工尺譜の読み方(1) 古譜編
![]() 月いちど,深川の「そら庵」さんで何となくやってる月琴のワークショップも3年(…えと,4年目だっけ?)を越え。 龍馬さんの影響も薄れてきたか,このじゅうでは参加者も常連さんが多くなってきたもので,なんとなくこーゆーあたりオロソカにしてたんですが……… そーだよなー,月琴持ってても,楽譜読めなきゃオモシロクないわなー。 と,ゆーわけで,突然ではありますが。 今回は月琴の演奏で使うむかしの楽譜 「工尺譜」 の読み方を説明しましょう。 STEP1 きほんのところ ![]() この「工尺譜(こうせきふ)」 というのは要するに文字譜---音を文字に置き換えたものですね。 クラッシクでいう「バイオリン協奏曲イ短調」なんてのの,「ハニホヘトイロハ」,てのもそうですし。 ギターで使うコードの 「ABCDEFG」 てのもそれです。 もちろん 「ドレミファソラシド」 だって同じようなものです。 二胡とかやってる人は 「数字譜」 てのを使ってますよね? あれだってまあ,音を「数字」という「文字」に置き換えてるわけですから,言っちゃえば同じわけです。 「月琴」てのはもともと,中国の音楽を演奏するために輸入された楽器。 中国の文字つたら,そりゃあなた---「漢字」になりますわな。 使われる漢字は基本9つ。 合 四 上 尺 工 凡 六 五 乙 (1) それぞれ ホォ スィ ジャン チェ コン ファン リウ ウー イー と読みます。 ま,ふだんWSではあんまり音で言わないから,とりあえずは並びだけ覚えておいてね。 これが---- 低いソ 低いラ ド レ ミ ファ ソ ラ シ ---に対応します。(2) これより高い音は字の左に 「イ(ニンベン)」 をつけて表します。(3) つまり 「仩」 は1オクターブ高い「ド」,「仜」 は1オクターブ上の 「ミ」 なんですね。
さて,では実際に楽譜を見てみましょう。 画像は拙所蔵,鏑木渓庵 『清風雅譜』 明治17年版。 うちのワークショップでいちばんよく使われてる,基本的な楽譜。 曲はこれまた,清楽でいちばんポピュラーな曲「九連環(きゅうれんかん)」です。 ![]() ![]() 上の楽譜の漢字をドレミになおしますと,こうなります。 ドミレミラドレミドラ ソソラドドソララドラ ドラドラソラソラドソ ミミレミソラソミレド レド (ドは高いド,ソ・ラは低いソ・ラ) 月琴の音階は,右図参照。 この図にもあるとおり,月琴の「最低音」(太いほうの開放弦)は「上」,つまり 「ド」 なので,それより低い 「合・四(ソ・ラ)」 の音は出せません。 なので,月琴では 「合・六」 はどっちも 「ソ」(細いほうの開放弦),「四・五」 はどっちも 「ラ」 で弾きます。 楽器で出せない音が,ナゼ楽譜に書いてあるのか? それは「工尺譜」という楽譜が 「1枚で "総譜" を兼ねている」 という,世界でも珍しい 「ちょー合理的な楽譜」 だからなんですねー。 ……え,分からない? あー,まあそっかー。 オーケストラが使う楽譜,たとえばジャジャジャジャーンとかの楽譜を見たことがあると一発で分かると思うんですが。西洋の五線譜だと,同じ曲でも,それぞれの楽器の奏でる部分は,それぞれ違った行に分けて書かれてますよね---たとえばいちばん上にピアノのパート,二行目にオーボエ……てぐあいに。 「工尺譜」ではそういう必要がありません。 月琴も琵琶も笛も太鼓もみな,おんなじ楽譜のおんなじページのおんなじ行を見て,それぞれのパートを演奏するのです。 さっき言ったように,月琴は「上」から先しか出ませんが,「阮咸」や「唐琵琶」や「明笛」(4)といった,清楽で使われるほかの楽器は,月琴の出せない低い音 「合・四」 が出せるんですね。 つまり月琴は「合」と書いてあろうが「六」と書いてあろうが,同じ「ソ」で弾きますが,阮咸や琵琶や明笛の人は 「合」とあれば低い「ソ」 を,「六」と書いてあれば月琴と同じ高さの「ソ」を出します。 