31号唐木屋3(3)
![]() STEP1 唐木屋カラいかショっぱいか? ![]() 夏の帰省後から年末にかけての清楽月琴の落札&修理ラッシュ。 最後にきたのはこの楽器でした。 これにて29号から3面の楽器をほぼ同時に修理することに! ひさしぶりですね…17~19号の時以来か。 ![]() 31号の作者は日本橋の「唐木屋」。 出品者の写真からは判別できなかったんですが,届いてみると裏面にラベルが,かなり良好な状態で残っていました。 明治の頃,東京にあった中では,老舗でかつ最大手のメーカーの一つです。 唐木屋の楽器は過去にも,9号と18号として修理の経験がありますね。そちらもご参照ください。 四角いラベルの上にもう一枚,丸いのが貼ってあります。 これは---18号にはついてませんでした。おそらくは博覧会の賞牌だと思いますが,今のところ唐木屋さんが賞をとったのは第五回の内国勧業博覧会(M.36)しか確認できてません。そこからすると,この楽器はそれ以後の作,ということになりますね。 ![]() 糸倉てっぺんの間木がなくなっちゃってますね。 古物で出てくる月琴では,けっこう多い状態の一つです。 「糸倉」ってとこは弦楽器にとってはいちばん大事な部分の一つなので,こんなんなっちゃってると楽器として「もうダメ」みたいに見えます。月琴という楽器は構造が単純で,ちょっとやそっとの損傷では修理不能となることは少ないんですが,それでもいちばん力のかかるここは最大の弱点で,ここが割れてたりするとかなりの重症なわけですが----さて,こたびの楽器はどんなもんでしょう? 一本だけ残ってる軸は,やや長めの3本溝。 これも唐木屋の楽器の特徴の一つです。 ![]() ![]() とりあえず,ここがこの状態のままですと,修理前にいぢくってる間に,あやまって壊しちゃったりする可能性もあり危険ですので,本格的な調査計測に入る前に,先行して,ここだけは補修しておこうと思います。 29号の軸に使ったホオ角材のはしきれを刻んで,間木を作り,はさみこんで接着! ----ふう,これでようやく思う存分いぢくり倒せるってもんです,カクゴしな。 さて,ではここからは,いつものように採寸から。 ![]() 【月琴31号:採寸】 全長:640 棹長:278 胴体・縦:361,横:360,厚:39(うち表裏板厚:4) 推定される有効弦長:416 【月琴31号:各部所見】 ![]() ■棹: 全長 468(棹茎を含む),最大幅 31,最大深度 68。材質はおそらくホオ。指板以外をカテキューで黄褐色に染める。全体に汚れ,蓮頭と糸倉の間木がなくなっているが,ほかに大きな損傷はない。 ![]() 1)糸倉: 間木はなくなっているが,ほかに割れや損傷はない。長 149(基部より)。幅 31,左右厚 8。関西の松音斎,松琴斎に似た,さほど特徴のないデザインだが,縦方向に詰まってややコンパクト。 2)軸: 1本のみ残る。長 120,最大直径 28。六角三溝だが尻には真ん中の一本のみを刻む。先端に朱で「上」と書かれていることから,一番上か二番目にささっていたものと思われる。 ![]() 3)山口/フレット: 全損。加工痕・接着痕のみ。第1フレットの接着痕がやや広い。再接着の痕跡か? 4)指板/棹背: 指板は厚さ 0.8mm ほどの檀木,おそらく紫檀と思われる。指板部分は長 146,幅は胴との接合部のところで 31,ふくらの手前,くびれのところで 27。弦池の下端で幅 30.5。くびれは浅く,うなじは短め。棹背はほぼ直線で,胴体との接合部付近はやや四角ばっている。 ![]() 5)棹茎: 全長 190,基部は 48×26×14。先端は幅 22。延長材はほぼ柾目の杉。ここがあまりすぼまっておらず,太めなのも唐木屋の楽器の特徴の一つ。加工は丁寧。基部表裏面にエンピツで「2」と記す。 ■胴体: 全体にくすみ。表面板上下と裏板の上周縁部に,手汚れと思われる,やや黒ずんだ部分があるが,いづれも程度は軽く,全体に保存状態はかなり良い。表裏面板ともにほぼ柾目のかなり良質な桐板が用いられており,矧ぎ目は判別しにくいが,おそらく8~10枚程度の小板を継いだものだろう。 ![]() 1)表面板: 絃停左横にヘビ皮の収縮が原因と思われるヒビ,断続的に10センチていど。半月の真下,地の側板周縁に一部小ウキ。同箇所,面板の一部剥離もあり。左右目摂および,上部中央フレット間に接着痕。中央,装飾の接着痕に小虫食い数条。絃停右端の下部周辺に再接着の痕跡と思われる小シミ。 2)左右目摂/扇飾り/中央飾り: いづれも剥落欠損。接着痕のみ。 ![]() ![]() 痕跡から見る限り,中央のお飾り群は,よく見るような定型のデザインではなかったようですね。 通常,扇飾りが付けられるところにも,何か別のかたちの装飾が入っていたようですし,中央飾りも円形ではなく,おそらく雲形っぽいものだったと思われます。棹上の痕跡は薄いのですが,根元のあたり,第3フレットと第4フレットの間にも接着痕がうっすら見えますので,上から下までお飾りで埋まったほぼ満艦飾,唐物月琴なみに装飾の多い楽器だったと思われます。 左右の目摂はよくある菊ではなく,おそらくハナミズキかツユクサの類と思われる例の花びらのとんがった花か,あるいはブシュカン,ザクロの意匠だったと考えられます。 ![]() ![]() 現在庵主の手元にある参考資料の中には,唐木屋の楽器で同じように満艦飾な類例がそうないので確実ではありませんが,おそらく扇飾りのところについていた飾りは---この楽器についてる痕跡の形状ともほぼ一致する---上左画像のようなものだったと思われます。 