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月琴49号 首なし2(終)

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斗酒庵 壊れ月琴の飽和攻撃に会う の巻2015.10~ 月琴49号 首なし2 (終)

STEP4  過程年代記

  さて首ナシ虫食い月琴49号,棹はこれを使います。

  以前,ウサ琴の次のシリーズのために作っといたやつですね。外見は33号松音斎の棹のコピーになってます。例によって3ピース,左右糸倉はカツラ,棹の中心材にメープル,指板にウェンジを使ってあります。
  ウサ琴の仕様に合わせて基部を削ってありますので,表板がわが少し低くなっています。まずはここにカツラの薄板(3ミリ)を接着したうえで,49号の棹孔に合うよう整形。

  ついで糸倉に軸孔をあけます。今回は古いタイプの楽器ですんで,糸巻に角度はあまりつけず,糸倉からほぼまっすぐつきでてるような感じにします。 例によって小径のドリルで下孔,リーマーで広げ,真っ赤に焼いた鉄棒を挿して焼き広げます。
  ちなみに,画像で挿してる糸巻は24号松琴斎のだったもの,あとでひとそろえちゃんと削ってあげますが,とりあえず糸張るとこまではこれでじゅうぶんかと。

  穴が通ったところでスオウ染め。
  棹も胴材と同じくベンガラで塗りこめてしまいますが,下地をちゃんと染めておくと,使用によって塗装が擦れてハガれても美しいですからね。

  延長材には米ツガを継ぎました。
  できた棹を抜き差ししながら,角度や位置を調整しますが,イチから作ったものでない他人の楽器の胴体に,よその棹を正確に挿すってのはやっぱり難しいもので(汗)----いつものように基部がスペーサーまみれでやんす。

  錆を落とし,防錆処理も済ませた響き線を,もとの位置にもどします。
  根元が数ミリ朽ち果てて短くなっちゃってますが,簡単な角度の調整でだいたい元通りにおさまりました。オリジナルでは固定のため,鉄の線の基部にニカワをこってり盛ったためそうなったわけですから,今回の接着はエポキ,現代カガクの力を借りましょう。

  調整に多少苦労しましたが,なんとか棹もおさまり。響き線の基部のエポキもしっかりと固まったところで,裏板をとじます。オープン修理の利点は,こういう内部構造をいぢくる作業が精確にできるところですね。何度も書いてるように,楽器の修理は外見より内部構造のほうが問題です。いくらガワがおキレイでも,バスパー1本はずれてブラブラしてたら,鳴る楽器も鳴りません。
  部材の収縮のつじつまを合わせるため,中ほどから2枚に分割して,間にスキマをあけておき,あとでスペーサを入れます。こうすると板の左右に1~2ミリの余裕ができるので,キレイに直せますからね。

  胴側の接合部は裏から和紙で補強してあります。あれだけ虫食いとかあったにもかかわらず,この楽器の接合部は擦り合せの加工がしっかりしていて,ほとんどスキマができません。それでも部材の収縮で表面がわがわずかに開いている箇所もありますので,そういうところには削ったツキ板を挿し,わずかな段差なども軽く均しておきましょう。

  うん,もうちゃんと楽器のカタチですね。


  スペーサを入れる作業中に,裏板にも虫食いが2箇所ほど発見されました。なぜか表板のと違い,少々蛇行した虫食い溝だったのと,あんまり目立たない面なので,パテ埋めで処置。

  各部穴埋め箇所の整形が済んだところで,Shinexに重曹水で表裏の清掃をします。
  さほどヒドいヨゴレもなく,ほぼ一度で済みました。
  裏板に捺されていたハンコも,下地がキレイになってよりハッキリ浮かんできましたが……ううん,やっぱり読めません。ざんねん。


  一日二日乾かして,半月を接着します。
  半月は前縁部の小カケを補修。スオウで染め直し,油拭きまでしてあります。
  オリジナルの痕跡と,修理前の資料を参考に位置決めをし,接着面をペーパーで少し荒らしてから,ニカワでがっちりとへっつけます。

  半月がついたところで,フレッティング。
  欠損している山口と棹部のフレットは,松琴斎に使ったのと同じ漂白ツゲで作りました。

  5本残ってるオリジナルのフレットはそのまま使いたいところですが----さて,高さは…だいじょうぶみたいですね。では位置----今回は胴体以外の原位置が不明なので,オリジナル位置での音の確認はできません。はじめから西洋音階でたててゆきます。
  いちおう第4フレットから半月までの距離から,指板の長さを推測して138ミリとしたんですが,これで合ってるかどうか。第4フレットの位置がオリジナルどおりなら,ビンゴォ! ってとこです。

  ……おおぅ,キセキだ(w)

  何度も書いてるように,ギターと違い月琴のフレットには高さがあるため,フレット位置の計算が3Dとなり,ちょとメンドくさいのです。高さのぶんを無視して,平面的なスケールとして推測することもできますが,まずもってぴったり合ってることはありません。
  さらに庵主はさんすうがだいのニガテなのです。(^_^;)
  だいじなことなので,もう一度書きます----

  ……おおぅ,キセキだ(w)

  ここまでほかの楽器の糸巻を使ってましたが,ちゃんと削ってやります。
  材料はいつものとおり¥100均のめん棒。六角軸ですが,今回は古式の国産月琴によくある溝の入ってないカタチにします。
  スオウとオハグロで黒染め。かなりうまくいきました。

  蓮頭りはこれ。
  国産月琴の一般的なものより,縦方向に5ミリほど長くなってます。41号キリコさんもそうでしたが,こういう古いタイプの月琴にはやや大ぶりな蓮頭が似合いますね。
  この意匠にちなんで,作業名「ピザ(仮)」を返上,銘を 「蛙鳴(あめい)」 としました。

  最後に残りのお飾りをそのまま,もとの位置にもどして,
  2015年12月24日 クリスマス・イブのその日,
  首ナシ・虫食いだらけだった月琴49号,
  楽器として再生!


  修理前がおきれいな状態だった楽器は,直ってみると意外に大したことなかったりするんですが, 「死線をさまよった」 てくらいヒドいことになってた楽器は,直ってみると存外に鳴ることが多いですね。
  使い込まれた楽器のほうが音が良い,ってのもありましょうが,今回の49号,使用 痕から言えば,それほどばっちり使い込まれた感じはありません。

  もとの状態が状態でしたし,たんに修理者が苦労したぶん,そう思えるってあたり無きにしもあらずでしょうし,修理前のアノ状態を考えると,ちゃんと鳴るだけで感動,てなとこもありましょうが。

  そのへんさっぴぃても,悪くはない音です。

  音量はさほど出ませんが,室内弾きにはじゅんぶんなくらい,これはこの楽器の,というよりは初期の月琴に共通した特徴です。流行最盛期と違って,大人数で大合奏,てなことがなく,独りで楽しむか,少人数で合わせるのがふつうだったからですね。
  渦巻状になった響き線は,スプリング・リバーブみたいな余韻が特徴ですが,この楽器のものは線がやや太目で,巻きもユルいので,一般的な渦巻線に比べると効果はおとなしめです。ただそのおかげで渦巻線の欠点,演奏中のノイズはあまり出ません。また線の揺れと弦音がうまいぐあいに重なったときには,ちょっと夢のような効果がかかります。
  36号すみれちゃんでも経験したことがあるんですが,これを庵主は 「天使の余韻」 と呼んでいます。演奏してる自分のあたまの上,右斜め45度,距離40センチくらいのところから音が返ってくる----そんな感じの響きですね。

  自作の棹とのキセキ的なフィッティングで,楽器のバランスも上々。
  横に立てて自立します----うむ,狙ってやったわけじゃないので,これもキセキじゃ(w)
  松派の棹は実用本位で使いやすいデザインになってます,やや太目なところも,小ぶりな胴と相まって,いい感じに安定した操作性を生んで,使いやすい楽器に仕上がっています。他人に聞かせる楽器じゃなく,独楽お稽古用としてはじゅうぶんで,ちょと余りますね。

  試奏は以下より。
  聖夜に復活した楽器の音をお楽しみください。

1)音階 2)試奏 3)試奏

(おわり)


トラトラ松琴斎 (終)

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斗酒庵 月琴の呼ぶ声を聞く! の巻2015.11~ トラトラ松琴斎(終)

STEP5  音・鶴・琴の物語

  棹と胴とのフィッティングを終えたところで,裏板をとじます。


  表板同様,部材の収縮のつじつま合わせをするため,ちょうど真ん中あたりにあった割れ目から板を2つに分割して,スキマをあけてへっつけ,あとで間にスペーサを埋め込みます。
  ちょうどラベルの右横あたりになりました。
  ど真ん中だと目立つしスペーサが長くなって大変なので,このくらいがちょうどいいかな?

  胴体が箱になったところで,板の周縁部と側板の接合部をキレイに整形します。


  表裏の板を清掃します。

  ここまでくると,もうなんか安心(w)って感じがしますね。

  これで放置されたことと,前修理者の中途半端な作業でついたヨゴレなどはだたたい落ちましたが,けっこう使い込まれた楽器なので,表板にはかなりのバチ痕,擦りキズが残ってます----でもまあ,これはこれでこの楽器の勲章みたいなものなので,なるべく残しておきましょう。

  板の整形や清掃,接合部の細かな修正などが終わったところで,側板のお手入れ。こちらは柿渋を数回刷いて,合間に#400~1000くらいまで番手をあげて磨いてから,軽く油拭き,ロウ仕上げ。
  どです?-----このトラトラトラ杢!

