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明笛について(8)

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斗酒庵 明笛を調べる の巻明笛・清笛-清楽の基本音階についての研究-(8)

STEP3(つづき) 明笛26~30号
(全景図などはすべてクリックで拡大します)

明笛26号


 口 ●●●●●● 合/六 5C+10
 口 ●●●●●○ 四/五 5D+28
 口 ●●●●○○  5E-10
 口 ●●●○●○  5F+39
 口 ●●○○●○  5G+40
 口 ●○○○●○  5A+28
 口 ○●●○●○  5B+23
 (口は歌口,●閉鎖,○開放)


  全閉鎖がCで,全体の寸法や構造,また歌口や指孔が少し大きめなことから,明治末~大正期の明笛と思われます。


  歌口の唇がわ(と言うのか?)の内壁に再塗装の痕,響孔に小カケ,管尻飾りに小鼠害痕。いづれも軽微。

  管頭の飾りは端から5センチのところでネジを切ってハメこまれており,2分割できるようになってます。
  最近知ったんですが,これ,この筒になった中に,響き孔に貼る「竹紙」を入れておくための工夫だったみたいですね---


  右画像は『音楽雑誌』の広告(クリックで拡大)。
  これ見るまでは,この「管頭飾り分割の術」,なんのための工作だかまったく分からなかったですねー。
  しかしながらこの工夫,たぶんほとんど使われなかったでしょう----実際にやってみますと(実験してみました),この大きさだと,竹紙みたいな小さなもの,一度入れたら容易にはひっぱり出せません。そもそも「竹紙」というもの自体,そんなに巨大でも邪魔になるようなものでもありませんから,「携帯の便」つっても,もう貼るだけの大きさに切ったのを,財布にでも入れておいたほうが,交換もラクで素早くできますってば。

  材料は女竹かもしれません,ホウライチクにしては径がやや細く,繊維がこまかいですね。管本体表面はカテキューかヤシャブシで軽く染めたあと,生漆かニス(おそらくニス)で塗装してあります。

  工房到着時,管内がまっくろにヨゴレていたのと,管頭の飾りの接着がとんで管からハズれていたんですが,管内を水と中性洗剤で洗浄,エタノールを流して軽く消毒。管全体は中性洗剤を少量入れた水を布にふくませ,よくしぼったもので洗浄。乾拭きをし,乾燥させたのち亜麻仁油とワックスで磨きました。


  吹きやすい笛でした。
  高音>低音,低音>高音どちらへ運指をかえても滑らかに音が出ます。テストのときは,響孔をマスキングテープで塞いで吹いてるんで,ちょっと低音の篠笛っぽい音が出ますが,響孔がちょっと大きめなので,竹紙だとかなりブブ笛(ブブゼラ的明笛)っぽく,響き音が五月蝿くなっちゃうかもしれません。笛屋さんが言ってたように,竹紙や蘆紙より,新聞紙あたりを貼ったほうが,耳にはちょうどいいかもしれませんね。

  呂音での最高音は 口 ○●●●●● で 6C#-27。5Gから上の音を右手がわ全閉鎖にすると,より西洋音階に近い音でそろいました。


明笛27号


 口 ●●●●●● 合/六 5Eb
 口 ●●●●●○ 四/五 5F-20
 口 ●●●●○○  5F#+39
 口 ●●●○●○  5G#+25
 口 ●●○○●○  5Bb+45~5B-45
 口 ●○○○●○  6C+35~6C#-35
 口 ○●●○●○  6D+45~6D#-45

  さて…この笛を「明笛」の仲間に入れて良いかどうかは判断に迷うとこですね。(w)
  少なくとも庵主の研究している「清楽」の「明笛」ではありません。作られたのもごく最近,この20年以内,といったとこでしょうか?

  いままで入手してきたなかで,もっとも細身の笛です。
  若い竹を使い,節の部分を整形して,ざっと表面を均してはいますが,ほぼ皮付きの丸竹,そのままですね。
  管内はラッカーかペンキと思われる赤い塗料が塗られ,響き孔の周縁には,竹紙を貼るための保護でしょうか,茶色っぽいニスのようなものが塗られていました。


  歌口はやや四角張った楕円形ですが,ほかの孔はすべて丸孔です。
  全体が細身なことと,通常2つあるオモテの飾り孔が一つなところを除けば,フォルムは庵主のよく知っている,いわゆる「明笛」に,よく似ています。

  清楽の明笛は,その音楽の流行とともに全国へ広がり,また月琴などより長い期間,流行楽器として生き延びた甲斐もありまして,幕末から明治にかけて,各地の祭り囃子などに取り込まれていったようです。近場では福生のお囃子なんかでも使われているそうですね。
  この笛は,そうした祭礼で使われる,「倣製明笛」と申しましょうか,「明笛の成れの果て」と申しましょうか……


