工尺譜の読み方(7)
工尺譜を読んでみよう! その7 STEP3 マボロシのひきょくをもとめて(5) さてさて,「清楽」の曲というものが,ぜんぶでどのくらいあるのか。 庵主もしかとは数えたことがありません。 だいたいが,実のところ,どこまでを「清楽曲」と言っていいのかも定かではありません。 中国の曲なんだ,ということになるなら,今現在歌われてるチャイニーズ・ポップスだって「清楽曲」ですわな。 清国の音楽なんだということになるなら,かつて大陸で歌われたおびただしい数の俗曲・小調なんかはぜんぶ「清楽曲」。日本人に伝えられた清国の音楽,とまで限定しても,たとえば前回の「花八板」みたいに,たまたま出遭った中国人から,たった一人の日本人が教わったようなものでも,「清楽曲」と言えるのか。 そうじゃないなら,いったい,何人にまでに伝わっていれば「清楽曲」になるのか。 昔の人も偉い先生たちも,意外と教えてくれません。(^_^;) さらに言うなら,「渓庵流水」は鏑木渓庵,「峨峨流水」は長原梅園。 すなわちこれみなニポン人の作った曲あるですよ----コレ「清楽」カ? ホカモチュゴクニナクッテ,来歴アヤし曲,いパい,いパいあるネ! ……あ,失礼しました。ワタシの中のニセ中国人がアバれ出しまして。(^_^;) ざっくりくくると,江戸幕末のころから明治日清戦争の前までに伝わり,もしくは中国の曲に擬して創作されたもので,複数の「清楽」の歌譜集に載ってるのが「確実に清楽曲」ということになりましょうか。そのほかそこに加えるなら,江戸~明治の文献に「清楽曲」と書かれて紹介されているもの,それぜんぶ,って感じですかね。 「清楽」というのは,実はこのように,アヤしげな「音楽分野」(笑)なのです。 たとえば清楽最大流派のひとつ,渓派の基礎的な楽曲集である鏑木渓庵の『清風雅譜』は,音合わせの練習曲にもなっている簡単な曲「韻頭」から,最後の長い長い「四不像」まで,31曲。ここにあるあたりがだいたい,幕末~明治ごろの清楽曲としてはメジャーな類の一通りだったかと思われますね。 一方,関西圏を中心に大きな勢力を持っていた連山派・梅園派の基本楽曲集『声光詞譜』は三分冊。「韻頭(員頭)」から始まってるとこは同じですが,曲はぜんぶで68曲。「紗窓」など渓派の楽譜集に入ってない別系統の曲のほか,明楽に起源すると思われる曲も複数含まれています。連山派のほうがなべて曲数は多く,おなじ系に属する沖野竹亭の『清楽曲譜』は80曲(同編の『洋峨楽譜』所載のものを含めると90曲ほど)。柚木友月の『明清楽譜』では113曲と,とうとう100を越えています。渓派のほうでこれに匹敵できそうなのは,『半七捕物帳』の岡本綺堂のお父さん,岡本半渓の編んだ『清楽の栞』が正続合わせて,78曲(そのほかに端唄俗曲)くらいでしょうか。 上にあげたうち『清風雅譜』『声光詞譜』『清楽曲譜』『明清楽譜』はすでにDBが完成して曲も入っておりますから,興味のある方はいちどご覧あれ,ご試聴あれかし。 「明清楽復元曲一覧」 http://charlie-zhang.music.coocan.jp/MIDI/MINSIN.html 重複してる曲もかなりに多いものの,このページにあるだけで何百って数の「清楽曲」を復元してきた庵主ですが,それでもまだまだ資料がなくって復元できないでいる曲が,世界五大山を重ねたくらいあるとですよ。 本日の一曲は,いままでそんな秘密のベールに包まれていた曲です。なんせタイトルからして,そう言ってるもんね---- その名も「清楽秘曲・孟浩然」。 [*クリックで拡大*]
音長つきの近世譜を起こしてくれたのは,高木逸声さん。 『音楽雑誌』の43号・44号の二回に分けて掲載されました。 符字の数だけで700を越える長大な曲です。 「孟浩然」---「孟浩然踏雪尋梅」とも題されます。明の時代の古いお芝居に同じ題のものがあったと言いますが,庵主も芝居のほうは詳しくないんで関連は分かりません。「孟浩然踏雪尋梅」もしくは「踏雪尋梅」と言えば,年画(お正月に貼られるお目出度絵画)の題材なんかにもよく使われてる故事ですね。 いくつかパターンはあるんですが,まあこんな感じですかね---- [*クリックで拡大*] さて,孟浩然さんです(笑)。 言わずと知れた李白・杜甫にならぶ唐の大詩人の一人,山水を愛した自然派詩人として有名ですが,とかく運のない人,としても知られています----とくに就職関係で。 さて,まだ寒い冬のある日。雪もそぼふるお天気の中,馬(劇・年画ではロバ)にまたがり,頭をたれて,孟浩然さんは梅見に出かけます。咲いている梅の花をもとめて,あちらこちらと尋ねて歩けど,寒さ厳しきこの冬に,目にとまるのはただただ雪花。 そこへ友人からの使いが手紙を持ってきます。 待ちに待ったお役人への採用通知です!---ただし,期待していた職ではありません。 それは地方の,小さな町のつまらない仕事。
ああ,人はお役人になるのが好いと言うけれど……
やっぱり俺は,風流に生きるのだ。 と,使いの者を後に,梅の花をもとめ,ふたたびさまよう孟浩然…… ----ていう筋の戯曲だか小説を読んだキオクがあるのですが,誰のだったか思い出せません。 知ってる人,いたら教えてください。(汗) 一般的には,雪の中,馬に乗って出かけた浩然先生を,橋のところで農民が見かけ--- 「あンれ,先生よォ,こげな雪ンなか,どこぉ行かれるっぺよぉ?」 と尋ねるに,浩然先生笑って--- 「梅の花に会いに行くのさ」 と答えた---というおハナシとして知られております。 漢字にヨワい人のため,あえて解説しますと---いいですかァ?「看(見る)梅」じゃなく「尋(訪問する)梅」てところがポイントなんですからね。さすが自然派大詩人,梅の花に「会いに行く」とわ!カンド~!!て,ならなきゃダメよ(サテ,ここまで言われてカンドーできるものやら(^_^;)>)。 「和張丞相春朝対雪」とか「尋梅道士」とか,彼の複数の詩や詩話故事が下敷きになってるみたいです。
せっかくの「秘曲」,MIDIでただピコピコ再現するだけでは芸がありません。
主材のフレーズが歌詞とからみながら,少しづつ変化してくりかえされてゆきます。今回は近世譜もこちらでどうぞ。 オープニングに出てくる絵は「益智図」という,古い中国パズルにある「踏雪尋梅」図です。 拙HP内にコーナーがありますので,こういうの好きな方はどうぞ。 「益智図の世界」: http://charlie-zhang.music.coocan.jp/EKI/EKIP.html この曲,基本的には「魚心調」という曲のロング・ヴァージョンです。 良く知られたメロディを主材に据えて,少しづつ変えながらくりかえす----清楽の芝居歌はこういうのが多いみたいですね。 (つづく)
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