中央飾りのほうはまったく例がないのですが,痕跡の形状から察するに,おそらくは右画像のような「雲竜」の類だったと思いますね。 どちらも凍石(書道のハンコ(落款)などを彫るのに使うのと同じ材)だったと思います。 3)フレット: 5本存。材質はおそらく象牙だが,表裏の傾斜がややきつく,細い。左右端は斜めに削ぎ落とされているが,角度はごく浅い。第4フレットの頭に,使用による減りがやや見受けられるが,いづれもほぼ健全。 ![]() 4)絃停/半月: 絃停はヘビ皮,110×70。周縁はほとんど剥離しており,中央の一部でのみついている状態。全体が収縮によって波打っているが,皮自体にはヤブレや虫食いなどの損傷は見られない。 半月は半円板状。102×48×h.10。糸孔に擦れどめの象牙板が埋め込まれており,装飾はないが丁寧な作りである。外弦間:30.5,内弦間:24,内外の弦間は左右ともにおよそ3ミリほど。損傷はなく糸擦れなどの使用痕もさほどには見られない。 ![]() 5)側板: おそらく凸凹継ぎの四枚組。表面に玉杢のツキ板を貼りまわす。 さて,今回の楽器の場合,ここがちょっと問題----いえ,べつに損傷はないんですが。 工作が今ひとつはっきりとしませんねえ。 2号や22号,あとまだ修理してませんがすでに紹介だけした25号のように,高級な月琴では側板の外がわに,唐木などの薄いツキ板を貼りまわしたものがあります。 解説書などでは,この加工をされた楽器を見て,月琴の側面は,曲げわっぱのように撓めた薄板で作られている,となっているのがあるんですが,この修理報告で何度も指摘しているように,ちゃんと複数,いろんな楽器を調べてないことからくる誤解ですね。 もちろん音色のためなどではなく,多分に高級感を出すための装飾的な目的でされる加工なのですが,下地になっている板の接合や材自体の乾燥が不十分だったり,貼りまわしの工作が悪いと,ツキ板が剥離して浮いてきちゃったりしますし,胴体を構成する側面の本体に外からアクセス不可能になっちゃうんで,修理するがわからしてみますと,どちらかといえば厄介なだけの工作です。 ![]() 通常このツキ板は胴円周の長さの一枚板を,棹穴のあたりで始終させてあることが多いんですが(右画像参照)。御覧ください,31号の棹孔付近----継ぎ目はありませんね。(下左画像参照) ![]() 楽器向かって左の接合部2箇所は比較的分かりやすかったんですが,右の二箇所は継ぎ目がほとんど見えなかったため,当初は円周3/4の板と,1/4の板を組み合わせてるんじゃないかと書いたんですが,その後,側板を清掃して確認したところ,右の接合部2箇所の継ぎ目もなんとか見つけました。いやあ左の2箇所よりさらにスキマが薄く,木目のつながりにも不自然なところがなさげだったため,気がつきませんでした。(汗) ツキ板の接合にスキマがほとんどないことから考えても,まず先に芯になっている胴材を円形に組み立ててから,それぞれの表面に接合部のところでピッタリ噛合うように貼りまわしていったものと考えますが,かなりのワザですね。 ![]() どちらにせい,ちょと見ない不思議な工作ですね。 上にも書いたように,このツキ板貼り回しは材料や加工の状態によっては厄介な障害を引き起こすことも多いのですが,今回の楽器場合は,下部左にわずか胴体からハミ出している箇所のあるほかは,ツキ板の浮いているような部分はほとんどなく,かなり精密に,きっちりと貼り回してあるようです。 さすがは唐木屋----江戸から続く大手老舗の本気,といったところでしょうか。 (つづく)
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![]() STEP3 楊柳の葉は万里に川流れ ![]() さあて,ずいぶんキレイになりましたね,月琴30号。 今回の場合,本体には音に影響するような深刻な損傷はないので,これでフレットとかたててやれば,すぐにも楽器として使用可能な状態になります。 そのほかはまあ,蓮頭とか目摂とか…庵主の大好きな「小物たち」をば,ちょいとアレしてやればいい程度なのですが----前回も書いたとおり,この楽器は使い込まれた痕のある,かなりな歴戦の勇者なので,それにふさわしく,今回の装飾はちょいシブめにキめてみましょう。 ![]() まずはフレットと山口。 オリジナルには骨製と思われる白いフレットが付けられていましたが,これをぜんぶローズウッドで再製作します。黒フレットですね。 ![]() 30号のお飾りはぜんぶなくなっていますが,このうち蓮頭だけは,糸倉の頭にニカワが,汚れてはいてもかなり良好な状態で残っていたことから考えて,比較的最近剥離したのじゃないかと推測されます。左右目摂については,接着痕も日焼け痕もかなり薄いことから見て,楽器として使用されていた頃にはすでに剥離,もしくは最初からハズして弾いていたのじゃないかな。それでも面板上にわずかに見えていた痕跡から推すに,オリジナルの意匠は,24号と同じく「鳳凰(正確には鸞)」(右画像)だったと思いますね。 扇飾りについては痕跡がさらに薄く,まったく分かりませんが,これも目摂と同じく,典型的な万帯唐草だったでしょう。 推測されるオリジナルのままこれを再現して,製作当初の装飾に戻しても良いのですが,前の所有者からしてお飾りにはあまり関心がなかったようですので,そちらを立てて「お飾りナシ」,硬派な実用月琴スタイルでいくというのもシブそうですねー。 しかしながら。 庵主,月琴の修理においては,この「小物作り」こそが唯一個人的に遊べる,というか,楽しみにしている作業の一つなんですね。 