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明笛について(19) 明笛37号

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斗酒庵 明笛を調べる の巻明笛について(19) 明笛37号 

  今回の笛 37号は,頭飾りがない状態で,長さが50センチを越えています。
  明治~大正期の標準的な明笛だと,竹管の部分は40から45センチというところで,少しではありますが長いわけですね。

  しかも,頭部先端にはこのような加工痕……ここはもともと頭飾りを付けるのに,削って段にしてあるところですが,これはまあどう見てもオリジナルの工作ではありますまい。

  古式の明笛はふつう,この歌口から頭飾りまでの間が,明治期の標準的な明笛よりかなり長くなっています。おそらくは古式の明笛を,何らかの故障かあるいは改修のために切り詰めたものなのではないかと考えられます。
  最低でもあと2~3センチは長かったんじゃないかな?
  通常だと考えられない工作ですが,ぶつけて折れたとかヒビが入ったとか,あるいは管頭の詰め物がどうかなったんじゃないかと考えます。
  どれかと言われれば庵主,原因としては後者を推しますね。というのも----

  管頭の詰め物が替えられています。



  詰め物は,管尻のほうから棒ッこでつついたら,比較的かんたんにポロリと出てきちゃいました。
  出てきたのは新聞紙----国産の明笛の詰め物としてはふつうですが,通常はもっと硬く圧縮されてるものですし,反射壁になってた部分に塗料も着いていません。 つまりこの詰め物は,なんらかの原因で交換された後補のもの。それもキチンとした修理工作としてではなく,あくまで「仮」に,って感じでつめこまれたモノではなかったかと考えます。

  さて,以前この詰め物にされてた紙から笛の製作時期が分かったことがあるのですが,今回は,ちょうどまあ日付の部分が切れてて,ここから直接には分かりません。 また上に書いたように,今回のはオリジナルの材料ではなく,あとで誰かが詰め込んだものと想像されますが,まずこの新聞の年代が分からないと,この笛の存在の上限が分からないですからね。 なんとか読み解いていきましょか。

  手がかり1は左がわの紙。
  諸物価推移の表がありました。今も新聞に載ってますね「バナナ,190円。アジ,60円」ていう標準物価が並べてあるやつ。この記事内容から推してこの新聞は,「価」 が旧字体で 「日本橋区」 に魚河岸があった時代のものと思われます。 また,日本橋区の物価が載ってるのですから,これは東京版,いま東京の魚河岸は築地ですが,これが日本橋から移転したのは関東大震災の後。ということは,関東大震災の前,ということですな。



  手がかり2は中央のピース。「闘球盤」の広告----あ,これ 「昭和天皇が夢中になったまぼろしのゲーム」 って,ちょとまえに話題になったやつだ!----「カロム」 「クラキノール」 ってのだね。発売元は 「大一商会」 とあります。

  手がかり3,右端の紙は二つに折られていまして,開いたら 「『妊娠図解と安産法』〓村与野子(1字不明),河原林須賀子合著,有文堂」 という書籍広告が出てきました。 この本,国会図書館の検索では見つからなかったんですが,「成田山仏教図書館蔵書目録」に所蔵あり(w…なぜ?)それによれば発行は1915(大正4)年だそうです。

  ふむ…つまりこの楽器は,少なくとも大正4年には,壊れたか修理(?)された状態で存在していた,ということになるわけですね。


  明笛は清楽器の中でいちばん最後まで命脈を保った楽器で,大正時代に入ってもまだけっこうさかんに作られていました。そのころのデザインと思われる楽器を2~3のメーカーさんがいまだに作っています。
  これに対し,古いタイプの長い明笛が作られていたのは,明治の20~30年代までではなかったかと推測されます。

  もっとも清楽が一般的でなくなった後も,楽器屋さんに頼めば,古いカタチで作ってもらえたろうことは想像に難くありません。昭和10年の 『工業・手工・作業・実習用材料-木・竹編-』(小泉吉兵衛) の写真(右画像)にも,そういう古いタイプの明笛が写っております。

  当初明笛は,中国笛子そのままの南京笛タイプのものと,頭尻の飾りが大きく補強の糸巻きのない,のちに一般的となるタイプの2種類で,調子は全閉鎖Bb(間違ってもBあたり)一つしかなかったと思われますが,明治に入ってからは清楽で使っていたものに比べると短く音もやや高い,全閉鎖C,すなわちドレミに近い調子の新しいタイプのものが生まれ,主流となっていきました。
  長原春田が 『明笛和楽独習之栞』(明39) を出したころには,まだ旧来の音長の笛が多かったらしく,彼は運指と符号の関係を変更することで,西洋のものに近い音階で曲を記譜しており,明治24年に出された『明笛尺八独習』(音楽独習全書 津田峰子)も全閉鎖を 「凡」 とする (ふつうは「合」) 同様の運指法を採用しています。明笛の改造はおそらくこの前後あたりごろから始まったものではないかと,庵主は考えております。

