2013.6~ 月琴32号 (1)
STEP1 謎の月琴X

さて,25号の修理から2タ月あまり,カメ2号の完成から数週間たち,そろそろと手もちブタさんになってきたところに,九州は熊本から楽器が到着いたしました。
表裏面板が割れ,半月もはずれちゃってますが,軸は4本揃ってますし,フレット以外に欠損部品は少ないようです。
なにより目立つのが,大きめでナニヤラ ぬるっとした感じ のコウモリさんの目摂----うむ,なンじゃこりゃ?
研究用自出し月琴32号,名前はまだない----
さて,今回の楽器はどんなことを教えてくれましょうや?
まずはいつもどおり採寸から。
1.各部採寸
・全長:638mm
・胴径:縦横ともに 350mm 厚:37mm(うち表裏面板ともに厚 4mm)
・棹 全長:273mm(蓮頭をのぞく) 最大幅:30mm(糸倉先端) 最小幅:23mm 最大厚:32mm 最小厚:10mm
* 指板:厚 約1mm,山口の手前で切れ 長134mm
・糸倉 長:152mm(基部から先端まで) 幅:29mm(うち左右側部厚 8mm/弦池 12×97mm)
* 指板面からの最大深度: 60mm
・推定される有功弦長:415mm
2.各部所見
■ 蓮頭: 無傷だが再接着されている模様。

54×80×最大厚13mm。 真ん中を丸くふくれさせた飾りのない雲状板,細かい柾目のやや軽軟な木を黒染めしてある。材質は不明。取り付け位置がやや後ろで,裏面背がわに元の接着痕とおぼしき痕跡が見える。
■ 軸: 4本完備。
1本だけ軸尻の細いものが混じっている。六角一溝,いづれも長さ 120mm,太さは3本がφ26,1本がφ23。軸尻への立ち上がりが浅く,側面はほとんど直線である。蓮頭と同材ではないかと思われる柾目の軽軟な材で作られており,阿仙で染めたものと思われる。1本だけサイズは異なるが,材質や加工に違和感はなく,いづれもオリジナルとおぼしい。
■ 糸倉~棹: 棹背に小汚れ,使用による褪色あるも,ほぼ無傷。