「お飾りナシ」は,かなりサミしいので----いっちょう作らせていただくことといたします。 ![]() 目摂はこれ。 なんだか分かりますか? 「芭蕉(ばしょう)」なんですね。 「バナナ」でも構いませんよ。 ![]() 扇飾りはこうします。 「梅」ですね。 花と実が混在してるのは,絵で良くあるスタイル(現実にはあんまりありえない)ですが,同時にこれによって青梅のころ,初夏を表していると思ってください。 ![]() 蓮頭は最後までデザインで悩みました。 今まで見た松琴斎の月琴で,蓮頭が残っていた例がまだあまりないのではっきりとは言えませんが,ここの,このクラスの楽器には,おそらく簡単な透かし彫りのある「蓮花と波唐草」(右画像)あたりが付いていたものと思われます。 「芭蕉」「梅」とキて----残る蓮頭は「ヤナギ」,ということに最初から決まっていたんですが,これがなかなか難しい。結局,中級月琴に良くある「宝珠」のデザインをちょっと変えた,シンプルなものでいくことにしました。 まあこれだとサリクス・バビロニヤ,「枝垂れヤナギ」ですが,コンセプトからゆくと,ふつうのハコヤナギの類か楊柳あたりが正しいのですが,まあ「記号」ということで。 ![]() さて---今回のお飾りは,この三つで一つの有名な漢詩を暗示しています。 さあそれは,誰の,何という詩でしょうか? mixi のほうではもう解いちゃった人もおりますが,ぐぐって構いませんよー。えー,全然構いません。 漢文レベルやや高し,といったところでしょうか。 正解者には……何も出ませんが褒めてあげます。(w) お遊びも終わり。 最後に,側部二箇所のスキマと,絃停の横と,裏板にある二箇所のヒビ割れを埋めて。 ![]() ![]() ![]() さあ,装いも新たに,勇者の船出です。 2012年12月11日。 大阪・伊杉堂松琴斎作,自出し清楽月琴30号。 修理完了! ![]() 1) 開放弦 2) 音階 3) 各弦音階 4) 九連環 5) 十二紅 楽器自体はさして高価なものではない中級・普及品で,材質的にも工作的にもさして特筆すべき点はありませんが。 ----すごく「好い音」です。 使い込まれた楽器には,やはり使い込まれるだけの理由がありますね。 それは必ずしも,名匠の作だからとか,材料が高価だからだとか,高度な加工技術によって作られているから,とかいう理由だとは限らないものです。 清琴斎の「赤城山1号」や「19号与三郎」なんかもそうでしたが,「量産中の佳品」には時として「名人の駄作」をはるかに上回りる絶品があるものです。音量や音ヌケの良さだけなら,もっと上の楽器はいくらでもありますが,ほんとうに清げで,それでいて温かな響き……これこそルシウスさんのお祖父さんも言っている「人が作り,時間が仕上げた」ものですね。 夜の公園で,凛とした月明かりのした,この音にいつまでも包まれていたい----そんな音がします。 新しく作った黒フレットは,シブいだけでなく運指にも優しい。 庵主は象牙なんかより,こうした唐木や竹のフレットのほうが好きですね。 29号とは逆に,この楽器は弾き手をあまり選ばないでしょう。 初心者であっても,楽器に自分をゆだねれば,楽器のほうが自然に鳴り方を教えてくれます。 経験者であるなら楽器の中から,自分の知らない新たな音を発見できるかもしれません。 ----まあ,あまり「オレが!オレが!」というタイプの,個性の強い演奏者さんには向かないとは思いますが。演奏中,つかずはなれず常に寄り添ってくれる,そんなふうにしっくりとくる楽器に仕上がりました。 最近珍しいんですよ。 庵主がここまで手放しで誉めるのは。(w) (おわり)
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![]() STEP2 「シブミ」の浮かぶ日曜日 ![]() 松琴斎という作家さんについて,文献上分かっていることは実は限りなく少なく,現在のところ明治40年発行の『関西実業名鑑』の「西洋楽器之部」に 「明清楽器諸楽器製造販売 松琴斎 伊杉堂」 とあるののほかは,最近ようやく,大正1年の『京阪商工営業案内』で広告を一つ見つけたくらいです。(下画像) 最初の住所は「北区老松町」,西天満の,いまも骨董屋の多いあたりですね。堂号が「杉」で斎号が「松」。通常こういうものは,こんなふうに同じ手合い(針葉樹,だけど違う種類,とか)で重なることは少ない----松のほうは師匠と思われる「松音斎」を引いたとも,最初にあったお店の住所からとったものと思われますが,パターンからすると,本名は杉田さんか杉山さん,あるいはそのまま「伊杉(いすぎ)」さんだったかもしれません。 ![]() 実物のほうから言うと,古物で,また演奏家の方が持ってるのを結構見る機会の多い楽器----ですので,かなりの数を作った大手と考えていいのじゃないかと思っています。 もしこのブログを御覧の方で何かご存知のことあらば,または 「そりゃうちの爺様じゃあ!」 という方ございますればどうかご連絡を。連絡先は本拠HP「斗酒庵茶房」トップページにございます。どうぞよろしく。 さて,それでは修理を開始しましょう。 前に手がけた24号は,表面板が油(それもおそらく食用油)まみれというタイヘンかつ可哀相な自体でありましたが,こちら30号,蓮頭や胴体のお飾り,ラベルといった音に関係のない部品はかなりなくなっているものの,軸は4本完備,本体の損傷も少なく,見た感じまたまた修理はラクそうです。 ただ,そう言ってハジメた29号の修理では,最後の最後のほうで自ら蹴躓いてヤヤこしくしてしまいましたから,今度はいささか気をひきしめてまいりましょう! ![]() ![]() まずはフレットと絃停をはがします。 