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月琴33号松音斎(6)

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斗酒庵 またまた同時進行 の巻2013.10~ 月琴33号 (6)

STEP6 とおいくにのあなたへ


  33号松音斎,こちらは響き線の補修のため剥がした面板の再接着から。

  もともと大きなヒビ割れのあった部分から剥がしたものですが,こういう場合そのまま戻しても,側面との間に段差が出来てしまうものなので,接合部に薄いスペーサーを1枚噛ませて,剥がした板の周縁が,側面のふちから少し余るようにしちゃいます。
  こうすれば整形は板の木口を少し削るだけ,以前のように胴体のほうを削ったりしなくていいですもんね。


  ただ,今回の場合は部分的な再接着なもので,固定が少し難しいです。
  周縁にクランプをかけ回すのはいつものことですが,さらに板とスペーサーを密着させるため左右方向にも圧をかけなきゃなりません。そこでクランプでゆるめに止めてから,胴体に太ゴムをかけ,接合部が浮かないように角材を噛ませました。板は側面から,スペーサーの幅ぶん飛び出してるので,これでまあうまくいくかと思います。


  裏面板のヒビ割れは32号同様,薄い埋め板を削って処理。
  表面板の左にも一本ヒビ割れが走ってましたが,裏のヒビに比べると細いものだったので,埋め木ではなく木屑を押し込む方法で処置。


  一晩置いて,すべての補修箇所を整形,面板の飛び出していた右側部も均し,面板を清掃しました。
  32号とくらべると面板を染めていたヤシャブシはかなり薄めで,白っぽい板ですね。ヨゴレもそんなにヒドくなかったので,1度か2度こすっただけでだいたい落ちました。

  さあ,これでイッキに完成!


  ----だったんですが。
  うむ,一晩置いたら意外な落し穴が。

障害その1)胴体内部に補修時の部材(板のかけら,木粉粘土)が落ちてしまった
らしく,揺するとやたらカラカラと音がします。
障害その2)表面板のヒビ割れ,再発。

  まあそんなに順調にはいかないもので……(汗)


  フィールドノートにも書いたとおり,この楽器の内桁,特に下桁には大きな音孔とかが開いてないので,胴体内部,とくに下桁の下のスペースは完全密室,ここに落ちたゴミとかは,どんなに楽器を揺すっても除くことができません----けっこう注意しながら作業したつもりだったんですが,うぬ不覚じゃった。

  しょうがないので裏板の下縁のほう節目のある部分に穴をあけて,ここからゴミを取出しました。節穴のところは木目が混んでいるので,埋めても補修痕が目立ちませんからね。


  表面板のヒビ割れ再発。右のは板を再接着したほうですが,スペーサーの工作が良くなかったのか,左右圧着の圧が足りなかったのかもしれません。スペーサーに沿って何箇所か断続的に割れてしまいましたので,こちらは木屑や木粉粘土を詰め込んで埋めました。

  左のほうは,当初ヒビ割れがせまかったので,木屑で埋めたんですが,再発したヒビの断面を改めて調べてみると,ここは矧ぎ目に沿って虫に食われていたことが分かりました。食害はほぼ直線で,横への広がりはほとんどありませんでしたが,板の矧ぎ目をトンネル状に食い荒らされているので,そのままではくっつきません。食われている部分をナイフで切り取り,埋め木してつなぎましょう。


  最後のほうでちょっとつまづいたんですが,まあここまでが何もないくらい順調でしたからね。
  ヒビ割れの再修理に一日,その後数日様子を見ましたが,今度は再発する様子もあまりないようですので,面板を清掃。

  さあ,こんどこそホントに組み立てましょう!


  糸を張る前に半月を磨いておきましょう。

  周囲をマスキングテープで囲んでから,布に亜麻仁油を少しつけて磨きました。たぶん胴や棹と同じホオ材をスオウで着色したものでしょう。糸による圧迫痕や角の擦り切れはありますが,状態は良くいまのところ使用に問題もなさそうです。


  こちらのフレットは象牙。

  なくなっている第1~4フレットを再製作して,あとはオリジナルをそのまま使おうと思います。

  糸を張るに際して,もともと山口には申し訳ていどの糸溝が刻まれていましたが,これだとトレモロした時に糸の安定が悪いので,ちゃんと切り直します。
  清楽の伝統的な演奏では,庵主がふだんやってるようなマンドリンばりのトレモロ演奏なんかしませんからね,古い楽器では糸溝はあったりなかったりするんです。


  フレットをオリジナルの位置にたてた時の音階は以下のとおり。
  チューニングは上(低音開放弦)=4C/合(高音開放弦)=4G。

4C4D+24E-254F+24G-174A-105C-175D-195F-7
4G4A+24B-435C-105D-215E-165G-275A-326C-26


  数字にすると分かりにくいかもしれませんが,32号に比べるとマトモな音の並びになっています。
  あいかわらずミとラが30%ほど低めですが,これは前世紀に外国人によって計測されたような結果とほぼ一致していますね。
  日本の清楽の伝統的な音階にほぼピッタリといったところでしょうか。

  古色をつけるため,こちらも32号のフレットと一緒にヤシャブシ液でちょいと煮込んでから磨きます。磨いて表面の茶色くなったところを落としてしまうと,もとのように真っ白になりますが,これやっておくと半年ぐらいで色が上ってきて,古い象牙みたいな風合いが出てきます。


  あとはお飾りですね。



  右の目摂のシッポが欠けてますので,足しておきましょう。

  あと,当初扇飾りのところに付けられていた中央の円飾り,これも補修して付け直します。
  どっちも材はオリジナルと同じホオの薄板。蓮頭に凝ったぶん,扇飾りはふつうの万帯唐草で再製作しましたが,オリジナルも染め直したので,ほとんど見分けはつきませんね。

  さて,細かな部品もそろったところで。

  フレットとお飾りを貼り付け,2013年10月18日,
  月琴33号,修理完了いたしました!


  ----なんの問題も,ございませぬ。


  松音斎,さすが2000本以上の月琴をこさえただけのことはありますね。とにかくまあ,隅々まで気のいきとどいた出来です。うむ,スキがない,まったくない。
  太清堂と違いまして,これだけの実力差を見せつけられますと,もう口惜しくもない。

  たとえばそう右画像。
  半月のアップですが----分かりますか?

  太い低音弦と細い高音弦で,弦間をちゃんと違えてあるんですね。


  それにこのフレットの低さ。
  第1フレットがすでに1センチありませんね。
  このおかげで運指はきわめてなめらか,軽く押えるだけで,低音から高音まですべての音がくっきりと出ます。

  この楽器に関しては,庵主がいつも残念に思うような「理想(フレットの低さ)と現実(弦の高さ)の乖離」なんてありません。オリジナルの低いフレットが,そのままで問題なく使えました。
  まさに「理想どおりの楽器」……この月琴は一事万事この具合で作られてます。
  月琴というものを知り尽くした職人の,レギュラー実力での一本,ってとこでしょうか。


  主材はホオですから,月琴としては中級品ですが,ホオはホオでも珍しい虎杢のホオですからね。
  こういう変わり杢の材料は木目の読みが難しいので,いざカタチにするとへんなアラが表面に浮いたり,割レが入ったりすることが多いんですが,木取りが巧いんでしょうね,美しさと頑丈さの両方を兼ね備えています。

  いいですか,この棹,壊したら庵主,一週間ぐらい泣きますからね。


  音色は優しく柔らか。長い響き線が,大きなうねりの余韻を返してきます。
  前にも書いたとおり,響き線が長いとそのぶん,最高の状態で鳴らすために演奏姿勢がかなり限定されてしまいます。
  ただ,オソろしいことに松音斎,おそらくはこのへんまでも考えて作ってますね。
  カンタンに言うと「いちばん弾きやすい姿勢」で「いちばん良い音」が出るようになってるんですね。

  あたりまえのようなことですが,実際に作ってみりゃ分かりますよ----それがどんだけ難しいことかってのは。

  音を良くするために部材をちょっと削る。
  そうすると,あたりまえのことですが楽器の重量バランスもちょっと変わります。木は生き物ですので,削りたいところが削れるとは限りません。持ったときバランスの悪い楽器で,最良の演奏姿勢を保つのは難しいこと,月琴のような軽い楽器でも…いや,むしろこんな軽い楽器だからこそ,わずかなバランスの狂いが演奏や音色に大きく演奏するんでしょうね。

