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胡琴をつくらう!2 (1)

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斗酒庵 清楽胡琴作りに再度挑戦す の巻2014.6~ 胡琴を作ろう!2 (1)

STEP1 出会いはいつでも


  ちょっと前の明笛の製作実験でお世話になりました四竈訥治の『清楽独習之友』。

  この本,楽譜だけじゃなく,楽器の自作方法や寸法まで載ってたりします。 むかし怪獣図鑑見て,カネゴンやペスターを作ってみようと思ったような方々(年齢が知れるなあ…)には,なんとも嬉しい資料じゃあーりませんか。

  ま,カネゴンはともかく。(w)

  明笛の製作実験を通して,この本における楽器の寸法は,実際に使われていた楽器と比較して,かなり精確なものであることが分かりました。つまりこの本の寸法に従って作れば,当時の一般的なサイズの清楽器が,あるていどは再現出来るということですね。

  清楽の楽器中,月琴や明笛はやってたものも多く,流行辞における生産数も膨大なものだったので,現在でもけっこうな数が残っており,ネオクなどでも見かけることがありますが,胡琴・提琴・阮咸・唐琵琶といったあたりは,まずそうそうお目にかかれるもンじゃあありません。

  そこでまあ,作っちゃえ----と,明笛に続いての文献による楽器再現,第二弾は「胡琴」となりました。
  資料により流派により,多少違ったりすることもあるのですが,清楽で「胡琴」というと,たいていは竹で作った小さな二胡。現代中国楽器でいうところの「京胡(ジンフー)」の類の楽器となります。
  ではまず,今回の基礎資料となる『清楽独習之友』の「胡琴」の記事からどうぞ(画像はクリックで拡大)----

  さてこの本の記述によれば,清楽の胡琴の基本的な寸法は----

  棹の長さ:一尺四寸(=424.242mm 以下単位同じ)
  胴の長さ:三寸二分(=96.9696) 径:最大一寸八分(=54.5454)

  そのほか

  1) 棹を挿す孔の位置は「胴の中央より二分ほど皮の方に寄りて」とありますから,皮の貼ってないほうから 57mm のあたり。
  2) 「胴と棹との合口より第一着なる糸巻きまでの距離」一尺五六分 ,すなわち 318~321 mm。

  そうすると,胡琴の駒はだいたい皮の中央あたりに置かれますから,有効弦長は 350 くらいってとこになりますね。
  清楽の胡琴には玩具の楽器みたいに小さいのがけっこうあるんですが,これだとまあ現行の中国京胡あたりとあまり変わらないんじゃないかな?あとは----

  3) 「糸巻きと糸巻きの間は凡そ二寸位」だいたい 6センチ。

  「棹の長さ」というのに「胴体にささってる部分」を含めると,寸法が足りなくなっちゃいますから,四竈さんの書く「棹の長さ」とは,棹と胴体の接合部から上端までの長さということになります。そうしますと部品としての棹の全長はおよそ 480mm というあたりとなりましょう。

  ハイハイ,文章だけだと分かりにくいですよネ~。(汗)
  図にまとめますと次のようになります。(画像はクリックで拡大)


  ちょうど中国京胡の古いものである胡琴1号が,皮の張替えで帰ってきておりました。
  おそらく戦前に作られたもので,現在の中国京胡とは構造とか寸法が微妙に異なっております。
  これが唐物楽器として実際に清楽に使われたかどうかのあたりは微妙なんですが,古いには古いものなので,前回の製作ではこの楽器を参考にしておりました。今回,あらためて寸法を測ってみますと……おや,こりゃあ。
  多少の差はありますが,主要なところは清楽の胡琴とほとんど変わりませんね。
  面白いものです。(画像はクリックで拡大)

  前々から何度か書いてるように,庵主は「はじく」系の楽器は,まあ なんでもばちこーい,なのですが「ふく」のと「こする」系統の楽器は大のニガテとしております。作るのがカンタンとはいえ,自身ちゃんと弾けるわけでもない楽器ですので,実験としては数年前の製作でだいたいのところは分かっており,何度もくりかえす必要はさほどなかったのですが,
  今回はまず『清楽独習之友』によって明治時代の胡琴の寸法が分かったことと,もうひとつ,コレ。

  この画像真ん中の黒っぽい竹が手に入った,というのがきっかけとなっております。
  ----きったねー竹!
  なんて言ってはいけません。(w)これは煤竹。本物の煤竹ちゅうのは,古民家の天井などで百年なり燻された竹で,現在ではけっこうな貴重品であります。
  このところ,月琴のピックをこれで削ってたんですが,今回たまたま手に入れた材料が,胡琴の胴にぴったりなサイズと質でして----これで胡琴作ったら,どんな音で鳴るやろ?---なんて,思いましてん。(w)

  さあて,資料と材料がそろっての製作実験。
  どうなることやら続きはお楽しみ!

(つづく)


月琴36号(4)

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斗酒庵 赤い月琴にハラショー! の巻2014.5~ 月琴36号 (4)

STEP4 連隊長どのに敬礼!!


  ふむ……そろそろ銘をつけてやらんとな。
  いつまでも「36号」ではシベリアの強制労働所のようでびっち。
  ロシアに関係してて,1905年という象徴的な年のコインが貼りつけてあるのだから 「赤い月琴」 とか 「ボルシェビキ」 とか考えたのですが----まあ

   すみれちゃん

  ----ということで(w) 36号すみれちゃん。

  人民の敵たるブルジョアの手先,反動主義者らの手によって,社会主義国的にありえない「修理」がほどこされておりましたにこふ。 まずは,ちゃんとした「修理」ができるように,過去になされたすべての過ちを粛清しなければなりませんすきー。

  具体的にいうと最初の所有者(?)の手によるナゾの「黒い接着剤」と,前修理者による「白い悪魔(木工ボンド)」との闘いが続きます。

  フレットやお飾りなど,表面板上の部品はすでに剥がしてありますし,裏板を剥がしたときそちらがわの再接着部分の処理は済ませてありますので,つぎは側板表面板がわの再接着部分のボンドを除去しましょう。

  地の側板の裏と表に濡らした脱脂綿を貼ります。
  再接着痕は地の側板のおよそ4/5にまでおよんでおり,おそらく前修理者の購入当初は,ほとんどハズれちゃってる状態だったのでしょう。

  10分ほどすると,画像のようにボンドがふやけて白く浮き上がってきます。
  これを布で拭き取り,ナイフでこそげ,桐板の木目に入っちゃっているようなところも,耐水ペーパーの粗いのでこそげ出しましょうゴシゴシゴシ----ありゃりゃ----けっきょくとれちゃいましたが,まあヨシ。 これで除去作業がかえってしやすくなりましたわい。

