« 月琴41号/42号 (3) | トップページ | 月琴44号/45号 (2) »

月琴41号/42号 (4)

G041_04.txt
斗酒庵 ひさびさの平行作業 の巻2015.9~ 月琴41号 キリコさん/42号 蝉丸 (4)

STEP4  古代的な純愛の詩


  41号キリコさん,修理もラストスパート。
  まずは表裏板の清掃。ヨゴレはそれほどでもなく,だいたい一回でキレイになりました。

  つづいて,欠損部品の補充とまいります。
  なくなってるのは蓮頭と糸巻が3本,あとフレットが2枚----ですが。

  ハナからなかった蓮頭はまあいいとして,まず糸巻です……うむ,これなんと桐で出来てますね。材質的な不安があるのと,一回目に書いたように糸倉の孔を焼き入れ強化した関係で合わなくなっていますので,これは一組,新しくこさえましょう。

  材料は例によって百均の麺棒(36cm),やや太目短めの六角一溝。オリジナルは黒軸ですが,全体の色取りを考え,ヤシャ液とスオウで染めた黄金色っぽい黄色軸にします。

  つぎにフレットと山口。
  まずオリジナルの山口は取付け部とのサイズが全然合わないので使えません。おそらくは後補部品だと思われます。フレットももともと付いてたやつは,高さがまったく合わないので,これも一揃え作ることにします。

  山口はツゲで。楽器が比較的古い月琴の形を残しているので,唐物などに多い富士山型の,やや背の高いのにしました。


  フレットは今回,牛骨にチャレンジ。材料の骨は,だいたいの下処理までしてあるのが,ペットショップなどで一本¥500くらいで買えます。
  象牙と違ってややモロく,完全に乾燥した状態で加工するとけっこう派手にヒビが入ってしまうので,板状にするところまでは水に漬けた状態でやるとよいようです。ボーンカービングなどでは使われる素材ですが,こういうのを作るときの工具や工程についての資料が意外となくて,手探りでの挑戦でした。
  一揃い8枚,出来上がったところでヤシャ液に数時間漬け,乾かしてから油拭きします。染まりは象牙よりずっと良いので,あんまり長くつけとくと真っ黒になっちゃうみたいですね----ハジメテなもんで,庵主もちょっとやりすぎちゃいましたね。
  手前のオリジナルより古っぽくなっちゃいました(w)

  開放を4C/4Gとした時の,オリジナル位置での音階は以下の通り----

開放
4C4D-204E-404F4G-404A-455C-385D-445E-48
4G4A-204B-495C-25D-305E-Eb5G-465A-446C-48

  かなり波瀾に富んでるというか,全体にやたら低いというか。
  ここまでくると,ほかの清楽楽器には合わせられませんね,たぶん。
  ただし,ついてた山口とフレットには後補の疑いがあるので,その位置から推測したこれらの結果は,信頼性の面ではすこし問題があります。まあ,参考データ,程度でしょうねえ。

  蓮頭は波乗りウサギの香箱座り。

  この楽器の糸倉はやや末広がりになっていて,少しゴツいので,ふつうのサイズの蓮頭だといまひとつしっくりきません。
  そこで少し縦に広い,やや大きめのデザインにして作ってみました----うむ,まあこれならよかろう。
  左右お飾りのうち,左のものは裏面が虫に食われているうえにシッポの部分が欠けています。裏の虫食いは木粉粘土で埋め,ホオの端材でシッポを作って接着。

  中央飾りはザクロにします。
  オリジナルも残ってはいるんですが……さすがにこれは,庵主のビイシキの限界を超えていますので,取替えさせていただきます(w)
  左右が仏手柑,蓮頭の波乗りウサギはフォルムが桃の実です。
  これであとザクロがあれば,吉祥紋の 「三多(仏手柑・桃・柘榴)」 になりますからね。

  最後にバチ布を選んで,2015年10月19日,
  総桐の月琴41号,修理完了!


  音,なんですが----これが,
  意外と,思ってたより,ずっと好いのですね!
  材が材ですので,もっと軽い,パサパサしたような音かと思ってたんですが,たしかに重々しさや派手さはないものの,けっこう深みのある,甘やかな音がします。

  考えてみますと,お箏なんかは桐で出来てますもんね。
  楽器にして悪い音のはずはない。
  ギター作りの人から,桐は低音がよく響く,みたいな話を聞いたことがありますが,たしかに音量等ではかなわないものの,低音部の深みは唐木製の重たい楽器なみにあるかもしれません。響き線が太めなのも,その低音部の響きに一役かってるかも。

  欠点と言えば,楽器がきわめて軽いので,演奏時の保持に多少問題があるというところでしょうか。
  とくに立奏でレモロなんかすると,楽器が腕から逃げちゃいそうになりますね。
  もちろん,座奏だとあまり問題はありません。
  試奏の様子は以下よりどうぞ。

