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月琴28号 なると (5)

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斗酒庵 10本も前の月琴をようやく修理する の巻2015.3~ 月琴28号 なると (5)

STEP5 ナルトは帰るラーメンの中へ


  新しく継いだ板は幅2.5センチ。

  ヒビが裂け割れで不定形だったため,けっこうな範囲で切り取りました。本格的な補彩は清掃後にするんですが,組立前にもとりあえず軽く下染めしておきましょう。

  さて,この下ごしらえをした板を胴体に戻すわけですが,これがなかなか一筋縄ではいかない。

  寸法を計り直し,新しい中心線を定めて,胴体のもともとの中心線と合わせます。
  桐板は柔らかいから直接書くわけにもいかないんで,ご覧のようにマスキングテープまみれでございます(w)。
  継ぎ板をはさんだため,左右幅はもとより5ミリばかり広がってるわけですね。それを左右バランスよく,あとで削り取る部分がなるべく少なくなるように配置しなければなりませんが,さらにこの板,左右には5ミリ広がってるものの,上下の幅は前と変わりません。そのため板がちょっとでもズレると,寸法的にギリギリである上下の周縁部に段差が出来ちゃいます----かなり微妙な作業となりました。


  接合部の補強はうまくゆきました。
  再接着の際,この桐板と和紙が二枚の厚板をがっちりとひきつけ密着させてくれたおかげで,前よりも木口同志の接合がしっかりとしています。もうカミソリの刃も入りませんね~。

  表板をもどしてしまうと,このフシギ構造も見納めです。
  あいかわらず,何度見ても,なんでこんなことやったのか分からない部分の多い,内部構造でした。

  前回,板のほうのエグレやキズは補修してしまいましたが,胴体部材の方の小さなエグレやヘコミも,丁寧に埋めて整形しておきましょう。
  ニカワによる接着は,面と面が密着していればいるほど強固になりますから。

  んで,接着。
  例によって,ウサ琴の胴体外枠改造のクランプにはさんで一晩。
  厚めの合板4枚に穴あけて,長いボルトと蝶ナットつけただけのシロモノですが,ほんとずいぶんいろんな用途で活躍してくれています。

  きちんとへっついてるのを確認したら,ハミ出た板を削り落とし,側板表面と面一にします。

  1ミリ以上のでっぱりはヤスリで,そこから先は例によって角材に板厚ぶんの紙ヤスリを貼ったものでコシコシと少しづつ。今回の楽器は側板の材質がカヤ。ふだん良く見るホオとかカツラと比べると,染めの工程がないぶんキズつけちゃった場合も回復の方法が簡単ですし,そもそもこンなにぶ厚いので----多少ガリガリっと削っちゃってもイイヤ!----くらいのキモチではありますが(w)なんにせえ余計なケガさせるのもなんなもの……けっこう時間もかかるし,神経も遣う作業ですね。

  さて,これで胴体は箱に戻りました。
  オリジナルと違い,今回は内桁を表裏の板にがっちり接着しているんですが,そのためでしょうか。
  -----胴体の響きがハンパねぇです。(汗)
  コンコン,と軽く叩いただけで,ぐわわわわ~ん,というニブイ内部からの余韻がいつまでも聞こえています。修理前はどちらかというとぽこぽこした音と,ただガラガラ鳴るだけ-----問題にならないですね。

  これは激鳴り楽器になりますよ。


  表板を清掃し棹を挿して,半月の接着のため,新たな中心線を探ります。
  山口のところと棹基部のところに二箇所中心の印をつけ,それを延長させて胴体に数箇所。糸倉から糸を張って,中心線と左右のバランスを見ながら半月の位置を確定し,接着します。

  この楽器の半月はふつうの板状なのと,半月の位置がかなり下付なんでFクランプがかけやすく,作業は比較的ラクでしたね。

  ちなみに左画像は,再接着の前に撮っておいた半月の裏側。
  うちにある石村近江作の13号をはじめ,このポケットを凹でなくアーチ型に彫りこんだ例はほかにもありますが…キレイなノミ目ですねえ。あと,分かりましょうか。糸孔のところに,前方に向けて刻みが彫ってあります。ここからこの原作者は,月琴の事はあまりよく分かっていないかもしれないが,弦楽器のこと,とくにその使用法の基本は,あるていど知っているのじゃないか,と考えることが出来ます。

  半月の糸孔を斜めにあける,穴裏に刻みを彫る,小さな加工ですが,これはどちらも糸の交換の際,半月のポケットから糸尻を出しやすくするための工夫です----が。
  実際にいろいろ修理したり作ってきたケーケンから言いますと,残念ながらこれらの加工,月琴と言う楽器においてはほとんどと言っていいほど益がありません。(w) 糸孔がまっすぐあいていようが,孔裏に刻みを彫りこんであろうが,出しやすい楽器は出しやすく,出しにくい楽器は出しにくいですねえ。
  もちろん,ポケットの端に近いほうの糸孔は,少しななめになっててくれたほうが出し易いんですが,そうすると裏側の孔がかなり半月の端ギリギリになるため,強度の方がちょとシンパイになります。こんな小さな「工夫」より,孔自体を多少大きめにあけてくれてるほうが,孔に入れた糸尻をコントロールしやすくてラクですね。


  普及品の月琴では糸孔の直径は,まあ糸がふつうに通るていど。1.5~2ミリ程度といったところですが,唐物では3ミリ前後,より高級な月琴だと糸孔のところにφ5~7ミリの大きな穴を開けて,そこに円環状の象牙の小板をうめこんだりしています。
  埋め込む板自体は1ミリ程度の厚さで,穴は裏側に向けてやや広がったカタチになっていることが多いのですが,この類などは糸の太さギリギリの小さな孔より,糸を自由に動かせるので,糸尻を引っ張り出すのがラクです。

  唐物月琴の上物は,孔を大きくあけるため,糸孔自体がやや奥まったところにあけられています。(上画像参照)奥になれば出しにくい,と思いがちですが,実はこのほうが小さな糸孔を木端口近くにあけるより,使用上も強度の上からも用の要を得ており,合理的だと言えます。
  小さなことにも気がつき,思いやる。その工夫とキモチは分かるのですが……これもまた月琴作りにおける日本の職人さんの,「余計なことに血道をあげて本質を見失った」 例のひとつなのかもしれませんね。

(つづく)


月琴38号 (5)

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斗酒庵 出自に悩む の巻2015.3~ 月琴38号 (5)

STEP5 荒神は細部に宿る

  月琴38号,前回も書いたように,ヨゴレがけっこうヒドいものの,楽器として必要な部分にはさしたる損傷はなく,ヒビ割れや面板のハガレを処理して,欠損部品を補充すれば,比較的たやすく復活するものと思われます。

  修理工程として早いうちに直しておかなければならない箇所も特にないため,修理はまずまず細かいところからはじまりました。
  蓮頭,軸,棹の鼠害箇所にパテ盛り。
  蓮頭は周縁部とコウモリの羽根の先っぽに数箇所。糸巻きは1本の握りの根元のあたり。棹は第1フレットあたりの右がわ。蓮頭と棹のはほんのちょびッと,糸巻きのものも目立ちはしますが使用上支障がないほどの表面的なものでした。
  蓮頭にはツゲの粉を,糸巻きと棹には唐木の粉をエポキで練って盛りつけます。あと糸倉の先端,蓮頭がついていたところの角,これは鼠害ではなくカケがありますので,ここもついでに盛っておきましょう。

  硬化後に整形。こういう場合のエポキは,さほど強度も要らないので¥100均で買える10分硬化のでも構いません。


  続いて山口を作ります。
  オリジナルのものが残っていますが,最後の所有者(三味線弾き)が手を加えてしまったらしく,頭の部分が平らに削られ,低くなっています。
  唐物の山口は,国産月琴のと比べると背がかなり高く,13~14ミリがふつうです。
  材質はオリジナルと同じタガヤサン。形状も唐物月琴に多い富士山型にします。この楽器の棹はちょっとふつうより幅広なので,底部がだいたい長30ミリ,頂上が24ミリってとこでしょうか。

  糸倉のパテ盛りも固まったので整形。つぎに間木の割レの処置をします。この間木,材質は棹と同じタガヤサンなんですが,材質的原因で生じたヒビが入っています。

  何度も書いてますが,タガヤサン(鉄刀木)という材は,唐木最強と言われるほど硬いのですが,けっこう厄介な木で,暴れて変形したり,こんなふうに内部から割れたりすることがままあります。
  糸巻きを動かすと,このヒビが広がったりとじたりするせいで,糸倉が少しグラグラしています。このままだと調弦に悪い影響が出たり,糸倉自体の損傷の原因ともなりかねません。
  この部品,調査の時にも書きましたが,多少寸足らずなので,本当にオリジナルかどうかは分かりません。いッそとりはずして交換してしまおうかとも考えたのですが,かなりしっかり接着されてしまっているので,このままの状態で修理することとしました。
  クリアファイルの端っこを切り取って極薄のヘラとし,これにエポキをつけて,ヒビ割れに何度も挿しこみ,クランプで圧着します。ここはしっかりついててくれないと困るところなので,DIYなんかで売ってる8時間硬化のエポキを使っています。


  仕上がった蓮頭や取外して掃除した半月,あと棹を亜麻仁油で拭き磨きます。
  唐木の類はかつては割れないよう油に漬け込んで運んだくらいで,硬いわりにモロいので,乾性油をしませるのは部材の延命にもなります(あたりまえのことながら,やりすぎは逆効果ですが w)。とくにタガヤサンは油を染ませると変身しますね。
  材を贅沢に使っているだけに,油拭きでタガヤサン独特の深いワインレッドが復活するとやっぱり迫力があります。



  さて,それではいよいよ胴体の修理にとりかかりましょう。


  まず表板。上下にヒビがそれぞれ1本づつ走っています。上からのヒビはほぼまっすぐにパックリと割れていますが,下からのものは断続的な裂け割れで,途中までは割れ目が,板に対して斜めに入っています。

  上からのヒビはそのままでもいいんですが,下からのヒビはそのままだと処置しにくいので,カッターの刃を差し込んで,断絶している箇所をつなげ,一本の割レにしてしまいます。
  先に間木の処置で使ったクリアフォルダの極薄ヘラに,溶いたニカワを塗っては割れ目に差込み,割れ目の両岸にニカワをまんべんなく塗りたくり,薄く削いだ桐板を差し込みます。斜めに入った割れ目が,半月のあたりで少し段差になってしまってますので,接着時に当て木を噛ませ,上から圧をかけて矯正しながらの接着です。
  埋め木がじゅうぶんに入ったら,周辺に木粉パテをまぶして,とりあえずできあがり。

  裏板のほうは表板と逆で,上からのヒビは斜めに入り,下からのヒビがほぼまっすぐのパックリ割れになっています。表裏のヒビは,位置的にもほぼ同じあたりにありますから,これは胴体が,この上下のヒビ割れを結ぶ対角線を中心に前後方向,斜めにねじれるような方向に変形したということを表しているのだと思われます。
  ま,それはともかく。この裏板の上からの割レは,斜めも斜め,かなりの鋭角で「割れた」というよりは裂けて「ハガれた」って感じです。こちらには埋め木は入れず,周辺を濡らして板をやわらかくしてから,スキマにニカワを垂らし,ラップをかけて当て木を噛ませ上からゴムで圧をかけ,そのままへっつけてしまいましょう。ラップをかけるのは,湿ったままでいる時間を長くして,板の矯正もいっしょにやってしまおうという魂胆ですね。
  下からのヒビはふつうに埋め木で処置しましたが,こちらも少し段差になってしまっているので,当て木とクランプでおさえつけながらの接着です

(つづく)


月琴28号 なると (4)

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斗酒庵 10本も前の月琴をようやく修理する の巻2015.3~ 月琴28号 なると (4)

STEP4 ほっぺにナルトつけてどこ行くの?