  九州などで今もお祭りに使われている「竹紙笛」と呼ばれるもののようです。
  例によってネオクで入手したのですが,出品が熊本からである以外,今のところ詳細は不明。
  竹を一節そのまま使い,管頭の部分に節から先を飾りとしてそのまま残すあたりは,浜崎祇園山笠(唐津市)で使われるものによく似ていますが,以前送ってもらった資料からすると,寸法的に若干短く,細めです。

  この管頭の部分のデザインから考えて,元になった明笛は,現在の中国笛子に似た古いタイプの明笛ではなく,管頭に大きな飾りがついた明治以降の一般的な明笛ではなかったかと考えられます。笛屋さんの中には,こういう各地のお祭りに使われる明笛タイプの笛を「古代に大陸から伝わってきた」ものの子孫だと考えている方もいらっしゃるようですが,古い文献や記録とつきあわせてみると,竹紙を貼るタイプの笛が日本で見られるようになるのは,江戸時代も末のほうになってから。それが全国的に知られるようになるのは,やはり明治の清楽流行期を待たなければなりません。
  「伝承」というものは,とかく「古いものだ」と思われがちですが,ロマンはロマンとして,先入観を持たずにちゃんと調べてみれば,意外と底が浅かったり,2世代ほど前から始まったくらいのことだったり,ということのほうが多いものです。


  さて,この笛は作られたあとほとんど吹かれたことがなかったようですね。
  工作もかなり粗いもので,入手当初は歌口も指孔もガサガサしていて,孔の縁などにでっぱりや削り残しなどがそのまま残っていました。歌口の調整もちゃんとしていなかったらしく,最初はほとんど音が出せませんでしたね。
  ガタガタだった歌口の縁を磨き,管内をきちんと均して,なんとか鳴らせるようにはなりましたが,歌口の具合となんせ管が細身なこともあって,安定した音を出すのが難しい----
  全閉鎖でEbというのは,今までの笛の中でいちばん高音。ここからも,この笛は清楽や明清楽に使われたものじゃないことが分かりますね。
  明笛の運指だととくに高音域が安定しません。
  低音3音からの流れでゆくと,5Bbは  ●●○○○○,その次が6Cなら ●○○●●●,6C#なら ●○○○○○,6Dは ○●○●●●,全閉鎖のほぼ倍の最高音6Ebは ○○○●●● のときが音階としてもっとも安定し,呂音で出せる管としての最高音は ○●●●●● の時に観測した6Eb+36でした。
  まあ歌口の調整も完全ではないので,いまだにちゃんと「吹きこなせている」という感じじゃありません----ですので計測結果は,あくまで参考程度のもの,としてご覧ください。(^_^;)

明笛28号


 口 ●●●●●● 合/六 5C-30
 口 ●●●●●○ 四/五 5C#+45
 口 ●●●●○○  5Eb+5
 口 ●●●○●○  5F
 口 ●●○○●○  5G+20
 口 ●○○○●○  5A+40
 口 ○●●○●○  6C-30

  全長51センチは,このタイプの明笛としては長く,管頭の飾りも例の「竹紙ポケット」になっておりませんので,明治10年代か20年代頃に作られた,やや古いタイプの明笛ではないかと考えます。
  管は煤竹っぽい茶色をしていますが,どうも真正の煤竹ではなく,スオウ染めであるようです。


  管頭や管尻の飾り(いずれも象牙ではなく骨製品)なんかは加工がじつに見事。装飾は線が一本入っているだけなんですが,優雅で美しいラッパ型になっています。 ただし26号とは違ってこちらはただの筒----「竹紙ポケット」にはなっておりません,あしからず。


  しかしながら,どっちかといえば楽器として肝心な,歌口や指孔の工作がやや稚拙で,ほんらい滑らかに丸くあるはずの縁が,多少いびつで不揃いです。

  出品者さんの写真で見た感じより,とどいた実物はかなりキチャナかったですねえ。(汗)

  とくに管内の汚れかたがモノスゴくて……棒にスポンジくくりつけ,中性洗剤たらして水通して洗ったんですが(かなりランボー,怒りのアフガン風),真っ黒な汁がこれでもかこれでもか----と。

   あばばばばばばばばば。

  響き孔の回りに竹紙を貼った痕跡が残っていましたので,実際に使われていたのは間違いない---いや,「かなり使い込まれた」楽器だったみたいですよ~。
  管オモテ(指孔のあいてるがわ)のあちこちに,漆によるヒビ割れの補修箇所があります。
  そのほか浅い打痕や小さなキズに至っては,一体いくつあるやら数知れず……途中で数えるのやめましたもんね。(w)