フレットの痕にはしっかりとしたケガキの目印が残っていました。 フレットのほうは比較的簡単にはずれたんですが,絃停が意外にしっかりと接着されていて,少し時間がかかりました。 左端のほうをテープでとめてたりしてたんで,もう浮きかけてるかと思ったんですがなかなか頑丈。 ![]() 前回も書きましたが,すごいフレットですよねえ----材質的に。 はじめこの裏面のエグレも,虫が食ったものかと思いましたが,はずしてちゃんと調べてみますとやっぱり違いましたね。 牛か馬かは分かりませんが,そういう大型動物の骨を削ったものですね。 大腿骨あたりかな? ![]() ![]() ![]() とくに目立つ虫食いは3箇所。 表板右肩のは木口のところからかなりハデに食われてますね。左下の穴も最大で2ミリ以上,大きいです。(汗) いまハガした絃停痕にも,ヘビ皮に開いてた穴そのままのが,面板にもあいてます。 さあ,あとはこれが広がっていないことを祈るだけ。 …ホジクリました。 ![]() ![]() ![]() ![]() 幸いなことに,いづれも左右への広がりはほとんどありませんでした。 絃停の左端,例のテープで止めてあったあたりに縦ヒビがありましたのでこれもついでに埋めておきます。 虫食い穴はどれも結構な大きさですが,縦方向,長さ的にもさほどのものではないので,即行,パテで埋めてしまうことにします。 木粉粘土と砥粉を7:3で混ぜ,ヤシャ液で練ったものが,庵主このところお気に入りの修理用パテですね。 ![]() ![]() ![]() これを楊枝やケガキやアートナイフの先で押し込み押し込み,少し乾かして痩せたらまた押し込みを繰り返し,最後に穴の上にてんこもりにしてやって,一晩以上乾燥させた後,整形します。 擦った痕が白っぽくなりますからね,最後にヤシャブシで補彩します。この時,ヤシャ液に砥粉と炭粉や木灰を少し混ぜておくと,古色もついてより効果的ですね。 ![]() 次の工程に入る前に,地の側板に少し面板のハガレが出てますのでこれを再接着しておきましょう。 一晩たって面板がつき,胴体がちゃんと箱になっているのを再度確認したら,今回はもう清掃です。 ![]() 色は濃いんですが,これはもとの染めが濃いせいでヨゴレではありません。 ここの楽器は面板のヤシャ染めがかなりキツいんですね,濡らしたら,ここまでまッ黄色になっちゃいます。 全体に軽くすすけていましたが,特に深刻なヨゴレやシミはなく,ほぼ一度の清掃できれいになりました。 胴側部や棹の表面も,同じ重曹液で軽く清掃しておきます。 こちらは乾かしたらすぐに,かるく油をひいておきましょう。古い木材の場合,濡らした後そのままに乾かすと,割れちゃったりすることもありますからね。 ![]() ![]() 糸巻きもついでに油拭きしておきましょう。 握りのところ,横に無数の縞が見えます----これ,南京ガンナの加工痕です。 丸棒からある程度の形,たぶんラッパ状の円錐になるまでロクロで挽いた後,六面を推しガンナで削り落としたわけですね。 ふつうは仕上げで消しちゃうと思うんですが,さすが量産品。 和カンナもしくはヤスリやノミなど,他の刃物ではあんまり出来ない痕跡ですね。 またひとつ,明治の月琴作りの工程が見えてきました。 ![]() この30号は,歴戦の勇者ですね。 面板を濡らしたら,楽器中央,絃停の上のあたりに無数のバチ痕が浮かびあがってきました。 手荒に扱われた痕跡はありませんが,糸巻きの先が少し減ってることからしても,かなり使い込まれた楽器であることは間違いないでしょう。またそのバチ痕の位置からして,お上品なお座敷清楽でポンポロンやられていたというよりは,たぶん辻楽士的な演奏で使われていたのだと思います。 フォーマルな清楽の演奏では,正座して楽器を膝の上に置いて弾きます。この姿勢で演奏した場合,バチが行きかう位置は主に絃停のあたりになります。一方,街角を流して歩く辻楽士は月琴を右ひじで胸におしつけるような形で立ったまま演奏します。この場合バチの位置は正座して弾く時よりもかなり上,絃停の上あたり---つまりこのあたりに多くつくことになるのです。 さあて,ちょっとワクワクしてきましたぜ。 弾きこまれた痕跡のある楽器は,かならず音が良い---- これはいままでやってきた修理の経験から言うことですが。 「使い込まれた楽器の音」,人と時間が完成させた物にかなうモノはありません。 そうなった楽器は,本来の質がどんなツマらないものであったとしても,素晴らしい。 どんな腕の良いマイスターでも,おそらく「新しく」は作り出せない音だと思いますね。 (つづく)
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![]() STEP1 その名はまだ言えない ![]() 年末一掃,というわけではありませんが。 庵主,じつはこの二ヶ月ばかりの間に,29号も合わせて,3面の月琴を入手しております。 修理はほぼ同時にはじめ,完成したのもほとんど同時でありました。 いつだかの17~19号以来ひさしぶりの3面同時調査と修理作業で,ニクタイ的にも経済的にもけっこうシんどかったんですが,モノがある時にはやれることをやっとかないと,古物だけに次があるかどうか分からないですからね。 29号に続いて工房に到着したのはこの楽器---- 蓮頭など主なお飾りはなくなってしまっていますが,軸は4本そろっているし,本体部分にも大きな損傷もなさそうです。 