  28号の修理,棹の補修と糸巻き削りが,まあメインなのではありますが。

  そのほかに当初から,タイヘンだろうなあ~(泣)という予想のありましたのが,この 胴体の補修。
  糸倉の割れ継ぎにしても糸巻き削りにしても,サイズや原作者の工作は違えども,基本的にはある意味今までやってきたことのくりかえし,ルーチンワーク,ってとこなんですが----

  通常の月琴では考えられないほどのぶ厚い胴に,わけのわからん内部構造。
  さて,表板をハガしたはいいが,神はこれで我に何をどうしろと言うのか?
  原作者にゲンノウぶつけてドタマかち割りたい気分の修理者なのであります。(w)


  まずはまだへっついてる裏板のほうからいきましょうか。

  表板の剥離作業の際に,地の側板の中央付近に連邦の白い悪魔----木工ボンドによる再接着箇所が見つかりましたので,まずはこれを取除きます。
  裏板の,ちょうど板の矧ぎ目から割れの入っているところを中心に左右数センチ。板が剥がれたところに,木口方向から木工ボンドをヘラでなすりつけたもよう。ありがたいことに作業は雑で,ボンドは胴材のほんの周縁部にしかついてませんでした。もし厚さ3センチもある胴材の接着面全面にベットリ,とかやられてたらエラいことでしたね。
  だいたいは刃物で,細かいところはすこし粗めの耐水ペーパーを板と胴材の間に入れ,はさみこんでしごくようにして,なんとかキレイに取除けました。

  割れてハガレた時の損傷でしょうか,板接着面の木口あたりがエグレてガタガタになってしまってましたので,再接着の際,木粉粘土と砥粉を練ったいつものパテをそこに盛ってクランプで圧着。

  この地の側板と左右の側板との接合部は,どちらも接着がトンでしまっていますので,ここも再接着しておきます。
  楽器向かって右下の接合部には少しスキマができてしまってますので,ここにはツキ板を削いで詰め込みます。段差も少しできていたので,濡らしてからクランプではさんで矯正してるんですが,通常の3倍近い厚み………まあ,効果はさほどないでしょうねえ。


  さて,この楽器胴体の 「ナゾの工作」 の一つが,この右下の接合部裏だけにへっついていた小板。
  おそらくは,好意的(w)に考えれば----これは原作段階でどうもうまくいかなかった右下の 「接合部を補強するために取付けられたもの」 とするのが妥当でしょうが。調査報告でも書いたようにこの小板,接合部の裏にノリをつけ,ただぺっ,と接着しただけのシロモノで,実際には何の役にも立っていません。

  でもまあ,原作者のしたかった事は分かりますので,このくらいは代わりにちゃんとしておいてあげましょうか。


  桐板の端材を,それぞれの接合部の裏の段差に合わせ,ピッタリはまるように削り,二つの材を渡るようなカタチにして接着します。

  補強材がくっついたところで,上から和紙を重ね貼りして,柿渋を刷いておきましょう。 胴体が箱になっちゃいますと,これもおいそれとは直せませんから,せめてポロリしないよう補強を重ねておくわけです。


  裏板のハガレも直しましたし,接合部の再接着と補強も済みました。

  次に問題となりますのが 「内桁をどうするか?」 です。
  ----ほんと,「角材」でよねえ,コレ。
  内桁自体に損傷はなく,ちょっとサビの浮いてた響き線も,すでに磨いて防錆処理を施してあります。
  これを戻すわけですが,さて----これをそのままもとのままに戻すのか,あるいはふつうの月琴と同じように,これを板や側板と接着してしまうのか。

  わけのわからん工作ではあるものの,へっつけてなかったものはへっつけてなかったものとして,元の通り,そのまま何もせず胴体に入れ込むのが,修理の本筋だとは思いますが。
  庵主,この工作に関しては,完全にデメリットしか思い浮かびません。
  また調査報告で書いたように,この楽器の胴体における故障・損傷の最大の原因は,おそらくこの内桁の取付け工作にあると思われます。これがどこにも接着されず,ただハメこまれていただけであったために,構造として基本フリーになった左右側板が縮み,その力をモロに受けた表裏の板が左右に割れた,と庵主は考えます。
  まあこれだけ分厚い部品,へっつけたらへっつけたで,また今度は何か違う故障や障害が生じそうでもあるのですが,とりあえず現状,オリジナルの工作にはメリットがないどころか,しでに故障の原因,すなわちデメリットとなっているのですから,せめてこれを解消しておくのが後世のツトメかと。

  オリジナルの工作は無視して,接着してしまうこととします。


  ここで,さらに追加してやっておきたいことが一つあります。
  それがこれ,表板がわの 内桁の両端をななめに削ぎ落としておく ことです。

  この加工,月琴を修理してたびたびお目にかかったものの,庵主が何年もその理由が分からずにいたものです。その「理由」ですが,まあ文章だけだとちょっと分かりにくいかもしれないので,図もつけて説明しましょう----


  月琴の胴の組み立ては,裏板と部材の接着から行われたものと推測されます。
  このときは,板それ自体と各部材の接着面が平坦なら,多少凸凹があっても問題はありません。板と部材にニカワを塗って,表裏から圧をかければ,部材と板は密着して見事にへっつきます。
  しかし,表板を接着するときにはそうはいきません。
  理想としては図1のように,すべての部材が面一で加工されていれば何の問題も,基本的にはありません。しかし材料が木で,加工するのがニンゲンである以上,材料にはかならず狂いが生じ,部材加工にはかならず誤差が発生します。なかでも問題になるのが,周縁部材と内桁の間の高さの違いです。

  桐板は柔らかいので,少しばかりの段差ならそのままでも板はへっつきます。
  ただし図の右がわの例のように,板は全体にたわんで,その接着にはムラができ,接着できたとしても,板全体の反発力が段差になっている部分に集中し,ハガれやすくなってしまいます。
  これに対し,図左がわのように,内桁の左右端を削ぎ落として周縁部材との間に故意に空間を作ると,この空隙が板にかかる負担を分散させる「余裕」となることから,板のたわみは部分的なものとなり,板をより自然な形で部材に密着させることが出来るのですね。

  オリジナルにはこの加工がされてませんでした。

  このことからも,この楽器の原作者は,「月琴」と言うものの外見はよく知っているものの。その内部構造や加工の意味などについては,聞きかじりのうろおぼえ程度であったのではないかとも推測されます。

  正直,オリジナルの工作や加工に手を加えるという行為は,修理の本筋からははずれる行いなので,なるべくならしたくはないのですが,今回の場合は,原作者が本来やるべきことをきちんとやっておらず,このモノが,きちんと使える楽器として成立するためにはやっておく必要のある処置なのでしようがありません。

  内桁がしっかりとへっつくまでの間に,表板を処理しておきましょう。
  表板には大きなヒビ割れがありました。断続的な割れで,板も厚いことから,割れ目にニカワを垂らして左右から圧をかければ,おそらくもとどおりにくっつくとは思います。

  しかし,今回の場合,このぶ厚い周縁部材が内部構造の不良のためにわずかながら変形し,それが3ミリもの誤差になって板が割れてるわけですから,このハガした板を元通りにへっつけたとしても,ぴったりくっつくことはありません。左右幅が3ミリほど足りなくなっているわけですから。
  またヒビ割れた箇所は,もともと板として弱かった部分でもあります。くっつけてもまた負担がかかれば,この部分から割れてしまうかもしれません。そこでまずは,この部分を切り除き,新しい板を足して矧ぎ直すこととします。
  ただ,この楽器の表板は厚さが5ミリもあります。さらに中央付近なので長さも必要,手持ちの古板には合うものがありませんので,新しい板をはさみこむこととなります。板が尋常なくぶ厚いぶん,矧ぎ面の調整なんかはいつもよりラクでしたが,新しい板なんでまっしろですねえ,あとで補彩するのがタイヘンそうです。(汗)

  矧ぎ面をよく擦り合わせて,いつものように角材やらクランプやらを総動員した,即席の板矧ぎ装置で接着します。


  一晩置いてへっついたところで,板裏の損傷箇所や板を作る時に打たれた竹釘の痕などを,各所木粉パテで埋めておきます。
  とくにこうした周縁部分は,この楽器の場合,接着面がハンパなく広いので,小さなエグレなどでも,ちょっと神経質に処理しておかないと,どういう影響が出るかわかりませんからね。

(つづく)


月琴31号 唐木屋3(特別編)

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斗酒庵 唐木屋の本気に出会う の巻2015.3 月琴31号 唐木屋3(特別編)

STEP0 閑話休題


  「よく」と言うほどではないものの----
  庵主のところには,過去修理した月琴が帰ってくることがあります。
  まあ,いままで修理した楽器のうち,自分で買い入れた「自出し月琴」だけでも38本。直ったソバから,友人やらそのツテで出来た知り合いやらといった周囲の人に押し付けまくってるわけですから,フレットがなくなっただの蓮頭がとれたのといった軽症から,板が割れたの棹ぶッこわしちゃったとやらまで。こッちの勝手で押し付けちゃってるぶん,もちろんめんどう見ないわけにもまいりません。(w)

