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工尺譜の読み方(6)

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工尺譜を読んでみよう の巻工尺譜を読んでみよう! その6


STEP3 マボロシのひきょくをもとめて(4)

  こんな研究してますが。

  じつは庵主は,音楽的には民謡とか伝統音楽とか民族音楽といったたぐいが大キライなほうなので,ふだんまずまず,こうした類の楽曲を「音楽として鑑賞する」といった行為はいたしませんし,演奏の上手下手は分かっても,そのどこがいいのか悪いのかについてはまったく感性として理解ができません。しかしながら,そんなクソ…(いや失礼),他愛もない清楽曲のなかにも,いちおうは好みだったり好みじゃなかったりというような曲の区別は,漠然とながら存在しております。

  にぎやかなほうがいいなあ。
  どちらかというと。


  本日の一曲は『音楽雑誌』44号より,「花八板」。
  [*クリックで拡大]

  譜を起こしてくれたのは,大阪の大井清風さん。
  いつもの渡辺さんのとはちょと違いますが,シンプルな形式の近世譜で組まれています。小節の区切りは「、」で2/4拍子。無印が4分,単傍線が8分,二重傍線が16分。「-」が1拍のばし,「・」が半拍のばし。||: から:|| までが繰り返しとなっています。

  題の下にちいさく(  )して「清楽」って書いてありますね~。

  末尾に「右曲は清国江蘇省蘇州府人揚静文氏より直伝。」とありますから,これはまあ,伝統的な,というよりは,ほんとの意味での「清国の音楽」の「清楽」なわけです。

  庵主好みの「にぎやかな」一曲です。

  連山派や渓庵派の「清楽」曲の多くも,中国人から教えてもらった曲であるところは同じなのですが,インテリぶりたい連中が,古雅だ風雅だ風流だと,よってたかってこねくりまわしているうちに,やたらと間のびした音楽になってしまったキライがあります。(だからキライ!w)

  「清楽」曲は,もともと船乗りたちの伝えたチャイニーズ・ポップス。
  「茉莉花」にしても「九連環」にしても,もっとアップテンポで,にぎやかな曲だったはずなのです。
  「十二紅」や「月花集(紅綉鞋)」なんかは,清朝において発禁になったりするぐらい,エッチな内容の歌曲だったりもします。楽譜だけでなく,歌詞も漢字・カンブンで書いてあるからイマイチ分かりにくいんですが,実際,清楽の本には「歌詞淫猥につき之れを略す」なんて書いてあったりもしますからね。

  いま伝わってる古い曲も,よくイベントでやってるみたいに,わざわざ着物やら中国服着込んで,なんにゃらおごそかに演奏するよりは,街角や茶館の片隅で,もっともっとお気楽に,にぎやかに,明るく弾いてぜんぜん構わないと,庵主は思ってますよ。

  そしたら,もう少しはスキになれると,思うんだけどなぁ…(^_^;)

  さて,ちょいと脱線しましたか。

  「八板」という曲は沖野竹亭の『清楽曲譜』(OKINO_A013)や柚木友月の『明清楽譜』(YNK069)にも収録されています。

E-E-|四C D E|C上C上|合四合四|
C上C上|四-C-|CD E-|D--○|
E-E-|四C D E|C上C上|合四合四|
C上C上|四-尺-|上-四-|合--○|
(再現MIDI)

  小節を数えてみてください。
  「E-E-|」からはじまって,全符の長音までちょうど8小節。
  リズム楽器の「板」が8回鳴らされる間,これを1フレーズとして,少しづつ変化させながら続けてゆく楽曲の形式,これが「八板」なわけですね。日本のお神楽や祭囃子なんかにも,同じような形式の曲がありますよね。
  上の譜例と比べると,「花八板」はちょっと応用篇で複雑ですが,同様のフレーズが繰り返されることによって生じるグルーヴ感みたいなのがあるとこはいっしょです。
  さて,近世譜ですが。
  今回は2/4しかも16分音符もバンバンあるんで,HTMLでは表現しにくく,画像になちゃいました。

  [*クリックで拡大]

* 『音楽雑誌』44号「花八板」:再現MIDI。

  さっきちょっと触れた日本の清楽の「間のび感」ですが。
  この「花八板」と,上の沖野竹亭の曲,MIDIで聞き比べてみると,けっこう分かりやすいかもですよ。

  と,いったところで,本日はここまで!

