮咸が琵琶の名手」という説は「瓦琵琶(巻137)」に出てきます。つまりバラバラだったわけすが,これらがまとまって「墓から出てきた楽器をもとに阮咸は作られ,月琴は阮咸の異名」となったのは,もうちょっと後の類書中でのことでしょう。
さて,
ここまで述べてきた「阮咸」という楽器は,唐の時代にそう名づけられて,奈良の正倉院に2面伝わってたりする,古い古い楽器のことですが,つい百年がた前の清楽には,これとは別に「阮咸」と呼ばれる楽器がございました。
佳菜ちゃんの髪型は,「ももわり」じゃなくって「ももわれ」ですね。スンマセン。
明楽でこれを「月琴」と呼んでいたについては『魏氏楽器図』など,そう書かれている資料がありますので間違いありませんが,「明楽」という音楽分野はじっさいには,明が滅びた時に日本に亡命してきたヒトの,4代だか5代あとの子孫がとつぜんはじめたものなので,明楽に使われた楽器だからといって,明の時代からずっとあったものとは限らず,途中で
清の楽器が混じってしまっている
ことも考えられます。
文献記録から見るに,清代のかなり遅くなるまで,少なくとも宮廷音楽において「月琴」といえば,この楽器を指していたということは間違いありません。絵が入っている資料もありますし,そうでなくても寸法やフレットの数からして,あきらかに短い棹の「月琴」でないことが確かな場合もあります。
ただまあ,短い棹の月琴を「月琴」と呼ぶ理由として「胴体がまン丸で,お月様みたいだから」というのがありますが,庵主,この八角形の胴体で長い棹の楽器の
どこが「月」なのか,
詳しく教えていただきたいところなのですが,いまだその回答にふさわしき論説,記事の見聞には到っておりません。
現在一般的な呼称「双清」のほうは,わたしの調べた範囲では,清朝のかなりあとにならないと出てきませんね。これと似た「双韻」という語もあって,そちらのほうはちょっと古く,また楽器の名前とされてますが,名前からしても同様の「複弦楽器」である可能性が高そうです。
『清朝礼器図式』ではなく『皇朝礼器図式』ですね,スンマセン。
清の乾隆年間に編まれた本で,宮廷内で使われる儀式用の器具や楽器についてのことをまとめたものです。
ここにも「阮咸が作った」て書かれてますなあ。
しかし少なくとも,この楽器が中国において「阮咸」もしくは「阮」と呼ばれたり,また同一視されたという記録・記述は見えず,これを「阮咸」と呼んだのは日本の清楽の連中のオリジナルではないかと思われます。「阮咸の作った楽器」ではあるけど
「阮咸」
ではなく
「月琴」
であるわけですね,あ,ちょっとややこしい。
明楽・清楽だけではなく,同じ楽器を琉球の「御座楽」では「四線(すぅしん)」もしくは「四絃(すぅげん)」と呼んで使っていましたし,今は2弦の楽器ですがベトナムの「ダン・セン」もこれの仲間,日本では「梅花琴」と訓じられてますが「セン」はおそらく「蓮の花」で,これも胴体の形から来た名前でしょう。
胴の形や楽器としての構造は「阮咸」より,深草アキさんのやっている「秦琴」や,「梅花琴」と共通項が多いですね。ただし,秦琴や梅花琴が3もしくは4単弦の楽器なのに対して,こちらの「月琴」もしくは「双清」は4弦2コースとなっています。
前回にもちょと触れましたが。
4単弦の楽器と4弦2コースの複弦楽器では,弦の数は同じでも出せる音の数がまったく異なります。
同じ場で演奏するとして,伴奏楽器としてはもちろん使えますが,同じ曲を同じように弾くことはできません。
弦が同じような材質である場合には,後者の音域は前者の楽器のスケールの中にそっくり含まれますから,メロディの面からだけ考えると,
楽器自体に存在意義がない!
とも言えなくはないですよね。
たとえば,現在はヴァイオリン,ビオラ,チェロ,コントラバスは,サイズを別として同じような外見になっていますが,ヴァイオリンをのぞくそれぞれの楽器は,各々別形の先祖と歴史を有しています。外見上いくら似ていたところで,その柱制や奏法,また楽曲における用法が異なる場合,それらの楽器はもともと別個の系譜を引くものであった可能性が高い。
「秦琴」はナシ型胴曲頚の現行琵琶より古い「絃鼗」や「秦漢子」の系を引く,とされています。
こちらの「月琴」の系譜と,これを(短い棹のほうの)「月琴」の歴史においてどう位置づけるか,については,まだいささか,ややこしく,未解明のところもあるのですが,とりあえず文献上は----
清代において,(短い棹で丸い)「月琴」が「月琴」となる前は,(八角形で棹の長い)「月琴」が「月琴」だった。
----と,いうことだけオボえておいてください。
(つづく)
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