« KS月琴(1) | トップページ | KS月琴(3) »

KS月琴(2)

KS_02.txt
斗酒庵 菊の香に惑う の巻2013.10~ KS月琴 (2)

STEP2 謀られた月

  • 全長: 675mm(蓮頭を含む)
  • 棹 全長:303mm (蓮頭を含まず,茎長:133mm,棹茎を含む長:436mm)
    うち糸倉部分:143mm 指板部分 長:158mm 幅:32(最大)/25(最小)mm 
  • 棹本体太さ:32(最大)/23(最小)mm 
  • 胴 縦:354/横:361mm 厚:36mm (うち表裏面板厚各 4.5mm)
  • 有効弦長:428mm (山口欠損のため推定)

  大型ですね。
  同時代のほかの作家さんの月琴と比べて,全長が最大5センチ近く大きいのです。
  棹が長いので,ふつうは胴体上か胴と棹の接合部付近にある第4フレットが,完全に棹の上になっています。
  胴体の大きさにはさほどの違いはないのですが,厚みは5ミリ近く薄い。


  一概に,国産月琴は,唐渡りの月琴より,やや大きめに作られています。
  そしてその傾向は,時代が新しくなるほど,わずかづつではありますが増していったと考えられます。
  このことは,この楽器の日中間での演奏スタイルの違いに由来するものである,と庵主は推測しています。

  中国は基本的に西洋と同じく「机と椅子」の文化圏です。
  楽器も椅子に座って,足を組んだ状態で弾かれます。清楽伝来のごく初期のころは,日本人も中国人を真似て,慣れない唐風の椅子になど腰かけ,着物の裙をいくぶん気にしながら弾いていたかも知れませんが,流行期になると,教えるほうも教わるほうも三味線とか琵琶と同じく,畳の上に正座して,膝の上に楽器を置いて演奏するようになってしまいました。(過去記事「清楽の人々」に当時の演奏風景を写した古写真があります。ご参照アレ。)
  まあ当時の日本は完全に「畳と地べた」の文化圏にありましたから,当然と言えば当然の変化だったかもしれませんね。


  さて,月琴という楽器は(庵主の推測では)元来,少数民族の,ダンスに使う伴奏楽器(演奏者も一緒に踊ってる場合が多い)で,それが広まって辻楽士の使う野良楽器となったあたりでも,立ったまま,抱えて弾かれることが多かったようです。椅子に座って弾く場合でも,伝統的な中国月琴(現代中国月琴じゃないよ!「月琴の起源について」(5)参照)は,立奏の時と同じように,胸のあたりに抱えるようにして弾かれることが多いんですね。こういう演奏姿勢だと,楽器,とくにその胴体部分は小ぶりなほうが操作がしやすい。

  逆にこの小ぶりな中国月琴を,正座して,膝の上において弾こうとすると,どういう風に構えても安定が悪くて弾きにくい。
  実際に何度か実験してみてるので,庵主,分かってるのですが。 いッそあちらと同じように,胸に抱えちゃえば弾けなくもありませんが,そうするととまあ,腰から足先への負担がスゴいことスゴいこと!
  ----庵主が正座に慣れてない,ってあたりをさッ引いても結構な苦行でありますヨ。


  国産月琴の大型化薄型化(なんか家電製品みたいだね)は,こういう演奏スタイルの違いから,つまり正座した膝の上で楽器を安定させ,無理のない姿勢で演奏するための,これまた当然と言えば当然の変化だったのだと思われます。

  その中でも不識の月琴は(前も書いたことがありますが),そうした国産月琴の変化のいきつくだろう未来の姿を,ある意味先取りして体現していた,フラッグシップ的な楽器であった,と言えなくもありません。月琴という楽器自体が廃れてしまったため,実現することはありませんでしたが,もしあのまま日本における流行が続いていたなら,「国産月琴」というものは,みな不識の楽器のようになっていっただろうと,庵主は想像しているのです。

  さて,前置きがちょっと長くなっちゃいましたが,各部の所見へと参りましょう。




■ 蓮頭 84x58x11(最大厚)

  損傷ナシ。材はおそらくはカリン,スオウで染めたものとおぼしい。
  初期の不識の楽器の蓮頭には,真ん中に蓮の花芯と思われる丸い部分がありますが,この頃のものにはそれがありません。
  中央部の下のほうが剣のようになったこの意匠は,田島真斎の楽器のものとほぼ同型です。

