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月琴41号/42号 (1)

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斗酒庵 ひさびさの平行作業 の巻2015.9~ 月琴41号 キリコさん/42号 蝉丸 (1)

STEP1 なつのしくだい その1

  当修理報告にいつも目を通してくださってる方々には,
              さしてお馴染みの事態とは思われますが。


  庵主は通常,複数の楽器をほぼ同時に,平行作業で修理することにしています。
  たとえば,夏前にやった40号と39号,38号と28号は,それぞれ同時期に修理を開始し,多少のズレはあるものの,だいたい同じころに完成させております。
  一面づつ修理するよりもやることが増えて大変ですが,染め液や補填部材,消耗品のことを考えると,複数面,同時にやったほうが経済的なのですね。なにせうちの修理は,調査が主眼。その資金も貧乏人自腹の自転車操業なものですから,すこしでも懐の負担を軽くしたいというのが本音のところ。

  平行作業自体はそんなに嫌いじゃないんです。

  まあ修理が佳境になってくると,やることと考えることが複雑になって,血管がブチ切れそうなほど頭の中が常時回転しまくってて,不眠症になったりしますけどね。(w)

  夏の帰省直前に落札大ラッシュがありまして----今回はなんと4面もの壊れ月琴が転げ込んできました。
  うちの修理は,調査の結果,興味のあるものからだったり,重症患者からだったりしますので順不同。
  現在の体力や資金ぐりも考えますと,さすがに 「4面同時作業」 なんてのはまずもって不可能事ではありますが,まずまず情報の整理を兼ねまして,各器の紹介をばこなしていこうと思います。

  では最初に届いた2面から----



月琴41号 キリコさん

  全長:635(蓮頭欠損のため糸倉先端まで)
  胴:縦・354,横・358,厚・41(表板5,裏板4)
  有効弦長:415

  古書には時々 「月琴は桐で出来ている」 と書かれていることがあります。
  これはまあだいたいの場合,いちばん面積が大きくて目立つ胴体表裏が桐板だってことなんですが,このキリコさん,棹も胴体から,マジ,桐でできています。
  主要部品で桐でないのは,内桁と棹の延長材くらいのようですね。とどいたとき,正直,やたら軽かった (お麩のカタマリくらい?w) んでちょっとビビりました。


  月琴という楽器は,構造上それほどの強度を必要としないので,じっさい桐なんぞという軽軟な素材でも作れないことはありません (事実こうして作ったヤツがいるしw)
  おそらくは,冒頭に触れたような古書の記述を,文字どおり文字どおりに真に受けて作ったものだとは思いますが。まあ,中国の「琴」も日本のお箏も主材は桐。まがりなりにも 「琴」 の名を冠するこの楽器がそれらと同じく 「ぜんぶ桐」 だと考えられたとしても不思議はないと言えばフシギはない。

  とはいうものの,お箏の類のようなボックス・ハープならいざしらず,リュート目ギター属の楽器でネックまで 「総桐」 となりますと,さすがにちょっとねえ----引くわぁ。
  とにかく,資料としては面白そうな一本です。(汗)


  材料が桐なこともあって,棹や糸倉など強度の関係で作りがやや厚めとなっておりで,全体に多少ふっくらとした印象がありますね。糸倉先端の間木を少し幅広のものにして,末広がりにしてあります。これは唐物月琴や初期の倣製月琴なんかでよく見られる工作です。

  お飾りはたぶんホオ板製,中央の飾りは少々稚拙ですが,左右の仏手柑はまあまあの彫り。
  残っているフレットは5本,トップナットである山口とともに象牙製,だとは思いますが練り物かもしれません。棹の上にある山口はなぜか上下逆に接着されちゃってますね。


  半月…これも桐製品ですね。
  唐物月琴の半月を模した模様が彫られてますが,材質的な制限からほとんど直線的な彫りになってて----中央なんて「蓮の花」なんですけどねえ----まあ全体的な雰囲気は伝わってるかと。(w)
  糸孔は外弦間:27,内弦間:21。使いやすそうなやや大きめの孔になってます。

  ラベルの痕跡と残片が,裏板中央上部にわずかに残っていますが,文字の部分がなくなってるうえ,これに該当するサイズや枠線の例が,手持ちの資料中には見つかりません。日焼痕の濃淡がけっこうあるようなので,なにか画像処理すればわかりそうな感じですが……ううむ,いまのところ作者不明,です。


