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月琴39号 東谷 (5)

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斗酒庵 小野東谷に出会う の巻2015.4~ 月琴39号 東谷 (5)

STEP5 東の谷に月はのぼる


  調査報告のところでも書いたように,この楽器の棹には少しねじれがありますので,補正のため,山口はこのように片がわを低く削ってあります。
  こうしないと,左右の弦高が違って操作性に支障が生じますし,ここをいつもどおりにすると,逆にすべてのフレットをこんなふうに片がわ低く調整しなければならないので,かえって大変なわけですね。

  月琴39号東谷,なくなっている部品は少なく,糸巻き3本と棹上のフレット3枚のみ。糸巻き3本はすでに作ってしまいましたので,あとはフレットを削るだけです。
  オリジナルのフレットはマグロ黒檀で作られています。むかしピアノの黒鍵などを作った材ですね。現在は希少な材なのでとても高価です。
  さいわいむかし買っといたカタマリと,その端材がまだありますので,これで作りましょう。

  正直この楽器では,フレットの材が何であっても音への影響はほとんどありません。材質的にツルツルか多少ガサガサかで,操作性にわずかな差は生じますが,それもまあ加工でなんとでもなります。個人的には,ふつうの白竹か,奢って煤竹くらいが,いちばん使いやすいしイザなくなったときにもあんまり困らないからイイのではないかと思ってはいます。月琴のフレットはポロリするもの,削れるもの,なかば消耗品みたいなものですからね。


  とはいえ,この楽器に似合うフレットが,この真っ黒な唐木のフレットであることは間違いありません。小野東谷,デザインのセンスと趣味はよろしい。(W)

  山口が少し低かったかもしれません。全体にかなり弦高が低くなり,一部のオリジナルフレットも,底を少し削ることになりました。新しく作ったフレットも,もっとも背の高い第1フレットが1センチあるかないか,まあおかげで,操作性は良いですし,材料のほうも,かなり小さな端材でなんとか間に合いましたので,結果オーライかと。

  オリジナル位置での音階は以下のとおり----

開放
低4C4D-34Eb+314F-214G-164A-495C-265D-425F-33
高4G4A-64Bb+385C-125D-215Eb+385G-335G#-5A6C-48

  高音域がかなり滅茶苦茶ですね。これもおそらく,東谷さんが楽器職でないところから来ているのだと思います。清楽の基音楽器は明笛で,多くの楽器屋さんではそれに合わせて調整をしたと考えていますが,音と位置を合わせるという技術は,耳と手がある程度慣れてないと,そうそううまくはいかないものです。


  フレットとお飾り類を接着すれば完成ですが,並べて配置等をみてた時に判明----板の上に置くと,ゾウさんがやたらガタつきます。
  最初のほうでも書いたように,このお飾り,もともとこの楽器についていたものでなく,ほかのなにかについていた飾りの一部を,所有者か古物屋さんが,後でへっつけたものである可能性があります。
  裏面の真ん中が微妙にふくらんでますね。薄い板なので,最初は反ってるのかな? とも思ったんですが,測ってみるとしっかり裏側が凸ってました。こんな状態のものを平らな面板にへっつけるわけはないので,このゾウさん,ヨソモノ疑惑ほぼ確定ですね。

  さて,オリジナルのお飾りでない可能性が大きい以上,これを戻すかどうかについて,修理者としての倫理上。いささかの躊躇はありますが----なんとなく似合ってるし,楽器の雰囲気にしっくりと馴染んでもいる。また,40号クギ子さんのクギ穴同様,ちょっとこの楽器の歴史と言うかアイデンティティみたいになっちゃってるフシもありますので,疑念は疑念として,今回は元の場所にへっつけなおしてあげよう,と思います。

  ともあれ,このままではうまく板にへっついてくれません。古物屋さんはなにやら耐水性のあるエラく強力な接着剤で,なかば強引にへっつけたようですが,まさかに真似するわけにもいきますまい。

