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斗酒庵夏の資料大公開!

NEWS_01.txt
斗酒庵 PDFをうpる の巻2014.7 斗酒庵夏の資料大公開!

STEP1 PDFYさんありがとう

  Webでいろいろとニュース見てましたら,こういうのを見つけまして。

  http://gigazine.net/news/20140716-pdfy/

  PDF用の広告なし登録なしの無料鯖の紹介記事であります。
  この手の無料サービスはある日とつぜんお亡くなりになることが多く,いつまであるかは分かりませので,直リンは張らずに置きますが,とりあえず自炊したのやら加藤先生からもらったのやら,手持ちのPDF資料を手当たり次第でうpしてみました。

  今回うpした資料は,朱入り本を中心に以下の12種です。月琴の自習に,清楽音楽の研究にお役立てください。


  『月琴読本』(マンガ): https://pdf.yt/d/4SPESNhv-G08Ojk3

『清風雅譜』明治11年版
  『清風雅譜』(朱入)_M11: https://pdf.yt/d/Zf4v9D1CHzE12s08
『清風雅譜』明治17年版
  『清風雅譜』(朱入)_M17: https://pdf.yt/d/S3JnlxGf-S9hWPWw
『増補改定・清風雅譜』明治17年版
  『清風雅譜』(増補改定)_M20: https://pdf.yt/d/3mJJf3-XWyZk7BYo
『清風雅譜』明治25年版
  『清風雅譜』(朱入)_M25: https://pdf.yt/d/h9UScYYsi64V5Tnm
『清風雅譜』渓蓮斎校朱入 明治31年版
  『清風雅譜』(渓蓮斎校朱入)_M31: https://pdf.yt/d/1pQMwKSjH7hoMGXB
『清風雅譜』渓蓮斎訂朱入 明治31年版
  『清風雅譜』(渓蓮斎訂朱入)_M31: https://pdf.yt/d/cEJzO5zhypThIckY
『清楽指南』明治25年版
  『独習自在清楽指南』(花井信)_M25: https://pdf.yt/d/424LdkmoJO77SX7p
『清楽独稽古』明治27年版
  『清楽独稽古』_M27: https://pdf.yt/d/xH95GYERBQ-VbZvV
『月琴雑曲 清楽速成自在』明治30年版
  『清楽速成自在』(静琴居士)_M30: https://pdf.yt/d/iuywKLp3eSdy09KG
『声光詞譜』明治11年版
  『声光詞譜』(朱入)_01: https://pdf.yt/d/0dmPLSDjY3gR_-yy
  『声光詞譜』(朱入)_02: https://pdf.yt/d/0cgyol8LFz-nquaV
  『声光詞譜』(朱入)_03: https://pdf.yt/d/EMH4oboYKBmKDVM6
『清楽横笛独自習』廣川正 明治26年版
  『清楽横笛独自習』(廣川正)_M26: https://pdf.yt/d/dqYWbHOWgqHAJHjC

  アドレスをコピペするとPDF閲覧の画面が開きます。
  ただ見るだけならそれでもいいし,DLしたい時は右下のほうダウンロードのボタンがあります。


  ブログ記事「工尺譜の読み方」のシリーズとかでも説明したように,清楽のむかしの譜本と言うのは,買ったそのままだとただの漢字の羅列で,音階は分かっても音の長さが分からないから,どんな曲だかは分からないんですね。買った人がお師匠さまから教わりながら,あるいは独自に朱や墨で印をつけて,どの音をのばすとか,どこを続けて弾くということを書き込んで完成されるわけです。
  ですので,ふつう古本では書き込みがあると困るんですが,わたしたち清楽の研究者は,書き込みがないと逆に困っちゃうわけですね。

  いちばん最初にあげたのは,不肖・庵主作の『月琴読本』。

  このブログで挿絵に使ってたマンガを再構成して作りました。
  いちおう一部では好評。
  ----まあご笑納ください。(w)

  つぎに6冊ばかり並んでるのは,東京で勢力のあった渓派の基本楽譜『清風雅譜』。
  この流派の中興の人である渓蓮斎(富田寛)の校訂した版の朱入り本を,最近あらたに二冊手に入れましたので,これもあげておきます。

  この6冊,「増補改定」以外は曲目はまったくいっしょですが,朱点や棒線,装飾符なんかがちょっとづつ違います。
  音楽のほうではどうだかしりませんが,われら俗っぽいほうの民俗学の研究の手法は「重出立証法」,その「ちょっとの違い」からさまざまなことを読み解いたり,解き明かしたりするのが基本です。
  庵主が月琴や明笛を,30本以上も自腹切って買い込んでるのもそのせいなんですが,さてこの6冊をもとに,渓派の音楽をどこまで解き明かし,再現出来るか----そのあたりがこの夏の庵主のしくだいであります。

  最後の一冊,『清楽横笛独自習』は加藤先生から拝借した資料で,拍子の点もついてて再現可能なんですが,一部の符の指示が分からず,いまだに読み解けないでいるもの。
  笛吹きの方々,たとえば「上ノ指ニテ動作ヲ取ル」とか「工ノ指ニテ動作ヲ取ル」とはなんぞや?
  わかったら庵主にも教えてください。(泣)

  こうした資料をただ抱えこんで秘匿してるだけのマニアさんや,各地の研究機関が,自分のところでは役に立たない,読み解けない,再現できないような資料を,こういう方法でどんどん公開してくれたなら,情報の点と点が線でつながり環になって,研究の裾野も広がり,清楽の不明点なんて1~2年でぜんぶ解決されちゃうんですけどね。

  庵主これより二ヶ月ばかり,北の大地に帰省して,キタキツネとたわむれてまいります。
  夏のお中元(宿題?)をばどうぞどぞ。


(つづく)


胡琴を作らう!2 (3)

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斗酒庵 清楽胡琴作りに再度挑戦す の巻2014.6~ 胡琴を作らう!2 (3)

STEP3 もう余ってるとは言わせない!


