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明笛について(20) 39,40号

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斗酒庵 明笛を調べる の巻明笛について(20) 明笛39,40号 

  38号は修理すれども音出ず。(泣)

  次の2本は,いっしょに出品されてました。
  お尻の飾りのないのを39号。
  頭の飾りのないのを40号とします。

  寸法からして,いづれも大正期の明笛と思われますが,孔のカタチや管の状態などから総合的にみて,40号のほうがやや古いタイプの笛のようです。

  39号の頭飾りは水牛角製。


  なんか,あちこちに細かいエグレ……あら,穴ァあいてるとこまでありますね。
  スプーン状の削れ痕,これぜんぶ,ネズミがカジったとこです。
  いやでも,食べられてすっぽりなくなってた例もあるんで,これならまだよく残ってるほうかと。(w)

  まんなかの白い象牙のリングのところで,二つに分解できるようになっています。ラッパになってる先端がわは,内もきれいに刳ってありましたので,おそらくここは笛膜入れになっているのでしょう。
  飾りのすぐ下にラベルがあって,上段に 「TANIGUCHI&CO.」 真ん中にヒシにS.Tの商標,下段に 「OSAKA,JAPAN」 とありますね----ここから,この笛の製造元は 「谷口昇店」 であろうと思われます。


  この製造元の,拙楽器商リストにおける現在までの初出は,明治37年の『第五回内国勧業博覧会大阪府事務報告』。「谷口昇治郎」 という人が,手風琴を出品しています。このほか国会図書館のアーカイブで探すと,大正4年の 『明笛教本』(ノボル楽友会)と 『箏曲ゆき-古泉流合奏用明笛音譜』(同前) という譜本が出てきました。いづれも発行元は 「谷口昇店」。 また巻末広告には,この笛にあるのとおなじ 「ヒシにS.T」 の商標が見えます。こちらの奥付では,店主の名前の表記が 「谷口昇次郎」 になってますが,住所が同じで管系の楽器を扱ってるんだからこの二名,同一人物(おそらく後者の表記が正しい)と考えて,ほぼ間違いないと思われます。
  商標 「S.T」 の由来は,店主の名前 Shoujirou Taniguchi だと思われるのですが,主催する音楽クラブが 「ノボル楽友会」 なので,お店の名前の読みは 「たにぐちしょうてん」 ではなく,「たにぐちのぼるみせ」 なんじゃないか(w)とも考えてしまい,少し悩みのタネとなっております(w)。 奥付の記載から推してこの 「ノボル楽友会」 というのは和倉古泉という人が代表ではじめた,谷口昇店主催の音楽クラブのようです。「谷口昇店」の「昇」にあやかり,笛のウデマエぐんぐんあがるぞ!-----みたいなもの。するとやっぱり店名は 「たにぐちしょうてん」 でいいンじゃないかな。(ww)

  ただし『大阪商工名録』(大11)では,住所が同じで店主の名前が 「谷口昇」 になっています。このあたりになると,これが同一人物なのか(昇の後を書き損じたとか),あるいは店の名前にちなんだ血族が継いだとかなのか,ちょっとあやしくなってきますね。

  うちで扱うのは確かハジメテだったと思いますが,このラベルの貼られた明笛は,古物ではよく見かけるものなので,当時としてはけっこうな大手の笛メーカーだったのだと思いますよ。

  管の保存状態は比較的良く,歌口にも内塗りにもほとんどイタミがないので,笛としてはこのままでもじゅうぶん使用可能なくらいですが,上の画像にもあるように,頭飾りがネズミに齧られまくって穴があいてるのと,お尻飾りがなくなってます。

  んでは修理。

  まずは頭飾りの穴を埋めましょう。

  アクリル絵の具でそれっぽい色を作り,これをエポキに混ぜて,エグレやら穴ポコに充填。硬化後に整形して磨くと----うむ,透明のままでも良かったかな(汗)。 じっくり見れば多少は気になりますが,まあ補修痕ですから,あるていど分かってしまうほうが後世のためはにいいかもしれません。