  半月をもどします。
  天の板の歪みがけっこうあったし,棹もねじくれてたし,接合部もけっこういじっちゃってるんで,いちおう棹先からの中心線を確認し直し,位置決めをきちんとやりました。うん,さすが松派,もとの位置からほとんど動いてませんね。
  半月下にあった虫食いや,おそらく一度ハガれたときについたと思われる浅いエグレ,板の矧ぎ目にあった段差などは,あらかじめパテ埋めで処理してあります。

  欠損部品は少ないので,新しく補作するものはそれほどありません。
  今回の山口とフレットはコレ。

  一見,象牙のようですがこれ,ツゲなんです。
  漂白して白くするとこんな感じになります。むかし象牙細工のニセモノ作るときに同じようなことをしたそうですが,たしかにこれで表面磨けば,木目がまた牙の目に似てるので,かなり似た感じになります。
  利点は加工のしやすさ,欠点は漂白処理と乾燥作業のメンドさでしょうか。フレットの形にしてからあとの処理で,乾燥させながら反りを矯正してゆくのですが,象牙や骨に比べると,加工中はかなりモロい状態になってます。はじめての工法だったので知らずにガンガンやって,途中で2枚ばかり割ってしまいました。
  ニセモノ作りの技法の応用ではありますが,できあがりの見た目や指触りは,まずまずほかの高級材と比べても遜色はないと思いますし,木とは言っても,国産のツゲ材を使ってるので,もしかすると,いつも使ってる象牙の端材よりコストかかってるかもしれません。(w)

  並びは長崎あたりの明清楽音階,こないだ修理した天華斎の音階に合わせます。
  上=Cとしたとき尺(D)が11~12%,工(E)が20%くらい低く,1~3フレットがほぼ等間隔のように並びます。明笛の音階に合わせたわけでもないらしいし,ふだん西洋音階に合わせた楽器で弾いてるもので,これで弾くとしょうじき少々キモチ悪いですね~。

  で,あとはお飾りをいくつか。
  まずはいちばん目立つ,胴左右のお飾りですね。左のお飾りが前修理者か古物屋さんによる補作になってます。もとはこんなのがついてました----

  まあ,がんばったね,とまでは言ってあげれますが----厚みも材質も違うし,なんにゃらオイルステイン状の塗装も,近くで見るとあまり美しくありません。
  さすがにこれを戻すのはナニなので,右のものを参考に,オリジナルと同じホオ材で作り直します。

  見よ----「真似る」とは,ここまでやってから先を申すのじゃ。(wwエラそう)


  あとは扇飾り。これは同じ松琴斎でも,普及品の24号に付いてたもの(上左画像)をコピーしました。もしかするともう少し凝ったのがついてたかもしれませんが,日焼け痕もほとんど消えちゃってるので分かりません。

  最後にバチ布を貼って----梅唐草の裂地にしました。
  庵主,カラーリングのセンスが皆無なので,もう一枚色違いのを付けておきます。
  気に入らなかった貼り換えてやってください。
  ここはヤマト糊塗ってへっつけてるだけなんで,濡らせばすぐハガれます。

  2015年12月23日。
  松派の縁で舞い込んだ,依頼修理の松琴斎,修理完了です!



  棹も側板も,清掃して色付けに柿渋を塗り,亜麻仁油とカルナバ蝋で磨き上げてあります。
  うむ,木目も浮き出て,ツルッツルのトラットラ。

  前回報告したとおり,棹先が少しねじくれてるので,真正面から見ると,糸倉や蓮頭がすこし歪んで見えますが,これがデフォルトです。
  材質から推測される楽器の等級のわりには,お飾りが質素な感じもしますが,松派の楽器にはもともと,満艦飾になってるようなのがありません。

  これと同じようにトラ杢の材で出来た松派の楽器に,庵主はもう過去一度出会っております----33号ですね。(記事は こちら) それにも下画像のようにごく基本的なお飾りしかついていませんでした。
  たぶんもともとこんな感じ,これに加えるとすれば,中心の円飾りていどだったと思いますよ。(まあその素材がトラトラでじゅうぶん派手なので,これ以上飾る必要もないかと)

  これも偶然ではありますが,その33号と松琴斎のこの楽器は,胴左右のお飾りの意匠も,半月が単純な板状のものであるところも同じです。もしかすると,この楽器の原型だったのかもしれませんね。

  いままで扱った松琴斎の楽器に比べるといくぶん棹が太めで,胴材が軽いせいもあり,少しヘッドヘビーになっちゃってますが,立奏以外ではさほどの問題はないかと思われます。座奏でのふりまわしは悪くないですね。フレットも低めにそろっており,運指に対する反応も上々。

  明るくあたたかな音質で,よく響きます。このクラスの楽器としてはじゅうぶんな音色だと思います。ただし,松音斎などからするとやや響き線の効きが甘く,余韻にちょっと「腰」がない。胴体の工作からするともう少し響いても良い気がしますが,おそらくは,松音斎・松鶴斎と線の「焼き入れ」に違いがあるのだと----ほか二人のほうが,焼きがわずかにキツかったみたいですね。
  線が柔らかい影響か,ほかとくらべると多少線鳴りがしやすくなっています。
  演奏姿勢でかなり緩和できますので,いろいろと試してみてください。


  重厚な姿のわりには意外と軽めの音ですが,庵主,この手の音,キライじゃないです。ヘンなクセがないので,いろんな音楽に使えそうですからね。

  何度も書いているとおり 「前の修理者が何もしないでくれてたらもっとラク」 に直ったと思いますが(w),そのぶんじっくり修理できたおかげで,松派の工作についてさらに深く知ることが出来ました。ありがたや,ありがたや。

  それにしても,まさに縁とは異なもの。
  44号 松鶴斎・45号 松音斎,そしてこの松琴斎。
  明治浪華の月琴師三人の楽器を,存分に堪能できた数か月でございました。

(おわり)


月琴49号 首なし2(3)

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斗酒庵 壊れ月琴の飽和攻撃に会う の巻2015.10~ 月琴49号 首なし2 (3)

STEP3  ウは板裏のウ


  さて,分解修理の場合,組立て時の基準となるのは表板です。
  ですので,表板はあらかじめきっちりと矧ぎなおし,表裏のキズやヘコミもなるべく丁寧に埋めておきます。

  この楽器でいちばん目立つとこですからね。ふつう,表板は木目もしっかり合わせて一枚の板に見えるようにいるんですが,この楽器の場合……てめぇ,その気もねぇだろう(w)
  薄いですね。板ウラには斜めに入ったノコギリ痕があちらからもこちらからも。それぞれの小板はけっこう目の詰まった割りといい材なんですが,まあなんという組み合わせ……幅もバラバラ,目もあっちゃこっちゃ,短冊状ではなく台形みたいになった小板も。さらに画像だと分かりにくいんですが,一枚だけ厚みの違う板まではさまっています。

  流行期の後半になると,月琴の表裏板は明らかに桐屋に注文して作らせたものが使われていることが多くなってくるんですが,初期のころにはすべて,作家がいちいち自分で矧いで作るのがふつうだったようです。おそらくは生産数も少なかったので,桐屋に注文するより,そのほうが安く済んだからだと思いますね。
  桐板と言うのは当時,いまのビニールや段ボールなみの一般的な梱包材でしたし,楽器屋なら三味線箱をはじめ,けっこう大きなサイズの桐板やその端材がふつうにあったことでしょう。そうした中からだいたい目の合いそうなものを選び,てきとうに矧ぎ合わせて面板に仕立てた----まあ言うなればリサイクル品ですね。

  板の裏側に見えるこの細い三角形の溝は,もとの桐板を作るとき,材料同士を固定するために打たれた竹クギの痕です。はじめから一枚の板として作られたものであるときは,当然となりの小板にも続きの痕跡があるわけですが…見えませんね。おそらくはいろんな厚みの板材をだいたいの大きさに矧ぎ合わせてから,必要な厚みに割り挽いたのじゃないかな。
  だいたいが,こういうことをするための縦挽き鋸ではなく,もっと薄くて目の細かい細工鋸の類で挽き割ってるあたり,間違いなく桐屋さんの仕事ではないんですが……しかも挽き痕があっちからもこっちからも入ってます。長寸の板挽き作業にあんまり慣れてないのが見え見えですねえ(w)

  もともと薄めのところに,部分的にさらに薄くなっているところがあるため,板全体が不安定で壊れやすい状態になってしまっています。割れてしまったところを矧ぎなおしたら,つぎはこの薄くなっているところに,裏側から板を足しておきます。
  なにせこのままでは,作業してるうちにまたバリっと割れちゃいそうな感じですし,側板や内桁との接着にも支障が出ちゃいますからね。


  前回も書いたように,側板が虫食い穴だらけになってる割りには,表裏の板は損傷が少なく,バチ皮の下と数箇所,矧ぎ目に沿って縦に食われているところがあるくらいです。

  矧ぎなおしと補強がうまくいったところで,これらの穴埋めに入ります。

  バチ皮の下は縦横無尽に食い荒らされていますが,どのミゾも浅く表面的で,板の中までもぐりこんでるような部分や広がりもあまりありません。しかしながら数が多いのと,ぐにょぐにょに曲がってるので,ここはパテ埋めにします。多少見栄えは悪くなりますが,そのほうが板への負担も少ないし,どうせバチ布の類でかくせるところですので問題ありますまい。


  ほか数箇所の虫食いは直線的なので,ほじくって埋め木で対処。
  上にも書いたとおり,あまり木目を気にして作られてない板なので,かえって目立たないのが,ケガの功名と言いますか何といいますか(w)

  板製造時の竹クギのミゾも,かなり深いので埋めておきますね。

  さてあしかけ四日ばかり,はいほーはいほと穴掘りにあけくれた側板は,スオウで下染め,ミョウバンで一次媒染,オハグロで黒染めにした後,黒ベンガラを柿渋で溶いたものを塗布。

  フラットな黒になりました。
  これを乾かして,上から柿渋を二三度塗って固着しておきます。
  ふだんの染め仕上げに比べると,なんか透明感のないのっぺろーっとした感じがして少々物足りない感じもしますが,これはこれで我が国に古くからある伝統的な塗装のひとつです。このあと油拭きすればツヤもでますし,組み立てや仕上げ作業で,またこすって落ちるところもあるでしょうし,使ってるうちにあちこち下地が出て味になると思いますから今はこれでいいです。

