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月琴43号/44号 (1)

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斗酒庵 ひさびさの平行作業 の巻2015.9~ 月琴43号 大崎さん/44号 マグナム (1)

STEP2 なつのしくだい その2

  ひぃ,はあ----夏の思い出はまだ続く。
  夏前に4面も買いこんだ壊れ月琴の,3本めと4本め,まいります。



月琴43号 大崎さん



  全長:650(含蓮頭)
  胴:350φ,厚さ:36(表裏板4)
  有効弦長:428

  名前の由来は裏面の墨書から。

  所有者の名前らしきところがかすれちゃってるんですが,住所のほうははっきりと読めます。二文字目は 「崎」 の字です。偏の「山」を字の上に持ってきてるだけですね。出品者は関東のひと,関東近辺で「大崎村」と申しますと品川の大崎か,埼玉県の大崎村だと思うんですが,どこなのかは不明。

  すらりとした棹,薄めの胴体,関東の作家さんだとは思いますし,明治期の量産月琴なのは確かですが,ラベルがなく,いまひとつ際立った特徴もないので,これもまたまた作者不明です。

  蓮頭の上半分がふッとんでいて,糸倉の左側にかなりパッキリ逝ったヒビが入っています。
  ぶっけたんでしょうね,たぶんココを。

  面板を除く木部全体に黒っぽい塗装が施されていますが,けっこう使い込まれた楽器らしく,棹背の部分はもとの木地が出ちゃっています。
  胴体に差し込まれているなかごの部分は,短くてあまり見たことのない形になってますね。

  蓮頭は庵主が 「宝珠」 って呼んでる意匠ですね。板に線刻しただけのかんたんなものですが,この線の数や刻みが作者さんによって違っており,けっこう同定の手がかりになることがあります。とはいえ,今回のこれは見たことないなあ。高井柏葉堂のに似てなくもないけど…

  胴体左右のお飾りが菊,右の菊に少しカケがありますが,おおむね健全。扇飾りは定番の万帯唐草,中央飾りもよく見る波だかなんだか分からない模様です。

  バチ皮がかなり良い状態で残ってます----でもたぶん,こいつのせいだと思いますよ。面板が割れてるのは。すぐ横にヒビ割れが上下を貫通し,バチ皮の貼ってあるほうが少しめくれて持ち上がってます。これもまたこの楽器ではよくある故障ですね。皮の収縮に桐板がついてこれなくなって割れるんですよ。

  糸倉の割れについでの要修理ポイントその2は半月です。
  なんでしょうねえこれは……何がどうなったのか,そして何をしたかったのかな?
  半月の糸をむすぶがわのへりがエグり削られてますね。
  糸孔もあけなおしたもののようです。

  国産の月琴の数打ちものでは,半月はただの板に孔をあけただけのものが多く,高級品のように糸擦れを防止するための象牙板などは噛ませていないのがふつうです。そのためもあって唐物月琴などにくらべると,糸孔はちいさくあけられるんですが,作家さんによってはその糸孔を,半月のへりギリギリのところにあけちゃうんですね。
  高級な楽器のようにこれが黒檀や紫檀みたいな素材で作られてるならまだいいんですが,カツラやホオといった,軽軟な広葉樹材の場合は,ときとして割れたり,使用によって削れてしまったりしていることがあります。
  おそらくはそうなって,糸がかけられなくなったので,糸孔を少し後ろにあけなおし,ズレたぶんへりを削ったのだとは思いますが----そんなにしてまで使い続けたあたり,なにか感動をオボえますね。

