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月琴39号 東谷 (4)

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斗酒庵 小野東谷に出会う の巻2015.4~ 月琴39号 東谷 (4)

STEP4 東の谷間への道は,遠く曲がりくねっていた


  晴れた一日,公園で糸巻きを削っていて気がついたんですが。
  この楽器,棹が少しねじれてますね。
  胴体の表板の水平面を基準としたとき,第1フレット取付け部のあたりから糸倉全体が,左に最大2度ほど傾いてしまっています。

  ほかの月琴でも,棹や糸倉の歪みというものは多少なり,かならずあるものですが,これはけっこうヒドいほうですね。以前修理した石田不識の楽器などでも,この楽器と同じように棹の先端が微妙にねじけましたが,この場合は,糸倉の先からなかごまで一木造りという,不識独特の特殊なつくりと素材の問題から生じた狂いの結果と思われます。今回の楽器は,棹に貼りついている指板に影響が何も出ていないことを考えると,単純に原作者の工作不良が原因と考えたほうがよいでしょう。

  同時に修理している40号など,木部の工作加工はこの東谷の楽器におよびもつきませんが,こういう音や操作性に関係しているあたりはけっこうしっかりとしていて,山口取付け部から半月までのラインに歪みなどありません----このあたりからあらためて考えてみますと,木工のウデマエはさておき,「楽器職」としてはどッちが上だか,ちょっと悩んじゃうところですね。

  指板をいちどはずし,棹を削って胴体水平面に合わせる,というのが,この棹のねじれに対する,根本的かつ最良の修理ではありますが,けっこうな大作業になってしまいますので,今回は山口のほうを加工して対処することにしたい,と思います。(汗)

  いつもの通り左右対称に四角く削ると,上左画像のように,左がわが高くなってしまいますから,山口の左がわを少し低く削って,左右の弦高が一定になるように調整します。 第2フレットから先はさほど問題はなさそうですが,これだとおそらく,第1フレットは左右不均等に作らなきゃならないでしょうねえ。

  棹本体と延長材とを再接着します。

  棹基部に木釘が打ってあるおかげで,ニカワ接着が完全にトンでいる現状でもハズれはしてませんが,棹と延長材を持って動かすとカクカク揺れちゃうくらいですんで,もちろんこのままでは使いものになりません。

  合わせ目にお湯をふくませ,延長材を上下させてスキマをあけしめすると,ここでもよぶんに大量に使われてたと思われるニカワが溶け出し,ぶくぶくと茶色い汁やアブクになってあふれ出てきました。
  これをぬぐい,ぬぐい。
  しみだす汁があらかた透明になってきたところで,新しいニカワをスキマにたらし,再びクニクニ----けっこう時間のかかる作業となりました。
  新しいニカワが接合部全体に行き渡ったところで,クランピング。
  大事な場所ですので,用心のため二晩ばかり放置して,じっくりと圧着します。

  表板の補修に入ります。
  まずは真ん中下端から,楽器の中心に沿ってのびるヒビ割れの処置。太い所は桐板を薄く削った埋め木で,細いところにはアートナイフの先で木屑を埋め込みます。

  内部のほうから見ると,このひび割れのとこ,ちょうど板の矧ぎ目なんですね。
  板目の一枚板に見えるんですが,ここと左右に1~2枚,全部で3~4枚の板を矧ぎ継いであるようです。木目のあわせが巧妙なので,ちょっと気がつきません----この作者,こんなところはほんとうに上手い。

  半月下にあらたに見つかったエグレは木粉のパテで埋め込みました。逆に削って板を埋め込むのとどちらにするか少し悩んだのですが,けっきょく最近見つけた新工法でのパテ充填としました。
  こうした深めのエグレを埋めるときは,まずエグレの底にニカワを塗り,パテをふだんより少し多めに盛ってラップをかけ,板を当てて軽く圧をかけます。すると木粉パテの空気が抜けて,かなり堅牢な充填補修となります。ただし,この部分は硬いのですが,表面がややモロく,湿気等にもあまり強くありません----しかし今回の場合,ここは半月の接着後には外部から保護された密封状態となりますので,問題がないわけですね。
  メクレて浮いてしまっている部分も,はじめにニカワをふくませてから,周りをパテでうめ,メインの充填部同様に当て板とクランプで軽く圧縮してやります。 じゅうぶんに硬化したところで,表面を削って均します。 ふつうに練ったものを盛っただけだと,モロモロした感触なのですが,圧をかけた場合は硬くカリカリした削り心地になります。半月の接着部ですから,ちょっと慎重に,ていねいに水平を出しました。

