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天華斎/バラバラ鶴寿堂 (5)

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斗酒庵 南からの修理依頼 の巻2015.9~ 天華斎/バラバラ鶴寿堂 (5)

STEP5 穴からすべてははじまった

  胴側面にアナはあいてたものの,糸巻はそろってるし,お飾りもフレットも完備,糸も張れるし,いちおう弾ける,という状態ではありましたが,悪魔というものは外にではなく,かならず内がわに潜んでいるもので----響き線は折れる寸前,内桁はほとんどハガれ,接合部は全トビ……楽器としては,ほぼ 「ガワだけ」 になっていた,と言えます。

  天華斎,しつこくこだわった内がわからの作業も終了。
  いよいよ内部構造ともお別れ,作業のため切り取った裏板をもどします。


  切り取った裏板の端のほうが,長年演奏者の着物に触れて削られ,かなりうすくなってしまっています。そのままだと,たとえ接着はうまくいっても,強度に不安が出るので,中央の板との間に幅1~2ミリほどのスペーサーを入れ,左右を胴体から突き出させ,少しでも厚みのある辺りで接着させましょう。

  スペーサーは後で入れるので,そのぶんズラして接着しなきゃなりませんね。
  ハガすときは器体の様子を見ながらでしたので,片方づつの作業でしたが,こんどは片方だけに圧力をかけると,もう一方に影響が出てしまうかもしれないので,左右を同時に接着します。
  ウサ琴外枠転用のクランプ,ひさしぶりに登場です。

  側板は最大でも5ミリ程度しか厚みがないし,接着の悪いタガヤサン。
  垂れないように気をつけながら筆で水を含ませ続け,ニカワを塗るのもなかなかにホネですね。(汗)

  一晩ほどそのまま圧着,さらに一日ほど接着の確認をしたところで,スペーサーを埋め込みます。

  埋め木には,例によって過去の修理で出た古い楽器の板を使用。
  木粉粘土をまぶしてはめこみ,乾いたところで,はみだした板の側部周縁と一緒に整形してしまいます。
  補修痕はヤシャ液や柿渋で補彩。
  いまはどうしても目立っちゃいますが,しばらくすると色があがってきて,そんなに目立たなくなってゆくと思います。

  あとは前修理者のやった表板の補修痕を少し手直ししたり,棹の補彩に,作業中はずれたお飾りをもどしたり,細かい仕事をきちっと終えて。
  新しく削った糸巻を挿し,天華斎,さてさて復活!!


  修理個所の補修・補彩以外は面板に手出しをしてないので,あんまり変わりばえはしませんね。(w)

  今回のフレット位置はオリジナルのまま。
  開放弦4C/4Gの5度調弦での音階は以下のようになっていました。

4D-174E-424F+204G+114A-25C-35D+145F+33
4A-204Bb+485C+185D-35E-115G-95A-36C+4

  高音部に多少,明笛の音との擦り合わせが必要かもしれませんが,だいたい清楽音階の許容範囲でまとまってると思われます。修理前の予備計測ともほぼ合致してますので,音階について修理の影響は,ほぼないでしょう。

  穴あきの接合ユルユルだった胴体を完全な箱にしたので,さすがに響きは良くなっています。板のどの部分をタッピングしても,振動はちゃんと響き線に伝わって反応が得られますし,響き線の効果による減衰もかなり長くなっています。
  ただ響き線の防錆にラックニスを塗ったので,まだすこし音に鈍さがありますが,これも半年ほどで,もう少しもどってくると思われます。

  明清楽の歴史の詰まった大切な楽器です。
  末永くお使いくだされますように。



STEP5 切り刻め青春!

  さて,鶴寿堂も仕上げです。
  あのけっこうヒサンなバラバラ状態から蘇ったにしては,痕も目立たぬキレイさ。
  これもどれも,原作者の工作(接着をのぞく)の良さの賜物ですね。

  フレッティングに入ります。

  ----と,その前に。
  山口に糸溝を刻んでおきませんと。(忘れてた…汗)
  この楽器は出荷後ほとんど弾かれないまま保存されてぶッ壊された(泣)らしく,ここが出荷時のままなんですね。
  邦楽の琵琶や三味線に同様の工作がなく,月琴でもときどきこうして糸溝が切っていない楽器があるために,一部の人は 「月琴ではトップナットに糸溝を切らない」 みたいに思ってるみたいなんですが,唐物月琴にはかならず刻んでありますし,2本づつ同じ音,4弦2コースの複弦楽器であるということから考えても,それはあり得ません。
  単弦の楽器より調弦のズレにビンカンなんですから,糸溝を刻んでいなければ弦がすぐズレて音が狂っちゃいます。