  お尻飾りのほうは,例によってブナのパイプを削りましす。
  いつもだと白く塗るところですが,今回は頭飾りに合わせて黒塗り。

  中国の笛子ではいまもこうしたお飾りは,頭のもお尻のも,ほとんど管本体と同じくらいの径のパイプ状のものがついてるくらい,古式の国産明笛でもこの部分はそんなに広がってませんが,明治末から大正期になってくると,ここがより装飾的になって,頭飾りはこのように,いかにもというような 「ラッパ状」 になり,その根元の部分にもハタ坊のオデンとか五輪の塔みたいな凸凹のデザインがつき,やや派手なものが多くなってきます。
  ただ,こうしてデザインを派手にすると,そのぶん大きく重くなるので,ただの筒状のものにくらべ,取付けの安定が悪くなってきます。もともと数ミリしかない竹肉の,それも丈夫な表層の部分を削って,少し柔らかい竹肉の部分にさしこんでいるのですから,強度上の心配も出てくるんですね。ただでさえ,よくはずれてなくなっちゃってることの多い部品ですが,これがさらになくなりやすくなるというあたり。

  しかしながら----ふむなるほど。 こうやってお飾りの接合部の際に凸を作った場合,接合面が少し大きくなってお飾りが安定しますし,管につける段差の削りも薄くて済む。その上,このラッパ部分の根元は管の太さにあまり影響されないので,より末広がりにデザインできるんですね----これはおぼえておこう。

  管のほうは外がわをきれいにぬぐい,あとは内壁,歌口から響き孔の底あたりに少しイタミがありましたので,そこを中心に管内を軽く保護塗り----うむ,比較的ラクに終わりました。
  音は典型的な大正期のドレミ明笛ですね。

 口 ●●●●●● 合/六 B-C
 口 ●●●●●○ 四/五 C#+45
 口 ●●●●○○  Eb+20
 口 ●●●○●○  F-10
 口 ●●○○●○  G-25
 口 ●○○○●○  A-10
 口 ○●●○●○  B
 (口は歌口,●閉鎖,○開放)

  庵主のウデでは(そういえば笛の場合は何と言うのだろう?),全閉鎖と一指あけが多少安定しませんでした。歌口と響き孔のあたりを少し塗りなおした影響だったかもしれません。後で吹いてくれた方の話だと,●●●●●● でC,●●●●●○ でDがだいたいちゃんと出るよ~とのこと,それでも2・3音目は少しだけ低くなるようです。
  呂音での最高は ○○●●●● で出た6C-10ですが,かなり不安定。

  この笛の修理と試奏を通じて分かったことがもう一つ。

  うちにある明笛だと,「上=ド」 としたとき,西洋音階に近いドレミを吹こうと思うと,「ファ」が ●○○ ○●○ (ミの運指)の6孔(左端)半あけになります。

  この半音を出す「半あけ」は丸い孔のほうがやりやすい。

  「半あけ」とはいうものの,べつだん指孔をきっちり半分あければ半音になるかと言えばそういうわけでもなく(庵主は当初,本気でそう信じてましたw)。 実際には図左のように,わずかにスキマをあけるくらいです。
  古いタイプの明笛は,歌口も指孔も棗核型。さらに丸穴タイプのものに比べるとかなり小さめです。 慣れてしまえば出来ないことではありませんが,丸孔に近いもののほうが間違いなくやりやすいのですね。逆に考えますと----

  ・棗核型の笛は基本,半音の技法をあまり使わない笛。

  ・丸孔型の笛は半音の音階もふつうに使う笛。

  ----ということが言えるのじゃないかと。
  実際,日本の清楽の楽譜には,半音を示す記号はありませんし(中国の工尺譜では 「上/下」 等の付号で表すことがある),基本的には長音だけで,中間的な推移音なども用いられませんから,必要ないわけですね。

  そこからさらに論理を延長して行きますと。

  指孔が丸に近い明笛は 「半音の必要な音楽」 をやるために改造と言うか進化したものだ,とも言えるわけですね。

  この変遷がいつごろからはじまり,最終的にはどうなったのか。
  もうすこしで分かりそうな気がします。





  さて,39号よりは多少サビれて見えたものの,40号も外見的にはさほどキタなくもなく。
  管のあちこちに小さな虫食い穴がちらちらと見えはしますが,持った感じ,まあ大丈夫だろうというくらい。

  内がわに少しホコリがついてましたので,とりあえずこれをキレイにしてやろうと露切りを通しましたところ……あれ?……なんかバサっと落ちてきたよ…内がわの塗りが。
  管尻を下にして,コンコンと軽く作業台にうちつけましたところ………モサっと落ちてきましたよ……粉が。

  ……うっぎゃああああっ!