糸倉は先端中央に同材の間木をはさむ。丈つまり全体にコンパクトだが側面はやや幅が広い。
弦池はせまく,内壁に軸孔の加工アラが残る。
(*軸孔の内壁がやたらと白いので,加工は通常よく見られる「焼き広げ」ではないと思われます。)
うなじはやや長く,ふくらのくびれは浅い。
棹背には少しきつくアールがつく,幅広の糸倉と合わせ,全体には唐物月琴に近いフォルムとなっている。
棹本体の素材は,白っぽくやや軽軟な材で,おそらくはクルミ。スオウで赤染め鉄媒染(暗い赤紫色),油仕上げだったと思われる。棹部には手擦れによって当初の染めはほとんど残っていないが,糸倉と指板の一部に赤染めの痕跡が残っているほか,基部に当初色に近いと思われる赤いシミが残っている。
■ 指板: ほぼ無傷。
薄いカリン板をスオウで染めたもの,偽紫檀。
山口の手前まで。
フレットの交換か清掃によると思われる水染み褪色により,染めがややマダラとなっているが,浮きや破損などはみられない。
■ 棹茎: 損傷といえるほどのものはないが,工作にやや疑問。
長 168,最大幅 28,棹基部は長 43,茎最小幅(先端削ぎ落とし手前)24。
厚みは基部から先端までほぼ変わらず 13mm。
唐物月琴と同様,基部が棹部と同じ幅になっている。
基部表面に墨書の痕,先端に「十五」とカネに「 ヽ」と思われるサイン。
ナゾの工作,その1。
延長材は針葉樹ではなくホオですが,もともとヒビの入っているような,かなり質の悪い木を主材に,画像で線を入れてあるとこから別材を継足しして一本としています。
茎の先端に取付けの調整用のスペーサーとして別材が貼られていた,というような例はけっこう見ますが,ハジメから継足してある素材を茎としてつっこんだ,なんて例は,今のところほかに知りませんねえ。
胴体との接合面の加工がやや粗いものの,この継足しの加工もふくめ茎全体は,比較的丁寧できれいに工作されています…うむ,よく分からんなあ。
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■ 山口・フレット
山口はおそらくカリン。幅 30,厚 9,高 12(指板面から)。
半月側にやや傾げて取付けられている。
糸溝が所定の位置に正しく切られていないこと,また取付部よりわずかに幅が広いことなどから,後補の部品である可能性が高い。
棹上は第1・2フレット存,第3フレットは欠損して目印のケガキ線と接着痕のみ残る。いづれも最大厚 4mm ほど。
材質はいづれも白竹(晒し竹 ヤシャ染めくらいはされているかもしれない),片面に表皮をそのまま残した簡便なタイプ。
オリジナルと思われるが,1フレットと2フレットで皮面の向きが逆になっている。再接着時のミスか?
胴体上には第4・5フレットのみ存,ほかは欠損してケガキ線と接着痕が残る。
接着痕から,最大の第6フレットで幅 50mm ていど。
フレット幅の差が小さい,実用的でおとなしめなデザインである。
山口の下端を起点とした,各フレット(およびその接着痕)下端までの距離は----
46 78 109 138 154 208 237 265
棹上,胴体ともに,柱間の小飾り,および扇飾りの痕跡は見られない。
■ 胴体: 表裏面板に割レ,下縁部を中心に虫食い多数。
ヨゴレなどはそれほどでもない。
表面的に大きなものは少ないがよく見ると細かな虫食い穴があちこちに開いている。
置かれていた向きによるものか,裏板と胴体の下縁部にとくに集中して多い。
表面板: 5枚矧ぎ(?)
やや板目の板がだいたい景色を合わせて継がれている。矧ぎ目の確認は完全ではないが,たいした枚数は継いではいないようだ。
・ 向かって右側に割レ。板の矧ぎ目に沿ったもので上下貫通。楽器下端で最大2ミリほど開く。
・ 割レ目上端から左方向にハガレ,1センチほど。下端から左がわのハガレは接合部まで広がり,割レ左の板は少し反ってめくれている。
・ 下端左にやや大きなエグレ,虫食いと思われる。下縁部左がわに虫食い多数。
これもちょいとナゾ。
通常よりもかなり高い,フレットのあるあたりに,数多くのバチ傷と思われる擦痕が見られます。
ここからも楽器として実際に使用されていたのは確かなようですが,明清楽の演奏会のように座って弾く場合には,腕振りの関係からも,バチ痕は絃停の上のほうの左右に集中するのがふつうです。
いっぽう門付けの辻芸人さんなんかのように立って弾いた場合には,肘で楽器をおさえて弾くので,バチ痕はすこし上,楽器の中央付近になります。この楽器は構造上,そのあたりで弾いた場合がもっとも大きな音を出せるようになっているので,街頭で弾くような場合には自然,大きな音を出すために,バチ痕が上のほうになるってこともあるんでしょうねえ----
それにしても,ちょっと上過ぎるような気がしますが…(^_^;)
ちなみに----月琴できちんとメロディをなぞりたい時は,バチ位置はやや低い(半月側)ほうが,弦圧の関係で安定した音が出せます。
SOS団ではこの楽器をトレモロ演奏主体で教えているんですが,そういう高速連続弾きのときは半月のギリ手前でやったりしますね。
ただし,バチ位置を低くすると弾きやすくはありますが,音量が出ません。
だから糸の弾き方に慣れてきたら,弾く位置をすこし上げて(山口側),はっきりとした音で弾けるようにしておきましょう。
賑わしっぽいガチャ弾きや,単音で長く引く大きな音を出したい時は,胴体の中央あたりで弾きます。ただ,半月側より弦圧がユルいぶん,バチがひっかかり気味になりますから,バチをやや浅めに構え,手前のほうにちょっとすくい上げるような感じで弾くとキレイな音で弾けますよ。
----と,おししょーさまの突発月琴弾き方講座でしたあ。(w)
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裏面板: 12枚矧ぎ
表板とはうってかわって,木理もバラバラな小板を多く継いである。節目のあるものや,木理の荒れているものなど多く 質はきわめて低い。
・ 向かって中央やや右寄りに 割レ。表板同様矧ぎ目に沿ったもので上下貫通,上端で最大2ミリほど。
・ 割レ上端を中心に左右にハガレ。割レ目付近では両岸ともに板が少々めくれあがる。左がわの剥離は側板接合部付近まで広がる。
・ 割レ下端から右側にもハガレ
ほぼ中央,上から8センチほどのところに ラベルの痕跡がある。
日焼け痕と糊による接着痕だが,かなり薄く上端は判然としない。
サイズは右端に割レ目を少しまたいで,50×80-100 ほど。
・ 表面板よりも虫食い多く,縁周部を中心に虫食い穴ほぼ全面に散見される。
・ 左から3枚目の小板下端に やや大きなエグレ,これも虫食いか?
ナゾの工作,その2。
裏板の胴体中央上端からだいたい14センチほどのラインに,ほぼまっすぐ,横に並んで3つ,直径7ミリほどの丸い孔があけられています。
おそらく砥粉を練ったものと思われる白っぽい粘土状の物体をつめこんで,埋めてあったようですが,保存中の虫食いや経年の痩せでスキマができていて,今でははっきり穴だと分かっちゃいますねえ。
右のものと真ん中の孔は,ツボギリであけられたものですが,左の孔は,もともとそこにあった節目をツボギリで広げたもののようです。
はじめは,剥離した内桁をクギかなにかでとめた痕かと思ってたんですが,板の割れ目からのぞくと,桁の位置はもうちょっと下のようですね。
楽器内部とかの調べがまだなので,なにか内部構造に関わるような工作なのかもしれないが,現状ではその意図等は不明。原作当初からの加工なのか,後で誰かがした悪戯なのかも分かりません。
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目摂: 左右ともに存。
材はおそらくホオ。木理がほとんど見えないことから,かなり砥粉を厚めに塗った上から黒染めしたものか。
今のところこの楽器には,蓮頭とこの左右の目摂以外に,装飾的な部品のついていた痕跡はみとめられない。
ナゾの工作,その3。