  さてさて,全体のカタチが出来たら,まずは磨きです。
  胴体と棹の表面を磨いて,表層を削り落とした時についたキズなんかを消します。
  ちょっと凝りたい人は,ここで染めや塗装をしてください。
  柿渋をしませてカシューで仕上げてもいいですし,亜麻仁油で磨き上げてもよし,水性ニスを全体にざッと一刷きでもけっこう。

  庵主,ここでちょっくら実験をさせてもらいます。
  従前の自作胡琴では,柿渋をしませてカシュー仕上げでした。
  しかし考えてみますれば胡琴はヴァイオリンと同じ擦弦楽器。
  そして我が家には日本リノキシンさん謹製のヴァイオリン・ニスがあります。コレを使わない手はない……の,ですが,これはアルコール・ニス。乾燥が早く,竹との相性があまりよろしくない。以前試みに塗った時も,しばらくしたらポロポロと細かな層になって剥がれてしまいました。

  塗料のせるためにガラス質の表層を削り落としたりもしてるんですが,竹という素材はそれ自体に少量の油分が含まれているのもあって,もともと塗装や染めが難しいのですね。月琴フレットの加工などで,染め汁にブチこんで10分ほども煮〆れば,かなりキレイに染まることは分かってますが,もちろんこの大きさのものを煮〆るわけにはいきません。
  しかもアルコール・ニスですからね。鍋に入れて沸かしたらさてどうなるか(w)。


  ではさて,前回これに柿渋を染ませるのに使った方法,あれをアルコール・ニスでやってみたらどうなるか?
  ----これを試してみたいと思います。

  まずは,表面を磨いた棹と胴体に,エタノールでちょっと薄めたニスを,たっぶりだぶだぶまんべんなく塗りつけます。
  んで,すかさずラップでこう……最初のニスは10~20分ほどで竹が吸ってしまいましたので,頃合いを見て,もういちどだぶだぶと塗ってラッピング。あとはそのまま半日~二日ほど放置。ラップを剥がしたあと,エタノールをつけたウェスでムラになった表面を軽く拭って,一週間ほど乾燥させました。

  んでそれを磨いたら……

  上にも書きましたように,今回の胡琴の胴や棹の竹は,表皮のガラス層を削り取ってしまってるんですが,あたかもそのガラス層が復活したかのように,竹の表面がツルツルのツヤツヤとなりました!

  こんなことやれば,木材なら芯までしみちゃっていつまでたっても乾かないとこですが,さすがに竹,一晩やってもニスの浸透は,多孔質な木口のところと,部材のほんの表層のところで止まってますね。
  ヴァイオリン・ニスは本来,木材に使用されることが前提なのですが,竹材の場合,塗装により形成される塗膜が,非常に貧弱なものにしかならないことを考えると,木材と同じようにあだ表面に塗るよりは,今回のようにして表層に染ませたほうが,仕上げの作業としては良いのかもしれませんね。
  もっとも,この加工による竹材の経年変化の結果が分からないので,まだまだ断言はできませんが----まあ実験です。
  オールド・ヴァイオリンのニスを再現した日本リノキシンさんのニスを使った胡琴が,どんな音で鳴るのか,試してみたいと思うじゃあありませんか。


  あ,この作業の前に,胴との接合部のすぐ上と,糸巻きの孔の上下に補強の糸を巻きました。
  前作までは籐巻きしてたんですが----細籐が高くってねえ----釣具屋で買える釣竿補強用の糸(中太)を各所1センチ幅ほど。
  巻き方などは釣竿自作のページ,もしくは篠笛のページなどをご参照ください。
  この補強,現代京胡にはだいたい施されてますが,古い京胡である胡琴1号にはしてありませんし,まあなくってもいいんですが,棹孔ほじくるときに結構割レが入っちゃってたりしますからね。なにかしらの補強はしておいたほうが吉かと。



  さて,いよいよ最後の難関。
  皮張りです。
  現代京胡では青蛇だとか黒いウロコの蛇の皮が主に張られますが,胡琴1号にはニシキヘビっぽい皮が張られてましたねえ。
  庵主は三線に使われるニシキヘビの皮を使いますが,三線の皮は二胡に使われるものよりかなり厚め,さらに京胡や胡琴の皮は二胡の皮よりもっと薄いものなので,まずは裏を剥いで薄くします。

  皮の加工は水に漬けて柔らかくもどしてから。まずは10センチ角に切った皮の角を落とし,八角形にします。つぎに皮をひっくりかえして包丁とかで皮裏をザリザリっとやると,繊維がほぐれてめくれあがってきますんで,それをつまんでうまく剥がしてやりましょう。
  なるべく全体,均等な厚みになるように----あと,やりすぎると皮が破けちゃいますからね,注意して。
  薄い皮がイイとは言っても,しょせんシロウト張り,ちょっと厚めのままでも構いませんよ。


  いくぶん薄くなった皮の八方に,ワリバシか竹の棒を切ったものを縫いつけます。
  道具はふつうの針と木綿糸でけっこう。
  庵主は竹棒一本につき四箇所,左右の端は力がかかるんで特に念入りに縫いますが,まあこれもそんなに気張ってやらずともよろしい。乾いてしまわないよう皮を時々水で濡らしながら,ももしきの破れでも繕うつもりで,のんびりやってください。


  皮張りの作業は二段階で行われます。
  竹棒の縫い付けが終わったら,一次張りです。まずは皮を胴体に張って伸ばすのと,胴体の型をつけるための張りなので,接着剤は使いません。

  皮張りの台にはこんなのを使います。
  ¥100均屋で買った,針金製のなべしき,ですね。

  前回まではこれを単体で使ってたんですが,今回,前よりもバリっと張っちゃろ思って紐を二重にしたら,夜中にバキッと音がして底が抜けてしまいました(右画像)----そこで今回は,これを二枚重ねで使います!

  二枚を反対合せで重ねることで,強度が格段にあがったのと,前まで三方向にしかなかったひっかけ部分が倍の六方向となり,より細かく紐がけができるわけですね。


  重ねたなべしきの外縁数箇所を,テープでくくってはずれないようにしたら,真ん中に八角形に切った板を両面テープで貼りつけ,さらにその板の上に両面テープを貼って,胴体を固定します。

  水に漬けておいた皮の水気をよく拭ってのせ,八方の竹棒に紐をかけます。
  本職は革紐とか麻紐を使ってるようですが,庵主は¥100均で買えるタコ糸(太口)を二重にして,濡らしてから使っています。
  この「濡らす」ってのがポイントですかね----濡らした糸は乾いた状態よりはるかに丈夫。また乾くと自然に縮まってくれもします。
  この二重にしたタコ糸を,庵主は上下に3本づつ,左右とななめ方向に2本づつかけてます。ヘビ皮は上下方向の張りにはけっこう強いんですが,左右方向にあまり力をかけすぎると破けちゃう傾向があるそうです。なので上下方向に余計に力がかかるようにしてるわけですね。
  最初の紐かけはそんなにきっちりとしなくてもかまいません。
  まずは上下左右の四方向に均等にかけて,皮をちょうどいい位置に固定しちゃいましょう。二本目三本目で少しづつしめあげ,さらに紐に棒を通してギチギチと巻き絞めます。


