月琴44号/45号 (4)
![]() STEP3 松の葉末に何の鳴く 今回のように,同じ作者もしくは同じ師系に属する作者の月琴を,複数面同時に修理する機会というのはあまりないこと。気づかされることも多く実に興味深い作業となっております。 さてさて,44号・松鶴斎,45号松音斎。 修理も終盤。 何度も書いてますが庵主は楽器屋さんでも古物屋さんでもないので,修理作業の主目的は販売ではありません。この月琴という楽器の寸法や構造,そして音階のデータが欲しいのですが,とにかく直さんと音が出せないのですから,なによりまず修理せにゃならないわけです。 作業そのものがキライなわけでもありませんが,楽器本体部分の修理はフルにアタマもメダマも手足も使いますし,失敗の許されないことも多く,そのキンチョー感たるやハンパありません。 そうしたなかで庵主の唯一気をヌけるのが,「お飾り」に関する作業です。 蓮頭,胴体左右や柱間飾り,扇飾り----こうした装飾は音にかかわる部分ではなく,楽器を音を出す道具として考えた場合,べつだんなくてもヨイ箇所です。また多少しくじったとしても,楽器の音色や操作性といったデータ上重要なところにも影響がありません。 本体の作業ほどキンチョーしなくてもヨイので,気楽にやれます。 じんせい,おきらくごくらくが,いちばんですからねえ。 さて,44号・45号,師弟だからといったわけでもないでしょうが,同じ個所が同じような感じで壊れてました----この蓮頭の補修から。 ![]() ![]() まずはなくなってる部分を推測して,カツラの板に書き込みます。 松音斎・松鶴斎の楽器でこの類の蓮頭をつけたものは,ほかに資料が見つからなかったんで,松琴斎のものを参考にしました。まあこのデザインのものは,だいたいみんなおんなじような感じなので,そんなに違いは出ないと思います。 ![]() ![]() だいたいのところで切り出したら,つながるあたりをオリジナルの割れめに合わせて削り,竹クギなどを通しておきます。 ![]() ![]() んで,接着剤をつけてへっつけます。ここは音に関係のないお飾り----壊れるべくして壊れなきゃならないところでもないので,接着剤は木粉を混ぜたエポキでよろしい。 固まったところで,オリジナルのモールドに合わせ,補修材を彫りこんでゆきましょう。 ![]() ![]() こういうことは得意ちうの得意なんだよなあ。 あとは少しづつ染めを重ねて,オリジナル部分に近づけてゆきます。染料はスオウ(アルカリ媒染)とオハグロ液です。 どちらも普及品レベルの楽器なので,そんなに違いはありませんが,彫りのうまさはやはり松音斎のほうが上ですね。 44号はこのほかに,胴左右のお飾りに一部カケがあり,中央の円飾りが痕跡だけ残してなくなっています。 こちらもやっちゃいますね。 ![]() ![]() どちらもホオの板を使用。 日焼け痕から見るに,中央飾りは良くある獣頭唐草のぐにゃぐにゃ模様だったと思われますが,ここはせっかくなので作者の名にちなんで 「松に鶴」 の絵柄を----花札にもある伝統意匠ですしね,この中央飾りにはもともと鳳凰もしくは鶴の飾りもよくつけられますからさして問題はありますまい。 ![]() ![]() フレットは今回も牛骨で。 45号は2枚,44号は山口もふくめてすべてのフレットがなくなっています。 あと,立てていったら,45号の低音部のフレットがあまり合っていないようだったので,2枚追加。けっきょく全部で12枚削りました。 材料はペットショップで買ったワンちゃんのおやつでしたが,41号のもふくめると,歩留まりぶんをふくめても,一本でけっこうな枚数作れましたね。 できたフレットは#400くらいまでざっと磨いて,20~30分ヤシャ液に漬け込みます。前回41号で,一晩おいたら,古色付きすぎて真っ黒になっちゃいましたので(w)象牙なんかよりずっと染まりが良いので注意! また油につけこむとへんに透きとおっちゃいますので,#1000くらいまで砥いで,仕上げに油をつけた布で磨くくらいにしときます。 これら小物をとりそろえ,へっつけたなら,さて完成。 大阪の月琴師,松派ふたりの楽器,いまここに蘇ります!! まずは44号から---- ![]() ![]() 開放を4C/4Gとした時の,オリジナル位置での音階は以下の通り----
大きく華やかな音色。やはり関西の,というより関東の作家さんの楽器の音に近いですね。響き線の効きもよく,かなりの余韻が続きます。 月琴としてはやや雅味に欠けるところもありますが,楽器としては問題なく良い音だと思いますよ。 ![]() 完成してから一週間後に響き線が突如ポロリしたので,裏板の一部をあけて再接着しました。 前回の推測でも書きましたが,響き線基部が横にあると,こういうとき確かに便利ですねえ。 調査のおりには気付かなかったんですが,基部の木片が胴と同じホオではなく接着の悪いカリンで作られていたのが原因だったようです。接着面を少し削って,胴と上桁により密着させる形で接着しなおしましたので,今度はだいじょうぶだと思います。 やや長めのスマートな棹,フレットも低めで操作性には全く問題がありません。 上から三番目の糸巻の孔が,使用によってわずかに歪んでおり,多少ユルみやすくなっていましたが,現状では支障というほどでもありません。今後,さらにユルみやすくなるようならその時になんとかしましょう。 つづいて45号,松音斎---- ![]() ![]() オリジナル位置での音階は以下----
師弟間でもけっこうなバラつきがあるものですねえ。 第2フレットの音がやや低すぎますが,そのほかはだいたい連山派あたりの清楽音階になっていると思われます。 この楽器はほとんど清楽流行期の設定のままだったと考えられますが,低音域のフレットになんどかつけなおしたような痕跡が見て取れました。当時は所有者の所属する会で使用されている笛に合わせて調整されることもあったでしょうから,そのせいかもしれません。 明笛は清楽の基音楽器ですが,調律用の笛ではないので,一本一本音階に差があります。 音に関しましては,文句も問題もありません。 松鶴斎にくらべると少しばかり音量が小さいですが,あまやかな優しい音色,かすかに包み込むような余韻----日本人が「月琴」という言葉からイメージする楽器の音,というものに,かなり近いんじゃないかと思います。 普及品の楽器でこの作り,この響き……さすがに名人の作といえる一本です。 あえてアラを探すなら(w),松鶴斎と違って糸巻の固定法が三味線に近い形式になってるとこでしょうか。 この楽器の糸巻は,ほとんど先端のみで糸倉にとまっています。(天華斎/バラバラ鶴寿堂(1)参照) だからといって三味線と同じように糸合わせの時に糸巻を浮かせる必要はありませんが,しめるときの感覚がふつうの月琴とやや異なるので,庵主みたいに三味線と月琴両方やったことがないひとだと,多少混乱しちゃうかもしれません。 んでは試奏,音の違いをお聞き比べください----
こうして松の一族,二面の同時修理もおわり,さてまとめようと思った矢先……「音を出す」ものだけに,楽器は呼び合うものなのでしょうか……次号,さらなる展開が!! (つづく)
|