  この糸溝の加工は,本来は所有者・演奏者に任せられていたのだと考えます。
  人により,楽器のくせ演奏スタイルのくせにより,低音弦は間隔が開いてたほうがいいとか,逆にギリギリ近いほうがいいとか。高・低の間なんかにも好き嫌いがあると思いますからね。
  唐物と同じくはじめから切ってあるメーカーももちろんあり,切らないメーカーもあり。あと破損や紛失して,後から足したような場合は,切ってない状態のほうが多かったでしょう。

  山口での糸溝の間隔は,国産月琴でだいたい14ミリ(低外-高外),外弦と内弦の間は2ミリですが,松音斎などの手練れは低音がわをわずかに広くしてたりもします。

  良い楽器は,糸を張れば糸溝がなくても自然に理想的なポジションに落ち着きます。
  鶴寿堂,いうまでもなく----ピッタリでした。

  今回のフレット材は煤竹。
  胴に残っているオリジナルに合わせ,片面に皮をそのまま残した清楽月琴風に作ります。
  今回,最終的なフレット位置は,天華斎に合わせて調整しましたが,オリジナル位置での音階は以下----

4D+284Eb+484F+154G+164A+75C+245D+245F+9
4A+234B-495C+135D+175E+85G+125A+266C

  天華斎にくらべると,清楽音階としても第2音,上=ドとしたときの「レ」にあたる音がちょっと高すぎますねえ。
  このあたりの作家さんたちは,フレットの位置を明笛などの音に合わせるのではなく,なんらかの雛形やスケールに当てはめて作ってたようです。
  ただ,ギターのようにフレットの低い楽器ならば,その方法でもそんなに差は出ないと思うのですが,月琴のような丈の高いフレットの楽器の場合,実際には設定が3Dなので平面的なスケールがあんまり通用しません。
  まあ流行っていた時代はそれでも構わなかったのでしょうが,現代は機器も正確ですし,それに合わせて楽器も正確な音を出すようになっているものですから,そのあたりの狂いには,聞くほうの耳もかなり敏感になってます。せめて明笛なり律管なりといった,基音楽器に合わせて調整するのが望ましいところですね。

  ちなみに22号では第1・2フレットに複数のケガキ線が残っており,鶴寿堂,このあたり(22号は彼の6番目の作品)ではまだ,いちど作ってから,何らかの楽器(明笛かもしれませんしほかの月琴かもしれません)に合わせて調整していたのかもしれません。また現在の位置よりちょうどフレット一枚分,トップナットがわにズラしたところ,測定値は4D/4A+5ほどとなり,耳で聞く音階としても許容範囲くらいにおさまりました。これもじつはよくあることで,けっこう目印の付け間違いなんかもあったんじゃないかと庵主,考えてます。面白いものです。

  出来上がったフレット。もともと煤竹という古材を使ってるんですから,そのままでもよさげに思えるかもしれませんが,切ったり削ったりした部分は新しい面になってます。ヤシャ液に,過去の修理で面板を清掃した時に出た汁を煮詰めた古び液(「捨てられない病」の極致ですねww)をまぜたものに一晩漬け込み,乾かし,最後にダークレッドのラックニスにつけこんで磨きます。
  胴上に残っているオリジナルのフレットはそのまま使うので,少しでもそれに合わせておきたいとこですもんね。

  さすがに鶴寿堂。
  庵主がよく文句たれてる,フレットの高さと実際の弦高との間にできる差 「リソウとゲンジツの乖離」 なんてほとんどありません。だいたいは弦高に対してフレットが低すぎるものですが,オリジナルフレット,無加工でほぼ理想的な高さになっています。
  こりゃあ補作のフレットも負けないように,きっかり使いやすい高さに調整せにゃなりませんなあ。

  最後に蓮頭の欠けてた部分を補作して,バラバラ鶴寿堂,修理完了です!

  ----言うことありませんね。
  鶴寿堂の月琴の音質は,国産月琴としてはトップクラスだと思いますよ。
  庵主的には楽器がやや重たいのが気になるんですが,運指なめらかなネックの形状といいバランスのいい胴のすわりといい,文句のつけようがありません。

  これがまあ,つい一か月ほど前まで,バラバラだったかと思うと。
  なかなかに感無量ですなあ。

  さて,依頼修理の2面をこなし,つぎはいよいよ溜まっちゃった自出し月琴の修理ですね……じつはその後さらに3面増えましてます(^_^;)
  次回はそのあたりの紹介からかな?(w)

(おわり)


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