  表板の上で仮組みしてみたんですが----これがなんと,あんまり狂いがない。
  同時修理の松琴斎のほうがけっこう歪んでましたね。
  あれだけ虫食い孔をほじったり埋め込んだりしたにもかかわらずこの精度……表板の工作は少しナニでしたが,おそらくこの原作者,木取りの目----木の目を読むのはかなりの上手と見えます。同じトチで作られた松琴斎と比べると,こちらのほうが若干巧みですね。

  中心線は墨で引かれています。墨壺使った本式のやりかたですね。
  いちおう測り直して確認してみましたが,こちらも側板の中心線とぴったり重なり,まったく狂いはありません。

  これに従って天の側板から接着してゆきます。
  ふだんと違って5枚もあるんで,なんか変な感じです。

  ここで問題発生。
  このフェイズではあと,内桁を接着すればいいだけ。内桁は桐製で,棹孔のところに割れが入ってましたが,補修してそのままへっつけようとしたところ----あれ…なんか長さが足りないぞ?
  うむ,どうしたことでしょう。
  面板と胴側板との誤差は上にも書いたとおり小さく,左右で1ミリあるかどうかくらいなのですが,これ,5ミリは離れてますねえ。
  部材の収縮と捉えても少々納得のいかない誤差ですが,とにかくこれではどうしようもないので,手持ちの桐板で新しく作り直すこととしましょう。

  んで,接着-----うむ新しい材なのでまっちろで目立ちますね。
  もちろん幅はぴったりきっかり,左右端も胴内がわに合わせて削り,穴の位置や厚みなどもほぼ合わせましたが,それにしても,この内桁はなんか少し薄すぎる気がします。6ミリくらいしかないですからね。国産月琴の内桁の多くは,もう少し硬いヒノキやスギで作られており,棹の挿ささる上桁は8ミリ~1センチくらいあるのがふつうです。唐物月琴の内桁はこれと同じく桐製ですが,それでももうすこし厚みがありますねえ。

  接着はいい材なので,表裏板からハガれることはそうないと思いますが,接着面がせまいぶん左右胴材との接着に少々不安があるので,左右端に補強の小板を足しておきます。

  さて,これで胴体のほうは無事に直りそうです。
  虫食い穴だらけで,粉がポロポロ落ちてきたアノ物体が……と考えると,まあこの時点でもう感無量です。(w)

  何度か書いてるように,月琴てのは胴体さえ無事ならなんとかなるし,胴体の出来如何で音の良しあしが決まる楽器です。
  とはいえ,まあ胴体があっても,棹がなければ楽器としてどうにもならないのも事実。
  さいわいにも,以前実験のため作ったまま使わないでいたウサ琴の棹がまだあります。指板の寸法や基部の形状が少し違うので,そのへんをなんとかせにゃなりませんが。

  というわけで,次回はこの,棹の加工から----

(つづく)


トラトラ松琴斎 (4)

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斗酒庵 月琴の呼ぶ声を聞く! の巻2015.11~ トラトラ松琴斎(4)

STEP4  松はゆがんでた


  補修の終わった表板に,胴材を貼り付けてゆきます。

  部材の収縮でピッタリ元通りになることはないので,けっきょくどちらかを少し削らなきゃなりません。まあギターやバイオリンと違って,月琴の構成部材はぶ厚く,工作もそれほど緻密ではありませんので,どこが多少削れてもまあだいじょうぶ。ではありますが----部材同士の兼ね合いも見ながら,板と側板,もっとも被害が少なくて済むような角度や位置を,微妙に探りながらの作業です。

  作業は天の板(棹口のある板)から,つぎに左右。最後に楽器のお尻にあたる地の側板で辻褄を合わせます。今回はほぼぴったり。地の側板の左右端を接合面の調整のため,わずかに削ったていどで済みました。

  側板がつくと胴体は 「桶(おけ)」 の状態になります。
  今回の楽器の四方接合部は,木口同士の単純な擦り合せ接着です。それほどひどいスキマもありませんが,水が漏れる桶が役に立たないように,接合部がしっかりしてないと振動の伝わりが悪くなって,ちゃんと鳴る楽器になりませんので,補強しておきましょう。

  小さく切った桐の薄板を煮立てて柔らかくし,接合部の内側に押し当て,一~二晩ほど放置し,型をつけます。乾いたところでいったんはずし,スキマにはツキ板をはさみ,細かい凹みに木粉粘土や木くずをニカワで練ったものを軽く盛って。桐板をそれぞれの接合部にもどして接着します。

  オリジナルの工作精度から言うと,和紙を重ね貼った程度でも良いかもしれないのですが,この楽器の主材であるトチは,多少狂いやすい性質のある木ですので,少し強力な補強法にしました。
  乾いたところで,補強板の浮きなどをチェック。軽く表面にペーパーをかけ,角を落としたら,薄い和紙で覆います。目を交差させて二枚重ね,さらに柿渋を刷いておきましょう。

  接合部の補強が終わり,胴体が水も漏らさぬ桶となったところで(ほんとに入れたりはしてませんよw)内桁を接着します。何度も書いてますが,この部材と表裏の板がしっかりくっついてないと,楽器はちゃんと鳴りません。変なビビリが出たり胴体構造が歪んだりしますので,接着の作業はけっこう慎重です。
  ほんとうならまあいろんなクランプやら道具を駆使するところなんでしょうが,庵主はこうしてゴム輪と厚板で表裏からはさみこむ方法でやっています。ちょうどいい長さの角材があれば,それではさみこんでもいいでしょうね。ニカワによる接着のコツは 1)接着面を擦り合せをよくして密着させる 2)よく湿らせ,ニカワをふくませる 3)必要以上に圧をかけない です。板材の桐はもともと接着の良い木ですし,こんくらいの工作がかえっていいのかもしれません。

  上桁がついたら下桁。
  左右端がちょうど接合部の補強板のところにかかるので,少し削って接着します。
  桁左右端の,表板がわの角が軽く落としてあります。
  表板との接着をより強固にするための工作ですね。このあたりちゃんと分かって,しっかりやってるところは,さすがに松派ですわい。


  内桁がついたら,まずは棹口のあたりの板の飛び出しを削り落として整形。
  棹を挿して具合を見ます。
  胴体との接合に問題はなかったんですが……うん,歪んでますね,棹が。
  表板の水平面と指板にあたる部分の端っこは,ほぼぴったり面一になってるのですが,これが糸倉方向にむかうにつれて左方向にわずかにねじれています。

  庵主はこのねじれがあまりにも複雑だったり,大きかったりしてますと,古いもンだし,もうこういうものだ,とアキらめて(w),山口やフレットの高さを変えて対処しちゃうことにしてるんですが,今回は削ればなんとかなるような範囲ですので,ざざっとやってしまいましょう。

  指板を擦り板の上に軽くのせて,削るというよりは「砥ぐ」感じで平らにしてゆきます。松琴斎の棹は,松音斎のものに比べると若干細いことが多いのですが,この楽器の棹は松音斎とほぼ同じ,しっかりと太めなので,このくらいなら問題ないでしょう。

  トラ杢のトチなんか使ってるくらいですから,これが彼の製作楽器の中でも高級品の部類に属するものであることは間違いありませんが,それに加えて,この棹や半月の形状もふくめ,この楽器の工作には 「松音斎」 の楽器へのオマージュといいますか,想いといいますか,そういうものが見え隠れしている気がします。細かな工作や内部構造などに,時代の変化は現れていますが,それを知らなければ 「松音斎の楽器のフルコピー」 といっていいくらいの出来だと思いますよ。

  平らになった表面をキレイに磨いて----おおぅ,真っ黒な汚れの下から見事なトラ杢があらわれてきましたねぇ!

  棹の取付けに多少ガタつきが出てますので,胴体との接合面を少し削ったり,基部や延長材にツキ板を貼って,スルピタのきっちりピッタリに調整します。作業としては細かく書きようがないので,これだけの記述になっちゃいますが……この楽器の修理では,このじみーな作業が実はけっこう大切で大変でして。今回も足かけで三日ぐらいかかってます,ちかれたびぃ(汗)

(つづく)


月琴49号 首なし2(2)

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斗酒庵 壊れ月琴の飽和攻撃に会う の巻2015.10~ 月琴49号 首なし2 (2)

STEP2  ほじくれ! その身の充填されるまで!


  例によって,単品での修理は経済的でないため,依頼修理の松琴斎もほかの楽器と並行修理でまいります。なにせこの年末になってまだ 「夏休みのしくだい」 がたんまり残ってますので,修理楽器には事欠きません。(w)
  自出し楽器からはこちら----首なしなうえに全身虫食いで穴だらけの月琴49号,修理開始しま~す。

  「夏休みのしくだい」のなかにはもう一面,首なしの47号がありますが,なぜこちらが先かというと,49号は主材がトチ,現在修理中の松琴斎と材質が同じだからですね。補修の材料とかで同じものが使えます。

  さて,首なしで虫食いだらけの物体を,いかにして「楽器」にまで戻すか……ですがまあ,ここまで壊れちゃってますと,じつは逆に気楽なもんで。
  なにせこうなるともう「原状」,すなわち製作当初の状態なんてぇもんは,お釈迦さんでもほとんどわかりませんからね----ちょっとやそっと違ってたって構わない(w),ときたもンだ。(www)

  まずは例によって,お飾り類をはずし,楽器をバラバラにしてゆきましょ。
  とはいえ,まあ調査の段階でもうほぼバラバラ状態になってしまってますので,表板にへっついてるものを除去するだけですね。

  ヨゴレてたせいもあって,くっついてた状態では分からなかったんですが,右がわのお飾りがバラバラになってました。
  けっこう複雑な割れかただなあ。かなり薄く繊細な彫り物なので,材の収縮でヒビや割れは入ったりもするでしょうが,これはそういう自然現象によるものではなく,人為による破壊ですね。
  乾燥で反りかえったかしたのを直そうと,指で圧したらバラバラになった,ってとこかな。

