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月琴38号 (3)

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斗酒庵 出自に悩む の巻2015.3~ 月琴38号 (3)

STEP3 月はどッちだ?(さらにつづき)

  今回は余計な考察ばかりしてるもンですから,たかが調査簡看がなかなか終わりませんね。(w)


  胴体上のフレットは3本残。
   棹上のものと同様,いづれもヨゴレがひどくて材質ははっきりしませんが,おそらく竹ではないようです。
  第4フレットに再接着痕。ここはオリジナル位置から多少ズレてるかもしれません。
  第5・6フレットは欠損。接着痕とケガキによる目印線が残っています。

  各フレット間にお飾りの痕跡。ニカワが変色してオレンジ色っぽくなっています。

  各お飾りの痕跡は,それほどくっきりとしたものではないのですが,とくに特殊な形状をしたものもないようなので,おそらくはよくある,仏手柑だか石榴だか分からない実のついた植物の彫り物でしょう。(下画像参照)


  さて,この左右のお飾りの痕跡ですが。
  あなたはこれから,これが何の模様だったと推理しますか?

  唐物月琴で多い意匠は,まず「鳳凰」(正確には鸞[らん])。
  つぎに「花籠」,そのほかは「仏手柑」「石榴」といったあたりでしょうか。

  「鳳凰」か「花籠」か,少し微妙なのですが……庵主はこれ,「鳳凰」の一部だと思います。下左画像のようなものの,胴体部分ではないでしょうか。


  どちらのデザインでも,上半分は透かし彫りが多く,接着面もせまいので日焼け痕もニカワも残りにくいのですが,下半分には開いてる部分がすくないので,ニカワもべっとりつき,しっかり接着されてるので日焼け痕の形状もくっきり残ります。
  「花籠」の場合も,下半分の籠(というか壷)の部分が,これに近いフォルムをしていますが,「花籠」の下部はだいたい左右対称になっているのに,本器の痕跡は右下が尖って突き出した形になっており,つづくギザギザも右下に向いてますよね。

  う~ん,やっぱり鳳凰のほうが近い気がしますね,庵主は。

  前回の報告で触れたように,最後の所有者による三味線のバチを使った演奏痕によって,胴体中央にあった円飾りの痕は,右端の部分をのぞいて削り取られてしまっています。まあ残っていたとしても,これだけでは意匠は不明ですが,材質から推測される楽器の等級から考えて,おそらくこれも,よくある鳳凰を彫った凍石製のお飾りだったと思います。


  半月:102x39x h.9。
  糸孔の間隔 外弦間:29.5,内弦間:24
  材質はおそらくタガヤサン。
  ポケットになった部分に,モロモロの綿ぼこりが固まってつまってたほか,糸擦れで糸孔の周縁上辺の一部が少し削れてますが,修理を要するような目だった損傷はありません。

  まあここまで見てきたら,言うまでもないことですが,バチ布もしくはバチ皮の痕跡は,演奏痕にかき消され,ほぼ何も見えません。


  糸巻きは4本残。長:128,径は最大:26,最小:8

  握りの一部がネズミに齧られているのが2本あり,うち一本は先端に近いほうをけっこうエグられています。とはいえ使用に支障が出るような損傷はありません。いづれもおそらくはオリジナルで,材はタガヤサンと思われます。
  古式の唐物月琴に多い六角深溝のタイプですが,側面は直線的で,国産月琴の糸巻きのように,曲線的にはなっていません。



  内部構造は棹孔からの観察となります。

  内桁は一枚で,棹孔周縁からほぼ胴の中央にあたる168のところに位置しています。 材は桐。 中央に棹の受け孔,表板がわから見たとき,右のほうに響き線を通す木の葉型の穴が切り抜かれています。

  響き線は楽器向かって右,棹孔の2センチほど横手に基部があり,胴内をほぼ半周する長い弧線。 棹の受け孔から見えるその先端は,だいたい棹孔周縁より測って330~340のところにあります。


  以上,残りの部分は少し駆け足でお送りいたしました。
  細かい所は恒例のフィールドノートでお確かめください。(*画像はクリックで別窓拡大)


原作者について

  すでに見てきたとおり,この楽器にはラベルのようなものも,サインのような墨書の類もなく,どこの誰が作ったのか,原作者につながる直接的な証拠はまったくありませんでした。しかしながら,だいたいの調査・計測が終わり,各部の数値や特徴といったデータが出揃ったところで,資料の中から似たような楽器を探してゆくと,この楽器はおそらく,福州の老舗 「天華斎」 の作ではないかと推測されます。(下画像,左は38号各部,右が類似楽器)

  このブログでも何度か取り上げたことのある「天華斎」は福建省福州茶亭街の楽器屋で,その楽器は幕末から明治の清楽家にとってはブランド的存在の一つであったようです。初代・王仕全は清の嘉慶年間の人ですから18世紀末から19世紀初頭の人ですね。日本に入ってきているのは,明治になってから,おそらくは初代の後を継いで世界的に販路を広げた二代目・三代目の時代のものが多かったと思われます。
  ちなみにその,二代目のときに分かれた「老天華」はいまも,旧地あたりで営業しているそうですが,この「老天華」の楽器もまた,唐物月琴としては良く見られるものの一つですね。


  「天華斎」の楽器には,文面の違うラベルをつけたものが何種類もあって,正直どれがどういうものなのか分かりませんが,38号と特徴のほぼ一致する楽器のラベルはこういうものです----

  天華斎/
  本號向在南関外/茶亭半街坐西朝/
  東開張八代老店/諸君賜顧者請〓/
  敞處庶不致悞[印]

  本店は福州の南城外/茶亭半街にめでたく/
  開店八代続く老舗です/みなさま御用の際には/
  当店をお間違いなく

  「坐西朝東」は風水でいうところの家の吉相。「八代老店」とはありますが,上にも書いたように明治の頃で二代目か三代目ですから,ここは「しにせ」の修辞。「敞處庶不致悞」はこういう文の常套句で,この場合の「悞」「誤」に同じ。「当店をほかのもろもろの店とお間違いないようにお願いいたします(ご用命の際はお間違いなく)」という文句です。

  上にも書いたように「天華斎」の楽器にはラベルの異なるものがほかにもあって,楽器の特徴もそれぞれで少しづつ違っているのですが,この文面のラベルの貼られた楽器(手許にある資料で3例ありました)は,材質や細かな工作に相違はあるものの,長い糸倉,蓮頭のコウモリなどの彫り,糸巻きの形状などが,38号とほぼ同じとなっています。(上比較画像参照)

  「天華斎」の楽器でも比較的新しいものは,ラベルの文字が銅版印刷になってるんですが,これはおそらく昔ながらの木版印刷。比較的古いものではありますが,まあ少なくとも初代の作と言うことはありますまい。楽器としての材質や工作は,さらに後のエピゴーネン的「天華斎」の類の楽器に比べると少しマシですが,最高によいもの,というわけではなく。かなり量産品的なニオイもします。

  やはり二代目あたりの時代の作と考えるのが妥当ではないでしょうか。

  19世紀末ごろに作られ,海を渡った楽器がお飾りもはずれ,おそらくはほとんどバラバラのような状態になっていたのを,どこかの職人さんが見つけて丁寧に修理をし,それを後に譲られたか買ったかした三味線弾きがガチャ弾きました。

  いま,平成の御世,それが庵主の前にあります。
  それなりに光栄(w)。

(つづく)


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