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月琴36号(1)

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斗酒庵 赤い月琴にハラショー! の巻2014.5~ 月琴36号 (1)

STEP1 ぴろしきげっきんすきー


  36面めの自出し月琴が到着いたしました。

  うむ,こういうのは実にひさしぶりですね……見た感じ,ぜんぜん作者が思い浮かびません。 一見すると,ふつうの中級国産月琴,ってとこなんですが,よくみると細かいところが,いままで見たことのない,かなりユニークなデザインになっています。

  いままで庵主が扱ったことのない,
  未知の作家さんの楽器のようです。


  楽器の状態としては,蓮頭もついてるし糸巻きも四本とも無事。全体にそう汚れてもおらず,糸倉に割れなどもないし,目立った故障といえば,左目摂のシッポが欠けてるのと,柱間飾りのほとんどがなくなってること,あとは棹上のフレットが3本なくなってることくらいでしょうか----

  しかしながら。

  こういう一見 「いい子ちゃん」 な楽器ほど,内にアクマを秘めていることが多い----ということを,庵主,けーけんにより知っております。

  さてナニが出るかな?

  まずは例によって計測から----


1.各部採寸

  ・全長:641mm
  ・胴径:縦横ともに 353mm 厚:34mm(うち表裏面板ともに厚 4mm)
  ・棹 全長:285mm(蓮頭をのぞく) 最大幅:28.5mm(胴との接合部) 最小幅:27mm
    最大厚:30mm 最小厚:28mm(指板なし)
  ・糸倉 長:160mm(くびれから先端まで) 幅:27-28mm(うち左右側部厚 7mm/弦池 13×110mm)
    指板面からの最大深度: 66mm
  ・有功弦長:415mm


2.各部所見

■ 蓮頭・軸

  蓮頭は透かし彫りのない板材に線刻でコウモリが刻んである。デザインは稚拙で単純だが彫り線は良く,多少太っちょではあるがなかなか趣があって可愛らしい。染めが少々薄くなっているのと,周縁に鼠害と思われる欠けが数箇所。板自体の加工はそれほど丁寧ではなく,木口面はかなりガサガサしている。

  軸は4本ともに完存,いづれもオリジナルと思われる。材は不明だがおそらくホオを黒染めしたものか? 少々汚れてはいるが損傷はない。長:118,最大の太さはφ28ていど。形状は中級月琴の定番,六角一溝のスタイルで,やや長く細身,サイドラインの立ち上がりがやや大きい。

■ 糸倉~棹

  材質はおそらくホオ,目立った損傷はない。棹上のフレット3本が欠損,指板相当部分にはその痕跡と,柱間飾りの付着痕が3つ残る。第1・第3フレットの付着痕に剥離時のものと思われるエグレがわずかにある。
  第3・4フレット間に黒い円形の物体が貼りつけられているが,これはおそらく外国のコインと思われる。ほかの飾りは痕跡のみ残っているが,そこからついていた物を類推できないことから,ここについていた飾りは月琴の意匠として典型的なものではなかった可能性が高い。


  糸倉部分のくびれがきわめて薄く,指板正面から遠目だと,唐物月琴のよう両サイドがまっすぐになっているように見える。実際にはわずか,かつ微妙なカーブがついており,たいへん美しいが,なんとも表現がしがたい。


  棹背はほぼ直線的で,基部からうなじまで,ほとんど同じ太さであるが,こちらも指板部分同様,かすかかつ微妙な反りがつけられている。うなじは短く浅いが,太目の棹となだらかにつながっているため,横から見ると長めに見える。
  サイドのくびれはきわめて浅いが,糸倉と棹の境界はかなりはっきりとしている。浅くとも陰影をくっきりと見せられる----こうした加工からも,原作者の技術は結構なものであろうと推測される。

  胴内に入る棹基部は小さめで,棹茎の延長材はおそらく杉かヒノキ。

  棹基部からなかご全体の加工は丁寧でかなり緻密だが,基部裏面板がわに,棹と同材の0.5ミリほどの薄板がスペーサーとして貼られている。
  同所表面板がわにおそらく「六」と思われる書き込みあり。作者のサインではなく製造番号のもよう。延長材先端,楽器正面から見て左横に小圧痕,ほか目立った損傷はなし。棹基部より茎先端まで,長:142,幅:20>16,厚:12>8。

■ 山口・フレット

  材はどちらもおそらく象牙。
  山口は厚:10,高:10。左右を浅く斜めに削いだ台形。糸溝は比較的しっかりと刻まれており,外弦間:15,内弦間:9 と,かなり狭い。
  棹上の第4フレットのほか胴体の5~8フレットまで現存,いづれも厚みが 3~3.5 程度で,月琴のフレットとしては薄めである。
  加工はどちらも比較的丁寧。胴体上,第6フレットのみ再接着か?底辺の左右に,ほかのフレットには見られない黒い物体がハミだしているのが見える。