裏面上部にラベルの痕跡がうっすらとありますが,さてわずかな光沢の違いぐらいなので,写真には写るかどうか。 ほかに書き込みもナシ,作者に関する具体的な手がかりはありませんが… 庵主は分かっちゃいました。 だって,つい最近なんだもン,これとほとんど同じだったんだもン。 (べつだん,カワイくはない) ではまず,全体の採寸から---- ![]() 【月琴30号:採寸】 全長:631 棹長:281 胴体・縦:350,横:355,厚:38(うち表裏板厚各:4) 推定される有効弦長:407 大きさはふつうですね。やや胴体に厚みがあります。 さて,ひっぱれるほど底の深いナゾでもないのでゲロっちゃいますと。 大坂・伊杉堂松琴斎---ですね,この楽器の作者は。 油まみれだった24号と同じ作者さんです。 上にも書いたとおり,ラベルや墨書など直接作者を示す証拠はありません。 まあ職人的に言うところの「手が同じ」ってやつしかないんですが,箇条で並べますと--- 1)推定されるラベルのサイズや位置が同じ。 2)全体の材質および加工の類似。 3)棹および糸倉の加工の類似。 2)半月の意匠および彫り。 4)内部構造がほぼ一致。 このあたり,おりこみながら,各部の所見に入りましょう。 ![]() ■蓮頭:欠損。 ■棹:全長 472(棹茎含む)。胴外露出部分は最大幅 32,最小幅 27,棹本体の最大厚 31,最小厚 26。糸倉の最大深度は 70。材質はおそらくホオ,指板部分を除き全体をカテキューで黄褐色に染める。全体にヨゴレ小,蓮頭はなくなっているが,ほかに損傷はない。 1)糸倉:損傷ナシ。長 159(基部(「ふくら」のところ)より),幅は根元で 31,先端で 32,左右厚 7.5,弦池 115×15-16.5,天に間木をはさみ,先端へわずかに広がる。さほど特徴のないデザイン。 2)軸: 4本完存。六角一溝,材質はカツラかホオ。スオウによる黒染めと思われる。損傷見られず。ただし先端に擦痕などかなり使用された痕跡がある。加工は仕上げやや粗く,側面を六角に落とした際の南京カンナの痕が軽く残っている。 3)山口/フレット: 全損。接着のための加工痕が残る。 4)指板/棹背: 指板は厚さ 0.8mm ほどの檀木おそらく紫檀と思われるが染めたカリンの可能性もあり。指板部分は長 140,幅は胴との接合部のところで 28,ふくらの手前,くびれのところで 27。弦池の下端で幅 31。くびれは浅い。 ![]() 5)棹茎: 全長 191,基部は 45×26×13。先端は幅 14。延長材はやや長い。加工は比較的丁寧で,姿は良い。先端表板がわにエンピツで指示線。 さて,24号はすでにお嫁にいっちゃってるんで,本体は手元にありませんが,棹は糸倉に損傷があって作り直したので,オリジナルの棹が残っています。 ほれ,ならべてくらべてみましょ---- ![]() ![]() ![]() ![]() 糸倉のデザインや,とくに庵主が「うなじ」と呼んでいる,棹背と糸倉をつなぐくびれの部分は,製作者の個性がいちばんよく表われる箇所です。 どです?ではお次,胴体ですね。 ■胴体: 表面板に数箇所虫食いと小ヒビ。裏板に二箇所ヒビ割レ。汚れの程度は中くらい。 ![]() 向かって右肩木口にやや大きめの虫損,左下に虫食い孔,絃停のヘビ皮にも虫孔2つ。半月の真下,地の板周縁に小ハガレ。 左右目摂および扇飾りは,かなり以前,おそらく楽器として使用されている際,すでに剥落もしくは取り外されたものらしく,瀬着痕および日焼け痕はかなり不鮮明である。意匠は扇飾りについては不明だが,目摂はおそらく鳳凰(鸞)であったと思われる。 面板中央,絃停の上付近にかなり多くのバチ痕が見受けられる。 ![]() 2)フレット: 胴体上のフレットは5本存。うち4本はオリジナルと思われるが,第4フレットのみ左右端が斜めに加工されており,後補ではないかと疑われる。材質はおそらく牛骨。 第5および第7フレットの片面に,髄の部分と思われるエグレが見える。また第6フレットの向かって右端に黒く小さな孔。虫食いか?不明。 フレットも比べてみましょう。 ![]() ![]() 24号のほうがやや太めですが,どちらのフレットも両端が直角に切り落とされています。 どちらかというと月琴のフレットでは,ここは浅く斜めに落す作家さんのほうが多いですね。 ちょうどいいことにどちらも第6フレットが残っていました。 国産の清楽月琴では,第6フレットをいちばん長くするスタイルが一般的なのですが,その長さや,ほかのフレットとの差にも作家さんによりそれぞれ個性があります。石田義雄などはかなり長めにするほうですが,ほとんど長さに差をつけない作家さんもいますね。 さてこちらは----よく似てますよね,長さも,上のフレットとの差も。 ![]() 絃停はヘビ皮,110×80。左下をテープでとめてあるほかは全体にあまり剥離はなく,比較的きちんと接着されている。 左下端に食害痕。虫かネズミか不明。中央下端あたりに二箇所,大きな虫食い穴があるが,保存状態としては良いほうである。 半月は透かし彫りのある曲面,110×40,最大高 10。糸孔は外弦間:32,内弦間:24。 上端に使用による糸擦れや圧縛痕はあるが,損傷はない。 ここもほぼ同じですねー。比較写真をどぞ。 ![]() ![]() 4)側板:単純な直線木口合せの4枚組み。材質はクリ。損傷らしいものはないが,楽器に向かって左肩および右下の接合部にわずかなスキマ。 これはまあ,同じ木で作ると同じような感じになりますがまあ比べてみてください。 ![]() ![]() ![]() 5)裏面板: さまざまな質の小板を矧いだもの,表面板と違って矧ぎ目はわかりやすく,11枚矧ぎ。 