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30号松琴斎2(2)

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斗酒庵 松琴斎の本気に出会う の巻2012.10~ 月琴30号 松琴斎2

STEP2 「シブミ」の浮かぶ日曜日


  松琴斎という作家さんについて,文献上分かっていることは実は限りなく少なく,現在のところ明治40年発行の『関西実業名鑑』の「西洋楽器之部」に 「明清楽器諸楽器製造販売 松琴斎 伊杉堂」 とあるののほかは,最近ようやく,大正1年の『京阪商工営業案内』で広告を一つ見つけたくらいです。(下画像)
  最初の住所は「北区老松町」,西天満の,いまも骨董屋の多いあたりですね。堂号が「杉」で斎号が「松」。通常こういうものは,こんなふうに同じ手合い(針葉樹,だけど違う種類,とか)で重なることは少ない----松のほうは師匠と思われる「松音斎」を引いたとも,最初にあったお店の住所からとったものと思われますが,パターンからすると,本名は杉田さんか杉山さん,あるいはそのまま「伊杉(いすぎ)」さんだったかもしれません。


  実物のほうから言うと,古物で,また演奏家の方が持ってるのを結構見る機会の多い楽器----ですので,かなりの数を作った大手と考えていいのじゃないかと思っています。

  もしこのブログを御覧の方で何かご存知のことあらば,または 「そりゃうちの爺様じゃあ!」 という方ございますればどうかご連絡を。連絡先は本拠HP「斗酒庵茶房」トップページにございます。どうぞよろしく。


  さて,それでは修理を開始しましょう。

  前に手がけた24号は,表面板が油(それもおそらく食用油)まみれというタイヘンかつ可哀相な自体でありましたが,こちら30号,蓮頭や胴体のお飾り,ラベルといった音に関係のない部品はかなりなくなっているものの,軸は4本完備,本体の損傷も少なく,見た感じまたまた修理はラクそうです。
  ただ,そう言ってハジメた29号の修理では,最後の最後のほうで自ら蹴躓いてヤヤこしくしてしまいましたから,今度はいささか気をひきしめてまいりましょう!



  まずはフレットと絃停をはがします。
  フレットの痕にはしっかりとしたケガキの目印が残っていました。
  フレットのほうは比較的簡単にはずれたんですが,絃停が意外にしっかりと接着されていて,少し時間がかかりました。
  左端のほうをテープでとめてたりしてたんで,もう浮きかけてるかと思ったんですがなかなか頑丈。


  前回も書きましたが,すごいフレットですよねえ----材質的に。

  はじめこの裏面のエグレも,虫が食ったものかと思いましたが,はずしてちゃんと調べてみますとやっぱり違いましたね。
  牛か馬かは分かりませんが,そういう大型動物の骨を削ったものですね。

  大腿骨あたりかな?



  とくに目立つ虫食いは3箇所。
  表板右肩のは木口のところからかなりハデに食われてますね。左下の穴も最大で2ミリ以上,大きいです。(汗)

  いまハガした絃停痕にも,ヘビ皮に開いてた穴そのままのが,面板にもあいてます。

  さあ,あとはこれが広がっていないことを祈るだけ。


  …ホジクリました。




  幸いなことに,いづれも左右への広がりはほとんどありませんでした。
  絃停の左端,例のテープで止めてあったあたりに縦ヒビがありましたのでこれもついでに埋めておきます。
  虫食い穴はどれも結構な大きさですが,縦方向,長さ的にもさほどのものではないので,即行,パテで埋めてしまうことにします。
  木粉粘土と砥粉を7:3で混ぜ,ヤシャ液で練ったものが,庵主このところお気に入りの修理用パテですね。



  これを楊枝やケガキやアートナイフの先で押し込み押し込み,少し乾かして痩せたらまた押し込みを繰り返し,最後に穴の上にてんこもりにしてやって,一晩以上乾燥させた後,整形します。

  擦った痕が白っぽくなりますからね,最後にヤシャブシで補彩します。この時,ヤシャ液に砥粉と炭粉や木灰を少し混ぜておくと,古色もついてより効果的ですね。


  次の工程に入る前に,地の側板に少し面板のハガレが出てますのでこれを再接着しておきましょう。
  一晩たって面板がつき,胴体がちゃんと箱になっているのを再度確認したら,今回はもう清掃です。


  色は濃いんですが,これはもとの染めが濃いせいでヨゴレではありません。
  ここの楽器は面板のヤシャ染めがかなりキツいんですね,濡らしたら,ここまでまッ黄色になっちゃいます。
  全体に軽くすすけていましたが,特に深刻なヨゴレやシミはなく,ほぼ一度の清掃できれいになりました。

  胴側部や棹の表面も,同じ重曹液で軽く清掃しておきます。
  こちらは乾かしたらすぐに,かるく油をひいておきましょう。古い木材の場合,濡らした後そのままに乾かすと,割れちゃったりすることもありますからね。



  糸巻きもついでに油拭きしておきましょう。
  握りのところ,横に無数の縞が見えます----これ,南京ガンナの加工痕です。
  丸棒からある程度の形,たぶんラッパ状の円錐になるまでロクロで挽いた後,六面を推しガンナで削り落としたわけですね。
  ふつうは仕上げで消しちゃうと思うんですが,さすが量産品。
  和カンナもしくはヤスリやノミなど,他の刃物ではあんまり出来ない痕跡ですね。
  またひとつ,明治の月琴作りの工程が見えてきました。


  この30号は,歴戦の勇者ですね。
  面板を濡らしたら,楽器中央,絃停の上のあたりに無数のバチ痕が浮かびあがってきました。

  手荒に扱われた痕跡はありませんが,糸巻きの先が少し減ってることからしても,かなり使い込まれた楽器であることは間違いないでしょう。またそのバチ痕の位置からして,お上品なお座敷清楽でポンポロンやられていたというよりは,たぶん辻楽士的な演奏で使われていたのだと思います。
  フォーマルな清楽の演奏では,正座して楽器を膝の上に置いて弾きます。この姿勢で演奏した場合,バチが行きかう位置は主に絃停のあたりになります。一方,街角を流して歩く辻楽士は月琴を右ひじで胸におしつけるような形で立ったまま演奏します。この場合バチの位置は正座して弾く時よりもかなり上,絃停の上あたり---つまりこのあたりに多くつくことになるのです。

  さあて,ちょっとワクワクしてきましたぜ。

  弾きこまれた痕跡のある楽器は,かならず音が良い----
  これはいままでやってきた修理の経験から言うことですが。
  「使い込まれた楽器の音」,人と時間が完成させた物にかなうモノはありません。
  そうなった楽器は,本来の質がどんなツマらないものであったとしても,素晴らしい。
  どんな腕の良いマイスターでも,おそらく「新しく」は作り出せない音だと思いますね。


(つづく)


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