  この楽器は側面を下にして床に置いても,胴体と軸先だけでふつうに直立します。
  横倒しにして立つかどうかなんてのは,急須の出来の良し悪しを見るため,古道具屋がよくやる手ですが,工芸品がいかにバランスよく作られているのかを試す手段としてはけっこう有効----鉄壁ですね。


  32号があんな工作で音は悪くなかった驚異に比べれば,33号がこれだけの工作でこれだけの音が出るのは,ある意味あたりまえと言えばあたりまえのことなんですが,高井柏葉堂の楽器のように,高い技術が音に結びついてないようなケースも多々見てきましたからねえ。

  逆に言うと,磨いた技術を,作ったものにきちんと反映させることの大事さ,難しさの思い知らされた修理でした。

  ほかにも,さりげない工作で,庵主すら気づかないようなことが,じつはまだまだあったかもしれません。

  ---こりゃ,ホントにかなわんわ。

(おわり)


月琴32号太清堂(6)

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斗酒庵 またまた同時進行 の巻2013.10~ 月琴32号 (6)

STEP6 あいとにくしみのぼれろ

  さて,32号,いよいよ胴体の修理へとまいりましょう。
  こちらの響き線は真鍮ですので,サビについては大丈夫はありません。
  取付部分の強度も修理前の観察で,問題なさそうでしたので----さッさと箱にもどしちめぇましょう。


  当初,表裏にあった大きなヒビ割れの両端を中心にして,その左右,かなり広い範囲で面板が側板からハガれちゃってましたが,そのあたりは本格的な作業に入る前に,すでに再接着してあります。しかし側部と同じように,面板と内桁との接着も割れ目を中心にトンでしまっているので,そこらも接着し直しておかなければなりません。

  実は楽器としてはこういう内部構造の損傷のほうが,音に直結するんでタイヘンなんです。
  この内桁が面板にちゃんとついてないと,高音域でヘンなビビり音がしたり,響き線の効きが極端になくなったりしますからね。
  しかしながら,月琴にはギターのような大きなサウンドホールがありませんから,作業はいわゆる盲作業----棹孔から筆を突っ込んでは,面板との接着部に沿って薄く溶いたニカワを垂らすくらいしかできません。
  ニカワを垂らしては,面板が浮いてベコベコしているあたりをよーく揉んで,なんとかニカワを桁の接着面に行き渡らせます----小一時間ほどもかかりましたでしょうか。(汗)
  胴体に太ゴムをかけ,ヒビの上を渡るように角材を表裏一本づつ噛ませ,再接着部分をピンポイントで上から少し押さえつけるようにして固定します。


  こうして,面板が楽器に完全に固定されたところで,いよいよヒビ割れの埋め込みにとりかかります。

  表裏のヒビ割れはいづれもやや幅が広く,最大で2ミリくらい開いちゃってるところもあります。
  ヒビとしては大物ですが,ここまで開いてくれてますと,逆に埋めるのがラクですね。
  うちの宝物(ゴミ,ともいう)----過去の修理でハガした面板から,長くて薄い板を切り出して,これを埋め込みます。
  ヒビ割れがせまいと削るのも大変ですが,2ミリくらいの厚さがあれば,途中で折れることもなく,長いのもうまく削りだせますね。


  なんどか実際に当てながら,板の厚みを調整して,ヒビの両岸にたっぷりニカワを染ませ,埋め木を一気に押し込みます。木が柔らかくなると,うまく奥まで押し込めないので,埋め木自体にはニカワは塗りません。押し込んでから,埋め木の両サイドに沿って薄く溶いたニカワを筆で盛って,埋め木に水分とニカワを染ませます。このとき余分なニカワが面板に滲みないように注意してください。さッと塗ったら濡らして軽く絞ったウェスですぐ拭き取る,これを何度かくりかえします。


  埋めた板が固定されるのを待つ間,木粉粘土で虫食い穴を埋め続けます。

  工房到着時は表面板にも木口にも無数の虫食い孔が見えたので,板がスカスカになっていた9号早苗ちゃんや,内部から粉が山盛り出てきた19号与三郎の恐怖がアタマをよぎりましたが,孔の数は同じくらい多かったものの,なぜか板を表裏方向に貫いただけのものが多く,食害の横への広がりがほとんどなかったため,どの食害部分も楽器の音色や部材の強度にさほどのダメージを与えていません。



  とはいえ,あちこちが穴ポコだらけなのはやっぱり見苦しいですし,部材自体の強度には影響がなくても,温度湿度への反応や接着部分の劣化速度等には悪影響がありましょうから,とにかく一つでも多く埋めとかなきゃなりません。孔の入口に,ツマヨウジや竹べらで,やや柔らかめに練った木粉粘土をこそぎ入れ,やや半乾きになったところで,細い棒でつついて少しだけ穴の内部に押し込む----楽器を回したりひっくりかえしたりしながら,これを順繰りにひとぉつひとつ,穴に粘土が入らなくなるまで続けました。


  何箇所,あったでしょうねえ----たぶん百箇所近くあったと思うんですが(汗)。

  虫食い穴のほか,裏板に3箇所ばかり節目に由来する穴が開いてたりもしてるので,これも埋めておきました。
  乾いたところで,ヒビ割れの埋め木と一緒に整形しちゃいます。


  つぎに面板の木口があちこちで凸ってるので,虫食い孔補修の整形を兼ねて,これを軽く均しておきます。
  ちなみにこれは,面板がハガれてズレたせいでも,前所有者のマズい修理とかでもありません。

  オリジナルの加工ですね---うぬう,テキトウしやがって。
  棹自体の工作は理想的な角度になっていたのに,取り付けた棹が変なふうに傾いでいたのには,棹孔付近のこの出っ張りも関係していますです,ハイ。

  大体の処置が終わったところで,表裏の面板を清掃,ハガれていた半月をつけなおします。


  この楽器の側面には20号や29号の時同様,スオウによる染色がかなりいい状態で残ってますので,面板の清掃に際しては,使用する重曹液が垂れて滲みないよう(スオウは重曹に反応して変色します),側面はしっかりマスキングテープで巻いて保護してあります。

  テールピースの剥落っていうのは,けっこう目立つ故障なのですが,この作業を終盤のほうに回したのは,修理の過程で胴体や棹に修整を施したような場合,この半月の微妙な位置調整で,けっこう辻褄合わせが出来ることが多いからなんですね。



  今回の場合,棹の角度や位置の修整はしたものの,実際に組み立てて測ってみますと,楽器の中心線がズレるような事態にはなっておりませんでした。こうなるとほぼオリジナルの位置に戻すだけで済みますね。
  けっこうな作家さんの楽器でも,楽器の中心線が微妙に狂っていたり,庵主がさっき書いたよう,最後に 「辻褄合わせ」 した結果,半月の位置がおかしなことになったりしているような例は珍しくないんですが,太清堂,こういうところはなぜか意外とキッチリしていますね。

  清掃の時,半月の接着部や胴体表面に,ちゃんと中心線を出してから作業した痕跡,ケガキ線や目印が何箇所か見つかりました。

  オリジナルの半月は,ゴベゴベについてた裏面のニカワをこそぎとり,あらかじめスオウで軽く染め直し,油拭きロウ磨きしてあります。
  山口から糸を張って左右の位置を確認し,ズレないように当て木を噛ませてからLクランプで圧着----ニカワは少なめ圧は軽めに,そして両接着面は軽く荒らし,よく湿らせ,薄く溶いたニカワを染ませておきます。
  何度も書いてますが 「ニカワを染ませた面と面を密着させる」 のが最強の接着術なんです。ヌルヌルに塗ってニカワの層を作っちゃうのが,いちばん下手い接着です。


  さて,こちらの新作お飾りは扇飾りのみ。

  オーナー予定者さんからの注文は「鳳凰」だったンですが----いつもの調子で細かく彫ッたくりますと,左右目摂のコウモリ,通称「ぬるっとさん」と合わない,というかこッちは一つだけなぶん浮いちゃいますよねえ。
  悩んだ結果,こんなふうに----
  いや,これでもちゃんと「鳳凰」なんですよ。(汗)
  タツ○コプロの商標ではございません。
  古代の青銅器なんかに使われた鳳凰の紋様を「ぬるっと」させてみました。うむ,これが限界。上手に彫るのより下手に彫るほうが,格段にムズかしいわい。(エラそう)