  上に書いたように,この一次張りは,皮を伸ばすのと胴体の型を皮につけるのが目的なんで,この時点ではべつにギリギリ張っちゃう必要はないのですが,きちんとした道具を使ってやる本職と違って,こんなシロウト張りでは,あんまり大きな力を皮にかけられませんから,使ってる紐や縫った竹棒が千切れないていど,なべしきの底が抜けないていどなら,思いっきりしめあげちゃってかまいません。

  ----ま,破けたらイチからやり直しのつもりでね(w)。

  一次張りをしたら二三日置いて,いったん皮を乾かし,紐をほどいて胴体からはずします。
  これをまた濡らし,竹棒をあらためて縫い付けなおし,二度目の張りをするわけですが。

  これが本番ですからねー,慎重にやってくださ~い。

  胴体の皮を張るほうの切り口と,端のところにニカワを塗ります。
  そうですね,側面は竹の切り口から1センチくらいのとこまでかな?
  接着に使われる部分は,あらかじめ粗めの紙やすりなどで荒らしてキズだらけにし,皮が食いつきやすいようにしておきましょう。
  あと,ニカワはあんまり薄いと竹にしみこんじゃったりしてくっつかないので,ちょっと濃い目に溶いてください。

  濡らした皮はそうカンタンに乾きゃしないので,紐かけの作業はゆっくり,慎重にやりましょう。
  一次張りで胴体の型がついてますから,こんどは固定するのが前よりはカンタンなはずです。
  まあ限度限界というものはありましょうが,今度はさらに思いっきり,できるかぎりしめあげてやってかまいません。
  ナニ,二三度失敗したりしたほうが,「程度」というものが分かって,次がラクになるってもんですよ(経験者は語る)。


  お天気にもよりますが二三日から一週間ほど置いたら,紐をはずします。
  この時,まずはちゃんと接着されてるかどうか,確認してください。(注意)
  皮がはずれないか,ヘンに動かないか確認したら,鼓面から1センチほどのところに切れ目を入れて,余りを剥がします。

  (注意!)「確認」:庵主はここで接着を確認する前に切れ目を入れてしまい。最後の最後で皮がすッぽ抜ける,というヒゲキを数回味わっております。切れ目を入れる前なら,また何度でも再チャレンジできますので,確認はきちんと行ってください。(泣)


  要らない部分をひっぺがしたら,側面の皮に軽くペーパーをかけ,ウロコやデコボコを均します。
  棹を挿して,最後に胴の口に2~3センチ幅の布を巻きつけたら,完成です!


  まあ細かいことを言えば,このほかに,駒(ブリッジ,皮の上に乗せる)を作ったり,弦に千斤(棹に結んで弦を引っ張る糸)を巻いたりという作業もあるんですが。
  そのあたりは二胡関係のサイトなどご参照ください。

  あと,皮に関して,二胡の世界では,生皮そのまんま派と,張った皮にアイロン当てて焼く派とが血みどろの戦いをくりひろげてるようですが(w)。


  庵主はアイロンがけ賛成派ですね。
  皮じゃなくてツメですが。すっと牛のヒヅメでピック作ってきた経験から言って,この手の素材は適度な熱を与えて変質させたほうが,耐久性もあがるし音響特性も良くなる気がします。湿気や温度に対しする変化・変形の幅も小さくなりますね。さらに上にも書いたように,しょせんはシロウト張り,どうやっても少し張りがユルいので,皮を焼いて変質させ,少しハードタイプにしたほうが,澄んだ音が出せるようですから。


  さて三回にわたって,胡琴という楽器の作り方を書いてきたわけですが。
  最初にも書いたように,庵主,この楽器は作れるけど弾けません(w)ので,弾き方なんかは教えてあげられませんよ。
  そのあたりもまた,よそのサイトをご参照あれ~。(丸投げw)

(おわり)


月琴36号(7)

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斗酒庵 赤い月琴にハラショー! の巻2014.5~ 月琴36号すみれちゃん (7)

STEP7 ロシアのアマデウス

  最初の最初に書いたとおり。
  月琴36号,工房到着当初の外見的な観察では深刻な損傷も見られず,欠損部品も少なく汚れもさほどヒドくはなく,言うところの「小奇麗」な状態でありましたが,庵主の経験とカンは,こういうブツほど,なにやら厄介な故障を身の内に抱えているもんだと警戒のカネを鳴らしておりました。
  按にたがわず修理開始の直後から,前修理者の白い悪魔と,前所有者の黒きナゾの接着剤に苦しめられ,さらには原作者の定則からちョっとだけズレた独創的な構造や工作,そしてヤになっちゃうほどの加工の緻密さ精密さにナミダする日々----ふつうと違うヘンなところをヘンに緻密に作るものですから,どこかを直したり変更したりすると,思ってもみなかったところにヘンな影響が出ちゃうんです。
  棹基部の調整に足かけ三日もの時間を要したのなんか,そのせいですね。それでいて修整部分はどこも,厚み1ミリ削っても足してもいません。それ以下の,微妙な領域だったわけです。

  この厄介さは,こまさが隊のうさぎ隊長が 「モーツァルトの曲みたいだ」 と評したのが言い得て妙で。一つを変えると全体が成り立たなくなるのだけれど,凡人にはなぜそうなるのかが容易には理解できないんですわ。

  この作者。いまだにどこの誰だか分かりませんが,高い技術を持ったちょっと天才肌の人だと思いますね。

  ほかの職人さんたちが長年かけて考え出し作り上げてきたものを,ちょっとした思い付きでやっちゃえる,という感じです。ただしそれは結果として「同じもの」にはなっているけれど,彼独自の構造・工作になってしまっているので,まずその個人的な発想のところから考えないと,容易にイジくることもできません。
  おそらくこの楽器は,この作家さんの若作りの一本だと思われます。このあと彼が,月琴という楽器についてさらに学び,ほかの作家さんの楽器なども見てちゃんと勉強したなら,きっと素晴らしい楽器が作られ続けたのではないかと考えますが,さてその前にどこの誰なのだか……この作者の名が,いつか分かる日がくるといいですね。

