« 2015年4月 | トップページ | 2015年6月 »

月琴40号クギ子さん (3)

G040_03.txt
斗酒庵 またまたアイツに出会う(W) の巻2015.5~ 月琴40号 クギ子さん (3)

STEP3 ここほれわんわん

  さて,こちらも修理開始。

  工房到着時のヒサンな状態は,前回までの調査報告およびフィールドノートなど,ご参照アレ。

  ま~ふつうは,こういう弦楽器にこれだけクギがぶッこまれてる,ていう時点でアウト。修理するよりはイチから作ってしまったほうが早い----ってところですねえ。

  しかしながら,ギターやバイオリンと比べると,月琴は単純な楽器です。
  庵主,いつも言っております。バラバラにされた上にブルトーザーで二回轢かれたとかいう状態でないかぎり,かならず直して見せる,と。 これも構造が単純で,ミリ単位の狂いがあたりまえなぐらい雑な楽器(w)ならでは,部品がある程度そろっているなら,不可能はありません。
  もっとも通常の修理作業と異なり,あまり状態がヒドいと「原状復元」は不可能。ゆえに作業は「再生加工」に近くなりますが,そのぶん精神的な負担は減りますし(モトがヒドかったんだからしょうがないよ~),修理者としましては,ここまでやられてますとナンか逆に萌ゆる,ってとこもありますねえ。(w)

  フィールドノートを採って,工房到着時の状態と寸法等を記録したところで。

  楽器を完全にバラバラにいたします。

  ええ,もう「オープン修理」とかいうレベルではございません。
  「オーバーホール」ですね。 まあもちろん,一度きにバラバラに破壊するわけではなく(w),各部の接合や工作のチェックなどしながら,順を追って分解してゆきます。

  まずは裏板がわ。
  クギの頭をペンチで砕きニッパーでチョン切って,板をはがしてゆきます。
  もとの接着の残ってるところはほとんどありませんね。
  板はクギ頭がなくなったとこから,すっぽりと抜けてきました。

  クギは内桁には打ち付けられていなかったらしく,内桁は持ち上げたらカンタンに抜けてきました。左右端は胴材の溝にハメこんでいただけで,まったく接着されていなかったようですが,板のほうには濡らしたような痕がついているので,接着されてはいたと思うのですが,ニカワが薄かったのか,板がバラけるさいにハガれたのかまったく着いてませんでした。

  板裏周縁と胴材の数箇所に,虫食い痕があります。
  これも後で埋めとかなきゃなりませんね。
  虫食いのウネウネはどこもさほど深くはありませんが,桐板だけでなく,カヤ材の胴体のほうもここまで食われてたのは,ハジメテな気がします。

  調査報告の中でも述べたように,打ち付けられているクギはことごとく芯まで朽ちており,クギから滲みだした鉄分で,周辺の木部が黒く変色してしまっている状態です----頭をつまめば頭が砕け,本体をつまめばポッキリ折れてしまう,引き抜こうたってぬけるもんじゃありません。
  そこで,頭をとってわずかに顔を出しているクギのすぐ横に,2~3ミリのドリルで孔を二つあけ,ラジオペンチの先をつっこんで,変色している木部ごと釘をむしりとることにしました。ふつうならまず出来ない野蛮そのものの作業ですが,この楽器の場合,さいわいに釘が打たれている側板部分が,一般的な月琴より若干厚めなので,後で穴埋めさえしっかりとしておけば,さほどの問題は生じないものと考えます。

  裏板に打ち込まれていたクギは,細く短いガラス釘(窓釘/障子釘)のようなものから,3センチ近くある長いものまでさまざま。工作も粗く,斜めに入っていたり途中で曲がってしまったのをそのまま叩きつけていたりしています。

  前も書いたように,サビた鉄は水分を吸って膨張し,木部を内部から破壊してしまいます。じっさい板の端のほうギリギリに打たれた部分には,胴材にヒビが入ってしまっていますね。

  ラジオペンチでむしりとる方法だと,長い釘の場合,最初の作業でぜんぶは取りきれないこともあるのですが,その場合はもう一度穴にドリルをつっこみ,ガリガリっと残ったクギごと木部を削ってホジくり出しました。作業した穴は大きく,深くなってしまいますが,せっかく修理してまた使おうというのですから,将来の危険の芽はキッチリと摘んでおきたいもの----とはいえ,まあ…なんとアナだらけなことか………これで片面,この作業をもう一面やるわけですか。

  なんかF1の軽量化作業みたいになってきましたねえ(汗)

  作業の終わった面の穴ぽこに,木粉をエポキで練ったパテを詰め込みます。
  練ってすぐは流動性がありかえって作業がしづらいので,固まる直前,すこし柔らかめのプラ粘土みたいな状態になったところで丸めて穴に押し込み,奥までぎゅっと詰め込みます。ついでに同じ材で,胴材の虫食い部分も処理しておきましょう。


  裏板がわの作業がすべておわったところで,表板がわ。
  内部構造の確認と棹をはずす作業のため,中央の小板と半月はすでにはがしてありますが,まずは半月からいきましょうか。

  ヒドいでしょう……カリンか紫檀といったけっこう硬い素材で出来てるのですが,容赦なく二本刺し(w)ですよ。
  釘先が板をつきぬけて,下の響き線のとこに出てました。

  クギは裏からぶったたいてペンチひっぱり出しました。
  あ~あ…こんな大穴あいちゃいましたよ。
  面板に打たれているものよりずっと太いヤツだったので,さすがに芯までは腐ってませんでしたが,それでもかなりボロボロになってましたね。
  木部の状態の割にはクギの劣化が激しすぎる気がします。もともと打たれたクギ自体が,錆びクギだったのではないかと----おそらくは,こんな感じだったんでしょうねえ。

  1)なンか納屋や蔵の奥から楽器みたいのが出てきたーーーっ。
  2)弾いてみようと思ったけどあちこちハガれてるみたいだ。
  3)土間のあちこちに古釘が落ちてるんで,これで打ち付けておこう。
  4)だいたいカタチになったけど,やッぱ弾けねーや(www)

  (怒)がっで~むッ!(怒)

  釘をブチつけたせいで,裏面には大きなエグレも出来ちゃってます。唐木の粉をエポキで練ったパテを裏面から充填し,表のクギ穴からニュッと顔を出すまで,たっぷりと押し込みました。
  一晩おいて完全に硬化したところで整形。
  半月自体が褪色してしまっているせいで少し目立ちますが,あとで染め直してしまいましょう。


  月琴の胴体は,4枚の側板を表裏の板でサンドイッチすることによって形作られています。つまりこの板をハガすと,もうバラバラってわけですね。完全にバラバラにする前に,板や部材にテープを貼って,元の位置や方向を書いておきましょう。

  釘打ちの作業は,表板がわのほうが少していねい----まあ楽器にクギぶちこむ時点で丁寧もクソもねぇ,とは思うのですが(w)----といいますか,使われているクギもだいたい一定,まっすぐに打ち込まれているものが多かったですね。
  クギ除去作業の後は,こちらも木粉&エポキで穴と虫食い痕を埋めこみます。

  これにてこの楽器,ほば完全にバラバラとなりました。


  胴体部分のつぎは棹へとまいりましょう。

  まず棹なかごの基部の部分,真ん中に表裏からぶッさされたクギ穴があいてるのと,表板がわの左端が,もう一本の打たれたクギのせいで割れてしまっています。

  小さな割れですがここはキチンと処理しておきたいところですね。
  クリアフォルダを切って作った極薄のヘラに接着剤をとって,割れ目にエポキを塗りこみ,固定して完了。


  こちらも見るだにカワイそうな箇所ですよね……糸倉先端,蓮頭のつもりと思われる板切れが,4本ものクギでブチつけられております。(泣)

  まんなかの2本は,半月に打たれていたのと同じ類でしょうか。
  かなり太くて長いヤツです。
  木口がわから木の繊維の方向にこんなもんぶッさしたわけですから,とうぜん割れてしまっていますが,カヤ材は粘りがあるので,割れてはいるものの欠け落ちてはいません。

  ここのクギだけは,ペンチでなんとか引き抜けました。
  抜いた痕は例によって鉄サビが滲みてしまっているので,クギ穴より少し大きめのドリルで,周囲の木部もエグり出します。ガサガサ,ザラザラといった感触で,やっぱ木じゃないみたいな感じになっちゃってますよ。

  クギ打ちで出来たヒビ割れが,少し開いてしまっています。
  まずはこの割れ目を閉じてしまいましょう。やりかたは棹基部と同じ,クリアフォルダ製のヘラを割れ目に何度も差し込んでエポキを塗りこみ,クランプではさんで一晩固定。 場所がせまいので,片ほうづつしかできず,けっきょくこれだけのことで2晩もかかりました。
  割れ目が完全にふさがったところで,クギ穴にパテをねじこみ,硬化後整形して,ここの修理は完了です。


  糸倉先端の処理が終了したところで,オリジナルの蓮頭とともになくなってしまっている間木を,端材を削って作成,接着しておきます。
  糸倉という部分は,これがはまっていないとなんとも不安定で壊れてやすい。ちょっと横から圧がかかっただけで割れちゃったりするのです。転ばぬ先のツエ----ここがアブないままだと,後々の作業にも支障が出ます。 さッさと処置してしまいましょう。

  指板もハガれかけているので,接着部に薄めたニカワを流し込んで,ついでに再接着しておきましょう。

  さてさて,バラバラになった月琴40号クギ子さん。
  よみがえることは,ほんとにできるのでしょうか?

