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工尺譜の読み方(15)

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工尺譜を読んでみよう の巻工尺譜を読んでみよう! その15


STEP11 歌え,その身の感電しちゃうまで!

(画像はいずれもクリックで別窓拡大)


  さあ,ここまでついてきてくださった皆様,いっしょに次のステップへとのぼることにいたしましょう(…あ,踏み外した)。 では歌つき復元曲,第一曲目--やはりこの曲からはじめましょう--「九連環」,合わせる裏曲は「九子連環」です。

  今回使用するテキストは,国会図書館所蔵の『清楽雅唱』(太田連 明治16年)。
  なぜこの本を選んだかといいますと----

  1) 渓派(東京派)の譜面である。
  2) 付点がされている。
  3) 歌詞対照譜もついてる。
  4) メジャーな曲しか入っていない。

  という3点に合格したからであります。

  庵主は現在,東京に住んでいる関係上,江戸から明治のころ,「この街でどんな音楽が流れていたか」 に興味があります。
  渓派というのは鏑木渓庵(参照 こちら など)の作った清楽の流派で,「東京派」という別名のあるとおり,この東京における最大流派の一つであったと申します。ただこの流派,漢文学者系のトラッドな頭の方が多かったらしく,庵主いうところの「近世譜」とか,数字譜への変換といったような,より読み解きやすい楽譜への工夫とか,西洋楽器などとの共演といった新機軸には,ライバルだった梅園派(参照 こちら など)などにくらべるとやや不寛容でありまして。楽譜といえば自分で朱入れする字だけの工尺譜が多く,資料が多いわりにはこういうふうに歌詞対照になってる譜なんかが少なく,イザ復元しようとするとタイヘンなのであります。
楽譜1
  さらにこの楽譜は,まず曲だけの工尺譜があり,これに付点がされています。
  前にも書きましたが,こういう古いタイプの縦書き工尺譜というものは,ふつう音階を示す上尺工凡…の符字が並んでいるだけ,本来はそれに,お師匠さんから教えてもらいながら,点とか線を朱入れして完成させるものなんですね。だからそのままだと,どの音がどのくらいの長さなのかが分からない----つまりは,ある楽譜とある楽譜に書いてある符字の並びが100%同じだったとしても,ほんとに同じように演奏されていたかどうかについては,ふつうは分からないんですね。
  その点,この楽譜には点がある。曲を4/4としたときの,1小節の出だしを示すだけの点と連続音を表す棒線だけなものですが,これがあるおかげで,庵主の持っている,渓派の朱入りの楽譜との,曲の上での比較同定が可能----ちなみに,ここに収録された歌譜の曲調は,符字の順列だけでなく,いままで復元した同派における基本的な部分のそれと,ほぼ完全に一致いたしました。渓派の基本楽譜における各朱入り本の比較の詳細と復元は,拙HP「明清楽復元曲一覧」の『清風雅譜』の項目をご参照ください。

  つぎに「歌詞対照譜」があります。
  これは見て分かるとおり,歌詞のうち,どの字がどの音符に対応するかを書いたもの。
  対照になっているのは一番の歌詞だけで,後の部分は句読点(○)の位置で推測せよ,というものですがこれも大切。ないとどこをどんなふうに歌えばいいのか分かりませんものね。

  では清楽曲,歌い方のお勉強をはじめましょう!
  原書のカナ書は,画像を参照してください。

楽譜2 楽譜3
  もうちょっと一般向けの楽譜なんかだと,歌詞は3段めまでしか紹介されてないほうが多いですね。
  ただこの歌詞,5段めくらいまでは内容的にもつながりがありますが,6~7段めにつながれてるのは同じころ流行っていた 「五更調」 という別の俗曲の歌詞だと思います。だので,この部分が「九連環」の歌詞として最初からついてたかどうかについては少々ギモンあり。もしおぼえるなら,3段めまででもいいですよ。

  上=4Cだと,女の人の声では前半が低すぎて歌いにくいし,不自然ですね。これを歌うときには清楽本来の音階 「上=Eb あたりに上げておいたほうがいいかもしれません。
  音域が狭い曲なので,弦子(蛇皮線・中国三線)で演奏すると,どこのフレーズもさらに1~2オクターブ上げ下げして演奏できますが,歌の音程は,そのなかから人の声で歌ったとき,もっとも自然でフレーズ間に違和感のないメロディ・ラインでとりましょう。