  洗浄清掃後,しばらく乾かしてから補修に入りました。
  第1孔の右上と,第2孔-第3孔の間にヒビがあります。この二つは前修理者の補修後に生じた新しいヒビ割れなようで,補修がされていません。
  まずはこの二箇所に,砥粉をカシューで練ったパテを流し込み,盛りあげておきます。

  つづいて管内は歌口の底,つめものの壁ぎわのところに塗装ハゲ。そのほか各指孔の内壁にも塗装落ちの箇所がありますので,これらをとりあえず補彩しておきましょう----いづれもカシューの透です。


  真っ黒に汚れてはいましたが,管内の塗膜はまあ比較的もっていたほうです。
  ただ,さすがに少し劣化しているようなので,先に補彩した箇所が乾いてから,同じカシューの透を,管内全体に二度ほど塗って補修しておきました。

  修理の甲斐もあってかなりラクに鳴るようになりましたが,もともとの工作がやや粗いせいか,息の吹き込み加減に少しクセがある様子(普通に吹き鳴らすにはさほど支障がない,というほどではありますが)。
  呂音での運指による最高音は ○○●●●● のときに出た6C#-32,庵主が「六(合の1オクターブ高)」として使っている ○●●●●● で6C+35なので,通常運指での「凡」が少し高すぎるかなあ。
  まだ若干の調整の余地が残っていますね。


明笛29号


 口 ●●●●●● 合/六 5C+30
 口 ●●●●●○ 四/五 5D+13
 口 ●●●●○○  5E-43
 口 ●●●○●○  5F+33
 口 ●●○○●○  5G+15
 口 ●○○○●○  5A+13
 口 ○●●○●○  5B+6


  28号よりさらに1センチ長く,全長52センチ。
  管頭と管尻の飾りはラッパ状に広がらずほぼ筒型で短め,管頭から歌口までの間が長い,など,いづれも中国笛子に近い古いタイプの明笛の特徴ではありますが,管は細めで,糸や籐による巻きも施されておりません。


  管全体を黒漆で塗り,管頭がわには線彫りによる風雅な蒔絵と,おそらく「廣東声」という刻字が見えます。
  管内部と各孔の縁にも塗りは施されていますが,いづれも漆を滲みこませた程度の塗りで,管内にも塗膜はありません。ただ歌口の底のあたりには,べつに朱漆で何度か補修塗りが施されていますね。
  管表面の黒塗りと蒔絵は当初からのものではなく,後になって管の補修時に施されたものだと思われます。
  管部分を細かく観察し,触診してみると,歌口の左や指孔の間に細い溝がいくつも走っているのが分かります。比較的最近の故障と思われる第1孔下縁中央からの1本と,管頭の飾りからのヒビ割れを除き,すべてのクラックはいづれも表面的なもので,補修塗りによって埋められていますが,それにしても全体にかなり細かにヒビた様子があります。
  補修塗りは,あくまで工芸的なものではなく楽器としての再生を目した実用的なもので,工房到着時には響き孔に竹紙の残欠もついていましたので,実際にかなり使い込まれた笛だったろうと思われます。


  初見時,管内をのぞいたら一面みごとにホコリ色で…うわ,エラい汚れてはるな~,こりゃ掃除がタイヘンだ…と思ったのですが,棒の先にスポンジをくくりつけたもので,その「ホコリ」を掻き出しましたところ,なにやらイイ匂いが----これ,ホコリじゃなくてお香の灰ですね。
  明清楽の流行期には,演奏前の楽器にお香を焚きこめる,というようなこともヤラかしたようですが(本来は雅楽の人なんかの習慣,チャイニーズ・ポップスである「清楽」には関係ない,一種のカッコつけ),楽器に灰がまぶしてあったというのは初めてのことで,防虫か防湿の効果を狙ったものか,今もって理由は分からないのですが。長いことやってると,いろんなことがあるものです。
  灰に守られてたおかげなのか,管内には故障と思われるような異常は見つかりませんでした。

  前修理者の補修工作自体は,けっこう手慣れており,全体的にはまずます宜しいのですが。
  歌口の右上と響き孔の下に,その補修によるちょっとしたアラがあります。


  響き孔のほうは,ごく浅い,塗りムラによる塗膜のカケで,竹紙を貼るうえでもさしたる問題はないのですが,歌口のものは少しゴロリとしているので,吹き込む息がそこで乱れてしまいます。
  そのほかもう一箇所,響き孔のすぐ右に直径1ミリほどの丸い窪みがあります----もとはかなり深い穴(貫通していたかもしれません。おそらく吹かれていないときについた虫食い穴,響き孔にはニカワを塗るため狙われやすい。)だったらしく,塗料によってある程度は埋まってますが,それでもまだけっこうな窪みになっており,貼った竹紙がこの部分で浮いてしまいます。