  (下画像は左から 不識初期/田島真斎/清琴斎山田)
 
  清琴斎(山田縫三郎)の量産月琴にも同じような蓮頭が付いているものがあります。
  各部フォルムの類似から,清琴斎の作風にも田島真斎の楽器の影響が考えられますが,そちらの関係も今ひとつ不明。(山田縫三郎の師匠は頼母木源七だということは分かっている)



■ 糸倉 左右厚:9,弦池:112x13

  間木はなく,弦池は彫りぬき。
  本楽器の棹は,糸倉先端から茎まで一木で作られている,材質はおそらくサクラ。1号(製造番号11)と同じだが,こちらのほうがやや質が良い。
  向かって右側の内側,第2軸の孔の少し上に,小さいがかなり深いエグレが見える。おそらく節穴等材質由来のもの。現状では使用上の支障はない。ほかかなりの使用痕はあるが,ヒビ割れなど目立った損傷はない。


■ 棹本体

  棹背基部を中心に,汚れはそこそこに付着,使用痕・打痕も少しく見受けられるが,目立った損傷はない。

  指板は黒檀製で厚さ約2ミリ。山口や各フレットの接着痕付近に,深くはないがかなりくっきりとケガキによる目安線がついている。


  ほかの楽器と比べると棹がかなり長めで,棹背にほとんどアールがついておらず,ほぼまっすぐ。断面は下部を丸くした船底型,うなじはやや短めで,ふくら(山口(トップナット)の乗っているところ)の下のくびれは深い----これは一木造りであることや糸倉が彫りぬきであることと同様,初期から続く不識の楽器の特色である。

■ 棹茎 長133,幅:24(最大)-19(最小),厚:12(最大)-10(最小)

  表側中央あたりに「五十」の墨書。加工は比較的丁寧。


■ 軸 長:115,太:30(最大)

  六角一本溝,溝は軸尻でやや深く,細身で姿は良い。27号の軸と寸法・加工ともに,ほぼ完全に一致する。
  使用により先が痩せているため,きちんとはめると,ほとんどの軸先が糸倉から1センチ近く飛び出してしまう。このため,すべての軸で糸孔が軸孔に隠れ,現状では用をなさない。
  また原作の段階で,軸と糸倉の噛合せの調整が足りないため,ほとんどの軸が軸先で止まっているだけの片持ち状態になっており,このままだと調弦に難がある(8号生葉でも同じでした)。

  ここは軸先を多少詰めても,徹底的な調整が必要なようですねえ。


■ 山口・フレット

  山口は欠損。接着痕から類推して1センチほどの厚さであったもよう。
  フレットはかなり低め。最終第8フレットで高さ5ミリほど。
  おそらく象牙製だと思われる。鹿角あるいは骨の類かもしれないが少なくとも練り物ではない。
  第1フレットのみ欠損,山口ともにニカワによるオリジナルの接着痕のみが指板上に残っている。
  山口の接着痕から類推されるその下端を起点としたとき,各フレット下端までの距離は以下のとおり----

山口
50(推)87110146175214240270

  棹が長いため第4フレットが棹上にあること,第6フレットが長大で7センチ近くもあること,これらもまた不識の楽器の特色である。 また,第2・3フレット間がかなりせまくなっていることなどから,本楽器の音階は,当時の月琴としてはかなり西洋音階に近いものであったと推測される。


■ 胴体  (画像クリックで拡大)


  真円ではなく,わずかに横にふくれ,やや角ばっている。
  (オーナーによれば,購入時,表面板には虫の糞のようなものが大量についていて,もっとバッチかったそうです。)
  現状,全体に汚れてはいるが,特に深刻な損傷は見られない。


 側板: 4枚凸凹継ぎ。材はおそらく棹と同じくサクラ。多少の打ち傷,ほか地の側板を中心に水濡れによるものとおぼしい色落ちや色ムラが見られるが,各接合部ともに健全で,歪みやヒビ割れ等の故障は見られない。

 表面板:

 1)中央,棹との接合部右端のあたりから第8フレット付近までヒビ。
 2)左端小板の矧ぎ目に沿って上端からヒビほぼ貫通。
 3)4)下縁部中央,半月の下にヒビ左右1本づつ。


