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月琴38号 (終)

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斗酒庵 出自に悩む の巻2015.3~ 月琴38号 (終)

STEP6 天華斎(推定),還る


  表裏面板の修繕が終わったところで,清掃作業に入ります。
  表面板や棹はやや粘っこい黒いヨゴレで覆われています。
  とくに泥とかなにかではなく,家庭内の生活的なところでたまったホコリの類だとは思いますが,わずかに脂っこい煤煙のようなものも含まれているようですね。
  蓮頭をはじめ,糸倉の上面,棹の左右などのヨゴレがとくに著しく,裏板のヨゴレはさほどでもありませんでしたから,おそらくは台所わきの納屋か納戸とかの,壁か柱のようなところに,ずっとぶるさげられていたのかもしれません。


  この作業によって,側部の木肌がようやく見えるようになりました。
  タガヤサン…ですね。色は薄く,棹ほどいい部位からとった部材ではないようですが,粟粒のような導管の見える独特の木理からして間違いないかと。
  前修理者の手によると思われる四方の丸孔(唐木で埋められている)もくっきりと見えるようになりました。内部からのぞいても埋め木の先端が見えるだけで,何のための工作だったかはいまだに分かりませんが,まあきちんと埋められているし,さほど気になるものでもないのでそのままにしておきます。
  四方の接合部はやはりウルシで再接着・充填されています。工作は緻密で強固,これも間違いなく前修理者の工作ですね。


  経年の放置とヨゴレ取りによって,唐木特有の深みのある色合いもツヤもなくなってしまっていますので,まずは油をしませます。桐板が吸い込むとシミになって大変なので,面板の木口はあらかじめきっちりマスキング。
  ウェスに亜麻仁油を少量落とし,部分的に染ませすぎないよう注意しながら,側板全体に均等にしませてゆきます。
  この手の作業中は,自分の指にも注意しましょうね。(経験者は語る)
  油がついた指で面板触ったりしちゃ,絶対ダメですよ。(経験者は語る)
  ホント,油を使う作業は,ちょっと油断すると後でけっこうヒサンなことになっちゃったりするんですが,唐木の類は特に油と相性がよく,見た目だけでなく割れ防止など部材の保全のためにも必要ですので,毎度ビクビクしながらやってます。

  作業は少し時間を置きながらやりましょう。
  木肌に油が染み込むのには時間がかかりますからね。
  色が少し濃くなったかな? というくらいで一度間をとりましょう。
  それでしばらくすると-----

  タガヤサンの色艶,復活です!

  亜麻仁油で溶いたカルナバ蝋のワックスでゴシゴシ磨いて仕上げ,けっこう力が要ります。


  表裏面板が乾いたところで,半月を戻します。

  まずは棹のほうにはあらかじめ山口(トップナット)を接着しておき,例によって糸を張って楽器の中心をはかり,半月のあるべき正位置を探ってゆきます。


  オリジナルの位置から左に5ミリほどズレました。


  唐物楽器の場合,半月の位置は楽器の寸法上の中心とはあまり関係がなく,糸を張って棹が落ち着くところ,と決められていたようです。というのも唐物の楽器では,棹の取付け工作が適当なので,糸の張力で棹が適当に左右に傾くのですね。それで変に計ってやるのではなく,実際に糸を張ったとき,棹が落ち着き,糸のコースがちょうどいいぐらいになるところに半月を取り付けていたのだと思われます。

  しかし現状,この楽器の棹は,前修理者の補修調整によりきっちりおさまっていて,右にも左にも,寸分ダニゆるぎません。


  どうやら前修理者さんは,胴体の中心線から類推して棹の角度を調整したようですね。つまりは楽器を立てたとき,棹がまっすぐに立つようにしちゃったわけです----修理調整としては素晴らしいのですが,半月のほうを放置してしまっていますので,このままオリジナル位置に戻すと,弦が少し右寄りになってしまいます。

  弾けなくはないのですが,2フレット以降がかなりフレットの端ギリギリになって,多少弾きにくい。

  ここは前修理者の「やり残し」と考え,楽器の中心線から推定されるベストの位置に貼りなおすことといたしましょう。

  半月の裏と新しい接着位置表面を粗めのペーパーで軽く荒らし,じっくりお湯をふくませ,薄めに溶いたニカワを染ませてクランピング。ズレたぶんの日焼け痕がちょっと目立っちゃいますが,ここはまあ,あとで補彩しましょう。



