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KS月琴(5)

KS_05.txt
斗酒庵 菊の香に惑う の巻2013.10~ KS月琴 (5)

STEP5 歪んだ月

  メインだった表面板の補修も終わり。
  懸案だった半月の補修と絃高の調整も済んで。
  んじゃあ,あとは仕上げ。フレットを削って,っと……ありゃ,おかしいな??
  弦に合わせてフレットを削ると,オリジナルと同じに,やっぱり片方が低くなってしまいます。
  半月も山口も加工に問題はありません。ちゃんと修理したし,きちんと作りましたからねえ。



  またまた作業を中断して,再調査です。
  楽器を水平に持ってお尻のほうから見ると,棹がわずかではありますがねじれて,傾いているのが分かりました。
  接合部を触ってみますと,向かって右側のほうが面板から,爪先にひっかかる程度飛び出てて,その反対側が同じくらいひっこんでます----0.5ミリ,ってとこでしょうか?

  なるほど,棹自体がねじくれて取付られてるんじゃ,いくら半月や山口を真っ直ぐにしても無駄ってもんですなあ。

  調整のため棹の基部にツキ板を貼ったり,棹孔にぶつかる部分をわずかに削ります。もー目視では誤差確認できないくらいまでやったら,あとは感触で。 接合部を爪先でなぞったとき,往復どちらもひっかからなくなるところまで,棹の接合部と面板の縁が面一になるところまで調整しました。

  ううむ,これもまた庵主,ふだんの修理ではやらないびみょーな作業----なんやかやで2日くらいもかかりましたね。 よし,こんどこそダイジョウブ!と,再びフレット作りをはじめたんですが……

  なぁんでだよぉ!

  棹の上のフレットの傾きが……直りません!
  うううう……泣きながら三たび調べてみました……
  どうやら,こういうことらしいです----
(図クリックで拡大)

  何度も書いているように,不識の月琴の棹は糸倉から茎まで一体の一木造りです。端から端まで一本の木で出来ているので,延長材を噛ませる形式に比べると振動の伝導が良い,というふうに考えられますが,部材の質によっては,歪みや変形の影響が大きくなる可能性があります。

  この楽器の棹はサクラです。
  一般にサクラは硬く丈夫な材で,精緻な浮世絵の版木として使われるところからも分かるとおり,湿気や磨耗等にもよく耐えます。
  ただそれは「板」にして使う場合で,角材としてはほかのバラ科の木材同様,割れが入ったり,歪んだりしやすく,多少厄介なところのある素材です。とくに,木目が複雑なものや,きちんと乾燥されてなかったような材ではいろんな故障が発生します----そもそも針葉樹に比べると,広葉樹の丸材は乾燥そのもがちょっと難しいんですね。

  1号のオリジナルの棹もサクラでしたが,棹の中間に節目があるようなちょっと粗末な材でした。 アレに比べるとこの棹にはいくぶん良いものが使われているようですが----やはり乾燥が不十分だったのではないでしょうか? はじめ作っている時は真っ直ぐだったかもしれませんが,塗ったり貼ったりしているうちに,こんな風にネジレてしまっていたのでしょうね。

  よく見ると指板の黒檀に,先端から少し長く,縦割れのヒビが入っていますね。 指板自体の接着等に故障は生じてませんが,これもこの棹材のネジレの影響によるものではないかと推測されます。

  さすがに,製作されてから100年以上が経過している現在では,このネジレがこれ以上ヒドくなることもありますまいが,初代不識,なかなかに厄介なことをしてくれやがります。

  棹基部や山口を削り,さらに微調整を重ねた結果----第1から第3フレットまでの傾きは,やっぱりどもしょもなかったんですが,第4から最終フレットまでは,ほとんど傾きがないくらいまでに修整することが出来ました。

  うう,オソろしい…ほンにオソろしい修理じゃったよォ。
  上=4Cとした時の,オリジナルのフレット位置での音階は以下のとおり----

開放弦
4D+194E-54F+224G+214A+175C+85D+375F+45
4A+124B-145C+145D+125E+155G-15A+196C+22

  ううむ,やっぱり観察からの推測どおり,清楽の音階よりは西洋音階に近いですね。
  このあたりにも不識の先見性・革新性というものが出てるのかもしれません。


  音階の計測を終え,フレットを西洋音階の位置に貼りなおし,お飾りを戻します。

  ツゲの目摂のうち右がわのほうは,反りがかなり酷かったので,中央部の裏側を少し刳って矯正しました。
  再製作した扇飾りは1号のもののコピー,万帯唐草を模したコウモリ,不識オリジナルの意匠ですね。失くしちゃったオリジナルが出てきたら貼り替えてやってください。

  最後に撥布,緑の牡丹唐草の錦を貼って。

  2013年11月6日。
  石田不識(初代)作,コードネームKS月琴,修理完了。


  山口とフレットは国産の本ツゲ。材料は去年,琵琶屋さんからいただいた端材(タダ)ですが,グラム単価で考えると,こりゃ象牙よりよっぽど高級品かもしれませんねえ。削って後は油で少し磨いただけですが,それだけでいい感じのツヤとこの色合い----やっぱりウツクシイですね。
  最終フレットで5ミリほど,こないだの松音斎ほどじゃありませんが,いろいろ調整した甲斐もあって,かなり低くまとまりました。運指もなめらかですし,低音から高音までしっかり音が伸びます。


  軸がややキツいのが難ですね。
  もとの糸孔を埋めて先っちょをすこし切詰め,先端部分しか糸倉と噛合ってなかったのを削りなおして,しっかり止まるようにしたんですが,そのぶん回すのに力が要ります。
  使っているうちに削れて,いくぶんラクになってくるとは思いますが,さて----

  動かない時はムリにシメようとしないで,逆にすこしユルめてから,再度巻き上げるようにしてください。
  ゴリゴリ力任せにやってばかりいたら,糸倉が割れちゃうかもしれませんぜ。


  「不識の楽器はギリギリ楽器だ」 と,庵主は何回も書いてきました。
  ギリギリの技術で,ギリギリの寸法で作られているため,使うヒトにも修理するヒトにも,常にギリギリの要求をしてきます。
  そうですね,その楽器とほかの作家さんの楽器との違いを表現するなら,「レーシングカー」「量産車」ってとこでしょうか。レーシングカーを量産車と同じように,普通の道路で走らせることは普通に出来ます。しかし,そのスペックを最大限に発揮させ,最高のスピードで走らせるためには,ギリギリの技術や調整が必要----量産車と同じ扱いではダメですよね。
  今回の楽器は不識の量産時代の作品と考えられます。こりゃまあ,基本的なコンセプトはレーシングカーのままで,量産車を作っちゃったようなものですね。


  量産車の技術水準でレーシングカーを作ったら,不具合が出ないワケありません。

  半月裏の加工にしろ,棹の歪みにしろ----今回庵主が躍起になって調整した箇所はすべて,実のところ知らなければ 「こういうものだ」 で済ますことの出来る箇所,と言えるかもしれません。 しかしすでに10年以上も付き合ってきて,彼の楽器をよく知っている庵主には,そこさえ直せば,そこさえちゃんと調整すれば 「レーシングカーのスペック」 を引き出せる,てのが分かってます。


  それ考えるとやっぱり,やらずにはいられなかったんだなあ。

  さて,KS月琴,庵主はレーシングカーとして調整しました。
  あとはドライバーの腕次第----ってとこですかね。

(おわり)


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