  あと,少しめくれてたバチ皮の下からは,案の定,縦横無尽の虫食いが登場。一部は半月の下にまでもぐりこんでました。
  しかしながら数は多いもののどの溝も浅く,広がりもなさそうなので,表面的に埋め込めばだいたい済みそうです。

  はずれていた響き線は木工ボンドでサビ落とし。
  修理作業では天敵のような存在ですが,サビ落しには重宝します。
  根元付近の腐食がひどく,2ミリほど切り落としましたが,ほかの部分はそれほどでもなく,Shinexで軽く擦って2度ほどサビ落としをしたら,だいたいの部分はキレイになりました。
  やや太目で,ややキツく焼きが入ってるようです。

  虫食い穴はまず最初に,木粉パテを注射器で注入。
  このパテは,木粉粘土をヤシャ液と水で,かなりユル溶いたものです。孔からあふれて逆流してくるまで,もしくは中でつながってるどっかほかの穴からむにゅ,っと顔を出すまで。何度もぎにゅ~っとおしこみ続けます。
  ゆるく溶いてるぶん痩せもありますので,あるていどおしこんだら少し間をおいてほかの個所を処置し,水分がとんだところでふたたびぎにゅ~。
  これで埋まるような穴はそれでいいんです。あと,この作業によって虫食いが表面近くまで来てるような箇所が分かります。

  すなわち,木粉粘土を押し込むと,その水分で「薄皮一枚」になってる個所は表面にシワが寄ったり色が変わったりするのです。そういう個所は見つけ次第ガンガンほじくり,乾かしてから木粉(トチの木の粉)をエポキで練ったパテで埋め込んでゆきます。
  ただしエポキのパテは硬化すれば強力で強固ですが,粘りもあり木粉粘土よりは固いので,大きな損傷個所では細かい凸凹までちゃんと埋まりきりません。胴材に空洞があったり,材質の硬さに部分的にあまり大きな差ができちゃうと,音にも影響が出そうなので,そうした個所では,まずふつうに練った木粉粘土を押し込んで,細かな凸凹をだいたいふさいでから,表面をエポキ&木粉のパテで埋めてゆきます。

  はいほー,はいほ。

  ほっては埋めて,埋めたらまたそのすぐ横やすぐ先に弱い箇所が見つかり,またほっては埋めて----なんか赤城山で埋蔵金を探してる気分になってきましたよ(w)
  ぜんぶほじくるのに,けっきょく足かけ4日ほどかかりました。(^_^;)

  側板表面は黒く塗られていました。うっすらと木地の木目が浮かんでいますが,隠蔽性は高く,擦ると赤紫色に薄れてから木地が出てきますので,おそらくはスオウで染めてから,黒ベンガラなどの顔料系塗料で薄く塗装してあるのだと考えられます。
  ということで,穴埋めの終わった胴材は,まずスオウ染めしておきます。樹脂で充填した部分も,木粉を混ぜてあるので,色合いは少し違っちゃいますが,けっこうちゃんと染まってくれます。

  古い月琴の塗装は,スオウやカテキューで木地を染めてから,柿渋・油・ロウあたりでナチュラルに仕上げたものが多いのですが,中級以下の楽器などではたまにこの手の塗装が使われていることがあります。今回の楽器の場合,主材自体はトチで裏側から見る限り質も悪くはありませんが,おそらくは「5枚継ぎ」という構造を隠したかったんではないかと考えます。
  同時修理中の松琴斎もトラ杢のトチで作られていますが,トチ材のいちばんの売りは木目です。素材イチオシの長所を,ベンガラ塗装で覆い隠してしまっているわけですから,これはその下が 「あまり見られたくない工作」 であったから,と考えたほうがいいでしょう,おそらく当初はふつうに4枚組みでやろうとしたんだと思いますが,組んでみたらどこかが長かったか短かったとか,あるいは素材とした木のカタチの関係で,4枚均等な板が切り出せなかったとか,あまった板を寄せ集めて作ったとか,そういった類の理由だったんじゃないかなあ。
  この楽器の作者はシロウトではありません。
  各部の工作は手熟れたものだし,内部構造も含め,きちんと分かったうえで「楽器として」製作をしています。楽器の工作としては失敗だったかもしれませんが,それも歩留まりにせず,工夫して商品として売り出せるレベルのモノとしたのでしょう。こういうのも,大流行期の一現象だったのかもしれません。

  けっきょく5枚ある側板のうち,天の側板と,表板がわからみたとき地の左がわになる一番短い板(第4板と仮称)の二枚が最も食われてました。天の側板の左右端と,第4板の左がわ接合部付近がもっとも被害が多く,ほぼ縦横無尽,スッカスカといっていい感じでしたねえ。
  こういう虫食いの状態からは,その楽器が置かれていた場所や体勢なんかが分かるものですが,今回はイマイチはっきりしませんねえ。

  たとえば上の食害も,天の側板と第4板の端っこは執拗に食われているのに,それと密着している隣の板の端っこはほとんど無傷,なんてふうにもなってます。そのあたりもフシギです。板自体に味の差(w)があった,と考えるよりは,そこに虫の好む物質が付着していた,と考えるほうが無難でしょうが----よく分かりませんねえ。

  埋めてはほじくりほじくり埋めて----なんといいますか,身体のパーツをだんだん機械の部品に換えてサイボーク作ってるみたいな感じもしますが,庵主にはめずらしく,短気を起こさず一つ一つ処理していったおかげで,それそこに強固な充填修理ができたと思いますよ。

(つづく)


トラトラ松琴斎 (3)

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斗酒庵 月琴の呼ぶ声を聞く! の巻2015.11~ トラトラ松琴斎(3)

STEP3  松原とおく


  いったんバラバラにし,前修理者があちこちに塗りたくったボンドをキレイにこそげ,各部を「壊れたとき」に近い状態までリセットしました。
  庵主の「修理」はここからはじまります。

  まずはいちばんの重症箇所であろう棹口からまいりましょう。
  ここが壊れてたんでは,棹も挿せないですからね。

  主材のトチは,乾燥状態ではそこそこ丈夫な木ですが,湿気にはあまり強くなく,水分を含むとちょっとグズグズした柔らかい状態になってしまいます。ある程度の厚みがあれば問題はないんですが,前回の報告にも書いたように,松琴斎,なぜかこの重要な天の側板を,4枚の胴材のうち一番薄い板で作っています。最大厚7ミリ,中心部分が薄くなる木取りになっているうえ,棹との接合の安定のため,棹口の周囲をやや平らに削ってあるので,そのあたりでは厚みが4ミリほどしかありません。

  おそらくこれは稀少なトラ杢材を無駄なく使おうと,ギリギリの木取りで切り出したせいだと思いますね。他人から見て目立つ左右側面にトラ杢がもっとも派手に出た材を用い,棹がついているため他者からは半面しか見えない天の側板に,トラ杢の出の悪い材を回したのでしょう。
  楽器職からするとかなり納得のゆかない工作ですが,流行りの時にはそういうファッション性のほうが,作り手にも使い手にも重視されてたんだと思います。

  割れ目自体は欠けもなくキレイに分離してますので,へっつければ外見的には問題ないとは思いますが,演奏するとなると,もとの工作がかなりギリギリなので,必要な強度が得られるとは考えられません。

  また,カケラ部分が細すぎてチギリも打てませんので,まずはカケラをもとの位置にもどし,ついで裏側にカツラの板をぴったり密着する感じに削ってへっつけましょう。

  棹孔は楽器内部に向かって,少し広がるような感じであけられています。カツラの板に新しく開ける穴は,これに従って削ってしまいますと,大きくなりすぎて,本来の棹口に代わって棹を支えるという目的が果たせなくなりますので,棹口表面とほぼ同じ大きさにあけ,棹基部を噛めるようにしなくてはなりません。しかしそうしますと,本体の棹口と補強板の棹口の間に段差というかくぼみができてしまいますので,木粉&エポキのパテで埋め,整形しておきます。

  最後に棹孔の左右に2本くらいづつ竹クギを打っておきます。すでに裏側からさんざん補強したあとですし,部材がこれだけ細くて薄いと,まあ気慰めかおまじない程度の意味しかありませんが,だいたいこれでこの部分の修理と補強は完了。
  多少過保護っぽいですが,弦の力のかかる場所なんで,すこし神経質に補強しときます。

  つぎが間木と糸倉先端。
  ほじくったあとのクギ穴とクギ打ちによって欠けた部分は木粉&エポキのパテで充填接着します。

  蓮頭・間木・糸倉はニカワで接着しますが,上にも書いたようにトチという素材が水濡れにさほど強くないので,ニカワづけだと細かい部分が接着作業時にまたバラバラになってしまう可能性があるので,それぞれ部分部分の割れカケの接着も,硬化すると水にも強いカガクの力,エポキ&木粉で処理しましょう。

  ついでにネズミに派手にカジカジされてる糸倉右手の損傷個所にも同じパテを盛っておきます。ちなみにこの部分の補修で,パテの骨材になる木粉には,もちろんトチの木の粉を使ってます。



  何回か書いてるように,月琴の糸倉は,間木がない状態だとたいへん弱く壊れやすい部分なので,そのまま修理作業を進めるのに不安があります。もー,さっさと整形してくっつけちゃいますね。
  間木がくっついて,糸倉の安定が良くなったところで,パテ埋め個所を整形。あんまりパテ埋めに頼りますと,せっかくのトラ縞がマダラになってしまいますで,一部の細かいネズ痕はそのままにしておきます。

