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トラトラ松琴斎 (2)

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斗酒庵 月琴の呼ぶ声を聞く! の巻2015.11~ トラトラ松琴斎(2)

STEP2  松のこだまがかえってきたよ


  さて,依頼修理の松琴斎。

  なによりなんせ直さんことには,比較も何もありませぬ。
  ほか夏休みのしくだいが5面ばかり修理待ちしてますんで,ちゃっちゃとまいりましょう。

  前回も書きましたが,今回の修理は 「壊れたところ」 の修復よりも,「前の人がやッちまったところ」 のやりなおしが中心となります。
  古物屋さんのシワザでしょうが,ほかの月琴の部品なども流用されてますが,今期の主眼 「松派の楽器の研究」 って立場からしても,修理された楽器は,より 「オリジナルに近い状態」 であることが望ましいですので,そういう移植品や余計なシワザはなるべく排除してゆきたいところです。

  まずまず,「どこがどうなってるか」を確認しながらやっていくとしましょうか。

  いつもどおり,作業はお飾りやフレットの除去から。
  半月の右端の下を板のヒビ割れが通ってますので,半月もハガしてしまいます。

  はじめは蓮頭。
  濡らして引っぱったら,ボンドがぬちょーっとのびてきました。

  細工釘でとめてあり,クギ自体は腐ってないようでしたが,もともと弱い素材なので,それほど苦もなく間木ごとモゲてきました。糸倉とこのあたりの接着は,ボンドによる最近のものですが,蓮頭と間木はニカワでかなり強固に接着されてましたので,これはやっぱりオリジナル部品なのかもしれません。

  ボンドをこそげ,乾いたところで糸倉に残ってるクギはえぐって抜き去っておきます。40号クギ子さんでも書きましたが,こういうクギをそのままにしておくといづれ錆びて膨張し,致命的な破損の原因となりかねませんからね。

  左のお飾りは見ただけで分かる後補の部品ですが,オリジナルと思われる胴右のお飾りもボンドで接着されていました。そのほか正体不明の木材で作られた第4フレットと,お箸の先っぽらしい第7~8フレット間についてた木片もボンド付け。

  これらは残ってるとニカワでの補修がやりにくくなりますので,スポンジ研磨剤の粗めのものやアートナイフを使って,極力できるかぎりキレイにこそいでおきます。

  現代技術で作られたボンドのほうが強いんだからそのままにしておけば?----という説もありえましょうが。
  もし最高の技術でニカワづけされたなら,あなたはそもそもどこが接着されたところか気づけないし,もしそういう個所をハガそうとするならば,三日四日水やお湯で濡らし続けてようやくなんとかなるかどうかです。
  対するボンド。
  確かにへっついてるときの接着力は強固で,接着作業自体にも大した技術は必要ありませんが,こうしてほんの1時間も濡らせば,白くなってハガれてしまいます。

  百年単位で生き続ける楽器にとって,どちらがふさわしいか,言うまでもないでしょう?


  棹孔のところの割れの確認もしたいので,半月がハガれたところで,表板がわから分解してゆきましょう。

  表裏板のヒビ割れにも,ボンドを流し込んだ痕がありました。
  棹孔の割れは完全に剥離した状態のをこれもボンドで接着,濡らすまでもなくつまんでゆすったら簡単にハガれてきました。
  なぜだかしりませんが,この天の側板だけやたらと薄い材が使われています----中心部分で厚みが4ミリほどしかありません。またふつうこの部品は,中心が厚く,左右端がやや薄くなっているものですが,これだけ左端が厚くなってます。ほか三枚は中心で1センチ,左右端が7~9ミリとマトモですし,よりによって棹の力を受け止める天の側板をわざわざ薄くするあたり,なにやら少し不自然さを感じますね。

  内部構造は基本的に24号,30号と同じですね。
  2枚桁で,上桁の左右端下に響き線の基部と,支えの木片が貼り付けられています。
  

  まず気づいたこと。

  ひとつめ,松音斎や松鶴斎の楽器では,この内桁の取付けに角度がつけられ,斜めになっていました。それぞれ傾きの方向が違っているので,ほんとうにそういうことを考えてやっていたのかは定かでありませんが,ギターのブレーシングのように,音の広がりや音色への効果を狙っての工作だった可能性があります。

  これに対して松琴斎の内桁は,そのほかの多くの国産月琴でそうであるように,上下ほぼ完全なパラレル・ブレーシング状態になっています。


  ふたつめ,この楽器には松音斎や松鶴斎では見られなかった半月裏の小孔,「陰月」があけられています。
  庵主はずっと,この孔は一部の人が言っているように「サウンドホール」などではなく,よくって「空気穴」のつもり,おそらくは日本の職人が琵琶の「陰月」に影響されてあけるようになったもので,機能上はほぼ意味のない工作だと言っています。
  今回の楽器の孔も,あけたところがちょうど下桁の上だったみたいで,下桁の中心にエグられたような痕がついちゃってます。この楽器の桁には穴があいてないので,この孔はすなわち下桁から下の空間にしか通じていません。もとより,半月に隠れているこの小さな穴から,音が前に出て広がってゆくわけもないので,「サウンドホール」だなどというのは荒唐無稽にして滑稽な説でしかありませんが,また下桁から下の,閉鎖されたごく狭い空間にしか通じていないこれに「空気穴」としての機能を求めるのにもムリがありましょう。

  そもそも唐物月琴や現代までの中国月琴,それを模倣した倣製月琴など古いタイプの国産月琴にはこれが見られないのですから,もともと月琴という楽器に必要なものであったとは考えられません。

  庵主はこの楽器の構造を確認するまで,松派の三面の作者の時代的な順序を,松音斎>松琴斎>松鶴斎 と考えていたのですが,松琴斎の楽器をこうして実際に手に取り,データを比較してみて,考えをあらためました。

  おそらくは 松音斎>松鶴斎>松琴斎 が正しい。

  三面の棹の指板部分の長さは,松音斎でだいたい140ミリですが,松鶴斎と松琴斎ではぴったり同じく147ミリとなっています。唐物月琴は松音斎よりさらに短い,逆に関東の石田不識の楽器などでは150ミリを超すこともあります。棹の長さと胴体面の厚みや大きさの変化は,前回も書いたように中日間での演奏スタイルの違いによりもたらされた変化で,作者の嗜好にもよりますが,比較的新しくなるほど,棹は長く,胴は薄く,大きくなってゆく傾向があります。

  これもふくめて,寸法上の比較からは,松琴斎の楽器は松鶴斎のほうに近いことが分かります。しかし,松鶴斎のラベルの大きさは松音斎のものとほぼ同じですが,松琴斎のものは彼らのものより一回り大きくなっています。デザイン上も松音斎と松鶴斎はほぼ同じですが,松琴斎は外枠の意匠も含めて少し違ってますね。


  上述の内桁と陰月の2件のこともありますが----構造上は松音斎の楽器に,月琴の古い特徴がもっとも多く残されており,松琴斎の楽器は松鶴斎の楽器に近いが,より 「新しい」 と思われる特徴が見られるということになります。

  すなわちは 松音斎>松鶴斎>松琴斎 なのではないかということです。

  庵主のもとにある資料中に松鶴斎の楽器,またそれと思われるものがきわめて少ないことから,彼は活躍時期が短く,製作した楽器もほかの二人にくらべるとかなり少なかったのではないかと考えられます。

  さて,ほんとうのところ,どうだったんでしょうねえ?


  そうこうするうちに,松琴斎,ほぼ完全バラバラとなりました。
  あちこちにつけられたボンドをこそぎながら,つぎのステップを考えます。

(つづく)


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