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KS月琴(3)
KS_03.txt
2013.10~ KS月琴 (3)
STEP3 覗かれた月
さて,では続いて内部の観察に移りましょう。
----と言っても,今回は表裏面板にさしたる損傷もなく,
ムキっ
とめくると中が見えるほどのヒビ割れもありませんので,
棹孔からの覗き見
だけになります。まあ不識の楽器は4面目,そのうち2面は
ほぼ完全にバラして
ますんで,経験から推定するのは比較的ラクですね。
棹孔は 24x12。この周縁を起点として,上桁は 110mm のところにあります。 中央に棹茎の受け孔,左右に笹の葉型の音孔があいています。 茎の孔の裏板側には1ミリほどの薄板がスペーサーとして接着してありますね。
27号でもそうでしたが,不識,ここによくこういうスペーサーを噛ませています。
棹茎本体にツキ板のようなスペーサーを貼付けて,細かい角度の調整や,工作誤差からくるグラつきなどを補正するのはするのはよくあることですが,胴体の,それも
組み立ててしまえばアクセスの難しくなる
内桁のほうに貼付けるというのは,あまり合点の行かないハナシです。
ほかのヒトの場合ですと,組立ての最終的な局面でやらかした
なにか大きな失敗
の辻褄を合わせるため,ふつう見えない内桁のほうで
「やむなく」
補正の加工をしたのだなァ,とか考えるのですが。
彼の楽器の場合はそういう技術的な巧稚の問題ではなく,その特徴的な基本構造のひとつ,
棹が糸倉の先から茎まで一木造り
であることに関係があります。
茎に延長材を継ぐ型
の棹ならば,棹の角度などは延長材の接合部分で調整し,辻褄を合わせることが可能です。もし一度組み立ててしまったとしても,庵主が最近修理でよくやっているように,後で延長材をはずし,再度調整することもできますが,茎まで一本の木で出来てる彼の棹の場合,
一度作ってしまったら,棹のほうに変更を加えることは難しい
。また,茎の部分はほかよりも細く薄く切り出されますから,加工後の乾燥や温度の影響による変形や歪みが大きく出ます。延長材を噛ませた場合は,後で生じるそうした棹本体の歪みや変形の影響は,その接合部を調整することでいくらでも緩和できますが,
一木造りである彼の棹ではもちろんそれが出来ません
----そこで,この内桁の穴をあらかじめ大きめにあけておき,ここで棹の角度や位置を調整しているのですね。
調整のしにくさや後々のことを考えると,延長材を継ぐ形式のほうがずっと合理的のように思えますが
(事実,中国人の作った唐渡りの月琴に,同様の作りをしているものはありません)
,この
「棹が一木造り」
というところには,なにやら彼の思い入れがあるようです。
下桁は棹孔から 235mm のところ。
奥で光がうまく届かないため撮影は難しく,上桁に隠れてまったく見えないところもありますが,内視鏡などで観察した限りでは,上桁にあるのと同じような
音孔が三つ
あいているようです。
このへんもすべて1号(製造番号11)27号(製造番号27)と同じですね。
上桁も下桁も側板の内側と同じ赤っぽい色をしており,材質はおそらく棹胴体と同じサクラか,もしくはカツラではないかと思われます。
響き線は,やや太めの鋼線が一本。
楽器に向かって左側,胴体のほぼ真ん中あたりに基部があります。線は台形に削られた木片に挿され,横に丸釘を埋め込んで止められているようです。
ここもまあ,
27号のこれ(右画像)
とほぼ同様ですが,基部の木片はちゃんと整形され,表面もいくぶん丁寧に加工されていますね。
鋼線には少しサビが浮き赤っぽくなっていますが,表面はなめらかで,腐食の程度はそれほどヒドくはないものと思われます。もともと太めの頑丈な線なので,このくらいなら強度的にも問題はなさそうですし,現状反応も良いようなので,
今回はこのまま
にしておきましょう。
こうした内部構造の仔細も含めてまとめてあります。
今回のフィールドノートをどうぞ。
(クリックで拡大)
では,修理に入ります。
まずはいつものようにお飾り類をハガすところから。
撥皮はもともとほとんどハガれかけていたので,まだへっついてた所をちょっと濡らしたらたやすくハガれてしまいました。
撥皮の痕は,いつもはゴベゴベに糊がついてたりするんですが,今回はそういう痕跡がほとんどありませんでしたねえ。購入当初
表面板を覆っていたという虫糞
はおそらく,ここの
皮と接着材
の成れの果てだったんじゃないかな。ほとんど食われちってたので,逆にこんなにキレイなのかもしれません。
フレットもだいたい簡単にハガれましたね。
左の目摂が少し頑丈で,時間がかかりました。
しかしながらいづれの箇所も,
ニカワがかなり多め,
余計に使われています。何度も書いているとおり,これは接着工作としてはそれほどよろしくない---
松音斎を見習いなさい!
ハガしたフレットを並べてみたんですが
……ありゃ,これ真っ直ぐじゃない…ずいぶん片方に傾いでますよね?