  響き線は宿敵木工ボンドを使って生活の裏ワザ風サビ落としをしてから,柿渋やラックニスで防錆処置をしておきましょう。
  線の太さや形状などは,松音斎・松鶴斎のとほとんど同じですねえ。
  調整なしだと,先端が上桁にかんたんに刺さるくらい長く,アールも深い。前の記事に書きましたが,唐物や松音斎の楽器で肩口にあった基部を,横に90度傾けたのと同じなわけですね。
  松琴斎は止め釘が四角釘ですね。松鶴斎は丸釘を使っていました。釘を打つ位置も線の動きを邪魔しないよう,曲りの上に打たれています。あれはあれで何か意味があったのかもしれませんが,松鶴斎は曲りの下に打っていました。

  つづいて表板を矧ぎなおします。
  右がわの貫通した割れは,棹口が壊れた時の巻き添えで斜めに裂け割れてますが,ほかはだいたい,矧ぎ目に沿ってキレイに割れています。ただ,棹口付近の斜め割れ部分には前修理者がボンドを擦りこみやがったので,これを除去するのが辛悩でありました。がっでむ。
  もう一箇所割れの入っているところにもニカワをたらし,板の上で左右から圧をかけながら矧ぎなおしたあと,さらに裏から和紙を貼って補強しておきます。

  表面の縁に数箇所あるネズミに齧られてヘコんでるとこや,欠けているところは木粉&エポキのパテを盛って補修しておきましょう。板は接着や清掃作業などで濡らすんで,ふつうの木粉粘土だと溶けて流れてしまいますから。
  裏面,側板や内桁との接着部分でも,大きな損傷には同じパテを使います。

  バラバラ修理の場合には,この表板が組立ての基準となりますので,表裏にある小さなカケやヘコミもなるべく丁寧に処置しておきましょう。

  松琴斎はとくに中心を表す指示線などは記しておらず,端に中心を表すと思われる「V」のような目印や墨点を付けているだけですが,じっさいに板を測り,あらためて中心線を引いてみますと,新しく引いた線はほぼこの上下の目印の中心と一致しました。
  さすが松の一族,このへんにあんまり狂いはなさそうですね。

  さて,表板が仕上がったら,いよいよ胴体の組立てです!

(つづく)


トラトラ松琴斎 (2)

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斗酒庵 月琴の呼ぶ声を聞く! の巻2015.11~ トラトラ松琴斎(2)

STEP2  松のこだまがかえってきたよ


  さて,依頼修理の松琴斎。

  なによりなんせ直さんことには,比較も何もありませぬ。
  ほか夏休みのしくだいが5面ばかり修理待ちしてますんで,ちゃっちゃとまいりましょう。

  前回も書きましたが,今回の修理は 「壊れたところ」 の修復よりも,「前の人がやッちまったところ」 のやりなおしが中心となります。
  古物屋さんのシワザでしょうが,ほかの月琴の部品なども流用されてますが,今期の主眼 「松派の楽器の研究」 って立場からしても,修理された楽器は,より 「オリジナルに近い状態」 であることが望ましいですので,そういう移植品や余計なシワザはなるべく排除してゆきたいところです。

  まずまず,「どこがどうなってるか」を確認しながらやっていくとしましょうか。

  いつもどおり,作業はお飾りやフレットの除去から。
  半月の右端の下を板のヒビ割れが通ってますので,半月もハガしてしまいます。

  はじめは蓮頭。
  濡らして引っぱったら,ボンドがぬちょーっとのびてきました。

  細工釘でとめてあり,クギ自体は腐ってないようでしたが,もともと弱い素材なので,それほど苦もなく間木ごとモゲてきました。糸倉とこのあたりの接着は,ボンドによる最近のものですが,蓮頭と間木はニカワでかなり強固に接着されてましたので,これはやっぱりオリジナル部品なのかもしれません。

  ボンドをこそげ,乾いたところで糸倉に残ってるクギはえぐって抜き去っておきます。40号クギ子さんでも書きましたが,こういうクギをそのままにしておくといづれ錆びて膨張し,致命的な破損の原因となりかねませんからね。

  左のお飾りは見ただけで分かる後補の部品ですが,オリジナルと思われる胴右のお飾りもボンドで接着されていました。そのほか正体不明の木材で作られた第4フレットと,お箸の先っぽらしい第7~8フレット間についてた木片もボンド付け。

  これらは残ってるとニカワでの補修がやりにくくなりますので,スポンジ研磨剤の粗めのものやアートナイフを使って,極力できるかぎりキレイにこそいでおきます。

  現代技術で作られたボンドのほうが強いんだからそのままにしておけば?----という説もありえましょうが。
  もし最高の技術でニカワづけされたなら,あなたはそもそもどこが接着されたところか気づけないし,もしそういう個所をハガそうとするならば,三日四日水やお湯で濡らし続けてようやくなんとかなるかどうかです。
  対するボンド。
  確かにへっついてるときの接着力は強固で,接着作業自体にも大した技術は必要ありませんが,こうしてほんの1時間も濡らせば,白くなってハガれてしまいます。

  百年単位で生き続ける楽器にとって,どちらがふさわしいか,言うまでもないでしょう?


  棹孔のところの割れの確認もしたいので,半月がハガれたところで,表板がわから分解してゆきましょう。

  表裏板のヒビ割れにも,ボンドを流し込んだ痕がありました。
  棹孔の割れは完全に剥離した状態のをこれもボンドで接着,濡らすまでもなくつまんでゆすったら簡単にハガれてきました。
  なぜだかしりませんが,この天の側板だけやたらと薄い材が使われています----中心部分で厚みが4ミリほどしかありません。またふつうこの部品は,中心が厚く,左右端がやや薄くなっているものですが,これだけ左端が厚くなってます。ほか三枚は中心で1センチ,左右端が7~9ミリとマトモですし,よりによって棹の力を受け止める天の側板をわざわざ薄くするあたり,なにやら少し不自然さを感じますね。

  内部構造は基本的に24号,30号と同じですね。
  2枚桁で,上桁の左右端下に響き線の基部と,支えの木片が貼り付けられています。
  

  まず気づいたこと。

  ひとつめ,松音斎や松鶴斎の楽器では,この内桁の取付けに角度がつけられ,斜めになっていました。それぞれ傾きの方向が違っているので,ほんとうにそういうことを考えてやっていたのかは定かでありませんが,ギターのブレーシングのように,音の広がりや音色への効果を狙っての工作だった可能性があります。

  これに対して松琴斎の内桁は,そのほかの多くの国産月琴でそうであるように,上下ほぼ完全なパラレル・ブレーシング状態になっています。


  ふたつめ,この楽器には松音斎や松鶴斎では見られなかった半月裏の小孔,「陰月」があけられています。
  庵主はずっと,この孔は一部の人が言っているように「サウンドホール」などではなく,よくって「空気穴」のつもり,おそらくは日本の職人が琵琶の「陰月」に影響されてあけるようになったもので,機能上はほぼ意味のない工作だと言っています。
  今回の楽器の孔も,あけたところがちょうど下桁の上だったみたいで,下桁の中心にエグられたような痕がついちゃってます。この楽器の桁には穴があいてないので,この孔はすなわち下桁から下の空間にしか通じていません。もとより,半月に隠れているこの小さな穴から,音が前に出て広がってゆくわけもないので,「サウンドホール」だなどというのは荒唐無稽にして滑稽な説でしかありませんが,また下桁から下の,閉鎖されたごく狭い空間にしか通じていないこれに「空気穴」としての機能を求めるのにもムリがありましょう。

  そもそも唐物月琴や現代までの中国月琴,それを模倣した倣製月琴など古いタイプの国産月琴にはこれが見られないのですから,もともと月琴という楽器に必要なものであったとは考えられません。

  庵主はこの楽器の構造を確認するまで,松派の三面の作者の時代的な順序を,松音斎>松琴斎>松鶴斎 と考えていたのですが,松琴斎の楽器をこうして実際に手に取り,データを比較してみて,考えをあらためました。

  おそらくは 松音斎>松鶴斎>松琴斎 が正しい。

  三面の棹の指板部分の長さは,松音斎でだいたい140ミリですが,松鶴斎と松琴斎ではぴったり同じく147ミリとなっています。唐物月琴は松音斎よりさらに短い,逆に関東の石田不識の楽器などでは150ミリを超すこともあります。棹の長さと胴体面の厚みや大きさの変化は,前回も書いたように中日間での演奏スタイルの違いによりもたらされた変化で,作者の嗜好にもよりますが,比較的新しくなるほど,棹は長く,胴は薄く,大きくなってゆく傾向があります。

  これもふくめて,寸法上の比較からは,松琴斎の楽器は松鶴斎のほうに近いことが分かります。しかし,松鶴斎のラベルの大きさは松音斎のものとほぼ同じですが,松琴斎のものは彼らのものより一回り大きくなっています。デザイン上も松音斎と松鶴斎はほぼ同じですが,松琴斎は外枠の意匠も含めて少し違ってますね。


  上述の内桁と陰月の2件のこともありますが----構造上は松音斎の楽器に,月琴の古い特徴がもっとも多く残されており,松琴斎の楽器は松鶴斎の楽器に近いが,より 「新しい」 と思われる特徴が見られるということになります。

  すなわちは 松音斎>松鶴斎>松琴斎 なのではないかということです。

  庵主のもとにある資料中に松鶴斎の楽器,またそれと思われるものがきわめて少ないことから,彼は活躍時期が短く,製作した楽器もほかの二人にくらべるとかなり少なかったのではないかと考えられます。

  さて,ほんとうのところ,どうだったんでしょうねえ?