この楽器の特色として最初に目に付くのが,やっぱりこのコウモリさんですねえ。
でぶっちょというかヌルっとしてるというか……個性的なデザインです。
全体のフォルムや頭とか羽根のデザインなどは,中国の吉祥画にも似たのがあるので完全にオリジナル,というわけではありませんが,このタイプのコウモリが「月琴の目摂」として付いてた例は,ほかに見たことがありません。
目摂としては,うちのコウモリ月琴さんのなどが,いちばんポピュラーなタイプと思われます。
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絃停・半月: どちらも存,半月は剥落。

絃停はヘビ皮で,106×80。上下が多少めくれ,左下が少し痛んでいるが,保存状態はそれほど悪くない。
半月も剥落してしまってはいるが健全。98×40,高さ9ミリ。
やや薄く,細身で, 木の葉を半分に切ったカタチに近い半月。このあたりも唐物月琴に近い。
よくある板状タイプの半月だが,下縁周のカドを丸く落としてある。
糸孔は外弦間:28,内弦間:20, かなり狭めに見える。
側板: 5枚組み
面板の剥離部や棹孔から見える,染色していない部分の木色からして,材はホオと思われる。
棹孔の周辺に残っている当初色から見て,棹同様のスオウ染鉄媒染。 やや濃い目の暗赤紫色に染められていたようだ。
ナゾの工作,その4。(*上画像,クリックで拡大*)
「5枚組み」とは書きましたが,楽器向かって左下に接合部が二箇所あり,本来の接合部より手前に小木片を継足してあるだけで,実質上は一般的な4枚組みの構造と同様です。
第二の接合線の手前には複数の切り傷のような作業痕が残っており(一部はかなり深い)。これらは刃物の痕跡が面板の木口にまでかかっていることから,面板接着後になされた処置だと思われます。さらに接合部から7センチほど手前には,ヒビ割れと思われる不定形な線も薄く見えますねえ。
この「胴材の継足し」という工作もはじめて見ますが,観察した結果を総合すると,これは「組んでみたら寸法が足りなかった」とかいうようなおマヌケなハナシではなく,接合部付近の破損による補修処置だと思われます。この修理報告で何度も書いているとおり,月琴の胴体は通常,四角い材料から切り出した1/4円周の板を組み合わせて作られています。蒸気などで撓めた板ならこういうことはないのですが,こういう切り出し板の場合,木取りによっては接合部付近(いちばん薄くなる)が木目の関係でとても弱くなり,組み立て作業中に欠けたり割れたりしてしまう可能性があります。
接合部周辺の状態から見て,この補修加工は使用者等によるものではなく,楽器製作時のものだと思われます,が----
ふつうは(いくらなんでも)欠けてない部材と取り替えますねえ---楽器なんだから。(^_^;)
ほか3箇所の接合は,よくある木口同士の単純接着。接合部には微小のスキマも見られず,原作者の工作精度の高さをうかがわせます。
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さて,この時点では32号,作者につながる手がかりもなく,その正体は杳として不明でありますが。
ここまでの感想を,とりあえず申しますと----
なんか巧いんだかヘタなんだか分からないヒトだなあ(^_^;)

----てとこでしょうか?この楽器,たとえば横の画像にもあるとおり…
横にしたら手を離しても,支えナシで床に立っちゃいます。
これは器物としてのバランスもちゃんと考えて作られてるというわけで,道具や工作物において,質の好いモノの証左の一つであります。
また各部の加工や接合部の工作など,細かいほうを見てますと,「ん!コイツわ…」 と感心するような緻密さがあり,木工の技術そのものは間違いなくかなり高いのですが。 ちょっと「引いて」,全体のフォルムや部材の構成などを見てみますと,なにかシロウト臭さというか,妙な違和感みたいなものが感じられるのですね。
目摂のコウモリさんのデザインなんかもそうなんですが,表裏板のあまりと言えばあまりな質の違いと言い,茎や側板の継足しと言い,加工技術そのものは手慣れており,出来上がった結果もべつだん何と言って悪くはないのですが,一般的な月琴作者の作品と比べたとき 「えっ,ソコそうしちゃう!?」----というような,下手(ゲテ)でチグハグな工作が目につきます。
巧い,でもセンスはあんまりヨロシクない(^_^;)
----というのが,感想にいちばん近い評価かなあ。
さてさて,ひさしぶりにフシギな楽器,拾っちゃったみたいですねえ。
次回は内部構造を中心に見ていきたいと思います----さあて,なにが出るかな?
(つづく)
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