(つづく)


工尺譜の読み方(5)

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工尺譜を読んでみよう の巻工尺譜を読んでみよう! その5

STEP3 マボロシのひきょくをもとめて(3)

  さて,今回の1曲は「平板調」の表裏合奏譜。
  「平板調」は清楽曲のなかではメジャーな曲。
  ほとんどの楽譜集に入ってますので,これに裏曲があるのは知ってたんですが「茉莉花」とか「厦門流水」の裏と違って,その音長の分かる例がまったく見つからず,ずーっと,合わせようにも合わせられないでおりました。

  [*クリックで拡大]

  譜は『音楽雑誌』55号より。今回の救いの主はまたまた登場,庵主と同じ北海道人の清楽家・渡辺岱山さん。
  ありがたやありがたや。
  「平板調」の裏曲「寒松吟」,初復元です。

  最初の1小節が符字2つ,2拍ではじまっていますので,これは4/4で裏拍子から入る曲だということ。
  短い8分音符で弾くところと,小節をまたいで発音する長音のスラーが同じ記号で表されちゃってるところなんかは,まだちょっと過渡期っぽい感じがしますね。

  では数字譜に変換可能な近世譜に直しましょう。
  は「平板調(ぴんぱんでゃお)」,が「寒松吟(はんそんぎん)」です。

■■合-|合-合四|C-合四|C--○|
H ■■合凡|合四 CD|E E D-|EG ED |
P 尺-六-|工-工-|尺-工六|尺工上-|
H C D C|DD 合尺|尺上工合|四-合四|
四--○|上-四合|C四 合工|尺上四C|
合四C四|合- CD| C 合-|D G E E|
合--○|尺工尺-|尺工合-|四C合四|
E D E-|D E C-|C D 合-|C-四合|
C--○|上-尺-|工-六-|工六工尺|
四上尺-|C C D-|E E D E|G E G E|
上--○|上-上四|合--○|C- 合四|
DC 合四|C-合四|C四 合四|上上尺工上|
C--○|上四上-|上尺工六|尺上四C|
四尺上-|CC 合四|C- E G|E D E E|
合--○|四C 四合|工-合-|四C C四|
G- A A|G A E G|D E G-|○上 AG|
合--○|工-上-|尺--○|尺-工上|
上 AG-|E E G-|E G D C|D- GE|
四上上-|工尺尺-|--■■
D E C C|DEC D-|--■■

[*リンクをクリックでMIDIが流れます*]

* 「平板調」:単独再現。
* 「寒松吟」:単独再現。
* 「平板調/寒松吟」:合奏。

  赤文字になってる「」は,原譜でニンベンのついた「四」になっている箇所。
  工尺譜で通常「五」の1オクターブ上の音は「伍」で表されることが多いのですが,この譜にはニンベンの「五」ニンベンの「四」が混在しております。
  ほンの気まぐれだとか,活字が足らなかったんだろう,というような世見知り顔のスルーも出来ますが,こういう場合,いちおう意味を考えなきゃなりませんね。
  ちなみに,唐琵琶の譜の場合,ニンベンの「合」低音第1弦の開放弦の音を表すみたいです。このように工尺譜では,特定の符字を各個の楽器の演奏上の記号としても活用することがありますが,この譜では特にどういう楽器を使うというような指示もありませんので…さて困った。

  月琴は「五」の下の「四」は出せませんので,譜に「四」とあろうが「五」とあろうが実際には「五」の音で弾くしかない。そういうとこから考えても,この記号は月琴に対する指示とは考えにくいですね。一方,明笛は呂音(ふつうの息づかいで出る音)で「四」,甲音(強く吹く)で「五」を出すことができますが,「五」よりさらに1オクターブ上の音となりますと……かなり難しいですね。それに文字の順番からいくと,単純に「五」の上の音を指示するなら「伍」のが分かりやすいとも思います。
  そこをあえて「四」にニンベンを付けてるわけですから----

  こうしましょう。(^_^;)
  月琴は「五」の1オクターブ上,高音弦7フレット目を押さえ「伍」の音を出します。
  明笛は甲音の「五」ではなく呂音,すなわち低音の「四」で吹きましょう。