そうして合奏することで,そこに間7度,オクターブ・ユニゾンのアンサンブルが生じるんですなあ。(5) この本が最初の持ち主に買われた時点で,ここに書いてあったのは音階とフレーズの区切り場所だけです。 拍子はどのくらい,とか,どの音をどれだけ伸ばせばいいの,とか,メロディを奏でるうえで必要な残りのことは,はじめはなーんにも書いてありません。 でもよく見ると,符字の横とか下に「朱」で,なんかいろいろ書き込んでありますよね? これはむかし,この本を買った人が,清楽のお師匠さまのとこにお稽古に通って教えてもらいながら付けたものです。 実はむかしの工尺譜とゆーものは,この 「朱」 が入ってないと,どんなに珍しい曲の譜面だったとしても,それがどんな曲なのかまったく再現できませんし分からないのです。 んでは次に,その「朱書き」を説明してゆきましょう。
STEP2 朱書きのココロ ![]() まずは---符字の右と左に点が打ってありますよね。 わたしはこれを「拍点」と呼んでいます。 右の点から,左の点までが,4/4のときの「1小節」の範囲だと思ってください。 もともとは「雨垂れ拍子」といって,お稽古の時にお師匠さんが,両膝を交互に叩きながらリズムをとる,あれから来たものなんですね----つまり右膝を叩いたときに右の点,左で左の点を書き込んだ,とでも思ってみてください。 つぎに,符字と符字の間に棒線が引っ張ってあるとこもあります。 これはまンま「棒線」って呼んでます。(正式名称,どちらも不明というか不定...orz) むかしの工尺譜では,この「拍点」と「棒線」を手がかりに,それぞれの符の音の長さを推測し,メロディを読み解いてゆくのです。 ![]() 点二つで4/4の1小節ということは,点1コは2分音符の長さの範囲ということになります。 では,分かりやすいように,符割りのキマリを実際の画像とともに箇条書きにしてみましょうか。 ![]() ![]() 棒線で結ばれてる字は基本「均等に短く」弾く,ことになっています。 てことは---
もちろん4コつながってれば「8分音符」の長さになるわけですねー。 ここまでは音の長さが均等な関係の場合。 これだけでも知ってれば,ほとんどの譜はなんとか読み解けます。 ここからがちょとメンドウかもしれませんね---つぎに,音の長さが違う場合。
この逆なら「8分+8分+4分」になるわけですね。 あとひとつ---このあたりはまあ,実際に出てくればカンでも分かるとは思うんですが,いちおう覚えといてください。
----とまあ,こんなあたりが当時いちばん一般的だった表記法なのですが。 この「朱入れ」の方法,「流派によって」どころか,それぞれのお師匠さんレベルで違っており,同じ流派の中ですらほとんど統一性がありません。(汗) たとえば庵主の持ってるこの明治17年版では「4分+4分」も「4分半+8分」も同じように棒線で結ばれてます。「4分+4分」のときは棒線だけで何もありませんが,「4分半+8分」棒線の上に「ヘ」みたいな記号が書き込まれています。つまり上の画像では1行目の4小節目を「4分×4」と解説してますが,実際には「4分半+8分」と「4分+4分」なわけで…まあ,どっちで弾いても,実はそんなに違いはありませんが(笑) また,この楽譜でも3行目に3文字が棒線で結ばれてますよね。この場合は上の文字に点1つ,下が2字で点1つですからまだ分かるんですが,同じように3文字が棒線で結ばれてて,そのうえ点は1つ,「4分+8分+8分」だか「8分+8分+4分」だか分からないような箇所もありました(泣)。 まあ,そういうあたりまでは気にしなくていーです。 とりあえずは,上の1~6までをオボえとけばあとは応用---ってとこかな? 次回は明治になってから普及した,「近世譜」というものについて解説いたしましょう。 (つづく)
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