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月琴ぼたんちゃん(2)

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斗酒庵 年末修理編 の巻2014.11~ 唐木屋月琴ぼたんちゃん (2)

STEP2 ぼたんちゃん来る(2)



  棹茎:長 188,基部で幅 22・厚 13,先端付近で幅 16・厚 10
  最初のほうで触れたように,唐木屋の月琴の特徴の一つがこの「幅広の棹茎」。基部からの先端までの幅の差が小さく,全体にストンとした形になっています。ぼたんちゃんのは前に見た3面のと比べると多少細めですが,一般的な量産月琴の中では幅広,太めなほうだと思います。

  全体の加工は一見きっちりしてますが,良く見るとまああちこちガタガタだし,さらにひっくり返してみたら…

  うわあっ! こんな大っきな節があって,ごっそりエグれてまっせー!

 ううむ,ふつうはまず楽器には使わないような材ですが,月琴の普及品ではけっこう良くあること。使用上はいちおう問題なさそうですが……まあこうしたあたりも,月琴という楽器がどれだけ流行し,大量に作られたか,ということを如実に物語っているわけではあるのですがね。

  基部に墨書で 「五號」 とあります。
  31号では同じような場所に「拾」と書かれていました。推定される唐木屋の製作数からして「総計5面目に作った月琴」ってのは考えがたいので,この型での5番目なのか,この年に作った5面目の月琴だったのか,はたまた何面も同時製作しているなかの「No.5」だったのかは分かりません。
  9号と18号にはこうしたナンバリングが見つかりませんでした。これも製作数もそんなに多くなかった初期のころはつけてなかったけど,これもまた,月琴の流行とともに大量に作るようになり,平行作業も多くなったため,付けるようになったというものだったのではないでしょうか。


  棹口の割レの修理のため,どのみちどこか板をハガさなきゃなりません。
  内部の調査と観察もあらかじめしといたほうがヨイので,さッさとやっちまいましょう。
  今回はすでに接着も浮いている裏面の中央部を,板の矧ぎめのところからひッぺがします。エイッ!ばりばりッ!----

  よい子は真似しないでくださいね。(w)

  内桁は二枚。上桁中央に棹茎の受け孔があるだけのただの板ですね。
  位置は上桁が,棹孔から154,下桁が295。
  厚さ7ミリ,材質は松だと思います。
  今回は左右の板をハガしてないので左右端,胴体との接合がどうなってるのかは不明ですが,9号・18号から推して上桁は胴側内面に溝を切ってはめ込み,下桁はただ接着してあるだけだと思われます。

  響き線は1本。
  中太の鋼線をつかった弧線で,根元のあたりで直角に近く曲げ,アール深めの曲線になってます。この響き線の形状は唐木屋の月琴の最大の特徴のひとつです。基部は楽器裏面に向かって左がわ,上桁と胴体の接合部のすぐ下にあり,木片を胴側に接着,中央に小孔を穿って線を挿し四角い和釘で留めています。

  修理ではここもいつも心配なところですが,今回の響き線はサビの浮きも少なく。ほとんどの部分が銀色でピカピカしてました。
  状態はいいですね。

  この響き線の形状や固定方法は9号・18号と同様ですが,桁の位置はやや異なっています。
  9号・18号では上桁が胴体の中心近くにあったのですが,この楽器では全体に棹がわ,楽器の上方向に移動しています。

  庵主はこうした国産月琴の内部構造について,ひとつの説を持っています。


  古い中国製の月琴,いわゆる「古渡り」の月琴では,内桁は一枚しか入っていません。楽器胴体のほぼ中央に一枚。これに棹茎の受け孔と,響き線を通すための穴が一つあいているのが,もっとも原初的なスタイルであったと考えられます。
  一枚から二枚へ----この変化の原因のひとつは,楽器の主材の違いでしょう。
  唐物の月琴はほとんどがタガヤサンや黒檀・紫檀といった唐木で作られています。高価な材料なので胴体側部は信じられないほど薄く作られたりしていることもありますが,硬く・丈夫な木なので,この外殻だけでもかなりの強度があり,内桁は家の柱のようなものではなく,胴体の形が崩れないように入れられるつっかえ棒とか,棹茎を受けるための板といった意味合いのほうが大きいのです。

  この理由から,中国の月琴の内桁はどんどん簡略なものとなって,やがては棹受けの穴をあけた小さな板を二枚の薄板ではさんだだけのものとなってしまいました。


  これに対し日本では,特製品や高級なものをのぞいて,多くはカツラやホオといった材料で作られています。
  ホオやカツラ…これらは版画の板や彫刻・細工物の材料にはよく使われますが,こうした構造の弦楽器の主材としては,あまり用いられるものではありません。ホオ・カツラといった木材は,黒檀や紫檀に比べると加工や工作がはるかに容易です。また,雑木の類なので比較的手に入りやすくて値段も安く,大量生産と廉価な販売には向いていますが,唐木に比べるとやわらかくて弱い----このため日本の職人さんは,一枚であった内桁を二枚に増やし,胴体の強度を増そうとしたのではないかと思われます。

  ただし,庵主の経験と実験したところによれば,使われている木材の強度にかかわらず,構造上,月琴の内桁は一枚でじゅうぶんという結果が出ています。月琴の内桁というものが,もともと何のためにあったものなのかについては上でも少し触れましたが,楽器という道具としての目的・またその通常の使用環境から考えて,楽器の胴体というものはもともとそれほどの強度を必要とするわけではありませんし,音を追求するならば内部構造を簡略にして,共鳴空間を広くとることのほうが重要です。
  実際ほとんどの楽器では,下桁は何の役にもたっていません。むしろ円形内部に支えが二本あるという構造からくる,視覚的・心理的な安定感のほうが大きいのかもしれません。
  多くの場合,上桁は胴左右の材の内側に,ミゾを切ってハメこまれていますが,下桁は左右端を斜めに削って接着しただけのことが多く,中には表裏の板で挟んでいるだけだったこともあります。工作によってはただ共鳴空間をせばめているだけだったり,はずれかけて変なバイブレーションの発生原因となっていることもあります。

  日本の月琴にあるこの下桁は,いわば楽器の「盲腸」みたいなものなのですね。


  国産月琴で,唐物月琴の影響がどれだけあるか,ということをはかる上で,この桁の枚数や位置はいい指標の一つとなっています。

  すなわち----

 1)もっとも唐物月琴に近く古いタイプは内桁が1枚で位置は楽器中央。
 2)つぎに2枚になるが上桁の位置は中央に近く下桁の接合は曖昧。
 3)そして後期になるほど上桁が棹孔がわに移動し楽器中央のスペースがせまくなってゆく。

  ----というわけです。もちろん作者の好みや製作意図の違いによってはこの限りではなく,あくまでも全体としての傾向に過ぎませんが。
  9号の上桁の正確な位置は記録が見つからなかったんですが,画像や断片的なメモからすると18号とほぼ同じだと思われます。18号で上桁までが154,下桁まで190。これに対して31号は上桁まで131,下桁までが246。桁で隔てられた空間の幅がほぼ等間隔になっています。
  前説がちょっと長くなりましたが,この点からの推測でも,この楽器の製造時期は9号・18号より後,31号より前だと思われるわけですね。

  といったあたりで今回はここまで。
  恒例の観察・調査結果をまとめたフィールドノートをどうぞ(クリックで拡大)。


  では次回からは修理開始でーす。

(つづく)


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