  内部構造の確認と,響き線の処置が終わったところで,早々と裏板を閉じてしまいましょう。
  響き線とその支持具は,すでに Shinex と柿渋を使って軽くサビ落しをし,ラックニスを薄く刷いて防錆措置を講じます。
  この響き線がはたしてちゃんと効果を発揮してくれるのか,一抹の不安はありますが,とにかく弦を張って音が出せるようにしなきゃ,そのあたりの検証もかないません。

  例によって丸い胴体からハガしたこの手の板が,元の位置に寸分狂いなくぴったりおさまってくれることはまずもってありませんから。胴体についたままになっている残りの板との間に,材の収縮で縮んだぶんと,再接着のための余裕を確保するため,幅3ミリほどのスペーサーを噛ませることにします。

  裏板の再接着と同時にやってしまいたいところですが,今回はこの景色のある板をなるべく損ないたくないので,まず板を接着し,間に出来た溝に合わせてスペーサーを削ってハメこむ方法でまいります。
  材料は28号の修理で切り取った部分----材料が少し厚めで目も詰んでいたので加工がうまくいき,かなり長かったのに一本で埋まりきりました。

  さてさて,板の表裏の処置が済めばあとはイロイロ戻すだけ。
  半月裏面がすこしデコボコなので,擦り板で削って軽く均します。

  この赤い本体部分はカリン。長年の放置とこないだハガすのに濡らしたせいで,すっかり油ギレして,ツヤもなにもなくなってしまっていますので,まずは亜麻仁油で磨いて数日乾燥,ラックニスを軽くしませます。

  素材のツヤと色合いが戻ったところで,上面のお飾りを接着。
  そのままだと本体部分がやたらテカテカしてて気持ちが悪いので,「灰磨き」をして仕上げましょう。まずは全体に木灰をぶッかけ,歯ブラシでこすって細かいとこまで行き渡らせます。つぎにこの歯ブラシに柿渋をちょっとつけて,全体をゴシゴシ。
  乾いたところで,もいちど歯ブラシでこすり,灰をあらかた落とすと,本体部分のツヤも落ち着き,ちょうどよい感じの古色もつきます。

  半月の位置をあらためて探ってみますと,またひとつ東谷の工作のアラがあらわれてきました。

  棹孔の中心を基準として,胴体のタテヨコを出したときに推定される中心線が左画像(クリックで拡大)の赤い線です。この線は,なぜか二つある半月裏の小孔のうち,右がわの小孔の真上を通っています。
  これに対し,棹をとりつけたとき,指板の中心線を延長して得られる弦のコースの中心線は青い線。本来あるべき楽器としての中心線から,右まわりに2度ほど傾いてます。この線は左右の小孔のちょうど真ん中を貫いてますね。

  すなわちこの楽器は,棹がねじれてるだけでなく取付け角度も少し狂っちゃってるわけです。まあこのブログで何度も書いてるとおり,月琴の場合,作った結果こういうことになったとしても,半月の位置の調整でじゅうぶんに使用可能な楽器とすることができますので,このこと自体はさほど珍しい事態ではありません。

  ただコレ,材質からも工作からも,専門職による量産楽器とは思えないので,おそらくは東谷さんが楽器作りに慣れてないことからくる,加工上のミスだと思われます。最初に小孔をあけた時点では,楽器の中心線は本来の赤線がわだったと思いますが,じっさいに棹を取り付けてみたらこういうことになってしまっていたので,反対がわに小孔をもう一つ穿って,なんか---- 「左右対称にしたよ!」 的にゴマかしたんでしょう。(w)

  新たに中心線を出して糸を張り,弦のコースがちょうど良くなる位置を探って,半月の再接着です。とはいえおそらく,オリジナルの位置とほとんど変わりません。
  角度が少し変わったくらいかな----オリジナルでは,高音弦がわがほんの少し下がってたようです。

  さて,39号東谷,これでフレットが立てば楽器としての本体修理はほぼ完了。
  どんな音が出るのか,かなり楽しみです。

(つづく)


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