  「上=4C」としたとき,「四」は3A,「五」は4A,「伍」は5Aになります。
  つまりはこれによって,いつもは楽器間1オクターブのユニゾンが,2オクターブ間の演奏になるわけですね。
  もともと「寒松吟」2小節目の「C」から6小節目の「DD」までの高音部分は,呂音の「四」と「合」にはさまれていますから,笛はここをすべて呂音で吹くほうが,ラクで音もキレイに出ます。次の「A」のところも,状況はほぼ同じですね。すなわち「合-CD|AC合-|DGEE|」を,月琴は「六-CD|AC六-|DGEE|」,明笛は「合-上尺|四上合-|尺六工工|」で吹く,というわけです。
  うむ…これはもう実演奏上の経験からくる推測読みで,例によってそんなことを書いてある文献資料はありませんが,これだと「四」にニンベンが付く理由がある程度通りますね。

  失われた音と演奏を求める手探りの旅は,まだまだ続きます。
(つづく)


工尺譜の読み方(4)

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工尺譜を読んでみよう の巻工尺譜を読んでみよう! その4

STEP3 マボロシのひきょくをもとめて(2)

  このあいだまで庵主,早稲田のアーカイブで見つけた『西秦楽意』(穎川連・撰/宇田川榕庵・写)という本の曲を,なんとか復元しようと,うんうん唸りながら作業をしておりました。この楽譜集,もしも撰者の名前が本当なら,関東の最大流派だった渓派の祖,鏑木渓庵さんの直接のお師匠さんのやっていた音楽を記録したものとなりますから,同じ関東で「月琴ネオお江戸派」を称する庵主のSOS団にとっても,そのあたり歴史的意義がずいぶんとあるわけなんですが。
  まあまあコレがなかなかに,手ゴワい。(汗)
  現在残っている本に収録された53曲の譜のうち,なんとか読み解けたのは30曲とちょっと,ほかのメロディはいまだ歴史の闇のなか。なかなか解けないそのなかに,「昭君怨」という曲がありました。

  昭君といえば「王昭君」,匈奴の王に送られちゃった悲劇の美女のお話しですね。
  面白そうな曲なのでなんとかしたかったのですが,なにせご覧のとおり書き込みは区切り点だけで,メロディの再現の役に立ちそうな情報がまったくありません。ほかに音長の分かる譜例もなかったので,なかば諦めていたのですが,別件で明治の雑誌をめくっているうち,ふと見つけたのがこの曲譜----「四愛景」


  『音楽雑誌』21号より。譜を起こしてくれたのは渓派の重鎮,鏑木渓庵の一番弟子・渓蓮斎富田寛。
  うむ,ここまでの経緯,けっこう因縁ですね。
  念のため両方の歌詞や符字の並びを比較してみたんですが,これもまた見事にほぼ一致しました。
  渓蓮斎の譜の形式は,うちにある『清風雅譜』の明治17年版(初回で紹介した本)の書き込みとほぼ同じ形式。左右に雨垂れ拍子,連続する短い音は「-」でつなぎ,休符は「○」,くりかえしは[ ]。
  近世譜を見慣れているとクラッシックな譜点法ではありますが,これでもじゅうぶん音長は分かります。
  ではいつものように,斗酒庵式近世譜に変換しましょう----

六-工六|五--○|五六五C|六--○|
C-五六|工六工尺|上--○|四--上|
尺--○|工-工六|尺上四C|合--○|
尺-尺-|工六工尺|上-上-|C-E-|
DC四C|合--四|合-四C|合--○|
合-合四|C-四-|合--○|工-工尺|
工六工尺|工-四-|上---|工-合-|
四-四C|合--○|工-工六|尺--上|
四-C-|合---| (再現MIDI)

  「上=4C」,「六」以上の高音はCDEF....という大文字アルファベットに代えてあります。
  二胡などお弾きになる方は,これをコピペして工尺譜の "合四乙上尺工凡五六" をメモ帳などで数字の "567123456" に変換してみてください----こんなふうに。


  ふだんお使いの数字譜とほとんど同でげしょ?
  あとは月琴なら5・6の低音は無視,笛は低音の5・6に,6以上の高音(もとの譜だとCDE...)が隣り合わせてる場合,上の点を無視して1オクターブ下げで吹けばいいだけ。この譜の場合だと,どうしても6以上の高音で吹かなきゃならないような部分はないので,笛のパートでは上の点ガン無視でイイと思いますね。