  28号と38号の修理に取り掛かったその矢先,31号と33号が帰ってきました。


  なぜかはしりませんが,修理と言うものはかならず重なりやがるもので(w)。

  33号松音斎は裏板の割レの再発。
  この故障は修理当初から予測されてたもの,一年ちょっと経って板が乾き,ようやく出てきたんですね。むしろ遅かったくらい。もともと板の材質的なところから発生した故障だったので,板があるていどなりたいようになってくれてからじゃないと,処置できなかったわけです。

  一度埋めたところをもう一度埋めなおして完成。
  これでもうあんまり出ないかと思います。


  もう一本31号,こちらはつい最近直した「ぼたんちゃん」と同じメーカー。
  石町の唐木屋さんの楽器です。
  うちのブログにもこれ合わせて3面あるくらいで,当時としては大手の一つですね。
  31号は胴側に玉杢の薄板を貼りまわした,唐木屋の高級月琴。材質も工作も,別格と言えましょう----という,けっこう素晴らしい楽器だったんですが,お飾りの類がぜんぶトンでしまってたもので,庵主,前回の修理ではちょいと遊んでしまいまして(^_^;)

  蓮頭はスベスベマンジュウガニ,扇飾りはミスジウミウシ,胴中央の円飾りは海松丸にエビ,そして左右目摂はなんとクリオネ!
  ----という世にも珍しい 「クリオネ月琴」 にしてしまいました。

  まあ正直,庵主も 「やりすぎたかな~」 とか思っとたんですが,今回,そのトンデモお飾りの蓮頭とフレットが一本欠損,ということで帰って来ちゃいました。
  天国の唐木屋さんが怒ったのかもせんですね~(汗)
  ということで,これを期に,ちょいと装飾をリテイクすることといたします----しかも,現所有者の承諾一切ナシで(w)。

  まあ,カニの蓮頭はなくなっちゃってるんで当然作り直すとして,前回の装飾のうち,中央円飾りの「海松丸にエビ」とバチ布の荒磯はまあ,どちらも伝統意匠ですので問題ありますまい。

  主眼は左右目摂と扇飾りですね。
  残す装飾からしても前回同様 「海しばり」 ってとこはハズせません。海産物の伝統的な絵柄というものもいろいろあるんですが(もちろん「クリオネ」ってのはない w),中央飾りとバチ布に「海草」と「エビ」と「サカナ」を使っちゃってますんで,これらが重なるのはあまり面白くないですねえ----さて,どうしましょう。

  こうしました。


  左右目摂と蓮頭は伝統意匠の「波乗りウサギ」
  蓮頭の香箱座りのは家紋なんかで使われるデザインですね。

  左の目摂のウサギはお皿やてぬぐいなんかでよく使われるデザインの応用で,これで左右対称ってのでも良かったんですが,それでは面白くないので(彫る時,オレが,w)右のウサギはフォルムだけもらって,上下を逆転させてみました。

  まあ 「ウサギ陰陽」,ってとこでしょうかね。


  扇飾りは「海上楼閣」。
  いわゆる 「蜃気楼」 を図案化したもので,月琴でも半月の装飾や蓮頭の意匠として時折見かけます。 細かいですが,左すみっこに口をあけたハマグリを置いて,そこから楼閣を幻出させてます。


  さて,こちらの画像はある月琴の半月のところ。下縁部に広がる波の中から龍が顔を出し,何かケムリのようなものを吐いてます。宮殿の基礎のところは雲になっており,これが空に浮かんでいることを示唆しているわけです。「蜃気楼」を生み出す「蜃」という動物については,これを「大ハマグリ」とする説と「龍の一種」とする二つの説があります。庵主のは前者の,この月琴のは後者の絵柄なわけですね。

  「月」に関連する宮殿といえば,かの「西王母」や,旦那のクスリを盗み飲みして月にのぼっちゃったという「嫦娥」さんの住むという 「水晶宮」 があげられるんですが。なぜ「月の宮殿」ではなくなぜ「海上楼閣」が付けられてるんでしょうね?

  これは「月の宮殿」と「海上楼閣」の意匠が極めて近いところからきた混同だと思います。「月の宮殿」は月面にあるはずですが,意匠ではこれが天空にあるものであることを表すため,宮殿の下部に雲が描かれます。つまり「海上楼閣」の楼閣と同じような図柄になってしまうんですね。
  わたしもしちゃいますが,こういう装飾の意匠というものは,だいたい使いまわしされるものです。
  使いまわされているうちに,より意味のないデザイン的なものになったり,類似の意匠と混じって中間的なものになったりもします。
  ほんらい関係のない「海上楼閣」の意匠ですが,ここではこれはむしろ一般的な「宮殿」の意匠として用いられているものでしょう。まあつけた本人にしてみれば 「"月琴" についているのだから,これは "月の宮殿" ,細かいことは気にするな!」 と,いう感じなのかもしれませんが。(w)

  まあ中国のハナシはおいといて,バチ布に荒磯,左右目摂に波乗りウサギ,中央飾りはエビ……庵主の場合は「海上楼閣」じゃないと困りますねえ。(w)

  彫りあがったお飾りは,いつものように染めてラックニスを少し染ませ,仕上げに木灰まぶして磨きます。塗ったみたいにテッカテカじゃなく,染め特有のフラットな質感を前面に出したいですからねえ。

  ほい,出来上がり。
  今回は黒染めがバッチリうまくいったので,一見マグロ黒檀のように仕上がりました…「マグロ」か,これも海つながりだわな。(w)

  海上に映った月のうえ。
   はねるウサギに躍るは魚,下に潜ればエビがいて,波間遠くに蜃気楼
    -----すべては泡の夢模様。



  こんどは壊さないよう,なくさないように使ってくださいね。

(おわり)


月琴38号 (4)

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斗酒庵 出自に悩む の巻2015.3~ 月琴38号 (4)

STEP4 荒物礼賛


  庵主はべつだん,貴重だから,骨董品的価値が高いから,みたいな理由だけで,古渡の月琴を褒めたたえるようなことはしませんが。いままで修理した唐物月琴月琴はどれも,国産月琴に比べ,その作りが雑なわりには,音は確かに好かった。
  中国の職人さんの工作はおおまかで荒っぽさが目に付くのですが,楽器としてのツボは,けっしてハズしていません----つまり 「ココとココさえおさえておけば,月琴は好く鳴る」 みたいなことがしッかりと体得されてるんですね。
  これに対して,日本の職人さんの工作は緻密で優雅ですが,往々にして 「気持ちは分かるが余計なこと」(同時進行の28号の記事などをご覧くださいw)を仕出かしてることがあります。 本質的なこと大事なことを見失って,どうでもいいことに血道をあげている---そのせいで楽器が外見のわりに音は大したことのないモノ,見掛け倒しのモノになっちゃってたりするんですね。

  ひとつには,たびたび言ってる日中職人の嗜好の違い,みたいなところが根っこのところの原因としてあるんでしょうが,この楽器がもともと日本のものでなく,さらにその奏でる音楽も自国のものでなかった,というあたりに原因があったかもしれません。楽器が音楽を奏でる道具である以上,作るほうのがわからしても,その音楽の「ツボ」がちゃんと分かってなければ,どこをどういう風に追求すればよいのか,分からなかったでしょうからね。

  38号(推定)天華斎,修理を開始いたします。


  現状,表板がわがかなりキチャないほかは,欠損部品も少なく。ヒビを埋め,板の一部を再接着して清掃すれば,なんとか使えないこともない,というほどではありますが。

  今回は,修理に際してあらかじめ考えておかなければならないことがあります----それはこの楽器を 「どこまで直すか」

  調査報告でも触れたように,この楽器は長い年月の間,いくつかの段階を経て現状に到っています。

  いちばんめ,最後に使われていた段階に戻す,とすれば。
  上にも書いたように,全体を補修・清掃して足りなくなった部品を補作する程度で済みます。
  しかし,何度か書いたように,この楽器を最後に使っていたのは三味線弾き。
  その扱いは月琴という楽器が本来受けるべきものではありませんでした。
  ですので,この段階における演奏痕や,山口の改造などの行為は修理されるべき「損傷」と見なしてもよいかもしれませんが,これはこれで楽器の歴史をあらわす「時代の証拠」であるという考え方もできなくはありません。

  つぎに,前修理者によって修理された段階に戻す場合。
  この時すでに,この楽器からお飾りの類は,蓮頭をのぞいてほとんど失われてしまっていたと推測されます。
  現在確認できる前修理者の修理箇所は,表裏ヒビ割れ補修,天地の側板の剥離再接着(部分),側板接合部の再接着およびウルシによるスキマ充填,棹基部の調整および棹孔の補修,フレットの補作などと思われます。あと,もしかすると側面四方についていた薄板の飾りの残欠を取り除き,取付け孔を埋めたかもしれません。
  工作のやりかたなどから推して,この修理者はおそらく本職の楽器屋だと思われます。腕前はかなりのもので,もしかしたら実際,自分でも月琴を作っていた人かもしれません。

  ただ,この前修理者の作業は楽器を「実際に弾けるようにする」ことに主眼が置かれており,蓮頭がとれないよう裏に桐板を貼ったほかは,お飾り類には手を出していないようです。軽く清掃はしたみたいですが,飾りの接着痕などもそのままの状態だったと思われます。


  さいごが,この楽器の製造当初の姿に戻す,というもの。
  完全にはもちろん不可能ですが,ある程度データがありますので,「だいたいこんな感じ」くらいまでは再現可能だろうと考えます。ただこの場合,前修理者の修理箇所をいったんリセットしなきゃならないところも出てくるでしょう。またこの楽器の歴史を語るものである演奏痕などもすべて消さなければなりません。

  ----まあとりあえず。手をつけたばかりで,仕上がるのはまだまだ先のことですから,まずは演奏可能な状態にまで戻すのを目標とし,あとはおいおい考えることといたしましょう。
  修理の結果によって,また変わってくるところもありましょうしね。

  まずは棹と胴体のフレットを除去。
  材質は----はっきりは分かりませんがやっぱり木ですね,竹じゃない。

  今となっては,ちょっと不思議な感じもするんですが,明治のころの国産月琴ではけっこう低級な楽器でも,フレットに象牙が使われてたりするんですね。晩期の量産楽器だと,骨だったり練り物だったりもしますが。これに対して唐物月琴だと,特注品みたいな超高級な楽器以外はまずですね。ほかにツゲとか唐木の類が使われることもありますが,この楽器に付いてたのは唐木でもツゲでもないです。