  楽器に残っていたフレットは4枚。うち3枚が白竹(晒し竹)で1枚が煤竹で作られていました。加工も違うので,どっちかが本物のオリジナルで,どっちかが後で付け足されたものだとは思うのですが,今ひとつ決め手がなく,分かりかねます。
  まあ,どちらにせよたぶん,この楽器のフレットはもとから竹だったと思われますので,こちらも竹でまいりましょう。
  再製作したフレットをオリジナルの位置にたてた場合の音階は以下の通り。第1~4フレットまでがほぼ等間隔で並んでますねえ。
  チューニングは上(低音開放弦)=4C/合(高音開放弦)=4Gです。

4C4D-14Eb+424F+114G-94A-235C-105Eb-465F#+29
4G4A-114Bb+365C-25D-185E-345G-285Bb-436C+49

  …ううむ,ずいぶんと波乱に満ちた音階で。(汗)

  上をドとしたときミとラがやや低いってあたりは,ギリ清楽の音階の特徴をとらえてますが,高音域なんかかなりアヤしげですね。


  フレットの接着痕が,ケガキの目安線からかなりズレてたりもしてる(フィールドノート参照)んで,フレット位置は実際の音を聞きながら調整したものと推測されるんですが,そのあたりの作業,実際はどうだったんでしょうね。調子笛みたいなものがあったのか,それとも記憶と耳だけでやったのか……今後の研究課題の一つです。

  できあがったフレットは,ヤシャブシ液に砥粉と木灰をブチこんだ汁のなかで10分ほど煮込んで一晩放置。 洗って乾かしてまた一晩,ラックニスに半日ほど漬け,引き揚げてまた一晩。 亜麻仁油とロウで磨いて,さらに一~二晩……煤竹だったら削って磨いてそこで終わりなんですが,斗酒庵式竹フレットは,いつもながら手間がかかります。


  完成したフレットとお飾りを戻し,ヘビ皮の代わりに錦のバチ布を貼って。
  2013年10月17日,月琴32号,修理完了です。


  さっそく試奏----

  ぐぎぎ…憎い憎い憎い。
  「太清堂」が憎いです。

  こんなに雑な作りなのに,なぜちゃんと…いいえ,それどころかこんなに良い音で鳴るのか?

  ずっと書いてきたとおり,この作者「太清堂」は,木工の腕前はまあそこそこでしょうが,ツギハギの棹茎と言い,軸孔の加工やとンでもないコウモリの意匠と言い----本業の楽器職ならまず考えもしないような,非常識な工作を平気でやっちゃうヒトです。その技術は「木工」としてはそれなりに素晴らしいけれど,「楽器」としてはあまりにも物識らずで拙い。
  けれど楽器の良し悪しというのはけっきょくのところ「音」で。
  いくら良い材料で,定石どおりに,小ギレイに作ったところで,音がマズければ楽器としては失敗作,逆に安い材料でテキトウに作られてても,音が良ければ名器なのです。

  この楽器なんかも,その好例かもしれません。
  いちおうもにおうも生真面目に作ったり修理してる身からすると,なんか口惜しく,ナットクいかないことながら,音はよろしい。…ぐぎぎぎ


  棹はかなり理想の角度に近く調整したんですが,フレットはやや高めになりました。とはいえそれも,清楽月琴としては「高すぎる」というほどでもなく,操作性は良好です。
  半月位置での内外の糸の間隔がやや広めになってますが,これもさほど問題ではない程度。
  実際に素材も工作もやや雑ですし,同時修理してた33号松音斎があまりに手練て行き届いた出来になってるものですから,見比べると見劣りはするんですが,実は庵主,音質的にはこっちの音のほうが好みですね。


  月琴という楽器としては若干,明るすぎる音色かもしれませんが。くっきりとした音ながら,柔らかく温かな余韻がかかります。やや太めの真鍮直線と,バネと直線を組み合わせた例の機構---ほかの楽器には見られない,太清堂独自の構造ですが,これの威力がやっぱりスゴいんですね。
  庵主によるウサ琴での再現実験でも,こう響き線の組み合わせはかなり良い結果を出してますし,バネ構造のほうは単体で,省スペースかつ効果的な響き線として,エレキ月琴・カメ琴はじめ,自作の胡琴などにも仕込んでいます。どれも予想以上の効果がありました。


  うむ…そういうあたりでは庵主,このヒトに感謝しとかなきゃなんですがね。
  ぐぎぎ…やっぱりなんか口惜しい。憎い憎い憎い。羨ましい,妬ましい。

  認めたくないものだな…才能の差,ってやつは。

(おわり)


月琴32/33号(5)

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斗酒庵 またまた同時進行 の巻2013.10~ 月琴32/33号 (5)

  前回の報告までで,今回の同時修理それぞれの楽器でのイチバン大変なあたりは,なんにゃかだいたい終わってしまいました。
  32号は棹茎を分離しての角度の調整,33号は面板を一部外しての響き線の確認と補修がメインでしたね。
  庵主の修理は「楽器としての再生」のところに本分があり,後のこともぜんぶ自分で背負うつもりでやってますが,まあどちらも,オリジナル状態の改変や破壊にあたりますので,古物屋さんは絶対やっちゃいけませんし,技術に自信のない方は軽々にマネしないよーに。

  さあて,作業はこれより,一気に細かくなりますよ~。




STEP5/32号 ゆれる大交差点

  茎を再接着して,棹の傾きは修整できましたが,調整がまだ少し残っております。


  まずはこれ,棹の指板面と胴体の間に,少し段差が出来ちゃってます。

  棹基部の背側を少し削って,オモテ側にツキ板を一枚。これで段差も解消。もともとの工作が雑なため,前後左右にも少しグラつきますからね,ついでに延長材先端と基部の右側などにも小さなツキ板を貼って,スルピタ,キッチリに調整します。

  次の作業に入る前に,まずは山口(トップナット)に刻まれたヘンチクリンな糸溝を埋めときましょう。
  やれやれ,誰が何のためにやったんだか----位置もなんもありゃせんですね,しかも深い。
  いっそ山口ごと換えちゃうってのも考えたんですが,これ,かなり頑丈に取付られてまして,ハガすのが多少手間そうです。
  茎分離の時に,指板をちょっと濡らしたら反っちゃってその後矯正するのがタイヘンでしたから,このまま使うこととしました。
  もとの糸溝(?)に,唐木の粉をエポキで練って塗りこみ,表面を整形してできあがり。
  新しい溝は,糸が張れるようになってから切りましょう。


  何度か書きましたが,この楽器の作者「太清堂」,木工の腕前はそこそこですが,楽器職としてはほとんどシロウトに近いレベルのヒトだったと考えられます。「木工としては正しい」(もしくは「それもアリ」)だが「楽器の製作」の上ではペケ----というか,専門の楽器職ならふつうは考えもしないような,粗雑もしくは稚拙な加工や工作があちこちに見つかります。

  そのひとつが糸倉の軸孔,すなわち糸巻きを挿し込む孔の加工。
  楽器屋さんの多くはここを,真っ赤に焼いた鉄の棒をつっこんで焼き広げる「焼きぬき」という方法で加工します。糸巻きの孔は力のかかるところですので,孔をあけるのと同時に,周辺の木の繊維を焼き潰して強化し,糸倉を割れにくくするわけですが,33号の軸孔…こりゃ,ツボ錐かなにかであけた孔ですねえ。しかも加工があんまり丁寧でないので,内壁なんかガサガサしてますわい。


  月琴という楽器の弦圧は,三味線や琵琶に比べると格段に低いので,実のところここを「焼きぬき」で「しなければならない」というほどの理由は通常ありません----まあ,すべて唐木などで作られる高級品とかなら別ですが。
  これまで実際に使われてきたわけですし,このまま使ってもまあ問題はさほどないんでしょうが,転ばぬ先の杖をついておきましょう。
  軸孔の内壁に,柿渋を染ませて強化しておきます。
  強度としては,はじめから焼きぬきで加工した場合には敵いませんが,何もしないよりはるかにマシです。
  軸のほうは全体を油拭きし,こちらも先端に柿渋を染ませて補強しておきます。