向かって中央付近,左から小板5・6枚目の間と6・7枚目の間に小ヒビ,いづれも矧ぎ目に沿ったもので幅は狭い。 中央上部にラベルの日焼け痕,きわめて薄く残る。推定されるラベルの寸法は40×30。横長の四角形。 ![]() このラベルの写真は,過去にネオクに出てた楽器からとったものですが,24号のもの,またこの楽器の日焼け痕,いづれもカタチやサイズはほぼ一致しますね。 半月のカタチや胴体の作りなどだけだったら,ほかにも似ているものに,松琴斎のお師匠系と思われる同じ関西の「松音斎」や,関東の「唐木屋」の楽器などがあるんですが,松音斎の楽器はもっと作りが丁寧・緻密ですし,唐木屋の場合,軸や茎に独特の特徴があります。 とりあえずフィールドノートをどうぞ。(クリックで拡大) ![]() ![]() ![]() 30号の内部構造については,棹孔からのみの観察・測定のみですが,せまい棹孔からのぞけたぶんだけでも,収穫はありました。ノートにも書きましたが,2枚桁で上桁は棹茎のウケのほか,左右にツボ錐で開けたと思われる直径5ミリほどの穴がふたつあるだけ----このあたりも,24号(右画像)とほぼ同じなんですね。 (つづく)
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![]() STEP6 完成された世界,未完成の未来 ![]() さて,棹が前に傾いていたのと,響き線モいじゃったのは,ちょいと想定外の事態ではありましたが,いづれのヤマもなんとか克服。 まあ正直なところ,響き線がモゲちゃった瞬間は,かるく心臓止まりかけましたけど。(^_^;) 響き線取付のため切り開いた裏板を貼りなおします。 いちばんはじっこにはオリジナルの板を多少整形して使い,間に1センチほどの幅の新しい板をはさめて接着します。 一晩置いて,接着の確認をしたら,まずは余分を切取り,つづいて出っ張っている木端口を均します。 ![]() ![]() 前回,27号の修理でも同じようなことしましたっけ。 端材に板の厚さのぶんの紙ヤスリを両面テープで貼り付け,これで出っ張りを落とし胴体と面一にしてゆきます。 出っ張りがなくなったとこで,新しく埋め込んだ板と木端口を染め直します。 まあ完全に,はムリですので目立たないていどに。 ![]() 作業ですこし側板にもキズがつきましたので,こちらも補彩しておきましょう。 用意するのは砥粉と炭粉と木灰。 ![]() ![]() これをスオウ液で溶いたものを塗りつけ,乾いたところで極少量の亜麻仁油を染ませた布で拭って磨きます。 それにしても側板のこの色,よく残ったものです。 とても百年以上前に作られた楽器だとは思えませんね。 最後にちょっとモタつきましたが---- 2012年12月9日,日本橋区薬研堀・山形屋雄蔵作,月琴29号。 修理完了いたしました。 ![]() さっそく試奏---- 1) 開放弦 2) 音階 3) 各弦音階 4) 九連環 5) 茉莉花 まあ,ケガの功名というか何というか。(汗) 根元がわずかに短くなったおかげですね,修理前の響き線は,楽器をどんな姿勢に構えても,ただガシャガシャ鳴ってただけですが,修理後は演奏姿勢に構えたときはそれほど鳴らず,あえて揺らすと 「カローン,カリーン」 と清げに鳴り,楽器に耳をあてて面板を軽く叩くと,線が震えてる 「わあああん」 という響きが長く続く----響き線としてかなり理想的に機能してくれるようになりました。 ![]() ガラスの風鈴のようなシャリシャリとした音はまさしく「江戸ッ子月琴」。 音量もそこそこあるし,楽器としてのポテンシャルはかなり高そうです。 フレットはふつうの高さですが,棹を傾け調整したので,フレット頭と弦の間隔はせまくなっており,運指への反応は申し分ありません。胴体はやや小ぶりですが,棹がそのぶんやや長いことと,器体がきわめて軽いため,座奏でのバランスにはやや問題があるかもしれません。どちらかといえば立奏に向いている楽器かもしれませんね。 ![]() ただ,この楽器,前の所有者がほとんど使用していないようで,弾かれこまれていない楽器特有の気まぐれさというか,音の軽さがまだやや耳につきます----「初々しい音」と言い換えることもできなくはありませんが。(w)前にも12号の時とかに言いましたが,まだ「楽器がどこに向かって鳴ればいいのか分かってない」感じがありますね。 まあそのぶん,どんなふうに育つかはたいへん楽しみではありますが。 庵主にとって,清楽の楽器は本と同じくらい,ある面ではそれ以上の資料です。 今回の修理でも,木部のスオウ染めの工法など,いくつも新たな発見やいままで気がつかなかったことを教えてもらえました。 ![]() 山形屋雄蔵の楽器は,名器かどうかはともかく,丁寧に作られた「筋の通った良い楽器」です。 高級品だろうが普及品だろうが手を抜かない,その緻密な仕事ぶりは,修理していても気持ちが良い。 ---ほとんどゆがみのない胴体,まだ活きてるニカワ。キッチリと密着してカミソリも入らない接合部。 そうした「丁寧な仕事」がけっきょく,楽器自体を守り,現在まで,そして庵主のところまでとどけてくれたのです。 願わくば,この楽器の未来が,幸せなものでありますように。 (おわり)