  外見的にわかる損傷はこの半月と糸倉のヒビ,表裏面板の割れが数箇所,糸巻も4本そろっており山口やフレットの欠損もなく,状態は上々といったところなんですが。

  響き線が,鳴りません。

  ふるとなにやら,かしゃかしゃと金属の擦れるような音がきこえるので,なにか入っているのは間違いないんですが。

  裏板の真ん中にちょうど貫通した割レが二か所ありましたので,ここから板をはがして確認してみましょう---あ,やっぱり。

  出てきましたよ響き線。

  付け根部分が腐って落ちてしまってたんですね。
  根元を曲げた直線で,長:275。
  内部を確認したところ,楽器向かって左側部中央,裏板と側板でサンドイッチするようなカタチで,サビついた基部が残っていました。


  首なしだった35号が,これと同じ構造をしていました。(右画像参考)
  ほかの形式に比べると手間がいくぶんないので,量産月琴においては定番の響き線の一つだったみたいですね。

  響き線自体のサビも,全体を見ればそれほどヒドくもないのですが,面板を接着した時のニカワが少しハミ出て,基部を包み込んでしまったために,そこだけ水分が余計に含まれ腐食が進んでしまったようです。

  内桁は2枚,上桁は中央に棹の受け,左右に木の葉型の音孔,下桁はツボギリで三か所孔を開けただけの板になっています。線落ちはしてましたが,内部は比較的きれいでした。




月琴44号 マグナム

  名前の由来?
  いやあ,ふぉーてぃふぉ,つたらマグナムでしょ,男の子的には(w)

  全長:658(含蓮頭)
  胴幅:縦・353,横・355,厚さ:35(表裏板4)
  有効弦長:419

  裏板にラベルがありました。
  松音斎や松琴斎と同じカタチのラベルですが,二文字目がそのどちらでもない。
  ちょっとかすれちゃってるんですが,たぶん「鶴」だと思いますよ。

  「松鶴斎」か…知らない作者さんです。


  蓮頭は透かし彫りで,43号とは逆に下半分がなくなっています。
  同じようにぶつけて割ってしまったんでしょうが,こちらは幸いにも糸倉に損傷がありません。
  おそらく意匠は,蓮の花の下から二本唐草がにゅっと伸びてる,定番の文様でしょう。

  ラベルとその名前から言って,関西,それも大阪の作家さんだとは思うんですが,長くすらりとした棹といい,細くてアールのあさい糸倉といい,このあたりには関東の作家さんの影響がどことなく感じられますね。

  棹なかごの工作はかなり丁寧で精確。
  延長材の表板がわに 「貮」 と書かれてます。これが二本目,だったとしたら実にイイ腕だ。(w)

  本体部品としては蓮頭が下半分なくなり,糸巻が一本欠損してるくらいで,この楽器の古物としてはまあまあな状態だとは思うのですが,保存されていた環境がそうとう酷なものだったらしく,ほとんどの個所の接着がトンでしまっているので,どっか触るたびにバラバラになっていきます----あ,半月とれた…バチ皮もお飾りも,ハガすまでもなくポロポロポロと。(w)

  胴左右のお飾りは菊,扇飾りは43号と同じ定番の万帯唐草。中央飾りは欠損してますが,日焼痕からするとたぶん,これも43号と同じようなものが付いていたのだと思います。

  バチ皮は虫食いが一ヶ所あるもののほとんど無傷ですね。
  何やら文字の書かれた和紙で裏打ちされています。手紙のようですがさて,庵主,草書が読めないので内容は分かりません。
  半月は線刻をほどこした曲面タイプ。意匠は41号クギ子さんと同じなんですが,こっちは比較的ちゃんと彫ってますね。

  ううむ,フィールドノート書くため計測してるうち,ほとんどオーバーホール状態になってしまった。(汗)
  まあ,内部構造調べるため分解する手間は省けましたが。

  内桁は2枚,下桁はただの板,上桁は中央に棹の受け孔,そして楽器向かって左がわになるほうに木の葉型の孔がひとつだけあけられています。
  内桁がまっすぐではなく,やや傾げて斜めに取り付けられているのは,松音斎・松琴斎と同じ,この流のなにかきまりのようなもののようですが,理由はいまいちはっきりしません。ギターのブレーシングみたいな効果を狙ったのでしょうか。