  そうこうするうちに,松琴斎,ほぼ完全バラバラとなりました。
  あちこちにつけられたボンドをこそぎながら,つぎのステップを考えます。

(つづく)


月琴46/47/48/49号 (1)

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斗酒庵 壊れ月琴の飽和攻撃に会う の巻2015.10~ 月琴46号 青汁1/47号 青汁2(首なし1)/
          月琴48号 菊芳(?)/49号 首なし2


STEP1  月琴界からの飽和攻撃

  夏前に入手した43号にもまだ手ェつけてないンですが,この10~11月の間,まあまあスサまじき月琴ラッシュでございまして。
  とりあえずの基礎情報でもあげておかないと,次にも進みにくいので,ここらでイッキにかたづけてしまいましょう。
  たまりにたまってしまったんで,ほとんど外面からの観察だけ。
  詳しい計測・調査の報告はいずれ,それぞれの修理のおりにまた。

  自出し月琴46号と47号は2面同時の出品でした。
  首のあるほうを46号,首なしのほうを47号といたします。
  2面ともに作者名等の手掛かりはなく,テレビショッピングの箱に入ってきたところから 「青汁1号・2号」 と仮称いたします。(w)

  46号はかなり凝った高級月琴。

  お飾り類はなくなってしまっていますが,唐木の棹に側面貼りまわしの胴体。
  表裏の板も目の詰まった,かなり良い質のものが使われています。

  胴の側面に唐木の薄板を貼りまわしているので,四方の接合部は見えません。またふつうは図右のようになってることが多いのですが,この楽器は左の形式。古いタイプの中国月琴 (いわゆる清楽の「唐物月琴」にはアラズ-参照  「月琴の起源について その5」)などにはよく見られる工作ですが,国産月琴では珍しいものです。


  棹と延長材の接合形式が,28号と同じになっています。28号の場合は,延長材が柔らかな針葉樹材であったため,糸を張ると首がもちあがる不具合が発生しましたが(参照 月琴28号なると(終)),この楽器はサクラかカヤと思われるかなりカタくて丈夫そうな材を継いでいます。これならたぶん大丈夫でしょう。

  糸巻は4本ありますが2本づつ違っています。
  糸倉の噛合せや加工などから見るに,おそらくは紫檀で出来てる細身のほうがオリジナルでしょう。
  三本溝のこの2本は名古屋の鶴寿堂の楽器についてたものじゃないかな?

  横から見た棹背のラインなど,確かに鶴寿堂の楽器を思わせるところがないでもありませんが,加工の手が違ってるように感じられます。




  47号は胴体のみの首なしさんです。

  現状はアレですが,材質といい工作といい,こちらもそこそこ上等の楽器だったとは思いますよ。
  表板の真ん中に木目の 「山」 になってるとこを持ってくるのは,それこそ鶴寿堂なんかが好んでやるところですが……同時出品のもう一面のほうに鶴寿堂のと思われる糸巻がついてたあたりもふくめて,さて。


  接合部は凸凹継ぎ。ですが,ただの凸凹ではなく左右に角度をつけたより強固な 「蟻継ぎ」 になってます----繊細で丁寧な工作ですね。

  胴内にすっぽぬけた延長材が残ってましたが……うむ,接合部がV字じゃない,へんなカタチしてますね。
  おそらくは右図のような接合形式だったのだと思われます。
  かなり古いハナシですが,2号月琴がちょうどこんなような加工になってました。
  先端にかなり大きなスペーサーが貼り付けてありますが,これはオリジナルかあとでの加工か……

  表裏の板がはがれかけたらしく,鉄クギや竹クギでとめてありました。
  「直す」 という感じではなく 「とりあえずカタチにしておく」 ていどの目的で軽く打たれたものらしく,数も少なくて簡単に抜けましたので,そのついでに板をひっぺがしてみますと。

  わぁお………オモシロ構造が出てまいりましたよ!!

  響き線はグルグルの渦巻線。
  線は地の側板に直接挿してあります。
  その根元に,線をとめるため打たれてるクギはまあいいとして。そのほか根元にもう1本,さらに渦巻を支えるかのように2本。
  ここだけで合計4本もの四角いクギが打たれております。
  渦巻のところにあるクギは,おそらく線の動きを制限するためのものでしょうが……ううむ,この手の加工は正直,ノイズの原因にしかならないんだけどなあ。

  さらには上下の桁の左右端にも斜めに1本づつクギが……なんですか,丑の刻参りかなんかですかこりゃ。
  まあ,内桁の固定の補強のため,なんでしょうが。
  さてこれらもオリジナルの加工か,それとも表板を「修理」した者のシワザか。いまのところ分かりませんが,こりゃできれば引っこ抜いておいてあげたいところ。

  ともあれ,処置するにもちゃんと調べなきゃですね。




  48号は,今回の4面のなかではいちばんマトモな楽器かと。(w)

  やや太目だけどクセのない棹のライン,やや厚めの胴体。
  丁寧でしっかりとした加工・工作の楽器です。

  これもまたラベルなど作者につながるものは残ってなかったんですが,このちょっと凝った蓮頭のコウモリのデザインと彫りに,何か見オボエがありまして,資料画像をいろいろと調べてみましたら----あった,これですね!

  右画像のコウモリのついてた楽器は,日本橋馬喰町四丁目,菊屋こと菊芳・福島芳之助の作。細部は異なるものの,全体的なデザインとか彫りの手なんかはかなり近いかと。
  ただ,どうも棹やうなじなどの工作の特徴が,庵主の記憶にある菊芳の楽器のそれと食い違うんですよねえ……なもので,現状その作者名をさだかには申せません。楽器本体の全体的な特徴は,本郷海保あたりの手に近い気もするんですが,さて。

  損傷はお飾りだけで,楽器本体にはほとんどなく,保存状態は上々。
  フレットを4枚足してあげれば,すぐにも弾けそうな感じです。

  ともあれ,この楽器は 「後の楽しみ」 としてちょいととっておきたいとこで。




  さいご,49号は,これまた首なし胴体だけでございます。

  なんかピザの箱みたいなのに入ってきましたので,作業名 「ピザ」 と命名。(w)
  で,その箱から出しましたところ…………うわあああああああああぁっ!
  粉が!茶色い粉がポロポロとっ!

  うへぇえええ……あなが,あなが,あなぽこが。
    ぽこぽこぽこと,ぽこぽこと。


  全身虫に食われてますですぅ。

  さすがにピザと命名されるだけあって,よほど美味しかったのでしょう。(^_^;)

  虫食いは表裏の板より側面がヒドいですねえ。
  その側板,ふつうは天地左右の4枚ですが,この楽器の胴体は5枚の板で構成されています----これは珍しい。

  裏面中央になにか篆字の印のラベルが貼られており,左のほうにこれとは違う四角い印が板に直接捺されてますが,現状では作者名なのかなど不明。

  工作の感じやフレットの位置からして,国産月琴としてはかなり古いタイプの楽器ではと思われます。

  あっちもこっちも虫食いに接着ハガレで,バラバラになりかけてましたんで,いっそそりゃあっ!----と,裏板を胴材ごとひっぺがしました。

  内桁は真ん中一枚で,表裏板と同じで出来ているところなんかも,やはり唐物と同じ。
  古い形式の楽器の特徴ですね。

  これもまた,内部に延長材が残ってました。
  棹角度の調整でもしたのか,先端が加工されており何か字の書かれた紙が巻かれております。
  ハガしてみますとこんな(下画像)----「折紙」 をちぎったものですねえ。
  いや「オリガミ」っつっても,ツルとかカブトのことじゃないですよ。真ん中から折って半分にした紙に文を書いてゆき,端までいったらひっくりかえして反対から書き足してゆきます。昔の公文書とか契約書なんかでよく使われた文書の形式ですが,そういう紙の端っこのほうでしょう。

  庵主,この手の文書の解読は不得手なのでよくわかりませんが,「小出新平」 さんの田んぼについて何かとりかわした部分のようです。ふむふむ…興味深い。

  楽器自体の工作形式もふくめ,こういう古めかしい文書がついてたことも考え合わせますと,少なくとも明治初めごろの楽器なのではないかと思われます。


  響き線は47号に似た形式ですが,もっと巻きのゆるい渦巻線。直挿しで止めの釘などは打たれていなかった模様----このあたりも古めの工作です。かなりサビがヒドく,根元が腐って折れ,ハズれてしまっています。その根元のあたりがみょうに盛り上がってるので,おそらくは線の固定のためと思い,ここにニカワをこんもり盛ってしまったのでしょう。(ニカワは湿気を吸うので鉄の接着には不適)

  側板の材は白っぽく,比較的軽かったので,はじめは41号と同じく「桐」かと思っていたのですが,桐ほど柔らかくはなく,よく見ると特徴的な杢があることから,おそらくはトチと思われます。
  トチは腐りやすく狂いやすいというのはよく聞きますが,こんなにも 「虫に食われやすい」 というようなハナシはあんまり聞いたことがないなあ。なんせ下に向けてトントン叩くと,どこからともなく茶色い粉が,際限なくサラサラこぼれてまいります。

  さりとてさすがに,持てばクシャっとつぶれるほど食い荒らされている感じでもありませんし,楽器内部にはさほどのヨゴレもなく,貫通したような穴も見られませんので,被害は大きいものの,その多くは表層的な虫害であるようです。

  未修理の5面の中でいちばんの重症患者ですねえ。

  虫食いの状態によりますがさて,直るかどうか-----でもじつは庵主,こういうのがけっこう好きなのです。修理者として萌ゆる。(www)

  いささか間がトンじゃいますが,45号に続く自出し月琴の修理は,この虫食い首なしの49号・ピザさんからといたしましょ~う。
  というわけで,今回はこの楽器だけフィールド・ノートがございます。
  虫食い穴の分布など,ご覧になっていろいろとご想像ください。


  40号クギ子さんでもそうでしたが。
  これもし直ったら,拍手キボンヌ。(w)

(つづく)


トラトラ松琴斎 (1)

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斗酒庵 月琴の呼ぶ声を聞く! の巻2015.11~ トラトラ松琴斎(1)

STEP1  松の呼び声

  44号・45号の同時修理も終盤にさしかかり,さてまた次のやりのこした「夏のしくだい」に手を出そうとした矢先,修理依頼が一本とびこんできました。
  ふむ,どんな月琴やら,と,なにげなく添付画像を見てビックリ-----こりゃまたなんと奇遇な! 松の一族の楽器じゃあーりませんか!

  修理中の二面が呼んだのでしょうか?