  材料が接着の良い桐であるせいか,汚れてはいますが各部の接合はかなりしっかりしており,目立ったハガレやウキもありません。
  内桁はヒノキの2枚桁。棹孔のほかは小さな丸孔しかあいていないので,内部の詳細は不明ですが,比較的きれいです。ただなにやら,製作時の削りかすがけっこう入っちゃってますねえ。

  この丸孔だけあけた内桁も,初期の倣製月琴のほか,大阪の松音斎・松琴斎なんかの流でよく見られる工作で,国産月琴の構造としては,比較的古い楽器に使われています。


  唐物月琴でも内桁の孔は,四角い棹の受けと,響き線を通すための孔。この長い響き線を通す笹型の孔の役目を敷衍して,音を通すためのくりぬき,「音孔」として大きくあけるようになったのは,高井柏葉堂や石田不識,山田楽器店なんか以降なんじゃないかな。

  中国では,この庵主が「内桁」と呼んでる板自体の役割がどんどん小さくなっていって,胴体形状を支えるものから,表裏の面板を補強するバスパー,あるいはブレイシング的なものになり,一枚板ではなく,棹なかごを受けるための小板と薄い細板2枚を組み合わせただけのスカスカ構造になっていきました。台湾の長棹月琴やベトナム月琴も同じような構造のようですね。

  響き線は1本,おそらくは浅く曲りをつけた鋼線,やや太めです。

  あとの詳細は以下のフィールドノートでどうぞ(クリックで画像別窓拡大)



月琴42号 蝉丸

  全長:630(蓮頭を含む)
  胴:345φ,厚・39(板4)
  有効弦長:410

  二本目はこの楽器。
  名前の由来は胴体中央に貼られた,この緑色のお飾りですね……セミ?……いや,セミだと思いますよ,たぶん(w)

  月琴という楽器の弱点は,糸巻のささっている棹の先端,糸倉の部分です。
  胴体は丸いんで衝撃にもそこそこ強いんですが,そこからつきだしている棹の部分は,ぶつかるとモロにちからを食らって,ちょっとの衝撃でも意外と簡単に割れたり壊れたりしてしまうことがあります。

  なもので庵主,この楽器を送ってもらうときにはたいがい,棹を抜いて,胴体の上にのせてくるんでくれるよう頼んどくものなのですが。この楽器,なぜだか棹つきのまんまで送られてきました。うーむ,こっちのメッセージをちゃんと読んでくれなかったのかな,と思いつ,調査のために棹を抜こうとしたんですが----抜けません----ビクともしない。


  あらためてよく見ると,棹の基部がニカワでがっちり固められてるじゃあーりませんか。

  壊れて棹の延長材が外れてしまったような場合,古物屋さんが楽器としてのカタチだけは整えようとこういうことをすることがあるんで,これもそういうのかなあ,など考えつつ。とりあえず外見上の測定と観察を済ませ,内部構造の確認をするため裏板をハガしたら----

  思ったよりも面白い構造になってましたよ,この棹は。

  胴体に差し込まれていた部分は長約7センチ。延長材を継ぐための加工はされてませんでしたから,これはなかごがハズれ手修理したとか,そういうのじゃありませんね。もとからこういう構造だったんでしょう。

  なかご部分は上桁までとどいておらず,おそらくその部分の先っちょだったと思われる木片が裏板に貼られていました。なかごの先端の裏側にニカワがかなりべったりついてますので,これを裏板の上に置いた枕に接着して,裏板方向への反り返りを防止したものなのでしょう。

  上桁が棹の受けになっておらず,上下の内桁はどちらも同じカタチ。真ん中に大きな切り抜きがあります。
  このため通常の月琴よりも共鳴空間が広くなっているわけですが,棹の構造からすると,棹に伝わった振動は裏板へと流れ,演奏者の身体に触れて消えてしまうので,さしひきどれくらい好ましい結果が得られたかってあたりは大いにギモンですね。


  棹なかごの延長材を廃して,棹を胴体に直づけするこの類の工作は概して,大流行期の最も廉価な量産品月琴に見られるものですが,この42号,そこはそういう構造なものの,棹は糸倉まで一木,弦池も彫り貫きになっていおり,胴体ともに材質はカヤ,比較的高級な月琴に多く使用されるものですし,棹背の微妙な曲線,木部表面の処理といい,組立ての精緻さといい,工作に手抜きや安っぽさはあまり感じられません。