  ボンドをこそげてキレイに拭いた地の側板を乾かします。

  両端の木口の処理も丁寧ですし,裏面にびっしりと残る鋸目も,実に一定でキレイですね。
  このあたりからも,この作者のウデの良さがうかがい知られます。


  地の側板が乾いたところで,右上の剥離箇所(ここは最近出来たもの,ボンドによる再接着の痕跡ナシ)とともに,ニカワで表面板に再接着します。
  地の側板を元の位置に戻したところ,左右の接合部はほとんど狂いなくピッタリ合わさりましたが,下縁部の面板がほんの少しだけ余って出っぱっちゃいました。
  この部分はあとで削りましょう。

  何度も書いているように,月琴という楽器の胴体構造は,四枚の側板を面板でサンドイッチすることによってほとんど成り立っています。言わば月琴にとっての「背骨」は内桁ではなく,この「側板と面板の接着部分」なのであり,よって何を置いてもまず,この部分の固定を確実にしておくことが,その後の修理作業を円滑に進めるため,もっとも肝要なことのひとつとなります。

  骨組みがしっかりしてない状態でほかの部分を処置すると,全体のバランスに影響が出て,作業が進むほどかえって手間が増えたりしますからね。


  表面板がしっかりへっついてるのを確認したところで。四方の接合部の再接着と補強にとりかかりましょう。
  どの接合部もさほど開いたり歪んだりはしていませんが,どこも接着はとんでしまっているようですし,楽器正面から見て左肩と,対角線上の右下の接合部にはわずかにスキマがあります。
  まずは四方の接合部に裏表からお湯を垂らし,よーくもみこみます。
  接着がとんでしまっているので,両側をつまんでもむようにするとけっこう動きますねえ。
  接合部のスキマにお湯が行き渡って,にじみ出てくるようになったら薄めたニカワをたらし,接合部をふたたびシェイク! ニカワが行き渡ったところで,木口同士がちゃんと合わさるように位置を調整し,側板にゴムをかけまわします。

  うむ,ゴムでギュっとしまったら,接合部からニカワがうじゅる,っとな。
  表側にハミたニカワはすぐ拭きとっておきましょう。そのまま固まっちゃうとメンドウですからね。

  接合部の裏側には,薄い和紙をニカワで重ね貼りしておきます。側板の裏面は凸凹なので,貼り付けたら,油絵の具用の筆のような穂先のちょっと硬い平筆で,表面を叩くように撫でるようにして,よく密着させましょう。和紙は目を交差させるカタチで二度貼りします。
  乾いたら柿渋を二度刷き。これは補修部分の強化のためと,塗ったニカワが虫に狙われないよう,防虫効果も期待しての一手間。
  最後にカシューかラックニスを一刷きしておくと,補修としてはより効果的です。なんせ胴体が箱になっちゃったら,そうそう直せない箇所ですからね。やれるときにやれるだけのことをやっておいたほうが,後々のためにもよろしいかと。


  もうひとつ,胴体が箱になっちゃったら,そうちョせなくなるところ----響き線----も手入れしておきましょう。
  工程はいつもどおり,軽く表面のサビを落とし,ガサガサ感をなくしたら柿渋を刷き,しばらく放置。
  柿渋が真っ黒になって乾いたところで,これをいったんこそぎ落とし,柿渋をしませた Shinex でもう一度磨きます。
  乾いて表面がムラなく黒くなったら,最後にラックニスを軽く刷いてできあがり。
  線基部が腐ってとかなってなければ,これでかなり保つでしょう。


  表面板に走るヒビ割れの,中央付近から下端にかけてのあたり,楽器正面から見て右側が,少し反りかえっていて段差になっており,その部分が下桁からハガれてしまっていましたので,まずはその再接着を。
  この作業で,上下の部分の段差はなくなりましたが,桁間中央部分,いちばん反りかえりのヒドいあたりが直らず,そのままで,ご覧のとおり段差が残っちゃってました。


  板が反ったままだと,埋め木をしてもうまく埋まらなかったり,面板に変な段差が残っちゃったりしますので,ここはまず矯正しなくちゃなりますまい。ヒビ割れの左右を少し湿らせた上で,木片をいろいろと組み合わせて表裏にあて木をし,横木を渡してLクランプで締め,圧をかけます。

  これでうまく平らになったら,あとは埋め木をハメて表面板は修理完了!----ってとこだったんですが……

  さて,この続きは次回。

(つづく)


月琴36号(3)

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斗酒庵 赤い月琴にハラショー! の巻2014.5~ 月琴36号 (3)

STEP3 ろしあのはらわた


  月琴の内部構造というものは,棹や糸倉の形やお飾りと同じくらい,作者によって個性があるので,場合によってはラベルや署名が見つからなくても,これだけで作者を同定できるようなことがあります----というわけで,この月琴36号……

  分かりませんね。(w)

  最初に目についたのはこの響き線。
  なんちゅう曲がり方でやんしょう----こういうカタチは今のところほかに類を見たことがありません。

  そのほかの部分,たとえば桁の材質とか工作,側板の裏面や接合部の処理などは,ごくごく平凡なものでさして特異な点はありませんが,

  やはりわたしの知らない,未知の作家さんの手によるものと思われます。

  工作は丁寧だし技術も高い,楽器としておかしなところはなく,専門の楽器屋さんの作であることは間違いないと思いますが,棹の姿など細かなディテールに少し違和感があるので,清楽器を専門に作っていたような人ではないかもしれません。

  とりあえず,観察結果をまとめときましょう。


3.内部構造

■ 内桁

  上下二枚。いづれも表面処理のされていない粗板状態の薄板(厚約7ミリ)で,材はおそらくマツと思われる。棹孔の口辺からそれぞれ118,272 の位置にあり,弦音のもっとも共鳴する上下の桁間がかなり広くとられている。
  上桁は中央棹茎のウケ穴のほか,左右にやや端の丸まった木の葉型の小さめの音孔が2つ。下桁には大きめの丸い孔が左右に2つ。彫りぬきの工作は比較的丁寧で,切り残しや刃物のオーバーランしたような痕はない。下桁の孔は直径が1.5センチもある,孔の壁に残る加工痕はツボギリによるものと同じだが,大きさからすると丸ノミの類をツボギリ的に用いたものかもしれない。
  上桁の上面左右端は少し斜めに削がれており,側板に彫られた溝にはめ込み接合。下桁は左右端の木口を側板内面に接着してあるだけだが,工作は精確でかなりぴったりしっかりと取付けられている。