STEP5/33号 虎はよみがえる


  32号とは逆に,もげていた茎(なかご)を再接着した33号。
  接合部に損傷はなかったので,ニカワを塗って元の場所につっこんだだけですが,うまくいったようです。
  このまま胴体におさまれば,32号同様,山口のところで約2ミリ背面側に傾いた,理想的な角度になりますね。

  新しく入れた間木は,整形して補彩を施しました。
  んで,清掃もかねて棹全体をさッと油拭きしたんですが----すンごィですねえ。

  見てくださいよ,この見事な虎杢。

  朴の木でこんなになってるの,庵主はいままで見たことがありません。
  いったい,どんなとこに生えてた木なんでしょうねえ。


  胴体がこれと同じ材質で出来てるかどうかといったところも,今回の修理でのちょっとした楽しみの一つだったんですが,棹と同時に油拭きをしたものの,糸倉ほど顕著な虎杢は浮かんできませんでした。

  この虎杢はなにやら部分的なものだったらしく,同じ棹でも,うなじから下の部分になると,ほとんど見えなくなっています。胴体の部材にも,「虎杢」と言えるほどではありませんが,通常の場合とは違う特殊な光彩(ギラつき)が見えますので,はっきりとは言えませんが,やはりこの棹と胴体は,同じ材で作られているのだと思われます。

  この見事な虎杢の楽器に敬意を表し,拙いながら,当代から贈り物をしときましょう。

  オリジナルはまったく不明なんで,オーナー予定者さんからのオーダーで,蓮頭を彫りました。
  伝統模様とかではないんですが…今回は欠損部品も少ないんで,庵主が遊べる部分があんまりないんですよねえ。(w)「牡丹にカエル」---ちょっとカッコつけて漢文風に 「瓜々先生尋花王(かかせんせいかおうをたずぬ)」の図とでも銘打っておきましょか。(ww)

  素材はカツラの端材,カメ2号の工作の余り板ですね。
  厚みがもう少し欲しいとこでしたがまあよろしい。砥粉を混ぜたスオウを重ね塗りして,重曹で1次媒染,薄めたオハグロ液を数回塗って2次媒染。やや暗めの紫檀色に染め上げ,ラックニスをかけて木灰で磨き上げました。
  この33号の原作者,「松音斎」さんは,二千本以上の月琴を世に送り出してる,月琴作者界のイチローみたいな人なので,本体工作ではかないませんが,小物の細工では負けませんよ!(…あんまりエバれない)

(つづく)


月琴32/33号(4)

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斗酒庵 またまた同時進行 の巻2013.10 月琴32/33号 (4)

STEP4/32 はずれもんのブルース

  さて,ぼんぼがまいりましょう!

  32号,面板が両面割れたりあちこちハガれたりてるのをのぞけば,さして深刻な損傷はございませんが,原作者の工作がなにぶんアレなもので,あちこちに月琴としてはイマイチの加工が目立ちます。


  その最たるものが,棹のとりつけでしょう。

  なんども書いているように,月琴という楽器の棹は,胴体の水平面より若干背側に傾いているのが理想的なカタチなんです。
  唐渡りの実物なんかを,ちゃんとじっくり観察することのできたような職人さんなんかは,そういう設定を最初から分かっていたかもしれませんし,実際に何本か作ってみて自然に気がつくような,眼の利いた腕こきの職人はともかく,その大流行期に,猫も杓子で手を出したうぞーむぞーの職人さん(楽器職以外も多くふくむ)によって作られた月琴なんかの場合,このあたりが知識的にも経験的にも腕前的にもキチンとしておらず,そのせいで,やたらと格好はイイけど,やたらと弾きにくい楽器になってるようなことがママあります。


  これなんかまさにその典型ですね。(w)

  32号の指板面は,よくある胴体と面一どころか,やや前に傾いでおります。
  このままだとフレットが高くなって弾きにくいうえに,胴体と棹の間に出来た浅いVの字の底になる第4フレットあたりには,厄介なデッド・ポイント(弦の振動が阻害されて音の響かなくなる箇所)なんかも発生する可能性があります。


  原作者サマにゃなンか悪いンですが,
   このあたり,
    キッチリと改修させていただきまっしょい。


  棹茎の接合部に濡らした脱脂綿を巻き,一晩ほど放置します。
  フレットは,前回胴体のお飾りといっしょにはずしておきました。指板の付け根のところにスオウの当時色が少し残ってますね。この指板はカリンですが,スオウで染めて,紫檀っぽくしていたんでしょう。

  一晩置いて延長材はブジはずれました。あうう…ここもやっぱ妖怪「ニカワべったり」ですねえ。



  水気がちょっと多すぎたのか,棹のほうに少し滲みちゃったせいで,指板の端っこがめくれあがってしまいました。
  もっかい濡らしてからスキマにニカワをたらしこみ,当て木をして矯正してます。
  このめくれちゃったあたりには,木目からくる大きなエグレが縦に走っており,こんなふうに反っちゃったのはたぶん,この材質のせいですね----ううう,マトモな楽器屋さんなら,たぶん使わない。(^_^;)

  数日置いて乾いたところで,接合部を削りなおして延長材の角度を調整,再接着します。


  もともとこの棹の胴体との接合部は,上に書いた理想的な設定---山口(トップナット)のところで背側に2ミリ傾く---になるような角度でちゃんと削られているんですが,延長材の取り付けの工作が雑だったせいで,反対に前に傾いで,棹背側にスキマまで出来ちゃってたんです。

  すなわち,この延長材さえつけ直しとけば,
   あとはほとんど無加工,組み立てなおすだけで,そこそこいー感じに直ると思いますよ。





STEP3/33号 迷探偵あわらる


  はら,またまた対照的な作業になりましたねえ。(w)

  33号は,はずれていた延長材を再接着します。

  最初の回で書いたと思いますが,この故障の原因はおそらく酔っ払って(w推測w)楽器を踏んじゃったあたりかと。まあ2合か3合でしょうか,まだ泥酔じゃなくほろ酔いくらいで。踏みつけてすぐ「やべっ!」と足を戻せるあたり(やたら具体的だなあ…)----体重のかかったのが瞬間なので,棹が折れたり面板が割れたり,という惨事には到らなかったものの,茎の接合部が割れて延長材がはずれてしまった,ってとこでしょか。

  同じような故障は,保存が悪かったせいでニカワが劣化したような場合にも起こりえますが,この楽器の保存状態は良いほうですし,抜け落ちた延長材の先端に残っているニカワはまだ活きてます。たんに原作者の工作不良で,ということもありえますが,松音斎は庵主もみとめる腕のいい職人です。抜けてはいますがこの延長材だって,たださしこむだけで,キッチリと寸分の狂いなくおさまりますもんね。


  んでは何を根拠にそんな酔狂な推理が成り立つかといえば,

  棹接合部の裏側先端にだけ,延長材からハガれた木材の一部がついてるからなんですね。
  こうした故障は,楽器を水平面に置いたとき,オモテがわから,それも棹と胴体の接合部付近に負荷がかかった場合,起きると考えられます。月琴の糸倉の背は,胴体の背面より数センチ深いので,これを床に置くと背面に,胴尻と糸倉の背を支点にした,直角三角形のスキマが生じます。
  この状態で先ほど述べたような負荷がかかった場合,接合部には「糸倉 ↑ ↓ 胴体」という方向に力が伝わります。延長材の先端は「糸倉 < 胴体」というカタチになってますから,ここがこう「糸倉 ↑<↓ 胴体」なると,オモテがわの接着はパックリいきますが,裏側はせまい先端部分に力が集中し,柔らかい針葉樹で出来た延長材のカケラが木目に沿ってもぎとられ,棹側に残ったのだというわけです。



  ----ナニ,分からん?   いやワシも物理的には正しいのか知らんのだが,経験から言って(何やらかした?)まず間違いないと思ふ。

  書いたとおり,もとの加工精度が素晴らしいので。

  修理とは言ってもまあ,32号の場合と違い角度の調整とかも必要ございません。濡らして古いニカワを拭き取り,新しいニカワを塗ってつっこむだけであります。


  ついでに,なくなってた糸倉先端の間木も入れておきます。

  ここがついてないと,せっかく無傷なトラ杢の糸倉が,ちょっとした拍子で割れちゃったりしてしまいかねません。
  ここもまあカツラの端材を刻んで,ニカワを塗ってハメこむだけです。