  さてラストスパート!
  まずはフレッティング。

  この楽器の場合,オリジナルのフレットが残っていなかったので,もとの材質は分かりませんが,前修理者が竹ではなくわざわざ木で作っているところを考えると,14号と同じようにツゲか唐木であったかもしれません。
  まあ何はともあれ,庵主としては早くこの楽器の音が聞いてみたいので,とりあえず竹でさくッと作ることにします。

  開放C/Gの調弦でオリジナル位置での音階は以下----

開放
4D+64E-274F+394G+204A+105C+435D+305F#-44
4A+44B-295C+325D+145E+45G+375A+245C+48


  この楽器の場合,フレットの目印は各場所に二つあり,長い線の下(半月がわ)にフレットが貼られていました。中央の短い線はフレットの中心位置を指すものと思われます。
  第3フレットの場所には,中心の目印の上下に長線が引かれていました。表にある音は上のほうの線の位置で計ったもの。下の線を基準としたときの音は 4F#-44/5C#-42。これだと調弦がどうでもやや不自然な音階になるので,おそらく上の線のほうがオリジナルの目印と考えられます。

  国産月琴に比べると全体にそろった数値になっていますね。実際の清楽音階での調弦Eb/Bbだと,もっと違和感がないかもしれません。

  計測も終わったところで,西洋音階でフレットを並べなおします。

  さて,調査記録の中でも書きましたが,この楽器の修理における庵主最大の悩みは 「どこまで直すか」 です。ここまで----すなわちフレットがついた状態で,この楽器の「楽器としての」修理はほぼ完了しています。音楽を奏でる,ということにおいては不都合・支障はありませんし,工房に届いた時の「原状」に近い状態でもあります。
  また,幕末から明治の清楽家にとって「天華斎」の月琴というのは,少し大げさですがバイオリンにおけるストラドのような人気があったものです。その意味においてこれは歴史的な楽器でもあり,これ以上の余計なことは蛇足というよりは「僭越」となってしまうかもしれません。

  かなり悩んだのですが,それでも,ボロボロになりながらも,うちの工房にまでたどりついてくれたこの古器に,自分なりの,何かはなむけを,とやっぱり考えるわけです。


  柱間飾りと,扇飾り,そして左右の目摂。
  大きなエグレがあるためバチ布はつけられませんが,最小限の装飾を「蛇足」と分かっていながらつけてあげることにしました。
  柱間飾りと扇飾りは同じメーカーの他の楽器についていたものを参考にしましたが,目摂は推測された花籃や鳳凰でなく,あえてオリジナルのデザインのものをつけます。

  彫りあがったお飾りを染めて,オリジナルの蓮頭を戻し。
  2015年4月30日,
  月琴界のストラド「天華斎」(推定)の月琴38号。
  修理完了いたしました!!


  左右目摂の意匠は「梅」です。
  庵主,いつもだと琳派あたりのデザインを参考にするのですが,今回は「南画」。江戸から明示にかけて流行った中国風文人画の教科書を参考に彫ってみました。なぜ「鳳凰」でも「花籃」でもなく,コレにしたかといえば----これだと透かし彫りが多く,接地面積が小さいので,ハズしちゃうときにも被害が少ないでしょう?

  このお飾りにちなみ,銘は「孟浩」,由来は こちら などご覧ください。

  音は----絶品,ですね。
  いえ,28号のように大音量でもなく,36号のように不思議な澄んだ音でもありませんが,まさにこれが「月琴という楽器」の良い音,なんだと思います。
  国産月琴だと,やはり33号松音斎なんかが,いちばんこれに近いかな。

  すこしくぐもった温かな音色なのに,余韻はきぃんと冷ややかに澄んで,かすかにかすかにながらずっと続いて響いてゆきます。

  国産月琴に比べると,各部の工作や仕上げは粗く,棹なんかもムダに太めに見えますが,抱えてみると,ややヘッドヘビーながらバランスは案外に良く,楽器の向くままに構えれば,自然ともっとも良い音の出るベスト・ポジションとなるあたりは,やはり「良い楽器」の特徴なんでしょうねえ。


  なんにしても。
  こういう歴史的にも意味のある,
  素晴らしい楽器にめぐり合えたことを光栄として
  感謝を捧げ,この楽器の未来に幸あらんことをと,
  柄にもなき身ながら祈りましょう。

  試奏の様子は以下をどうぞ----

  (1)音階
  (2)紫竹調


(おわり)


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