(つづく)


月琴39号 東谷 (3)

G039_03.txt
斗酒庵 小野東谷に出会う の巻2015.4~ 月琴39号 東谷 (3)

STEP3 すべてのヨゴレは拭い去るためにある

  さて,平行して作者の素性調べも続行中なれど,いまだ有力な手がかりもなき月琴39号小野東谷。

  修理に入ります。
  作業はまず,蓮頭から指板にかけて付着している黒いヨゴレを取り去るところからはじめました。この付着物のせいで,その下の状態がまったく分かりませんからね。

  かなり固くなっていて,ふつうに布で拭う程度ではまったく歯が立たなかったので,仕上げ用の Shinex にぬるま湯と中性洗剤をふくませて擦りました。いつもの重曹だと,漆塗りなどが施されている場合,塗膜を傷めてしまうおそれがありますので。
  けっこうキレイになりました。
  細かいこと言えばまだ少し残っている状態なのですが,古色も兼ねてそのままにしておきましょう。

  今回も裏板をはがしてのオープン修理ですが,これは内部構造の確認が主。ほかに例のないフシギ構造は確認・記録したし,調査の結果,深刻な損傷はありませんでした。響き線のサビ落しと防錆加工が済めば,いつでも戻せる状態です。
  その裏板再接着の準備として,板と側板の接着面をキレイにしておきます。
  胴体と板の接着面をぬるま湯で濡らして,柔らかくなったニカワをこそげとるわけですが----それにしてもスゴいニカワの量です。(汗)

  何度も書いてますが,このニカワって接着剤は,だっぷりつけりゃいいってもんではないんです----とくに「楽器」に関しては。そのあたりを分かってないところ,楽器の製作にやはりなんか慣れていないという感じがしますね。


  ついで表板上の構造物をぜんぶハガします。
  いつものようにお飾りやフレットの周囲に筆でお湯を刷き,水を含ませた脱脂綿で囲って10分から30分。乾燥防止策として全体にラップをかけておきます。

  第5~8フレットまではオリジナルと思われるニカワによる接着でしたが,第4フレットだけは接着部から白い悪魔(木工ボンド)が現れました----これは最近の修理ですね。

  今回はヒビがその下を通っているのと,あちこち接着がハガれて浮いているようなので,半月もハガしてしまいます。

  半月の下からも白い悪魔………と大きなエグレが出てきました。

  きゃあああ……白い悪魔はともかく,このエグレはけっこうひどいなあ。
  画像右に見える大きなエグレのほかに,左右に板の表面がメクレちゃってるところがあります。ムリに糸を張って,半月がメリメリ…ボン!っとぶッとんだ,って感じですね。
  なるほど,半月があちこち浮いてたのは,もともとトレちゃってたのを,とりあえずへっつけて誤魔化してたせいだったんですね。



  はずした半月も,本体とお飾りに分離。本体だけ見るとちょっといびつなのが分かります? 半月のお飾りはツゲ,左右目摂と扇飾りは染めではなく本物の唐木でした。お飾りだけ見ると,やはり細かい木工の腕は確かですね。

  中央のゾウさんだけが,最後まで残っちゃいました。

  表板のヒビ割れはこのゾウさんの真下も通っているので,ハガさないわけにいかないのですが,とにかくガンコで……二日ばかり周囲を湿らせ,ようやくハガしました。なにか耐水性のある強力な接着剤で止められていたようですね。

  最初の記事でも書きましたが,ここからも,やはりこれは当初部品ではない可能性が高いですね。

  この作業のせいで,かなり板に水をふくませてしまい,二日ばかり次の作業ができませんでしたよ。ほんとボンドはやめて~!


  本体作業ができない間,糸巻きを削ることにましょう。

  糸巻きは3本欠損。角の丸い六角形深溝のカタチは,38号天華斎に付いていたのと同じ型。国産月琴の古いものにも良く見られます。
  中国月琴の糸巻きはドライバーの柄のような,溝の多い丸軸が多いのですが,国産月琴の糸巻きは,角ばった六角形で,浅く細い一本溝のものがいちばん多い。庵主は,これにはもしかすると天華斎の楽器の影響があるのじゃないかと思っています。天華斎の楽器は当時,清楽家の間ではちょっとしたブランドものでしたからね。
  天華斎の楽器でよく使われる六角深溝のデザインをベースに,三味線の糸巻きに慣れた日本人に使いやすく,角をたたせていったのが国産月琴でよく見る,六角一本溝の形式なのではないかというわけです。


  今回の材料は¥100均の麺棒(おそらくスダジイ)。
  前回の28号の場合,最大直径が3センチ近くあったので,太いすりこぎを使うしかなかったのですが,39号の軸は最大直径が25,長122。¥100均の麺棒(大)1本から2本とれますので,麺棒2本で1面ぶんの材料がカクホできるというわけです。

  晴れた日の公園で,四方を斜めに落とし,一日かけて3本を削り終えました。
  庵主が作ると,どうしても少し角張った感じになってしまいますが,まあ結構。

  できた糸巻きは,磨いて染めて。
  下染めはスオウ,媒染と黒染めにオハグロ,握りのところだけニスを塗ります。


  古物の月琴の糸巻きってのは,なくなってることが多いので,うちの記事見て削ってみよう,ってえかたもいるかと思いますが。

  この手の丸棒から六角軸を削り出す時,木目は右図左のようにとったほうが良いです。
  糸孔もこれの縦線方向にあけます。右のように木取りして削った場合は,折れやすい軸になってしまいますので,注意。

(つづく)


月琴40号クギ子さん (2)

G040_01.txt
斗酒庵 またまたアイツに出会う(W) の巻2015.5~ 月琴40号 クギ子さん (2)

STEP2 解決釘バット

  ば~ったば~ったとナギたおしいぃ~。
  正義のヒーローやってくる~。
  片手に握った釘バット。おかんも首相もざーくざく。

  ----と,いうようなヒーローを考えたのですが………放映できませんね。


  さて,月琴40号,釘バットなみにクギまみれ,太清堂のクギ子さん。
  調査報告の続き,問題の胴体編です。

  表面板 は現状6枚の小板に分かれています。縁のぐるりに目視でおよそ20本の釘の頭が確認できますが,サビてて色合い的に分かりにくいので,実際にはもっとブチこまれてるかもしれません。

  フレット は全欠損。すでに触れたよう,釘打ち補修の影響で第4フレットの位置が不明になっているほかは,かなりくっきりとした取付け痕が残っています。

  左右の目摂 の意匠は菊。花びらの形などは,国産月琴でよく見られる典型的な菊の花のそれに合わせていますが,全体のデザインや葉の表現などには,かなりの独自性が見られます。 向かって右の目摂のシッポが少し欠けています。この菊,「赤いヒヨコ」とか「ぬるっとさん」のあのトンデモ・デザインからすれば,この作者にしてはかなり趣味と出来の良い部類だと思うなあ。(w)


  扇飾り は欠損していますが,痕跡から推測して,おそらく「赤いヒヨコ」についていた,コレ(右画像)と同類のものがついていたと考えられます。

  他の作家の楽器にも同様の意匠のものがあり,庵主はこれを 「ウナギ」 と呼称しています。何を表しているのか,はっきりとは分かりませんが,おそらく「龍」か「鳳凰」の簡略化された成れの果てかと……


  バチ布にはおそらくリザードの類と思われる皮が貼られています。かなり傷んで端などボロボロですが,バックなどに使うようななめし革なので,後でつけられたものでしょう。

  半月 は32号「ぬるっとさん」とほぼ同形,ただし材質は唐木,おそらくカリンを染めたもの。板状半円型で,下部周縁の上面角が丸められている。92×42× h.9。国産月琴の平均はだいたい10ミリ,わずか1ミリですがかなり低めに見えます。外弦間:30,内弦間:22。

  いちばんカワイソウな箇所ですねえ。左右糸孔の下に,かなりぶッ太い釘が打たれています。内部から見るとまあ,釘が板つきぬけて,例の特殊な響き線にひっかかりそうな感じになっています。おそらく接着がトンでハズれたのを戻したんでしょう。材が唐木なんでかなり力も要ったハズなんですが,それにしても,こんなぶッ太い釘2本もブチこまんでもなあ。(泣)


  裏板 は現状7枚の小板に分かれています。状況は表板とさほど変わりませんが,左中央付近にチョークでなにか書いた痕があります。右から2枚目の板がかなりひどいフシのある板で,木理から見ても暴れそうなので,特に注意が必要そうです。
  表板に比べると釘打ちの作業がやや雑で,途中で曲がった釘をそのまま潰したり,折れ曲がった釘を叩きつけた痕が残っています。

  側板 は4枚。表面はかなり汚れてまっくろになってますが,材はカヤ。棹口のところで17ミリほどと,やや厚めで,接合は単純な木口同士の擦り合せ接着ですが,ニカワがトンでバラバラになっている様子。
  面板に打ち込まれたクギの影響で,数箇所表面にヒビやカケがあります。


  すでに棹を抜くため,面板の一部をハガしてありますんで,内部も見放題です。

  とはいえ,一枚桁に2種類の響き線という基本的な構造は,「赤いヒヨコ」や32号「ぬるっとさん」と同じ。本器のほうが内桁の位置が若干中央よりでしょうか。

  内桁は 棹孔の表面周縁部から167のところに位置し,棹の受け孔以外の穴があいてないほぼタダの板状態です。厚さは12ミリ,やや厚めですね。
  材質はおそらく棹の延長材と同じ。クリではないかと思われます。天の側板がわに「十二」と墨書。両端は側板の溝にハメこみになっています。

  2種類の響き線のうち,長い直線のものは楽器に向かって左の側板,内桁の下あたりに基部があり,わずかに下向きに向かいの側板の30ミリほど手前まで伸びています。
  先端をコイル状にした線と短い直線の組み合わせからなる,太清堂おとくいの特殊な響き線は,地の側板の右がわから,だいたい45度くらいの角度に傾けて取り付けられています。
  いづれの線も,材質は真鍮,胴材に小孔をあけての直挿しですね。

  さて,こんなあたりでフィールドノートをどうぞ。
  クギの分布なんかはこのほうが分かりやすいんじゃないかな。
  (画像はクリックで拡大)

(つづく)


月琴40号クギ子さん (1)

G040_01.txt
斗酒庵 またまたアイツに出会う(W) の巻2015.5~ 月琴40号 クギ子さん (1)

STEP1 怪談釘ノ宮の恐怖


  39号東谷がきて数週間ほど。
  作者についての探索を日々深夜までくりひろげていたものの,さしたる手がかりもなく,ゆきづまりのフンづまりになっていた庵主がふとネオクをのぞくと。先に39号を出した出品者さんが,また一面,月琴を出してるじゃああーりませんか。

  かなり状態が悪かったので,スタート額も前回のはんぶん。それでも指板が山口の前で切れている工作やお飾りの彫り,ヨゴレの具合などが,39号とよく似ていたもので,もしや!----と思い,入れてたら,サイワイにも落ちてくれました。
  ほんとうに39号の作者探索,手がかりがないもので,まさにワラにもすがる…いえ,壊れ月琴にもすがりつきたい感じでしたからねえ。

  ----で,届いたのがこれだッ!

  うわあああああああ………。

  クギが…クギが!……表裏面板のぐるりと。
  ああ,半月にも…うわ,糸倉先端の飾り板になんか4本もぶッこんでありますですよ!



