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月琴38号 (2)

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斗酒庵 出自に悩む の巻2015.3~ 月琴38号 (2)

STEP2 月はどッちだ?(つづき)


  調査簡看のつづきとまいります。

  前回の報告では棹のあたりで終わってしまいましたので,今回は胴体から。
  胴側部の材質は正直不明です。一部の部材は真っ黒いヨゴレが付着していて木肌がまったく見えない状態なので,四枚すべてが同じ部材なのかどうかも分かりませんが,導管の感じからすると,おそらくは棹と同じくタガヤサンと推測されます。
  接合は最も単純な両端木口同士の擦り合せ接着。工作はかなり精密で,どの接合部でもスキマはまったく見えません。

  左右側の部材の両端あたりにそれぞれ1コづつ。丸い孔のようなものを,何か黒い物質(おそらく唐木の類・画像参照)で埋めた痕跡があります。 木釘のようなもので部材の接合とか補強のようなことをしているのか,あるいは何か飾りのようなものをとめるための孔だったのか,現状では不明です。

  この表板でもっとも目立ってるのが,楽器中央の,この演奏痕ですね。

  半月の右上あたりから第8フレットの左がわまで,かなりザラザラになっており,中央付近には木目に沿ったエグレが何本も走っています。とくに楽器中央のエグレは長さも深さもハンパない。もっとも深いところで3ミリほど,板の厚みが5ミリないですから,もう少しでアナがあきそうな状態と言えましょう。


  演奏痕はその楽器が音楽を奏でる道具として実際に使われていたという証拠,楽器の勲章のようなものではあるのですが-----ざんねんながら,このド派手な演奏痕は,この楽器本来の音楽である 「清楽」 の演奏家によってつけられたものではありません。

  38号にはおそらく,日本人の職人さん(かなりウデはいい)の手によって,一度,かなり大がかりな修理・修繕がほどこされているようです。前回,庵主が疑問に思ったよう,細部の工作に何か 「大陸っぽさがない!」 ってあたりも,おそらくはその大修理のためだったかと思われます。

  演奏できる状態になったこの楽器を弾いていた最後の所有者さんは,おそらく三味線弾き。この表板のキズはお三味のバチ痕ですね。
  しかし損傷の範囲が,この楽器中心部に集中していることから,使用されたバチはフルサイズのものではなく,新内なんかで使う小バチ(もんじゃ焼きのヘラくらいの大きさ)の類ではなかったかと考えます。


  月琴は本来の演奏スタイルだと,胴体にバチのキズがつくことはほとんどありません。複弦楽器なので,バチは2本の同音の糸をほぼ同時にはじかなければなりません。2本の糸を無駄なくすばやく確実に捉えるためには,バチを深く入れず,糸のうわッ面を,ほぼ糸と平行に,浅く早くはじくのがもっともよいスタイルだからです。
  この演奏法だと,たまにオーバーランしたバチがひっかいたとしても,つくのは左画像,21号にあるこんな程度のキズです。

  現在の伝承芸能としての演奏では,バチを強くおろしてわざと胴にあてたり,バチ先で胴をつついてリズムをとったりということがされてますが,いづれも本来は特殊効果みたいなもので,楽器の構造や後でメンテする立場から考えると,どれも無意味であまりお行儀のよい所作とは思えませんね。


  これとは逆に,三味線の人はよくバチ先を皮面に落として弾きます。
  もちろんぱんぱんに張ってる胴体の皮に,バチ先の尖ったところが刺さったりすれば一発でアウトですから,角度には気をつけてますが。

  こういう三味線の奏法,三味線のバチで月琴を弾いた場合,楽器の形の違いや持ち方の差異から,このキケンなバチ先が,けっこう面板をエグったり刺さったりしてしまうことが,実際に三味線のバチで弾いてみて実験した結果から分かっています。三味線の人にとって,月琴はあまりに軽く胴体が薄いので,楽器が動いて,うまくバチの着地点を定められないという理由もありますね。
  三味線風に和音をかき鳴らす場合は,楽器に向かって左上から右下方向に,ゆるい曲線を描いてバチ先が走ります。さらに三味線の人は,調子をとるためバチを上下させるので,ちょうどこの楽器にあるような範囲が,オーバーランしたバチ先で荒らされることとなります。
  また強い単音を出す場合には,低音弦では角度の深いダウンストローク,高音弦ではいったん真ん中にバチ先を落としてからのややアッパーぎみのストロークが使われることになります。そうすると,どちらの場合も弦の中間の何もないところにバチ先が,けっこうな力で落とされることになります----これにより,こうして楽器中央に深いエグレが出来てしまったわけですね。