■ 響き線

  この形態をコトバで表わすのはちょいと難しいですね。(W)
  基本的には直線なんですが,根元を二返することで,バネ的な性質を強めたもの,と考えられます。
  ただ直線を挿したものに比べると,はるかに振幅が大きいですね。前回修理した35号も,直線の根元を曲げることで,同様の効果を得ていましたが,曲げの方向の関係から,楽器の前後方向への振幅が少し大きくなってしまい,胴鳴りの原因を作ってしまっていました。それにたいしてこの曲げ方だと,上下動のほうが大きく,ある意味理想的なのかもしれません。


  テキトウに曲げてるように見えますが,もしかすると細かな微調整の結果なのかも…(本人に聞いたら 「ん?テキトウ!」 とか言われるかもしれませんが w)

  鋼線,太さ0.8ミリほど。先端は胴幅の4/5ほど,下桁より1センチほど上にまで達することから,直線に類するものとしては長い。
  基部は木片で,線基部を固定するために小さな丸クギが打たれている。楽器を正面から見て左がわ,上桁接合部の下面に位置し,表板から3ミリ,裏板から約1ミリほど離した状態で接着されている。
  響き線表面は軽くサビに覆われているが,問題はなく,健全である。





  ざんねんながら,内部からも楽器の作者につながる墨書や署名の類は何も見つかりませんでした。それどころかこの楽器,指示線なんかの書き込みが異常に少ないんですね。
  たいていは孔のとことか,桁の接着位置なんかに,墨とかエンピツの線があるものなんですが。
  この楽器では茎のウケ孔周縁に数箇所,そのほかほとんど唯一見つかったのは,表面板の中心線を表わすと思われる小さな孔が二つ。たぶんケガキのお尻でつけたものだと思います。


  あと,こりゃなぜでしょう?

  けっこう大き目のカンナ屑か削りカスが,けっこうな量出てきました……ふつうはこういうゴミ,胴体を箱にする前に出しちゃうし,そうでなくても作業中に自然にこぼれるから,こんなには残らないと思うけどなあ。

  わざと入れた?----ナゼ?


  さて,内外からの観察も完了いたしましたので,今回のフィールドノートをどうぞ。(クリックで拡大)



(つづく)


月琴36号(2)

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斗酒庵 赤い月琴にハラショー! の巻2014.5~ 月琴36号 (2)

STEP2 きけ ばんこくのげっきんしき!


  前回も書いたよう,この楽器にはおそらく,最初の所有者によるものと思われる装飾追加などの改造と,ごく近年の仕業と思われる木工ボンドによる 「補修」 が施されております。まあ,ヒビ割れや剥離部分にただボンドを垂らしこんだだけではなく,きちんと圧着して,接着部からボンドのハミでたのもキレイに拭ってくれてますますから,仕事としては丁寧----おかげでどこにその「修理」の手が入っているのか,よくよく見ないと分からないくらいです。(泣)

  最初の所有者も,ソクイだかウルシだか判らない,一見して厄介そうな正体不明の接着剤を用いてますので,今回の修理の主眼はこれら接着剤との闘いとなりそうですね,ハイ。

  言うまでもないことですが,楽器の世界において,破損部にこの手のご家庭用接着剤を垂らしてへっつけると言った行為は,のちの「修理」のジャマ妨害にはなれど「修理」にはあたりません。ニカワを使った「ちゃんとした修理」をする前に,まずはこれらの物質を,キレイに取除いておかなければなりません。木工ボンドによる再接着の痕跡は表裏面板どちらにも見られ,一部は接合部のスキマにまで充填されちゃったりしてますね。
  ボンドが楽器内部にまで入っちゃってますので,取除くにしたって外からだけではどうにもできません。ここは表裏面板のどちらかを一部ハガして,楽器胴体を内外からアクセス可能な状態にしなければならないでしょう。ギターとかと違って,月琴には手の入るようなサウンドホールなどがないので,けっきょくオープン修理になっちゃうんですねえ。


  ともあれ月琴36号,外からは作者や製作時期につながるような情報はほとんど得られませんでした。
  内部に何かあるとうれしいんですけど……。

  さて,面板ハガしにとりかかるまえに,まずは棹と表面板上の障害物をハズしときましょう。
  いつもどおり,お飾りやフレットの周辺に,筆でお湯を刷いたあと,濡らしたカット綿をならべてふやかします。
  楽器ですから,濡らす部分はなるべく最小限に。
  気温が高くて水分がすぐ蒸発してしまうようなら,上に切ったラップなどかけておくとよろしい。


  最初の難関は,やはりこの黒い物体でしたね。

  カリカリと硬くてなかなかハガれません。しかしお湯を含ませると若干崩れやすくなることなどから見て,どうやらウルシではないようです。水分を与えても,ニカワのようにゼリー状になるわけではないので,アートナイフなどを使ってモロくなった表面から削ったり,端のほうから突き崩すようにしながら除去してゆくしかなく,かなり時間がかかりました。

  この接着剤は,柱間の飾りの痕跡のほか,第6フレット,左右目摂,バチ皮の上辺左右などにも見られました。バチ皮の剥離には木工ボンドも使われていましたが,そのほかの部分,第6フレット以外のフレットや扇飾り,中央飾りの接着はニカワで,目摂にある痕跡も中央部のみで,その下にはニカワが塗ってありましたから,これも後でなされた接着なのでしょう。

  ニカワによる接着を原作者のものと考えると,最初の所有者による補修・改造は----

  1) 柱間飾りの追加
  2) 左右目摂の再接着
  3) 第6フレットの再接着
  4) バチ皮上辺の再接着

  といったあたりだったのでしょうか。例のロシアのコインも,この黒い接着剤でつけられていましたから,同様にこの人のシワザですね。ちなみにこのコイン----


  1905年発行の20コペイカでした。

  いまの金額に換算すると¥1000くらいの価値のものだったかと思われます。
  1905年……1905年かあ……それを月琴に………ふうむ。
  この年,ロシアでどんなことがあったか----世界史に通じている方なら言わずもがなでしょうが,そうでない方々は Wikiさまなどご参照願いたい。