  虫に食われてました----ちょうど内塗りの薄い塗膜の下,竹のやわらかい肉のあたりが,そりゃもう縦横無尽に食われまくってます!!


  食害部分を除いて内部を均すため,丸材に紙ヤスリをつけた即席のガリ棒で内部を削ったところ,まあ出るわ出るわ,笛がなくなるんじゃないかと思うくらいの量の竹の粉が。
  棒引き抜くたびに舞い散るホコリ----さすがに家の中では出来ないので,ベランダとか公園で作業してました。

  古物の竹笛を修理した人の記事で,同じように虫に食われた笛があって,握ったらクシャっと潰れた,なんていうのを読んだことがあります……今回,こりゃさすがにダメかなあ,とも思ったんですが,虫が食いまくったのは見事に塗膜の下の一定の領域のみ,食われ方がだいたい平均していたのと,小さな侵入孔は無数にあいてるものの,外がわのカタい部分にはほとんど被害がありません。

  ふむ……もしかしたら,あんがい,直るかもしれませんね(w)。
  とにかくダメもと。これもチャレンジと思ってやってみましょう!


  この笛には二つ問題がありました。


  ひとつはこの虫害ですが,もうひとつは歌口の工作不良です。

  もともとあいてた位置が,管の中心線から若干ズレてしまっていたようです。
  ちょっと大げさに描くと図のような感じですね----これによって,笛を鳴らすのに大切な,歌口前後(クチビルを当てるほうとその向かいがわ)周縁部の角がうまく合わなくなっており,いまいち良く鳴ってくれないんです。
  オリジナルでは手前(くちびるがわ)の縁が,図よりもう少し斜めで,内がわの角がほとんどなくなっちゃってました。

  歌口が駄目な笛は,基本ゴミにしかなりませんが,大正期のものであろうとはいえ貴重な資料です。なんとか直して吹いてみたいもの。

  基本的には,孔をいちど埋めて,正しい位置と角度であけなおせばいいわけなんですが,まあこの手の笛では,あまりやる人はいないようですね。
  今回の修理には,こんな材料を使います----

  粉……粉ですね。
  ちょっと固まりもありますが,かなり微細な粉です。
  いえ,ある意味 「ヤバい」 かもしれませんが,ヤバい成分はたぶん含まれてません。(w)
  質感的に砥粉に似てますが,砥粉ではありません。

  これはなにかと言いますと----竹の粉なんですね。
  以前,修理の材料として煤竹の端材を何本か買ったことがあったんですが,その一本が虫にやられてまして,一部が内外の皮一枚を残してすっかり食われてしまっていました----そこから出てきたのがけっこうな量のカタマリ。 触った感じはカタかったんですが,指先でつぶすとモロモロと砕け,たちまち細かな粒子になりました。

  通常こうした修理には,同材かなるべく近い材料を用いるのが良いとされています。

  しかし竹の場合,繊維が丈夫過ぎて,直線状,繊維に沿った形での単純な埋め込みなどの場合は良いのですが,複雑なもの細かい作業の補修材としては不向きです。しかも同じ理由で,そのまま粉砕してもボサボサとした細かな繊維状になるだけ,充填補修の骨材などとしても使いにくい。
  一方----これは虫の体内を通過してますが,もとは紛うことなく竹だったもの。
  しかも紙ヤスリなどで擦って作った竹の粉末などに比べはるかに微細で使いやすくなってます。 作業の前にいくつか実験してみましたが,ニカワやエポキと合わせてみた場合,やや硬くモロいものの,固化後の強度や切削感も,竹にかなり近いものとなりました。

  今回はこれをパテの骨材として使用しています。
  まずは歌口と虫食い穴は,この竹粉をエポキで練ったものでふさいでしまいます。
  虫食い穴は孔のところに盛ったあと,針の先などで一個一個中に押し込みます----けっこうな数,ありましたよ。
  歌口は一度ふさいだ後,硬化後に表裏を均し,本来あるべき中心の位置と角度で孔を開けなおしました。あとでぞんぶんに調整ができるよう,この時点ではすこし小さめの棗核型にしておきます。

  つぎに,おなじものをカシューで練って,管の内がわに残った虫食い痕を塗りこめます。削って均しはしましたが,こまかい溝があちこちにのこってしまっていますし,削ったことで管の内径が広がってしまってるわけですから,その補充も兼ねてるわけます。
  まあもっとも----「元通り」の内径にまで厚盛するわけにはいきませんが。