  まあ今回はこんなところで。

(つづく)


月琴32/33号(3)

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斗酒庵 またまた同時進行 の巻2013.10 月琴32/33号 (3)

STEP3/32 とじられた壷天

  32号の調査計測は夏の帰省前に済ませていたし,33号のほうは一夏の甘い思い出…いえ宿題がわりに,実家のほうでボチボチとやっておりました。あらかた調べることも調べましたので,ハイ,またまた同時修理とまいります!
  メンドいので記事,一本にまとめちゃいますね----楽器の質が違うんで,そのあたりはかえって参考になるかもしれません。

  まずはともあれ,修理のために少々おジャマな,お飾りの類をはずしてしまいます。
  32号から。


  ヒビの片側と,ハガれてる下縁部のあたりの端っこが,少しめくれて反っちゃってますので,ついでに湿らせて柔らかくしておきましょう。この楽器の象徴であるコウモリの目摂---通称 「ぬるっとさん」 もはずしちゃいます。お飾りのデザインはシンプルですが,ニカワはやたらと多めですね。ハガれるまでにけっこうかかりました。


  第4フレットの下に,やや大きな虫食いがありました。こりゃ後で埋めとかんとね。
  撥皮にはかなり厚めの,やたらに丈夫なヘビ皮が使われていました。板が割れた原因の一つは,これの収縮だったかもしれませんね。


  お飾りがはずれたところで。本格的な作業に先がけて,面板の浮いているところを再接着しておきます。
  32号は表裏に入った大きなヒビの両端を起点に,オモテ板は地の側板,ウラ板は天の側板の,それぞれおよそ3/4がハガれてしまっています。
  いささか範囲が大きいので,部分的なクランピングだとおっつきませんから,またこれを使いましょう----ウサ琴の外枠流用の即製大型クランプです。
  作業に入る前に,接着面をあらためて調べてみますと,ハガれている箇所の接着面に,ぐにょぐにょの虫食い溝がいっぱい見つかりました。いづれもごく浅く,板も「スカスカ」というほどにはなっていませんが,このままだとうまくくっつかないので,すべての溝に,柔らかめに練った木粉粘土を塗りこんでからニカワを塗り,充填接着とまいります----ぎゅぎゅーっとシメあげると,中身がにゅっとな。




STEP3/33号 月のヒミツ



  おつぎは33号。
  こちらのニカワは対照的にごく少なめ,必要最小限,って感じです。しっかりついてるのに,濡らすとカンタンにはずれてきました。腕のいいのもありますが松音斎さん,お飾り類はメンテや清掃の時にはハガすものだってことを,きちんと分かってらっしゃるんですね。

  お飾りがなくなったところで,こちらこれまた対照的に,板の一部をひっぺがします!

  事前の調査で気がかりだった,響き線の状態を確かめるためです。オモテ板の,ちょうど響き線の基部のあるあたりから,大きなヒビ割れが縦に貫通してますので,ここからハガしましょ。

  サイワイなことに。線は表面真っ赤にサビてはいたものの,朽ちてはおらず。表面をちょっと磨いたら,ギラギラの銀色になりました。長い曲線で,胴体の深くまで入り込んでるため,ぜんぶひっぱりだして磨くようなわけにはいかなかったんですが,届く範囲まで磨いてから,表面に軽くラックニスを刷いて防錆しておきます。



  さて,これもまた見た事がないタイプの響き線ですね。
  いままで見た中でもかなり長いほうですね。線は胴内をぐるっと回って,先端は楽器向かって左の側板,ギリギリのところまで行っています。

  このように基部が楽器の肩口にあって,線が胴内を回る曲線は,唐物月琴などに多い古いタイプですが,上桁のところでカクッと曲げられているところがとくに珍しい---なるほど,こうするとぜんぶ一定の曲線よりは調整がしやすいかもしれませんね。


  響き線は,その一部が胴体内部のどこかに触れてたり,先っちょがどっかにひっかかったりしてると,まったく効果を発揮しなくなりますから,楽器を演奏姿勢に立てた時に,胴体内部で完全な片持ちフロート状態になるよう,微妙に調整する必要があります。このタイプの長い響き線は,効果はすばらしいのですが,たわんだ曲線であるだけに,通常長くなればなるほどその調整が難しくなるのです。
  この線の場合,基部から上桁のところまではほぼ直線に近いので,この部分の振幅は小さく,揺れやたわみもほぼ気にしなくていいです。カクっと曲がってるとこから大きな弧を描いてるわけですが,その部分の位置や角度の調整は,この曲がってる部分をちょっといぢるだけで済みます。何度も線を揉んで全体のアールを直したり,基部までさかのぼっての微妙な角度調整をしなくてもいいでしょうね。それでいて,線の長さは実質古式の月琴のそれと同じ,一部を直線にしたことによる振幅効果のロスも,そんなにないんじゃないか,とか考えます。

  うむ,そのへんの実際は,今度またウサ琴で実験してみることといたしましょう。

  事前の調査で,棹孔からは見えなかった部分もはっきりと分かりましたので,フィールドノートもようやく公開できます。


  上下桁の両端は,わずかではありますが斜めに落とされています。裏面も同じようになっているのかどうかは分かりませんが,前に書いたようにコレ,面板を胴体に密着させるための加工ですね。ここに溝を作ることによって,柔らかい桐板が自然に沈み込めるだけの「タメ」が生まれるのです。
  これがないと,内桁と側板の高さをかなーりシビアーに合わせ,全接着面を完全面一にでもしなければ,面板は凹んだり凸ったりしてるとこからハガれやすくなる,ということですね。もちろん,相応の技術があれば不可能なことではありませんし,実際にやってみせてた例もあるのですが。比較的廉価で,数打でしか利益の出せない月琴という楽器で,そこまでの精密さへの要求は,基本不利益にしかなりません。これはある意味,加工を容易にして,歩留まりを減らすための工夫の一つであった,とも言えましょう。

  下桁には,真ん中のあたりにふたつ,穴があけられていました----といってもコレ,ツボ錐(彫刻刀の丸刀みたいな先端をしたキリ)でもネズミ錐(先端が三叉になってるキリ)の穴でさえもない,いちばん一般的な三ツ目錐の穴ですねえ。直径3ミリ,といったところでしょうか。「音孔」というには小さすぎますし,「空気穴」というにも,ハテこれで本当にいいのやら?といった,申し訳ていどの加工ですが,さてさて。こういう加工のひとつひとつが,いったいどういうふうに音に結びついてゆくのか,実際に音の出せる日が,楽しみになってまいりました。

(つづく)


月琴33号(2)

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斗酒庵 松の音色に酔う の巻2013.8~ 月琴33号 (2)

STEP2 しわよせの黄色いへんちき

  3.内部簡見

  ----とはいうものの,33号松音斎。

  表裏板の割レも狭いし,端っこのほうをきっちり再接着(うーむ,たぶん木工瞬接…)されてるもので,32号みたいにぴろッとめくって,まいっちんぐにのぞき見るわけにもいきません。

  例によって棹孔からの出歯亀ですが,今回は内部観察のためにこんなもんを作ってみました。
  簡易フレキシブル風ライト。材料は¥100均で買ったLEDのミニライトと麦球イルミネーションです。
  ミニライトが先っちょの高輝度LED,麦球イルミは電池ボックスと線だけいただいてハンダでつなぎます。


  LEDに必要な電圧は6Vですが,電池ボックスは単三2本仕様なんで,結線をちょいと工夫し,ミニライトについてたボタン電池をハメこめるようにしました。

  うむ,点いた!

