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月琴36号(6)
G036_06.txt
2014.5~ 月琴36号すみれちゃん (6)
STEP6 自由なる赤き天才
いちど棹を組みつけ,半月の位置を改めて調整します。
糸を張って確認してみますと,前修理者の再接着位置は,
少し右にズレ
てたみたいですね。
こういうこともあるので,この部品の再接着は慎重にやらなきゃなりません。
「元の位置に戻す」だけじゃダメなんです。
庵主の再接着はもちろんニカワで。
ナゾの接着剤はだいたい除去しましたが,
面板に薄く残った取残しが水分やニカワをはじき,
それを削ると
細かな残りカスがザラザラとじゃまをし,
桐板にニカワをしませるというカンタンな作業で,まずはけっこう手間取ります。
がってむ。
ふだんの倍くらいも時間がかかりましたか。
まあ,とりあえず半月の再接着は,当初の腹案どおり,
面板の表裏からがっちりとはさんで
強力にへっつけることができました。
この部品の取付けは通常,工程のいちばん最後,もう胴体が箱になってる状態で行われたようなので,この楽器でいちばん力のかかるところなわりには,あまり強固に接着する,ということができないんですな。古物の月琴でも,半月がはずれてたりなくなったりしているものはよく見かけますね。
なんにゃれ,例のナゾの接着剤の影響が心配だったので。
クランプしたまま二日ばかり置いて,確実にへっつけました。
この作業で棹を挿したのであらためて調べてみたところ,通常の状態で,棹の傾きも山口のところで背面がわに約3ミリ。
この楽器としては,ほぼ理想的な設定になっていました。
やっぱりこういうところはやたらとキッチリしてるな~この作者さん。
半月もへっついたところで,胴体を箱に戻しましょうか。
内部構造の調査や接合部の補強はすでに終わっています。
ラックニスによる響き線の保護補修もしましたし,当初たまってた(理由不明)オガクズも捨てました。
剥離作業で傷ついたところや,虫食い穴も埋め込み,整形済みです。
願わくは,またオープン修理,なんてハメになって近々帰ってきませんように!
----
などと祈りながら,
裏板をかぶせます。(w)
例によって,はずした板をそのまま戻しても,この楽器の場合,ぴったり戻りゃせんので。 側板との間に段差が出来る少し手前のところから板を分割し,幅5ミリほどのスペーサーを噛ませて,矧ぎ直しながら再接着します。
ウサ琴の外枠をクランプがわりにして接着。
面板の上に角材を置いて,外枠のうえから左右にゴムがけするのはいつものことなんですが,今回は内桁との接着を確実にするためだけじゃなく,面板の木端口にも木片をあてて,横からも矧ぎ直しのための圧をかけてます。
一晩二晩おいて,無事へっついていたら,ハミだしてる板の端を削って均し----
36号胴体,修理完了です!
さあ,ここからは作業が早いよ~。
まずは清掃----表面板は汚れも薄く,いつものように重曹溶いたぬるま湯にShinexでさっとコスったら,すぐに真っ白になってしまいました。汚れも大したことありませんでしたが,染めや砥粉の量もずいぶん少ないなあ----とは思ったものの,さしてギモンもなく裏板へ。
すると……
うっぎゃあああああッ!
なんじゃあ,こりゃあ!
真っ黒です。(汗)
清掃前の外見的には,汚れや染めの具合は,オモテもウラもたいして変わりないようにしか見えなかったんですが…
----おそらく,なんですが。
表面板は前所有者(木工ボンドの主より前)が,半月や目摂やフレットを再接着した際に,前所有者によって一度,
かなり丁寧に清掃
されたのではないでしょうか。原作者によるオリジナル(たぶん)の状態は,おそらくこの裏板と同じく,ヤシャ液も砥粉も,
濃いめの多め
だったのではなかったかと考えられます。
いや,それにしてもスゴい。
表板の清掃が終わってもまだ薄茶色でしかなかった重曹水が,たちまち真っ黒になってしまいました。
さすがにこれは
……表板に手が入ってたとしても,ちょっと考えられないくらいの差になっちゃってますので,もしかしたら元から,裏板のほうを濃いめに染めていたのかもしれません。裏板は表板より質の劣る板が使われることが多いので,その
アラ隠し
だったとかね。
うむ,これも正直よく分かりません。(w)
面板もキレイになったところで,棹を挿して糸を張ってみました。
うむうむ,再接着もうまくいったみたいで,
半月は
バッチリくっついててビクともしません----が。
あれ?なんか調弦が……うまくいきませんねえ……すぐ戻っちゃう。
つか,糸を巻くと,半月の反対がわ,糸倉のほうがわずかに持ち上がりますね。
さてわと棹を抜いて調べてみますと----案の定。
棹基部と延長材の接合が割れてました。
これもまあ,この楽器では良くある故障の一つですね。
裏板がわの接着がトンじゃってますので,スキマにお湯を含ませ,薄く溶いたニカワを垂らして再接着。あとは接合部に薄い和紙を重ね貼りして補強しておきましょう。ごくごく薄い紙ですが,目を交差させて張っているので,ちょっとやそっとの力では破けません。最後に上から柿渋を刷いて,接着部のさらなる補強と防虫を図ります。
よっしゃ,これで棹は万全!