  清楽が廃れたあと「月琴」という楽器は,ほうかい屋などといった俗間の辻楽士の楽器を経て,悪書生や演歌士なんかが,街角で ヤバい歌 をうたうのの伴奏に使われたりしていました。
  「演歌」っていうと,知らない方はコブシを回してをんなの情念や漢の世界を歌うサブちゃん的ヒトたちを思い浮かべてしまいますが,この時代の「演歌」ってのはそれとはちょっと違っていました。
  当時は街頭で政治的な批判を「演説」としてブったりしますと,たちまちナマズ髭の官憲にタイーホされちゃうんですが,楽器を持って 「これは歌じゃ!」 としている場合にはけっこう寛容だったんですね----「ダイナマイトどん!」なんて曲もあるんですぜ。「演説」でなく歌だから「演歌」ってわけで,こりゃつまりは政府批判の,反政府・反社会的内容の歌であったわけですね。まあそれだけじゃなく,人が集まらなきゃハナシにならないので,下ネタがらみの端唄や替え歌も歌ってましたけど。(w)
  彼らの本来の目的は「政治批判」であって「音楽」じゃありません。
  楽器も音楽も官憲の手をすりぬけるための方便だったわけで,音数が少なくおぼえるのが簡単な月琴は,そんな彼らの楽器として,ヴァイオリンにその地位を譲るまで,けっこう使われていたということです。

  さて,このコイン。
  ただ単に珍しい到来物として貼り付けられたものなのか。
  あるいは最初の所有者が実は思想的に  「そういう人」 (色的な)で,この年号の入ったコインが,彼にとって特別な意味のある「記念品」だったのか……

  はあどぼいるどやミステリー小説だと,このナゾのコインが半分から割れて,中から秘密の通信文やマイクロフィルムなぞ出てきそうなものですなあ----ああ!あすこの電柱の陰から工房を監視する黒服の男が!----とかなった場合,庵主はどうすればいいのでしょう?(ww)

  まあ,このナゾはひとまず,おいとくこととしまして。


  修理を先に進めましょう。
  表板も裏板も,損傷の程度と,木工ボンドによる再接着の箇所は,だいたい同じようなものです。
  ならばとうぜん----ハガすのは,半月のついてない裏板のほうとなりましょう。
  裏板の右肩口に,比較的最近生じたと思われる剥離箇所がありました。ボンドによる再接着もされていませんので,ここらからイキましょうかねえ……えいやっと!(良い子はマネしてはイケません)

  次回は修理の続きと,この内部構造についてご報告いたしますです,ハイ。

(つづく)


月琴36号(1)

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斗酒庵 赤い月琴にハラショー! の巻2014.5~ 月琴36号 (1)

STEP1 ぴろしきげっきんすきー


  36面めの自出し月琴が到着いたしました。

  うむ,こういうのは実にひさしぶりですね……見た感じ,ぜんぜん作者が思い浮かびません。 一見すると,ふつうの中級国産月琴,ってとこなんですが,よくみると細かいところが,いままで見たことのない,かなりユニークなデザインになっています。

  いままで庵主が扱ったことのない,
  未知の作家さんの楽器のようです。


  楽器の状態としては,蓮頭もついてるし糸巻きも四本とも無事。全体にそう汚れてもおらず,糸倉に割れなどもないし,目立った故障といえば,左目摂のシッポが欠けてるのと,柱間飾りのほとんどがなくなってること,あとは棹上のフレットが3本なくなってることくらいでしょうか----

  しかしながら。

  こういう一見 「いい子ちゃん」 な楽器ほど,内にアクマを秘めていることが多い----ということを,庵主,けーけんにより知っております。

  さてナニが出るかな?

  まずは例によって計測から----


1.各部採寸

  ・全長:641mm
  ・胴径:縦横ともに 353mm 厚:34mm(うち表裏面板ともに厚 4mm)
  ・棹 全長:285mm(蓮頭をのぞく) 最大幅:28.5mm(胴との接合部) 最小幅:27mm
    最大厚:30mm 最小厚:28mm(指板なし)
  ・糸倉 長:160mm(くびれから先端まで) 幅:27-28mm(うち左右側部厚 7mm/弦池 13×110mm)
    指板面からの最大深度: 66mm
  ・有功弦長:415mm


2.各部所見

■ 蓮頭・軸

  蓮頭は透かし彫りのない板材に線刻でコウモリが刻んである。デザインは稚拙で単純だが彫り線は良く,多少太っちょではあるがなかなか趣があって可愛らしい。染めが少々薄くなっているのと,周縁に鼠害と思われる欠けが数箇所。板自体の加工はそれほど丁寧ではなく,木口面はかなりガサガサしている。

  軸は4本ともに完存,いづれもオリジナルと思われる。材は不明だがおそらくホオを黒染めしたものか? 少々汚れてはいるが損傷はない。長:118,最大の太さはφ28ていど。形状は中級月琴の定番,六角一溝のスタイルで,やや長く細身,サイドラインの立ち上がりがやや大きい。

■ 糸倉~棹

  材質はおそらくホオ,目立った損傷はない。棹上のフレット3本が欠損,指板相当部分にはその痕跡と,柱間飾りの付着痕が3つ残る。第1・第3フレットの付着痕に剥離時のものと思われるエグレがわずかにある。
  第3・4フレット間に黒い円形の物体が貼りつけられているが,これはおそらく外国のコインと思われる。ほかの飾りは痕跡のみ残っているが,そこからついていた物を類推できないことから,ここについていた飾りは月琴の意匠として典型的なものではなかった可能性が高い。


  糸倉部分のくびれがきわめて薄く,指板正面から遠目だと,唐物月琴のよう両サイドがまっすぐになっているように見える。実際にはわずか,かつ微妙なカーブがついており,たいへん美しいが,なんとも表現がしがたい。


  棹背はほぼ直線的で,基部からうなじまで,ほとんど同じ太さであるが,こちらも指板部分同様,かすかかつ微妙な反りがつけられている。うなじは短く浅いが,太目の棹となだらかにつながっているため,横から見ると長めに見える。
  サイドのくびれはきわめて浅いが,糸倉と棹の境界はかなりはっきりとしている。浅くとも陰影をくっきりと見せられる----こうした加工からも,原作者の技術は結構なものであろうと推測される。

  胴内に入る棹基部は小さめで,棹茎の延長材はおそらく杉かヒノキ。

  棹基部からなかご全体の加工は丁寧でかなり緻密だが,基部裏面板がわに,棹と同材の0.5ミリほどの薄板がスペーサーとして貼られている。
  同所表面板がわにおそらく「六」と思われる書き込みあり。作者のサインではなく製造番号のもよう。延長材先端,楽器正面から見て左横に小圧痕,ほか目立った損傷はなし。棹基部より茎先端まで,長:142,幅:20>16,厚:12>8。