  胴上についてた3本はそこそこに硬い広葉樹材ですが,棹上の3本は,どうも針葉樹っぽいですね,ヒノキじゃないかな。

  なんにせえ,いづれも材質・工作の両面から,オリジナルの部品には思えません。
  棹上のフレットには使用痕があって,上面の片がわが少しエグれています。
  月琴の通常の演奏で,こんなふうにエグれることはあまりありませんので,これはラスト・バタリアン,最後の所有者たる三味線弾きのシワザでありましょう。

  また,この棹上のフレットと山口上面の削りについては,加工・工作が粗く,前修理者の仕事に見えません。これも三味線のバチで弾くには弦高が高すぎたため,弾き易いように自分で削ったのではないかと考えています。


  あと,ヒビ割れが半月の下を貫通してますので,半月もはずしてしまいます。
  ご覧ください----
  国産月琴ではこの,半月のポケットになって隠れてるところに小孔があいてることが多いんですが,唐物月琴にはありません。これもまた唐物月琴を判別するときの,特徴的な指標の一つですね。
  現代の中国月琴にももちろんあいていません。おそらく日本の職人さんは琵琶の陰月の真似してあけたんでしょうが,大陸と日本の気候の違い,あと工作の違いから,日本の月琴ではそれが空気孔の役割を果たしてており,楽器の保全に少し役に立ってるようです。意図してのことではない,とは考えてますが。(w)

  ついで蓮頭も取外し,さらにその裏につけてある桐板もはがしてしまいましょう。

  裏板をハガしたら,ずいぶん薄くなっちゃいましたけど…玉華斎のなんかはもうちょい厚かったかなあ。同じ作者のものと思われる類似楽器の例と比べてみましが,どうやらこれがデフォルトのようですね。先っぽは薄いんですが,お尻のほうは厚みもそれそこあります。
  この作業するまで,透かし彫りの間にはホコリが詰まってるし,ヨゴレて真っ黒だったので,何で出来てるのかも正直分かりませんでしたが,キレイに洗ったら黄色い木肌が……ツゲですね。 これならまあこの薄さでも,強度的な問題はさしてありますまい(ちなみに類似楽器のは胴・棹と同じタガヤサンだったようです)。

  黒っぽいタガヤの棹に黄色いツゲの蓮頭。これもラベルの違う「天華斎」の楽器に類例がありますのでおかしくはありませんが,なかなかに洒落た楽器だったようですね。


  蓮頭の清掃をしてたら,詰まってたゴミの中からお米のモミを発見しました。

  納屋にでも置かれてたんでしょうか,いやいや,旧時,楽器などの緩衝材としてワラや,梱包材として俵やムシロなんかが使われたりしてましたから,そういうところから落ちてついたのかもしれません………ふむ,なるほど。「余計なところに血道をあげる」か……庵主もじゅうぶんに日本人だったようですね。(w)

(つづく)


月琴28号 なると (3)

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斗酒庵 10本も前の月琴をようやく修理する の巻2015.3~ 月琴28号 なると (3)

STEP3 支那ソバにはナルトがつきもの


  さてでは,月琴28号,修理を開始いたします。

  この楽器において最大の故障箇所は,やはり 「糸倉の損傷」
  糸倉の,楽器に向かって左がわにけっこう大きな割レがあります。
  大きく割れているのは一番下の軸孔の周辺ですが,ヒビの一方はうなじのあたり,もう一方は細いながら,いちばん上の軸孔のすぐ手前くらいまでうっすらと伸びています。

  ヒビ割れ自体はありがたいことに,衝撃による単純なパックリ割れで,ひねりやねじれによる歪みようなものも欠けもなく,部材の収縮による食い違いも少ないようなので,基本的に,合わせて接着すれば,ヒビが見えないくらいぴったりとくっつきます。
  もちろん,ヒビにニカワを流し込んで接着しただけでは,使用強度的には足りませんので,ヒビがまた割れないよう,「チギリ」 を打ちます。

  まずは一番下の軸孔の左右に,真ん中にヒビが通るような形で上下に穴を二つ。貫通はさせません。板厚の8割ってくらいの深さで。
  これをチギリのカタチにアートナイフで整形,それに合わせてチギリを作って埋め込みます。今回はツゲで作ってみました。

  チギリを埋め込む接着充填材にはエポキを使用しました。ここはなるべく環境の影響を受けて欲しくない箇所なので。 エポキにチギリを作る時に出たツゲの粉を混ぜ,ツマヨウジで穴の中に落とし込み,内壁にペタクタと塗りまくったところで,チギリをギュギュッと押し込み,ぐにゅッとあふれさせます。(擬音が多い…w)

  うむ----まあ,こんなもんじゃろう。
  これって,1コでアナ二つ,埋められたんじゃね?----てくらい余分に突き出てますよね。

  庵主,こういう作業をするたび,
   むかし世話になった指物の親方がよく言っていたことを思い出します。


  「小さなものは大きく作れ」----小さく,そして精密さを必要とするものを作る場合。はじめからギリギリの大きさの材料で作ろうとするな。 ちょっと勿体ない気がしても,大きな材料から作り出せ。 土台が大きければしっかり固定できるから,ずっと正確で精密な作業ができる。 そうやって作って,最後に要るぶんだけちょんと切り離す。 そのほうがはじめからギリギリの大きさでやって,何度も失敗するより,間違いなく経済的だ。

  ちなみに 「大きなものは小さく作れ」 とも言われました。

  大きなものを大きな材料で作ろうとすれば,それはキモチいいかもしれんが,出来上がったものはかならず,元の材料より小さくしかならない。 しかし,小さな部品を一つ一つ,組み合わせて積み上げてゆけば,どんな巨大なものでも作ることが出来るじゃないか----なるほど,至言ですよね。


  はいはい,もうお世話になってから20年以上たちますが,今でもありがたく実践してますよ,親方。

  一晩置いて整形。糸鋸で余分をチョンと落として,あとは得意のヤスリ・ワーク。
  チョン切ったぶんは,こんど同じような作業があったときに使えばいいですもんね。カケラとはいえ国産ツゲですもの,けっしてムダにはいたしません。(w)

  これで通常の使用ではほとんど問題ないはずです。 もちろん壊れてるには違いはないので,あまり無茶したり,あちこちにブツけられるとちょいと困りますがね。



  つぎに,棹と延長材が泣き別れしてますので,これもへっつけておきましょう。
  調査報告でも書きましたが,月琴でこの形式の接合は庵主,はじめて見ました。
  ふつうは棹基部を横から見て < に切り取り,そこに根元を < に削った延長材
を入れ込み,接着しています。
  工作的にはもちろん本器の形式でもまあ構わないっちゃあ構わないんですが……

  通常,月琴の棹は背面側に少し傾けて取り付けられます。
  V字型の接合ですと,その工作に際して,微妙な角度の調整が可能ですが,この形式だと若干問題がありそうです。なにかあるとすれば,そのあたりくらいでしょうかね。


  続いて軸(糸巻き)を削ります。

  調査のほうで書いたように,ついていた4本のうち,1本はこの楽器のものじゃなヨソ者部品で,1本は先が折れてます。ヨソ者は変な改造がされてますし(途中で切って別材を間に継ぎパテで覆っている),折れてるほうも補修はしてあるものの,やや心配。 この2本は使えそうにないので,新たに2本作らなきゃなりません。
  材料には¥100均の 「すりこぎ(大)」 を使います。¥100均各社で材質や大きさが異なるんですが,今回のオリジナルは長さも太さも通常一般の月琴のそれより大きめです。とくに太さが最大で3センチほどもあるので,これに合うすりこぎを探して,¥100均を徘徊放浪いたしましたよ(w)

  標準よりはやや大きいものの,デザイン的にはよくある六角一溝の糸巻きなんですが,軸尻の溝が細く一定の太さになっています。ハテ,どうやったのかな? とイロイロ考えた結果,精密細工用の糸鋸で刻んでみました。
  まだ先端にポッチを埋め込んでませんが,まあだいたいこんな感じかと。

(つづく)


月琴38号 (3)

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斗酒庵 出自に悩む の巻2015.3~ 月琴38号 (3)

STEP3 月はどッちだ?(さらにつづき)

  今回は余計な考察ばかりしてるもンですから,たかが調査簡看がなかなか終わりませんね。(w)


  胴体上のフレットは3本残。
   棹上のものと同様,いづれもヨゴレがひどくて材質ははっきりしませんが,おそらく竹ではないようです。
  第4フレットに再接着痕。ここはオリジナル位置から多少ズレてるかもしれません。
  第5・6フレットは欠損。接着痕とケガキによる目印線が残っています。

  各フレット間にお飾りの痕跡。ニカワが変色してオレンジ色っぽくなっています。

  各お飾りの痕跡は,それほどくっきりとしたものではないのですが,とくに特殊な形状をしたものもないようなので,おそらくはよくある,仏手柑だか石榴だか分からない実のついた植物の彫り物でしょう。(下画像参照)


  さて,この左右のお飾りの痕跡ですが。
  あなたはこれから,これが何の模様だったと推理しますか?