  歌口・響孔・指孔以外の飾り孔がなかったりするものもありますし,孔の形状が篠笛に近づき,やや大きく,円形に近くなっていることもあります。また,管頭の飾りがデザイン的にやたら派手なモノになってることもあります。
  あとは「塗り」ですね。初期,とくに唐渡りのようなのものは管の内がわがほとんど塗られていません。中国笛子は現在でもそうで,この管内をウルシで塗りこめるってのは,日本産の笛である確立が高いのです。国産初期のものも内塗りは薄く,ほとんど塗膜になっていないことがあります。

  さて,そこであらためて37号を観察いたしますと。

  管がもっと長かったろう,ということはすでに述べましたが,歌口,指孔,飾り孔,いづれも小さく棗核型。内塗り加工はされてはいますが,ほとんど塗膜は見えず,どちらかといえば 「(保護のため)塗料をしませた」 とか 「色をつけた」 だけという感じがします。
  加工痕から考えて,江戸時代の作,って感じじゃありませんが,少なくとも明治初期の作じゃないかとは思いますよ。
  それが折れたか壊れたかしてほおってあったのを,何十年後かに子供か孫あたりが見つけて,それっぽく「直して」吹いてみたのかもしれません。

  修理はまず管頭に入れる詰め物を作るところから。

  ワインのコルク栓を削って和紙でくるんだのが,このところのお気に入りです。
  べつだんオリジナルと同じように新聞紙だったり,和紙の丸めたのをつめこむのでもいいのですが,内塗りの薄い笛の場合,紙だけだと反射壁になる部分の耐久性が多少心配ですし,いざ塗ってしまう場合でも,紙だけの場合より塗料を吸わないので手間も減るし経済的なのですね。

  次に,ここにお飾りをつけるため,前修理者がテキトウに削った管頭の先端を,きれいな段差に整形します。
  管頭のラッパ飾りは,いつものようにブナのパイプで作成。しかしながら----


  削りなおした部分が薄くなりすぎちゃって……ほかの作業やってるうちにポッキリ逝っちゃいました(^_^;)----急遽接合法を再検討----お飾りのほうに丸棒を挿して凸にする方法に変更しました。
  江戸時代の明笛で,同様にしていた例を見たことがあるので,まあよろしいかと。

  せっかくなので,ついでにちょっと悪戯を----
  自作の明笛で実験済み。太清堂から教わった,小型響き線を仕込みます。
  折れたか割れたかで短くなってる,とはいっても,いまだ唄口から先端まで10センチくらいの空間があります。内径も10ミリ以上あるので,仕込むにはじゅうぶんのスぺース。

  演奏音に大した影響はないんですが,吹いてると,自分に返ってくる音に独特の金属的余韻がかすかに聞こえて,なかなかにキモチがいいンですよ。(w)

  内塗りは保護程度に,カシューの透を軽く2度ばかり流しました。
  管頭の飾りは,管尻のオリジナル飾りに色合いを似せてアクリルで塗装,水性ニスで表面を保護塗りして仕上げます。遠めにはまあ,分かりますまい。

  2015年1月。
  明治の古式明笛の貴重な1本,明笛37号,修理完了です!

  修理直後の試奏で,全閉鎖4Bb,呂音の最高は ○●● ●●● で5Bb,どちらも最大で0から+30~40%の範囲。四が5C+37,乙=5D+10,上=5Eb+35,尺=5F+35,工=5G+30,凡=5A+20
  かなりそろっているうえ,テッペキの清楽音階ですた。

  今回は庵主自身のほか,長崎の竹原さんにも計測をお願いしました。
  何度も書いてますように庵主,吹く楽器とコスる楽器はニガテですからね,自分のだけだとイマイチ信用がナイ(w)。
  竹原さんによる実測は以下----

b-20b+20-40-10

  プラスマイナスの表示がない所は,標準的な運指(過去記事参照)でだいたいピッタリに音階を吹き出せたところ。うん,ちゃんと吹ける人が吹いても,「工」がちょっと低いくらいで,庵主の採ったデータともあまり酷い乖離はなかったぞ。よかったよかった(w)
  「上」は ●●● ○○○,「工」は ●○○ ○○○,「凡」は全開放 ○○○ ○○○ のほうがほぼピッタリになったそうです。

  上にも書きましたが,明笛は清楽々器の中でいちばん長く作られ続けた楽器なので,その数も多いのですが,古物でよく見かけるのは,明治末から大正・昭和にかけて作られた全閉鎖Cの新型のものがほとんどで,こういう古いタイプの楽器にはなかなかお目にかかれません。 庵主自身が扱ったことのあるのも,このシリーズの(11)で紹介した31号と(16)の36号,そしてこの37号でようやく3本めです。
  何度も書いているようにこの楽器は清楽の基音楽器。その音階の解析は音楽全体を解き明かす上での大切な資料になります。こればっかりは,文献でどうだった,音楽理論ではこうのはずだ,といくら喚いたところで,実測データにはかないませんからね。(w)

  偶然とはいえ,出遭えたことに,感謝!


(つづく)

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