試奏1:音階試奏2:九連環試奏3:Moon River



STEP4 これやこのゆくくもかへるもわかれつゝ

  42号も最終章。
  最大の懸案だった棹取付け構造の変更も無事完了,その後の調整も順調。胴体は箱に戻りましたし,わずかにズレてた半月もひっぺがしました。

  表板の左に当初からのヒビ割れがあります。
  板を清掃するまえにこれを埋めておきましょう。

  このヒビは楽器下端から左のお飾りの下を通ってほぼ貫通していますが,上端あたりではかなり薄くなって,ほとんど見えません。あらかじめこれをカッターで広げて,充填修理しやすくしておきます。
  「直すために壊す」ですね。

  そして板の清掃。今回は楽器の保存状態がいいのであまり汚れていません。
  ほとんど修理個所を目立たなくするための作業ってとこでしょうか。
  重曹を溶かしたぬるま湯で板をこすると,変色したヤシャ液が浮いてきます,それを布で拭い去るんですが,そのとき修理作業で表面をこそいだ部分にその汁をまわし,しばらくしませるようにすると,うまい具合に染まって補彩になるのです。

  一日置いて,半月の接着。
  棹を挿して新しい中心線と,半月の位置を決めて接着します。
  半月は力のかかるところなので,接着の養生と用心のため,さらに一日そのままにして,いよいよフレッティングです。
  こちらはいつもの竹フレット。出来たら古竹っぽい風合いに染め上げましょう。
  開放を4C/4Gとした時の,オリジナル位置での音階は以下の通り----

開放
4C4D+84Eb+414F+14G-94G#+485C5D+55F+35
4G4A+44Bb+355C-55D-175Eb+235G-155A-116C+18

  めずらしくも高音域3本がだいたい合ってますね。
  低音域も清楽の音階としてはかなり正確なほうかと思われます。第5フレットだけが少々疑問ですねえ----付け直しの痕跡もなかったので,もともとフレット1本ぶんくらい間違ってたんじゃないかな?

  こちらは立派な蓮頭が残っており,お飾り類で無いものは扇飾りだけです。また,柱間飾りは一部が残ってましたが,どれも破損していて,まともなものはありませんでした。

  ----さて,毎度のことながら,ここらで少し遊ばせてもらいましょうか。

  お嫁入り先(予定)からのご提案で----今回のお飾りは「キツネ」さんです,こんこん!
  柱間飾りは白い凍石。 石とはいえ,かなり柔らかくてモロいので,保護のため,表面にはラックニスを塗り,裏面にはエポキを塗って薄い和紙を接着しておきます。

  扇飾りは飯綱大権現さま(下だけw)。
  フレットもけっこううまく染まりました

  続いて糸巻。
  こちらも1本だけ,オリジナルのが残ってたんですが,イマイチ噛合せが良くないのでまたまた4本削ります。
  スオウで赤染め,重曹でアルカリ媒染,オハグロかけて黒紫色に染め上げます。
  仕上がった部品をぜんぶ組み付け,弦を張って。

  2015年,10月24日。
  「おキツネさま月琴」 となって,42号再生復活!


  名前の由来となった,中央の蝉(?)のお飾りはそのまま。
  バチ布は黄金色の叢雲模様の裂を,オリジナルと同じ形に抜いてはりつけました。
  空の見える丸窓みたいで悪くないですね。

  オリジナルの音階調査のおり,単弦で音出しした時には,やたらと硬くてそっけない音がしたもので。
  しょうじき 「ああ~,こりゃあやっぱりしょせん "お飾り楽器" かなぁ」 と,すこし暗澹たるキモチになったんですが。
  組み立てて,複弦にしたら,なんと 思いッきり 「化け」 ました----キツネのお飾りなんかつけたせいかもしれません。(w)

  冴え冴えとした月の光のような,クリスタル・ガラスのような,透明感のある響きをもった楽器です。
  「月琴」という名前から,日本人が思い浮かべる音って,まさにこんな感じなんじゃないかなあ。

  音量もけっこう出てますし,深みもそこそこあります。
  ただ42号,製作時の失敗のためお飾りとなり,完成以降,楽器として弾かれたことなどほとんどないモノと思われます。 その意味では出来立ての若い楽器と変わりがないので,まだ楽器自体が音の出しかたに慣れてないといいますが,古いもののくせに,音にじゃっかんの「荒さ」があります----もっとも,このあたり,音色については,いろんな月琴をあつかってきた庵主ならではの感覚。
  楽器としてのバランスは良く,良い材質をふんだんに使ったほどよい重さもあって,弾きにくさはあまりありません。胴にも厚みがあるので,これで板が完全に乾き,各部が振動に慣れてきたら,かなりの激鳴り楽器になるのじゃないかと思いますよ。

  一本造りの棹にこだわった原作者の意向を無視して改造したあたり,修理者としてちょっと心に残っている部分もありますが,百年以上も前の,これだけ贅沢な材料を使って作られたものを,「失敗作」のままにしておくのは,あまりにももったいない。

  これからの百年を,「楽器として」育っていってくれることを,
   心底祈っております----ぼん・ぼやーじ。

  試奏は以下より,こちらは音声だけ。
試奏1:音階試奏2:九連環試奏3:合糸上詠嘆調

(おわり)


« 月琴41号/42号 (3) | トップページ | 月琴44号/45号 (2) »