  響き線は深めのアールをつけた鋼の弧線。基部を木片に埋め込んでクギで止めてあります。43号と同じくこれも線落ちしていたんですが,この基部ごと,胴体の中から出てきましたよ。

  この響き線については多少疑念があります。

  響き線線は,胴体真ん中の空間から基部を右がわ(楽器正面に向かって)にして出てきており,内部を見るとたしかに,そちらがわの上桁の下に接着痕らしきものも見えました。(左画像)

  松音斎や松琴斎の楽器では,上桁の下に基部をおいた弧線が定番なので,この楽器もまあ同じだろう----と一時は考えたのですが----さてもしそれだと,上桁の「孔」の意味が分かりません。


  これが「音孔」だとするならば,左右でなく片ほうだけ,というのはおかしな話です。そこから考えてもこれは唐物月琴などにある 「響き線を通すための孔」 と考えたほうがよいのです。ためしにその基部を接着痕のところにおいてみると,線の先端が上桁の裏にぶつかります。長すぎるんですね。ここに穴があれば,線の接触を気にせずに演奏ができるわけですが,ざんねんながら穴が開いてるのは先端と反対がわです。
  ふむ,庵主が引っ張り出す前に古物屋さんが一度取り出してしまって,戻すときに逆に入れたのかしらん,とかも考えました。しかしながら反対がわの側板の想定される位置には,この基部が付いていたと思われるような接着痕は見られません。

  まだ完全に調査が終わっているわけではないので確定はできませんが。
  おそらくこの響き線の本来の基部は,胴体中央の空間のどこかではなく,唐物月琴と同じく天の側板,棹孔の横にあったのではないでしょうか。響き線基部の寸法から考えると,はずれてもたぶん木の葉型の孔のところにひっかかってしまうと思われ,これが胴体中央の空間から出てきたあたりにはまだ少し疑問がありますが,そのあたりはおいおい。

  フィールドノートの段階ではまだそこまで推理してなかったので,響き線の位置は仮に横向きになっています。これもほぼ90度違ってる可能性があるわけですね。

  バラバラではありますが,上にも書いた通り欠損部品は蓮頭の下半分と,糸巻1本,山口とフレットに中央飾り。音に関係するような箇所に損傷はないので,修理したなら意外とマトモに直ると思います。全然知らない作家さんですが,各部の加工はシャープで正確,かなりの腕前ですね。
  カンですが,この楽器は案外スゴいかもしれません----まあ,いまはバラバラなんですけどね。(w)

(つづく)


月琴41号/42号 (1)

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斗酒庵 ひさびさの平行作業 の巻2015.9~ 月琴41号 キリコさん/42号 蝉丸 (1)

STEP1 なつのしくだい その1

  当修理報告にいつも目を通してくださってる方々には,
              さしてお馴染みの事態とは思われますが。


  庵主は通常,複数の楽器をほぼ同時に,平行作業で修理することにしています。
  たとえば,夏前にやった40号と39号,38号と28号は,それぞれ同時期に修理を開始し,多少のズレはあるものの,だいたい同じころに完成させております。
  一面づつ修理するよりもやることが増えて大変ですが,染め液や補填部材,消耗品のことを考えると,複数面,同時にやったほうが経済的なのですね。なにせうちの修理は,調査が主眼。その資金も貧乏人自腹の自転車操業なものですから,すこしでも懐の負担を軽くしたいというのが本音のところ。

  平行作業自体はそんなに嫌いじゃないんです。

  まあ修理が佳境になってくると,やることと考えることが複雑になって,血管がブチ切れそうなほど頭の中が常時回転しまくってて,不眠症になったりしますけどね。(w)

