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月琴32号太清堂(6)

G032_06.txt
斗酒庵 またまた同時進行 の巻2013.10~ 月琴32号 (6)

STEP6 あいとにくしみのぼれろ

  さて,32号,いよいよ胴体の修理へとまいりましょう。
  こちらの響き線は真鍮ですので,サビについては大丈夫はありません。
  取付部分の強度も修理前の観察で,問題なさそうでしたので----さッさと箱にもどしちめぇましょう。


  当初,表裏にあった大きなヒビ割れの両端を中心にして,その左右,かなり広い範囲で面板が側板からハガれちゃってましたが,そのあたりは本格的な作業に入る前に,すでに再接着してあります。しかし側部と同じように,面板と内桁との接着も割れ目を中心にトンでしまっているので,そこらも接着し直しておかなければなりません。

  実は楽器としてはこういう内部構造の損傷のほうが,音に直結するんでタイヘンなんです。
  この内桁が面板にちゃんとついてないと,高音域でヘンなビビり音がしたり,響き線の効きが極端になくなったりしますからね。
  しかしながら,月琴にはギターのような大きなサウンドホールがありませんから,作業はいわゆる盲作業----棹孔から筆を突っ込んでは,面板との接着部に沿って薄く溶いたニカワを垂らすくらいしかできません。
  ニカワを垂らしては,面板が浮いてベコベコしているあたりをよーく揉んで,なんとかニカワを桁の接着面に行き渡らせます----小一時間ほどもかかりましたでしょうか。(汗)
  胴体に太ゴムをかけ,ヒビの上を渡るように角材を表裏一本づつ噛ませ,再接着部分をピンポイントで上から少し押さえつけるようにして固定します。


  こうして,面板が楽器に完全に固定されたところで,いよいよヒビ割れの埋め込みにとりかかります。

  表裏のヒビ割れはいづれもやや幅が広く,最大で2ミリくらい開いちゃってるところもあります。
  ヒビとしては大物ですが,ここまで開いてくれてますと,逆に埋めるのがラクですね。
  うちの宝物(ゴミ,ともいう)----過去の修理でハガした面板から,長くて薄い板を切り出して,これを埋め込みます。
  ヒビ割れがせまいと削るのも大変ですが,2ミリくらいの厚さがあれば,途中で折れることもなく,長いのもうまく削りだせますね。


  なんどか実際に当てながら,板の厚みを調整して,ヒビの両岸にたっぷりニカワを染ませ,埋め木を一気に押し込みます。木が柔らかくなると,うまく奥まで押し込めないので,埋め木自体にはニカワは塗りません。押し込んでから,埋め木の両サイドに沿って薄く溶いたニカワを筆で盛って,埋め木に水分とニカワを染ませます。このとき余分なニカワが面板に滲みないように注意してください。さッと塗ったら濡らして軽く絞ったウェスですぐ拭き取る,これを何度かくりかえします。


  埋めた板が固定されるのを待つ間,木粉粘土で虫食い穴を埋め続けます。

  工房到着時は表面板にも木口にも無数の虫食い孔が見えたので,板がスカスカになっていた9号早苗ちゃんや,内部から粉が山盛り出てきた19号与三郎の恐怖がアタマをよぎりましたが,孔の数は同じくらい多かったものの,なぜか板を表裏方向に貫いただけのものが多く,食害の横への広がりがほとんどなかったため,どの食害部分も楽器の音色や部材の強度にさほどのダメージを与えていません。



  とはいえ,あちこちが穴ポコだらけなのはやっぱり見苦しいですし,部材自体の強度には影響がなくても,温度湿度への反応や接着部分の劣化速度等には悪影響がありましょうから,とにかく一つでも多く埋めとかなきゃなりません。孔の入口に,ツマヨウジや竹べらで,やや柔らかめに練った木粉粘土をこそぎ入れ,やや半乾きになったところで,細い棒でつついて少しだけ穴の内部に押し込む----楽器を回したりひっくりかえしたりしながら,これを順繰りにひとぉつひとつ,穴に粘土が入らなくなるまで続けました。