  このように近世譜までに組んでしまってあれば,工尺譜なんて難しいものでもコワいものでもないんですよ。(w)

  さて,渓蓮斎の譜をもとに読み解いた『西秦楽意』の「昭君怨」はこんな感じです。

[六-工六|五--○|五六五C|六--○|
C-五六|工六工尺|上--○|四--上|
尺--○|工-工六|尺上四C|合--○|
尺-尺-|工六工尺|上-上○|C-E-|
DC四C|合--四|合-四C|合--○|]
合-合四|C-四-|合--○|工-工尺|
工六工尺|工-四-|上---|工-合-|
四-四C|合--○|工---|工---|
----|六---|----|尺---|
上---|----|----|四---|
----|合---|----|----|
----| (再現MIDI)

  5行目までの繰り返しがある(らしい)のと,最後のほうがやたらと伸びる(らしい)ほかはほとんど同じですね。
  まだ類証が足りないので,自信はさしてありませんが,だいたいどんな感じの曲調か分かっただけでもかなりのみっけもんです。
(つづく)


工尺譜の読み方(3)

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工尺譜を読んでみよう の巻工尺譜を読んでみよう! その3

STEP3 マボロシのひきょくをもとめて

  [*クリックで拡大*]


  日本の古典に「うつぼ物語」というものがあります。
  とある記事で「琴の秘曲にまつわる物語だ」という解説を見たもので,いっちょう読んでみようと思ったんですが。


  なんか,女の子があッちくっついたりこッちくっついたりするだけのおハナシで…(w)。

  まあ,アマゾンの大ウツボはともかく。

  清楽は絶えてしまった音楽分野なのですが,その流行の時期が,明治の近世的なメディアの発達過程と重なっていたこともあって,文献資料というものが,楽譜をふくめて,けっこうな量残っております。
  前にも書きましたが,清楽の古い形式の楽譜は,曲を習って,拍点やら棒線やらを自分で書き込んで,自分で完成させるものだったので,もしお師匠さんがその曲を教えていなかったら,もしくはそのお弟子さんが途中でやめちゃったような場合には,その本に,どんなに珍しい,レアな曲が入っていたとしても,それがどんな曲なのか,知る術がありません。
  庵主のMIDI庫「明清楽復元曲一覧」をご覧いただけると,分かると思うんですが,これだけいろんな資料を渉猟してもなお,譜があっても再現MIDIの作れなかった青文字の曲が,まだまだけっこうな数あります。

  今は絶えてしまったとはいえ,一時的にせよ大流行した音楽分野ですので,清楽の資料や楽譜はその一分野にとどまらず,当時のさまざまな書物や雑誌の記事のなかに散見されます。
  今回から数回「工尺譜読み解きの実践例」として,最近みつけたそういうレアな曲例を,その復元作業とともに紹介していこうかと思います。


  『音楽雑誌』41号(明治27年)より。

  「茉莉花」とその「ウラ」とも呼ばれる伴奏曲「秋籬香」の弾き合わせ例です。
  一部の音楽解説書にはいまでも,「清楽の合奏はユニゾンでしかない」というようなことが,ほぼ定説的に書かれているのですが,これは近年まで残っていたような,劣化した技術や情報をもとにした演奏の実態を参考にしたところからきたものらしく,このシリーズの最初のほうでも書いたように,実際には「合・四/六・五」のオクターブ・ユニゾンもあり,月琴と他楽器の間で異なる譜を用いるほか,こうした独立の伴奏曲を合わせることによる複雑なアンサンブルも行われていました。
  伴奏曲によるアンサンブルについては,沖野勝芳の『清楽曲譜』(明治26年)など一部の曲譜にも「○○は××の伴奏」もしくは曲題に「○○裏」というかたちで示唆されてはいるものの,実際にそういう二種類の譜を使って合奏されることや,合奏されるにあたっての問題のようなものを,きちんと考え,記事にしたものはほとんどありませんでした。

  さてこの譜は,当時,北海道は函館在住の清楽家・渡辺喜代吉(岱山)さんによるもの。記事は「清楽拍子譜点に就て」と題され,こんな文章ではじまっています。

  各派清楽者の従来用ひ来りたる拍子記号は,種々錯雑なる譜点を用ゆるが故に,苟も其師に就かされば会得し能ハさるのみならず,初学者に表裏合奏の曲等をして自在に独習せしめ,自由に弾奏し得せしむる事実に難し。之に反して四竃仙華師並に梅園派に於て用ゆる拍子記譜法譜点こそは,少しく其楽理を理解し得る者には一見の下,容易に弾奏し得て又極めて便利を成し得へし。今茲に梅園派に於「茉莉花」表裏合調対照の点法を示さんに---
  (*句読点と括弧は庵主)