  夏の帰省直前に落札大ラッシュがありまして----今回はなんと4面もの壊れ月琴が転げ込んできました。
  うちの修理は,調査の結果,興味のあるものからだったり,重症患者からだったりしますので順不同。
  現在の体力や資金ぐりも考えますと,さすがに 「4面同時作業」 なんてのはまずもって不可能事ではありますが,まずまず情報の整理を兼ねまして,各器の紹介をばこなしていこうと思います。

  では最初に届いた2面から----



月琴41号 キリコさん

  全長:635(蓮頭欠損のため糸倉先端まで)
  胴:縦・354,横・358,厚・41(表板5,裏板4)
  有効弦長:415

  古書には時々 「月琴は桐で出来ている」 と書かれていることがあります。
  これはまあだいたいの場合,いちばん面積が大きくて目立つ胴体表裏が桐板だってことなんですが,このキリコさん,棹も胴体から,マジ,桐でできています。
  主要部品で桐でないのは,内桁と棹の延長材くらいのようですね。とどいたとき,正直,やたら軽かった (お麩のカタマリくらい?w) んでちょっとビビりました。


  月琴という楽器は,構造上それほどの強度を必要としないので,じっさい桐なんぞという軽軟な素材でも作れないことはありません (事実こうして作ったヤツがいるしw)
  おそらくは,冒頭に触れたような古書の記述を,文字どおり文字どおりに真に受けて作ったものだとは思いますが。まあ,中国の「琴」も日本のお箏も主材は桐。まがりなりにも 「琴」 の名を冠するこの楽器がそれらと同じく 「ぜんぶ桐」 だと考えられたとしても不思議はないと言えばフシギはない。

  とはいうものの,お箏の類のようなボックス・ハープならいざしらず,リュート目ギター属の楽器でネックまで 「総桐」 となりますと,さすがにちょっとねえ----引くわぁ。
  とにかく,資料としては面白そうな一本です。(汗)


  材料が桐なこともあって,棹や糸倉など強度の関係で作りがやや厚めとなっておりで,全体に多少ふっくらとした印象がありますね。糸倉先端の間木を少し幅広のものにして,末広がりにしてあります。これは唐物月琴や初期の倣製月琴なんかでよく見られる工作です。

  お飾りはたぶんホオ板製,中央の飾りは少々稚拙ですが,左右の仏手柑はまあまあの彫り。
  残っているフレットは5本,トップナットである山口とともに象牙製,だとは思いますが練り物かもしれません。棹の上にある山口はなぜか上下逆に接着されちゃってますね。


  半月…これも桐製品ですね。
  唐物月琴の半月を模した模様が彫られてますが,材質的な制限からほとんど直線的な彫りになってて----中央なんて「蓮の花」なんですけどねえ----まあ全体的な雰囲気は伝わってるかと。(w)
  糸孔は外弦間:27,内弦間:21。使いやすそうなやや大きめの孔になってます。

  ラベルの痕跡と残片が,裏板中央上部にわずかに残っていますが,文字の部分がなくなってるうえ,これに該当するサイズや枠線の例が,手持ちの資料中には見つかりません。日焼痕の濃淡がけっこうあるようなので,なにか画像処理すればわかりそうな感じですが……ううむ,いまのところ作者不明,です。


  材料が接着の良い桐であるせいか,汚れてはいますが各部の接合はかなりしっかりしており,目立ったハガレやウキもありません。
  内桁はヒノキの2枚桁。棹孔のほかは小さな丸孔しかあいていないので,内部の詳細は不明ですが,比較的きれいです。ただなにやら,製作時の削りかすがけっこう入っちゃってますねえ。

  この丸孔だけあけた内桁も,初期の倣製月琴のほか,大阪の松音斎・松琴斎なんかの流でよく見られる工作で,国産月琴の構造としては,比較的古い楽器に使われています。


  唐物月琴でも内桁の孔は,四角い棹の受けと,響き線を通すための孔。この長い響き線を通す笹型の孔の役目を敷衍して,音を通すためのくりぬき,「音孔」として大きくあけるようになったのは,高井柏葉堂や石田不識,山田楽器店なんか以降なんじゃないかな。