  さて,コトバの注は細かいですよ。見出しが赤文字になってるのは,明らかに誤伝と思われる要修正箇所です。

    (第1段ほか)
  • 「兮(エ)」 は普通音 「xi1 ,カナに直すと 「シィ」 または 「ヒィ」。 秋山・河副・村田きみ『清楽歌譜』・岡本半渓『清楽の栞』いづれも本書と同じ。「看々兮(カンカンエー)」という表記は清楽の譜本以外,たとえば当時の流行音楽について触れた記事中にも見かけられ,広く認知されていたものだが,上記のように,実際の大陸における字音とはずいぶん異なっている。これを普通音に近く 「兮(イ)」 としているのは穎川藤左衛門『からのはうた』くらいで,中井新六『月琴楽譜』や黒沢瑞与『清風雑曲』は字もかえて 「也(エ)」 としている。こちらのほうが発音上も用法的にも問題がないが,ビン南語での発音は「エ」であるので,間違いではない。ただ,あまり俗文学ではみない文字なので,漢詩好きな日本の文化人が「也」の通音借字とした可能性もないではない。
    (第1段)
  • 「九(キウ)」 普通語では 「jiu3。 これだと日本語の 「キュウ」 には聞こえないが,南方の方言では 「カウ」「ギュウ」 と発音されることが多い。
  • 「環(クワン)」 普通語では 「huan2,ビン南語や客家語では 「クヮン」「コヮン」 と,ほぼ原書表記で発音される。
  • 「双(スヤン)」 普通語 「shuang1 は 「シュアン」「ショエン」 に聞こえる。南方の方言では 「サアン」 か 「シァン」
  • 「了(リャウ)」 普通語では 「liao3」 と詞尾に「オ」の音が来るが,南方の方言では「リウ」「リャウ」と「ウ」で終わることが多い。
  • 「断(ドワン)」,普通語だと 「duan4,ビン南語で 「トァン」 のほか南方で「ドゥン」「デュン」といった発音になる。「ドワン」でも間違いではない。現在の長崎明清楽では「ダン」と唱えるが,これは明らかに日本読み,ただしもともと「ドゥ-アン」と唱えていたものが,縮まって「ダン」に落ち着いた可能性もあり,実際,人工音声で「ドゥアン」と読ませると「ダン」に近く聞こえる。
    (第2段)
  • 「夫妻(フツイイ)」,普通音だと 「fu1qi1。 秋山・岡本半渓,百足登『明清楽之栞』などは 「フウサイ」 とする。広東語などでは「妻」は「チャイ」に近いが,この「サイ」は実質日本語の音読みである。これもあるていど広まった誤伝のようだ。中井新六は「フウツイイ」河副作十郎「フウツイ」,こちらのほうが実際の音に近い。
    (第3段)
  • 「岸(ガン)」 普通音 「an4(アン)」だがビン南語では 「ガン」,広東語では「ゴン」となる。黒沢の『清風雑曲』だけは普通音に近く「岸(アン)」とする。南の方音ならば問題なし。
  • 「船(チエン)」,普通語 「chuan2 は「チュェン」だが,南方の方言ではもう少し短く「チュン」とか「ツン」と傾向があるので,「チェン」でもさほど間違いではない。広東語・上海語の「セウ」「シュン」は「舟」のほうの日本語読み「しゅう」に通じる。
  • 「雖然(ナンゼン)」,普通音 「sui1ran2方音にも「ナ」ではじまる要素はない。河副「スイゼン」,頴川藤左衛門は「ソイジエン」,中井新六・黒沢水与「スイジェン」。もともとは「雖」を「難」と間違ったものか?秋山・岡本純は本書同様だが,同系の村田きみは「スイゼン」としている。これも渓派による誤伝であろう。再現では修整。
  • 「遠(ヨン)」 普通音 「yuan3 方音にも「ヨ」と聞こえるような音で始まる要素は少ない。台湾語などで 「オェン」 と読む例があるが,「ユェン」あたりが妥当か。中井「エン」同前。
  • 「閉了双門(ピイリヤオスヤンメン)」,再現では一音づつ丁寧に発音させると不自然になるので促音させて 「ピ-リャシャンメン」と読ませる。「双(スヤン)」普通語 「shuang1 は「シュアン」か「ショエン」に聞こえる。南方の方言で「サアン」「シァン」
  • 「見(ケン)」,普通音 「jian4 は「チェン」「ジェン」 に近いが,南方では 「キェン」 もしくは 「ギェン」 とするところが多い。「ケン」でもあながち間違いではない。
    (第4段)
  • 「変(ヘン)」 普通音 「bian4,中井も「ペン」とする,方音も「ビ」もしくは「ピ」で始まり「ヘ」の要素はない。
  • 「鳥(チャウ)」 普通音 「niao3 で中井は 「ニャウ」 とするが,台湾語などでは 「チャウ」もしくは「ヂォウ」,間違いではない。
  • 「唭哩呱〓(ギリコロ)」,「〓([口|戸])」 はここでは 「嚧」 の略字。「qi-li-gua-lu」 で鳥の鳴き声。中井は「唭[口|梨]咕嚧(ギリクル)」とする。不定字の擬音なためどちらでも構わない。
  • 「春(チン)」,秋山・村田きみ同じ。普通音は 「chun1で,中井新六は「チュン」とする。黒沢瑞与はこのフレーズを「還有一個春同相会了」とする(「春」の読みは同じく「チュン」)。方音もだいたい「チュン」か「ツン」で「チン」に近いものは見つからない。おそらくは誤写誤伝,再現では「チュン」に修整,ただし人工音声に「チュン」と入力して発音させると「ツン」に聞こえてしまうため,多少工夫している。
    (第5段)
  • 「飄(ピヤウ)」,普通音 「piao1 で詞尾は「オ」もしくは「ウォ」だが,上記「了」等と同様,ビン南語および南の方音では「ピャウ」「ピウ」「ペウ」「ピョウ」と,詞尾が「ウ」になる例が多い。
  • 「高(カウ)」,普通音 「gao1 同前,南方では詞尾が「オ」>「ウ」。
  • 「雪美人(スイムイジン)」 普通音 「xue3mei2ren2,中井は 「シマイジン」 とする。普通音はカタカナ読みにすると 「シエ」か「ソエ」,方音もだいたい同じ,本書の方がすこし近いか。
  • 「懐中(ワンチョン)」,普通音 「huai2zhong4,中井「ワイチョン」,方音でも「ハイ」「ワイ」で詞尾が「ン」になる要素はない。
    (第6段)
  • 「好(ハウ)」,普通音 「hao3 だが,これもまた南のほうでは詞尾が「ウ」になる傾向あり。
  • 「敲(テ)」,普通音 「qiao1,方音は 「キォ」「ハウ」,再現は中井「キャウ」とするに従うが,もっと簡単な 「打」 であった可能性もある。
    (第7段)
  • 「鶏(クイ)」 普通音 「ji3 ,中井は「キイ」河副は「キヒ」。清楽で普通音のJがKになる傾向からすると,中井・河副の「キイ」は可だが,方音だと「コイ」「コエ」,本書の「クイ」とは少し合わない。おもえらく,日本風に「ケイ」と音読みカナ書きした「ケ」を「ク」に誤写したのが伝承されたものかもしれない。再現は中井に従う。
  • 「報(パウ)」,普通音 「bao4 だが,南方ではもっと簡略に 「ボー」 とする場合が多い。「新聞」のことを中国では「新報」というが,北京ではこれを 「シーンバアーオ」 と言って売り歩き,上海では 「シーンブウゥゥゥ」 と言って売り歩く,という記事を何かの本で読んだことがあるが,まさしくそれ。