■ 山口・フレット

  材はどちらもおそらく象牙。
  山口は厚:10,高:10。左右を浅く斜めに削いだ台形。糸溝は比較的しっかりと刻まれており,外弦間:15,内弦間:9 と,かなり狭い。
  棹上の第4フレットのほか胴体の5~8フレットまで現存,いづれも厚みが 3~3.5 程度で,月琴のフレットとしては薄めである。
  加工はどちらも比較的丁寧。胴体上,第6フレットのみ再接着か?底辺の左右に,ほかのフレットには見られない黒い物体がハミだしているのが見える。



■ 胴体

  表裏とも上下に貫通したヒビ割れが見られるが,いづれもさほどに広がってはいない。   表面板の左肩に鼠害と思われるカケ,中央下端に打痕か鼠害と思われるヘコミが少し見られるが,そのほかに目立った損傷はなく,ヨゴレの程度も比較的軽い。表裏面板とも8枚ていどの小板を矧いだものと思われる。月琴の面板としては比較的良質,厚みなども均一で加工はかなり良い。

  表面板は,左ヒビ割れの上端から左接合部にかけてと,右下接合部の付近に面板のハガレが少し見られる。 またヒビ割れ下端より地の側板のおよそ4/5ほどまで,一度剥離して再接着されている模様。ハミ出た接着剤をきちんと拭うなどして,比較的キレイに補修されてはいるが,木工ボンドを使用したものらしい,がっでむ。

  裏面板中央上端から中央にかけて,大きな黒っぽいシミがある。色合いから考えてスオウだろう。位置から考えて,貼られていたラベルによるものではないかと推測される。スオウで染めた用紙をハガす際,あるいはラベルの濡れによって染み出た染料によるものではなかろうか。 表面板に比べると,フシもあり,木目もさほどそろっていない低質の板が使われている。 側板の接合部とほぼ重なる,左端の小板との矧ぎ目にヒビ割れ,最大幅およそ1ミリほど。棹孔付近から右接合部にかけて面板の剥離。左下接合部から地の側板中央に向って,表面板同様の再接着の痕跡あり。

  側板は見た感じ健全。単純な木口同士の接着により構成されている。材はおそらくホオで,表面をスオウにより着色。楽器正面より見て左上および右下の接合部に,小スキマと小ズレ,左下の接合部には面板同様,木工ボンドが充填されているらしい,ごぉとぅへる。

  胴体上の装飾は,左右目摂,扇飾り,中央円飾りと柱間飾りの一部が残存。

  左目摂の一部が欠けているほかは,扇飾りにも円形飾りにもさしたる損傷は認められない。

  柱間飾りはよくある凍石ではなく,動物の角か爪かベッコウのようなもので出来ていたらしく,現状残っているものも,虫の食害によりかなりの部分が欠けている。6-7フレット間のものはと思われるが,7-8間のものは食害が酷く,意匠の判別は難しい。目摂の意匠はハナミズキ,もしくはツユクサと推測される典型的な花模様の一つ。扇飾りはかなり上下にツブれた感じだが,これも典型的な万帯唐草,円形飾りもよく見られる獣頭唐草紋,こちらはおそらく鳳凰の紋様を簡略化したものがモトになっていると考えられる。

  楽器中央,バチ皮の上辺付近に,左右に伸びる擦り傷が数箇所見える。バチ痕であろうか?


■ 半月・バチ皮

  半月は下縁を斜めに落とした半円板状。材は不明だが,加工は良い。寸法は 100×44×h.10。糸孔は外弦間:29,内弦間:23。
  バチ皮はニシキヘビ,110×80。比較的薄めの皮で,あちこち剥がれ,何度か再接着されているようだが虫食い等も見られず,保存は悪くない。上辺が少しめくれている。左下角より下辺にかけて,比較的新しい接着痕,おそらくは木工ボンド……まあここはしかたないか。

  おそらくなんですが。

  この楽器,原作者の工作のほか,二度ほど手を入れられているようです。二度目のは木工ボンドによる補修で,ごく最近のものだろうと考えられますが,一度目のものは古く,おそらくは最初の所有者による一種の「改造」だったと思われます。
  棹上に残るお飾りの接着痕や第6フレットの再接着痕がそれ,柱間のお飾りや第3-4フレット間のコインをへっつけたのも,この最初の所有者さんでしょうねえ。
  それにしても何でしょう,彼の使ったこの黒い接着剤は?
  カリカリとしていて硬く,少し削ってみるとモロモロとした感じで,ワラを極細に砕いたような,細かな繊維っぽいものが混じっている気もします。ツメかベッコウで作ってあったと思われるお飾りが,食われてほとんどキレイに無くなってしまっているのに,その下にあったこの接着剤はまったく食われず,キレイに残っています----ということは,まずニカワではありませんね。ソクイ(ご飯を練ったもの)か木糞ウルシの類でしょうか?
  削った感じ,ウルシにしては少し柔らかい気もしますね。



  それで,おそらくその最初の所有者によって貼りつけられたと思われるこのコインですが----正直,真っ黒でなんだか分からんなあ,こりゃ。

  てことで,とりあえず,拓本をとってみましたところ,浮かび上がってきたのは双頭の鷲。
  旧帝政ロシアのコインのようです。
  大きさから見てルーブルの下のコペイカでしょうか?額面は分かりませんがね。


  月琴にロシアのコイン?

  これまたハジメテのことですね。
  さあてさて,原作者が誰なのかをふくめて,ナゾが深まるばかりですなあ。


(つづく)


月琴35号首無し2(6)

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斗酒庵 胴にどうする2 の巻2014.3~ 月琴35・首無し2号(6)

STEP6 猫が眠っている,にゃあご


  首なし(だった)月琴35号。

  4月から5月にかけて,庵主の周辺でさまざまなイベントがもちあがったため,なかなか修理だけに没頭できず,ふだんよりかなーり時間がかかっちゃいましたが,作業自体は比較的順調に進み,6月のはじめ,フレットをたてるところまできました。

  首の角度の調整でいくぶん手こずりましたが,なんとかクリア。
  胴体水平面から山口のところで1センチ近く沈み込んでたのを,半分以下の5ミリ程度まで戻し,ほぼ理想的な角度になったため。フレットも全体にかなり低めでまとめることができました。 フレットの頭から弦までの間隔が絶妙にギリギリなので,運指に対する反応も上々。低音から最高音まで,弦を弾かずとも左手のハンマリングだけで音が出るという,フェザータッチな楽器となりました。


  ちょっと前に修理した松音斎の33号なんかもこうだったんだよなあ。演奏者にとって「いい楽器」の特徴のひとつですよねえ。
  今回のフレットは竹。この後ヤシャ液で煮〆て染め,ラックニスを染ませて完成です。

  しかしながら今回は,楽器本体の修理がブジに終わりかけているというのに,なぜか決まらないことが-----さて,お飾りの意匠をどうするか?