山口がなくなっちゃってるので定かではありませんが,どうやら棹の取付けか半月の工作に,多少問題がありそうですねえ。
まあこれは置いといて。
ともあれ先に進みましょう。
表面板のヒビと虫食い穴を埋めます。
今回のは,ヒビとは言ってもいづれもごく細いものなので,埋め板ではなく,
例のおが屑
を使って埋め込みました----過去の修理で出た,古い面板を削った時のおが屑ですね。
中央上のヒビ割れは構造の歪みによる普通のもの,前も書きましたが不識の楽器は内桁が針葉樹じゃないので,保存が悪いと胴体の歪みがけっこう出ます。といってもこうして柾目の面板が割れるくらいなものですが。
左端のヒビ割れにある虫食い箇所は,やはり
矧ぎ目に沿ってトンネル状
に食い荒らしたものでしたが,トンネルになってる範囲は短く,横への広がりもほとんどなかったので,その上下に生じたヒビ割れといっしょに,おが屑で充填処置しました。
右下の虫食い箇所は幅や長さこそさほどないものの,ほぼ板の厚みギリギリに食われていたため,ここはほじくって,埋め板を削り埋め込みました。
ここはまあ,思ってたよりもしッかり食われてはいたんですが,これも横への広がりがほとんどなかったのは,幸いといえば幸い。
次の作業に入る前に,表面板の側板から剥離している箇所を再接着しておきましょう。
上2箇所,下1箇所。薄く溶いたニカワをスキマに垂らし,面板をもみこむようにしてじゅうぶんに行き渡らせ,クランプで固定します。前も書きましたが,この楽器の胴体は,表裏の面板で側板をサンドイッチすることによってほぼ出来ている,と言ってよいので,このあたりがまずちゃんとくっついていないと構造上安定が悪く,修理作業によってかえってへんな歪みや,新たな不具合が生じてしまう可能性があるのです。
一晩置いて,表面板が再接着されたところで次の作業----
半月をハガします。
所見のところで書いたように,半月の右上端,面板との接着部にやや大きなスキマがあり,下縁部にも少し浮いている箇所がありました。現状,接着は強固なようなので,このまま使用しても弦の張力でハガれるようなことはないでしょうが,弦の振動を共鳴版である面板に伝えるテールピースの接合・接着が完全でないというのは,この楽器にとってはけっこうな不具合なので,一度ハガして半月の状態を調べ,きちんと調整してから戻そうと思います。
半月の周囲に水を含ませた脱脂綿をちぎって置き,約一昼夜----もともとスキマはあったものの,さすがに頑丈に接着されてましたねえ。
さてと,裏面はどうなってるのかな?
ううむ……
上端右がわのスキマの正体はこれですね。
欠けてるというか段差になってるというか…加工の失敗なのか,もともとこういうアラのある素材だったのか……
左下のほうにも少しエグれている箇所があります,このあたり木目が多少入り組んでますから,こちらは材料にあった節目かなにかに由来しておりましょう。
この半月には27号でも,「白太」と呼ばれる色の薄いところの混じった,唐木ではあるものの質的にはあまりヨロしくない材料が使われていました。
月琴という楽器の部品はどれもさほどに大きなものではありませんが,その中ではこの部品は,唐木で作るとなるとそこそこに大き目の材料が必要ですから,大事な部分ではありますが,利益のほうを考えると,あまり上等な材は使えないかもしれませんね。
ほかの作家さんでは半月が唐木なのは上等品・特上品だけで,量産タイプの楽器には胴や棹と同じカツラやホオが使われますが,これもまた不識のこだわりの一つなのかもしれません。
次なる問題は,これをどうするかですねえ。
古楽器修理の常道としましては----
1) 半月の裏を擦って,キズやエグレが消えるまで平坦に均す。
という引き算式か,あるいは----
2) キズやエグレに唐木の板を接着・埋め込んで整形,半月裏を平坦にする。
という足し算式のいづれかですね。
1)をした場合には当然,半月の背丈が若干低くなります。 修理開始前には演奏不可能な状態でしたので,庵主には,この楽器のオリジナルの演奏具合や音色が分かりません。この状況で楽器の基本的な設定をいぢくるのは,あまり面白くありませんな。
----とすると2)しかないワケなんですが。
……足りない分を同じ唐木で充填・補修するというところまでは賛成。
しかし,唐木の類は唐木同士での接着があまりよろしくありません。スキマはそれほど大きくもなく厚くもないので,唐木の板を接着して整形したとすると,埋め込まれたぶんはごくごく薄いものとなり,半月という部品が,この楽器でいちばん力のかかる箇所の一つであること,また補習箇所がその中でも力のかかる「接着面」である,ということを考えると,強度的には多少心配な面があります。
そこで今回は,この2)の路線を踏襲しつつ,ちょっと邪道へ走ることといたしましょう。
この黒いモノはローズウッドの粉を,エポキで練ったもの----
現代風木糞パテですね。
以前,唐渡り総唐木の月琴,23号「茜丸」の修理でも使いましたが,唐木に対する接着力が強固で,固まると強靭。
まあ古楽器に現代風の素材を使うのは本意ではありませんが,今回は充填箇所もさほど大きくなく,楽器が実際に使用されることを考えれば,この方法がもっとも適当かとも考えます。
庵主は2液混合タイプで,硬化時間が少し遅い,9時間硬化というのを使っています。異物を混入した場合は,完全に硬化するまで,通常よりもう少し長くかかるので,用心のためまる一日ぐらい置いておきます。
この自家製唐木パテが,かっちりと硬化したところで整形。
ほんの僅かではありますが反ってもいますので,補修箇所の整形のついでに擦り板で擦って,半月の裏面が完全な面一になるように,裏面全面が面板に密着するように調整しておきます。
さて,この半月の補修作業中に計測して確かめたのですが,スキマがあったり,加工に多少アラがあったりはしたものの,半月の高さは左右ともに一定でした。
最初のほうで書いたように,フレットの頭が片がわに傾いて削られている原因が,この半月がわにないとすると,それは棹のがわのほうにあるということになりますね。
次回はそのあたりから,かな?
(つづく)
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