  さて,以上を踏まえ,修整した上で,歌詞に新たなカナ読みをふってみましょう。
  こんなふうですかね----
楽譜4
  1字1拍子,黒四角(音の伸びたぶんを表す)も1コ1拍子,4/4とすると,文字4つで1小節ですからね。
  まずは上の3段までをおぼえてみてください。残りの部分はこちら。

楽譜5 楽譜6
  これに伴奏つけて AquesTone で歌わせたのが,こちら■(mp3 24bps 847KB)

  どうせ上の注なんかすっとばして読んでることでしょから,歌うときに気をつけて欲しいあたりをザックリと言っときますと。語尾が「-ヌ」になってるのは,中国語だと「ng」で終わるとこ。 「n(ン)」より柔らかく,鼻に抜ける「ン」だと思ってください。
 (キ)は「キ」と「ジ」の中間のつもりで,同様に(ジ)もしくは(ズ)は「ジ」と「リ」,「ズ」と「ル」の中間くらいのつもりで発音してください,ほか( )で囲んである場合は「軽く」発音する箇所ね----ナニ,ムリを言うな,舌噛んだ?がんばって練習しなさい,そのうちなんとなく慣れます。
  ほかも細かいことを言ったらキリがありませんが,そのあたりでとりあえず「中国語(南方の方言)っぽく歌ってる日本人」くらいには聞こえるはずです。

  歌うのに慣れたら,日本語でも歌ってみてください。
  以下は庵主の訳,コレ,原曲でちゃんと歌えるようにもなってますからね----

 1ごらんよ あたいの知恵の輪を ああ知恵の輪よ
  何じょうしても解けぬ いッそ切りましょか
  切って切れるものなら ねえ

 2誰(たれ)でしょか あたいの知恵の輪を ああ知恵の輪を
  解いてくれる ひとは 解きゃそのひとに
  いッそつくすものなの にねえ

 3いとし あのひと河岸(かし)のうえ わしゃ船のうえ 
  流れァ越え られぬ 窓しめましょか
  見て触れぬ ものなら ねえ

 4鳥と なってや飛びたいね そうよどこなりと
  どこなりと飛んで でも落ちるなら
  春のよな あなたの 手ぇよ

 5風花(かざはな)も 三尺つもったら そうよつもったら
  雪だるまなろか そんであのひとが
  抱いて溶ける ものなら ねえ

 6宵にはあなたを待ちこがれ そんで二の刻(こく)
  あのひとは来ない 三の刻響く
  太鼓 思い切れない ねえ

 7四の刻 鶏もないてます ああ夜も明ける
  五の刻にゃ朝よ ほんに切ないね
  恋の病てえのは ねえ

(つづく)


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