  カメ2の報告でも書きましたが,庵主さまの電工は,ガンプラのザクの目をボユン,と光らせるあたりが限界となっております。
  LEDと麦球が同じようなもので助かっ…え,これって極性とかあるんだ?
  てきとうに繋いだのに,よく点いたなあ。(感動)

  ちなみに前(2006年)に修理した「松音斎」はこうなってますた(右画像)---これを念頭に,穴からのぞき,棒をつっこみ。
  さてさて。

  まずは----基本的な構造は,これとほぼ同じようですね。

  内桁は2枚。

  棹孔のヘリから上桁まで 142,下桁まで 285。
  上桁と下桁の間が大きく離れていて,その間の共鳴空間が広めにとられています。
  桁の材質はおそらくスギ,厚さは8ミリほどでしょうか。
  上桁には棹茎のウケ孔と,響き線を通すための孔が,向かって右側にひとつ,あけられています。
  この孔は,前の松音斎では円形でしたが,33号は四角。15×60ほどで,丁寧な加工できっちりと四角に貫いてますね。


  響き線は一本。

  細めの鋼線です。基部がどうなってるのかは分かりませんが,四角い和釘で止めてあるもよう。
  前の松音斎は,基部が向かって右の側板,上桁をはめこんでいるところの少し上にあって,そこから深めの弧を描きながら,最深部は下桁の真ん中にあけられた細長い孔のあたりにかかり,反対側の側版方向へと延びていました。
  今回の33号は,まず基部が天の側板,棹孔のすぐ右あたりにあります。
  これは唐渡りの月琴などでよく見られる古い形式なんですが,唐渡りの月琴の弧線が,基部からほぼ直角に近く曲がって,深い弧を描き,ほぼ胴体内を半周するのに対して,33号の線は,どうやら前の松音斎と同じような長さ・カタチのものが,位置だけ変えて取り付けられているようです。棹孔からの観察でも,基部付近での線の曲がりが浅めなのが良く分かります。
  前の松音斎ではあった,下桁の孔も,見える範囲では確認できません。たぶんただの板だと思いますね。



  ちょっと気になるのが,線の表面が真っ赤なこと----かなりサビサビに見えますねえ。
  線の動きは悪くなさそうですが,こないだの14号みたいに,芯まで朽ちてたら…ちょっと心配です。

  サイワイ,面板のウラにもオモテにもでっかいヒビ割レがありますから,響き線の状態確認のためもかねて,どっかひっぺがそうかと考えています。そしたら内部構造等,不明なあたりもはっきりしますからね。

  内部の詳細は,またその時にでも。

  形式としては月琴の古式を摸倣したものですが,全体の工作も線の形状自体も,明治以降の国産月琴によく見られる型になっています。
  前の松音斎とこの33号,どちらが古いのか?
  むずかしいですね~(汗)

  工作はどちらも手慣れています----おそらくは月琴を手がける以前に,すでにけっこうな腕前だったかと。
  楽器としての本体部分の工作加工は,どちらもあまり手抜キがないし,ほぼ同等の精緻さですが,接合部分や装飾のあたりからすると,33号のほうがかなり簡略化されているとは思います。うう~ん,イノチを賭けろ,と言われたら全力疾走で逃げますが,アイスやるから,と言うなら33号のほうが後----と答えますね。明治20年代…かな?

  おっちゃーん,アイス!アイスっ!

(つづく)


工尺譜の読み方(15)

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工尺譜を読んでみよう の巻工尺譜を読んでみよう! その15


STEP11 歌え,その身の感電しちゃうまで!

(画像はいずれもクリックで別窓拡大)


  さあ,ここまでついてきてくださった皆様,いっしょに次のステップへとのぼることにいたしましょう(…あ,踏み外した)。 では歌つき復元曲,第一曲目--やはりこの曲からはじめましょう--「九連環」,合わせる裏曲は「九子連環」です。

  今回使用するテキストは,国会図書館所蔵の『清楽雅唱』(太田連 明治16年)。
  なぜこの本を選んだかといいますと----

  1) 渓派(東京派)の譜面である。
  2) 付点がされている。
  3) 歌詞対照譜もついてる。
  4) メジャーな曲しか入っていない。

  という3点に合格したからであります。

  庵主は現在,東京に住んでいる関係上,江戸から明治のころ,「この街でどんな音楽が流れていたか」 に興味があります。
  渓派というのは鏑木渓庵(参照 こちら など)の作った清楽の流派で,「東京派」という別名のあるとおり,この東京における最大流派の一つであったと申します。ただこの流派,漢文学者系のトラッドな頭の方が多かったらしく,庵主いうところの「近世譜」とか,数字譜への変換といったような,より読み解きやすい楽譜への工夫とか,西洋楽器などとの共演といった新機軸には,ライバルだった梅園派(参照 こちら など)などにくらべるとやや不寛容でありまして。楽譜といえば自分で朱入れする字だけの工尺譜が多く,資料が多いわりにはこういうふうに歌詞対照になってる譜なんかが少なく,イザ復元しようとするとタイヘンなのであります。
楽譜1
  さらにこの楽譜は,まず曲だけの工尺譜があり,これに付点がされています。
  前にも書きましたが,こういう古いタイプの縦書き工尺譜というものは,ふつう音階を示す上尺工凡…の符字が並んでいるだけ,本来はそれに,お師匠さんから教えてもらいながら,点とか線を朱入れして完成させるものなんですね。だからそのままだと,どの音がどのくらいの長さなのかが分からない----つまりは,ある楽譜とある楽譜に書いてある符字の並びが100%同じだったとしても,ほんとに同じように演奏されていたかどうかについては,ふつうは分からないんですね。
  その点,この楽譜には点がある。曲を4/4としたときの,1小節の出だしを示すだけの点と連続音を表す棒線だけなものですが,これがあるおかげで,庵主の持っている,渓派の朱入りの楽譜との,曲の上での比較同定が可能----ちなみに,ここに収録された歌譜の曲調は,符字の順列だけでなく,いままで復元した同派における基本的な部分のそれと,ほぼ完全に一致いたしました。渓派の基本楽譜における各朱入り本の比較の詳細と復元は,拙HP「明清楽復元曲一覧」の『清風雅譜』の項目をご参照ください。

  つぎに「歌詞対照譜」があります。
  これは見て分かるとおり,歌詞のうち,どの字がどの音符に対応するかを書いたもの。
  対照になっているのは一番の歌詞だけで,後の部分は句読点(○)の位置で推測せよ,というものですがこれも大切。ないとどこをどんなふうに歌えばいいのか分かりませんものね。

  では清楽曲,歌い方のお勉強をはじめましょう!
  原書のカナ書は,画像を参照してください。

楽譜2 楽譜3
  もうちょっと一般向けの楽譜なんかだと,歌詞は3段めまでしか紹介されてないほうが多いですね。
  ただこの歌詞,5段めくらいまでは内容的にもつながりがありますが,6~7段めにつながれてるのは同じころ流行っていた 「五更調」 という別の俗曲の歌詞だと思います。だので,この部分が「九連環」の歌詞として最初からついてたかどうかについては少々ギモンあり。もしおぼえるなら,3段めまででもいいですよ。

  上=4Cだと,女の人の声では前半が低すぎて歌いにくいし,不自然ですね。これを歌うときには清楽本来の音階 「上=Eb あたりに上げておいたほうがいいかもしれません。
  音域が狭い曲なので,弦子(蛇皮線・中国三線)で演奏すると,どこのフレーズもさらに1~2オクターブ上げ下げして演奏できますが,歌の音程は,そのなかから人の声で歌ったとき,もっとも自然でフレーズ間に違和感のないメロディ・ラインでとりましょう。