あとは糸を張って組み立てて…
…あうあうあうあう!
棹のガタつきが,止まりません。
あちこち考えてスペーサーを入れ,棹基部と胴体の接合は,これ以上ないってくらい,ピッタリきっちりになったんですが,糸を張って調弦しようとすると,やっぱり糸倉が持ち上がります。
このままだとこの楽器,マトモに使えないじゃん
……と,泣きそうになりながら,棹基部や内部構造を再検討してみた結果,こういうことが分かってきました。(図説はクリックで別窓拡大)
なるほど,内桁の
棹孔の位置が通常と逆
なため,棹茎が楽器の背面がわに深く傾いているのですね。
おそらく,内桁の孔に対して茎が斜めに入っていたため,弦の力で棹孔の背面がわの角が圧迫されて,
微妙なスキマ
が出来てしまっているのでしょう----棹基部をいくら調整しても無駄なわけですね。
事実,延長材の先端にツキ板を一枚貼ったら,あんなにシツこかった棹のガタつきがほとんどなくなりました。
この事態,内桁の棹孔の位置が通常と逆になっていることが,すべての原因だったわけですが。
さて,これはどういうことなのでしょう?
単純に,内桁をうっかり逆に組み込んでしまったのでしょうか。
棹基部の背面がわには,
原作者のしわざ
と思われる薄板のスペーサー(棹角度調整のための)が貼られてますから,その状況もなきにしもあらず,ですね。
まあ70%くらいはそッちだとは思うのですが
----もしもですよ。
もしこの工作が
「わざと」
であったとしたら,何のためでしょう?どういう意図があってなされたんでしょうね。
いささか単なる思考ゲームではありますが,これもいちおう考えてみましょう。
楽器の棹を弓として,そこに張られた糸を弦とするとき。
棹茎を背面がわに傾けると,棹の全体は弦に対して通常の弓と反対の弧,弦の張力に対して
逆反りのアーチ
を描いた状態になります。
中国の攻城用の弩などでも,通常の弓と逆反りの弓を組み合わせて,よりコンパクトで強力な反発力を得んとした例がありますが,確かにこの「逆反りアーチ」の形状が,通常より糸の張力に対して強いだろう,と考えることはやぶさかではありません。もし作者が何らかの目的をもって,棹茎を傾けたとしたのなら,おそらくその理由はこれだと思いますね。
ただし,この構造には欠点があります。
弦と棹茎がほぼ平行の状態である場合,弦の張力は
棹の全体に分散されてほぼ均等
にかかります。しかしこの「逆反りアーチ」状態では,胴体の棹孔と内桁のところに,
かなりピンポイントで
かかってしまう可能性があるのです。
つまり棹の根元と延長材の先っちょを握ってサバ折りくらわせてる
ような状態になっちゃうんですね。部材が緊張するぶん,音響的な特性はあがるかもしれませんが,かわりに構造的な強度上の問題が生じることは言うまでもありません。
最初に書いたように,
ほぼ間違いなく原作者が組付けを間違って,ツジツマを合わせた
ためにこうなったのだろうとは思いますが,それえでもこの作者,技術が高いうえかなり独創的な人なので
「100%ありえない」
とは,さすがの庵主も言い難いところです----まあもしワザとだとしたら,楽器職としてはかなりの蛮勇ですね。なにせ
自分で自分の楽器の寿命を縮めてる
ようなもの,とも言えなくはありませんから。
なんやかやで,この棹と胴体のフィッティング作業には,足かけ三日近くもかかってしまいました。
このヘンチクな構造のせいもあるんですが。棹基部にしろ茎の先にしろ,工作が精密緻密に過ぎるわりに,この作者,
その後の木の収縮や使用による圧迫,歪み
なんてことをあまり考えていないフシがあります。そうして出来たスキマやズレをどうにかしようとすると,もとの工作が緻密すぎるせいで,思ってもみないほかのところにヘンな影響が出たりするのです----
百年前の緻密かつ独創的な工作を,けっこうフリーダムな百年後の木の変化に合わせる
ことが,どんだけ神経をすり減らす作業だか,ちょっと考えてみてください。
誰だか分かりませんがこの作者,ちょっとした天才かもしれません。
しかし彼のその腕前,技術は認めますが,仲良くはなれそうにありませんね。
初対面で笑いながら,ゲンノウで殴り合っちゃいそうな気がしますわ。(w)
(つづく)
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