  月琴36号すみれちゃん。
  いよいよ仕上げに入ります。

  まずはフレッティング。
  すべてがオリジナルかどうかについては,若干疑問がありますが,胴体上の4本と棹上の第4フレットが残っていましたので,足りないのはあと棹上の3枚だけです。胴体上のフレットから見るに,この楽器には当時の標準的な月琴の象牙フレットからすると,やや薄めの板が使われていたようです。
  材料箱を漁ったら,過去の修理の際に厚みが足りなくて結局使えなかったようなのがけっこう出てきたので,足りない3枚はそれを少し調整するだけで出来あがりました。最初から厚いのは削りゃいいんですけど,薄いのは厚くできませんからねえ。(w)せっかく作ったのの,使い道もイマイチなくって死蔵してたようなモノですし,象牙は硬いので新しく削らなくて済んだのはけっこう有難かったです。

  オリジナル位置での音階は----

開放弦
4C4D+324E-154F+324G+124A+295C+425Eb-185F#-23
4G4A+284B-165C+235D+75E+255G+365Bb-306C#-31

  多少,高音域が波瀾してますなあ。(w)

  ただ,フレット自体に関して言うなら,この楽器には流行期の作家さんの楽器にありがちな 「理想とゲンジツの乖離」----すなわち弦に対してフレットが低すぎる,というようなことはありませんでした。今回は山口も半月もオリジナルのままで,庵主何にも手を加えてませんが,棹の傾きもほどよく,弦のコースは低めで,各フレットの頭と弦との間隔もせまく,かなり理想的な状態になっています。

  オリジナル位置での音階測定を終えたところで,あらためて西洋音階で測りなおし,目印をつけておきます。今回は象牙フレットですんで,新しい3枚も磨いてやればそれで完成です。西洋音階で組むと,山口から第1フレットまどの間隔が多少短くなったかな?----というのをのぞけば,あとは胴上最高音の2本をのぞき,オリジナルの位置からそんなに大きくはズレなかったですね。

  このようにオリジナル位置での音階が西洋音階に近いこと,また最初の所有者により1905年のコインが貼り付けられていることなどから考えますと,この楽器の制作年代は,世の中の人の耳に西洋音楽が浸透してきた明治30年代末から40年代のはじめってあたりじゃないかと思われます。


  さて,修理の続きを----

  左の目摂のシッポがなくなってましたんで,ホオ板の端材を刻んで補修しておきましょう。
  今回はほかの木製のお飾りも,出来は悪くないので,このまんま使おうと思います。
  下右画像は,シッポにスオウがけしたところなんですが,見てください。


  この楽器の作者さんがどんだけ「キッチリさん」だったかということが,このお飾りからもわかりますよ。(w)

  このあたりの飾りはだいたいホオやカツラの板で作られ,黒檀とか紫檀っぽく見せるため,スオウで黒染めされます。まあ飾りなのでたいていの作家さんは表面がわだけざっと染めて,裏返すともとの木の色のままということが多いんですが----裏面まで真っ黒ですよね。律儀にこんな見えないハズのとこまで,きっちりと手を抜かず,丁寧に仕事をしております。

  ただし,たしかにこれは「丁寧な仕事」ではあるんですが,ここまでこンだけ染めちゃいますと,お飾りの接着のときに面板に染料がしみちゃったりもするんです(実際,ちょっと滲みちゃってました)。庵主的には,ほんとの「良い職人」さんってのは,「余計な仕事」も後世に残さないと思いますよ。(怒)

  ちょっと問題なのが,柱間のお飾りですね。

  該当箇所に付着していた接着剤から考えてこの楽器,オリジナルの状態でついていたお飾りは左右の目摂と扇飾り,中央の円飾りだけで,フレットの間にお飾りを足したのは,最初の所有者ではないかと思われます。この後補のお飾りは,第3・4フレット間の20カペイカ(ロシアの硬貨)をのぞいて,どうやらすべてベッコウか馬の爪など,動物性の材料で作られていたらしく,第6・7と7・8フレット間のものを残して,ほかはまあ物の見事にキレイさッぱりなくなってしまっていました。
  ナゾの黒い接着剤は虫が食べない物質らしく,もと付いていたお飾りのカタチそのままで残ってはいましたが,その意匠は最初の所有者のオリジナルなものだったらしく,この痕跡だけではそれぞれがどんなデザインであったのか,まったく見当もつきません。ただ,第6・7フレット間のお飾りが,残片から何とか「桃」であろうと考えられるのがせいぜいですね。

  まあ元のカタチが分からないのですし,「(原作者の)オリジナル状態に戻す」のが目的なら,この柱間飾りをつける必要はないのですが,このままだと,飾りのついてた部分の日焼後や接着痕が多少目立っちゃうので,とりあえず何か付けときたいと思います。

  前所有者の轍は踏みたくないし,ベッコウやらは高価なので,ここは凍石といきましょう。

  胴体上の一つが「桃」だということは分かってるので,残ってるカケラから推定してまず一つ。桃を彫ったからには,あと二つ「ザクロ」と「仏手柑」を作り「三多」という吉祥図に仕立てます。
  棹上の4つはすべて蝶にしました。これも吉祥図にはつきものの動物ですからね。

  ぜんぶで7つ。けっこう可愛く出来ましたよ。


  もと棹についていたコイン。

  帝政ロシア時代の20カペイカ硬貨ですね。「血の日曜日」事件のあった1905年の発行。
  これもこうして,紐飾りに下げましょう。
  古銭的な価値はさほどありませんが,月琴についていた,ロシア革命の年のコインです----この楽器における意義は(イロイロと妄想するのにも)大きいかと。


  バチ布は,悩んだ末,SNSで相談した末にこの布に。 あいかわらず,庵主,色彩センスが皆無なもので。とくに今回は楽器の姿がいいんで,もー何にしたらいいのか悩みまくりでしたわ。

  さあて,これで全部。
  庵主がこの楽器にしてあげられる作業は終わりました。
  あとは音を確かめるだけ!


  いろいろとあったものの,6月末の29日,月琴36号すみれちゃん。
  ロシア革命から110年後に復活!



  操作性はいいですね。

  楽器はやや軽めですが,バランスはよく,フレットも低めで運指に対する反応も上々です。
  棹本体はやや太めですが,棹背がほぼ直線的なので三味線の握りの感触に近く,そちらで慣れた方々にも弾きやすかったかと。
  へんなガタつきはなくなりましたが,首が弱いのは生来(というか例のヘンチク構造のせい)らしく,音合せにやや気難しさがあるのが欠点といえば欠点。まあでも修整はしたので,障害というよりは「楽器のクセ」ていどにの領域におさまってるかと。

  肝腎の「音」なんですが----

  素晴らしくいい!
  独創的です!!