  何箇所,あったでしょうねえ----たぶん百箇所近くあったと思うんですが(汗)。

  虫食い穴のほか,裏板に3箇所ばかり節目に由来する穴が開いてたりもしてるので,これも埋めておきました。
  乾いたところで,ヒビ割れの埋め木と一緒に整形しちゃいます。


  つぎに面板の木口があちこちで凸ってるので,虫食い孔補修の整形を兼ねて,これを軽く均しておきます。
  ちなみにこれは,面板がハガれてズレたせいでも,前所有者のマズい修理とかでもありません。

  オリジナルの加工ですね---うぬう,テキトウしやがって。
  棹自体の工作は理想的な角度になっていたのに,取り付けた棹が変なふうに傾いでいたのには,棹孔付近のこの出っ張りも関係していますです,ハイ。

  大体の処置が終わったところで,表裏の面板を清掃,ハガれていた半月をつけなおします。


  この楽器の側面には20号や29号の時同様,スオウによる染色がかなりいい状態で残ってますので,面板の清掃に際しては,使用する重曹液が垂れて滲みないよう(スオウは重曹に反応して変色します),側面はしっかりマスキングテープで巻いて保護してあります。

  テールピースの剥落っていうのは,けっこう目立つ故障なのですが,この作業を終盤のほうに回したのは,修理の過程で胴体や棹に修整を施したような場合,この半月の微妙な位置調整で,けっこう辻褄合わせが出来ることが多いからなんですね。



  今回の場合,棹の角度や位置の修整はしたものの,実際に組み立てて測ってみますと,楽器の中心線がズレるような事態にはなっておりませんでした。こうなるとほぼオリジナルの位置に戻すだけで済みますね。
  けっこうな作家さんの楽器でも,楽器の中心線が微妙に狂っていたり,庵主がさっき書いたよう,最後に 「辻褄合わせ」 した結果,半月の位置がおかしなことになったりしているような例は珍しくないんですが,太清堂,こういうところはなぜか意外とキッチリしていますね。

  清掃の時,半月の接着部や胴体表面に,ちゃんと中心線を出してから作業した痕跡,ケガキ線や目印が何箇所か見つかりました。

  オリジナルの半月は,ゴベゴベについてた裏面のニカワをこそぎとり,あらかじめスオウで軽く染め直し,油拭きロウ磨きしてあります。
  山口から糸を張って左右の位置を確認し,ズレないように当て木を噛ませてからLクランプで圧着----ニカワは少なめ圧は軽めに,そして両接着面は軽く荒らし,よく湿らせ,薄く溶いたニカワを染ませておきます。
  何度も書いてますが 「ニカワを染ませた面と面を密着させる」 のが最強の接着術なんです。ヌルヌルに塗ってニカワの層を作っちゃうのが,いちばん下手い接着です。


  さて,こちらの新作お飾りは扇飾りのみ。

  オーナー予定者さんからの注文は「鳳凰」だったンですが----いつもの調子で細かく彫ッたくりますと,左右目摂のコウモリ,通称「ぬるっとさん」と合わない,というかこッちは一つだけなぶん浮いちゃいますよねえ。
  悩んだ結果,こんなふうに----
  いや,これでもちゃんと「鳳凰」なんですよ。(汗)
  タツ○コプロの商標ではございません。
  古代の青銅器なんかに使われた鳳凰の紋様を「ぬるっと」させてみました。うむ,これが限界。上手に彫るのより下手に彫るほうが,格段にムズかしいわい。(エラそう)


  楽器に残っていたフレットは4枚。うち3枚が白竹(晒し竹)で1枚が煤竹で作られていました。加工も違うので,どっちかが本物のオリジナルで,どっちかが後で付け足されたものだとは思うのですが,今ひとつ決め手がなく,分かりかねます。
  まあ,どちらにせよたぶん,この楽器のフレットはもとから竹だったと思われますので,こちらも竹でまいりましょう。
  再製作したフレットをオリジナルの位置にたてた場合の音階は以下の通り。第1~4フレットまでがほぼ等間隔で並んでますねえ。
  チューニングは上(低音開放弦)=4C/合(高音開放弦)=4Gです。