  表板も裏板も,矧ぎ目のところから割れてバラバラになってます。
  板が割れてハガれてきたからクギを打ったのか,クギを打ってから板がバラバラになったのか…現時点では定かではありませんが。

  むかしのシロウトさんは壊れた木製品というと,なにかとクギをぶッこみたがるものだったようで(現代のシロウトさんは白い悪魔-木工ボンド-をやたらと使います)。まあ逆によくもこれだけ打ったものだと寒心,いえ感心しちゃいそうです。こりゃあ…調べるにしても直すにしてもタイヘンそうだねえ。(汗)

  とにかく古いものだとは思いますが,東谷の楽器かどうかは分かりません。
  東谷のものなら,棹を抜けば墨書なりあるのじゃないかと思うのですが,その棹がまた,棹孔のところで,表裏からクギ2本ぶッこまれてて抜けないんですね。(泣)
  
  ちなみに警告しておきますが!

  桐板は柔らかいしスカスカなので,いくらクギぶッこんでも 「糠にクギ」。
  ちゃんと止まるようなもんじゃありゃあせん----ムダですからね!やめてぇ~っ!


  修理はともかく,とりあえずこちらの目的を先に遂げておきましょう。
  まずなにより,これが東谷の楽器かどうかの確認です。

  棹が抜ければおそらく一発なんですが,先にも書いたように,この棹を抜くためにはクギを抜かなければなりません。クギは面板の上からぶッこんであります。まだ完全に調査が終わっていない状態ですし,後に続く修理のことを考えても,この段階では,あまり原状をイジりたくないところです。
  サイワイ,面板は矧ぎ目からハガれてバラバラになってしまっていますので,まずは裏面の胴体の中心部,棹の基部などにアクセスできるような部分の板をハガし,中をのぞいてみたいと思います。
  とはいえ板を止めてるクギ----こりゃどれも芯までサビて腐っちゃってますね。釘抜かければ折れるし,ペンチでつまめば頭が砕けます……やっかいだ,ああ,やっかいだ。それでも何本か抜いて,それベリベリベリ。

      あ。



    え~,結論から申あげしまして。
    この楽器は間違いなく,小野東谷氏の作ではございません。


  コレ,これですね。

  「赤いヒヨコ月琴」,32号 「ぬるっとさん」 など,庵主の修理経験のなかでも 「問題作(w)」 な楽器を生み出してきた作者,「太清堂」の楽器です!

  そういや前回の39号の記事で,こやつのこれ(響き線)について,少し触れましたっけね……ううむ,ここでもまた 「楽器が楽器を呼んで」 いましたか。(^_^;)

  東谷の楽器ではなくて,ちょっと残念でしたが,まあこちらのほうは作者も分かってしまいましたので,とりあえずの目的は果たせたかと(w)。

  棹を止めていたクギは,面板を止めていたものに比べると,太く長いものでしたが,これもまた完全に腐ってしまっているので,どうやっても引き抜くことが出来ません。

  温めるとかオキシドールを垂らすとか,まあイロイロやってはみたんですが,ここまで腐食している場合には,どのウラ技もほとんど効果がありませんね。 クギから染み出した鉄分で,どのクギのまわりも,木部が黒く変色してしまっています。


  仕方がないので今回は,小径のドリルでもってクギの左右に穴をあけ,ペンチで周辺の木ごとエグり出すことにしました。

  けっこう苦戦して,ようやクギをはずし,棹を取りのぞいて,はずれて内桁にささってた延長材も取り出すことができました----上から下まで同じ幅,同じ厚みのこのぶッ太い棹茎,これも太清堂の楽器の特徴の一つですね。


  現れた墨書の数字は「十二」。「赤いヒヨコ」が「五」,「ぬるっとさん」が「十五」でしたから,これがシリアルなら製作年代は,「赤いヒヨコ」より後,「ぬるっとさん」より前,ってことでしょうか。

  穴の中に残った部分も,再びドリルをかけ,クギごとホジくり出しました。
  この楽器の場合,幸いにも胴材が厚めなので,多少穴ポコだらけになっても強度上の問題はさほど出ないでしょう。なにより腐った鉄は,木が吸い込んだ水分と反応して内部で膨張し,割れの原因となって楽器の寿命を縮めますので,なるべくキレイに排除しておいてやりたいところ。

  さて,それでは基本の計測採寸から。


採寸


  全長:640(蓮頭を含む)

  胴 縦:356 横:355
    厚:38(表裏板厚:5)

  棹 長:272(蓮頭を含まず)
  糸倉部分:155,最大幅:30(先端)
  指板長:130,
    最大幅:29(基部),最小幅:24(ふくらの下)
  最太:36>最細:28

  推定される有効弦長:420

  39号同様,この楽器も指板が山口の前で切れているタイプ。
  指板の上端を基点として,各フレット痕,および残っているフレットの下端までの距離は----

4880110不明
135(推)
170212235260

  第4フレットの痕跡は,前修理(?)者の釘打ち行為によって,正確な位置が分からなくなってしまっています。表にある数値は,周囲に残った接着痕などから推測したものになります。

各部簡看



  蓮頭 は形状や材質から,おそらく後補部品と思われます。75×45×厚8,針葉樹の板で作られており,裏面から間木(?)を固定するための釘が2本,表面から糸倉の先端に固定するため,釘が4本打たれています。

  この蓮頭の釘のせいで,糸倉の先端が少し裂け割れしています。

  素材が粘りのあるカヤであるおかげで,欠けたり崩壊したりはしていませんが,なんとも無茶な工作です。

  棹の材質はおそらく カヤ。
  糸倉の左右の厚みが1ミリほども違っていますね。楽器に向かって左がわが8ミリ,右がわが7ミリ。相変わらずなんというか,雑な工作です。左側の糸倉一番下の軸孔のところに少しエグレがあるほかは,使用の支障となるような割れや損傷はありません。


  うなじはなだらかですがやや長め,棹背は船底型で意外と太く,胴体がわの基部で36ミリもあります。アールはややきつめですが,基の部分が太いので,それほど目立ちません。32号では最大32>最小19でしたが,この楽器のは36>28です。

  指板は厚さ約2ミリ。おそらくカリンの板を染めたものではないかと。
  フレット接着痕のほか,先端から2センチほどのところに,加工痕があります。このあたりにフレットが立ってた例はないんですが……何でしょう?
  楽器向かって左がわが,かなり広範囲にわたってハガれている模様。要補修箇所です。

  すでに画像をあげた延長材は材質不明----クリかクルミかな? 一般的なV字切れ込みによる接合で,損傷はまったくなく,おそらくクギ打たれたときにはすでにはずれて胴体内に取り残されていたのだと思われます。

  糸巻きは四本とも残っていました。おそらく棹と同じカヤ材。長:115,径26>7。 資料を見ても楽器により三本溝だったり一本溝だったり,本器と同じ無溝六角だったりと,この人の楽器の糸巻きの形状には,どうも落ち着かないところ(w)があるのですが,状態や材質から見て,おそらくオリジナルで間違いないでしょう。
  太清堂の工作の特徴の一つとして,軸孔が楽器職がよくやる焼きぬきではなく,ツボギリの類によるふつうの彫り抜きであけられていることがあげられます。月琴と言う楽器の場合,糸のテンションもさほど強いものではなく,材質も割れやすい唐木より雑木のことが多いので,焼きぬき法にこだわる理由はさほどないのですが,軸孔の強度は熱で焼き締めた焼きぬき法にくらべると弱く,使用によって広がりやすくなっています。

  そのせいもあって,すべての糸巻きで糸孔が,握りがわのほうへもう一つあけなおされています。使用によって軸の先端が細り,糸孔が糸倉の中に隠れてしまうようになったんですね。ただ,ふつうこうやって糸孔をあけなおす場合,前の糸孔はつまようじや竹串などの細い棒材を押し込んで埋めてしまうのが常例なんですが,今回の場合はぜんぶあきっぱなしですね。さて,どうしたことやら。(w)

  上に書いたよう,作者の工作のせいでここの楽器の軸孔の耐久性は,ほかの作家の楽器にくらべると多少劣るものとは思われるので,軸が通常よりも深く刺さっていたとしても,どのていどの使用でそうなるのか,比較は難しいところなんですが,そのへんをさッぴいても,この糸巻きの状態や使用痕から考え,これは実際にかなり使い込まれた楽器であったろうと考えられます。

  クギをぶっこんだことによる穴や割れはあるものの,棹全体としては意外なほど,深刻な損傷はない様子です-----材質のおかげでしょうね。

(つづく)


月琴39号 東谷 (2)

G039_02.txt
斗酒庵 小野東谷に出会う の巻2015.4~ 月琴39号 東谷 (2)

STEP2 東の谷のフシギちゃん


  小野東谷----と,作者名はわかったものの。

  けっこう手を尽くし,調べてみたんですが,まずまず何も分かりません。
  唯一,国会図書館の検索で明治33年の『美術画報』に「草花篏入香匣」の作者として同名の人物があがってきましたが,詳細は不明。
  もしこの「草花篏入香匣」の作者と同一人物なら,楽器商ではなく工芸家なわけですが,画家だった鏑木渓菴が自身も楽器を作って販売していたくらいですから,工芸家が月琴を作ったとしても,べつだんそれほどの不思議はありません。

  そもそもこの記事を書いてる庵主だってアナタ,本業は物書きですからね。(けして楽器屋でも修理屋でもありません。W)

ちょっとPR: 5月の末に 『漢字から読み解く中国の歴史と文化』(王貴元 科学出版社東京) という本が出ます。 監修は加藤徹先生,拙は翻訳と訳注を担当しました。 良かったら読んでおくれやす。


  またこれだと,前回も触れたように,この楽器の各部に漂う 「良く出来てはいるが,本職でない人が作った感」 の理由も納得できましょう。

  このへんの追求はいづれまた。

  月琴39号,調査を続け,外側から見える限りでの寸法や状態の把握は終わりました。
  糸巻きが3本,および山口と棹上フレットが欠損しているほかは,糸倉や棹本体は健全,胴体部分も見る限りにおいてはさしたる損傷もなく,蓮頭から指板にかけて,黒い付着物があるほかは,ヒビ3箇所,板のハガレ3箇所,ヨゴレも軽微。
  保存状態としてはまあまあ良いほうではないかと思われます。


  あとは内部構造ですね。

  楽器は外見的な部分よりも内部に生じた損傷や劣化のほうが深刻で,音への直接的な影響も大きいものです。まず前回も触れたとおり,棹なかご接合部の接着がトンでますのでこれは直さなくてはなりますまい。
  さらに----13号や28号なんかもそうでしたが, 「月琴を作りなれていない人の作った月琴」 は,外見的にはふつうでも,内部構造がおかしなことになっている例が多く,注意が必要です。