  さて,コトバの注は細かいですよ。見出しが赤文字になってるのは,明らかに誤伝と思われる要修正箇所です。

    (第1段ほか)
  • 「兮(エ)」 は普通音 「xi1 ,カナに直すと 「シィ」 または 「ヒィ」。 秋山・河副・村田きみ『清楽歌譜』・岡本半渓『清楽の栞』いづれも本書と同じ。「看々兮(カンカンエー)」という表記は清楽の譜本以外,たとえば当時の流行音楽について触れた記事中にも見かけられ,広く認知されていたものだが,上記のように,実際の大陸における字音とはずいぶん異なっている。これを普通音に近く 「兮(イ)」 としているのは穎川藤左衛門『からのはうた』くらいで,中井新六『月琴楽譜』や黒沢瑞与『清風雑曲』は字もかえて 「也(エ)」 としている。こちらのほうが発音上も用法的にも問題がないが,ビン南語での発音は「エ」であるので,間違いではない。ただ,あまり俗文学ではみない文字なので,漢詩好きな日本の文化人が「也」の通音借字とした可能性もないではない。
    (第1段)
  • 「九(キウ)」 普通語では 「jiu3。 これだと日本語の 「キュウ」 には聞こえないが,南方の方言では 「カウ」「ギュウ」 と発音されることが多い。
  • 「環(クワン)」 普通語では 「huan2,ビン南語や客家語では 「クヮン」「コヮン」 と,ほぼ原書表記で発音される。
  • 「双(スヤン)」 普通語 「shuang1 は 「シュアン」「ショエン」 に聞こえる。南方の方言では 「サアン」 か 「シァン」
  • 「了(リャウ)」 普通語では 「liao3」 と詞尾に「オ」の音が来るが,南方の方言では「リウ」「リャウ」と「ウ」で終わることが多い。
  • 「断(ドワン)」,普通語だと 「duan4,ビン南語で 「トァン」 のほか南方で「ドゥン」「デュン」といった発音になる。「ドワン」でも間違いではない。現在の長崎明清楽では「ダン」と唱えるが,これは明らかに日本読み,ただしもともと「ドゥ-アン」と唱えていたものが,縮まって「ダン」に落ち着いた可能性もあり,実際,人工音声で「ドゥアン」と読ませると「ダン」に近く聞こえる。
    (第2段)
  • 「夫妻(フツイイ)」,普通音だと 「fu1qi1。 秋山・岡本半渓,百足登『明清楽之栞』などは 「フウサイ」 とする。広東語などでは「妻」は「チャイ」に近いが,この「サイ」は実質日本語の音読みである。これもあるていど広まった誤伝のようだ。中井新六は「フウツイイ」河副作十郎「フウツイ」,こちらのほうが実際の音に近い。
    (第3段)
  • 「岸(ガン)」 普通音 「an4(アン)」だがビン南語では 「ガン」,広東語では「ゴン」となる。黒沢の『清風雑曲』だけは普通音に近く「岸(アン)」とする。南の方音ならば問題なし。
  • 「船(チエン)」,普通語 「chuan2 は「チュェン」だが,南方の方言ではもう少し短く「チュン」とか「ツン」と傾向があるので,「チェン」でもさほど間違いではない。広東語・上海語の「セウ」「シュン」は「舟」のほうの日本語読み「しゅう」に通じる。
  • 「雖然(ナンゼン)」,普通音 「sui1ran2方音にも「ナ」ではじまる要素はない。河副「スイゼン」,頴川藤左衛門は「ソイジエン」,中井新六・黒沢水与「スイジェン」。もともとは「雖」を「難」と間違ったものか?秋山・岡本純は本書同様だが,同系の村田きみは「スイゼン」としている。これも渓派による誤伝であろう。再現では修整。
  • 「遠(ヨン)」 普通音 「yuan3 方音にも「ヨ」と聞こえるような音で始まる要素は少ない。台湾語などで 「オェン」 と読む例があるが,「ユェン」あたりが妥当か。中井「エン」同前。
  • 「閉了双門(ピイリヤオスヤンメン)」,再現では一音づつ丁寧に発音させると不自然になるので促音させて 「ピ-リャシャンメン」と読ませる。「双(スヤン)」普通語 「shuang1 は「シュアン」か「ショエン」に聞こえる。南方の方言で「サアン」「シァン」
  • 「見(ケン)」,普通音 「jian4 は「チェン」「ジェン」 に近いが,南方では 「キェン」 もしくは 「ギェン」 とするところが多い。「ケン」でもあながち間違いではない。
    (第4段)
  • 「変(ヘン)」 普通音 「bian4,中井も「ペン」とする,方音も「ビ」もしくは「ピ」で始まり「ヘ」の要素はない。
  • 「鳥(チャウ)」 普通音 「niao3 で中井は 「ニャウ」 とするが,台湾語などでは 「チャウ」もしくは「ヂォウ」,間違いではない。
  • 「唭哩呱〓(ギリコロ)」,「〓([口|戸])」 はここでは 「嚧」 の略字。「qi-li-gua-lu」 で鳥の鳴き声。中井は「唭[口|梨]咕嚧(ギリクル)」とする。不定字の擬音なためどちらでも構わない。
  • 「春(チン)」,秋山・村田きみ同じ。普通音は 「chun1で,中井新六は「チュン」とする。黒沢瑞与はこのフレーズを「還有一個春同相会了」とする(「春」の読みは同じく「チュン」)。方音もだいたい「チュン」か「ツン」で「チン」に近いものは見つからない。おそらくは誤写誤伝,再現では「チュン」に修整,ただし人工音声に「チュン」と入力して発音させると「ツン」に聞こえてしまうため,多少工夫している。
    (第5段)
  • 「飄(ピヤウ)」,普通音 「piao1 で詞尾は「オ」もしくは「ウォ」だが,上記「了」等と同様,ビン南語および南の方音では「ピャウ」「ピウ」「ペウ」「ピョウ」と,詞尾が「ウ」になる例が多い。
  • 「高(カウ)」,普通音 「gao1 同前,南方では詞尾が「オ」>「ウ」。
  • 「雪美人(スイムイジン)」 普通音 「xue3mei2ren2,中井は 「シマイジン」 とする。普通音はカタカナ読みにすると 「シエ」か「ソエ」,方音もだいたい同じ,本書の方がすこし近いか。
  • 「懐中(ワンチョン)」,普通音 「huai2zhong4,中井「ワイチョン」,方音でも「ハイ」「ワイ」で詞尾が「ン」になる要素はない。
    (第6段)
  • 「好(ハウ)」,普通音 「hao3 だが,これもまた南のほうでは詞尾が「ウ」になる傾向あり。
  • 「敲(テ)」,普通音 「qiao1,方音は 「キォ」「ハウ」,再現は中井「キャウ」とするに従うが,もっと簡単な 「打」 であった可能性もある。
    (第7段)
  • 「鶏(クイ)」 普通音 「ji3 ,中井は「キイ」河副は「キヒ」。清楽で普通音のJがKになる傾向からすると,中井・河副の「キイ」は可だが,方音だと「コイ」「コエ」,本書の「クイ」とは少し合わない。おもえらく,日本風に「ケイ」と音読みカナ書きした「ケ」を「ク」に誤写したのが伝承されたものかもしれない。再現は中井に従う。
  • 「報(パウ)」,普通音 「bao4 だが,南方ではもっと簡略に 「ボー」 とする場合が多い。「新聞」のことを中国では「新報」というが,北京ではこれを 「シーンバアーオ」 と言って売り歩き,上海では 「シーンブウゥゥゥ」 と言って売り歩く,という記事を何かの本で読んだことがあるが,まさしくそれ。

  さて,以上を踏まえ,修整した上で,歌詞に新たなカナ読みをふってみましょう。
  こんなふうですかね----
楽譜4
  1字1拍子,黒四角(音の伸びたぶんを表す)も1コ1拍子,4/4とすると,文字4つで1小節ですからね。
  まずは上の3段までをおぼえてみてください。残りの部分はこちら。

楽譜5 楽譜6
  これに伴奏つけて AquesTone で歌わせたのが,こちら■(mp3 24bps 847KB)

  どうせ上の注なんかすっとばして読んでることでしょから,歌うときに気をつけて欲しいあたりをザックリと言っときますと。語尾が「-ヌ」になってるのは,中国語だと「ng」で終わるとこ。 「n(ン)」より柔らかく,鼻に抜ける「ン」だと思ってください。
 (キ)は「キ」と「ジ」の中間のつもりで,同様に(ジ)もしくは(ズ)は「ジ」と「リ」,「ズ」と「ル」の中間くらいのつもりで発音してください,ほか( )で囲んである場合は「軽く」発音する箇所ね----ナニ,ムリを言うな,舌噛んだ?がんばって練習しなさい,そのうちなんとなく慣れます。
  ほかも細かいことを言ったらキリがありませんが,そのあたりでとりあえず「中国語(南方の方言)っぽく歌ってる日本人」くらいには聞こえるはずです。