  音量自体はそれほどでもなく,どちらかといえば音の胴体の短い「可愛いらしい」音なんですが。
  例の根元で二重に曲げた響き線の効果,あれが素晴らしいのですね。これは完全にリバーブ…あるいはディレイとでも言った方がいいんでしょうか。弾いてると頭の右斜め45度,約1メートル50センチ上空のあたりから,前に弾いた音が返ってくる。もはや響きとか余韻のレベルじゃない感じですね。
  ガラスみたいなシャリシャリとした音----唐物月琴に多い長い曲線や渦巻き線の,うねるような余韻ともまたぜんぜん違う,透明な,澄んだ響きが,何度も繰り返しどっかから返ってくる……これはかなりの快感で,庵主,久しぶりに弾きながら惚けちゃいましたよ。(w)

  庵主,正直言ってこんな音の月琴をほかに知りません----て言うか,コレたしかに「好い音」なんですが「月琴の音」と言っていいのかなあ?

  やっぱりこの作者,天才ですね。
  誰なんでしょう?---いやあ,ほんとに知りたいなあ!

  安いデジカメで録った動画なので,この楽器の音の特徴が聞き取れるかどうかは分かりませんが,とりあえず今回の試奏をどうぞ。



  その2



(おわり)


胡琴を作らう!2 (2)

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斗酒庵 清楽胡琴作りに再度挑戦す の巻2014.6~ 胡琴を作らう!2 (2)

STEP2 3分間的清楽器レシピ


  はーい,では,ご家庭でカンタンに出来る胡琴作り教室をはじめまーす。
  まずご用意いただくものは----

 (1) 竹(胴体)… 直径5センチ,長さ10センチ程度のもの一節ぶん。
 (2) 竹(棹)… 太さ18~20ミリ程度(六分か七分)のもの,長さ50センチほど。
 (3) ¥100均の「すりこぎ」(長32センチ)… 1本。
 (4) 生皮(なまがわ)… 少々(10センチ角)。
 (5) 三味線糸… 太いのと細いの1本づつ。

  まあ,二胡の弓は用意してくださいね。もちろん弓まで自分で作っても構いませんが,今は通販で\3000くらいで買えちゃいますし。
  手に入りにくいのは皮と糸かな?
  庵主は例によってヘビの皮使いますが,ペットショップで買える,ブタやウシの皮でもぜんぜん構いません。
  え,そんなものペット屋のどこに売ってるって?大型犬用の「おやつ」や「おもちゃ」として売られてるガムとかフリスビーとか,ああいうのがブタやウシの生皮で出来てます。あれなら質的に楽器に張るのにも充分ですし,胡琴の皮は小さくていいですからね。犬ガム一個もあればお釣りが来ます。皮とか触るのがヤなかたは,桐板でも貼ってください,それでも悪くはない。
  糸のほうもまあ,お三味の糸が手に入らなければ,二胡弦でもギターの弦でもいいでしょう。


  まずは胴体になる太いほうの竹を切ります。
  文献では長9.6センチなんですが,さすがにこれだとちと短く,膝上に置いたときの安定が悪いので,ちょっと伸ばして12センチくらいにしときます。今回の製作の目的は,清楽に使われていた当初の胡琴の再現ですが,この部分は棹と違い,演奏上のスケールとはあんまり関係ないので,多少変更してもよろしいかと。


  切った竹筒は,表面を削って,ガラス質になった表層部分を落としてしまいます。
  この部分は,強度的には最強なのですが,あまりに強すぎて,かえって割れとかの原因となりますし,この部分が残っていると竹に染料やニスをしませることができません。ぜんぶ削り落しちゃいますが,この表層部分の下には表層部分の次に強くて美しい層がありますんで,あんまり削り過ぎないようにも注意しましょう。


  棹を作りましょう。
  小うるさいことを言うならば,材料の竹は間に節が何個あって,何個目の節がどこやらになってるのがイイ----とか書いてある資料もあるんですが,いちいち気にしてもられないので,まあ長さと太さが適当ならよろしい。
  こちらも表面を削って,表層のガラス質部分を落としておきます。

  棹の片方の端,胴体に入る部分は,先端を少し余計に削って,若干細くしておきます。
  竹の肉厚にもよるんですが,上面(糸巻きのつくほう)が底面になるがわより直径1~2ミリ大きいってくらいですね。


  棹の下処理が終わったら,胴体に棹を挿す孔をあけましょう。

  竹の表面はすべりがいいので,エンピツで直接書いた指示線とかがすぐ消えちゃいますんで,こんなふうにマスキングテープ貼ったうえから書き込むとやりやすいですね。穴あけの時などは表面のハガレ割れの防止にもなりますから一石二鳥です。
  ネズミ錐で下孔をあけ,リーマーでだいたいの大きさ(直径1.5~1.7センチ)まで広げておきます。
  胴体の長さは変更しましたが,こちらの位置は文献どおりとします。
  9.6センチの半分から二分すなわち6ミリほど皮のがわということですから,4.2センチ……あ……前回の図面,寸法間違ってますねえ。(汗)
  おわびして訂正をば(図はクリックで別窓拡大)----

  棹の太さは七分の竹で2センチちょっと,六分の竹で1.6~1.8センチといったところですが,このあとフィッティングしてゆくので,はじめは竹の太さより少し小さめにあけておき,実際に棹を挿しながら,棹孔を広げてゆきます。

  自然のものですから,棹竹は完全に真っ直ぐなわけではなく,その断面も真円ではありません。

  まずは胴体の上面の孔を通します。微妙な曲がり具合なども勘案しながら,棹孔や少しづつ広げたり削ったりして,胴体からなるべく真っ直ぐに立ち上がって見えるような角度で,キッチリうまくおさまるよう棹孔の形を竹の断面に合わせてゆきます。
  ついで下孔です。
  こちらは真円であけ,棹先を削ってぴったりはまるように調整します。胡琴1号では,この部分に木の丸棒が継いでありますねえ。

