月琴33号松音斎(6)
![]() STEP6 とおいくにのあなたへ ![]() 33号松音斎,こちらは響き線の補修のため剥がした面板の再接着から。 もともと大きなヒビ割れのあった部分から剥がしたものですが,こういう場合そのまま戻しても,側面との間に段差が出来てしまうものなので,接合部に薄いスペーサーを1枚噛ませて,剥がした板の周縁が,側面のふちから少し余るようにしちゃいます。 こうすれば整形は板の木口を少し削るだけ,以前のように胴体のほうを削ったりしなくていいですもんね。 ただ,今回の場合は部分的な再接着なもので,固定が少し難しいです。 周縁にクランプをかけ回すのはいつものことですが,さらに板とスペーサーを密着させるため左右方向にも圧をかけなきゃなりません。そこでクランプでゆるめに止めてから,胴体に太ゴムをかけ,接合部が浮かないように角材を噛ませました。板は側面から,スペーサーの幅ぶん飛び出してるので,これでまあうまくいくかと思います。 ![]() ![]() 裏面板のヒビ割れは32号同様,薄い埋め板を削って処理。 表面板の左にも一本ヒビ割れが走ってましたが,裏のヒビに比べると細いものだったので,埋め木ではなく木屑を押し込む方法で処置。 ![]() ![]() 一晩置いて,すべての補修箇所を整形,面板の飛び出していた右側部も均し,面板を清掃しました。 32号とくらべると面板を染めていたヤシャブシはかなり薄めで,白っぽい板ですね。ヨゴレもそんなにヒドくなかったので,1度か2度こすっただけでだいたい落ちました。 さあ,これでイッキに完成! ![]() ![]() ----だったんですが。 うむ,一晩置いたら意外な落し穴が。
まあそんなに順調にはいかないもので……(汗) ![]() フィールドノートにも書いたとおり,この楽器の内桁,特に下桁には大きな音孔とかが開いてないので,胴体内部,とくに下桁の下のスペースは完全密室,ここに落ちたゴミとかは,どんなに楽器を揺すっても除くことができません----けっこう注意しながら作業したつもりだったんですが,うぬ不覚じゃった。 しょうがないので裏板の下縁のほう節目のある部分に穴をあけて,ここからゴミを取出しました。節穴のところは木目が混んでいるので,埋めても補修痕が目立ちませんからね。 ![]() 表面板のヒビ割れ再発。右のは板を再接着したほうですが,スペーサーの工作が良くなかったのか,左右圧着の圧が足りなかったのかもしれません。スペーサーに沿って何箇所か断続的に割れてしまいましたので,こちらは木屑や木粉粘土を詰め込んで埋めました。 左のほうは,当初ヒビ割れがせまかったので,木屑で埋めたんですが,再発したヒビの断面を改めて調べてみると,ここは矧ぎ目に沿って虫に食われていたことが分かりました。食害はほぼ直線で,横への広がりはほとんどありませんでしたが,板の矧ぎ目をトンネル状に食い荒らされているので,そのままではくっつきません。食われている部分をナイフで切り取り,埋め木してつなぎましょう。 最後のほうでちょっとつまづいたんですが,まあここまでが何もないくらい順調でしたからね。 ヒビ割れの再修理に一日,その後数日様子を見ましたが,今度は再発する様子もあまりないようですので,面板を清掃。 さあ,こんどこそホントに組み立てましょう! ![]() 糸を張る前に半月を磨いておきましょう。 周囲をマスキングテープで囲んでから,布に亜麻仁油を少しつけて磨きました。たぶん胴や棹と同じホオ材をスオウで着色したものでしょう。糸による圧迫痕や角の擦り切れはありますが,状態は良くいまのところ使用に問題もなさそうです。 ![]() こちらのフレットは象牙。 なくなっている第1~4フレットを再製作して,あとはオリジナルをそのまま使おうと思います。 糸を張るに際して,もともと山口には申し訳ていどの糸溝が刻まれていましたが,これだとトレモロした時に糸の安定が悪いので,ちゃんと切り直します。 清楽の伝統的な演奏では,庵主がふだんやってるようなマンドリンばりのトレモロ演奏なんかしませんからね,古い楽器では糸溝はあったりなかったりするんです。 フレットをオリジナルの位置にたてた時の音階は以下のとおり。 チューニングは上(低音開放弦)=4C/合(高音開放弦)=4G。
