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月琴39号 東谷 (1)

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斗酒庵 小野東谷に出会う の巻2015.4~ 月琴39号 東谷 (1)

STEP1 ぞうさん

  さて,自出し月琴としては39面めの楽器がやってまいりました。

  こうしてブログにあげているぶんだけで言っても,依頼修理の楽器もふくめ,これで50面めくらいになりますか。
  1号月琴と出会ったのが1999年。その修理なんてことをするようになったのが,2004年ごろのハナシですから,それからだいたい十年……楽器修理なんて本職でもないのに,まあ われながらようやったなあ(疲) と。


  39号は,おそらく明治初期の国産月琴。


  短めの棹,絶壁のうなじに厚めの胴体,一枚板に見える表裏の面板……全体の雰囲気や材質,とくに加工・工作の 「きっちりさん」 加減から,あきらかに日本の職人さんによるモノ,と,分かってしまいますが,かなりしっかりと唐物を真似た 「倣製月琴」 てあたりですね。しかしながら----

  いちばんの特徴はやっぱり,この胴体中央に貼られた象さんでしょうか。

  これと似た絵柄のゾウさんは,明治時代,輸出用の陶器とか工芸品の絵柄としてもよく見られます。当時の意匠集なんかにもよく載ってますね。ゾウさん単体よりは,唐子や唐人さんをまわりに配したものが多いかな。 たぶんそういうお手本から写したものではないかと思いますが,身体のシワの細かな彫りもさることながら,目に銀粒を埋め込んであったり,細工は細かい。
  まだよくは分かりませんが,もともとこの楽器用に作られたものではなく,印籠とか小箱のようなものの飾りとして貼り付けられていたものを流用したのかもしれません。

  半月の飾りの意匠が,ちょうど同時期に修理していた28号のとほぼ同じです。

  28号は3年くらい前に購入して放置してたのをたまたま直してたもの,同時に修理してたのが,同じくうなじが絶壁な真正唐物の38号天華斎----でそこにやってきたのが,二つを足して2で割ったような倣製月琴

  まあ言っちゃえばただの偶然ではあるんですが。

 たとえばある作家の月琴を修理していたら,同じ作家の楽器がもう一本手許にきたり,関西の作家の楽器を修理してたら同じ地域の作家の楽器が舞い込んできたり……こういう 「楽器が楽器を呼ぶ」 みたいなことが,長いこと修理なんかしてますと,ちょくちょくありますね。

  28号の飾りは浮き彫りですが,こちらはツゲの板を貼り付けてあります。同様の貼り付け飾りは,ほかの楽器でも見たことがありますが,ふつうはもうちょっと薄いかなあ。 本器のは,この手の貼り付け飾りとしてはかなり頑丈そうな感じです。

 へんな感じにやや左に傾いてますから,もしかすると一度ハズれて付け直したものかもしれません。


  んじゃ,棹はずしてみましょうか。

  おおぅ,きつきつ!
  日本の職人らしいキッチリした工作,棹孔となかごがしっかり噛合ってて,抜くのにちょっと力が要りますね………おおっと!



  作者銘,出たーーーッ!!!!


  棹なかごの表板がわに 「日本小野東谷作之」 とあります。
  「ひのもとおのとうこくこれをさくす」 かな。 「小野東谷」…「小野東谷」か…知らないなあ。
  庵主の楽器商リストにも見当たりません。まったく未知の作家さんです。

  全体として良く出来ているし,木工の腕前もかなりだとは思うのですが,庵主,それでもなにかわずかに違和感を感じます----何でしょう? 楽器作りを本業としている人の手じゃない,って感じでしょうか。
  28号を修理してるときにも同じような感じがありましたが,この楽器も,なにかこう 「ちょっと分からないで作ってる感」 があるんですね。 月琴の実物は見ているし,手にも取っているけど,内部構造を含め,その楽器としての工作の要点……「ツボ」みたいのがちゃんと分かってないまま作ってる……みたいな。


