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月琴36号(7)

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斗酒庵 赤い月琴にハラショー! の巻2014.5~ 月琴36号すみれちゃん (7)

STEP7 ロシアのアマデウス

  最初の最初に書いたとおり。
  月琴36号,工房到着当初の外見的な観察では深刻な損傷も見られず,欠損部品も少なく汚れもさほどヒドくはなく,言うところの「小奇麗」な状態でありましたが,庵主の経験とカンは,こういうブツほど,なにやら厄介な故障を身の内に抱えているもんだと警戒のカネを鳴らしておりました。
  按にたがわず修理開始の直後から,前修理者の白い悪魔と,前所有者の黒きナゾの接着剤に苦しめられ,さらには原作者の定則からちョっとだけズレた独創的な構造や工作,そしてヤになっちゃうほどの加工の緻密さ精密さにナミダする日々----ふつうと違うヘンなところをヘンに緻密に作るものですから,どこかを直したり変更したりすると,思ってもみなかったところにヘンな影響が出ちゃうんです。
  棹基部の調整に足かけ三日もの時間を要したのなんか,そのせいですね。それでいて修整部分はどこも,厚み1ミリ削っても足してもいません。それ以下の,微妙な領域だったわけです。

  この厄介さは,こまさが隊のうさぎ隊長が 「モーツァルトの曲みたいだ」 と評したのが言い得て妙で。一つを変えると全体が成り立たなくなるのだけれど,凡人にはなぜそうなるのかが容易には理解できないんですわ。

  この作者。いまだにどこの誰だか分かりませんが,高い技術を持ったちょっと天才肌の人だと思いますね。

  ほかの職人さんたちが長年かけて考え出し作り上げてきたものを,ちょっとした思い付きでやっちゃえる,という感じです。ただしそれは結果として「同じもの」にはなっているけれど,彼独自の構造・工作になってしまっているので,まずその個人的な発想のところから考えないと,容易にイジくることもできません。
  おそらくこの楽器は,この作家さんの若作りの一本だと思われます。このあと彼が,月琴という楽器についてさらに学び,ほかの作家さんの楽器なども見てちゃんと勉強したなら,きっと素晴らしい楽器が作られ続けたのではないかと考えますが,さてその前にどこの誰なのだか……この作者の名が,いつか分かる日がくるといいですね。

  月琴36号すみれちゃん。
  いよいよ仕上げに入ります。

  まずはフレッティング。
  すべてがオリジナルかどうかについては,若干疑問がありますが,胴体上の4本と棹上の第4フレットが残っていましたので,足りないのはあと棹上の3枚だけです。胴体上のフレットから見るに,この楽器には当時の標準的な月琴の象牙フレットからすると,やや薄めの板が使われていたようです。
  材料箱を漁ったら,過去の修理の際に厚みが足りなくて結局使えなかったようなのがけっこう出てきたので,足りない3枚はそれを少し調整するだけで出来あがりました。最初から厚いのは削りゃいいんですけど,薄いのは厚くできませんからねえ。(w)せっかく作ったのの,使い道もイマイチなくって死蔵してたようなモノですし,象牙は硬いので新しく削らなくて済んだのはけっこう有難かったです。

  オリジナル位置での音階は----

開放弦
4C4D+324E-154F+324G+124A+295C+425Eb-185F#-23
4G4A+284B-165C+235D+75E+255G+365Bb-306C#-31

  多少,高音域が波瀾してますなあ。(w)

  ただ,フレット自体に関して言うなら,この楽器には流行期の作家さんの楽器にありがちな 「理想とゲンジツの乖離」----すなわち弦に対してフレットが低すぎる,というようなことはありませんでした。今回は山口も半月もオリジナルのままで,庵主何にも手を加えてませんが,棹の傾きもほどよく,弦のコースは低めで,各フレットの頭と弦との間隔もせまく,かなり理想的な状態になっています。

  オリジナル位置での音階測定を終えたところで,あらためて西洋音階で測りなおし,目印をつけておきます。今回は象牙フレットですんで,新しい3枚も磨いてやればそれで完成です。西洋音階で組むと,山口から第1フレットまどの間隔が多少短くなったかな?----というのをのぞけば,あとは胴上最高音の2本をのぞき,オリジナルの位置からそんなに大きくはズレなかったですね。

  このようにオリジナル位置での音階が西洋音階に近いこと,また最初の所有者により1905年のコインが貼り付けられていることなどから考えますと,この楽器の制作年代は,世の中の人の耳に西洋音楽が浸透してきた明治30年代末から40年代のはじめってあたりじゃないかと思われます。


  さて,修理の続きを----

  左の目摂のシッポがなくなってましたんで,ホオ板の端材を刻んで補修しておきましょう。
  今回はほかの木製のお飾りも,出来は悪くないので,このまんま使おうと思います。
  下右画像は,シッポにスオウがけしたところなんですが,見てください。


  この楽器の作者さんがどんだけ「キッチリさん」だったかということが,このお飾りからもわかりますよ。(w)