  唐物月琴で多い意匠は,まず「鳳凰」(正確には鸞[らん])。
  つぎに「花籠」,そのほかは「仏手柑」「石榴」といったあたりでしょうか。

  「鳳凰」か「花籠」か,少し微妙なのですが……庵主はこれ,「鳳凰」の一部だと思います。下左画像のようなものの,胴体部分ではないでしょうか。


  どちらのデザインでも,上半分は透かし彫りが多く,接着面もせまいので日焼け痕もニカワも残りにくいのですが,下半分には開いてる部分がすくないので,ニカワもべっとりつき,しっかり接着されてるので日焼け痕の形状もくっきり残ります。
  「花籠」の場合も,下半分の籠(というか壷)の部分が,これに近いフォルムをしていますが,「花籠」の下部はだいたい左右対称になっているのに,本器の痕跡は右下が尖って突き出した形になっており,つづくギザギザも右下に向いてますよね。

  う~ん,やっぱり鳳凰のほうが近い気がしますね,庵主は。

  前回の報告で触れたように,最後の所有者による三味線のバチを使った演奏痕によって,胴体中央にあった円飾りの痕は,右端の部分をのぞいて削り取られてしまっています。まあ残っていたとしても,これだけでは意匠は不明ですが,材質から推測される楽器の等級から考えて,おそらくこれも,よくある鳳凰を彫った凍石製のお飾りだったと思います。


  半月:102x39x h.9。
  糸孔の間隔 外弦間:29.5,内弦間:24
  材質はおそらくタガヤサン。
  ポケットになった部分に,モロモロの綿ぼこりが固まってつまってたほか,糸擦れで糸孔の周縁上辺の一部が少し削れてますが,修理を要するような目だった損傷はありません。

  まあここまで見てきたら,言うまでもないことですが,バチ布もしくはバチ皮の痕跡は,演奏痕にかき消され,ほぼ何も見えません。


  糸巻きは4本残。長:128,径は最大:26,最小:8

  握りの一部がネズミに齧られているのが2本あり,うち一本は先端に近いほうをけっこうエグられています。とはいえ使用に支障が出るような損傷はありません。いづれもおそらくはオリジナルで,材はタガヤサンと思われます。
  古式の唐物月琴に多い六角深溝のタイプですが,側面は直線的で,国産月琴の糸巻きのように,曲線的にはなっていません。



  内部構造は棹孔からの観察となります。

  内桁は一枚で,棹孔周縁からほぼ胴の中央にあたる168のところに位置しています。 材は桐。 中央に棹の受け孔,表板がわから見たとき,右のほうに響き線を通す木の葉型の穴が切り抜かれています。

  響き線は楽器向かって右,棹孔の2センチほど横手に基部があり,胴内をほぼ半周する長い弧線。 棹の受け孔から見えるその先端は,だいたい棹孔周縁より測って330~340のところにあります。


  以上,残りの部分は少し駆け足でお送りいたしました。
  細かい所は恒例のフィールドノートでお確かめください。(*画像はクリックで別窓拡大)


原作者について

  すでに見てきたとおり,この楽器にはラベルのようなものも,サインのような墨書の類もなく,どこの誰が作ったのか,原作者につながる直接的な証拠はまったくありませんでした。しかしながら,だいたいの調査・計測が終わり,各部の数値や特徴といったデータが出揃ったところで,資料の中から似たような楽器を探してゆくと,この楽器はおそらく,福州の老舗 「天華斎」 の作ではないかと推測されます。(下画像,左は38号各部,右が類似楽器)

  このブログでも何度か取り上げたことのある「天華斎」は福建省福州茶亭街の楽器屋で,その楽器は幕末から明治の清楽家にとってはブランド的存在の一つであったようです。初代・王仕全は清の嘉慶年間の人ですから18世紀末から19世紀初頭の人ですね。日本に入ってきているのは,明治になってから,おそらくは初代の後を継いで世界的に販路を広げた二代目・三代目の時代のものが多かったと思われます。
  ちなみにその,二代目のときに分かれた「老天華」はいまも,旧地あたりで営業しているそうですが,この「老天華」の楽器もまた,唐物月琴としては良く見られるものの一つですね。


  「天華斎」の楽器には,文面の違うラベルをつけたものが何種類もあって,正直どれがどういうものなのか分かりませんが,38号と特徴のほぼ一致する楽器のラベルはこういうものです----

  天華斎/
  本號向在南関外/茶亭半街坐西朝/
  東開張八代老店/諸君賜顧者請〓/
  敞處庶不致悞[印]

  本店は福州の南城外/茶亭半街にめでたく/
  開店八代続く老舗です/みなさま御用の際には/
  当店をお間違いなく

  「坐西朝東」は風水でいうところの家の吉相。「八代老店」とはありますが,上にも書いたように明治の頃で二代目か三代目ですから,ここは「しにせ」の修辞。「敞處庶不致悞」はこういう文の常套句で,この場合の「悞」「誤」に同じ。「当店をほかのもろもろの店とお間違いないようにお願いいたします(ご用命の際はお間違いなく)」という文句です。

  上にも書いたように「天華斎」の楽器にはラベルの異なるものがほかにもあって,楽器の特徴もそれぞれで少しづつ違っているのですが,この文面のラベルの貼られた楽器(手許にある資料で3例ありました)は,材質や細かな工作に相違はあるものの,長い糸倉,蓮頭のコウモリなどの彫り,糸巻きの形状などが,38号とほぼ同じとなっています。(上比較画像参照)

  「天華斎」の楽器でも比較的新しいものは,ラベルの文字が銅版印刷になってるんですが,これはおそらく昔ながらの木版印刷。比較的古いものではありますが,まあ少なくとも初代の作と言うことはありますまい。楽器としての材質や工作は,さらに後のエピゴーネン的「天華斎」の類の楽器に比べると少しマシですが,最高によいもの,というわけではなく。かなり量産品的なニオイもします。

  やはり二代目あたりの時代の作と考えるのが妥当ではないでしょうか。

  19世紀末ごろに作られ,海を渡った楽器がお飾りもはずれ,おそらくはほとんどバラバラのような状態になっていたのを,どこかの職人さんが見つけて丁寧に修理をし,それを後に譲られたか買ったかした三味線弾きがガチャ弾きました。

  いま,平成の御世,それが庵主の前にあります。
  それなりに光栄(w)。

(つづく)


月琴38号 (2)

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斗酒庵 出自に悩む の巻2015.3~ 月琴38号 (2)

STEP2 月はどッちだ?(つづき)


  調査簡看のつづきとまいります。

  前回の報告では棹のあたりで終わってしまいましたので,今回は胴体から。
  胴側部の材質は正直不明です。一部の部材は真っ黒いヨゴレが付着していて木肌がまったく見えない状態なので,四枚すべてが同じ部材なのかどうかも分かりませんが,導管の感じからすると,おそらくは棹と同じくタガヤサンと推測されます。
  接合は最も単純な両端木口同士の擦り合せ接着。工作はかなり精密で,どの接合部でもスキマはまったく見えません。

  左右側の部材の両端あたりにそれぞれ1コづつ。丸い孔のようなものを,何か黒い物質(おそらく唐木の類・画像参照)で埋めた痕跡があります。 木釘のようなもので部材の接合とか補強のようなことをしているのか,あるいは何か飾りのようなものをとめるための孔だったのか,現状では不明です。

  この表板でもっとも目立ってるのが,楽器中央の,この演奏痕ですね。

  半月の右上あたりから第8フレットの左がわまで,かなりザラザラになっており,中央付近には木目に沿ったエグレが何本も走っています。とくに楽器中央のエグレは長さも深さもハンパない。もっとも深いところで3ミリほど,板の厚みが5ミリないですから,もう少しでアナがあきそうな状態と言えましょう。


  演奏痕はその楽器が音楽を奏でる道具として実際に使われていたという証拠,楽器の勲章のようなものではあるのですが-----ざんねんながら,このド派手な演奏痕は,この楽器本来の音楽である 「清楽」 の演奏家によってつけられたものではありません。

  38号にはおそらく,日本人の職人さん(かなりウデはいい)の手によって,一度,かなり大がかりな修理・修繕がほどこされているようです。前回,庵主が疑問に思ったよう,細部の工作に何か 「大陸っぽさがない!」 ってあたりも,おそらくはその大修理のためだったかと思われます。

  演奏できる状態になったこの楽器を弾いていた最後の所有者さんは,おそらく三味線弾き。この表板のキズはお三味のバチ痕ですね。
  しかし損傷の範囲が,この楽器中心部に集中していることから,使用されたバチはフルサイズのものではなく,新内なんかで使う小バチ(もんじゃ焼きのヘラくらいの大きさ)の類ではなかったかと考えます。


  月琴は本来の演奏スタイルだと,胴体にバチのキズがつくことはほとんどありません。複弦楽器なので,バチは2本の同音の糸をほぼ同時にはじかなければなりません。2本の糸を無駄なくすばやく確実に捉えるためには,バチを深く入れず,糸のうわッ面を,ほぼ糸と平行に,浅く早くはじくのがもっともよいスタイルだからです。
  この演奏法だと,たまにオーバーランしたバチがひっかいたとしても,つくのは左画像,21号にあるこんな程度のキズです。

  現在の伝承芸能としての演奏では,バチを強くおろしてわざと胴にあてたり,バチ先で胴をつついてリズムをとったりということがされてますが,いづれも本来は特殊効果みたいなもので,楽器の構造や後でメンテする立場から考えると,どれも無意味であまりお行儀のよい所作とは思えませんね。


  これとは逆に,三味線の人はよくバチ先を皮面に落として弾きます。
  もちろんぱんぱんに張ってる胴体の皮に,バチ先の尖ったところが刺さったりすれば一発でアウトですから,角度には気をつけてますが。

  こういう三味線の奏法,三味線のバチで月琴を弾いた場合,楽器の形の違いや持ち方の差異から,このキケンなバチ先が,けっこう面板をエグったり刺さったりしてしまうことが,実際に三味線のバチで弾いてみて実験した結果から分かっています。三味線の人にとって,月琴はあまりに軽く胴体が薄いので,楽器が動いて,うまくバチの着地点を定められないという理由もありますね。
  三味線風に和音をかき鳴らす場合は,楽器に向かって左上から右下方向に,ゆるい曲線を描いてバチ先が走ります。さらに三味線の人は,調子をとるためバチを上下させるので,ちょうどこの楽器にあるような範囲が,オーバーランしたバチ先で荒らされることとなります。
  また強い単音を出す場合には,低音弦では角度の深いダウンストローク,高音弦ではいったん真ん中にバチ先を落としてからのややアッパーぎみのストロークが使われることになります。そうすると,どちらの場合も弦の中間の何もないところにバチ先が,けっこうな力で落とされることになります----これにより,こうして楽器中央に深いエグレが出来てしまったわけですね。


  これが最初の所有者ではなく,最後の所有者のシワザだというのにはもちろん根拠があります。バチ痕が,修理痕の上についているからです。
  もちろん最初の所有者が胴上のお飾りをすべてはずさせ,カスタマイズしてから,三味線バチでがっちゃがちゃ弾いていた,という可能性もないではありませんが。もし最初の所有者が,これらを故意に「はずさせた」のなら,そもそも接着痕をありありと残したままにするということは考えにくい。せめて面板をぬぐうなりして,その痕跡をなくそうとするはずです。
  そのお飾りの痕跡自体がかなりくっきりとした日焼け痕となっているところから見て,この楽器にお飾りがついていた期間(製造時の,オリジナルの状態であった期間)もまた,けっこう長かったのではないかと推測されます。 つぎにそのお飾りがなくなったあと,そこに残ったニカワの痕跡の変色ぐあいなどから,この楽器は 「大修理」 がほどこされる以前,かなり長い間,お飾りがとんだ状態で放置されていたと思われます。