  例によって棹を抜き,棹孔から胴体内部を観察しました。
  ここからのぞいたのと,裏板のヒビ割れのスキマから,内桁は2枚入っていることが分かりました。棹孔の外部周縁を基点として上桁が120,下桁が244のところに位置しています。どちらの桁にも,丁寧に四角く貫かれた音孔が左右にあけられています。

  問題は,響き線です。

  このブログで何度も書いているように,響き線は月琴の音のイノチ。
  いちばん大事な部品のひとつなんですが……これがいったいどんなカタチをしているのかが,一向に分からない。棹孔のところからも,部分的には見えてるんですが,何度のぞいても,いったいどんな構造になっているのかがまったく分かりません。

  そもそもこの楽器の響き線には,到着当初から違和感がありました。
  まず入っているのは確かなんですが,揺らしたり振ったりしてもあんまり音が鳴らないのです。
  ふつうは大きく揺らすとガラガラ鳴るもんなんですが,けっこうゆすっても「チン」くらいしか響きません。

  棹孔からの観察では直線が2本見えていました。
  直線の響き線は,曲線のそれに比べれば,あまり胴鳴りの激しくないのが特徴ですが,それにしても鳴りが小さすぎる気がします。

  線がどこかに引っかかっているとか,その固定に何らかの故障が生じているのかもしれません。また,観察からけっこうサビが浮いているようでもありましたので,今回は本格的な修理作業に先立ち,内部構造の確認と,響き線の手入れのため,裏板の一部を剥がしてのオープン修理とイキたいと存じます。

  裏板には上下から斜めに大きなヒビが入っています。この部分を中心に右がわ,板全体の2/3くらいをハガしてしまいましょう。
  まずはまっすぐな下のヒビをカッターで切り延ばし,上の割れにつなげて,これを一本にしてしまいます。
  つぎに上下ヒビ割れの端の,板の剥がれてるところから板をハガしとります。あ,それでは失礼してベリベリベリと………


  桁の配置とか接着加工,四方接合部の工作などは,ほかの国産月琴とくらべてもさほどヘンなところはありません。どちらかというと少し丁寧すぎるくらい,と言った感じですが。


  ----なんですか,コレは?

  メインの響き線はかなり細い鋼線。その上にもう一本,こちらはかなり太目のハリガネが平行して伸びています。先端が曲がって小さな輪になっており,その輪の中を,細いほうの線の先端がくぐっている。
  見てすぐ思い出したのは,「赤いヒヨコ月琴」や「ぬるっとさん」でお馴染み「太清堂」のコイルと直線を組み合わせた特殊構造でしたが,太清堂の構造と違って,この太いほうの線は響き線としてはまったく機能していません。先っちょの輪も,ただくるっと輪にしただけで,バネ的な巻きではありませんし,楽器の振動に合わせて多少は震えてますが,そもそも焼きがさして入っていないようで,その動きにも周期性は見られず,音に効果や影響を与えるようなものにはなっていません。どちらかといえば細いほうの線の支え,というか「拘束具」「制限器」みたいなもののようです。


  同じような意図で設けられたと思われる構造は,13号月琴でも見たことがあります。
  この楽器は西久保石村が幕末のころに作ったものですが,これの響き線は細くて四角い鋼線。おそらくは薄い鉄板から切り出し鍛えたものと思われます。
  ハリガネで作ったものに比べると,いかにも華奢であるこの線を保護するためか,この楽器の作者は線の先端部分に竹で囲みを作り,その運動を制限しています。

  おそらくは39号のこの構造も,意図するところは同じと思われます。
  細い線が胴の内部で激しく動いて,折れたり曲がったりするのを防止するため,その運動に制限を与えようとしたものでしょう。
  なぜでは,そんな 「勝手に揺れたら壊れてしまいそうなほど細い線」 を使ったのかと言えば,彼らはおそらく一様に,これを 「弦音に共鳴して動く構造」 考え,線を細くすることによって,その効果を繊細な音にも反応出来るようにしようしたのだと思われます。

  しかしながら----
  月琴の余韻は響き線の自由運動がもたらす効果です。実際のところこの構造は,弦音に「共鳴して」反応しているのではなく,演奏者が楽器を操作することによって生じる動きによって勝手に揺れているのに過ぎません。弦を弾こうが弾くまいが,弦音が大きかろうが小さかろうが。線が勝手に揺れている,そこに弦の音が勝手に入ってきて,勝手に効果がつく----そういう単純なものなのです。
  この構造では,そもそも線の揺れ幅の大きいもののほうが,効果が大きいわけですから,その振動に制限を与えるという考え方がすでに間違っております。本来の働きから言うならば,線を細くすることを考えるよりは,大きく振動しても壊れないくらいの線で,限界いっぱいの大きな振れ幅で,胴鳴りをなるべく起こさない方向に揺れるように,というようなことを考えるのが正しいかと思われます。

  もちろん「月琴」というものがもともと日本の楽器ではなく,今よりはるかに情報も調べる方法も少ない中。多くの職人がその製作工程や内部構造までは熟知しない状況で製作していたわけですから,どんなヘンテコな造りしていても当時の職人さんを一方的に責められるものではありませんが。38号天華斎と28号なるとの同時修理でも何度か感じた,日本の職人さんに多い傾向と言うか病気のようなもの----「余計なことに血道をあげて本質を見失っている」がここにも現れているような気はしますねえ。


  さて,ひとしきり文句も垂れたところで,内部構造を加えての今回のフィールド・ノートをどうぞ。
  (画像はクリックで拡大)

(つづく)


月琴39号 東谷 (1)

G039_01.txt
斗酒庵 小野東谷に出会う の巻2015.4~ 月琴39号 東谷 (1)

STEP1 ぞうさん

  さて,自出し月琴としては39面めの楽器がやってまいりました。

  こうしてブログにあげているぶんだけで言っても,依頼修理の楽器もふくめ,これで50面めくらいになりますか。
  1号月琴と出会ったのが1999年。その修理なんてことをするようになったのが,2004年ごろのハナシですから,それからだいたい十年……楽器修理なんて本職でもないのに,まあ われながらようやったなあ(疲) と。


  39号は,おそらく明治初期の国産月琴。


  短めの棹,絶壁のうなじに厚めの胴体,一枚板に見える表裏の面板……全体の雰囲気や材質,とくに加工・工作の 「きっちりさん」 加減から,あきらかに日本の職人さんによるモノ,と,分かってしまいますが,かなりしっかりと唐物を真似た 「倣製月琴」 てあたりですね。しかしながら----

  いちばんの特徴はやっぱり,この胴体中央に貼られた象さんでしょうか。

  これと似た絵柄のゾウさんは,明治時代,輸出用の陶器とか工芸品の絵柄としてもよく見られます。当時の意匠集なんかにもよく載ってますね。ゾウさん単体よりは,唐子や唐人さんをまわりに配したものが多いかな。 たぶんそういうお手本から写したものではないかと思いますが,身体のシワの細かな彫りもさることながら,目に銀粒を埋め込んであったり,細工は細かい。
  まだよくは分かりませんが,もともとこの楽器用に作られたものではなく,印籠とか小箱のようなものの飾りとして貼り付けられていたものを流用したのかもしれません。

  半月の飾りの意匠が,ちょうど同時期に修理していた28号のとほぼ同じです。

  28号は3年くらい前に購入して放置してたのをたまたま直してたもの,同時に修理してたのが,同じくうなじが絶壁な真正唐物の38号天華斎----でそこにやってきたのが,二つを足して2で割ったような倣製月琴

  まあ言っちゃえばただの偶然ではあるんですが。

 たとえばある作家の月琴を修理していたら,同じ作家の楽器がもう一本手許にきたり,関西の作家の楽器を修理してたら同じ地域の作家の楽器が舞い込んできたり……こういう 「楽器が楽器を呼ぶ」 みたいなことが,長いこと修理なんかしてますと,ちょくちょくありますね。

  28号の飾りは浮き彫りですが,こちらはツゲの板を貼り付けてあります。同様の貼り付け飾りは,ほかの楽器でも見たことがありますが,ふつうはもうちょっと薄いかなあ。 本器のは,この手の貼り付け飾りとしてはかなり頑丈そうな感じです。

 へんな感じにやや左に傾いてますから,もしかすると一度ハズれて付け直したものかもしれません。


  んじゃ,棹はずしてみましょうか。

  おおぅ,きつきつ!
  日本の職人らしいキッチリした工作,棹孔となかごがしっかり噛合ってて,抜くのにちょっと力が要りますね………おおっと!



  作者銘,出たーーーッ!!!!


  棹なかごの表板がわに 「日本小野東谷作之」 とあります。
  「ひのもとおのとうこくこれをさくす」 かな。 「小野東谷」…「小野東谷」か…知らないなあ。
  庵主の楽器商リストにも見当たりません。まったく未知の作家さんです。

  全体として良く出来ているし,木工の腕前もかなりだとは思うのですが,庵主,それでもなにかわずかに違和感を感じます----何でしょう? 楽器作りを本業としている人の手じゃない,って感じでしょうか。
  28号を修理してるときにも同じような感じがありましたが,この楽器も,なにかこう 「ちょっと分からないで作ってる感」 があるんですね。 月琴の実物は見ているし,手にも取っているけど,内部構造を含め,その楽器としての工作の要点……「ツボ」みたいのがちゃんと分かってないまま作ってる……みたいな。


  未知の作家の国産倣製月琴,39号東谷。
  ではとりあえず,採寸からいってみましょうか。



採寸

  全長:630(蓮頭を含む)

  胴 縦:355 横:360
    厚:40(表裏板厚:4.5)

  棹 長:266(蓮頭を含まず)
  糸倉部分:145,最大幅:32(先端)
  指板長:130,最大幅:31.5(基部),最小幅:26(ふくらの下)
  最太:33>最細:25


  推定される有効弦長:418

  この楽器は,指板が山口の前で切れているタイプです。
  その指板の切れ目のところを基点として,各フレット痕,および残っているフレットの下端までの距離は----

4577105140164209230260


各部簡看



  棹の材質は分かりません。

  ただホオやカツラにしてはやや重いので,クワではないかと思います。
  蓮頭から指板の半ばくらいにかけて,固まった真っ黒いヨゴレに覆われています。泥や油のようではなく,ホコリなどが湿気で固まったもののようですが,かなり硬く,表面はザラザラとしています。

  蓮頭は 85x58x厚12,上部周縁は斜めに落とされていますが,テーバーのない分厚い板状で,意匠は蓮の花と二股になった波唐草です。やや大きめ,彫りもやや深めで武骨な感はありますが,楽器職ではないにせよシロウトの仕事じゃありませんね。
  ヨゴレに覆われ真っ黒に見えますが,この下はどうも黒ではないようです。損傷はほとんどありません。