  しかもそれは,今回の調査で欠けていたビックピース 「松琴斎」 の楽器。

  伊杉堂・松琴斎こと杉村菊松は,現在分かっている松の一族の月琴作者・三人の中で,唯一あるていどのことが分かっている作者です(月琴の製作者について(2) 参照)。 現在までのところ,庵主は「松音斎」を「師匠」とし,ほかの二人を「弟子」と考えていますが,これは文献的な裏付けがあってのことではなく,楽器の実見と木やその工作の比較からの推測にすぎません----まあ,当てずっぽうですね。

  それにしても,この楽器にかかわって以来,こういうふうに,ふと縁や偶然の重なることがけっこう多くなってる気がします。 まあ月琴だけに限定すればせまい世界ですから,不思議もないと割り切ることもできますが,数多いる作者のうち,同系と思われる三人の楽器が一堂に会する,なんてことは,ありそうでも滅多に起こりえないような事態なのですよ。

  実物は文献と同じぐらいの情報を与えてくれます。
  前回まで,松琴斎の楽器ついては,過去の修理の資料と記憶を呼び起こしながら考えてただけですが,こんどは実物の楽器が目の前にあります。

  記憶との比較だけでは気付けなかったようなことが,どれだけ分かることでしょうか。

  まずは外からの計測と観察----


全長:654
胴径:350,厚:38(表裏板4)
有効弦長:413



  汚れで分かりにくくなっていますが,棹と胴側部がトラ杢のトチで作られています。
  たぶんもとはけっこうな上級品だったんだと思いますよ。

  あちこちにボンドのハミ出た痕が見えますねえ。 うん,一目で 「前の人が何もしないでくれてれば,もっと修理がラクなのに。」 という類の楽器(w)であることが分かります。

  フレットは竹のが二種類。 白竹のものと煤竹のものが混在しています。
  ほか第4フレットのところに材不明な木片で作られたもの。第7と第8フレットの中間,ふつうはフレットのない位置に,おそらくお箸の先端ではないかと思われる木片がへっつけられています。
  後の2つはまあ置いといて,竹製のものは間違いなく月琴のフレットとして作られたものですが,現状,どちらがオリジナルかは分かりません。加工が丁寧なのは煤竹のほうですが,過去に扱った松琴斎のフレットは左右端がこんなに角度つけて切られてませんでした。その辺から考えると白竹のほうが近い気はしますが,取付け状況や楽器の主材の上等さから考えると,両方ともいまいちそぐわない----もしかすると両方とも後補かもせん。


  山口は後補だと思われます。松琴斎の山口はもう少し薄い----色合い的に考えて,これはたぶん煤竹のフレットといっしょにほかの楽器から移植されたものではないでしょうか。
  蓮頭は線刻の宝珠。松派でこの類の蓮頭をつけた楽器は見たことがありません。
  この線刻の宝珠は作者によって模様が異なりますので,資料画像を見まくり,この楽器についているものとほぼ同じものは見つかったんですが,作者不明で手掛かりなし。ただ,松派の蓮頭はもう少し薄手ですし,裏面接着部にボンドの痕,そしていまついている糸倉よりやや大き目の接着痕も見えますので,移植物であるかもしれません。


  蓮頭のすぐ下,糸倉先端の表面がわと間木に割れ継ぎが見られます----ここも接着はボンドのようですね。
  間木がハズれたのを,糸倉左右からクギを打ってとめようとしたようですが,そのせいで糸倉が割れちゃったんでしょう。刺さってるクギは細い鉄釘で,糸倉先端の左に2本,右に一本確認できます。よくあるガラス釘などではなく,小物の製作や補修で使われる細工釘の類だと思われます。頭が小さく細く,あまり強度はありませんが,組み合わせた接合部の補強や,板を接着するときの仮止めなどに使われるものですね。
  DIYなどでもふつうに売ってはいますが,あまり一般的なものではないですねえ----楽器職じゃないけど,なにかのプロかな?

  あと同じく蓮頭の下,糸倉の表がわにけっこうなネズ齧があります。
  右のほうがヒドく,表板がわがガタガタになっちゃってます。

  棹を外してみますと,まず棹側の接合面にべったりボンドを塗りたくった痕が。
  そして胴の棹口のところに割レが見つかりました。

  いちおう継いであるみたいですがこれも……ボンドですね。
  割れてカポカポしてたのをテープでとめてあったらしく,横に二箇所ほどその痕がついて残っています。


  表板には上下にヒビ割レ。
  中央やや右,上からのものは,おそらく棹口が割れた時の衝撃によるものでしょう。割れ目が妙に黒ずんでますが,おそらくはボンドによる補修のためと思われます。 左下からのものは裂け割レになっています。おそらく主材の歪みなどに起因するものでしょう。
  というのもちょうどこの裏がわ,裏板にも同じような割レが走っていて,ほぼ表面がわと同じに,下端が2ミリ近く開き,上部が断続的な裂け割れになっています。材の狂いで胴下部が横にふくらんだためだと推測されます。
  表板上端からのヒビはあと表板の左縁に数箇所ネズ齧,中央付近のはかなり深くエグられてます。

  半月は低音弦がわの前縁部に小カケがあり,後縁部が少し浮いています。
  前回までの2面と違い,板状の半月です。
  松音斎・松琴斎ともに曲面タイプのほうが多く,また糸孔の配置や寸法に多少疑問があったため,当初はこれも移植品かと思ってたのですが,以前修理した松音斎の楽器に,材質は異なるものの,これとそっくりな半月の付いているものがありました(右画像)。国産月琴では糸孔の配置が 「ヘ」の字になってるタイプは珍らしいんで,おそらくは同系のこれを真似たオリジナルだと思われます。
  後縁部のふちに沿って板上に濡らしたような痕があるので,ここも再接着されてるのかもしれません。

  このほか地の側板もハガれかけたらしく,左右端のほうに板とのスキマに,ボンドをなすりつけた痕が見られます。

  んで最後----胴左がわのお飾りは後補ですね。
  「がんばった」とまでは褒めてあげます(w)

  さてさて……正直,のどから手が出るほどデータの欲しかった松琴斎ですが。
   今回の修理はなんかタイヘンそうですなあ(泣)


  まずまず,細かいところはフィールドノートをどうぞ。(クリックで別窓拡大)

(つづく)


月琴44号/45号 (4)

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斗酒庵 松の一族にいどむ! の巻2015.10~ 月琴44号 松音斎/45号 松鶴斎 (4)

STEP3 松の葉末に何の鳴く

  今回のように,同じ作者もしくは同じ師系に属する作者の月琴を,複数面同時に修理する機会というのはあまりないこと。気づかされることも多く実に興味深い作業となっております。

  さてさて,44号・松鶴斎,45号松音斎。
  修理も終盤。
  何度も書いてますが庵主は楽器屋さんでも古物屋さんでもないので,修理作業の主目的は販売ではありません。この月琴という楽器の寸法や構造,そして音階のデータが欲しいのですが,とにかく直さんと音が出せないのですから,なによりまず修理せにゃならないわけです。
  作業そのものがキライなわけでもありませんが,楽器本体部分の修理はフルにアタマもメダマも手足も使いますし,失敗の許されないことも多く,そのキンチョー感たるやハンパありません。
  そうしたなかで庵主の唯一気をヌけるのが,「お飾り」に関する作業です。
  蓮頭,胴体左右や柱間飾り,扇飾り----こうした装飾は音にかかわる部分ではなく,楽器を音を出す道具として考えた場合,べつだんなくてもヨイ箇所です。また多少しくじったとしても,楽器の音色や操作性といったデータ上重要なところにも影響がありません。
  本体の作業ほどキンチョーしなくてもヨイので,気楽にやれます。

  じんせい,おきらくごくらくが,いちばんですからねえ。

  さて,44号・45号,師弟だからといったわけでもないでしょうが,同じ個所が同じような感じで壊れてました----この蓮頭の補修から。

  まずはなくなってる部分を推測して,カツラの板に書き込みます。
  松音斎・松鶴斎の楽器でこの類の蓮頭をつけたものは,ほかに資料が見つからなかったんで,松琴斎のものを参考にしました。まあこのデザインのものは,だいたいみんなおんなじような感じなので,そんなに違いは出ないと思います。

  だいたいのところで切り出したら,つながるあたりをオリジナルの割れめに合わせて削り,竹クギなどを通しておきます。

  んで,接着剤をつけてへっつけます。ここは音に関係のないお飾り----壊れるべくして壊れなきゃならないところでもないので,接着剤は木粉を混ぜたエポキでよろしい。
  固まったところで,オリジナルのモールドに合わせ,補修材を彫りこんでゆきましょう。

  こういうことは得意ちうの得意なんだよなあ。
  あとは少しづつ染めを重ねて,オリジナル部分に近づけてゆきます。染料はスオウ(アルカリ媒染)とオハグロ液です。

  どちらも普及品レベルの楽器なので,そんなに違いはありませんが,彫りのうまさはやはり松音斎のほうが上ですね。

  44号はこのほかに,胴左右のお飾りに一部カケがあり,中央の円飾りが痕跡だけ残してなくなっています。
  こちらもやっちゃいますね。

  どちらもホオの板を使用。

  日焼け痕から見るに,中央飾りは良くある獣頭唐草のぐにゃぐにゃ模様だったと思われますが,ここはせっかくなので作者の名にちなんで 「松に鶴」 の絵柄を----花札にもある伝統意匠ですしね,この中央飾りにはもともと鳳凰もしくは鶴の飾りもよくつけられますからさして問題はありますまい。

  フレットは今回も牛骨で。
  45号は2枚,44号は山口もふくめてすべてのフレットがなくなっています。
  あと,立てていったら,45号の低音部のフレットがあまり合っていないようだったので,2枚追加。けっきょく全部で12枚削りました。
  材料はペットショップで買ったワンちゃんのおやつでしたが,41号のもふくめると,歩留まりぶんをふくめても,一本でけっこうな枚数作れましたね。

  できたフレットは#400くらいまでざっと磨いて,20~30分ヤシャ液に漬け込みます。前回41号で,一晩おいたら,古色付きすぎて真っ黒になっちゃいましたので(w)象牙なんかよりずっと染まりが良いので注意!
  また油につけこむとへんに透きとおっちゃいますので,#1000くらいまで砥いで,仕上げに油をつけた布で磨くくらいにしときます。

  これら小物をとりそろえ,へっつけたなら,さて完成。
  大阪の月琴師,松派ふたりの楽器,いまここに蘇ります!!