  三味線のバチ痕は,そういうお飾りの痕跡の上を縦横に走っており,オリジナルの状態で胴中央にあったと思われる円飾りの痕跡などは,これがためにかなりの部分が削られてしまったりしています。すなわち,長期間の放置と,修理もほどこされた,最後の段階で加えられている,と推測されるわけです。

  すなわちこの楽器には----

  1)満艦飾で装飾の付いていた時代
  2)お飾りがはずれたまま使用された時代
  3)修理が施され,使用された時代

  の三つの使用時期があったものと考えるのが妥当でしょう。お飾りの痕跡の日焼けぐあいや染料の変色度合い等から察して,1)2)の期間はそれぞれ10年くらいはあったものと考えられます。3)で,修理と最後の所有者による使用期間の間にどのくらいの時間があったのか,また三味線のバチによって演奏されていた期間がどのくらいだったのかについては,最終的な所有者がどのくらい弾きまくってたか,にもよりますが柔らかな桐板とはいえ,ここまでエグるのには,最低半年から1~2年はかかったと思いますよ。


  さて,ちょいとエグレ考察に字数を食われてしまいましたが,観察を続けますよ。


  表面板にはこの擦痕とエグレのほかに,楽器向かって上部から1本と,下部中央から1本,ヒビ割レが走っています。 上部からのものはほぼまっすぐで,胴中央付近まで。 下部からのものは断続しながらやや斜めに伸びていて,これもだいたい胴中央付近まで達しています。この下部からのものは半月の下を貫通していますが,その下端,楽器周縁のあたりには一部これを補修した痕跡があります。 上部からのものは割れ目がまっすぐなので板矧ぎ目からの分離かもしれませんが,下部からのものは断面が斜めになっている「裂け割れ」ですね。ちょっと厄介そうです。
 そのほか上部棹孔のあたりの周縁に再接着痕。楽器に向かって棹孔のすぐ左がわの木口に割れが少々見えます。

  唐物月琴らしく,面板には例によって節もちょいあり木目の複雑な板目の板が使われています。胴側部に使われているタガヤサンが暴れやすい木であることもありますが,この手の板は収縮の方向がランダムなので,これもまたよく暴れて,ある日突然自ら裂けちゃったりすることがあるのですね。その手の故障は素材そのものが原因なので,修理しても修理しても再発することが多く,厄介なものです(14号玉華斎再修理の記事等参照)
  国産月琴では目の詰んだ柾目板が使われることが多いのですが,材質的にあえて厄介なこういう板を使うあたり,この楽器に対する日中両国職人の嗜好やこだわりにおける差異の,代表的な例のひとつかもしれませんね。


  表板に比べると,裏板は比較的きれいです。

  残念ながら今回も,ラベルの断片や痕跡といった,原作者につながる手がかりは何も残されていません。 唐物月琴では,なぜか裏板に大きな節目のある板が使われ,その節の中心(時として穴があいてる)のところに,よく作者のラベルが貼られます。この裏板にも右の上下に2つ,あと左下の板の縁のあたりに節がありますが,そのどれにもラベル痕跡は見当たりませんね。

  楽器向かって中央やや左に割レがあります。胴の中心付近まで伸びて,かなり浅い角度で斜めに裂けています。 なんか内側から外側に向けて,「はじけて裂けた」 って感じですね。
  その裂け割レの少し右がわ,より中央に近いあたりに,ヒビがもう1本。楽器下部の縁からで,長さは9センチほど。こちらはほぼまっすぐに入ったふつうの板割れですね。
  また,胴のほぼ中央下縁部に,小さいですが板が割れたか欠けたかしたのを補修したと思われる痕跡が一つ。そのほか表面板と同じ上部棹孔あたりの周縁部に再接着痕があり,少しニカワがハミ出ています。


  「修理の手が入っている」ことを前提に,あらためて見直たところ,棹孔のところに微妙かつ精巧な補修の痕が見つかりました。 なぁるほど,唐物なのに棹がスルピタだったのはこのおかげですね。
  オリジナルの棹孔は,どうやら平行四辺形みたいに,上辺と下辺がわずか食い違ってる形だったようです。 前修理者は,その左右に薄い板(おそらく針葉樹材,ヒノキかなにか)のスペーサーを入れて,ぴったり角の直角な長方形にし,さらにその薄板の表面に向いてるがわを,スオウか何かで染めて目立たないようにしてます。

  この修理をした職人さん。
   工作といい気遣いといい,やはりなかなかのものですね。


(つづく)


月琴38号 (1)

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斗酒庵 出自に悩む の巻2015.3~ 月琴38号 (1)

STEP1 月はどッちだ?



  はいはい----ひさしぶりに落札しました。これが自腹切って購入した38本目の月琴となります。

  最後にドン!と入れられたもので,ちょいと高くついてしまいましたが,とりあえず気になったもので----まあ高い本を買ったと思えば惜しくないですし,実物は本よりもっと情報をくれることがありますから。(とはいえ泣w)

  かなり使い込まれた楽器のようで,表面板なんか満身創痍。左右目摂をはじめ蓮頭以外のお飾りはぜんぶトンでしまってますが,棹や糸倉のフォルム,絶壁のうなじ……見た感じ,古い中国製の楽器,いわゆる「唐物月琴」ですね。

  まずまず,なにはともあれ採寸からまいりましょうか。


採寸


  全長:671(蓮頭を含む)
  胴径:356(縦横ほぼ同じ)
  胴厚:36(うち表裏板:各4.5)
  棹:287(蓮頭を除く)
    糸倉部分:172,最大幅:34(先端)
    指板相当部分:135,幅:32
    最太:32>最細:27
  推定される有効弦長:413

  山口の下縁部を基点にしたとき,各フレット下端までの距離は----

4377104135156206228258


各部簡看


  かなりヨゴれてはいますが,棹や胴体の主材はタガヤサン(鉄刀木)のようです。

  まず蓮頭 (86x58x最大厚14>最小8)。 意匠はコウモリ(蝙蝠)ですね。

  透かし彫りのスキマにゴミがわっさり詰まってて,これじゃ意味ないなとほじくったんですが,いつまでほじくっても透かし彫りがなぜか「透け」ないと思ったら,裏に板が貼ってありました。(w)

  この裏板,材質は不明ですが,たぶん桐じゃないかなあ。(厚3ミリほど)

  唐木で作った蓮頭は,接着が難しいのではずれやすく,その対策としてこうした加工がなされることが多かったようです。そういえば,14号玉華斎の龍の蓮頭も,左画像のように,当初は裏に同じような板が貼ってありましたよ。


  唐物月琴にしては糸倉が長めで,山口のところから18センチ(蓮頭含む)ほどもあります。ふつう唐物月琴の糸倉は,日本の国産月琴のそれと比べるとデザイン的にはゴツい感じがしますが,寸法的にはコンパクトで,13~15センチくらいのことが多いのですがね,さて。
  左右の厚みは8ミリ,先端の間木がやや大きめになっているので,わずかに先広がりとなっています。(幅32<34)


  この「間木」の工作については多少疑問がありますねえ。 棹背がわはピッタリなんですが,楽器前面に向いてるほうが2ミリほど足りなくて,この部分だけへっこんでいます。工作の巧拙は多少あるものの,けっこう目立つ箇所なので,ここがこんなふうに派手にへっこんでる例はあまり見たことがありません。
  材質的には,棹と同じタガヤサンに見えますが,もしかすると後で補修されたものなのかもしれません。向かって左がわにヒビ割レが見え,棹背がわのほうにも続いてるようなので,要修理でしょう。

  糸倉のうなじの右がわにもヒビが見えます。長いもので,たどってゆくと棹背の途中まで切れぎれに続いてるみたいですが,うなじの部分のはすでにウルシで補修済みのようです。衝撃などによる故障や損傷の結果ではなく,材質的に内部から生じたものですね。
  これ以上広がる様子はなく,糸倉や棹孔にも影響していませんので,使用上の問題はないようです。うなじの補修も「壊れたから」というよりは,「なんか心配なので」 という予防的なものであったかと思われます。

  何度も書いているようにこのタガヤサンという材は,硬さでは唐木最強ですが,狂いが出やすく,こういう内部からのいまわしい割れなんかも生じやすい,ちょっと厄介なところがあります----ある意味,「最強」で「最狂」で「最凶」…どっかのラスボスみたいな感じですねえ(w)。



  山口(32.5×10xh.10) は唐木製,おそらく胴体や棹と同じ材料で,オリジナルだとは思うんですが,後に加工が加えられたようで,上面の糸をのせる部分 (台形になっているため幅24ミリ) が平らに削られています。

  棹上のフレットは3本残。 材質は竹だとは思うのですが,ヨゴレがひどく判別できません。もしかするといくつかは木製かもしれません。糸ののる上面が濃い色をしてますが,これも煤竹の皮部分をそのまま使ったものか,何か色を塗ったものか分かりません。
  形状としては現在の中国月琴などと同じく,側面から見て幅のせまい台形。唐物月琴のオリジナルでよく見られるスタイルとなってますが,上記のとおりヨゴレがキツくて,現状,これがオリジナルの部品なのか,後で真似をして作ったものなのか,今はまだ判断しかねますね。


  棹本体の基部は長55。棹茎(なかご)全体の長さは209,基部は上下に9ミリづつ切り下げて厚14,左右幅は指板部分と同じく32。

  棹茎基部にV字の切れ目を入れて針葉樹の延長材を継いであります。延長材の材質は不明ですが,針葉樹……ヒノキやスギではないようで,ヒバとかツガみたいな感じがします。
  国産月琴では棹茎基部の左右に1~2ミリのわずかな余裕を作り,これを上面から見たとき 「凸」 の形になるようにしていることが多いのですが,この棹茎が棹と同じ幅のままぶすッっと胴体にささるあたり(左右への傾き,とかまったく気にしてない感じ ww)も,唐物月琴特有の味ですねえ。

  
  棹の傾きは山口のところで約3ミリ。

  マトモな作りの月琴としてはだいたい平均的なところですね。この棹背への傾きは唐物月琴の場合,国産月琴に比べるとややキツく,5ミリ近くなっていることもありますが,これは演奏姿勢の等からくる操作上の差異や,唐物月琴のほうが少数民族のダンス楽器であった原初のスタイルを残しているためだと,庵主は考えています。