  糸倉はすでに紹介したよう,うなじが絶壁の唐物月琴タイプですが,基部の切れ込みが指板にまで達して「くびれ」となり,楽器正面から見ると指板の左右が浅くテーバーになっています----つまり唐物月琴と国産月琴の特徴を兼ね備えたハイブリットな楽器なわけですな。
  わずかに幅広の間木をはさみ,左右厚8ミリ。上下の丈が短く,コンパクトで丈夫そうです。

  棹背は胴体がわ基部から船底型。唐物だと胴体がわは四角く,真ん中と糸倉との境までを丸く削ったていどのことが多いですね。背はほぼまっすぐですが両端に微妙なアールがつけられています。このため,やや太めですがなかなかに美しい。

  指板は厚さ2ミリ。紫檀だと思いますが,ヨゴレのせいでよく分かりません。
  棹上のフレットはすべてなくなっていますが,その接着痕の上下にケガキ線。接着のためその真ん中は少し荒らしてあるようで,引っかき傷のようなものが見えますす。


  棹基部と延長材の接合はよくあるV字刻みのものですが,よく見ると棹基部にある「ヽ」と「日」の墨書のあたりに,斜めに二つ木釘が打ってあるようです。木釘の材質は棹と同じと思われ,工作はかなり精密なので,注意しないと分かりません。墨書は木釘の上にもかかってますので,当初からの工作と思われます。
  木釘どめだけでなく,ニカワづけもちゃんとされてたようですが,表裏とも接着がとび,割れてしまっていますね。

  延長材の材質は不明。少なくともマツ・スギ・ヒノキではありません。目の詰んだ桐かもしれませんが…少しカタいかなあ。クリとかクルミあたりだろうか。
  全体の工作は精緻で,表裏左右均一にすとんとキレイにすぼんでいます----楽器の性能的にはたいした意味を持ちませんが,(w)この作者はやはり,腕前もセンスもかなり良い人に思えます。


  糸巻きは2本付いてました。
  うち一本は間違いなく月琴のものですが,もう一本は三味線の糸巻きを削ったものですね。楽器の軸孔にも合うことから,月琴用の一本はオリジナルだと思われます。溝が広く角の丸まった六角軸で,形状や工作はこないだ直した,38号天華斎のそれに,かなり近いものとなっています。
  長:122,最大φ25>8。
  側面のアールは浅くほとんどまっすぐです。軸尻に小鼠害。

  日本の国産月琴の糸巻きは,六角形で角が立っており,六面それぞれに浅くて細い縦溝の入っているのがいちばん多いカタチですが,古い月琴などのものは,これと同じように,広くてやや深い溝が入り,角が丸めてあるものがよく見られます。

  すなわち,この糸巻きがオリジナルとするなら,これもまた,この楽器が国産初期のころのものである証拠のひとつであるわけです。



  胴体は横にわずかにふくらんでいますが,それほど歪んではいません。
  どちらも板目の一枚板に見えますが,さてどうでしょう。
  (下画像,クリックで拡大)

  表板は 波のようにうねった木目 を右に配した,かなり硬めの,いい材質の桐板のようですが,こういう景色のある板ほど暴れて裂け割れがでちゃうものです。(14号玉華斎の記事など参照)

  案に違わず,表板には下端中央やや右から,半月とゾウさん第8フレットの下を通って長く大きなヒビが走っています。下端で最大幅1ミリほど。このヒビ割れを中心として左右周縁,地の側板との接着がハガれてしまっています。
  ただこのヒビ割れと,バチ布の貼られていたあたりが少々傷んでいるほかは,目立った損傷は見受けられません。
  保存状態としては悪くないほうでしょうか。


  胴体上のフレットは5本とも存。黒檀と思われる唐木のフレットで,加工もよく背もかなり低めです。

  左右目摂は菊。根元がやや寸詰まりなほかは,デザインは的にはさしてどうと言うことはありませんが,彫りはかなり緻密です。唐木製に見えますが,これもハズしてみるまで分かりませんね。

  扇飾りは定番の万帯唐草。この飾りはけっこうテキトウに彫られることが多いんですが,この楽器のは線が細く,かなり精巧に作られています。

  中央のゾウさんについてはすでに説明しました。2ミリほどの厚さの象牙板を彫ったものですが,当初品かどうかについては多少疑問があります。


  バチ布は欠損。虫食いがあるのでヘビ皮を貼っていたかと思われます。
  接着痕から推定されるサイズは 95×75。
  上辺左右角を丸めたカタチだったようです。

  半月は 93×43× h.11。この高さは,上面に貼られているお飾りの厚みも足したもので,本体部分の高さは 9.5ミリほどとなります。
  本体はカリンか紅木,おそらく前者。飾り板はツゲでしょう。

  糸孔は唐物に多いヘの字型配置で,外弦間:30,内弦間:23.5。
  楽器向かって左角と右下に,少しウキが見られます。再接着されているのかもしれません。


  裏板は 中央やや左寄りに大きな木目の谷のある板目板。
  左の最端に小板を一枚継いであるほかは,いまのところ矧ぎ目は確認できません。

  谷のほぼ中央上端から裂け割れ,途中からやや曲がって,長125。割れ目の上端から2センチほどのところに,この裂け割れで生じたと思われる板のカケが少々。 下端からの割れはほぼ斜めまっすぐで,長230。下端のところで2ミリ近く開いてしまっています。

  上からのヒビ上端の左右に板のハガレ。 下からのヒビ下端の楽器向かって右がわもハガれています。ほか向かって右端の板の縁に黒っぽいシミ。手汗によるものか,蓮頭や糸倉に付着していた黒ヨゴレの類かは不明。


  胴側部は4枚。材は棹と同じ,おそらくクワ。
  両端に凸凹を切った組接ぎで,工作はかなり精確。四方ともにスキマなどはほとんど見えない。天地の板が凸,左右板の両端が凹になっている。

  すでに書いたような面板のハガレが数箇所あるほか,この側部にも目立った傷や損傷は見られません。
  地の側板に数箇所,打圧痕。いづれも軽微。
  棹孔は 23×13。右下角に小さなカケがありますが,使用上の支障はない程度のようです。実際,抜くときもキッチリでしたからね。

(つづく)


胡琴譜の読み方 (2)

KOKIN_05.txt
斗酒庵 胡琴譜を読み解く の巻2015.5~ 胡琴譜の読み方 (2 西皮調)

STEP2 西皮は西瓜の皮ではない。


  月琴の場合,ほとんどの曲は 「上/合(六)」,すなわち 「上=ド」 としたとき 「ド/ソ」 にあたる調弦で弾かれますが,一部の曲に 「尺合調」,すなわち 「レ/ソ」 で弾くことになっているものがあります。

  清楽の胡琴も,前回解説した「二凡調(にはんちょう)」,すなわち「合/尺(ソ/レ)」の調弦のものがほとんどなんですが,そのほかに 「西皮調(せいぴちょう)」 もしくは 「四工調(すいこんちょう)」 という調弦で弾かれるものが何曲かあります。
 「四」 は 「ラ」,「工 」は 「ミ 」ですから,「二凡調」を 「ソ・レ」 とすると,一音づつあげて 「ラ・ミ」 のチューニングで弾かれるわけですね。

  「四工調」では工尺符号の 「四・五(ラ)」 は同じ低音開放弦で弾かれ,オクターブ上の 「ラ」 には 「伍」 もしくは 「伵」 とニンベンが付けられます。 「合・六(ソ)」 はどちらも高音弦,楽器の構造上この音のオクターブ上はありません。

  そしてこれが「四工調」の譜読み,最大の特徴なんですが,同じ 「ミ」 を,「工」 とあったら低音弦で 「仜」 とあったら高音弦で弾きます。 通常の工尺譜において 「仜」 は,「工」 のオクターブ上の音を表しますが,ここでは「高音開放弦」を指示する記号であるわけですね。

  「二凡調」では曲の流れで,「仩(高いド)」 がオクターブ下の 「上」 に書き換わったりしますが,「西皮調」ではその手のことはありません。「上(ド)」 のオクターブ上はふつうに 「仩」 ですが,明笛を基準とした音符の並びと違うところは,「仩」 が 「仜」(本当なら工(ミ)の1オクターブ上) や 「伍」(本当なら五(ラ)の1オクターブ上で,四の2オクターブ上) の後になることですかね。

  すべての曲に「二凡調」とか「西皮調」と書いてあればいいのですが,そうでないとき,その胡琴譜がどっちの調弦なのか,どう見分けるかといいますと。庵主所有の『清風雅譜』17年版で言えば,後付で 「合・四/六・五」  にニンベンの付いてるのが「二凡調」,「四(五)」 と 「工」 に付いてるのが「西皮調」ということになります。

  清楽曲に「西皮」もしくは「西皮調」と題される曲があって,タイトル通りこれは西皮調で弾かれます。ちょっと長い曲ですが,まずは『清風雅譜』17年版の原譜を。

  (楽譜画像はクリックで拡大)

  これを1文字=1拍,4/4拍子の近世譜に直すと以下のようになります。黒い文字の部分から読み解かれる,月琴や明笛による標準的な曲調(一部にテキストクリティーク上の変更アリ)は左,同じ楽譜を,前所有者の朱字書き込みから,これを胡琴譜に組みなおしたのが右です。

