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明笛の作りかた(2)

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斗酒庵 明笛を調べる の巻明笛について(15)- 明笛を作らう!(2)

STEP3 どんなふうに作らう?(1 素材篇)


  前回あげたこの雛形に従うとして。
  全長二尺三寸ってことはだいたい697ミリ,頭とお尻のお飾りをのぞいても,管体だけで60センチ近くなるわけでして……日本で笛材として最も手に入りやすい女竹ですと,ここまでの長さのものはまずありませんなあ。

  もちろん竹材屋さんにお願いして,いろんな竹を取寄せてもらうこともできますが,庵主なんせ貧乏なものでとても買えません。笛用の竹ってえのは,けっこうお高いもンなんですなあ。


  それでもまあ女竹のいちばん長いあたり,50センチ超えのを数本手に入れました。
  この笛の場合,構造上,歌口から頭飾りまでの部分は音階に余り影響がないはずですので,そちらの寸法を切り詰めて作ることにしましょう。音の調査だけなら,いッそ塩ビ管あたりで作っちゃったほうが,お手軽・お安く済むのですが,「工法の復元」ってのも庵主の調査項目なので,今回はナマの材料でまいります。

  まずは下ごしらえ。「笛用」の材料ですので,ありがたいことに殺青と火熨しまでは済んでおり,乾燥状態もまあバッチリ。
  篠笛なら,このまま孔あけちゃえばいいンでしょうが,そこは明笛,ちょいとやることが違います。


 その1) ガラス質になった表皮表面を削り落します。
  地方の祭礼で使用されている自作のものや,一二の例外を除いて,ほとんどの明笛の管体はこの部分を落とした皮なしの竹管となっています。
  この表皮表層の部分は硬さもあり,耐水耐酸耐薬品と最強なんですが,笛という楽器にする場合は,あまりに最強すぎてかえって楽器が壊れる原因にもなっています。
  と,言いますのも,竹の内がわと外がわでは,その硬さや水分の含み方がかなり異なります。繊維の密度なんかもエラく異なるんで,使用中の息や気温,管の内外の温度湿度による収縮差が大きいのです。

  篠笛なんかの場合は,内塗りをしてその影響をニブらせてあるんで,表面は皮つきでもいいのですが,明笛のもとになった中国笛子は内塗りをしません。
  もともと表皮を削るというのも,そうした温度湿度の影響を少なくするための加工だったかと思いますが,大陸と異なる日本の気候条件の中では,それだけだと結局割れちゃうことが多いので,明治以降に作られた明笛では,邦楽の笛同様に内塗りの施されているもののほうが多くなっています。つまり国産明笛にとって,竹の表皮を削ることそれ自体は,何かしらんけどこの笛ではそうするものだ的な,大して意味のない加工となってしまっているわけですね。


  じつは庵主,今回の実験製作以前にも,明笛25号のレプリカを作ってみたことがあります。
  そのとき,中国笛子と同じように表皮を落としただけで,内塗りをしなかったらどうなるか,と実験してみたんですが,夏に作って次の春先までには ビシッ!と 割れちゃいましたね,ええ,そりゃあ見事に。(w)

  「表皮を落す」という作業それ自体は,ふだん月琴のフレットでやってるのと同じようなものなんですが,小さく細いフレットに比べると,カタいし長いし丸いしけっこうタイヘンです。
  ガラス質の表面部分を削り,その下の,目の詰まったキレイな部分を出すわけなんですが,はじめに鬼目ヤスリでザリザリ,っとやってから小刀でこそぐのが,いちばん早くてキレイにできますね。

 その2) 節をぬいて筒にします。
  明笛の類でも,九州地方の祭礼などで使われる「竹紙笛」などでは,管頭がわに節の部分をそのまま残して,反射壁としたり,詰め物の上端にしたりしている例 (「明笛について(8)」27号の記事参照) もあるんですが,基本的には抜いちゃってる例が多いですね。
  節を抜いたら,棒の先に紙ヤスリを付けたガリ棒で,内がわの白くて柔らかい部分をなるたけ落します。この部分が多いと音の反射も悪く,またスポンジのように水気も吸っちゃうので,その1)のところで言ったような,割れの原因となりますから。


 その3) 柿渋を染ませます。
  この部分はオリジナル。
  まあ庵主の趣味みたいな部分ですね。自作胡琴でもやりましたが,竹の強化と古色付けのためです。
  柿渋を筆にたっぷりふくませて塗りたくり,管内も棒の先にスポンジくくりつけたのでまんべんなく塗ったら,ラップでくるんで2~3時間ほど放置します。あんまり長時間やると染みこみ過ぎちゃって良くないので注意。
  乾いたら表面・管内,ともにガサガサになってますんで,もっかい磨きます。その後,乾燥のため一月ほど乾燥。

  その2)で書いたように,竹の内がわは水気を含みやすい,しかし「水気を含みやすい」ということは,逆に考えると柿渋とか塗料も浸透しやすいわけですね。柿渋も硬い表面にはさほど滲みこまず,柔らかいところには余分に滲みこみます。乾くと内部で樹脂化しますんで,滲みこまなかったところはそのまま,滲みこんだところは硬くなります。目的は内外の材質的な差を縮めて,管全体をより均質にすることと,挽物で漆の下塗りに柿渋を塗るのと同じく,下地を固めて塗料を少なく済ませようというビンボーゆえの経済的ハラがまえもあります。(泣)

  ----と,ここまでが竹筒の下処理。
  ここからいよいよ,「竹」を「笛」にする作業がハジまります。


STEP3 どんなふうに作らう?(2 穴あけ篇)