  さて----

  この棹なんですが,どうも工作の各所に 「大陸の人っぽくない」 ところが見受けられます。
  いえ,糸倉が少し長いことをのぞけば,絶壁になったうなじといい,棹背の刃物で削ったまんまの凸凹感といい,ちゃんと唐物の形状であり,工作ではあるのですが。

  そこに…なんといいますか……「大陸的なおおらかさ」というか「雑味」が感じられません。加工といい仕上げといい,そして何より----

  棹の取付が,みょうにキッチリ。

  抜いてもハメても,ぴったりきっかりスルピタ………名人芸ですね。
  いえね,もちろん当時の中国にだって日本の職人なみに神経質な人がいて,こうじゃないと満足できない!っていうくらい精密な仕事をやっていたとは思いますよ。
  しかしながら,過去何本か唐物月琴を扱いましたが,いままで一本も,こんなふうに棹と胴体がきっちり噛合わされていたような例はありませんでした。
  玉華斎も清音斎もここはユルユル,清音斎なんておまけに棹孔自体が中心線から3ミリもズレたりしてました。現代中国月琴もユルユルなことのほうが多く,中国の職人さんたちにとっては今も昔も,ここは弦を張れば勝手に安定する----と,さほど問題にされない箇所(^_^;)だったようなのです。


  あと,細かいところを言うと,棹と胴体に書かれてるこの 「四十」 という数字ですね。 唐物月琴ではこうしたところには主に漢数字ではなく 「マーツ」 という符号(下画像参照,14号玉華斎)が書かれていることのほうが多く(例外はあり)----このあたりも気になりますね。

  ではこれは大陸の楽器をまるッと真似して,日本で作られた 「倣製月琴」,まあ言うなれば「コピー商品」,要するに「ニセモノ」か,と言うと………じつは単純に,そうと言い切れない点も,いくつかあるのですね。

  この楽器は真正の唐物か,それとも唐物を真似て日本で作られた倣製月琴か。
  今回はこれに迷うこととなりそうです。


(つづく)


月琴28号 なると (2)

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斗酒庵 10本も前の月琴をようやく修理する の巻2015.3~ 月琴28号 なると (2)

STEP2 ナゾのうずまき小僧


  はずれちゃってた棹茎延長材の再接着とか,糸倉の割れの補修とか。
  記事はまだ書いてませんが,近頃購入した38号との同時作業なので,今回は調査と平行して,修理作業もできるところから開始しちゃっております。

  胴体のほうはひさしぶりのオープン修理となります。

  それもかなりガバっと開けることになりそうですね。
  単に修理工程上の必要もあるのですが,外部からの観察により,この28号は通常の月琴とは少し異なる工作が多い楽器であることが分かってきました----糸倉の間木がなかったり,表裏で板の厚みがけっこう極端に違っていたり,胴体側部が異様にぶ厚かったり。こういうときは,その楽器の構造や状態を,内外ともにきちんと把握していなければ,意味のある修理ができませんしね。

  たとえば表面板の「裂け割れ」。 庵主にはこの原因がイマイチ分かりません。

  胴側部が唐物月琴のように最強だけどよく暴れるタガヤサンだったり,国産月琴の量産普及品でちょくちょくあるように,素材の乾燥がよくなかったり,木目を無視した木取りがされていたりする場合には,そのせいでどのような故障が起きてもさほど不思議はありませんが,この楽器の部材はカヤです。 この木は針葉樹で,比較的安定した素材。まあ普通の月琴のように1センチほどの厚みしかなかったのなら,保存環境や工作不良による変形で,変形するようなこともありましょうが,この楽器のものは最大で3センチもの厚さがあります。


  カヤでこれだけぶ厚いカタマリだと,通常そう大きく変形するようなことはあまり考えられません。なのに,面板の割れ幅は最大で3ミリもあります。
  面板自体が3ミリ縮んだのか,それとも内部構造に側面のこのぶ厚いカタマリが伸び縮みしちゃうような,理由・原因が何かあるのか----楽器は外からの破損よりも,内側からの故障のほうが厄介で深刻なものです。外づら的にいくらキレイに直しても,それがちゃんと「修理」というものになっているかどうか,分からないですからね。どうしても内部構造を確認しておく必要があるのです。

  前回書いたように,表面板の棹孔周辺と,地の側板の周縁にハガレている箇所がありますので,ここらに刃物を挿し,お湯を垂らして接着をユルめながら板をハギとってまいりましょう。

  さて,と。 パコパコ,キュッキュでパリパリパリ……っと。


  こんなん,出ました~~~~!!


  絶句,ですね。(w)

  なんというぶ厚さ,なんという構造,そしてなんという内桁でしょう!
  ふつうこの 「内桁」 というものは,厚くても1センチほどの 「板」 であるものなのですが……厚さ…というか太さ2.4センチ。 こりゃどう見ても,「角材」 です。


  しかもさらに調べてたら,コレ----

  と,とれましたよぉ~!
   はずれましたぁ~~~っ!


  表にも裏にも左右にも接着された形跡はありません!
  なんとこれ,ただハメこんであるだけなんですね……信じられない。(汗)

  月琴と言う楽器は基本的に,側面四枚の板を表裏の桐板ではさみこんだ胴体に,棹をズボっとさしこむことによって出来上がっていますが,もちろんそれだけでは使用強度的に不安があり,また「円形」というその胴体の形を維持する上での問題もあるので,胴体構造を内部から支えるための補強材として,この内桁というものが入れられます。
  ふつう外からは直せない部分ですし,構造上,楽器の強度にも音にも大きな影響のある箇所なので,通常は縁の部分なんかより頑丈に固定されているものなんですが………


  それが接着されていない……これでは弦を張って棹に力がかかれば,どっちかの板に余計な圧力がかかって,楽器が壊れたりしないでしょうか。 いやいや,そもそもこんな状態で音を出したら,板と内桁との間にスキマができて,変なビビりやノイズが発生しそうです。

  ----ともあれ,これで表板の大きな割れの原因はハッキリしました。
  すべての元凶は,この妙ちくりんな内部構造ですね。

  上にも書いたように,カヤは狂いが少なく,比較的安定した良材ですが,この内桁は 「補強」 とか 「胴体形状の維持」 という役目をほとんど果たしていません。

  この状態で弦を張れば,支えのない左右の側板にはおそらく,縦方向から圧縮,横方向にふくらむような力がかかるはず。
  面板の中心部分は接着されていません,逆に周縁はぶ厚いのでがっちり固定されています。 それで弦を張れば,面板の半月のあたりは持ち上がろうとします。

  薄い紙の両端をしっかり持って左右に引っ張り,パンパンに張ったところで,その中心部をつまんでひっぱろうとすれば,まあふつうは真ん中から裂けて割れるわな。


  もしこの内桁が,ふつうどおりの工作で,表裏左右接着されていたなら。

  左右側板には楽器の中心方向へと引っ張る力が,面板にもそのままの形状を維持するだけの剛性が与えられるはずですから,これほどまでにパックリ割れちゃうようなことはなかったハズでしょう。

  裏板の割レは単に,板の矧ぎ目がとんじゃっただけのようですね。これ,作者が自分で継いだ板かな? 買ってきた板にしては工作が雑ですし----おまけになんでしょう,この右がわに付いてる塗料は,ベンガラにしては硬いなあ。
  表板裏板ともに,かんたんな目印のほかは,墨書等見受けられません。

  いや,ほんとこの宇宙人,どこかに名前ぐらい書いといて欲しかったですね。


  ふつうの月琴の内部構造,見慣れた目からしますと,どこもかしこもやたらぶッとくて異様ではありますが,それぞれの部材の工作・加工は至極ていねいなものです。

  四方接合部の工作もかなり緻密で,上部左右の2箇所はピッタリと擦り合わされ,接着もまだしっかりとしていますが,下部左右はどちらも接着がトンで,右がわの接合部にはわずかですがスキマと表側に段差が確認されます。 また四箇所のうちここだけ,接合部の裏側に木片が接着されています。
  おそらくは,この部分の接合工作の不良に対するフォロー,補強,のつもりなんでしょうが----コレ,ほんとにただペッっとへっつけてあるだけで,じっさいには何の役にもたってませんね。

  表面板中央の裂け割れが,下縁部で大きく広がり,上端になるに従って断続的になっていたのは,この下部左右接合部の工作不良が原因でしょう。部材のつなぎ目がルーズなので,下に行くほど左右へ広がっていってしまったんでしょうね。


  響き線はかなり太めの鋼線。
  材質は良いようです。

  基部は地の側板側にあって,内桁,というかこの角材を,突き通すようなかたちでグルリと回して固定されています。渦巻き曲線の楽器は,このブログでは2度目くらいですね。物の本には,月琴の響き線はぜんぶこのタイプ,みたいに書かれてることがありますが,実際には,かなり高級な一部の月琴でなされるもので,比較的少ない工作です。



  日本の国産月琴のルーツ楽器である唐物では肩口から胴を半周するくらいの長い弧線,日本の国産月琴では,ゆるい弧線か,直線のものが一般的ですね。細かい加工や曲げ方にそれぞれこだわりがあるみたいで,この響き線の形状からだけでも,作者が分かっちゃうことがあります。

  サビが少し浮いていますが,健全。
  ちょっと磨けばキレイになるでしょう。

  さてここで恒例の観察記録「フィールドノート」。
  画像はクリックで別窓拡大されます。こまかな数値等はこちらをご参照ください。
  数値・説明等に不明な点がございますれば,メール,FBなどでお気軽にお問い合わせくださいまし。


(つづく)


月琴28号 なると (1)

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斗酒庵 10本も前の月琴をようやく修理する の巻2015.3~ 月琴28号 なると (1)

STEP1 いいわけよう


  さて,今回修理する楽器は,自出し月琴28号。

  「自出し」,すなわち研究用に自費で買い入れた楽器の28面め,というわけで,こないだ買い入れた楽器が「38号」なので,10本も前の楽器となりますね。 写真の記録によれば,この楽器が工房にとどいたのが2012年の4月だから…ひのふの…まあだいたいまるッと3年ばかり放置していたわけですな。

  この楽器の修理を躊躇していた理由は,その破損箇所と材質にあります。


  ごらんのように,糸倉が割れてます。

  庵主の技術的には,これを修理してそのまま使うことも,新しく棹を複製して取り替えることも出来ます。ですが,こういう状態になっちゃった楽器を修理して使う場合には,どんなに頑丈に直したとしても,やはりその後に一抹の不安が残っちゃうんですよね。過去に大怪我すると,その傷口が何年たっても気になるのと同じようなもので,その楽器を使って思いっきり演奏できなくなっちゃいます。「だいじょうぶ,直ってる」と分かっててもです。

  ですので庵主は,こういう場合,最近は棹を複製して作り直すことが多くなっています。「思いっきり弾けない楽器」というのは,元がどんなにいいものであったとしても,その道具としての意味や価値が半減してしまうような気がするんです。「調査」の上ではともかく,「修理」する限りにおいては,多少オリジナルを損ねたとしても,なるべくその楽器の道具としてのスペックやパーフォーマンスを十二分に発揮できるような状態にして,送り出してあげたいんですよ。


  ギターやマンドリンと違い,月琴は三味線と同じ「スパイク・リュート」。
  棹が胴体と一体ではないので,基本,交換可能な構造になっています。
  ただ今回の場合……この棹 「カヤ」 で出来てるんですね。

  いままで修理したなかにも,5号や12号照葉,22号など,このカヤで作られた月琴はいくつかありましたが,いづれも通常普及版の月琴に比べると,重く,高級感のある楽器でした。
  こういう楽器では,いつものようなカツラやホオの複製棹では失礼にあたります(w)。
  それでまあ,カヤ材の良いのが手に入ったら修理しよう----と,思ってたんですが。ちょうどいい材料がなかなか見つからないまま,こんなに間が空いてしまったという次第。

  今回,38号月琴の購入を機会に,ちょうど10本前のこの放置月琴。
  とりあえず修理してみて,ダメそうなら,あらためてカヤ材を探すなりすればヨイと思い切りまして,同時進行,平行調査ということになりました。

  さて,どうなることやら?

