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月琴32号(2)

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斗酒庵 巧拙の際に惑う の巻2013.6~ 月琴32号 (2)

STEP2 謎の内部構造X


  さて,外からの調査観察は,表面からも裏面からも済ませました。
  おつぎは内部構造を調べたいと思います。

  今回はいつもの棹孔のほか,表裏面板どちらにも比較的大きなヒビが入ってます。 イザとなったらココから ムキっ とめくっちゃえば,さらになンか分かるかも知れません。 さらには 「ああ~しまつたあ~。めくりすぎて,板が,ハガれちやつたぞ~。」----と,いうような,「不幸な事故」 があるやも知れません。


  まあ,なんですか----庵主のバヤイ,楽器修理の目的が収集家や楽器マニアさんたちとはかなり違ってるので,そのへんのアツカイについてはどうかご容赦アレ。



  なにはともあれ。まずは棹孔からのぞいてみましょうかい。
  今回は,表裏のヒビ割れからも,ある程度光を射入れることができますんで,いつもより視界は明るくなりそうです。

  内桁は---音孔のないただの板ですね。
  松か杉の板,だと思われます。
  真ん中に棹茎のウケ孔があるだけ…これじゃあまあ,ほとんど何も分からないなあ,やれやれ。



  切り貫きの指示線が,エンピツや墨じゃなく,刃物でけっこう深く刻まれていていますね。
  左右はかなりオーバーラン,縦方向のはもう溝,ちゅうくらい深い。
  きっちりキレイに彫りぬかれてはいますが,何もここまでせんでも…

  さて……おんや?


  内桁の棹孔から,何かヘンなモノが見えましたねえ。
  黄金色の……真鍮の響き線のようですが,これは……


  えい---ムキっとな!!



  あ……やっぱり。



  みなさん,ここでタイヘンなお知らせがございます。
  32号,作者が,判明いたしました。


  この月琴と同じヒトですね----
  「太清堂」さん。

  修理報告では「赤いヒヨコ月琴」と題されています。 詳しくはこちら----

  なるほど----と言っても,みなさんにはお分かりになれないかもしれませんが,庵主の頭の中ではいま,ここまで観察してきてナットクのいかなかったチグハグなことが,足りなかったパズルのド真ん中のピースがイキナリはまったように,ぜんぶカシャっとひとまとめになりました。

  庵主のケーケンと直感は 「間違いない!」 と言ってはいますが。
  まずは過去の資料を見て,各々の楽器の特徴を比較検討しましょう。


  「太清堂」なんて名乗ってはいますが,赤ヒヨの工作の手は,明らかに日本の職人さんのものです。
  今のところどこの誰さんなのか,詳しいことは分かりませんが (ウチの爺様じゃっ!---という方,読んでましたらご連絡を),木工のウデは良く,その工作ぶりも丁寧で,とくに木地表面の加工はなめらかで美しい。

  やや側面の太い糸倉,アールのきつい棹背といった唐物月琴に近い特徴を持ちながら,「うなじ」はなだらかで,軸は六角形----唐物の倣製月琴と明治の一般的な月琴の中間のようなスタイルをしています。
  上右が32号,左が赤ヒヨです。
  うむ,まず棹のフォルムは良く似てますね。


  もっと細部を比べてみましょうか。

  赤ヒヨ月琴の棹茎には「五」の墨書と,カネに丸の焼印が押されています。
  32号のは「十五」。「十」のほうは比べられませんが,幸にも「五」が同じ---字体,似てますよね(あまり自信はナイ)----右の画像のほうが分かりやすいかもしれません。赤ヒヨ棹口の墨書です。


  おつぎ。上が赤ヒヨの糸巻き,下が32号のものです。
  赤ヒヨは一本糸巻きの先が折れていたので,新しいのを作って交換したんですが----いやあ,とって置いて良かった。

  32号の糸巻きは六角一本溝,赤ヒヨの軸は黒檀製で三本溝ですが,どちらもやや長く(12センチ),各面の曲線的な立ち上がりがほとんどなくて,サイドはほぼまっすぐ,握りの頭があんまりラッパ状に広がっていません。


  そしてすでにちょっと触れた,彫りぬきの指示線。
  墨でもエンピツ書でもなく,刃物で刻んだ線で,上下左右にオーバーラン…

  左が32号内桁,棹孔からの撮影。右が赤ヒヨ,裏板を剥がして響き線がわからの撮影。

  さらに,さっき表面板めくったとき,気がついたんですが。内桁の上面(棹がわ)は木地のまんまで白いのに,反対側(響き線のあるがわ)はなぜか,黒っぽい色で塗装してあります---これも,同じですね。
  同じような加工は,この2面のほか,3号月琴でも見たことがありますが,この塗料が何なのか,また何の意味があるのかについては,今のところよく分かりません。


  「太清堂」のラベルのサイズはだいたい3×7センチです。
  前記事でも書いたように,32号のラベルははがれてしまっており,その痕跡も薄いのでサイズもはっきりしませんが,長さはともかく,幅はだいたい同じなようです。
  さらに左画像のように並べて見ると,左右は若干異なりますが,貼り位置の高さは,ほぼ同じあたりになってますね。


  そしてそして何より,
  この内部構造!


  上2枚は赤ヒヨ,ひっぺがした裏板がわから。 左画像が32号,表板のめくれてるところを 「ムキっ」 てしながら撮ってるので,ちょっとボケててすンません。(^_^;)サスガニマダコワシテナイヨ…

  庵主はのちに,この下のほうの響き線を,カメ琴や自作胡琴「金鈴子」シリーズに仕込んで,かなり面白い結果を得ています----ふつうの響き線とくらべると,なにせ省スペースなんですよね,これ。

  太目の真鍮の直線と,バネと直線を組み合わせたこの特殊な響き線----この二つの響き線を合わせ持った楽器は,今のところ,この「太清堂」の楽器のほかには見たことがありません。

  赤ヒヨにある接合部の補強は,32号では見られませんでしたが,内部構造ではほかに,桁が音孔のない一枚板であるところや,その配置もほぼおなじなようです。

  さてここで今回の調査のフィールド・ノートをどうぞ。
  2枚目にある内部構造は,棹孔と表裏面板の割レ目からの観察結果です。
  数値なんかは一部間違ってるとこもありますので,本文を確認しながらご参照ください。

  (*クリックで拡大*)


  太清堂の月琴につけた 「赤いヒヨコ」 なる呼称は,かの楽器の柱間飾りについていた,この赤い鳥の飾り物からきています。

  木部の工作は良かったのですが,彼の楽器についていたこれら飾り物の類のデザインが,(可愛くはあるものの…)あまりと言ってはあまりのシロモノばかりだっため,庵主は目摂をのぞいてぜんぶ取っ払い,新しいのを彫ったくってへっつけたのでした。


  なるほど,前記事に書いた----

   巧い,でもセンスはあんまりヨロシクない(^_^;)


  ----という,32号作者に対する評価。
  今にして思えばこれもまた,ナゾの作者のその正体を,見事に暗示して,その妙を得ていたのですねえ。

  うむ,決めた。
  32号よ,今日からおまえは
    「ぬるッとコウモリ月琴」 だっ!


(つづく)


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