4C4D-14Eb+424F+114G-94A-235C-105Eb-465F#+29
4G4A-114Bb+365C-25D-185E-345G-285Bb-436C+49

  …ううむ,ずいぶんと波乱に満ちた音階で。(汗)

  上をドとしたときミとラがやや低いってあたりは,ギリ清楽の音階の特徴をとらえてますが,高音域なんかかなりアヤしげですね。


  フレットの接着痕が,ケガキの目安線からかなりズレてたりもしてる(フィールドノート参照)んで,フレット位置は実際の音を聞きながら調整したものと推測されるんですが,そのあたりの作業,実際はどうだったんでしょうね。調子笛みたいなものがあったのか,それとも記憶と耳だけでやったのか……今後の研究課題の一つです。

  できあがったフレットは,ヤシャブシ液に砥粉と木灰をブチこんだ汁のなかで10分ほど煮込んで一晩放置。 洗って乾かしてまた一晩,ラックニスに半日ほど漬け,引き揚げてまた一晩。 亜麻仁油とロウで磨いて,さらに一~二晩……煤竹だったら削って磨いてそこで終わりなんですが,斗酒庵式竹フレットは,いつもながら手間がかかります。


  完成したフレットとお飾りを戻し,ヘビ皮の代わりに錦のバチ布を貼って。
  2013年10月17日,月琴32号,修理完了です。


  さっそく試奏----

  ぐぎぎ…憎い憎い憎い。
  「太清堂」が憎いです。

  こんなに雑な作りなのに,なぜちゃんと…いいえ,それどころかこんなに良い音で鳴るのか?

  ずっと書いてきたとおり,この作者「太清堂」は,木工の腕前はまあそこそこでしょうが,ツギハギの棹茎と言い,軸孔の加工やとンでもないコウモリの意匠と言い----本業の楽器職ならまず考えもしないような,非常識な工作を平気でやっちゃうヒトです。その技術は「木工」としてはそれなりに素晴らしいけれど,「楽器」としてはあまりにも物識らずで拙い。
  けれど楽器の良し悪しというのはけっきょくのところ「音」で。
  いくら良い材料で,定石どおりに,小ギレイに作ったところで,音がマズければ楽器としては失敗作,逆に安い材料でテキトウに作られてても,音が良ければ名器なのです。

  この楽器なんかも,その好例かもしれません。
  いちおうもにおうも生真面目に作ったり修理してる身からすると,なんか口惜しく,ナットクいかないことながら,音はよろしい。…ぐぎぎぎ


  棹はかなり理想の角度に近く調整したんですが,フレットはやや高めになりました。とはいえそれも,清楽月琴としては「高すぎる」というほどでもなく,操作性は良好です。
  半月位置での内外の糸の間隔がやや広めになってますが,これもさほど問題ではない程度。
  実際に素材も工作もやや雑ですし,同時修理してた33号松音斎があまりに手練て行き届いた出来になってるものですから,見比べると見劣りはするんですが,実は庵主,音質的にはこっちの音のほうが好みですね。


  月琴という楽器としては若干,明るすぎる音色かもしれませんが。くっきりとした音ながら,柔らかく温かな余韻がかかります。やや太めの真鍮直線と,バネと直線を組み合わせた例の機構---ほかの楽器には見られない,太清堂独自の構造ですが,これの威力がやっぱりスゴいんですね。
  庵主によるウサ琴での再現実験でも,こう響き線の組み合わせはかなり良い結果を出してますし,バネ構造のほうは単体で,省スペースかつ効果的な響き線として,エレキ月琴・カメ琴はじめ,自作の胡琴などにも仕込んでいます。どれも予想以上の効果がありました。


  うむ…そういうあたりでは庵主,このヒトに感謝しとかなきゃなんですがね。
  ぐぎぎ…やっぱりなんか口惜しい。憎い憎い憎い。羨ましい,妬ましい。

  認めたくないものだな…才能の差,ってやつは。

(おわり)


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