  未知の作家の国産倣製月琴,39号東谷。
  ではとりあえず,採寸からいってみましょうか。



採寸

  全長:630(蓮頭を含む)

  胴 縦:355 横:360
    厚:40(表裏板厚:4.5)

  棹 長:266(蓮頭を含まず)
  糸倉部分:145,最大幅:32(先端)
  指板長:130,最大幅:31.5(基部),最小幅:26(ふくらの下)
  最太:33>最細:25


  推定される有効弦長:418

  この楽器は,指板が山口の前で切れているタイプです。
  その指板の切れ目のところを基点として,各フレット痕,および残っているフレットの下端までの距離は----

4577105140164209230260


各部簡看



  棹の材質は分かりません。

  ただホオやカツラにしてはやや重いので,クワではないかと思います。
  蓮頭から指板の半ばくらいにかけて,固まった真っ黒いヨゴレに覆われています。泥や油のようではなく,ホコリなどが湿気で固まったもののようですが,かなり硬く,表面はザラザラとしています。

  蓮頭は 85x58x厚12,上部周縁は斜めに落とされていますが,テーバーのない分厚い板状で,意匠は蓮の花と二股になった波唐草です。やや大きめ,彫りもやや深めで武骨な感はありますが,楽器職ではないにせよシロウトの仕事じゃありませんね。
  ヨゴレに覆われ真っ黒に見えますが,この下はどうも黒ではないようです。損傷はほとんどありません。


  糸倉はすでに紹介したよう,うなじが絶壁の唐物月琴タイプですが,基部の切れ込みが指板にまで達して「くびれ」となり,楽器正面から見ると指板の左右が浅くテーバーになっています----つまり唐物月琴と国産月琴の特徴を兼ね備えたハイブリットな楽器なわけですな。
  わずかに幅広の間木をはさみ,左右厚8ミリ。上下の丈が短く,コンパクトで丈夫そうです。

  棹背は胴体がわ基部から船底型。唐物だと胴体がわは四角く,真ん中と糸倉との境までを丸く削ったていどのことが多いですね。背はほぼまっすぐですが両端に微妙なアールがつけられています。このため,やや太めですがなかなかに美しい。

  指板は厚さ2ミリ。紫檀だと思いますが,ヨゴレのせいでよく分かりません。
  棹上のフレットはすべてなくなっていますが,その接着痕の上下にケガキ線。接着のためその真ん中は少し荒らしてあるようで,引っかき傷のようなものが見えますす。


  棹基部と延長材の接合はよくあるV字刻みのものですが,よく見ると棹基部にある「ヽ」と「日」の墨書のあたりに,斜めに二つ木釘が打ってあるようです。木釘の材質は棹と同じと思われ,工作はかなり精密なので,注意しないと分かりません。墨書は木釘の上にもかかってますので,当初からの工作と思われます。
  木釘どめだけでなく,ニカワづけもちゃんとされてたようですが,表裏とも接着がとび,割れてしまっていますね。

  延長材の材質は不明。少なくともマツ・スギ・ヒノキではありません。目の詰んだ桐かもしれませんが…少しカタいかなあ。クリとかクルミあたりだろうか。
  全体の工作は精緻で,表裏左右均一にすとんとキレイにすぼんでいます----楽器の性能的にはたいした意味を持ちませんが,(w)この作者はやはり,腕前もセンスもかなり良い人に思えます。


  糸巻きは2本付いてました。
  うち一本は間違いなく月琴のものですが,もう一本は三味線の糸巻きを削ったものですね。楽器の軸孔にも合うことから,月琴用の一本はオリジナルだと思われます。溝が広く角の丸まった六角軸で,形状や工作はこないだ直した,38号天華斎のそれに,かなり近いものとなっています。
  長:122,最大φ25>8。
  側面のアールは浅くほとんどまっすぐです。軸尻に小鼠害。