  月琴35号,製造元はおそらく浅草蔵前片町の山田楽器店,大量に生産された数打ち月琴のなかの一本ですが,店主・山田縫三郎がこうした楽器を良く分かって作っているので,そこらの職人がよく分からないで作った数多くの下品な楽器よりは,はるかにマシでよく鳴りましょう。 明治の国産月琴としては現在もかなりの数が残っているほうですが,それもまあ「清楽月琴」という「珍しい」類の楽器の中では,といったハナシ。 明治時代の楽器が,胴体だけになったとはいえ,わが工房までたどりついてきてくれたのですから

  つぎの百年をちゃんと弾き続けてもらえるように,ささやかながら,その手助けをしてあげたいところです。

  オリジナルの状態では,中央の円飾りはなくなってしまっているものの,扇飾りと左右の目摂は残っていました。これを戻して修理完了,でもいいのですが----正直どうにも味気ない。しかもこのお飾り,デザインや彫りもいかにも稚拙で適当で,どうにも庵主のビイシキに癇触ります。
  こうしたバヤイ。いつもですと,修理ちう,なんかピーンと来たモノを彫ってるんですが,35号,楽器としてイマひとつ特徴らしいものがないせいでしょうか?

  今回はどうもその,「ピーン」がきません。(w)

  そこでまあ,SNSで 「どしたらいい?」 と意見を募ったところ----

  ----こうなりました。(ww)

  今回は 「猫月琴」 を作るんです,にゃあご。

  まず蓮頭。香箱座りの「眠りネコ」ですね。
  カツラの余り板を刻んで作りました。


  左右の目摂もネコにします。

  左右別型で非対称ですが,より違和感のないデザインにするため,左はこの楽器にもともとついていたオリジナルの菊から,右は月琴によくつけられる鳳凰の意匠から,その外郭線をとりだして,その中で描いてみました。ネコ自体のデザインはオリジナルですが,こういうものの意匠では伝統的に「ネコには牡丹」と決まっていますから,そのあたりはけしてハズさない。


  中央飾りは魚。二匹の鯉が穴あき銭を中心に,陰陽を象って泳いでる「双鯉(魚)眼銭」。「鯉」は「利」,「魚」は「余」,穴あき銭「眼銭(イェンチェン)」は「眼前」に通じるもの,これは類似の例もある吉祥紋の一つですね。
  扇飾りは鳥。彫ってるうちに何だか分からないデブ鳥になっちゃいましたが,いちおうホトトギスのつもり(W)。梅にとまったホトトギス…「梅にウグイス」とあまり変わらない(というかまず区別のつかない)意匠ですが,喉から血を吐いても歌い続けるというホトトギスのほうが,恋に焦がれて鳴くだけのウグイスよりは,ちょいと楽器にふさわしいかな,と。

  もちろんこいつらは,左右のネコに狙われてもいるわけで(w)



  ----ということで,三匹のネコに護られて,次の百年をぐるぐる回るべく,
  「猫月琴」へと変化した,首なし月琴35号。
  2014年6月6日午後6時 (ああ!しかも黒ネコだ!w)
  世界の片隅,斗酒庵工房にて再生。



  蓮頭はヤシャブシに少しスオウを混ぜたので黄染め,目摂はスオウとオハグロで黒染めにし,最後に色止め程度にラックニスを布ではたいてフラットな仕上がりとしました。色合いは違いますが,胴上のほかのお飾りも同様。
  黒染めしたら,ネコの顔がどこだか分かんなくなっちゃったので,線刻だった目玉の部分をヌイて目立たせました。

  「ネコのお飾り」…なんて,多少あざとかったかもしれませんがねえ。「クリオネ月琴」こさえたヤツがイマサラ何言うか!----という意見もある w.)

  あ,そういや前回書いたよう,楽器にちょっとまだ猫ションのニオイが残ってますんで,コレいッそそこからインスパイヤされた,とか書いたほうが良かったかな。(ww)


  いささか手前ミソながら。
  この楽器,おそらく現状で,オリジナルよりなンぼか「いい楽器」になっておるはずです。

  まあ,製作者はとうに死んじゃってるし,うちに来たときには胴体だけだったので,もとの音なんか分からないから何でも言えるわけですが,素材は中級ながら,もともとの工作は悪くない。そこでさらに胴体接合部や,内桁の面板との接着も補強したし,調整を重ねたせいで,棹は短くなっちゃいましたが,中心材は響きのいいイチイ,指板はタガヤサン。2Pながら半月の素材も紫檀とダオ。どっちもオリジナルより材は良いかと。
  さらに,分かるかな?----低音弦と高音弦でわずかに弦間を変えたりしてあります。このあたりは月琴界のイチロー,33号松音斎の修理で学んだテクニック。良いことはすぐに真似しなくっちゃね。


  明るく素直で,まっすぐな音。
  音量もそこそこ,室内楽器としてはじゅうぶんなレベルでしょう。響き線の効きはかなり良く,弾いてるとけっこう耳にキます(w)が,正直これを「余韻」と言っていいものか----どっちかというと「うなり」ですね。 そのあたり音色的に好き嫌いは多少ありましょうが,音質的には問題ないかと。

  ただし,最初に書いたように,運指に対する反応が非常に敏感です。
  弦楽器としてそれはいいことなんですが,ふだんの月琴のつもりで弦を「押さえ」たりすると,音が変にビビっちゃったりします。もはや「押さえる」というより,軽く「触れる」くらいの感触で音が出ちゃいますね。
  そこらへん,分かって弾いてくださるなら,まさしくフェザータッチの素晴らしい楽器なのですが,操作がたいへんセンシチブなので……まあ,そのあたりのせいで,あまり初心者向けの楽器ではなくなっちゃいましたがなあ。

  ちょいとひさしぶりに試奏の様子を載せときましょうか,にゃあご----



(おわり)


月琴35号首無し2(5)

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斗酒庵 胴にどうする2 の巻2014.3~ 月琴35・首無し2号(5)

STEP5 ああ首なしの納屋のにほい


  表面板の再接着はまずまず成功!