  まずは観察,計測からまいりましょう。


  全長:666(蓮頭を含む)
  胴体:横361,縦362,厚35(板厚:表5,裏3)
  棹:287(蓮頭を除く)
    うち糸倉135,指板相当部分152,最大幅30
  推定される有効弦長:438

  推定される山口の下縁部を基点にしたとき,各フレット下端までの距離は----

4283107140170212234265


棹部分


  すでに紹介したように,糸倉の左がわには軸孔を貫通する大きな割レがあります。内側まで貫通,パックリ割れていて,ヒビはうなじのあたりにまで達しています。おそらくは衝撃による故障で,割れ目から見るに,横ざまに倒れたか,何かにぶつけたかぶつかったかで,軸尻のあたりにうなじ方向へ,強く,瞬間的な力が加わったのだと考えられます。
  後で述べますが,オリジナルの糸巻きが1本折れてしまってます。その先端の割れ方折れ方は,ちょうどこの糸倉の割レの状況に一致しますんで,もしかするともともとそれは,ここについていた糸巻きだったのかもしれません。
  糸倉の右がわ基部のあたりにもヒビが見えますが,こちらはおそらく材料にもともとあったキズから生じたもの,ヒビ自体は表面的なようなので,現状,使用上の支障はないものと考えられます。

  山口:欠損。フレット:5本残。

  山口のところには,かわりなのか唐木製のフレットが立てられていました。(w)
  これも含め棹上に5本のフレット(通常は3~4本)が残っていたわけですが,いちばん上とその次の2本は,前修理者による後補部品と思われ,唐木ではあるもののほかの3本と材質,加工が少しく異なっています。
  一番上のフレットに糸をかけたような痕跡は見えませんので,少なくともこの修理から先には,これが「楽器として」使用されたことはなかったものと推測されます。


  蓮頭:80x50x厚12。

  この楽器の糸倉には,通常その頂点にあって弦池(ペグボックスの内側部分)を閉じるている 「間木」 がありません。この蓮頭の裏に2本のホゾが切られており,糸倉左右の先端を凸に刻んで,そこへ直接ハメこんでいます。

  これはこの楽器の工作としては,けっこう珍しい部類ですね。

  蓮頭の意匠は不明。唐草の一種かな? 蓮頭が間木もかねてるためもあってか,本器の蓮頭は一般的な国産月琴のそれよりやや分厚くなっています。一般的に蓮頭は上面を少し丸めて,手前にくるにしたがって薄くなるような形にされていることが多いのですが,本器のものは厚みが均等で,まあ角を丸めたただの板ですね。材は胴体や棹本体と同じくカヤのようです。


  棹基部:44x23x厚6。 延長材を含めた長さ:196。

  工房到着時には棹茎と延長材の接着がはずれており,延長材が胴体内に残った状態となっていました。ペンチでつまんで引っぱり出したら簡単に出てきましたが,この棹茎延長材と棹本体基部との接合方法も,いままでに見たことのない形式です。
  通常は棹基部にV字の切れ込みを入れて,そこに延長材をはめむことのほうが多いです。三味線とかの棹基部の接合にも似ていますが,さて。
  構造上はこれでも問題ありませんし,部材に傷みはなく,工作もそこそこに緻密,正確ですので,修理としては,ひっぱりだした延長材を再接着するだけでよさそうです。


  軸長:133,最大太:30φ(最小7φ)。

  軸は4本ささっていましたが,このうち1本は,おそらくほかの楽器に使われていた糸巻きを加工したもので,オリジナルではありません(上左画像のいちばん右がわの1本)。
  のこり3本はオリジナルの軸と思われますが,うち1本は,先端が折れたものを修理してありました。
  オリジナルと思われる3本の軸尻の中央には,骨か象牙のポッチのようなものが挿してありあます。

  どれも一般的な月琴の糸巻きに比べると,かなり長めで,先端が細身。
  格好は悪くないんですが,使い勝手と強度にはすこし不安がありますね。
  後補の軸1本は,途中で切って何か別材を噛ませ,長さを合わせたもののようで,その部分にはコッテリとパテ状のものが盛ってあり,まず実際に使用することは出来ないと思われます。
  オリジナルの軸のほうは,しっかりした修理がしてあるようで,使用可能だと思われますが,やはり細く長いので強度上の不安があり,修理ではこれらに替えて,新しい糸巻きを2本作ろうと思います。


胴体


  胴側部:カヤ,棹孔のところで厚さ約3センチ。

  この楽器,「月琴」としては「異常」なほどに重い……宅急便のお兄ちゃんが持ってきた時,いつものつもりで受け取ったら,ちょと腰抜かしそうになりましたよ(w)----イヤ,ホント。ふつうの月琴の3~4本ぶんくらいあるんじゃないでしょか。
  その最大の原因がコレ,胴体部材の異常な厚さです。
  ホオやカツラ,サクラなどで作られている一般的な月琴では,胴体側部の部材は厚くても2センチていど,だいたいは最大で1~1.5センチほどが普通です,高級月琴や唐物月琴等には,重たい黒檀や紫檀で作られたものもありますが,貴重な材料を無駄なく使うためか,こうした楽器では逆に,極限まで薄く切り出したものも見受けられ,材料の割りにびっくりするほど軽いものにもしばしば出会うことがあります。

  弦楽器の構造としては,あまり分厚いのよりはほどほどに薄いほうが,音ヌケが良いとは思うのですがね。さて,この作者はナニを狙ってこのような工作にしたのやら。
  材料がふんだんにあるっつーことを後世に自慢したかったんでしょうかね。(w)


  表面板中央やや左よりにヒビ割れ。下縁部より半月の左を通り棹孔のすぐ横あたりまで,上縁部近くで断続的なものとなるが,ほぼ貫通。最大幅3ミリほど。


  棹孔を中心とした左右と,地の側板に板のハガレ,再接着痕あり。ほぼ部材の全縁。前修理者により再接着されたか。板と側板の間に段差ができている。

  どの割レも,見た感じ,単純な板の矧ぎ目からの剥離とかいうのじゃなさそうです。
  いわゆる 「裂け割レ」。部材の収縮によって,板が材質的に弱いところから裂けたもので,どの割れ目もまっすぐではなく,斜めに入っています。どちらかというと厄介な壊れ方ですね。


  左右目摂の意匠は竹。
  楽器中央に凍石製の太極,5・6フレット間にも凍石の装飾。

  これと似た模様の目摂はほかでも何例かありましたから,月琴のお飾りとしては比較的ポピュラーなデザインであったと考えられます。
  棹上およびほかの各フレット間にも,お飾りの接着痕がうっすら見て取れますので,元は満艦飾の楽器であったろうと推測されますが,製作原初からそうだったのか,あるいは後に追加された装飾であったのかはいまのところ不明です。



  胴上フレット:4本残。

  最大の第6フレットで長7センチ。不識の月琴などとだいたい同じですね。棹上の3本と同じ材質で,材質や加工も同様であることから,いづれもオリジナルと思われます。 材質も工作も悪くはないのですが,多少低すぎるかな?
  このまま使えるかどうかは,ちゃんと修理して糸を張ってみないとなんとも。


  半月は 95x42xh.10。外弦間30,内弦間20。

  バチ布にはなにやら高級そうな緑色の錦が使われています。

  外弦の孔が内弦のより下にあり,全体が「ヘ」の字の構成になっているのは,国産月琴ではやや珍しいタイプ。中国月琴や唐物ではしばしば見かけますね。
  とはいえ,どちらでも使用上さほどの差異はあまりありません。


  裏板中央部に割レ。下縁部より上縁へまっすぐ,ほぼ貫通。

  こちらの割レは,表板のものとは異なり,板の矧ぎ目からのよくあるもののようです。割れ目がまっすぐですものね。
  残念ながら原作者につながるラベルの破片やその痕跡は見当たりません。

  表裏面板ともに割れてお飾りも一部トンではいますが,状態としてはかなりキレイなほうで,ホコリやゴミの類の堆積も,付着しているような経年のヨゴレもありません。
  そもそも楽器としては,それほど使用されなかったのじゃないかな。バチ布周辺にも目立った演奏痕は見当たりませんしね。


  この楽器の特徴的な工作の一つが,胴体の表裏面板の厚さの違いです。

  表板は5ミリ近くあるのに,裏板は3ミリ程度しかありません。
  弦楽器における常識的な知識から考えますと,この反対なら意味があると思うんですが……音の伝導のいいがわを,聴衆ではなく演者の身体のほうにわざわざ向けるという工作についての納得のゆく理由は,どうもあまり良いのが考えつきません。

  ぱっと見にはどこと言って,そんなにヘンなところもなさそうな感じなんですが,いざこうして調べてみますと,糸倉の構造と言い,この表裏板の厚みの違いと言い,この楽器の工作には,何やら腑に落ちないところがちょこちょこと見受けられますねえ。

  次号は,内部調査とまいりましょう。
  さて,なにが出るかなでるかな。

(つづく)


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