  棹のお尻は,下孔から5~7ミリほど出しましょう。
  胡琴には現代二胡のような琴台はなく,ここに弦をひっかけます。

  適当に孔をあけて竹に竹を通しただけでは,演奏中に棹がぐるぐる回ってしまうのでたいへん不便ですが,上孔を竹の断面に合わせて削れば,棹は回りません。ちょっとメンドくさいですが,この棹孔あけの作業はちょっと慎重にやりましょう。
  まあ,もし削りすぎたり調整がうまくいかなくってユルユルになっちゃった場合は,最後にくさびを噛ませて固定する手もあります。

  工作としてはそちらのほうが簡単なので,最初からそッちづもりでもいいですよ。

  棹の角度や向きが決まったところで,糸巻きを差し込む孔をあけましょう。
  だいたいですが。太い握りのがわがφ12~3ミリ,先端がわがφ10ミリといったところですね。


  今回庵主は,胴体に煤竹を使ってますんでそれなりのお金,かかっちゃってますが,竹はDIY屋さんなどで数百円で買えましょうし,お近くに竹林等ございますれば,主要な材料はほぼロハで手に入るってもんです。
  お手軽な楽器ですよね。
  さて,竹はまとめて買ったのを切って使ってますし,これに張る皮も,月琴のバチ皮とか弦子の修理のために買った大きいのの端っこを切って使うので,それぞれ単価がいくら,というのが出しにくいんですが,その中で,

  ふたつだけ原料単価がはっきり分かる部品のひとつとまいりましょう。(のこり一つは糸です。w)

  糸巻きを削ります。

  材料は¥100均で買った「めんぼう」(長32センチ ¥108 スダジイ)。
  両端を四面斜め削ぎにして,真ん中から半分に切り分け,一台分の糸巻き,2本の材料とします。
  ほかは竹なので比較的加工も楽ですが,まあこれだけがカタくてちと辛悩な作業となりましょうか。

  ご家庭に小型旋盤などございます裕福な方は,それであらかた削っちゃってかまいませんが,一般庶民たるわれわれは,切り分けた素体を,糸鋸やヤスリや根性で,六角形もしくは八角形の円錐状の棒に削ってゆきましょう。

  ひっひっふ~,
   ひーはーひーはー,
     ご~りごり。


  月琴の糸巻きの握りは六角形のものが多いんですが,胡琴は八角形が本当のようですね。ただし国産の胡琴では,月琴と同じく六角形となっている例もあります。庵主も八面は削るのがツラいんで,ふだん削りなれてる六角形にさせてもらいますね。


  あらかた削りあがったら,ざっと表面の処理をして,あとは棹にあけた孔に合わせ,しっかり噛合うように先端を調整してゆきます。糸巻きの先は,棹孔の前面から5~6センチほど出します。

  まあ,胴体の切り出しからここまで,およそ半日ってとこでしょか。


  糸巻きの握りは,月琴と同じラッパ反りでもいいですし,現代の京胡や二胡と同じような,お尻の丸まったドライバーの握り型のでも結構。
  『清楽独習之栞』の図のもそうなってましたが,余裕があればお尻の真ん中に象牙や骨のポッチを埋め込んだり,色材を積層してシマシマにするのも面白いかもしれません。

  ちなみに庵主の糸巻きは,こんなんなりました----

(つづく)


月琴36号(6)

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斗酒庵 赤い月琴にハラショー! の巻2014.5~ 月琴36号すみれちゃん (6)

STEP6 自由なる赤き天才

  いちど棹を組みつけ,半月の位置を改めて調整します。

  糸を張って確認してみますと,前修理者の再接着位置は,少し右にズレてたみたいですね。
  こういうこともあるので,この部品の再接着は慎重にやらなきゃなりません。
  「元の位置に戻す」だけじゃダメなんです。

  庵主の再接着はもちろんニカワで。

  ナゾの接着剤はだいたい除去しましたが,面板に薄く残った取残しが水分やニカワをはじき,それを削ると細かな残りカスがザラザラとじゃまをし,桐板にニカワをしませるというカンタンな作業で,まずはけっこう手間取ります。

  がってむ。

  ふだんの倍くらいも時間がかかりましたか。

  まあ,とりあえず半月の再接着は,当初の腹案どおり,面板の表裏からがっちりとはさんで強力にへっつけることができました。
  この部品の取付けは通常,工程のいちばん最後,もう胴体が箱になってる状態で行われたようなので,この楽器でいちばん力のかかるところなわりには,あまり強固に接着する,ということができないんですな。古物の月琴でも,半月がはずれてたりなくなったりしているものはよく見かけますね。

  なんにゃれ,例のナゾの接着剤の影響が心配だったので。
  クランプしたまま二日ばかり置いて,確実にへっつけました。

  この作業で棹を挿したのであらためて調べてみたところ,通常の状態で,棹の傾きも山口のところで背面がわに約3ミリ。
  この楽器としては,ほぼ理想的な設定になっていました。
  やっぱりこういうところはやたらとキッチリしてるな~この作者さん。


  半月もへっついたところで,胴体を箱に戻しましょうか。

  内部構造の調査や接合部の補強はすでに終わっています。
  ラックニスによる響き線の保護補修もしましたし,当初たまってた(理由不明)オガクズも捨てました。
  剥離作業で傷ついたところや,虫食い穴も埋め込み,整形済みです。

  願わくは,またオープン修理,なんてハメになって近々帰ってきませんように!
  ----などと祈りながら,裏板をかぶせます。(w)


  例によって,はずした板をそのまま戻しても,この楽器の場合,ぴったり戻りゃせんので。 側板との間に段差が出来る少し手前のところから板を分割し,幅5ミリほどのスペーサーを噛ませて,矧ぎ直しながら再接着します。
  ウサ琴の外枠をクランプがわりにして接着。
  面板の上に角材を置いて,外枠のうえから左右にゴムがけするのはいつものことなんですが,今回は内桁との接着を確実にするためだけじゃなく,面板の木端口にも木片をあてて,横からも矧ぎ直しのための圧をかけてます。

  一晩二晩おいて,無事へっついていたら,ハミだしてる板の端を削って均し----

  36号胴体,修理完了です!


  さあ,ここからは作業が早いよ~。

  まずは清掃----表面板は汚れも薄く,いつものように重曹溶いたぬるま湯にShinexでさっとコスったら,すぐに真っ白になってしまいました。汚れも大したことありませんでしたが,染めや砥粉の量もずいぶん少ないなあ----とは思ったものの,さしてギモンもなく裏板へ。すると……

  うっぎゃあああああッ!
  なんじゃあ,こりゃあ!