  真ん中に噛ませたスペーサーのぶん,板の左右端がハミ出てるのを整形したら,おつぎは裏板のヒビ埋めを。
  こちらは幅が1ミリあるかないかぐらいですので,桐板を薄く切って削って埋め込みます。
  前も書きましたが,桐板ってのはもともと柔らかいので,水を含むとさらに弱くなるし,ふくらんできっちりスキマに入らなくなります。ですのでこうした場合は,ヒビの深さよりもやや大きめに切った埋め木を,まずはきっちりとヒビの底まで到達するよう整形し,ハメこんでから,埋め木の両横に薄めたニカワを何度も塗布して接着したほうが確実です。


  表板の木口がスペーサーによる整形のため削られて,板地の色になっちゃったんですが,裏板のほうは貼ったまんま。真っ黒に汚れて側板部分と区別がつかない状態でしたので,こちらもついでに軽く削って,側面をお菓子のシベリア状態にもどしときましょう。

  うむ----わたしはこの 「薄皮あんこサンド」 な感じがスキです。


  だいたいの補修が終わったところで,面板の清掃に入ります。

  この楽器,かなり長い間放置されてきたらしく,ヨゴレやら水濡れの痕やら,けっこうきちゃないですからねえ。
  洗剤はいつものようにぬるま湯に重曹溶いた重曹水,Shinex の #400 をスポンジにしてこすると----うう,やっぱり。納屋の棚にでもほかしてあったんでしょうねえ……濡らすと独特の「物置き臭」というか「ネコのションション的臭い」がします。(汗)
  重曹には消臭効果もあるんで,しばらくすると消えるとは思いますが……一年くらいは時折ニオったりするんだよなあ。


  さて,そうこうしているうちに。
  棹と糸巻き,そして補作した半月の塗装が終わりました。

  棹は胴体の色合いにだいたい合わせましたが,胴体側部は染めて油拭き・ロウ磨き仕上げなので,どっちかというとフラットなのに対し,こっちはテカテカに塗っちゃいましたから,表面の感じは若干異なります。
  まあ,まだ磨き前なのでいささかギラギラしてますが,仕上げでしっとりさせますんでそれほど違和感はなくまとまるかと。
  ツゲで作った山口も取付けておきましょう。今回の材は色も白っぽく青筋が入ってたりするあまり良くないものでしたが,スオウをちょっと混ぜたヤシャ液で染めたらこのとおり----キレイなもんでしょ?


  前々回もちょっと書きましたが,今回は棹の取付け調整にかなり手間取りました。
  とくに当初,背面への傾きの角度を少々深く取りすぎ,組みつけてみたら,山口のところで胴体水平面から1センチ近くも沈み込んでしまっていました----そのままだと,山口の背を2センチくらいにしないと,弦が胴体との接合部のところにひっかかっちゃうくらいですね。(w)
  茎をはずしては棹基部を削って,角度や楽器の中心線に対する左右の傾きを何度も調整したので,棹が最初より5ミリくらい短くなっちゃいましたよトホホ。

  半月の接着はそのあたりも考慮しての作業となりました。


  月琴の製作工程で,半月の取付け作業は,全工程のかなり最後のほうで行われたものと推測されます。
  月琴は,ほかの楽器に比べると単体での利益率が低いので,あるていどの数をこなさなければ儲けが出ません。現在のような工作機械によるオートメーション加工ならともかく,手工中心の当時の体制だと,部品の精度のバラ付きをどこかであるていど解消できなければ,製品としての歩留まりばかりが多く生じてしまいます----まあ,そんなこと気遣いもせず作られたスサマじい造りの楽器もけっこうありますがね。
  組み合わせてみたら棹と胴体の中心線が合わない,楽器の中心線がズレてた,胴体に対する棹の角度や取付け位置がヘンだった,なんてのは日常ちゃ飯で。それでもそれらが楽器として一応成立しているのは,最後に取付けるこの半月の位置でツジツマを合わせているからなんですね。

  正直,この半月による「ツジツマ合せ」にはかなり無理矢理なものもあって,半月が奇妙に左右に寄ってたり,片方の端が上がってチンピラの笑い顔みたいになっちゃってたりしてる例もあります。そのあたり,ギターやバイオリンの作家さんだとちょっと考えられない世界(w)かもしれませんが,もともと辻楽士の俗っぽい楽器ですんで,そんくらいワイルドでも全然構わなかったのかもしれません。

  さて今回,半月は,オリジナルより上辺の位置を約5ミリ下げて取り付けます。
  予定していた有効弦長からすると,ほんとはもうちょい下げたいとこだったのですが。これ以上下げると,かなりカッコ悪くなっちゃいますんで(泣)。かなりしつこくやった棹基部調整の甲斐あって,楽器の中心線はだいたいバッチリ通ってますので,半月にも糸孔をあけます。オリジナルの半月の糸孔は外弦間 34,内弦間 26 ってとこですね,これに合わせましょう。

  棹を挿し,山口に糸を貼り付けて半月までひっぱり,これを弦の代わりに見ながら,半月の左右位置を探ります。
  山口での外弦間は指板部分の幅にもよりますが,だいたい15~17ミリですね。今回の棹はやや細めなので15ミリとします。

  いつもながらこの作業,けっこう微妙なんで時間がかかりますね。でもここで失敗じると,楽器の性能に大きくかかわっちゃいますんで,慎重に,精確にやっていきましょう。


  左右の糸のコースがもっとも均等で,棹左右のテーバーとのバランスも良さげなところを見つけたら,ケガキやマスキングテープでシルシを付け,上端位置にに当て木を噛ませて,さあ接着です。
  半月の主材,ダオはすこしロウ分を含んだところがあるんで,接着面はペーパーで軽く荒し,筆で水を刷いては指でこすりこんで,なじませておきます。薄めに溶いたニカワを,何度も塗っては擦りこみ,余分を拭き取って,表面がベタついてきたところで,面板に置いてLクランプで軽くしめます。

  首なしで胴体だけだった楽器に,新しく首がつき,半月も戻りました。
  これで弦を張れば,弦楽器としての本体の修理はほぼ完了なわけですね。

  さて,しかし-----
  お楽しみはこれからだッ!!