  歌うのに慣れたら,日本語でも歌ってみてください。
  以下は庵主の訳,コレ,原曲でちゃんと歌えるようにもなってますからね----

 1ごらんよ あたいの知恵の輪を ああ知恵の輪よ
  何じょうしても解けぬ いッそ切りましょか
  切って切れるものなら ねえ

 2誰(たれ)でしょか あたいの知恵の輪を ああ知恵の輪を
  解いてくれる ひとは 解きゃそのひとに
  いッそつくすものなの にねえ

 3いとし あのひと河岸(かし)のうえ わしゃ船のうえ 
  流れァ越え られぬ 窓しめましょか
  見て触れぬ ものなら ねえ

 4鳥と なってや飛びたいね そうよどこなりと
  どこなりと飛んで でも落ちるなら
  春のよな あなたの 手ぇよ

 5風花(かざはな)も 三尺つもったら そうよつもったら
  雪だるまなろか そんであのひとが
  抱いて溶ける ものなら ねえ

 6宵にはあなたを待ちこがれ そんで二の刻(こく)
  あのひとは来ない 三の刻響く
  太鼓 思い切れない ねえ

 7四の刻 鶏もないてます ああ夜も明ける
  五の刻にゃ朝よ ほんに切ないね
  恋の病てえのは ねえ

(つづく)


工尺譜の読み方(14)

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工尺譜を読んでみよう の巻工尺譜を読んでみよう! その14

STEP10 歌を翼にのせるまで

楽譜1
  さて,清楽の曲というのは,かつて大陸で流行っていた俗曲や流行歌。
  本来は,楽器で弾くだけの器楽じゃなく,「歌」のついていた曲,というものがけっこうあります。

  清楽の曲を月琴や明笛で演奏していると時折,「なんでここ,こんなに変なメロディになってるのかなあ?」 とか思うことがあるのですが,多くの場合,そういうところは歌との兼ね合いで伴奏の調子を少しはずしていたり,歌と合わせてはじめて意味をなすような部分だったりするのですね。
  楽器と歌がまったく同じメロディをなぞっていては,音楽に深みは出ません。沖縄の三線音楽じゃ「唄三線」といって,歌と楽器がそれぞれの違ったメロディを合わせることで完成する,とされてます。

  前にも書いたように,清楽で使われる「工尺譜」という譜面は,同じ文字列を,低音楽器と高音楽器それぞれ楽器の奏者が,それぞれの楽器の音域・音階に合わせて読み解くようになっています。 たとえば,月琴の場合は,楽譜に「合・四」(低いソ・ラ)と書いてあったとしても,音がないので,実際には「六・五」(高いソ・ラ)で弾くしかありません。明笛はそのどちらの音を出すことも可能ですが,高音域を持続させるよりは全体を低音域に下げて,平坦なメロディにしてしまったほうが,ラクですし演奏的にもより美しく吹き続けることができます。
  清楽曲の音域はたかだか2オクターブていど,人の声はこの場合,どちらの楽器のパートに合わせることも可能ですが,そのどちらに合わせても,ニンゲンのうたう歌としては不自然な旋律にしかなりませんし,どちらかの楽器の音をつぶしてしまう,あるいは楽器の音につぶされてしまうことにもなりかねません。

楽譜2
  庵主はいまのところ,特に「歌」についての指示が書き込まれている楽譜,というものにはお目にかかったことがありません。 現在残っている明清楽などでは,歌のパートは基本,明笛と同じ低音部で発音されることが多いのですが,これとても,芝居歌のように男女のパートが分かれていたりするような場合には,それぞれ低音/高音のメロディで唱えられるようなこともあったでしょう。また,同じフレーズを何度もくりかえすような長い長い歌などでは,まったく同じ音程で同じメロディをくりかえしていては,歌っているほうも聞いているほうも飽きてしまうでしょう。

 じっさい復元の作業をしていると,楽譜は低音で指示されているけれど,全体の流れからすると,その部分はオクターブあげたほうが歌いやすかったり,あるいは聞きやすいといったフレーズに出会うことがちょくちょくあります。

  清楽に使われる楽器の中で,もっとも「歌」のメロディ・ラインに近いフレーズを弾くことが出来る楽器は,おそらく「弦子」(蛇皮線)だと思います。実際に歌と合わせるときは,さらにそのメロディの「ウラ」を弾くことになるとは思いますが,工尺譜から歌のパートを復元するとき,庵主は常に,弦子による再現演奏を念頭におき,実際に声を出して歌ってみることで,その高低を考えるようにしています。

  復元された「歌」のメロディ・ラインに,庵主の勝手な好みや,根拠の薄い改作が混じってしまっているあたりは,多少ごかんべんください。(笑)まあ,研究の出汁(だし)として,おびただしい数の中国の民謡や民間音楽や古い邦楽の曲などを,耳から反吐が出るほど聞きまくってるので,こうした曲におけるある種の音楽的な「傾向」みたいなものは,多少なりとも庵主の耳や脳にヘバりついており,その妥当性は皆無ではない,と信じたいところであります。

楽譜3
  こうして復元されるメロディですが,おつぎには,その「歌詞」にも問題があります。

  まずは日本のがわの問題。

  清楽はほんらい日本人が中国の歌を中国語で歌うところに意味があります----そのため楽譜に漢字で書かれた歌の横には,中国語の発音がカナ書きで付されているのですが,同じ歌の同じ字に付せられたカナが本によって違っていたりで,その表記は一定していません。

  まあもともと,日本語の平仮名や片仮名は,音表文字としては不完全なものですからしょうがありませんね。

  ふたつめに,清楽の譜本というものはいまから百年以上むかしに出されたもの。
  そこに載ってる歌自体は,さらにその数十年以上前に伝わってきたものなわけですよね----ここオボエといてください----この受け取ったがわの日本人の日本語の発音が,当時から現在までにけっこう大きく変わってしまっているのです。
  たとえば明治のはじめまで,「はひふへほ」 は 「ふぁふぃふぅふぇふぉ」 に近い発音でしたし,現在は書くうえの違いだけで同じように発音される「お」と「を」,「わ」と「は」などにも顕著な違いがあり,統一されてしまった「せう/しょう」,「けう/きょう」「か/くゎ」などにも発音上の差異があったわけです。
  このあたりから「本に書いてある」ヒラ仮名なりカタ仮名を,現代の発音で「そのまま」読んだとしても,中国語に聞こえないのはあたりまえのことながら,当時の日本でどんなふうに歌われていたか,の再現にもなりません。

  清楽曲の復元において,歌詞の音を考える時,まずはこの日本語の変化を念頭においておかなければなりません。先行の研究の多くは,このあたりへの考慮を欠いていて,本に書いてある「カタカナ」をもとに復元したり比較したりしたものが多いのです。清楽の曲はたしかに「中国伝来の」音楽ですが,二つの国も時代もまたいでいるのですから,単純に送ったがわのことばかり考えていては,その研究は成り立ちませんよね。

楽譜1
  つぎに中国語のほうの問題。

  清楽曲の歌詞の漢字のところを,中国語の共通語「普通話」(ぷうとんふぁ)で読むと,横に書いてあるカナ読みとぜんぜん合わないようなことがちょくちょくあります。
  ひとつには上にも書いたように,日本語のカナは音表文字としては不完全なものですから,外国語の発音を適確にとらえ,表現することはもともと不可能です。また日本における伝承の中で,伝言ゲームのように間違いたり変化してしまった部分もありましょう。

  ではカナ書きを無視して,ぜんぶをいッそいま一般的な「普通話」で再現する,というのはどうでしょうか?
  そこにもまた,そういうわけにいかないという問題があります。

  ----日本にくらべると中国は広い。
  地域による言語の差異というものも,日本の方言なぞとはくらべものにならないくらい大きくて,省をまたいだら互いに通じない,くらいのことはザラにあるのですね。   清楽の曲でその来歴がしっかりと分かっている,つまりはその曲が広い中国のどのあたりで発生し,日本に伝わってきたのかが分かるものはほとんどありませんが,その担い手となった船乗りたちは,中国の南のほうの出身者が多かったので,やはりそのあたりで流行っていた歌が中心であった,と推測されます。
  南のほう,と大雑把に言っても,そこにはさらに「広東語」(かんとんご)や「閩南語」(びんなんご)があり,杭州や蘇州,上海なんかも地域的な独特の方言を持っています。

  江戸から明治のころの日本語の発音とその表記を頭に置き,さらに中国南方の方言の傾向を加味したうえで,あらためて譜本に記された平仮名・片仮名による発音を考えてみると,ああなるほど,この語は普通話の発音じゃないな,とか,当時の日本人には中国語のこの音がこういうふうに聞こえていたのか,だからこういうふうに表記したのかということが分かってくることが多いですね。

  今回はまずまず,言い訳ていどの書き連ね。
  さて,次回からいよいよ歌のお勉強です。

(つづく)


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