  まずは44号から----

  開放を4C/4Gとした時の,オリジナル位置での音階は以下の通り----

開放
4C4D+114E-414F+64G+194A+415C+315D+335F-8
4G4A+74B-465C-65D+105E+345G+295A+186C-26

  大きく華やかな音色。やはり関西の,というより関東の作家さんの楽器の音に近いですね。響き線の効きもよく,かなりの余韻が続きます。
  月琴としてはやや雅味に欠けるところもありますが,楽器としては問題なく良い音だと思いますよ。

  完成してから一週間後に響き線が突如ポロリしたので,裏板の一部をあけて再接着しました。
  前回の推測でも書きましたが,響き線基部が横にあると,こういうとき確かに便利ですねえ。
  調査のおりには気付かなかったんですが,基部の木片が胴と同じホオではなく接着の悪いカリンで作られていたのが原因だったようです。接着面を少し削って,胴と上桁により密着させる形で接着しなおしましたので,今度はだいじょうぶだと思います。

  やや長めのスマートな棹,フレットも低めで操作性には全く問題がありません。
  上から三番目の糸巻の孔が,使用によってわずかに歪んでおり,多少ユルみやすくなっていましたが,現状では支障というほどでもありません。今後,さらにユルみやすくなるようならその時になんとかしましょう。


  つづいて45号,松音斎----

  オリジナル位置での音階は以下----

開放
4C4D-14Eb+444F-24G4A-205C-155D-405F-34
4G4A-34Bb+485C-65D-35E-285G-385A-486C-36

  師弟間でもけっこうなバラつきがあるものですねえ。

  第2フレットの音がやや低すぎますが,そのほかはだいたい連山派あたりの清楽音階になっていると思われます。
  この楽器はほとんど清楽流行期の設定のままだったと考えられますが,低音域のフレットになんどかつけなおしたような痕跡が見て取れました。当時は所有者の所属する会で使用されている笛に合わせて調整されることもあったでしょうから,そのせいかもしれません。
  明笛は清楽の基音楽器ですが,調律用の笛ではないので,一本一本音階に差があります。

  音に関しましては,文句も問題もありません。
  松鶴斎にくらべると少しばかり音量が小さいですが,あまやかな優しい音色,かすかに包み込むような余韻----日本人が「月琴」という言葉からイメージする楽器の音,というものに,かなり近いんじゃないかと思います。
  普及品の楽器でこの作り,この響き……さすがに名人の作といえる一本です。

  あえてアラを探すなら(w),松鶴斎と違って糸巻の固定法が三味線に近い形式になってるとこでしょうか。
  この楽器の糸巻は,ほとんど先端のみで糸倉にとまっています。(天華斎/バラバラ鶴寿堂(1)参照
  だからといって三味線と同じように糸合わせの時に糸巻を浮かせる必要はありませんが,しめるときの感覚がふつうの月琴とやや異なるので,庵主みたいに三味線と月琴両方やったことがないひとだと,多少混乱しちゃうかもしれません。

  んでは試奏,音の違いをお聞き比べください----

44号松鶴斎 試奏45号松音斎 試奏


  こうして松の一族,二面の同時修理もおわり,さてまとめようと思った矢先……「音を出す」ものだけに,楽器は呼び合うものなのでしょうか……次号,さらなる展開が!!

(つづく)


月琴44号/45号 (3)

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斗酒庵 松の一族にいどむ! の巻2015.10~ 月琴44号 松音斎/45号 松鶴斎 (3)

STEP3 松のかたむき

  45号のほうは庵主がひっぺがした裏板の再接着のほか,正直あまり作業はありませんので,バラバラの44号のほうを先に進めてゆきましょう。

  矧ぎなおした表板に合わせて,側板を接着してゆきます。
  材の読みや加工工作もよかったためか,側板自体の変形や歪みは小さく,ほとんど問題なく元通りに組み合わさり,「風呂桶」の状態となりました。
  この時点ではまだ四方の接合部は接着しておらず,胴体構造の保持に不安がありますので,クランプをかけて仮固定してあります。
  この状態で仮組して,棹を挿してみて曲がっていないかなど様子を見ます。確認したところで,上桁だけささえに残したまま(まだ接着はしてません),四方の接合部にニカワを含ませ,側板にゴムをかけ回して圧着します。
  ついで接合部内がわに薄い和紙を重ね貼りして補強,これが乾いたところで内桁を接着してゆきます。まずは上桁,この部品は楽器の背骨みたいなものですので,前後左右とくにしっかり接着されてなければなりません。松派特有の工作で取付けが斜めになってますので,もとの接着痕を確認しながら,角度を合わせて位置を決めます。

  つづいて下桁----材質的にはちょっと問題がある板なのですが,すでに変形しきってるようですので,これはこれとしてそのまま接着しましょう。
  こちらは胴体の中心線に対してほぼ直角,左右端はちょうど接合部の上になります。


  最後が響き線なんですが----
  悩むとこですねえ。(w)
  上桁に片方だけあいている穴は,あきらかに響き線を通すためのものと思われます。線の形状からしても唐物月琴や45号と同じく,肩口に基部のあるタイプであっておかしくないんですが,その肩口あたりにそういう痕跡はなく,該当する接着痕は,国産月琴でよくある上桁の下にしか見られません。

  そうすると,この上桁の穴は何のためにあけられたのやら----はてさて,どう考えればよいものか?

  響き線を45号と同じ位置にした場合どうなるかというあたり,興味がなくもないのですが,さすがにそれだけではオリジナルの構造を変える理由にもならないので,今回は素直にオリジナルの位置にもどし,そのあたりはいづれウサ琴で実験してみることとしましょう。

  この横向きの深い弧線は,同系の松琴斎,そして関東の唐木屋の楽器などに見られまが,もしかするとこの響き線は,国産月琴が唐物月琴の影響から一歩脱却して,独自の方向へとむかおうとした時の,まさにその一形なのかもしれません。すなわち,唐物と同じ形状の線を,左回りにほぼ90度傾けたわけですね。

  どうしてこうなったのか,推測される理由は2つあります。
  ひとつはメンテナンス上の問題です----線の基部が肩口にある場合,響き線に何か支障が生じると,最悪表裏どちらかの板をほぼ全面剥がさなければなりませんが,左右にあれば最少一部で済みます。

  ふたつめは演奏スタイルの変化----中国では月琴は,椅子に座ってギターのようにやや横向きに構えて演奏されますが,畳の上で正座して演奏する場合は,琵琶のように若干立てたほうが操作がしやすい。 響き線は楽器を演奏位置に構えたときにもっともその効果を発揮するような状態,完全な片持ちフロートの状態になるように取付けられます。すなわち唐物の響き線は,中国での演奏スタイルのときにもっとも効きが良いのであり,線が胴内に触れて出るノイズ,「線鳴り」も少なくないわけです。
  古い楽譜の口絵なぞ見ると,清楽初期のころは中国風に椅子に座っての演奏もされていたようですが,明治の流行期にはほとんどなくなって,三味線などと同じに畳の上で正座して弾くようほうが多くなっていたようです。そうなると楽器の構えかたも上述のように自然と変化しますので,それにつれて楽器の構造,響き線の取付けも,縦に構えたときもっとも効くような角度に変わっていったのではないでしょうか。

  そうすると,この44号の上桁の穴は,国産月琴が唐物の模倣から脱却した,まさにその転換の一瞬間を,化石のように残したもの,と言えるのかもしれませんね(w)。


  裏板を接着します。
  バラバラになった板は一枚に矧ぎなおさず,中央付近からわけて,わざと二枚の板にしています。この真ん中を少しあけ,部材の経年変化ぶんの辻褄を合わせるためです。
  スペーサーは幅約2ミリ----百年で約2ミリ。
  変化の読みの難しい広葉樹材でこのの狂い程度なら,たいしたものと言えましょう。

  裏板がつき,胴体が箱になったところで,表裏を清掃します。
  粘りとかはないものの,けっこうしつこい黒ずみヨゴレで,日を置いて二度ほど行いました。
  たぶん物置小屋とかに置かれてたんじゃないのかなあ。
  北海道の物置小屋にはむかし,よく石炭が入れられたりしてました。石炭には炭素だけじゃなく微量の金属成分なんかも含まれてます。月琴の板を染めるのに使われるヤシャブシという染料は,鉄などの成分に反応して変色してしまいますので,そういうところの粉塵を長いこと吸ってたら,たしかにこんなふうに変色してしまうと思いますね。

  板が乾いたら半月を接着。
  ここまではとんとん拍子で進んでおります。



  さてこちらは45号松音斎。

  内部確認のためいったんハガした裏板をもどします。
  スペーサーは2ミリ。もともとあった割れ目のスキマよりは若干広がりましたが,いたしかたなし。


  胴体が箱になったところでこちらも表裏清掃。
  裏板のほうが若干汚れてましたが,だいたい一度でキレイになりました。
  大事にされてはいたようですが,けっこう歴戦の勇者でもあったようですね。
  濡らしたら,バチ皮のところの左右に無数の擦痕が----
  だいたい正当な辺りに集中しているので,弾いていたのは清楽の方だと思われます。

  このほか,棹口に若干のガタつきなどがあったため,その調整などの小作業が若干ありましたが,45号本体の修理はこれにてだいたい完了。
  44号とともに,次回は庵主のお楽しみ,小物の王国とまいります。

(つづく)


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