  「茉莉花」と「秋籬香」の譜を並列させ,本曲のどこのどの音が発音された時,伴奏のほうは何を弾くのかが分かるように工夫されています。小節切りこそされてませんが,付点によって音長を表す近世譜の形式で組まれてますね。
  「四竃仙華」は音楽雑誌の主筆・四竃訥治(1854-1928)さん,前回の記事でもちょと紹介しましたが,音楽改良の一環として清楽に数字譜や近世譜の形式をとりこもうとしていた音楽家の一人。梅園派は平井連山の妹,長原梅園をリーダーとする大阪派の分派ですが,息子の長原春田が明治政府の音楽関係部署「音楽取調掛」に勤めていたこともあって,渓庵派などの他の流派に比べると進歩的な試みを多く許していたようです。この記事の筆者である渡辺岱山も,近世譜の楽譜集を出した沖野勝芳(竹亭)さんも,みんなこの長原春田の弟子だったみたいです。

  しかーし,この原譜。
  よく見ると,「茉莉花」と「秋風香」の行が入れ違ってますねえ。
  「菜」(「茉」の間違い)とあるほうが「秋風香」,「秋」とあるほうが「茉莉花」の譜ですわ。
  …ほんと大丈夫かなあ(^_^;)。

  「総て雨滴拍子」とありますね。これは前にも説明した「雨垂れ拍子」のことです。
  お師匠さんが扇子で見台を打ったり,右・左,と膝を打ちながら取る拍子。一つの点を1拍と考えると,4つで4/4の1小節,ってわけですね。
  ではこれを小節切りにして,いつもの斗酒庵式近世譜に直してみちゃいましょう。
  言うまでもありませんが「M」が「茉莉花」,「S」が「秋籬香」。
  「上=4C」で,「六」以上の高音は「CDEF…」と大文字のアルファベット表記になります。

工-工六|五-C五|六--五|六--○|
E- D-|CD C四|合-四 C|合---|
工-工六|五-C五|六--五|六--○|
C D E-|D C CD|C四 合-|尺-工六|
工-合工|合五-C|五六--|-○工-|
五工六工|六工上尺|工上四合|--C D|
尺-工六|工尺上-|-尺上-|-○工-|
E- D E|G- E D|C- 合四|C- C-|
上-尺-|尺工六-|五-六五|六工尺工|
四合工尺|上- C-|合-合 C|合D 合-|
六-尺工|工尺上-|上--○|四 C D-|
G E G-|E D C-|合四 C-|四C 四合|
--D E |C 四合-|-四合-|-○工-|
E D C D|C 四合-|四C 合-|-- C-|
上-尺-|尺工六-|五-六五|六工尺工|
四合工尺|上- C-|合-合 C|合D 合-|
六-尺六|工尺上-|上--○|四C D-|
G E G-|E D C-|合四 C-|四C 四合|
--D E|C四 合-|-四合-|-○■■
E D C D|C 四合-|四C 合-|-○■■


  伴奏の「秋籬香」のほうが「手」が多い---「茉莉花」の長音の合間を埋める形になってます。
  沖野勝芳の『清楽曲譜』で「茉莉花の伴奏」とされている「秋風香」などと比べると,ここにある「秋籬香」はそれだけでは独立した曲になっていない,本当に「伴奏」に名前をつけただけみたいな音楽的な素朴さ…と言いますか,何か「イモっぽさ」感がありますね。とはいえそのぶん,いかにも当時の実演奏から起こした譜だ,みたいなリアルさもあります。
  その意味では,貴重な資料だと思いますね。

  *『音楽雑誌』41号所載「茉莉花」:単独再現MIDIは こちら
  *『音楽雑誌』41号所載「秋籬香」:単独再現MIDIは こちら
  *『音楽雑誌』41号所載「茉莉花/秋籬香」合奏:再現したMIDIは こちら
  *参照:沖野勝芳『清楽曲譜』「茉莉花/秋風香」合奏:再現したMIDIは こちら