![]() 数字にすると分かりにくいかもしれませんが,32号に比べるとマトモな音の並びになっています。 あいかわらずミとラが30%ほど低めですが,これは前世紀に外国人によって計測されたような結果とほぼ一致していますね。 日本の清楽の伝統的な音階にほぼピッタリといったところでしょうか。 古色をつけるため,こちらも32号のフレットと一緒にヤシャブシ液でちょいと煮込んでから磨きます。磨いて表面の茶色くなったところを落としてしまうと,もとのように真っ白になりますが,これやっておくと半年ぐらいで色が上ってきて,古い象牙みたいな風合いが出てきます。 あとはお飾りですね。 ![]() ![]() ![]() 右の目摂のシッポが欠けてますので,足しておきましょう。 あと,当初扇飾りのところに付けられていた中央の円飾り,これも補修して付け直します。 どっちも材はオリジナルと同じホオの薄板。蓮頭に凝ったぶん,扇飾りはふつうの万帯唐草で再製作しましたが,オリジナルも染め直したので,ほとんど見分けはつきませんね。 さて,細かな部品もそろったところで。 フレットとお飾りを貼り付け,2013年10月18日, 月琴33号,修理完了いたしました! ![]() ----なんの問題も,ございませぬ。 ![]() 松音斎,さすが2000本以上の月琴をこさえただけのことはありますね。とにかくまあ,隅々まで気のいきとどいた出来です。うむ,スキがない,まったくない。 太清堂と違いまして,これだけの実力差を見せつけられますと,もう口惜しくもない。 たとえばそう右画像。 半月のアップですが----分かりますか? 太い低音弦と細い高音弦で,弦間をちゃんと違えてあるんですね。 ![]() それにこのフレットの低さ。 第1フレットがすでに1センチありませんね。 このおかげで運指はきわめてなめらか,軽く押えるだけで,低音から高音まですべての音がくっきりと出ます。 この楽器に関しては,庵主がいつも残念に思うような「理想(フレットの低さ)と現実(弦の高さ)の乖離」なんてありません。オリジナルの低いフレットが,そのままで問題なく使えました。 まさに「理想どおりの楽器」……この月琴は一事万事この具合で作られてます。 月琴というものを知り尽くした職人の,レギュラー実力での一本,ってとこでしょうか。 ![]() 主材はホオですから,月琴としては中級品ですが,ホオはホオでも珍しい虎杢のホオですからね。 こういう変わり杢の材料は木目の読みが難しいので,いざカタチにするとへんなアラが表面に浮いたり,割レが入ったりすることが多いんですが,木取りが巧いんでしょうね,美しさと頑丈さの両方を兼ね備えています。 いいですか,この棹,壊したら庵主,一週間ぐらい泣きますからね。 ![]() 音色は優しく柔らか。長い響き線が,大きなうねりの余韻を返してきます。 前にも書いたとおり,響き線が長いとそのぶん,最高の状態で鳴らすために演奏姿勢がかなり限定されてしまいます。 ただ,オソろしいことに松音斎,おそらくはこのへんまでも考えて作ってますね。 カンタンに言うと「いちばん弾きやすい姿勢」で「いちばん良い音」が出るようになってるんですね。 あたりまえのようなことですが,実際に作ってみりゃ分かりますよ----それがどんだけ難しいことかってのは。 音を良くするために部材をちょっと削る。 そうすると,あたりまえのことですが楽器の重量バランスもちょっと変わります。木は生き物ですので,削りたいところが削れるとは限りません。持ったときバランスの悪い楽器で,最良の演奏姿勢を保つのは難しいこと,月琴のような軽い楽器でも…いや,むしろこんな軽い楽器だからこそ,わずかなバランスの狂いが演奏や音色に大きく演奏するんでしょうね。 この楽器は側面を下にして床に置いても,胴体と軸先だけでふつうに直立します。 横倒しにして立つかどうかなんてのは,急須の出来の良し悪しを見るため,古道具屋がよくやる手ですが,工芸品がいかにバランスよく作られているのかを試す手段としてはけっこう有効----鉄壁ですね。 ![]() 32号があんな工作で音は悪くなかった驚異に比べれば,33号がこれだけの工作でこれだけの音が出るのは,ある意味あたりまえと言えばあたりまえのことなんですが,高井柏葉堂の楽器のように,高い技術が音に結びついてないようなケースも多々見てきましたからねえ。 逆に言うと,磨いた技術を,作ったものにきちんと反映させることの大事さ,難しさの思い知らされた修理でした。 ほかにも,さりげない工作で,庵主すら気づかないようなことが,じつはまだまだあったかもしれません。 ---こりゃ,ホントにかなわんわ。 (おわり)
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