(つづく)


月琴35号首無し2(4)

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斗酒庵 胴にどうする2 の巻2014.3~ 月琴35・首無し2号(4)

STEP4 ぶらり首無し一人旅(w)


  棹と糸巻きは塗装に入りました。

  板材を寄せ集めた棹なんで,カシューの透で保護塗りしなきゃちょいと心配ですからね----なんかゲージツ的な写真が撮れましたよ。(w)

  カシューてのは,塗装に時間がかかりますからね。

  その間に胴体のほう,やっちゃいましょう。


  まずは胴体構造の補修の続き。

  響き線の手入れなどと同時に,四方接合部の再接着と補強は済んでいますが,内桁の左右の接着もトンでしまっていました。側板のウケ溝にお湯とゆるく溶いたニカワを,交互に垂らしこんでは拭い,じゅうぶんに行き渡ったところでゴムをかけて固定します。

  つづいて,内桁や側面と面板の接着部にある,細かな虫食い痕を,木粉粘土をエポキで練ったパテで埋め込み,乾いたところで余分を削り取って均します。

  小さくて浅い溝でも,再接着の支障となったり,その部分の接着や,後の楽器全体の強度に影響を及ぼす場合がありますからね。このへんは手を抜いてはイケません。もちろん,板のほうの接着部にある溝やエグれ痕なんかも,同様の方法で充填して平らにしておきましょう。

  表面板はもともとあった中央のヒビ割れのところから,二枚に分かれちゃってるわけですが,胴体の収縮によって割れちゃったのですから,これをこのままもどしても,寸法が合わず,ご覧のように(左)胴との間に段差ができてしまいます。


  まずは二枚になっちゃった板を,真ん中にスペーサーを噛ませて,矧ぎなおします。
  こういう作業で本来使う,ハタ金なんてもンを持ってませんので,毎度のことながら作業板の上で,クランプと木っ端や角材を総動員しての作業となります。

  一晩置いて,へっついたスペーサーを削って均します。
  ど真ん中なもので,寸法的に使える古板がなく,新品の板を使いましたからやっぱ目立ちますね~(汗)

  こりゃ誤魔化すのがタイヘンそうだ。


  染めてあるのとヨゴレのせいで,表面からだと板の矧ぎ目が分かりにくいんですが,裏面からだと比較的簡単に見分けられます。画像に置かれたシルシのほか,両端に小さな板が一枚づつ継がれてますので,合計10枚の小板で出来てたわけですね,この板は。

  前にも書きましたが,この楽器は中級の量産品ですが,板の工作は良く,これはおそらく専門の桐屋さんの仕事だと思われます。

  桐板はむかしからこうして,小さな角材や板材を接着・積層し,薄切りにして作られています。高価な板ほど矧ぎ数が少ないわけですね。楽器職くらいの腕前があれば自分でも作れますが,大量生産を考えるなら,自分とこでいちいち作るより,桐屋さんからまとめ買いして安く仕入れたほうが,金銭的にも時間的にも手間的にもけっきょくお得ですよね。
  また,表板には比較的木目のそろってて目のつんだ柾目的な板が使われますが,裏板にはたいてい,節があったり木目がバラバラだったりするような低質の板が用いられます。まあ,これも当然かな。


  さて,仕上がった表板をへっつけましょう!

  接着部をよーく濡らし,ニカワを塗りこんで。
  いつものとおり,ウサ琴の外枠として作った板にはさみこみ,均等にしめあげまあす。
  まんなかに角材置いてゴムかけてあるのは,このあたりに圧かけて,内桁との接着を確実にするためです。
  楽器の音色の面からも,ここはちゃんとくっついててくれないと困るんです。
  これでこのまま一晩~二晩。

  うまくへっついてくれるかな?

(つづく)


月琴35号首無し2(3)

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斗酒庵 胴にどうする2 の巻2014.3~ 月琴35・首無し2号(3)

STEP3 首はいづこから


  首なし月琴ですから,まずネックを作ってやらにゃならないのは当然ですが----
  ちょうど資金難(w)で製作の滞ってるウサ琴シリーズのネックがあり,研究のためたまたま,いろんな作家さんのネックをコピーしてたんで,その4本のうちもっともサイズとカタチの近い一本をこれに流用することとしましょう。


  棹基部を削って棹孔に合わせ,茎の接続部を切っておきます。
  例によって3P,この棹は糸倉がカツラ中心材はイチイ指板はタガヤサンです。
  オリジナルはおそらくホオだったでしょうから,それよかちょっと高級かな?


  過去のデータに従い糸巻きの孔をあけます。清琴斎の糸巻きはあまり斜めになってないんですね。
  ドリルで下孔,細めのリーマーで広げ,焼き棒で焼き広げて仕上げます。

  軸孔をあけおわったら染色。
  スオウで赤染めミョウバン媒染,やや濃い目のオハグロで二次媒染して,胴体の色に合わせます。



  棹が黒くなったところで,棹茎(なかご)を接着します。
  清琴斎の棹茎はかなり短めです。オリジナルの延長材はたぶん針葉樹の類でしょうが,たまたま前に修理でどっかしくじって使わなかった広葉樹材(さて…材はなんだったかなあ,w)の茎が見つかったんで,これを切って流用することにしました。根元ももう,V字にハマるように切ってあったしね。

  接着は胴体まだふさいでないんで,こうやって実際に組み合わせて,きっちりハマるように----とか,やったんですが。

  ぶっちゃけ他人様の作った胴体に,自分で作った棹をぴったり合わせるってのはやっぱり難しいもので,今回の修理ではけっきょく3回くらいこの茎の調整と再接着をやるハメに……この時点ではまだキレイなもんですが,最後には基部も先端もスペーサーだらけになりましたとさ(泣)。


  糸巻きは,材料箱漁ってたら,ホオとカツラの素体が二本づつ出てきましたんで,これで行きますね。
  ちなみに清琴斎のオリジナル軸は典型的な六角一溝。太くもなし細くもなし。量産のためでしょう,寸法的にはやや短め(一般的な月琴の糸巻きより5ミリほど)ですが,操作性はぜんぜん悪くありません。


  続いてもう一つ----半月を作ります。
  オリジナルの半月がなにせこの状態ですからねえ---キミ,いくら糸孔を増やしても四本弦の楽器に四本以上弦は張れませんぜ。(w)

  過去の修理や製作で結局使わなかった半月の素体なんかもあったんですが,いまひとつピンとこないもので,結局ニューギニア・ウォルナット(ダオ)に紫檀の板(34号の棹の余り)を貼って,新しく作ってみました----ぷぷ,チョコムースみてえ。


  ウサ琴では定番の2ピース半月,いつもだと接着はニカワですが,今回はエポキにしました。前回の34号の修理でも大活躍でしたが,棹やこの半月のように,本来カタマリから刻みだされるべきものを寄木や積層で作る場合や硬木の接着など,のちのメンテにおいてそこは分解不可能であってもいいようなところは,べつだんこういうモノで,強固にカタまっててくれててイイのですもんね。

  接着した板を整形して,内がわに切れ目を入れてポケットを作り,側面から下縁部を斜めに削ぎ落としてカタチは完成。
  磨いたら,側面をスオウとオハグロで黒染めし,チョコムース的分かれ目を目立たなくしておきます。

  この時点ではまだ糸孔をあけません。

  今回も棹は後付けの自作----この後,オリジナルの工作との兼ね合いでどうなるか分かりませんし,わたしもヘボですから(w),糸のコースを微調整できる最後の最後の砦として残しておきましょう。
  
(つづく)


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