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![]() STEP5 すんなりとウマくゆくことは少ない ![]() 最初のほうの回でも言ったように,この楽器は全体として保存状態が良い上に,欠損部品も少なく。 ハッキリ言って,糸巻きさえ削ってしまえば,「修理」はもうオシマイ---ってとこ,だったんですが。 より使いやすい楽器にするための棹の調整も終わり,おつぎは軽く小物の手入れ。 ![]() ![]() 山口は本ツゲ,この夏に琵琶屋さんからもらった国産ツゲの端材を刻みました。 いやあ,やっぱり美しいなあ。 棹上のフレット3本は象牙の端材で再製作。 色の褪せてた左右の目摂と中央飾りはスオウで染め直しました。 ![]() お飾りも戻し,組み立てて,いざ試奏! ----あれ? なんじゃこの響き線の音は? やたらとがしゃがしゃ鳴り響きます。 単に線の揺れが敏感とかいう感じでもありませんね----どっかにひっかかってるみたいですね。 ![]() そういえば同じ作者の20号でも,響き線の先端が上桁につきささって,響き線が効かなくなってましたっけ。(右画像20号修理中) どうやらこいつも,同じ状態になっているようです。 まずは棹孔から棒などつっこんで,なんとかしようとしてみたのですが。 所見のところでも書いたように,この楽器の内桁は真ん中に棹茎の受けの穴があるだけ,あとはただの板なので,作業範囲がせまくてどうにもなりません。 ![]() 響き線はこの楽器の音色を左右する,イノチともいえる部品です。 いくら外がわがキレイに直っても,タマシイが腐っていたのではどうにもなりませんので,ここはちょっと覚悟を決めて,裏穴に二箇所小さな孔をあけ,そこからピンセットをつっこんで,響き線の基部を調整しようとしたのですが,なんと! …………モゲました。 ![]() せっかくここまできたのにィ!(弩泣) とりあえず,作業範囲を広げるため,裏板を一部ハガして響き線の基部を露呈させます。 取り出した響き線は,丁寧に錆を落とし,表面にラックニスを軽く刷いてサビ止めとします。 反応はいいんですが,かなり細くてモロい材質だったみたいですね。 もっともっと注意して,慎重にやるんだったなあ。 ![]() 基部から一度上にギュっと上がって,急角度に下りてきて弧を描くのが山形屋の響き線のカタチです。 最初の急上昇の部分が,この楽器のは3センチもありましたので,この端っこをすこし曲げ,新しい差込み部としましょう。 ついでに今度はどこにもひっかからないよう,線のカーブとかも調整します。 ![]() さて,これを付け直すわけですが。 裏板をぜんぶハガしでもしない限り,響き線基部のもともと線がささっていた面に,直接アクセスすることは不可能。 では,どうするか---- こうしましょう。 まずは響き線基部の横に,ピンバイスで穴をあけます。 ちょうど元の響き線のお尻が埋まってるあたりまで,一列になるよう3つほど穴をあけたら,ナイフでほじくって細い溝にします。 ここにエポキを流し込み,線を押し込んで,溝を埋め木でふさぐ。 ----正面からムリなら横からイけばいい。なんか兵法みたいなハナシですなあ。 ![]() ともかくも,これでなんとかうまく(?)ゆきました。 一日たって,エポキの固化と響き線の固定具合を確かめ,また少しだけ(こんどこそ慎重に)調整して,基部を整形。 裏板を貼りなおします。 まさかこんなに最後のほうでこんな目に逢うとは---油断大敵,ですね。 (つづく)
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![]() STEP4 この楽器は弾かれたことが少ない2 ![]() さて,埋めるところも埋まり,ヘっつけるとこもへっついたところで,清掃に入ります。 もともと保存状態が良く,さしたるヨゴレもございませんが,全体にくすんで灰色っぽくなっちゃってますからねえ。 洗浄液にはいつものように,ぬるま湯に重曹を溶きこんだものを使います。 ここで要注意! この楽器の側板はスオウ染め。それもあの色褪せやすい染料が,「奇跡的」と言って良いほど,オリジナルに近い色合いで残っています。スオウは重曹に反応してしまいますから,これが側部に垂れると,少なくともヨロシクはありません! そこで今回の掃除は,洗浄液が側板にこぼれないように慎重に慎重にやらなきゃならんわけです。 それ…コスコスコス…やれ………コスコスコス。 ![]() だいたいキレイになりました。ほぼ一度で済みましたね。 表面板に続いて裏板。こちらにはラベルもありますから,さらに慎重に それ…コスコスコス…やれ………コスコスコス。 ![]() 表面板は木目の合せが巧くて,濡らしても今ひとつ矧ぎ目がはっきりしなかったんですが,裏のほうはだいたい,木目なんかあんまり気にしていない,質の劣る板が使われることが多いので数えやすくなっています。一部の楽器で表裏の板の矧ぎ数が異なっている例もありましたが,たいていは同じような板が使われます。 ---13枚矧ぎ,ですね。 いちばんせまい小板なんか,幅が1センチちょっとしかありません。 うむ,もったいないの精神が存分に発揮されている板だなあ。 ![]() もともとけっこう白っぽかったんですが,乾いたら輝かんばかりの白さになりました。 保存状態も良かったし,もとの染めも薄かったおかげですね。 いままで扱った中では,18号「モナカちゃん(唐木屋林才平)」が最良の保存状態で,面板も真っ白でしたが,この楽器の面板も今はおそらく,新品の時の色とそんなに変わらないと思いますよ。 続いては,棹の角度の調整に入ります。 ![]() オリジナルからそうであったのか,あるいはお飾り楽器として弦を張りっぱなしでいたせいか(基部の状態から考えて,おそらく前者),この楽器の棹は楽器正面がわにやや倒れこんでいます。 山口(トップナット)のあたりでおよそ2ミリ。 