  六-六-|尺工六-|-○[仩-|六仩五六|
  工-尺工|六五六○|尺工六-|五六工尺|
  上--○|尺尺工五|六--○|工六工尺|
  上--○|工六工尺|上○六六|工六上-|
  -○上四|上-上-|六-工六|工尺上-|
  尺-上-|四-合-|-四工尺|合--○|
  合-工-|四上尺-|-○尺-|--尺-|
  --四上|尺--○|工-尺工|尺上四-|
  工-尺上|四仩合-|-○五六|工六尺-|
  -○六工|六-尺工|六-五六|工尺上-|
  -○尺尺|工五六-|-○工六|工尺上-|
  -○工六|工尺上○|六六工六|上--○|
  上四上-|上-六-|工六工尺|上-尺-|
  上-四-|合--四|工尺合-|-○工-|
  合-四-|四-乙-|乙-五-|五-六-|
  -○六-|六-五-|-六工-|五-六-|
  -○五六|工五六-|-○工六|工尺上-|
  -○工六|工尺上○|六六工六|上--○|
  上四上-|上-六-|工六工尺|上-尺-|
  上-四-|合--四|工尺合-|-○上-|
  上-工-|工六尺-|-○工六|工尺上-|
  -○五六|工五六-|-○工六|工尺上-|
  -○工六|工尺上○|六六工六|上--○|
  上四上-|上-六-|工六工尺|上-尺-|
  上-四-|合--四|工尺合-|-○合-|
  四-乙-|乙-五-|-○五-|--五-|
  --工六|五--○|]
  六- 六四上|尺 六-|-合伍[仩-|六仩 伍六|
  工四上|六伍 六四上|尺|伍六 工尺|
  上--○|尺尺 伍|六--合伍|工六 工尺|
  上--上尺|工六 工尺|上○ 六六|工六 上-|
  -○ 上四|上- 上|六- 工六|工尺 上四上
  尺 上-|四 合-|-伍 合四|合--五六
  合- 工|四上 尺-|-○ 尺-|-- 尺-|
  -- 四上|尺--上尺- 尺|尺上 四上尺
  - 尺上|伍仩 合-|-○ 伍六|工六 尺-|
  -○ 六工|六四上|六 五六|工尺 上-|
  -○ 尺尺|伍 六-|-○ 工六|工尺 上-|
  -○ 工六|工尺 上○|六六 工六|上--○|
  上四 上-|上 六-|工六 工尺|上四上
  上- 四|合--伵|尺 合-|-○ 工-|
  合- 四-|四- 乙-|乙- 五-|五- 六-|
  -○ 六-|六- 五-|-六 工-|五- 六-|
  -○ 五六|工五 六-|-○ 工六|工尺 上-|
  -○ 工六|工尺 上○|六六 工六|上--○|
  上四 上-|上 六-|工六 工尺|上四上
  上- 四-|合--四|尺 合-|-○ 上-|
  上 工-|工六 尺-|-○ 工六|工尺 上-|
  -○ 伍六|工伍 六-|-○ 工六|工尺 上-|
  -○ 工六|工尺 上○|六六 工六|上--○|
  上四 上-|上 六-|工六 工尺|上四上
  上- 四-|合--四|尺 合-|-○ 合-|
  四- 乙-|乙- 伍-|-○ 伍-|-- 伍-|
  -- 工六|伍--○|]

  前回と同じく,赤文字は装飾符。後半に2箇所ただの 「工(低いミ)」 がオレンジになってるところがあります。原書ではここにニンベンはついてないんですが,前2回同じフレーズで 「仜」 になっていることから,ここはニンベン付けるのを省略したものと考えます。まあ,上にも書いたとおり,「四工調」で 「工・仜」 は同じ音の低音弦で弾くものと,開放弦で弾くという運指,すなわち指遣い上の違いでしかありませんから,基本的にはどっちで弾いても構わない(w)のですが。

  ちなみに『清風雅譜』内の曲で(調弦法の)「西皮調」を使って演奏されたことが分かっているのは,この「西皮調」のほか「三五七(尼姑思還)」,「銀鈕糸」「金線花」の4曲だけで,あとはみんな「二凡調」です。

  前回同様,このチューニングにおける三つの楽器の実音と符号の関係を表にするなら----

明笛(乙)
実際の音3G3A3B4C4D4E4F4G4A4B5C5D5E5F5G5A5B6C
月琴六/合五/四𠆾
胡琴四/五工/仜六/合伍/伵亿

  と,なります。
  前回も書いたとおり,あくまで 「上=4C」 とした場合の表で,古い明笛に合わせた実際の清楽の演奏では,これより長音2度ほど高かったと思われます。

  まあ,実際,庵主はMIDIの上では何度も組んで実験してますが,こちらの調弦で,現実(リアル)な楽器を使い,胡琴と合奏してみたことはいまのところありませんねえ。

  無段階楽器とはいうものの,胡琴は短いだけに音域がせまく,「二凡調」でも「西皮調」でも,「工」のオクターブ上(上の表で言うとあとマス2つ先)くらいまでが,なんとか安定した音の出せる高音の限界のようです----そういやまだ見たことはありませんが,四工調の場合,その音を表すときは「工」にギョウニンベンを付けることになるんだろうな~,とは思います。

  庵主,自分では弾けないので~(w)まだ実験と文献の擦りあわせが多少足りてないところもございます。
  SOS団・胡琴弾き諸君の健闘と成長を祈る!

*(曲の)「西皮調」のメロディなどについては こちら でどうぞ。

(つづく)


胡琴譜の読み方 (1)

KOKIN_04.txt
斗酒庵 胡琴譜を読み解く の巻2015.5~ 胡琴譜の読み方 (1 二凡調)

STEP1 「胡琴譜」読んで胡琴を弾こう!


  清楽で用いられている楽譜,「工尺譜」っていうものは,ある意味きわめて合理的な楽譜で,月琴や明笛,胡琴など音域の違う楽器が,パート分けされていない,まったく同じ譜面の同じ文字列を同時に見ながら,それぞれの奏者が自分の楽器に合わせた演奏が出来るようになっています。

  「工尺譜」は文字譜,かんたんに言えば 「ド,レ,ミ…」 という音階に 「上,尺,工…」 という漢字を,記号として当てただけのものです。 「上」 を 「ド」 とした場合の,文字の並びは 合 四 乙 上 尺 工 凡 六 五 (乙) これが ソ ラ シ ド レ ミ ファ ソ ラ シ に当たります。

  高音の「乙」から先,1オクターブうえの音には,「仩」 といったぐあいに,漢字にニンベンが付けられます。ちなみに,中国の工尺譜では低音の「乙」は「一」,高音が「乙」と書き分けられますが,日本の工尺譜ではこれがなく,「乙」がどちらの音なのかについては,それぞれの楽器の音域・音階と,前後の符の高低によって判断されていたようです。(すなわち合・四に隣り合わせ,または同じフレーズ内にある場合は低音,五・六,もしくはそれ以上の高音に隣り合わせた場合は高音となる)

  楽譜自体に何の前置きがなくても,月琴の奏者は 「合・四・乙」 を,符字の並びから言えば1オクターブ高い 「六・五・乙」 の音を使って弾きます。月琴の最低音はそもそも「上」で,低音の「合・四・乙」にあたる音はないからですね。
  また,明笛は 「五 仩 六」 と楽譜にあった場合,この3音をすべて甲音(高音)で吹きますが,「四 仩 合」 となっていた場合は,まんなかの「仩」を1オクターブ下の呂音の「上」で吹きます。明笛の最低音は「合」。後者の場合,まんなかが「上」でなく「仩」になっているのは,月琴などの高音楽器のためなわけです。


  胡琴の場合,この読み解きはさらに少し複雑になります。

  胡琴には二つの調弦法があり,曲によって調弦を変えて弾きます。
  このうち「九連環」や「茉莉花」などで使われる一般的な調弦が 「二凡調(にはんちょう/ねはんちょう)」 です。上記のように「上=C(ド)」とした場合,低音弦の開放が「合」,すなわち低いG(ソ),高音が「尺」,すなわちD(レ)のチューニングになります。
  胡琴の譜では月琴と同様,工尺譜の 「合・四」 と 「六・五」 に区別がなく同じ音で弾かれまが,月琴の場合これらの音がいずれも高いほうの音で弾かれるのに対して,胡琴ではこれと反対に低音弦で出す「低い音」として弾かれます。 そして,開放弦のオクターブ高い音は「六・五」ではなく,符字にニンベンを付した 「𠆾・伍」 で表されます。
  また,明笛の場合 「五 仩 六」 とあればまんなかの 「仩」 は高音,「四 仩 合」 とあれば「仩」はオクターブ低い「上」として吹かれますが,胡琴の場合はどちらの「 仩 」も,低音,「伍仩𠆾」 の時だけ高音になるわけです。
  すなわち,胡琴の奏者が工尺譜を見たときの音の並びは----

  (合/六) (四/五) 乙 上 尺 工 凡 𠆾 伍 亿 仩…

  ----となるわけですね。
  基音楽器である明笛での工尺符字の並びを基準とし,月琴の「上」を 「4C」(ピアノの真ん中のド) とした場合,3つの楽器の音域と工尺符字の関係は,以下のようになります。

明笛(乙)
実際の音3G3A3B4C4D4E4F4G4A4B5C5D5E5F5G5A5B6C
月琴六/合五/四𠆾
胡琴合/六四/五𠆾亿


  あくまでも,わかりやすくするため 「上=4C」 とした場合の表ですからね。

  東洋の音楽は基本的に「移動ド」。
  西洋音楽のように絶対音A=440HZを基準とせず,人の声やなんらかの基音楽器の音を基準として,演奏するその時々に決められます。きょうの「ド」は西洋式に言うと「レ」かもしれないし,明日の「ド」は「ファ」になってるかもしれません。(w)

  清楽では楽器の調弦は明笛の音で合わせるのですが,清楽に使われた明笛の全閉鎖音(合)は3Bbから3Bくらいなので,実際の音階は,これより長音で3度くらい高いでしょう。

  月琴と明笛は,通常の工尺譜のままで,弾き分けがほぼ可能なんですが,さすがに胡琴となると,符と音の関係が複雑でちょっとそうはいきません。

  左の画像は庵主所有の『清風雅譜』17年版の一部。

  この本の前の所有者は胡琴弾きだったようで,朱字の装飾符に 「𠆾・伍」 の字が見えるほか,印刷された「六・五」の横に朱でニンベンを書き込んであるのが分かりますね? 上で解説したように胡琴譜のきまりでは,そのままだと「六・五」は「合・四」と同じ低音になってしまうので,胡琴で高音にすべきところにニンベン付してこれを表しているわけです。
  月琴と明笛の奏者は,黒い文字のところだけを追いますから,この状態でももちろん合奏に支障はないわけですね。

  井上輔太郎 『月琴雑曲ひとりずさみ』(M.24)という譜本の巻末に,渓蓮斎によるものという「胡琴譜」----すなわち通常の工尺譜を,胡琴用にわかりやすく書き直した譜が入っています。これを17年版の譜と対照させると,ふつうの工尺譜と胡琴譜の違いが分かりやすいかもしれません。


   (画像はクリックで拡大)

  まあ,画像だけ見ても分からんか。(w)
  ではまず,これらを4/4の近世譜に直します。上が『清風雅譜』17年版の黒い文字部分を変換したもの。下が『月琴雑曲ひとりずさみ』の胡琴譜です。

 上- 工-|尺--○|工- 四上|尺工 上四|
 合- 合四|仩- 仩合|四--○|四仩 四仩|
 四- 仩四|合--○|四合 四仩|合--○|
 工- 工-|尺工 六-|五六 工尺|上--尺|
 上--○|

 上四合六上|尺--○|工尺工 上|尺
 合尺工 四|上 上合|四--○|
 四合四|合--○|四合 四|合--四合
 工- 工六上|尺 𠆾-|伍𠆾|上-合上
 上--○|