  糸倉のアールは深く,うなじは長め。ためにかなりコンパクトな印象を受けます。
  じっさい胴体の幅なんかも平均より1センチくらい小さめですが,そのぶん厚みがあったりしますからね----このあたりも,この作者さんのコンセプトなんじゃないかな?
  指板は山口の手前で切れるタイプ。これは名古屋の作家さんがよくやる形式で,美しい棹背の曲線なんかも,鶴寿堂の楽器によく似ています。

  蓮頭はややぶ厚く,笹の葉状の花弁が彫られています。彫りのウデはなかなか。
  胴左右の飾りは菊,中央飾りはすでに述べたとおりたぶんセミ。柱間に唐物月琴のものを模した凍石飾りがついてます。痕跡はあるので,もとは棹の指板上にもついて満艦飾な楽器だったのでしょう。

  バチ布がちょっと変わった形に切られてますね。
  いまはちょっとあちこち破けちゃってますが,たぶん半月と合わせてまんまる円形に見えるようにしてあったんじゃないかな。なかなか洒落たことをします。
  半月は上面を平らにした曲面タイプ。廉価版の唐物月琴などで多いカタチですね。
  ポケットのなかに,はずれたフレットが一本入っていました。

  胴体はやや厚めで,横から見るとがっしりした感じになっています。
  いままで修理したカヤ胴の月琴は,胴側の材が必要以上にぶ厚くなっていることが多かったのですが(22号とか28号とか…),この楽器はそれらからくらべるとかなり薄目ですね。素材からくる重低音より音ぬけの良さを狙ったものでしょうか?
  伝統的な構造を廃して,内部空間を広くし,内桁の音孔を大きくあけたことといい,「コンパクトで,より大きく響く楽器」 を目指して作られた月琴なのでしょう。

  響き線は1本,浅い弧をえがく鋼線で,基部は胴側に直挿し,丸釘を打って止めています。中央部は下桁の音孔にすこしかかり,全体にサビが少し浮いてますが,まずまず健全。

  ここまで凝った構造の割りには,肝心の月琴のイノチ----響き線の形状は意外と普通で,あまり工夫がありませんねえ(w)。そもそも,上下の桁がほぼ楽器の中央に位置して,内部をほぼ三等分しているため,中央の空間が少しせまいので,響き線の曲りがあまりつけられなかった,って感じもあります。上桁を若干あげ,下桁を思いっきり下げて,中央の空間をより大きくとったほうが,きっと作者の思うような効果があったのじゃないかと思うのですが,まあ百年以上前の作品なので,いまさらアドバイスするわけにもいきません。(ww)

  修理の都合もありますので,とりあえず棹はぬきます。基部にぬるま湯をさして濡らし,引き抜きました。この手の構造だと木クギとか埋め込んで固定してあるものが多いのですが,この楽器はニカワで接着してあるだけですね。
  棹基部に少しヒビ割れがありますが,たいしたものではありません。
  かなりがニカワべっとりと付けられてました。

  構造は変わってますが,棹取付け部の加工自体は,通常の月琴のそれとなんら変わりがありません。もしこの棹を,ギターやバイオリンと同じ組み付けにするつもりだったなら,棹孔はあけないで,棹との接合部を平らにして溝を切ってハメこんだほうがよかったはずですし,ホゾ孔形式にするにしても,筑前琵琶などの構造を参考にすることもできたはずです。

  伝統的な構造から一歩踏み出そうとした気分は感じられますが,まだ構想が完全に固まってなかったのでしょう----青い。(何様だよ,オイw)

  さて,最後はその作者さんについて。
  裏板にラベルが残ってますが,文字がかすれちゃっててほとんど読み解けません。
  三文字で最後は 「斎」 二文字めは 「楽」 だとおもうのですが 「ナニ楽斎」 だったのかは不明。メアンドロス紋の外枠ははっきり残ってますが,41号と同じく資料中に該当例が見当たりません。

  41号に続きこちらもまた 「作者不明」 ですね。

  こちらのフィールドノートは以下(クリックで画像別窓拡大)


(つづく)


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