  裏面を平らにしましょう。しかしながら,モノが薄く,表がわは彫りで凸凹になってますから,これをそのまま擦り板に押し付けたところでうまくは削れません。
  そこでまずは角材にコルクを貼り付けます。そしてそのコルクの上に両面テープを貼ってゾウさんを固定しました。
  コルクが彫りの凸凹にフィットしてだいたいの水平を保ってくれましたので,裏面の凸ったところだけをうまく均すことができました。とはいえあんまり削ると,周縁の輪郭部分まで減って,カタチが変わってしまいますので,8割がたが平らになったところでやんぴ----これでかなりがっちりへっついてくれるでしょう。


  フレット位置を西洋音階に近く再調整して接着。お飾り類はもとの位置へ。原作者が飾りの輪郭の一部を面板上にケガいてくれてましたので,今回はラクでした。

  最後にバチ布を。
  庵主,カラーリングのセンスが皆無なのですが,まあこれが似合うかと思って…緑の牡丹唐草。ゾウとボタンも,畜獣の王と花の王という取り合わせの意匠ですので,よろしいかと。上辺の両端を丸く落として優しい感じに仕上げました。少し小さいかなあ,とも思いますが,もともとバチが胴体にバチバチ当たるような楽器ではなく,この布もお飾りみたいなものですから,これでじゅうぶんでしょう。


  いまだ作者にナゾは残れど。
  2015年6月4日,月琴39号東谷,修理完了です。

  木工の技術は高いのですが,おそらく専門の楽器職ではないため,響き線の構造,ふたつ穿たれた陰月,半月の取付け位置など,多少疑問のある工作や構造が目につきます。とはいえ,まったくのシロウト工作ではなく,おそらく月琴という楽器についても,ある程度の見聞と知識を持って製作されたものであることは間違いありません。

  材質・加工はすばらしく,主材はクワ,唐木をふんだんに使い,胴材の接合や棹の組付けの精緻さには目を見張るべきものがあります。また棹にねじれは生じているものの,補正工作によって運指上の支障はほとんどありません。

  ただ,響き線の構造が特殊で,その動作に制限があるため,少し弾きにくいところがあります。響き線の効果はほんらい,その演奏動作と関係のない線自体の自由運動によってもたらされるものなのですが,この楽器の場合,通常その効果がもっとも顕著になる状態,すなわち響き線が完全フロートになるようにすると,例の支持架にぶつかってノイズが発生しやすくなってしまいます。
  支持架先端の輪の直径は1センチないくらいですので,これに触れずに響き線が完全フロートになる状態を維持するのは,かなり至難のワザです。演奏姿勢が少しでもズレると,ガランガランとやかましい線鳴りが起こり,演奏どころじゃなくなっちゃいますね。

  いろいろと試してみた結果----この楽器ではむしろ 「響き線をフロートにしない」 ほうが,良い音になるらしいことが分かってきました。楽器を通常より前か後ろにやや傾けて,響き線を支持架の輪につけてしまうのです。その状態でも,本体の線がかなり繊細であるため,響き線の効果はじゅうぶんにつきますし,なによりも小うるさいノイズが発生しにくくなります。

  座椅子の背もたれを少し倒して,ややあおむけになって抱えたくらいが,いちばんいい音だった気がします。楽器の演奏姿勢としては多少だらしない恰好ですが,月琴はもともとそんなにご高尚なところのない通俗楽器,気晴らしの演奏にはむしろそれで良いのかも,あるいは小野東谷はそういうものとして作ったのかな,とも考えます。(w)
  あと地べたに座ってあぐらの姿勢で弾くよりは,椅子に腰掛け,かなり立てて弾いたほうが弾きやすく,ノイズもやや少なくなりますね。おそらくほかにも演奏上ベストのポジションがあると思われますので,いろいろと試してみてください。

  現状,ややヌケのない重めの音ですが,切れ切れにかかる響き線の金属音と余韻が,時折リーン…と鈴虫の羽音のような感じになって,これはこれで悪くはありません。音ヌケのほうは,板が乾くと多少改善されると思います。
  音量もそれほど出ないので,コンサート向けの楽器ではありませんが,月琴という楽器の音にはちゃんとなってますし,それこそ月でもながめながら独吟独弾するのには,かえって似合いの一本ではないでしょうか。

  先に公開した40号と同じ曲を,この楽器でも弾いてみました。
  音色の違い,お聴き比べください。



(おわり)


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