  1文字1拍(4分音符),下線がついて小文字になっているのは半拍(8分音符),「-」が伸ばす音,「○」が休符です。

  『清風雅譜』は渓派(東京派)の祖・鏑木渓菴が著した同派の基本楽譜で,渓蓮斎は渓派中興の高弟,当然その楽曲は『清風雅譜』の版を忠実に基にしているはずですから,胡琴譜に変換されているとしても,その基礎となっている部分の曲調は『清風雅譜』の版と同じなはずです。
  下段で赤文字になっているのは,その基本曲調に対する「装飾符」の部分を強調したものですね。先に見た17年版において,朱文字で書き込まれてた小さい符字がこれにあたります。
  この装飾符をのぞくと,ほとんどの部分が基本曲調とほぼ一致していること,また上に書いたように,「仩」で表されていた部分が,オクターブ下の「上」に変換されていること,高音で弾いてほしい「ソ・ラ」が「𠆾・伍」に換わっていることなどが分かるかと思います。

  上の17年版,版の状態もよく,拍点がウラオモテ両方ついてるなど,付点が分かりやすく基本的な曲調の読み解きによいので,庵主はよく工尺譜の見本として使っていますが,先にも書いたように,こちらも胡琴弾きが使ったものなので「胡琴譜」として読み解くことが出来ます。その場合の譜面は以下に----民楽などやってる方のために,数字譜もつけておきましょう。あ,あと「茉莉花」の胡琴譜もついでに。これも調弦は「二凡調」です。記事を参考に,ご練習あれ。


   (画像はクリックで拡大)

  井上輔太郎『月琴雑曲ひとりずさみ』は国会図書館のアーカイブに,庵主の『清風雅譜』もpdfで公開されてますので,より詳しく調べてたり,読み解いて見たい方は,そちらから資料をDLしてやってみてください,ぜひぜひ。

  参照:「斗酒庵夏の資料大公開! 」(2014.7)

(つづく)


月琴38号 (終)

G038_06.txt
斗酒庵 出自に悩む の巻2015.3~ 月琴38号 (終)

STEP6 天華斎(推定),還る


  表裏面板の修繕が終わったところで,清掃作業に入ります。
  表面板や棹はやや粘っこい黒いヨゴレで覆われています。
  とくに泥とかなにかではなく,家庭内の生活的なところでたまったホコリの類だとは思いますが,わずかに脂っこい煤煙のようなものも含まれているようですね。
  蓮頭をはじめ,糸倉の上面,棹の左右などのヨゴレがとくに著しく,裏板のヨゴレはさほどでもありませんでしたから,おそらくは台所わきの納屋か納戸とかの,壁か柱のようなところに,ずっとぶるさげられていたのかもしれません。


  この作業によって,側部の木肌がようやく見えるようになりました。
  タガヤサン…ですね。色は薄く,棹ほどいい部位からとった部材ではないようですが,粟粒のような導管の見える独特の木理からして間違いないかと。
  前修理者の手によると思われる四方の丸孔(唐木で埋められている)もくっきりと見えるようになりました。内部からのぞいても埋め木の先端が見えるだけで,何のための工作だったかはいまだに分かりませんが,まあきちんと埋められているし,さほど気になるものでもないのでそのままにしておきます。
  四方の接合部はやはりウルシで再接着・充填されています。工作は緻密で強固,これも間違いなく前修理者の工作ですね。


  経年の放置とヨゴレ取りによって,唐木特有の深みのある色合いもツヤもなくなってしまっていますので,まずは油をしませます。桐板が吸い込むとシミになって大変なので,面板の木口はあらかじめきっちりマスキング。
  ウェスに亜麻仁油を少量落とし,部分的に染ませすぎないよう注意しながら,側板全体に均等にしませてゆきます。
  この手の作業中は,自分の指にも注意しましょうね。(経験者は語る)
  油がついた指で面板触ったりしちゃ,絶対ダメですよ。(経験者は語る)
  ホント,油を使う作業は,ちょっと油断すると後でけっこうヒサンなことになっちゃったりするんですが,唐木の類は特に油と相性がよく,見た目だけでなく割れ防止など部材の保全のためにも必要ですので,毎度ビクビクしながらやってます。

  作業は少し時間を置きながらやりましょう。
  木肌に油が染み込むのには時間がかかりますからね。
  色が少し濃くなったかな? というくらいで一度間をとりましょう。
  それでしばらくすると-----

  タガヤサンの色艶,復活です!

  亜麻仁油で溶いたカルナバ蝋のワックスでゴシゴシ磨いて仕上げ,けっこう力が要ります。


  表裏面板が乾いたところで,半月を戻します。

  まずは棹のほうにはあらかじめ山口(トップナット)を接着しておき,例によって糸を張って楽器の中心をはかり,半月のあるべき正位置を探ってゆきます。


  オリジナルの位置から左に5ミリほどズレました。


  唐物楽器の場合,半月の位置は楽器の寸法上の中心とはあまり関係がなく,糸を張って棹が落ち着くところ,と決められていたようです。というのも唐物の楽器では,棹の取付け工作が適当なので,糸の張力で棹が適当に左右に傾くのですね。それで変に計ってやるのではなく,実際に糸を張ったとき,棹が落ち着き,糸のコースがちょうどいいぐらいになるところに半月を取り付けていたのだと思われます。

  しかし現状,この楽器の棹は,前修理者の補修調整によりきっちりおさまっていて,右にも左にも,寸分ダニゆるぎません。


  どうやら前修理者さんは,胴体の中心線から類推して棹の角度を調整したようですね。つまりは楽器を立てたとき,棹がまっすぐに立つようにしちゃったわけです----修理調整としては素晴らしいのですが,半月のほうを放置してしまっていますので,このままオリジナル位置に戻すと,弦が少し右寄りになってしまいます。

  弾けなくはないのですが,2フレット以降がかなりフレットの端ギリギリになって,多少弾きにくい。

  ここは前修理者の「やり残し」と考え,楽器の中心線から推定されるベストの位置に貼りなおすことといたしましょう。

  半月の裏と新しい接着位置表面を粗めのペーパーで軽く荒らし,じっくりお湯をふくませ,薄めに溶いたニカワを染ませてクランピング。ズレたぶんの日焼け痕がちょっと目立っちゃいますが,ここはまあ,あとで補彩しましょう。



  さてラストスパート!
  まずはフレッティング。

  この楽器の場合,オリジナルのフレットが残っていなかったので,もとの材質は分かりませんが,前修理者が竹ではなくわざわざ木で作っているところを考えると,14号と同じようにツゲか唐木であったかもしれません。
  まあ何はともあれ,庵主としては早くこの楽器の音が聞いてみたいので,とりあえず竹でさくッと作ることにします。

  開放C/Gの調弦でオリジナル位置での音階は以下----

開放
4D+64E-274F+394G+204A+105C+435D+305F#-44
4A+44B-295C+325D+145E+45G+375A+245C+48


  この楽器の場合,フレットの目印は各場所に二つあり,長い線の下(半月がわ)にフレットが貼られていました。中央の短い線はフレットの中心位置を指すものと思われます。
  第3フレットの場所には,中心の目印の上下に長線が引かれていました。表にある音は上のほうの線の位置で計ったもの。下の線を基準としたときの音は 4F#-44/5C#-42。これだと調弦がどうでもやや不自然な音階になるので,おそらく上の線のほうがオリジナルの目印と考えられます。

  国産月琴に比べると全体にそろった数値になっていますね。実際の清楽音階での調弦Eb/Bbだと,もっと違和感がないかもしれません。

  計測も終わったところで,西洋音階でフレットを並べなおします。

  さて,調査記録の中でも書きましたが,この楽器の修理における庵主最大の悩みは 「どこまで直すか」 です。ここまで----すなわちフレットがついた状態で,この楽器の「楽器としての」修理はほぼ完了しています。音楽を奏でる,ということにおいては不都合・支障はありませんし,工房に届いた時の「原状」に近い状態でもあります。
  また,幕末から明治の清楽家にとって「天華斎」の月琴というのは,少し大げさですがバイオリンにおけるストラドのような人気があったものです。その意味においてこれは歴史的な楽器でもあり,これ以上の余計なことは蛇足というよりは「僭越」となってしまうかもしれません。

  かなり悩んだのですが,それでも,ボロボロになりながらも,うちの工房にまでたどりついてくれたこの古器に,自分なりの,何かはなむけを,とやっぱり考えるわけです。


  柱間飾りと,扇飾り,そして左右の目摂。
  大きなエグレがあるためバチ布はつけられませんが,最小限の装飾を「蛇足」と分かっていながらつけてあげることにしました。
  柱間飾りと扇飾りは同じメーカーの他の楽器についていたものを参考にしましたが,目摂は推測された花籃や鳳凰でなく,あえてオリジナルのデザインのものをつけます。

  彫りあがったお飾りを染めて,オリジナルの蓮頭を戻し。
  2015年4月30日,
  月琴界のストラド「天華斎」(推定)の月琴38号。
  修理完了いたしました!!


  左右目摂の意匠は「梅」です。
  庵主,いつもだと琳派あたりのデザインを参考にするのですが,今回は「南画」。江戸から明示にかけて流行った中国風文人画の教科書を参考に彫ってみました。なぜ「鳳凰」でも「花籃」でもなく,コレにしたかといえば----これだと透かし彫りが多く,接地面積が小さいので,ハズしちゃうときにも被害が少ないでしょう?

  このお飾りにちなみ,銘は「孟浩」,由来は こちら などご覧ください。

  音は----絶品,ですね。
  いえ,28号のように大音量でもなく,36号のように不思議な澄んだ音でもありませんが,まさにこれが「月琴という楽器」の良い音,なんだと思います。
  国産月琴だと,やはり33号松音斎なんかが,いちばんこれに近いかな。

  すこしくぐもった温かな音色なのに,余韻はきぃんと冷ややかに澄んで,かすかにかすかにながらずっと続いて響いてゆきます。

  国産月琴に比べると,各部の工作や仕上げは粗く,棹なんかもムダに太めに見えますが,抱えてみると,ややヘッドヘビーながらバランスは案外に良く,楽器の向くままに構えれば,自然ともっとも良い音の出るベスト・ポジションとなるあたりは,やはり「良い楽器」の特徴なんでしょうねえ。


  なんにしても。
  こういう歴史的にも意味のある,
  素晴らしい楽器にめぐり合えたことを光栄として
  感謝を捧げ,この楽器の未来に幸あらんことをと,
  柄にもなき身ながら祈りましょう。

  試奏の様子は以下をどうぞ----

  (1)音階
  (2)紫竹調


(おわり)


月琴28号 なると (終)

G028_06.txt
斗酒庵 10本も前の月琴をようやく修理する の巻2015.3~ 月琴28号 なると (終)

STEP6 重巡なるとの出港

  さて,糸倉の割れも直り,胴体の諸問題も片付き,半月も付きましたので,実際に弦を張ってみましょう。
  この楽器は当初から棹の傾きが足りないので,おそらく弦高は高めだろう,とは思っていたんですが----

  ちょっとここに,オリジナルのフレットを置いてみましょうかあ?
  あう……一番背の高いフレットでも,頭から弦までが3ミリも開いてら。
  弾けるかーい!こんなもん!