  エポキで練ったパテにくらべると硬化するまでの時間が長いのですが,まあこの時期,ほかにさしたる修理楽器もありませんでしたので,のんびりやってゆきました。
  尺八なんかでも似たようなことをするそうですが,この作業,けっこうタイヘンですね。
  管の内がわの,思うところにパテを落とし,それを均して広げる----管は細いですから,とうぜん見ながら,なんてことはムリ。棒にだいたいの寸法を刻んだりしながらあとは手先指先の感覚で……なんですが。パテを持ってゆきたいところの手前に落ちちゃったり行き過ぎたり。なかなか思うようにはいきません。

  途中,表面の均しをまじえながら,3~4回に分けてけっこうな量を盛り,二週間きっちり乾かし,虫食い痕がぜんぶ埋まったのを確認したところで磨き,カシューだけで内外に仕上げの上塗りを2度ほど。

  吹いてみました。
  音が,出ました!

  おおおぅ……あの虫食いだらけの不良品が…スカスカだったあのシロモノが。
  笛に,もどりましたよ。
  意外にいい音,しかも吹きやすいです。
  音のほうはおそらく,竹の柔らかい部分がほとんどなくなって,管の主要部分がほとんど硬い外皮層だけになっちゃってるからでしょうね。雅楽の笛などは,割り竹の外皮のがわを内がわに向けて筒にするそうですが,あれと同じような感じになってるのでしょう。

  歌口の再生もうまくいったようです。
  竹よりモロいだろうな,と思われたので,仕上げ塗りのとき,パテ盛り部分を中心に,少しカシューを多く重ね塗りしました。調律と調整で,少し削りましたが,通常の使用では強度的にも問題はないようです。
  埋めなおしたのが分かっちゃう感じなので,外面的には多少ヨロしくないかもしれませんが,音が出るのに越したことはないですし。

  内がわをかなり削ってしまっているので,この笛の実測音は,資料としてはあまり参考になりませんが----

 口 ●●●●●● 合/六 B
 口 ●●●●●○ 四/五 C#-10
 口 ●●●●○○  D-Eb
 口 ●●●○●○  E
 口 ●●○○●○  F#-5
 口 ●○○○●○  G#-5
 口 ○●●○●○  A-Bb
 (口は歌口,●閉鎖,○開放)

  計測すると多少波瀾な音階ですが,耳で聞くとけっこうまともなドレミになっています。全閉鎖Bだから古管に近い音階ですね。
  状態が状態だったので,製作当初の音階がどうだったのかは不明ですが,これはこれで偽似的に古管の明笛の代用品として使えるんじゃないでしょうか?
  すでに書いたとおり,音の響きは美しく,比較的吹きやすい笛ですんで,月琴の伴奏にはよさそうですね。

  こっちは頭飾りがブナパイプ。
  オボえたてのテクを使って,ラッパ広がりを強調したら,ちょっと細めになっちゃいましたが,まあこんなものでしょう。
  アクリルで色づけ,磨いてニスで保護塗りです。




  さて,37号の詰め物は後補だったのでスッポンと抜けて,詰まってた新聞紙から存在の上限,すなわちそのモノがいつごろには確実にあったのか,ということが分かりましたが,40号の詰め物はオリジナル。修理のため取り除かなきゃならなかったのですが,これがなかなかガンジョウで。かなりグリグリやっちまったため,ほぐしても大きなカタマリがあまりありません。

  なんとか使えそうなのはこのあたりくらいで…まあ正直,真ん中の一枚だけですかね。
  片がわに淋病の薬の広告。その裏に,たぶん雑誌の内容広告だと思うんですが……人名がいくつか見えます。
  「橋爪めぐみ」「白石實三」「井上康文」の名が読み取れました。
  「橋爪めぐみ」と「白石實三」は小説家,「井上康文」は詩人ですね。ともに大正時代,婦人雑誌の類によくのっていた人々のようです。
  この断片の内容にぴったり合うような雑誌記事目録には到りませんでしたが,『令女界』とか『婦人雑誌』とかで,この三人が同時に活躍していた時期を探すと,だいたい1923年前後のようです。
  おそらくはそのあたり,大正10年代のはじめのほうが,この2本の笛の作られた時代ではないかと考えられます----まあ虫に食われまくってた保存の悪さは置いといて,意外と新しかったですねえ。


(つづく)

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