  真っ黒です。(汗)

  清掃前の外見的には,汚れや染めの具合は,オモテもウラもたいして変わりないようにしか見えなかったんですが…

  ----おそらく,なんですが。
  表面板は前所有者(木工ボンドの主より前)が,半月や目摂やフレットを再接着した際に,前所有者によって一度,かなり丁寧に清掃されたのではないでしょうか。原作者によるオリジナル(たぶん)の状態は,おそらくこの裏板と同じく,ヤシャ液も砥粉も,濃いめの多めだったのではなかったかと考えられます。

  いや,それにしてもスゴい。

  表板の清掃が終わってもまだ薄茶色でしかなかった重曹水が,たちまち真っ黒になってしまいました。
  さすがにこれは……表板に手が入ってたとしても,ちょっと考えられないくらいの差になっちゃってますので,もしかしたら元から,裏板のほうを濃いめに染めていたのかもしれません。裏板は表板より質の劣る板が使われることが多いので,そのアラ隠しだったとかね。

  うむ,これも正直よく分かりません。(w)

  面板もキレイになったところで,棹を挿して糸を張ってみました。
  うむうむ,再接着もうまくいったみたいで,半月はバッチリくっついててビクともしません----が。

  あれ?なんか調弦が……うまくいきませんねえ……すぐ戻っちゃう。
  つか,糸を巻くと,半月の反対がわ,糸倉のほうがわずかに持ち上がりますね。

  さてわと棹を抜いて調べてみますと----案の定。

  棹基部と延長材の接合が割れてました。
  これもまあ,この楽器では良くある故障の一つですね。

  裏板がわの接着がトンじゃってますので,スキマにお湯を含ませ,薄く溶いたニカワを垂らして再接着。あとは接合部に薄い和紙を重ね貼りして補強しておきましょう。ごくごく薄い紙ですが,目を交差させて張っているので,ちょっとやそっとの力では破けません。最後に上から柿渋を刷いて,接着部のさらなる補強と防虫を図ります。

  よっしゃ,これで棹は万全!
  あとは糸を張って組み立てて…


  …あうあうあうあう!

  棹のガタつきが,止まりません。
  あちこち考えてスペーサーを入れ,棹基部と胴体の接合は,これ以上ないってくらい,ピッタリきっちりになったんですが,糸を張って調弦しようとすると,やっぱり糸倉が持ち上がります。

  このままだとこの楽器,マトモに使えないじゃん……と,泣きそうになりながら,棹基部や内部構造を再検討してみた結果,こういうことが分かってきました。(図説はクリックで別窓拡大)

  なるほど,内桁の棹孔の位置が通常と逆なため,棹茎が楽器の背面がわに深く傾いているのですね。
  おそらく,内桁の孔に対して茎が斜めに入っていたため,弦の力で棹孔の背面がわの角が圧迫されて,微妙なスキマが出来てしまっているのでしょう----棹基部をいくら調整しても無駄なわけですね。

  事実,延長材の先端にツキ板を一枚貼ったら,あんなにシツこかった棹のガタつきがほとんどなくなりました。

  この事態,内桁の棹孔の位置が通常と逆になっていることが,すべての原因だったわけですが。
  さて,これはどういうことなのでしょう?単純に,内桁をうっかり逆に組み込んでしまったのでしょうか。
  棹基部の背面がわには,原作者のしわざと思われる薄板のスペーサー(棹角度調整のための)が貼られてますから,その状況もなきにしもあらず,ですね。

  まあ70%くらいはそッちだとは思うのですが----もしもですよ。
  もしこの工作が 「わざと」 であったとしたら,何のためでしょう?どういう意図があってなされたんでしょうね。
  いささか単なる思考ゲームではありますが,これもいちおう考えてみましょう。


  楽器の棹を弓として,そこに張られた糸を弦とするとき。
  棹茎を背面がわに傾けると,棹の全体は弦に対して通常の弓と反対の弧,弦の張力に対して逆反りのアーチを描いた状態になります。
  中国の攻城用の弩などでも,通常の弓と逆反りの弓を組み合わせて,よりコンパクトで強力な反発力を得んとした例がありますが,確かにこの「逆反りアーチ」の形状が,通常より糸の張力に対して強いだろう,と考えることはやぶさかではありません。もし作者が何らかの目的をもって,棹茎を傾けたとしたのなら,おそらくその理由はこれだと思いますね。

  ただし,この構造には欠点があります。
  弦と棹茎がほぼ平行の状態である場合,弦の張力は棹の全体に分散されてほぼ均等にかかります。しかしこの「逆反りアーチ」状態では,胴体の棹孔と内桁のところに,かなりピンポイントでかかってしまう可能性があるのです。つまり棹の根元と延長材の先っちょを握ってサバ折りくらわせてるような状態になっちゃうんですね。部材が緊張するぶん,音響的な特性はあがるかもしれませんが,かわりに構造的な強度上の問題が生じることは言うまでもありません。

  最初に書いたように,ほぼ間違いなく原作者が組付けを間違って,ツジツマを合わせたためにこうなったのだろうとは思いますが,それえでもこの作者,技術が高いうえかなり独創的な人なので 「100%ありえない」 とは,さすがの庵主も言い難いところです----まあもしワザとだとしたら,楽器職としてはかなりの蛮勇ですね。なにせ自分で自分の楽器の寿命を縮めてるようなもの,とも言えなくはありませんから。

  なんやかやで,この棹と胴体のフィッティング作業には,足かけ三日近くもかかってしまいました。

  このヘンチクな構造のせいもあるんですが。棹基部にしろ茎の先にしろ,工作が精密緻密に過ぎるわりに,この作者,その後の木の収縮や使用による圧迫,歪みなんてことをあまり考えていないフシがあります。そうして出来たスキマやズレをどうにかしようとすると,もとの工作が緻密すぎるせいで,思ってもみないほかのところにヘンな影響が出たりするのです----百年前の緻密かつ独創的な工作を,けっこうフリーダムな百年後の木の変化に合わせることが,どんだけ神経をすり減らす作業だか,ちょっと考えてみてください。

  誰だか分かりませんがこの作者,ちょっとした天才かもしれません。
  しかし彼のその腕前,技術は認めますが,仲良くはなれそうにありませんね。
  初対面で笑いながら,ゲンノウで殴り合っちゃいそうな気がしますわ。(w)

(つづく)


月琴36号(5)

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斗酒庵 赤い月琴にハラショー! の巻2014.5~ 月琴36号すみれちゃん (5)