  ちなみに山口(トップナット)は国産月琴の平均的な高さで作ってあります。半月の高さから考えて,これより多少高いことはあっても,低いことはふつうありえません。
  国産月琴では,フレットが低めの楽器のほうがよい楽器とされていたようです。これは一つに,一般の日本人にはフレット楽器にあまり馴染みがなかったことが原因としてあげられましょう。三味線で慣れてると,弦が棹から離れた状態が不安なのかもしれません。

  庵主いつも言ってるように,この「フレットの高さ」は,原作者が思い描く「理想的な月琴」のセッティングを表しています。理想が高ければ高いほどフレットは低いわけですが,木工工作というものはザンコクなもので,そうそう思ったようにはいきません。すべての楽器を完全に「理想的」な状態で完成させることは不可能と言ってもいい。最初の珠玉の一本はそれでよかったとしても,次の一本がまったく同じであることはまずありえません。よってフレットの高さは「理想」,それに対する弦の高さは,それに対してつきつけられるオノレの技量と才覚の限界たる「現実」なわけです。(お,なんかテツガク的だねえ)

  でも,この楽器の場合,こりゃもはや「理想」なンてもんじゃないですね。
  ----「妄想」ですわ。

  原作者の果たせなかった「理想」を,方法があるなら少しでも「現実」に近づけるというのも,楽器の修理者の義務なのかもしれませんね。(w)

  弦高は胴体表板を水平基準面としたとき,トップナットのところで11ミリ,半月で9ミリ。高低差がわずか2ミリしかありません。

  この楽器の場合,棹の接合がやや特殊な工作となっているため,棹基部の調整によってより背側へ傾けるといった,いつもの方法がとれません。そこでまず,半月がわの弦高を下げるため,ゲタを噛ませます。
  ゲタの材料は煤竹。 糸すれを考えて,糸に触れるがわに皮面を向けて接着してあります。前記事で書いたように,これの半月のポケットはアーチ型にえぐられてますので,ゲタの接着面もそれに合わせて加工しました。いつもみたいに単純な細板状じゃないんで,ちょっと手間でしたね。

  これにより半月がわの弦高が3ミリくらい下がりました。
  高低差5ミリ,これだけあればなんとか8本のフレットをその高低差の中に押し込めます。弦高に高低差が少ないとフレットは全体に高くなります。フレットの高低差が少ないと運指に影響が出,またビビりの出やすい調整のしにくい楽器になってしまうのです----あんまり下げすぎると,ピックが面板をひっかいちゃいますんで,これが限界かな。
  これにより,フレットの高さも全体に低くなるとは思いますが,現在残っているオリジナルのフレットでは,それでもまだ理想が高すぎる(つまりフレットが低すぎるw)ので,やっぱり今回も,唐木で新しいフレットを作ってやらなきゃなりません。
  あ~あ,竹に比べるとカタくて加工が大変なので,正直やりたくないんだけどな~。(汗)

  材料は8本のうち1本をのぞいて縞黒檀の安いヤツです。
  まあ,もっとも。この材料自体,タダでもらってきた端材なのですが。(w)

  出来上がったところでスオウとオハグロで染めて,ラックニスで色止め。
  ローズの高級品か,マグロ黒檀って感じになりました。
  むかし,骨董屋なんかもやったテクですね。

  雑木を染めて黒檀や紫檀にみせかける,っていうのは,庵主,いつもやってますよね。しかしながら材料がホオやカツラの場合,見る人が見れば木の質感や木目の感じで「染め」だとバレちゃいます。けれど,白太(しろた,黒檀だけど黒くない部分)の混じった黒檀を染めたり,カリンなど似たタイプの硬木を染めた場合は,かなりの人でなければ,それが見かけどおりの材料でないとは,まず見抜けないでしょう。
  今回の工作も,その類ってわけです。

  オリジナルのフレット位置での音階は----

開放
4D-94E-354F-134G-74G#+465C-465C#+255E+49
4A-104B-435C-115D-215Eb+325F#+485G#+265B+23

  ここで少々問題発生!
  この楽器,棹と延長材の接合方法がふつうの月琴と異なっている,ということは上でもちょっと触れましたし,前にも書きましたよね。原作者のとったこの方法,木と木の接合の方法としては問題がないんですが,この「月琴」という楽器の構造としては大いに問題があったようです。

  糸を張った後,やたらと音が狂いやすいものですから,あちこちあらためて調べてみましたら,調弦しようと締めると棹がほんのわずかですが持ち上がるんですね。
  棹孔などとの噛合わせをかなり調整したのですが,それでも持ち上がる。
  そこでさらに調べてみたら----原因がなんと,その棹の接合工作だったんですね。

  図をご覧ください。
  上が一般的な月琴の棹と延長材の接合方法,下が28号のです。
  通常,棹の延長材には棹本体より軽軟な針葉樹材が用いられます。
  一般的な接合方法ですと,棹にかかる弦の張力の負担は<字になっている部分の面が受け止め,衝撃や張力に負けた場合はこの面のいづれか,あるいは両方の接着がとびます。
  これに対し28号の方法では,張力に対する負担は真ん中の,一番長い辺になっている面が受け止めます。この工作だと延長材の一端をL字型に切り除けばよいだけで工作も簡単。接着もラクです。しかしこの構造では,実際に糸を張ると,両端の短辺部分の硬い部材が,軽軟な延長材に食い込むカタチになってしまうのです。
  部材同士の硬さの違いが顕著であるため,この短辺部分はいくら擦り合わせを精緻にしても接着しなおしても,力がかかればすぐ割れて,少しづつスキマを広げてゆきます。つまりはこのままだと,使えば使うほど音合わせはしにくく,音は狂いやすくなってしまうでしょう----なんてこった!

  ううむ…内桁の接着と一部改造に続き,ここでもオリジナルの工作にリビジョンを加えなければならなくなりましたねえ。
  オリジナルの工作は尊重してあげたいのですが,内桁のときと同じように,メリットよりデメリットしかなく,しかもその問題がすでに顕在化しているのであれば,修整してやらなければ,せっかく作ってくれたモノが,楽器として成立しない,ただの飾り物になっちゃいかねません。この楽器の場合,材料だけ考えたってもったいないったらありゃしない。

  まずは表板がわ短辺の接合部分に,両側から斜めに刻みを入れて切り取り,そこにカツラを削ったV型の材を埋め込みます。直角だった接合部を斜めにして,棹の本体部分が,延長材に食い込まないようにするわけです。補材が接着されたところで整形して,棹基部と面一にし,さらに補強のため,基部の表板がわをローズの薄板で覆いました。
  この補強で棹の取付けはかなり頑丈となり,糸を張ってもあまり持ち上がらないようになりました。
  ふう…ほんとなんてこッた! ですわい。



  最後の最後までオリジナルの工作にふりまわされ,悩まされましたが。
  4月20日,ちょっと問題アリ,な最重量級月琴28号なると。
  修理完了いたしました!

  オリジナルでは左右目摂のほか,丸い凍石の飾りが二つついていましたが,どちらもあまり趣味が良くないので,これはもどさず。

  ふつうの月琴によくある,扇飾りと中央円飾りを作ってあげることにしました。
  扇飾りはコウモリ。第6フレットがかなり長めなんで,楽器としての大きさもほぼ等しい不識の月琴などについてる大き目のやつを参考に,ちょっとオリジナルのデザインで彫ってみました。

  円飾りは最初,左の紅葉とトンボの図柄のものをホオ板で彫ってつけてみたんですが。


  28号,全体のデザインはシンプルですが,実際の重さと同じく(w)どこか重々しい雰囲気があります。さらにフレットもほかの飾りも黒なため,中央飾りまで黒だと,どうにも重苦しくなってキモチが悪い。
  そこで白っぽい凍石で,小さめの円飾り(もとここについてた太極マークとほぼ同じ大きさ)を作ってみました----図柄はよくある鳳凰。これがなかなか大当たりで。
  こんな小さなものですが,中央に白い飾りがあるだけで重々しさも消え,なにかさっぱりとした感じになりましたね。



  さて,音ですが。
  思った通りの「激鳴り楽器」(w)ですね。

  くっきりとした大きな音,はっきりとした長い余韻。
  弦楽器の音としてはすばらしいし,それなりに良い音とは思うのですが……こりゃ「月琴の音」かなあ? って感じが多少(w)。
  月琴の音としてはすこし大きすぎて,雅味に欠けたところもありましょうか。
  琵琶の音にかなり近いと思いますね。


  あと,なにより,重い重い重い重い!!

  ふつうの月琴の3倍くらいはありますからねえ----まあ「楽器」としては軽いものなほうでしょうが,ふつうの月琴で慣れてる脆弱な身(w)には,持ち運ぶときがちょとタイヘンです。
  あと,月琴は軽い楽器ですので,たいていの場合,ふだんは鴨居に吊るして置いておくんですが,この楽器,胴体があまりにも重すぎて,そういうふつうの方法だと,棹や糸倉に変な負担がかかって危ないです(糸倉が割れてた原因はあんがいコレかもしれません)。琵琶で使うような掛け台に置いておくのが良いと思いますね。

  オリジナルの改変が何箇所もあるので,古物としては価値を失ってしまいましたが,今回の場合,そこを直さないと「マトモな楽器として成立しない」っくらいの選択でしたので,「楽器としての再生」を修理の主目的としている庵主にとってはしょうがないところ(汗)。



  また,いちおう補強はしましたが,それでも首がちょっと弱いのと,糸倉に直しがあるぶん,そうそうヒドい無茶はできない,という欠点もそのままですが,楽器としては材料ぶんの価値はある,それなりに良いものに仕上がっていると思います。

  さてさて,どんな人が弾いてくれることになるのかな?
  まずまず,これをふつうの月琴みたいに,軽々と持ち上げられる大力の持ち主じゃあないとねえ。(w)

(おわり)


« 2015年4月 | トップページ | 2015年6月 »