過去にも何度か書いたように,月琴という楽器では,これとは逆に背面がわに3ミリほど傾いているのが,ほんとうは理想的な設定なのです。 おなじ山形屋の作でも,20号ではほぼそういう設定になっていましたが,この楽器はおそらくそれよりも早い時期に作られたもの----少し前に修理した菊芳の26号や16号でもそうだったんですが,月琴を作り始めて間もないころの作家さんは,棹の指板を胴体面板とどうしても面一にしてしまうことが多いようです。 ここが面一,あるいはこのように楽器正面に倒れこんでいますと,フレットが全体に高く,特に高音部が非常に弾きにくい楽器になってしまいます。せっかくの名人の作ではありますが,いやそれ故に,ここは修正しておいたほうが良いでしょう。 いくらオリジナルどおりであっても,使いづらくてただ放置されるモノとなるよりは,使い切られて壊れるくらいのほうが,楽器としては幸せだと,庵主は考えます。 ![]() ![]() ![]() まずは茎をはずします。 接合部に脱脂綿をまいてお湯を含ませ,ラップをかけて半日ほど。 いやー,こんなところまでさすがの工作精度ですわ。 どうやったらこんなにキレイに加工できるのやら。 棹の接合面を少しだけ,ナナメに削ります。 ちょうどいい角度になったら,茎もちゃんとはまるように削りなおして再接着。 ![]() ![]() ![]() 画像左は元の状態。よーく御覧ください。接合部のところを中心として,茎と棹があさーいVの字になってたんですね。修整後は右。棹と胴体の接合面に対して,茎の上面が直角。茎上面のラインが面板とほぼ平行になっているのが一般的な設定です。 はじめのイチから組み立てる場合と違って,すでに完成した楽器ではこの作業,どうしても盲作業になってしまいますので,わずかに誤差が出ますが,そのへんははツキ板を貼って調整しました。 さしこんで,棹と胴体が完全に密着するよう,接合面をさらに微調整します。 精密な作業なんで,けっこう時間かかるんですよ,コレ。 今回も,だいたい足かけ三日ぐらいは費やしてます。(汗) さて,棹の調整も終わりましたし,いよいよ仕上げですネ。 ----と言ったところで,次回へ。 (つづく)
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![]() STEP3 この楽器は弾かれたことが少ない さて,29号山形屋雄蔵,銘は「星奈」ちゃんと申します。 2(に)・9(く)だもんね。 まずなにはともあれ,これですね。 糸巻きを削ります。 オリジナルの一本はおそらく材料がカツラ,スオウで染め鉄媒染で黒くしてあります。 今回はカツラの持ち合わせがなかったもので,このクラスの楽器ではこれも定番,ホオの角材を削りました。 カツラと比べるとホオのほうが若干カリカリと固いですね。 まあ加工のしやすさは同じくらい。 ![]() ![]() 庵主は3センチの角材の四方を斜め削ぎにして,先端1センチ角の四角錐から六角形の軸の素体を削り出します。 オリジナルの加工はおそらくこれと違い,簡単な旋盤で作った円錐の側面を六面削って作ってるようですね。 よく糸巻きの先端に,旋盤に固定した針の痕がついてることがあります。 三味線などでは糸巻きは分業で,糸巻きだけ作っている職人さんから,太さや加工の合うものをまとめて注文してたりしますが,月琴ではどうだったんでしょう? だいたいのところまで削り込んだら,あとは楽器にあてながら,きっちりハマるように先端を調整。 原作と同じくスオウ染め鉄媒染。 はじめにかけるスオウ液は,砥粉を混ぜてガラス鍋で温めたものを使い(砥粉の成分に反応して,スオウ液は赤紫色に変色します),乾いたらオハグロの上澄みを塗って媒染,磨きこむと,一度の作業で染色から目止めまでいっちゃえます。 ![]() 表面板上のお飾り類をはがします。 お飾りやフレットの周りをお湯で湿らせ,脱脂綿をかけ,さらに湯を含ませ,乾燥防止にラップやビニールを上からかけて,およそ10分。 ![]() だいたいキレイにとれました。 オリジナルの接着剤はソクイのようです。 画像は左目摂の接着痕に少し残ってしまったソクイをふやかしているところ。 ![]() ![]() 表面板右下の虫食い,穴は大きめだったものの広がりはなく,ほじってこのくらいでした。 中央飾りの裏に新たな虫食い痕が見つかりましたが,いづれも浅く,内部にまでは達しておりません。 ![]() この絃停部分のを含めて,幸いなことにどこの虫食いも浅く,深刻ではないようなので,今回はこれで埋めてしまいましょう。 このところ定番のパテですね。木粉粘土と砥粉を7:3で混ぜ,ヤシャブシ液で練りこみます。 少量の時は板か何かの上でこねても構いませんが,ある程度の量が要るとか,作業が長時間にわたるような場合は,このようにビニール袋に入れてこねると,粉も散らず早いし便利です。使わない間はこうやって袋を結んでおけば,二三日は保ちますよ。 ![]() ![]() ![]() お次は裏板のヒビ割れの処置。 まずは割れ目を埋める前に,板が胴体から剥離してしまっているヒビの左右,楽器上下の周縁を再接着しておきます。 最大で1.5ミリほども開いてしまってますね。 いや,これぐらい開いてた方が,むしろ直しやすい。 ヒビが細いと,埋め木を削るのが,正直,タイヘンなんすよ。 カンナや紙やすりで削った埋め木に,ニカワを塗っておしこみます。 ヒビの両岸が多少アバれて反っているようなのでこれも少し矯正してきましょう。 ----というあたりで,次回。 (つづく)
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