  『清楽独習之友』では,白紙を細く切ったのを型紙にして貼り付け,孔あけの目安にする,とありましたが----前回書いたよおに,庵主 「紙を十一枚半に折る」 という特殊なワザ(w)が,とうとう体得できなかったので,竹の表面にマスキングテープを貼り,定規で測りながらエンピツで,その上に中心線やら孔あけ位置を書き込んでまいります。

  孔はすべて,ネズミ錐であけます。

  「ネズミ錐」って言っても,分からない人もいるかな?
  先端が三叉になった幅広の錐で,古い笛でも指孔の底にこの錐の痕がよくついてますね。
  竹に孔をあける場合,真っ直ぐな錐やドリルの類だと割れが生じやすいのですが,このネズミ錐だと,竹の繊維を少しづつ千切りながら穿ってゆくため割れにくく,昔からこうした竹の加工にはよく使われてます。

  ネズミ錐であけた孔は,そのままだと円形です。
  明笛の場合,これを棗核形にしなきゃならないわけですが,考えうる方法は二つあります。


  一つ目はヤスリで削って整形すること----ま,誰でも考えますね。
  丸くあけた孔の前後を,ヤスリで削って両端のすこし尖った楕円にするわけです。
  しかし,この方法には疑問があります。
  まず一つには,ヤスリで整形するなら,何故この棗核形でなければならないのか?という点。 たとえば日本の篠笛の指孔はほぼ円形です,竜笛なんかもまん丸ですよね。庵主は指が細く小さいので,丸孔よりは明笛の形のほうが押さえやすいのですが,昔の人や中国人がみな庵主なみに手が小さかったなんてわけはないでしょうし,丸い孔をそのまま丸く広げるのに比べれば労力は少ないかもしれませんが,笛の機能から言えば,指孔が棗核形である必要は特にないはず----実際,世界的に見ても,民族楽器の笛の孔は円形のほうが多いんですよね。


  二つ目は焼き棒による加工。
  過去に修理した笛の幾つかでは,歌口や指孔の周囲に焦げが見られましたので,そういう笛はおそらく下孔をあけてから,焼いた鉄の棒をさしこんで孔を広げているものと考えられます。
  ただ問題は,その棗核形の孔が周縁ぐるりと焦げてることなんです。

  ----え,何が問題なのか分からない?
  邦楽の,職人の使う焼き棒ってぇのは,ふつうまあ「丸い」もンなんです。


  もし断面の丸い焼き棒で孔を焼き広げたとしたら,当然その孔は丸いハズですよね。実際ほかの笛では,この作業は指孔を 「丸く焼き広げる」 ために行われています。ヤスリでやる場合より,孔の縁もキレイですし,作業一発で均等に丸くなるという利点もあります。
  しかしながら,焼き棒を押し込んで広げた丸い孔をヤスリで棗核形に整形した場合,孔の前後は余分に削ってしまうので,その部分には焦げはほとんど残らないはず----なんですが,実際には周縁ぐるりが均等に焦げています。

  では丸い焼き棒で,棗核形の孔を抜くにはどうしたらイイのでしょうか?
  「明笛を専門に作ってたとこでは,断面を棗核形にした特注の焼き棒を使ってた。」---とかいう証言でも残ってたらいいンですが,いまではそれも分かりませんし,清楽流行期に明笛を作ってたのは,多く月琴や三味線などほかの楽器も手がけてるふつうの楽器屋さんです。
  庵主と同じように,専用の工具とか使うよりは,あるもので済ませようと考えるでしょうね----たとえば軸孔を糸倉に穿つのに使う焼き棒なんかで。(w)

  笛作ってる人なんかからもイロイロ教わり,実際に竹でイロイロやってみた結果,推測される作業工程は以下の通り----


 1)まず熱した焼き棒を下孔にまっすぐ突っ込みます。
   その時間,約1秒。すぐ抜かないと竹が割れちゃいますよ,そりゃもうバッキバキに(w 実体験済み)。

 2)もう一度焼き棒を熱して,孔の前後から斜めに,やや浅めに挿し込みます。
   各1秒,合計3秒。ヤキ入れの所要時間は1孔5秒が限界です。
  それ以上かかるとまず割れが入りますねえ----デリケートな素材です。

  ちなみに上の画像は作業を再現したもの。
  実際にやる時ゃ,柄を布でくるむかなにかしないと大火傷するからねえw。


  加工をこの方法ですると,孔は自然と,楕円か棗核形になります。
  焦げた部分をある程度取去る必要がありますので,「ヤスリで削る・整形する」というところは結局変わりませんし, 「明笛という笛の指孔がどうしてこういう形なのか」 の根本的な解答にはなってないのですが,少なくとも工程上 「何故こういう形になるのか」 という部分の,答えの一端くらいはつかめたかと考えます。(w)

  焼きぬきの痕跡のある笛,また一部の明笛では,指孔口縁の前後のカドがえぐれていることがあります。
  篠笛や雅楽の笛なんかでも同じようになっているものがあるので,庵主はコレ,凹みを作って指の腹を指孔によりフィットさせるための加工だ,としか考えてなかったんですが……今回やった焼きぬき方法だと,斜めに挿し込んだ時,焼き棒の側面がその部分を熱圧して,そのように自然とヘコむのですね。
  ほとんどの笛の場合,今は指孔の調律加工の後に,ヤスリで削ってわざわざそういう形にしてるんですが,これの起源は,むしろこういう焼きぬき法の名残だったのかもしれませんね。


(つづく)

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