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月琴ぼたんちゃん(6)

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斗酒庵 年末修理編 の巻2014.11~ 唐木屋月琴ぼたんちゃん (6)

STEP6 ぼたんちゃんふぉえばぁ

  さてさて。本体の修理も終わり,部品も揃いました。
  いよいよあとは組み立てるだけです。

  その前にまずは胴体の清掃。
  いつものように重曹を溶いたお湯を Shinex #400 に含ませて,コシコシとやってゆきます。


  古物の収集家でも時々混同している人がいるんですが,道具における「古色」とは「汚れ」のことではありません。
  その道具が,あるべきかたちで使い続けられた結果しみついたものが「古色」なのであって,単に放置されたり,間違った使われ方,取り扱いをされてついたものは,はらうべき「汚れ」でありなおすべき「キズ」なのです。「古色」は古い道具にとっての勲章みたいなものですが,「汚れ」はしょせん「汚れ」です。
  それを落としてはじめて,その道具は本来あるべき姿にもどるのであって,こういうものを「時代」だなんだといって有難がる気持ちは庵主にはありません。

  この月琴の面板の真っ黒な変色は,まがうことなく「汚れ」です。

  18号の例なんかでも分かるように,しかるべく保存された月琴の表面板は,輝くように白い。
  三味線なんかでもそうなんですが,長期弾かないようなときは,木箱か袋におさめておくのが楽器の正式な保存法です。飾り物・置物として床の間にかけっぱなし,弾かれなくなって蔵の中に吊るしっぱなし,納屋の奥で棚ざらしでついたようなホコリやシミが「古色」なわけないでしょ?

  ----というわけで,庵主はコシります。

  楽器として不遇だった期間をリセットして,本来の時間に戻ってもらうための,まあ,儀式みたいなもんでしょうかね。


  これに対し棹背や楽器向かって左がわの側板(身体に触れる部分),こうした箇所によく見られる色落ちは,その楽器が実用品として使われていた証拠であり,ちゃんとした楽器である証明のようなものです。
  楽器の状態やその度合いにもよりますが,庵主,こういうところはなるべくちョさないようにしています。単に演奏者のクセを表している場合もありますが,多くはその楽器のクセが反映されています。継いで弾く者にとっては,好い目印となることも多いですしね。

  けっこうな黒さでしたが,汚れ自体はそれほどヒドくなく,だいたい1度の清掃で,表も裏もキレイになりました。何言ってもやっぱり楽器を濡らすことになるので,器体への負担を考えると回数が少なくて済んだのは有難いことでしたね。


  乾いたところでフレッティングにかかります。
  まずオリジナルの位置に並べて,オリジナルの音階を調べます。
  庵主が月琴の修理をやる理由の一番大きなものが,この楽器の音階のデータが欲しいからですね。
  清楽の音階がどのようなものであったのかは,明笛の研究でいちおうの結果が得られましたが,補足するデータはいくらあっても損はありませんから。
  ぼたんちゃん,オリジナルの音階は,清楽の標準的なものからすると,高音域にかなりのズレがありました。
  データはフィールドノートにも記してありますが,数字を整理して再掲すると----

開放
4D-144Eb+304F-274G+54G#+334B+275C#+285E+7
4A-134Bb+385C-265D+45Eb+335F#+305G#+85B-37

  ----といった感じになります。
  今まで修理した楽器の経験からしても,かなりな乱調ぶりですが,この原因は楽器の工作不良だったのでないかと考えられます。
  前々回あたりで書いたように,この楽器には棹茎の接合部のところに割レがありました。当初は踏んづけて棹口を壊したせいだと考えていたんですが,これ,おそらくはオリジナルの組み立ての段階で,すでに割れていたのではないでしょうか。

  棹基部の接合部が割れてると,弦を張ったとき,楽器は順反り状態でわずかに弓なりになります。
  棹の固定が不安定なので,調弦もなかなか決まりませんし,有効弦長がわずかに短くなるためフレットは本来の位置より,少し糸巻きがわに寄るはずです。

  ただし,完全にバッキリと逝ってる場合は,棹が抜けちゃいますのでさすがに分かるとは思いますが,よくあるようにオモテウラの片がわだけがハガれてたり,一部が浮いてる程度の故障だと,棹の動きもわずかなために,ふつうに使ってても気がつかない----「ああ,チューニングしにくい楽器だなあ」程度にしか想われないことが多いのです。
  さらに,清楽という音楽では,月琴の高音域が使われることがあまりないので,多少音が狂っていても分からなかったという面もあるかとは思いますが,唐木屋のほかの月琴におけるそのあたりの精度や,他の楽器の狂い方との比較からすると,この「もともと故障」説,かなり有望ですね。


  オリジナルの音階を調べた後で,今度は西洋音階に合わせたカタチで本格的にフレッティング----いつもですと,特定のキー以外は位置的にそんなにズレがなかったりするんですが,今回はご覧の通り。
  上左がオリジナルの位置で並べたもの,右がチューナーでC/Gの西洋音階に合わせて修整したフレット位置。
  西洋音階に合わせたら,全体にフレット位置が半月がわに寄ってしまっているのがお分かりになれましょうか?
  7・8フレットなんかオリジナルの接着痕がしっかり見えちゃってますものねえ。


  目摂と扇飾りはすでに補修・補彩済み。
  これをのせ,新しく作った蓮頭をへっつけて。

  年をまたいだ2015年1月10日。
  月琴ぼたんちゃん,修理完了です!



  唐木屋の楽器には,ヘンなクセがありません。
  イヤミのないアタック,温かく広がるサスティン。
  関東の月琴の中ではいちばん「月琴らしい音」の出る楽器かもしれませんね。


  工作の良さはこの楽器,横にしてどっちに向けてもちゃんと立つとこからも分かります。月琴はきわめて軽い楽器ですが,これによって演奏姿勢の自由度がかなり左右されるため,この重量バランスというのはけっこう大事なところなのです。
  そのあたりは言わば「完璧」ですね。

  トラッドな楽器なので,音量や音色といった面で特筆すべき点はありませんが,バランスがよくて扱いやすく,誰が弾いてもそこそこの音を奏でてくれることでしょう。
  あくまでも優しげな音なので,多少音楽を選ぶかもしれませんが----つまびく,つぶやく,誰かを想う----そういう曲に合わせるには最適の楽器かもしれません。

  どうか大事に,弾いてあげてください。

(つづく)


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