  このあたりの飾りはだいたいホオやカツラの板で作られ,黒檀とか紫檀っぽく見せるため,スオウで黒染めされます。まあ飾りなのでたいていの作家さんは表面がわだけざっと染めて,裏返すともとの木の色のままということが多いんですが----裏面まで真っ黒ですよね。律儀にこんな見えないハズのとこまで,きっちりと手を抜かず,丁寧に仕事をしております。

  ただし,たしかにこれは「丁寧な仕事」ではあるんですが,ここまでこンだけ染めちゃいますと,お飾りの接着のときに面板に染料がしみちゃったりもするんです(実際,ちょっと滲みちゃってました)。庵主的には,ほんとの「良い職人」さんってのは,「余計な仕事」も後世に残さないと思いますよ。(怒)

  ちょっと問題なのが,柱間のお飾りですね。

  該当箇所に付着していた接着剤から考えてこの楽器,オリジナルの状態でついていたお飾りは左右の目摂と扇飾り,中央の円飾りだけで,フレットの間にお飾りを足したのは,最初の所有者ではないかと思われます。この後補のお飾りは,第3・4フレット間の20カペイカ(ロシアの硬貨)をのぞいて,どうやらすべてベッコウか馬の爪など,動物性の材料で作られていたらしく,第6・7と7・8フレット間のものを残して,ほかはまあ物の見事にキレイさッぱりなくなってしまっていました。
  ナゾの黒い接着剤は虫が食べない物質らしく,もと付いていたお飾りのカタチそのままで残ってはいましたが,その意匠は最初の所有者のオリジナルなものだったらしく,この痕跡だけではそれぞれがどんなデザインであったのか,まったく見当もつきません。ただ,第6・7フレット間のお飾りが,残片から何とか「桃」であろうと考えられるのがせいぜいですね。

  まあ元のカタチが分からないのですし,「(原作者の)オリジナル状態に戻す」のが目的なら,この柱間飾りをつける必要はないのですが,このままだと,飾りのついてた部分の日焼後や接着痕が多少目立っちゃうので,とりあえず何か付けときたいと思います。

  前所有者の轍は踏みたくないし,ベッコウやらは高価なので,ここは凍石といきましょう。

  胴体上の一つが「桃」だということは分かってるので,残ってるカケラから推定してまず一つ。桃を彫ったからには,あと二つ「ザクロ」と「仏手柑」を作り「三多」という吉祥図に仕立てます。
  棹上の4つはすべて蝶にしました。これも吉祥図にはつきものの動物ですからね。

  ぜんぶで7つ。けっこう可愛く出来ましたよ。


  もと棹についていたコイン。

  帝政ロシア時代の20カペイカ硬貨ですね。「血の日曜日」事件のあった1905年の発行。
  これもこうして,紐飾りに下げましょう。
  古銭的な価値はさほどありませんが,月琴についていた,ロシア革命の年のコインです----この楽器における意義は(イロイロと妄想するのにも)大きいかと。


  バチ布は,悩んだ末,SNSで相談した末にこの布に。 あいかわらず,庵主,色彩センスが皆無なもので。とくに今回は楽器の姿がいいんで,もー何にしたらいいのか悩みまくりでしたわ。

  さあて,これで全部。
  庵主がこの楽器にしてあげられる作業は終わりました。
  あとは音を確かめるだけ!


  いろいろとあったものの,6月末の29日,月琴36号すみれちゃん。
  ロシア革命から110年後に復活!



  操作性はいいですね。

  楽器はやや軽めですが,バランスはよく,フレットも低めで運指に対する反応も上々です。
  棹本体はやや太めですが,棹背がほぼ直線的なので三味線の握りの感触に近く,そちらで慣れた方々にも弾きやすかったかと。
  へんなガタつきはなくなりましたが,首が弱いのは生来(というか例のヘンチク構造のせい)らしく,音合せにやや気難しさがあるのが欠点といえば欠点。まあでも修整はしたので,障害というよりは「楽器のクセ」ていどにの領域におさまってるかと。

  肝腎の「音」なんですが----

  素晴らしくいい!
  独創的です!!

  音量自体はそれほどでもなく,どちらかといえば音の胴体の短い「可愛いらしい」音なんですが。
  例の根元で二重に曲げた響き線の効果,あれが素晴らしいのですね。これは完全にリバーブ…あるいはディレイとでも言った方がいいんでしょうか。弾いてると頭の右斜め45度,約1メートル50センチ上空のあたりから,前に弾いた音が返ってくる。もはや響きとか余韻のレベルじゃない感じですね。
  ガラスみたいなシャリシャリとした音----唐物月琴に多い長い曲線や渦巻き線の,うねるような余韻ともまたぜんぜん違う,透明な,澄んだ響きが,何度も繰り返しどっかから返ってくる……これはかなりの快感で,庵主,久しぶりに弾きながら惚けちゃいましたよ。(w)

  庵主,正直言ってこんな音の月琴をほかに知りません----て言うか,コレたしかに「好い音」なんですが「月琴の音」と言っていいのかなあ?

  やっぱりこの作者,天才ですね。
  誰なんでしょう?---いやあ,ほんとに知りたいなあ!

  安いデジカメで録った動画なので,この楽器の音の特徴が聞き取れるかどうかは分かりませんが,とりあえず今回の試奏をどうぞ。



  その2



(おわり)


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