  ちなみに「茉莉花」はジャスミン,初夏の花ですね。
  対して「秋籬香」はたぶん菊をイメージした曲題です(「秋の籬」と聞いて「採菊東籬下」(陶淵明「飲酒詩」)が思い浮かばないようでは江戸時代の文人さんとしてはやっていけません)。

  初夏の「茉莉花」の裏がナニユエに秋の曲なのか?
  当時の清楽家たちに尋ねても,「とくに意味はない」ていどの回答しか返ってこないかもしれませんが。
  それでも聞いてみたいと思う,今日このごろであります。
(つづく)


工尺譜の読み方(2) 近世譜編

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工尺譜を読んでみよう の巻工尺譜を読んでみよう! その2

STEP3 きんせいふ

  庵主がこの研究をはじめたころには 「古い工尺譜をどうやって読み解けばイイカ?」 なんてことの書いてあるものは,Web上はもとより文献資料上でもほとんど見つかりませんでした。(じつは今でもほとんどないけど)
  ではどうやって読めるようになったかというと----そう「古い工尺譜」と「五線譜」の間をつなぐ 「ロゼッタ・ストーン」,そんな楽譜があったからなのですね。

  明治も十年すぎますと,お江戸の気風も薄れかけ,それまでは各流のお師匠さんが独占していたような奥伝・秘密のタガなぞも,自由の風にあてられて,次第にユルんでまいります。また月琴というものそれ自体が,お江戸・幕末のころは主としてインテリの高級風雅な風流物だったのが,このころになりますと一般庶民の熊やら八兵衛,トメやらおキクさんといった婦女子の,ちょいと新奇で小粋な流行楽器となってきました。
  はじめのころは貴重な輸入品であった楽器も,このころには国内に作り手も増え,文明開化の波に乗って販路も広がり,演奏人口の裾野が雪崩のように広まってゆくなかで叫ばれるようになったのが---「工尺譜の改良」です。

  前回もちょいと触れたように,古いタイプの工尺譜というものは,基本,音階をあらわす符字と,まあ良くってフレーズの切れ目である区切り点が打ってあるていどのもの。お師匠さんに就いて習いながら,そこに拍点や棒線を自分で書き込んで,楽譜として完成させるわけですが,この指示の形式が各流派どころかお師匠さんレベルで見事なほどにバラバラ。
  言っちゃえば,みんな自己流・自分勝手にやっていたようです。
  東京派(渓派)に関しましては,基本である拍点と棒線の形式はだいたい同じだったようですし,この『増補改定 清風雅譜』(明治17年)のように,拍点と棒線まで,はじめから印刷してあるような楽譜も出るようになりました。


  こちらは『清楽指南』(花井信 M.27)という本。前回庵主が説明したように,工尺譜の拍点を「雨垂れ拍子」,つまり左右の膝をかわるがわる叩きながら拍子をとるものとして解説しています。ただその解説が若干ナガシマさん流(「ここをアーッてしてグッとすればバッっとなる」という類)なのでちょいと分かりにくいですね。


  これなんかもそうですね。『月琴雑曲ひとりずさみ』(井上輔太郎 M.24 画像,国図近デジより)。


  歌詞も中国の歌を原語で歌ったり漢詩を唸ったりするものだったのが,メロディだけいただいて,こういう「かへうた」になったり,日本の端唄や民謡なんかも歌われるようになってきました。まあ,意味の分からないコトバの歌をカタカナで何となく唱えるのよりは,知ってる歌をやったほうが楽しいですものね。

  いまでも工尺譜を見せると,とンでもない暗号文書か,みたいなお顔をなさる諸氏が多いのですが(笑),明治の頃だって,こんなお経みたいな漢字の羅列をイキナリ見せられたら,たじろがない人はそういなかったと思います。
  こうして拍点や連続音の棒線がつくことで,いちいちお師匠さんにお伺いをたてながら譜面に朱を入れるような必要はなくなったものの,分かりにくさはあんまり変ってません。
  どの音をどのくらいの長さひっぱればいいのかとか,どこでどんなふうに休符を入れればいいのか,とか。ういう大事なところは基本の部分をすでにシッカリ知っているか,やっぱり誰かに教わりでもしないとピンときません。
  じっさい,当時の音楽雑誌にもときどき 「清楽の譜面が分からん,読めん!誰か解説キボンヌ!」 みたいな読者投稿があったりしてますね。で----需要があれば供給が生まれる----そこで出現してきたのが,さまざまに工夫をこらした「改良工尺譜」です。