  庵主の補修は,まず管頭のお飾りの割レと第1孔のヒビ----前修理者の修理以降にできたこの二箇所の故障の処置からはじめます。
  いづれもエポキを使いました。管頭のほうは少し太めの棒をさしこんで,ヒビをわずかに広げてエポキを流し込み,パイプバンドでしめあげて固定。指孔のほうは,エポキに砥粉を墨汁で練ったものを混ぜ込んだ黒いパテで埋めました。
  その後,同じものを歌口の横と,響き孔の横の凹みに盛って整形。一日置いてしっかり硬化させたあと,アートナイフでこそぎ,番手の細かい水砥ぎペーパーで石鹸水磨き,Shinex と布で油磨き----場所が殊に歌口のすぐ横ですから,神経を遣う細かな作業になりました。

  やはり笛は歌口ですね。
  歌口横の塗装アラのでっぱりを削り,数箇所の凹みを埋めて均したら,とたんに吹きやすい笛となりました。
  計測前は,管の長さや形状の古めかしさから言って,全閉鎖Bの古管だと思ってたんですが,実際に吹いてみましたら全閉鎖C,どちらかというと西洋音階に近い笛でありました。
  ----これが修理の結果なのか,それとも元からそうだったのか,なんにゃらいろいろと修理・修繕の手が重なっているので,容易には判断しかねますが,さて。
  楽器としては,やや音量が出ないものの,だいたい素直に鳴る笛です。

  調査時の呂音における最高音は  口 ○●●●●● で 6C+25,Eが低くEbに近いくらいですが,これは清楽音階ではデフォルト。


明笛30号


 口 ●●●●●● 合/六 5C+10
 口 ●●●●●○ 四/五 5D+10
 口 ●●●●○○  5E-20
 口 ●●●○●○  5F+40
 口 ●●○○●○  5G#-40
 口 ●○○○●○  5A+42
 口 ○●●○●○  6C-20

  最近ネオクで落とした笛。
  石で作った笛子---いわゆる「玉笛」(下画像)のオマケとしてついてきましたが,庵主の欲しかったのは,実はこッちの壊れ笛だったってことは言うまでもありません。(笑)



  明治末から大正期にかけて作られた,携帯用の明笛だと思われます。

  このシリーズの最初のほうで紹介した「明笛4号」とほぼ同じサイズですが,明笛4号の歌口や指孔が清楽の明笛式に楕円形で小さいのに対し,この30号のは大きめでほぼ円形に近くなっています----おそらくは清楽衰退後の篠笛や教育用ドレミ笛などの影響でしょう。


  このタイプの短い明笛は,どこのメーカーのものもだいたい同じようなカタチなんで断言はできませんが,残っている管尻の飾りの意匠や,丁寧な管内の塗りなどの工作の手がよく似通っていることから,4号と同じ作者か同系列の作家の4号より後の作ではないかと考えています。

  4号明笛は調査した笛の中でも歌口や指孔が小さく,慣れないと少し吹きにくいところがありましたが,こちらの笛は,サイズは同じでも歌口や指孔が少し広いため,使い勝手は悪くありません。呂音での最高音は,全開放 ○○○○○○ での6C+20。運指を少し工夫すれば,より西洋音階に近い音階を吹き出すことも可能です。


  ネットの紹介文で,「要らなかったら言ってください」 と添えられてたくらいなもので。表も裏もけっこうヨゴれてたし,頭のお飾りはなくなり,取付け部にはカケまでできてます。

  汚れのほうはまあ,スポンジに中性洗剤つけて流しで洗ったらかなりキレイになりましたから良いとして(……2)。そのほかの損傷は,管頭から歌口・響き孔のほぼ中心を通る細いヒビが1本。真っ黒に汚れてはいたものの,管内の塗りはかなり丁寧で強固なのですが,歌口の底,管頭の詰物の壁のところに割レが入っています。どちらも現状,吹くうえではさほど問題ありません。あとは管頭の飾りが欠損。


  お飾りのほうはまあ得意分野ですので。(w)
  4号のを参考にさっそく補作してみましょう。材は竹です,節のところをうまく使って,表皮を落とし,アルコールで練った胡粉にラックニスを混ぜ込んだもので白く彩色しました。なんか真っ白ですが,この上から2回ほどラックニスを刷くと,遠目には骨っぽく見えるようになりますね。

(つづく)

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