  中国では,この庵主が「内桁」と呼んでる板自体の役割がどんどん小さくなっていって,胴体形状を支えるものから,表裏の面板を補強するバスパー,あるいはブレイシング的なものになり,一枚板ではなく,棹なかごを受けるための小板と薄い細板2枚を組み合わせただけのスカスカ構造になっていきました。台湾の長棹月琴やベトナム月琴も同じような構造のようですね。

  響き線は1本,おそらくは浅く曲りをつけた鋼線,やや太めです。

  あとの詳細は以下のフィールドノートでどうぞ(クリックで画像別窓拡大)



月琴42号 蝉丸

  全長:630(蓮頭を含む)
  胴:345φ,厚・39(板4)
  有効弦長:410

  二本目はこの楽器。
  名前の由来は胴体中央に貼られた,この緑色のお飾りですね……セミ?……いや,セミだと思いますよ,たぶん(w)

  月琴という楽器の弱点は,糸巻のささっている棹の先端,糸倉の部分です。
  胴体は丸いんで衝撃にもそこそこ強いんですが,そこからつきだしている棹の部分は,ぶつかるとモロにちからを食らって,ちょっとの衝撃でも意外と簡単に割れたり壊れたりしてしまうことがあります。

  なもので庵主,この楽器を送ってもらうときにはたいがい,棹を抜いて,胴体の上にのせてくるんでくれるよう頼んどくものなのですが。この楽器,なぜだか棹つきのまんまで送られてきました。うーむ,こっちのメッセージをちゃんと読んでくれなかったのかな,と思いつ,調査のために棹を抜こうとしたんですが----抜けません----ビクともしない。


  あらためてよく見ると,棹の基部がニカワでがっちり固められてるじゃあーりませんか。

  壊れて棹の延長材が外れてしまったような場合,古物屋さんが楽器としてのカタチだけは整えようとこういうことをすることがあるんで,これもそういうのかなあ,など考えつつ。とりあえず外見上の測定と観察を済ませ,内部構造の確認をするため裏板をハガしたら----

  思ったよりも面白い構造になってましたよ,この棹は。

  胴体に差し込まれていた部分は長約7センチ。延長材を継ぐための加工はされてませんでしたから,これはなかごがハズれ手修理したとか,そういうのじゃありませんね。もとからこういう構造だったんでしょう。

  なかご部分は上桁までとどいておらず,おそらくその部分の先っちょだったと思われる木片が裏板に貼られていました。なかごの先端の裏側にニカワがかなりべったりついてますので,これを裏板の上に置いた枕に接着して,裏板方向への反り返りを防止したものなのでしょう。

  上桁が棹の受けになっておらず,上下の内桁はどちらも同じカタチ。真ん中に大きな切り抜きがあります。
  このため通常の月琴よりも共鳴空間が広くなっているわけですが,棹の構造からすると,棹に伝わった振動は裏板へと流れ,演奏者の身体に触れて消えてしまうので,さしひきどれくらい好ましい結果が得られたかってあたりは大いにギモンですね。


  棹なかごの延長材を廃して,棹を胴体に直づけするこの類の工作は概して,大流行期の最も廉価な量産品月琴に見られるものですが,この42号,そこはそういう構造なものの,棹は糸倉まで一木,弦池も彫り貫きになっていおり,胴体ともに材質はカヤ,比較的高級な月琴に多く使用されるものですし,棹背の微妙な曲線,木部表面の処理といい,組立ての精緻さといい,工作に手抜きや安っぽさはあまり感じられません。