  庵主はこの時代の,こうした新出の方法で記された譜面をひとからげに,「近世譜(きんせいふ)と呼んでいます。

  一口に「近世譜」と言いましても,その方式は実にさまざまで。
  従前に述べた古譜の朱入れ法と同じぐらい,いろんな形式があります。
  ただ,そのなかでもっとも普及したのがこの形式ですね。

  まずは『清楽曲譜』(沖野勝芳(竹亭) M.26 国図近デジより)の画像をどうぞ。



  線で区切られてる間が4/4拍子のときの1小節。無印の符字が4分音符,休符が「○」,長く伸ばすときは拍数ぶん「・(半拍)」や「-(1拍)」を足し,逆に短いほうは傍線をつけて表します。
  単純な形式ですが,それぞれの符の長さは明解,縦書きにしても横書きにしても分かりやすさが変りません。


  庵主が「明清楽復元曲一覧」で公開している各楽譜のE-TEXTでも,彼の形式をほとんどそのまま使っています。

  もっとも,この形式はもとから「工尺譜ために」開発されたとかいうものではありません。


  (画像 四竃訥治『清楽独習之友』 M.24。工尺譜の近世譜と数字譜を対照させている。)

  明治以降入ってきた「洋楽」の楽譜はとうぜん「五線譜」だったわけですが,日本人はどうもこの「五線譜」というものに,当初,今ひとつ馴染めなかったようで,それにかわって「数字譜」というものが大いに普及いたします。いまはあまり見かけませんが,オタマジャクシの羅列を1,2,3..7という数字に置き換えたこの単純な記譜法は,見た目の分かりやすさから広く支持されるようになりました。


  (画像『音楽雑誌』40号 柴田緑花「清楽指南巡り」。「仙華 四竃君」は四竃訥治,清楽の楽譜に数字譜や近世譜を積極的に取り入れたら「他の保守的清楽家に敵視せらるる」ことになったとやら。)

  沖野竹亭や四竃訥治らの近世譜はすなわち,すでにあった「数字譜」の形式を工尺譜に転用したものにすぎませんが,見た目の分かりやすさと近代的な合理性がほどよくマッチした,最良の記譜法だったかもしれません。


  「近世譜」のなかで,この小節切りと「―」や「・」による音長表記とともによく見られるのが,次の『明清楽譜』(柚木友月 M.31)などの形式です。

  この本の場合は符字横の点が1つなら1拍,2つなら2拍,4/4のとき4拍で全符。
  ただし短いほうはあまり工夫されてないんで,点1つで2文字以上の時など,どういう配分にすれば良いのかは,ほかに例がなければちょと分かりません(汗)。

  工尺符字の横に点や○などを打って音の長さをあらわすこの形式は,これまた単純で理解はしやすいし,字面は今までの工尺譜ほとんどそのままという利点(?)はあるものの,見た目の分かりやすさという点では前述の方式には敵いませんねえ。

  明治時代のミュージックマガジン,『音楽雑誌』における沖野竹亭らの仲間だった瑞穂主人こと百足登は,『明清楽之栞』(M.27 下画像)のなかで,この二つの形式をまぜこぜに使ってますが,これはちょっとやりすぎ----かえって分かりにくくなってしまってますね。(w)


  こんなのもあります----明治27年の『清楽独稽古』(吉澤富太郎)。


  符字の下に付した「レ」の数や位置で音長をあらわそう…というんですが。返しバチの指示であるカタカナの「レ」(符字の右下に付く)もそのまんまなので紛らわしくてしょうがない。『清楽速成自在』(静琴楽士 M.30)はさらに複雑。もーこーなるとワザと分かりにくくしてるとしか思えません!


  これならまだふつうの朱入り工尺譜の形式のほうがずいぶん単純でマシかと。

  まあけっきょく「清楽」という音楽分野,それ自体が一気に衰退してしまったため,彼らのこうした努力も,ほとんど後世に継がれることはなかったわけですが。百年以上経ったいま現在,庵主のようなマイナー研究者に,一条の光明を与えてくれたりしてることになろうとは---彼らも考えはしてなかったでしょうねえ。

(つづく)


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