  これが最初の所有者ではなく,最後の所有者のシワザだというのにはもちろん根拠があります。バチ痕が,修理痕の上についているからです。
  もちろん最初の所有者が胴上のお飾りをすべてはずさせ,カスタマイズしてから,三味線バチでがっちゃがちゃ弾いていた,という可能性もないではありませんが。もし最初の所有者が,これらを故意に「はずさせた」のなら,そもそも接着痕をありありと残したままにするということは考えにくい。せめて面板をぬぐうなりして,その痕跡をなくそうとするはずです。
  そのお飾りの痕跡自体がかなりくっきりとした日焼け痕となっているところから見て,この楽器にお飾りがついていた期間(製造時の,オリジナルの状態であった期間)もまた,けっこう長かったのではないかと推測されます。 つぎにそのお飾りがなくなったあと,そこに残ったニカワの痕跡の変色ぐあいなどから,この楽器は 「大修理」 がほどこされる以前,かなり長い間,お飾りがとんだ状態で放置されていたと思われます。

  三味線のバチ痕は,そういうお飾りの痕跡の上を縦横に走っており,オリジナルの状態で胴中央にあったと思われる円飾りの痕跡などは,これがためにかなりの部分が削られてしまったりしています。すなわち,長期間の放置と,修理もほどこされた,最後の段階で加えられている,と推測されるわけです。

  すなわちこの楽器には----

  1)満艦飾で装飾の付いていた時代
  2)お飾りがはずれたまま使用された時代
  3)修理が施され,使用された時代

  の三つの使用時期があったものと考えるのが妥当でしょう。お飾りの痕跡の日焼けぐあいや染料の変色度合い等から察して,1)2)の期間はそれぞれ10年くらいはあったものと考えられます。3)で,修理と最後の所有者による使用期間の間にどのくらいの時間があったのか,また三味線のバチによって演奏されていた期間がどのくらいだったのかについては,最終的な所有者がどのくらい弾きまくってたか,にもよりますが柔らかな桐板とはいえ,ここまでエグるのには,最低半年から1~2年はかかったと思いますよ。


  さて,ちょいとエグレ考察に字数を食われてしまいましたが,観察を続けますよ。


  表面板にはこの擦痕とエグレのほかに,楽器向かって上部から1本と,下部中央から1本,ヒビ割レが走っています。 上部からのものはほぼまっすぐで,胴中央付近まで。 下部からのものは断続しながらやや斜めに伸びていて,これもだいたい胴中央付近まで達しています。この下部からのものは半月の下を貫通していますが,その下端,楽器周縁のあたりには一部これを補修した痕跡があります。 上部からのものは割れ目がまっすぐなので板矧ぎ目からの分離かもしれませんが,下部からのものは断面が斜めになっている「裂け割れ」ですね。ちょっと厄介そうです。
 そのほか上部棹孔のあたりの周縁に再接着痕。楽器に向かって棹孔のすぐ左がわの木口に割れが少々見えます。

  唐物月琴らしく,面板には例によって節もちょいあり木目の複雑な板目の板が使われています。胴側部に使われているタガヤサンが暴れやすい木であることもありますが,この手の板は収縮の方向がランダムなので,これもまたよく暴れて,ある日突然自ら裂けちゃったりすることがあるのですね。その手の故障は素材そのものが原因なので,修理しても修理しても再発することが多く,厄介なものです(14号玉華斎再修理の記事等参照)
  国産月琴では目の詰んだ柾目板が使われることが多いのですが,材質的にあえて厄介なこういう板を使うあたり,この楽器に対する日中両国職人の嗜好やこだわりにおける差異の,代表的な例のひとつかもしれませんね。


  表板に比べると,裏板は比較的きれいです。

  残念ながら今回も,ラベルの断片や痕跡といった,原作者につながる手がかりは何も残されていません。 唐物月琴では,なぜか裏板に大きな節目のある板が使われ,その節の中心(時として穴があいてる)のところに,よく作者のラベルが貼られます。この裏板にも右の上下に2つ,あと左下の板の縁のあたりに節がありますが,そのどれにもラベル痕跡は見当たりませんね。

  楽器向かって中央やや左に割レがあります。胴の中心付近まで伸びて,かなり浅い角度で斜めに裂けています。 なんか内側から外側に向けて,「はじけて裂けた」 って感じですね。
  その裂け割レの少し右がわ,より中央に近いあたりに,ヒビがもう1本。楽器下部の縁からで,長さは9センチほど。こちらはほぼまっすぐに入ったふつうの板割れですね。
  また,胴のほぼ中央下縁部に,小さいですが板が割れたか欠けたかしたのを補修したと思われる痕跡が一つ。そのほか表面板と同じ上部棹孔あたりの周縁部に再接着痕があり,少しニカワがハミ出ています。


  「修理の手が入っている」ことを前提に,あらためて見直たところ,棹孔のところに微妙かつ精巧な補修の痕が見つかりました。 なぁるほど,唐物なのに棹がスルピタだったのはこのおかげですね。
  オリジナルの棹孔は,どうやら平行四辺形みたいに,上辺と下辺がわずか食い違ってる形だったようです。 前修理者は,その左右に薄い板(おそらく針葉樹材,ヒノキかなにか)のスペーサーを入れて,ぴったり角の直角な長方形にし,さらにその薄板の表面に向いてるがわを,スオウか何かで染めて目立たないようにしてます。

  この修理をした職人さん。
   工作といい気遣いといい,やはりなかなかのものですね。


(つづく)


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