■ 胴体

  表裏とも上下に貫通したヒビ割れが見られるが,いづれもさほどに広がってはいない。   表面板の左肩に鼠害と思われるカケ,中央下端に打痕か鼠害と思われるヘコミが少し見られるが,そのほかに目立った損傷はなく,ヨゴレの程度も比較的軽い。表裏面板とも8枚ていどの小板を矧いだものと思われる。月琴の面板としては比較的良質,厚みなども均一で加工はかなり良い。

  表面板は,左ヒビ割れの上端から左接合部にかけてと,右下接合部の付近に面板のハガレが少し見られる。 またヒビ割れ下端より地の側板のおよそ4/5ほどまで,一度剥離して再接着されている模様。ハミ出た接着剤をきちんと拭うなどして,比較的キレイに補修されてはいるが,木工ボンドを使用したものらしい,がっでむ。

  裏面板中央上端から中央にかけて,大きな黒っぽいシミがある。色合いから考えてスオウだろう。位置から考えて,貼られていたラベルによるものではないかと推測される。スオウで染めた用紙をハガす際,あるいはラベルの濡れによって染み出た染料によるものではなかろうか。 表面板に比べると,フシもあり,木目もさほどそろっていない低質の板が使われている。 側板の接合部とほぼ重なる,左端の小板との矧ぎ目にヒビ割れ,最大幅およそ1ミリほど。棹孔付近から右接合部にかけて面板の剥離。左下接合部から地の側板中央に向って,表面板同様の再接着の痕跡あり。

  側板は見た感じ健全。単純な木口同士の接着により構成されている。材はおそらくホオで,表面をスオウにより着色。楽器正面より見て左上および右下の接合部に,小スキマと小ズレ,左下の接合部には面板同様,木工ボンドが充填されているらしい,ごぉとぅへる。

  胴体上の装飾は,左右目摂,扇飾り,中央円飾りと柱間飾りの一部が残存。

  左目摂の一部が欠けているほかは,扇飾りにも円形飾りにもさしたる損傷は認められない。

  柱間飾りはよくある凍石ではなく,動物の角か爪かベッコウのようなもので出来ていたらしく,現状残っているものも,虫の食害によりかなりの部分が欠けている。6-7フレット間のものはと思われるが,7-8間のものは食害が酷く,意匠の判別は難しい。目摂の意匠はハナミズキ,もしくはツユクサと推測される典型的な花模様の一つ。扇飾りはかなり上下にツブれた感じだが,これも典型的な万帯唐草,円形飾りもよく見られる獣頭唐草紋,こちらはおそらく鳳凰の紋様を簡略化したものがモトになっていると考えられる。

  楽器中央,バチ皮の上辺付近に,左右に伸びる擦り傷が数箇所見える。バチ痕であろうか?


■ 半月・バチ皮

  半月は下縁を斜めに落とした半円板状。材は不明だが,加工は良い。寸法は 100×44×h.10。糸孔は外弦間:29,内弦間:23。
  バチ皮はニシキヘビ,110×80。比較的薄めの皮で,あちこち剥がれ,何度か再接着されているようだが虫食い等も見られず,保存は悪くない。上辺が少しめくれている。左下角より下辺にかけて,比較的新しい接着痕,おそらくは木工ボンド……まあここはしかたないか。

  おそらくなんですが。

  この楽器,原作者の工作のほか,二度ほど手を入れられているようです。二度目のは木工ボンドによる補修で,ごく最近のものだろうと考えられますが,一度目のものは古く,おそらくは最初の所有者による一種の「改造」だったと思われます。
  棹上に残るお飾りの接着痕や第6フレットの再接着痕がそれ,柱間のお飾りや第3-4フレット間のコインをへっつけたのも,この最初の所有者さんでしょうねえ。
  それにしても何でしょう,彼の使ったこの黒い接着剤は?
  カリカリとしていて硬く,少し削ってみるとモロモロとした感じで,ワラを極細に砕いたような,細かな繊維っぽいものが混じっている気もします。ツメかベッコウで作ってあったと思われるお飾りが,食われてほとんどキレイに無くなってしまっているのに,その下にあったこの接着剤はまったく食われず,キレイに残っています----ということは,まずニカワではありませんね。ソクイ(ご飯を練ったもの)か木糞ウルシの類でしょうか?
  削った感じ,ウルシにしては少し柔らかい気もしますね。



  それで,おそらくその最初の所有者によって貼りつけられたと思われるこのコインですが----正直,真っ黒でなんだか分からんなあ,こりゃ。

  てことで,とりあえず,拓本をとってみましたところ,浮かび上がってきたのは双頭の鷲。
  旧帝政ロシアのコインのようです。
  大きさから見てルーブルの下のコペイカでしょうか?額面は分かりませんがね。


  月琴にロシアのコイン?

  これまたハジメテのことですね。
  さあてさて,原作者が誰なのかをふくめて,ナゾが深まるばかりですなあ。


(つづく)


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