  糸倉のアールは深く,うなじは長め。ためにかなりコンパクトな印象を受けます。
  じっさい胴体の幅なんかも平均より1センチくらい小さめですが,そのぶん厚みがあったりしますからね----このあたりも,この作者さんのコンセプトなんじゃないかな?
  指板は山口の手前で切れるタイプ。これは名古屋の作家さんがよくやる形式で,美しい棹背の曲線なんかも,鶴寿堂の楽器によく似ています。

  蓮頭はややぶ厚く,笹の葉状の花弁が彫られています。彫りのウデはなかなか。
  胴左右の飾りは菊,中央飾りはすでに述べたとおりたぶんセミ。柱間に唐物月琴のものを模した凍石飾りがついてます。痕跡はあるので,もとは棹の指板上にもついて満艦飾な楽器だったのでしょう。

  バチ布がちょっと変わった形に切られてますね。
  いまはちょっとあちこち破けちゃってますが,たぶん半月と合わせてまんまる円形に見えるようにしてあったんじゃないかな。なかなか洒落たことをします。
  半月は上面を平らにした曲面タイプ。廉価版の唐物月琴などで多いカタチですね。
  ポケットのなかに,はずれたフレットが一本入っていました。

  胴体はやや厚めで,横から見るとがっしりした感じになっています。
  いままで修理したカヤ胴の月琴は,胴側の材が必要以上にぶ厚くなっていることが多かったのですが(22号とか28号とか…),この楽器はそれらからくらべるとかなり薄目ですね。素材からくる重低音より音ぬけの良さを狙ったものでしょうか?
  伝統的な構造を廃して,内部空間を広くし,内桁の音孔を大きくあけたことといい,「コンパクトで,より大きく響く楽器」 を目指して作られた月琴なのでしょう。

  響き線は1本,浅い弧をえがく鋼線で,基部は胴側に直挿し,丸釘を打って止めています。中央部は下桁の音孔にすこしかかり,全体にサビが少し浮いてますが,まずまず健全。

  ここまで凝った構造の割りには,肝心の月琴のイノチ----響き線の形状は意外と普通で,あまり工夫がありませんねえ(w)。そもそも,上下の桁がほぼ楽器の中央に位置して,内部をほぼ三等分しているため,中央の空間が少しせまいので,響き線の曲りがあまりつけられなかった,って感じもあります。上桁を若干あげ,下桁を思いっきり下げて,中央の空間をより大きくとったほうが,きっと作者の思うような効果があったのじゃないかと思うのですが,まあ百年以上前の作品なので,いまさらアドバイスするわけにもいきません。(ww)

  修理の都合もありますので,とりあえず棹はぬきます。基部にぬるま湯をさして濡らし,引き抜きました。この手の構造だと木クギとか埋め込んで固定してあるものが多いのですが,この楽器はニカワで接着してあるだけですね。
  棹基部に少しヒビ割れがありますが,たいしたものではありません。
  かなりがニカワべっとりと付けられてました。

  構造は変わってますが,棹取付け部の加工自体は,通常の月琴のそれとなんら変わりがありません。もしこの棹を,ギターやバイオリンと同じ組み付けにするつもりだったなら,棹孔はあけないで,棹との接合部を平らにして溝を切ってハメこんだほうがよかったはずですし,ホゾ孔形式にするにしても,筑前琵琶などの構造を参考にすることもできたはずです。

  伝統的な構造から一歩踏み出そうとした気分は感じられますが,まだ構想が完全に固まってなかったのでしょう----青い。(何様だよ,オイw)

  さて,最後はその作者さんについて。
  裏板にラベルが残ってますが,文字がかすれちゃっててほとんど読み解けません。
  三文字で最後は 「斎」 二文字めは 「楽」 だとおもうのですが 「ナニ楽斎」 だったのかは不明。メアンドロス紋の外枠ははっきり残ってますが,41号と同じく資料中に該当例が見当たりません。

  41号に続きこちらもまた 「作者不明」 ですね。

  こちらのフィールドノートは以下(クリックで画像別窓拡大)


(つづく)


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