« 30号松琴斎2(2) | トップページ | 31号唐木屋3(1) »

30号松琴斎2(3)

G030_03.txt
斗酒庵 松琴斎の本気に出会う の巻2012.10~ 月琴30号 松琴斎2(3)

STEP3 楊柳の葉は万里に川流れ


  さあて,ずいぶんキレイになりましたね,月琴30号。

  今回の場合,本体には音に影響するような深刻な損傷はないので,これでフレットとかたててやれば,すぐにも楽器として使用可能な状態になります。
  そのほかはまあ,蓮頭とか目摂とか…庵主の大好きな「小物たち」をば,ちょいとアレしてやればいい程度なのですが----前回も書いたとおり,この楽器は使い込まれた痕のある,かなりな歴戦の勇者なので,それにふさわしく,今回の装飾はちょいシブめにキめてみましょう。


  まずはフレットと山口。

  オリジナルには骨製と思われる白いフレットが付けられていましたが,これをぜんぶローズウッドで再製作します。黒フレットですね。


  30号のお飾りはぜんぶなくなっていますが,このうち蓮頭だけは,糸倉の頭にニカワが,汚れてはいてもかなり良好な状態で残っていたことから考えて,比較的最近剥離したのじゃないかと推測されます。左右目摂については,接着痕も日焼け痕もかなり薄いことから見て,楽器として使用されていた頃にはすでに剥離,もしくは最初からハズして弾いていたのじゃないかな。それでも面板上にわずかに見えていた痕跡から推すに,オリジナルの意匠は,24号と同じく「鳳凰(正確には鸞)」(右画像)だったと思いますね。
  扇飾りについては痕跡がさらに薄く,まったく分かりませんが,これも目摂と同じく,典型的な万帯唐草だったでしょう。

  推測されるオリジナルのままこれを再現して,製作当初の装飾に戻しても良いのですが,前の所有者からしてお飾りにはあまり関心がなかったようですので,そちらを立てて「お飾りナシ」,硬派な実用月琴スタイルでいくというのもシブそうですねー。

  しかしながら。
  庵主,月琴の修理においては,この「小物作り」こそが唯一個人的に遊べる,というか,楽しみにしている作業の一つなんですね。
  「お飾りナシ」は,かなりサミしいので----いっちょう作らせていただくことといたします。



  目摂はこれ。
  なんだか分かりますか?


 「芭蕉(ばしょう)」なんですね。
 「バナナ」でも構いませんよ。


  扇飾りはこうします。

  「梅」ですね。
  花と実が混在してるのは,絵で良くあるスタイル(現実にはあんまりありえない)ですが,同時にこれによって青梅のころ,初夏を表していると思ってください。


  蓮頭は最後までデザインで悩みました。

  今まで見た松琴斎の月琴で,蓮頭が残っていた例がまだあまりないのではっきりとは言えませんが,ここの,このクラスの楽器には,おそらく簡単な透かし彫りのある「蓮花と波唐草」(右画像)あたりが付いていたものと思われます。

  「芭蕉」「梅」とキて----残る蓮頭は「ヤナギ」,ということに最初から決まっていたんですが,これがなかなか難しい。結局,中級月琴に良くある「宝珠」のデザインをちょっと変えた,シンプルなものでいくことにしました。
  まあこれだとサリクス・バビロニヤ,「枝垂れヤナギ」ですが,コンセプトからゆくと,ふつうのハコヤナギの類か楊柳あたりが正しいのですが,まあ「記号」ということで。


  さて---今回のお飾りは,この三つで一つの有名な漢詩を暗示しています。
  さあそれは,誰の,何という詩でしょうか?


  mixi のほうではもう解いちゃった人もおりますが,ぐぐって構いませんよー。えー,全然構いません。
  漢文レベルやや高し,といったところでしょうか。
  正解者には……何も出ませんが褒めてあげます。(w)


  お遊びも終わり。
  最後に,側部二箇所のスキマと,絃停の横と,裏板にある二箇所のヒビ割れを埋めて。



  さあ,装いも新たに,勇者の船出です。


  2012年12月11日。
  大阪・伊杉堂松琴斎作,自出し清楽月琴30号。
  修理完了!


 1) 開放弦
 2) 音階
 3) 各弦音階
 4) 九連環
 5) 十二紅

  楽器自体はさして高価なものではない中級・普及品で,材質的にも工作的にもさして特筆すべき点はありませんが。

  ----すごく「好い音」です。

  使い込まれた楽器には,やはり使い込まれるだけの理由がありますね。
  それは必ずしも,名匠の作だからとか,材料が高価だからだとか,高度な加工技術によって作られているから,とかいう理由だとは限らないものです。
  清琴斎の「赤城山1号」や「19号与三郎」なんかもそうでしたが,「量産中の佳品」には時として「名人の駄作」をはるかに上回りる絶品があるものです。音量や音ヌケの良さだけなら,もっと上の楽器はいくらでもありますが,ほんとうに清げで,それでいて温かな響き……これこそルシウスさんのお祖父さんも言っている「人が作り,時間が仕上げた」ものですね。
  夜の公園で,凛とした月明かりのした,この音にいつまでも包まれていたい----そんな音がします。

  新しく作った黒フレットは,シブいだけでなく運指にも優しい。
  庵主は象牙なんかより,こうした唐木や竹のフレットのほうが好きですね。

  29号とは逆に,この楽器は弾き手をあまり選ばないでしょう。
  初心者であっても,楽器に自分をゆだねれば,楽器のほうが自然に鳴り方を教えてくれます。
  経験者であるなら楽器の中から,自分の知らない新たな音を発見できるかもしれません。
  ----まあ,あまり「オレが!オレが!」というタイプの,個性の強い演奏者さんには向かないとは思いますが。演奏中,つかずはなれず常に寄り添ってくれる,そんなふうにしっくりとくる楽器に仕上がりました。

  最近珍しいんですよ。
  庵主がここまで手放しで誉めるのは。(w)


(おわり)


« 30号松琴斎2(2) | トップページ | 31号唐木屋3(1) »