 このうち胴左端のヒビ割れには虫食い孔も見えることから,小板の矧ぎ目に沿った食害の結果と考えられる。ほか 5)右端下のほうに3センチほどの間を空けて2つ,やや大き目の虫食い孔。食害の程度は不明。

 6)中央,棹との接合部右端あたりから,側板右上接合部付近まで小剥離。
 7)側板左上接合部付近から左の側板の1/3程度まで同様小剥離。
 8)側板左下接合部から地の側板のほぼ2/3まで剥離。 このうち楽器中央下縁部,半月の下あたりはほぼ完全に剥離し,板が少しメクレている。

 棹との接合部付近と,中央飾りの左あたりに小ヌレ痕。 中央飾りから撥皮の上端にかけて,やや色が濃くなっている,ヌレ痕か染めムラかは不明。
 また同箇所右側で木目に沿ってやや深くエグレ,板面が凸凹になっている。凹凸は滑らかなので桐箪笥などで行われる「キメだし(板表面をうづくりで磨いて木目を際立たせる)加工を施したとも思えるが,きわめて部分的で範囲もせまく,面板表面のほかの部分は平坦なことから,やや不自然に感じる。
  撥皮の左右に撥痕多少。位置や深さなどから考え,いづれも通常の清楽月琴の撥によるものと思われる。

 目摂・飾り: 左右目摂と中央飾りのみ現存。購入時は扇飾りもついていたが紛失,とのこと。このほかに,柱間飾りなどのついていた痕跡はない。


 左右目摂 は菊,ほぼ横向きになった典型的な意匠。材質はおそらくツゲ。材質は異なるが8号生葉についていたものとほぼ同型。彫りはきわめて精緻であるが,初期のものと比べると刀の入り方がやや異なる気がする(27号修理記参照)。

 中央飾り は蓮華円に獣頭唐草(おそらくは原型は紋様化された鳳凰であろうと思われる),破損していたがほぼ同じものが8号生葉にもついていた。材質は黒檀。

 ネオク出品時の画像から,扇飾り は典型的な万帯唐草,材は黒檀であったと考えられる。不識の扇飾りは,第6フレットに合わせてかなり横長なのが特徴。
 以上のうち,右目摂にはやや反りがあり,全体の右側半分ほどが剥離している。左目摂の反りはそれほどひどくないが中央右側など2~3箇所に部分的な小剥離が見られる。上に書いたとおり扇飾りは紛失のため,現状日接着痕と焼け痕のみ残る。


 撥皮:ヘビ皮(100x75)乾燥して反り返りほぼ剥離している。全体に傷みがヒドく,右下端破損して一部欠落。

 半月:102x43xh.10,おそらく黒檀製で糸孔のところに象牙を埋め込んである。損傷,というようなものはないが,上端右の面板との接着部にやや大きなスキマが見える。ほか接合部に紙を当てて調べてみたところ,下縁部左右も少し浮いているようだ。加工不良か接着不良,あるいは部材の反りなどによるものか,現状では不明。

 この,半月の下部周縁の,ノミで削ぎ落としたような角ばった加工は,不識の楽器の特徴の一つであるが,同様の加工は真斎の楽器にも見られ,また清琴斎山田もたまにやっている。不識の場合は一角が大きく(8面ほどしかない),角度がやや浅いが,真斎や清琴斎のものは削ぎ落し面がもっと細かく(10面以上),面がもう少し立っていることが多い。

 裏面板: 健全。とくに書くほどの損傷はない。汚れもごく軽微で,周縁にも側板からのウキや剥離はまったく見られない。 中央上端に内国勧業博覧会の賞牌丸ラベル(φ28),その下に四角いラベル痕(35x55くらい)および小断片(ともに前回紹介済み)。

  いづれもたいした故障ではありませんが,不具合は表面板に集中してますねえ。
  修理は表面板の各部と,軸の調整がメインになるかと。
  とはいえ,いつも予想外のことが起きるのが古楽器の修理。
  さてさて,どうなることやら----

  次回は内部看見をさッと,続いて修理作業の報告です。

(つづく)


« KS月琴(1) | トップページ | KS月琴(3) »