STEP5 赤色の不明


  表面板のヒビ割れは,最大のところでも幅1ミリていど。

  桐板の矧ぎ目に沿って上下に貫通したもので,胴体の部材の収縮によって割れたものと思われました。
  まあ,古物の月琴ではよくある故障。割れ目の片側が少し反っちゃってたのがネックでしたが,これも前回までの矯正処置でうまく平らになりましたし,あとはいつものように,桐板をうすーく削って,割れ目にハメこみゃ完成!----と,思ってたんですが。


  埋め木の板が,妙に安定しません。
  なんかうまい具合に底までまっすぐ入らない,というか,ヘンにグラグラするんですねえ。

  ふと思いついて,割れ目の裏側からアートナイフを挿してみますと……うぎゃ!斜めに刺さりました。
  どうやらこのヒビ割れの真ん中あたりだけ,虫に食われて内部がトンネル状になってしまっているようです。
  ううむ,どう探しても,虫の入った孔も出た孔も見つからないんですが(汗)
  とりあえず,表側には薄板を埋め込み,アートナイフの刃先を探針がわりにして,板の裏側からトンネル化しているところに,ニカワを垂らしながら木屑をつめこみ,矧ぎ目を固定しました。

  ううむ…このシリーズの最初のほうで書いたと思いますが,こういう外面的に小奇麗な楽器ほど,身の内がわに小悪魔を何匹も飼ってるものなのであります。


  さて,簡単に済ますはずがちょいとメンドい作業とはなったものの,表面板のヒビ割れは比較的きれいに埋まりました。

  トンネル埋めの作業は板の裏がわからやったので,表がわのキズは広がらなくて済んだんですね。
  木屑詰め込み作業から見て,最大で矧ぎ目を中心として幅3ミリくらい空洞になってたとこもあったようです。




  この作業で,虫食い孔を探して,表面板をあらためて調べているうち気が着いたんですが。

  この楽器,半月が少し浮いちゃってるんですね。
  下縁部の左がわが少し浮き上がって,面板との間にスキマができちゃってます。
  まあ現状,接着自体は強固なようで,つまんで揺すってもビクともしませんが,ここはこの楽器の中でいちばん力のかかる部分ですんで,こうなってるとスキマから湿気が入り,いつしか接着がトンで半月が飛んでくることになりかねませんので,補修しておきましょう。

     なあに,作業はカンタン!そのうえさいわいなことに,今は裏板がない状態なので,当て木を噛ませば面板の表裏からしっかり圧をかけることができます。きっとオリジナルより頑丈になりましょう。

  スキマにお湯と薄く溶いたニカワを流し込み,クランプで圧着。

  そーれ,ぎゅぎゅぎゅ~っ!!

  ……あれ,おかしいな?
    いくらクランプしめても,
      スキマが一向に縮まりませんぜ。


  うむ,庵主の心積もりでは,ニカワ流しこんでクランプかけたら,スキマがなくなって,余ったニカワが端から 「にじゅる」 ってとこだったんですが----ふと,思い到るところあり,接着の反対にひっぺがしてみますと。


  あう,やっぱりナゾの黒い接着剤!……ここもまた,前所有者により再接着されちゃってたようです。
  この接着剤,ニカワと違って浸透性がないんで,半月と面板の間で固まってスキマを作っちゃってたんですね。
  ほんと,これなんなんでしょうねえ。(怒)
  しかしながらここからも,この接着剤による「修理」が本筋でないものだということが言えましょう。ニカワで接着した半月は,上手い人がやったものなら,はずすのに一晩二晩濡らさなきゃなりません。しかしこっちの場合は,はずすまえの状態はきわめて強固なものでしたが,濡らしたらほんの1~2時間ではずれてしまいます。しかも,ニカワによる接着が,塗られたニカワが活きている限りなら何度でも復活するのに対し,こちらは一度外れたら接着力がまったくなくなり,二度と元には戻せません。

  不経済であり(w),かつ不要で厄介な汚点と手間を,後世に残すこととなります。

  で,半月ひっぺがしてはじめて気が着いたんですが。
  この月琴,半月裏の小孔がついてませんや。


  一般的な作りの国産清楽月琴では,この半月に隠れてる部分の面板に,直径5~7ミリていどの小孔があけられています。
  中国の月琴にこの孔はなく,一部の楽器解説には「サウンドホール」だなどとトンチキ書いてありますが,もちろん位置的にも大きさ的にもそんなハズはなく,おそらくは温度湿度による内外の環境差を軽減・調整するための「空気孔」(のつもりで)としてあけられているのだと思われます----「のつもりで」と言いますのも,今までの修理楽器,またウサ琴の製作実験などから見て,実際のところ,この孔が何らか機能してるようには考えられないんですね。一部の楽器では,あけた孔のちょうど下に下桁があって,実際には孔になってなかったりしてたこともありますし。(w)

  庵主思いまするに----これは日本の職人さんが,月琴を琵琶の一種と見て,琵琶の「陰月」(「覆手」(ふくじゅ=テールピース)の裏の胴体にあいている小孔)を真似してあけてるだけのものかと。

  この小孔のない国産月琴というものは,過去にも何本か見たことがありますが,日本人はこういう実物を通じての伝言ゲーム,間違いだろうがほんとは不要だろうが,けっこう細かいとこまで律儀に再現するのがふつうのようで,やはりこんなふうにないもののほうが,圧倒的に少ないですねえ。36号は棹などが唐物に近いカタチになってます。そこからするとこれは唐物を似せてのことなのかもしれません。いや,あるいは作者がまだこの楽器を作り慣れてなくってあけ忘れただけなのか,それともハナから「不要」と見てあけなかったのか……。

  さて,はずした半月は,よく乾かしてから,裏の接着剤をキレイにこそげ落とします。
  ----ご覧ください。
  この作者さん,こんなところがやたらと細かい。(汗)
  糸孔の裏側に溝が彫ってあります。
  方向と形状から考えると,おそらくは弦の交換の時,糸の先が半月から出やすいようにするためのガイド溝だと思われます----さてさて,これもまたこの楽器では見たことのない工作ですが。実際どの程度の効果がありましょうかねえ?こんな小細工より,いい作家さんがよくやってるよう,糸孔自体を前向き斜めにあけたほうが,より効果的な気がします。

  あるべきはずのものがなく,
    なくても構わないようなものがついている。


  なんだかさらに分からなくなってきましたねえ。
  この楽器と,作者のことが

(つづく)


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