  日本の国産月琴の糸巻きは,六角形で角が立っており,六面それぞれに浅くて細い縦溝の入っているのがいちばん多いカタチですが,古い月琴などのものは,これと同じように,広くてやや深い溝が入り,角が丸めてあるものがよく見られます。

  すなわち,この糸巻きがオリジナルとするなら,これもまた,この楽器が国産初期のころのものである証拠のひとつであるわけです。



  胴体は横にわずかにふくらんでいますが,それほど歪んではいません。
  どちらも板目の一枚板に見えますが,さてどうでしょう。
  (下画像,クリックで拡大)

  表板は 波のようにうねった木目 を右に配した,かなり硬めの,いい材質の桐板のようですが,こういう景色のある板ほど暴れて裂け割れがでちゃうものです。(14号玉華斎の記事など参照)

  案に違わず,表板には下端中央やや右から,半月とゾウさん第8フレットの下を通って長く大きなヒビが走っています。下端で最大幅1ミリほど。このヒビ割れを中心として左右周縁,地の側板との接着がハガれてしまっています。
  ただこのヒビ割れと,バチ布の貼られていたあたりが少々傷んでいるほかは,目立った損傷は見受けられません。
  保存状態としては悪くないほうでしょうか。


  胴体上のフレットは5本とも存。黒檀と思われる唐木のフレットで,加工もよく背もかなり低めです。

  左右目摂は菊。根元がやや寸詰まりなほかは,デザインは的にはさしてどうと言うことはありませんが,彫りはかなり緻密です。唐木製に見えますが,これもハズしてみるまで分かりませんね。

  扇飾りは定番の万帯唐草。この飾りはけっこうテキトウに彫られることが多いんですが,この楽器のは線が細く,かなり精巧に作られています。

  中央のゾウさんについてはすでに説明しました。2ミリほどの厚さの象牙板を彫ったものですが,当初品かどうかについては多少疑問があります。


  バチ布は欠損。虫食いがあるのでヘビ皮を貼っていたかと思われます。
  接着痕から推定されるサイズは 95×75。
  上辺左右角を丸めたカタチだったようです。

  半月は 93×43× h.11。この高さは,上面に貼られているお飾りの厚みも足したもので,本体部分の高さは 9.5ミリほどとなります。
  本体はカリンか紅木,おそらく前者。飾り板はツゲでしょう。

  糸孔は唐物に多いヘの字型配置で,外弦間:30,内弦間:23.5。
  楽器向かって左角と右下に,少しウキが見られます。再接着されているのかもしれません。


  裏板は 中央やや左寄りに大きな木目の谷のある板目板。
  左の最端に小板を一枚継いであるほかは,いまのところ矧ぎ目は確認できません。

  谷のほぼ中央上端から裂け割れ,途中からやや曲がって,長125。割れ目の上端から2センチほどのところに,この裂け割れで生じたと思われる板のカケが少々。 下端からの割れはほぼ斜めまっすぐで,長230。下端のところで2ミリ近く開いてしまっています。

  上からのヒビ上端の左右に板のハガレ。 下からのヒビ下端の楽器向かって右がわもハガれています。ほか向かって右端の板の縁に黒っぽいシミ。手汗によるものか,蓮頭や糸倉に付着していた黒ヨゴレの類かは不明。


  胴側部は4枚。材は棹と同じ,おそらくクワ。
  両端に凸凹を切った組接ぎで,工作はかなり精確。四方ともにスキマなどはほとんど見えない。天地の板が凸,左右板の両端が凹になっている。

  すでに書いたような面板のハガレが数箇所あるほか,この側部にも目立った傷や損傷は見られません。
  地の側板に数箇所,打圧痕。いづれも軽微。
  棹孔は 23×13。右下角に小さなカケがありますが,使用上の支障はない程度のようです。実際,抜くときもキッチリでしたからね。

(つづく)


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